人間を研究するエルフの国に招待されました。 作:ドライアイスクリーム
風が草を揺らす音を聞き、レイは目を覚ました。
首だけを左右に動かすと、短い草が生い茂る野原が広がっていることが分かった。
暖かな日の光が降り注いでおり、仰向けに倒れた状態で、自分は今までいた世界とは異なる場所にいるのだと自覚した。
「お目覚めですか?」
声が聞こえた方向に首を動かすと、先ほど部屋で声をかけてきたエルフが腰を下ろしこちらを見下ろしていた。
その声に応じようと身を起こそうとしたが、不可解にも体の節々が痛み、レイは表情をこわばらせた。
そんなレイを見て、エルフは心配そうに首を振る。
「動かなくて結構です。人間は魔法への耐性がなく、初めのうちは魔法を受けると体が痛んだりすることがあるのですから」
魔法ーーーあの黒い霧はこのエルフが使った魔法だったのか。
「転送魔法は耐性のない方に重い負担がかかる代物です。魔法を受けるたびに耐性が付き痛みを感じることがなくなるのですが、今のあなたでは少々苦しいでしょうね……」
「これからどうするんですか?」
レイが尋ねると、エルフは小さく頷きながら
「これから休養を取ってもらうために、いったん私の家に来てもらいます。転送魔法を使えば一瞬で家に到着するのですが、あなたの負担を考慮しここからは歩きましょう」
エルフはそう言い、レイを背中に背負った。
「今のあなたでは歩くことが難しいでしょう?」
事実だった。
今のレイは、歩くことさえままならないほど体が痛んでおり、こうして誰かに背負ってもらわなければ移動することは不可能なのだ。
不本意ながら、このエルフに背負ってもらうほかない。
「そういえば、まだ私の名を伝えていませんでしたね。私の名はウィルです。そうお呼びください。それと、あなたの名前をお聞きしても?」
「レイです」
そう小さな声で答えると、ウィルは
「レイさんですね。それではまいりましょう。家に行く途中でエルフの国を簡単に紹介しますね」
そう言い、レイを背中に乗せたまま歩を進めた。
エルフの国に到着したレイは、目の前に広がる光景に目を疑った。
レイが想像していたのは、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界だった。
だが、目の前に広がっていたのはレイの想像とはかけ離れた光景だった。
周囲のエルフたちは、スマホを片手にBluetoothイヤホンを使って音楽を聴いたりゲームに興じたりしている。
エルフの服装も様々だ。
ウィルのようにローブをまとっている者はほとんどおらず、人間が普段着として使用しているような衣服を着用している。ただし、エルフたちは未知の言語を使っており何を話しているのか分からない。
街並みは現代の日本とほとんど変わらない。家々が連なり商店街のようなものも見受けられる。
「あの……この世界って異世界なんですよね?」
「そうですよ。あなたがいるこのエルフの国は、まぎれもない異世界です。しかし、数十年前からあなた以外の数多くの人間をこの国に招待し、エルフの魔法と人間の技術と知恵を融合させてきたのです。その結果として、現在の便利な社会が誕生したのですよ」
ウィルは楽しそうに笑った。
ここでレイは、特別に選ばれた珍しい人間ではないことを知った。
ただし、この事実は意に介さなかった。何と言っても、異世界に行き現実世界から逃避することができれば、そのほかのことはどうでもいいと思っていたからだ。
「人間、たくさんいたんですね」
「たくさんと言っても数百人程度ですがね。なかにはこの世界で生涯を全うした人もいたのですよ。そのうち数名はギルドに所属し冒険者になった人もいます」
「この世界にも冒険者ギルドがあるんですか?」
「ありますとも。有害なモンスター退治に勤しむエルフや人間もいるのです。人間界で言うところの猟師に相当するでしょう。ただし、この世界にはツキノワグマやヒグマとは比較できないほど強力なモンスターが存在するのです」
この世界におけるモンスターとは、魔法で倒す必要のある巨大な獣なのだろう。
レイはそのように想像した。
ふと、レイはひときわ目立つ建物を目にした。
病院を思わせる無機質な建物だった。しかし、人間界の病院とは異なり黒々としていて窓がほとんど見当たらない壁面が目立つ。
近くを歩くエルフたちは気にも留めていないが、レイは、この施設が発している少々不気味なオーラを感じた。
レイの視線に気づいたのか、ウィルは一瞬だけ間を置いてから口を開いた。
「あの施設が気になりますか?あの場所では、人間の方々からお話を伺ったり研究に必要な資料をご提供いただいたりしているのです」
「……ごめんなさい。よく分かりません」
「つまり、エルフにとって人間は、人間界の知識や技術を知るためのサンプルを提供する存在ということです。ですが、決して人間を見下しているわけではないのですよ」
ということは、これから自分は毎日のようにあの施設へ通い、人間界の知識を提供することになるのだろう。レイはそう考えた。
やがて、小さな家に到着した。
ウィルは、レイを背負ったまま懐から鍵を取り出し扉の鍵穴に挿入する。
そして、開錠すると玄関扉を開けた。
リビングには、ベッドやパソコン、テーブル、イスなどが置かれている。
ウィルは、階段をのぼりレイを部屋の小綺麗なベッドに寝かせた。
それから、持っていた透明なシロップ状の薬を取り出し、レイに飲ませる。
体中が痛くて身動きの取れない状態であるため、レイはされるがままだった。
「さて、お尋ねしますがこの世界に来て幻滅しましたか?それとも気に入りましたか?最近では、この世界に落胆し人間界に戻られた方もいたのですが」
その戻った人も、レイと同じくエルフの国に招待された人物なのだろう。
レイは考える。
現代の日本のような社会と、魔法や冒険者ギルドが混在している少々混沌とした世界である。内心では、そういった感想を抱かずにはいられなかった。
典型的な異世界とは大きくイメージが違っている。
しかし、現実世界で居場所のなかったレイにとってはどうでもいい話だった。
そのため、レイは何の気なしに「気に入りました」と答えた。
ウィルは、それを知ってか知らずか肯定的に受け取ったようで微笑む。
「今は休んでいてください」
そう言い残し、ウィルはその場から去っていった。
ふと、レイが窓の方へ目を向けると、家に入る前に見た黒い施設が視界に入った。