人間を研究するエルフの国に招待されました。 作:ドライアイスクリーム
第5話 冒険者ギルド
施設の帰り道。辺りはすっかり茜色に染まっていた。
ふと、レイは家々の間に建つ、ログハウス風の一軒家に気づいた。
その建物の前には電光掲示板があり、「冒険者ギルド」と表示されている。
そういえば、ウィルは、この世界にも冒険者ギルドは存在すると言っていた。この建物がまさにそうなのだろう。
一体どのような建物なのだろうか。レイは、わずかに芽生えた好奇心に背中をつつかれ、ログハウスの扉を開けた。
屋内では、屈強な体つきのエルフたちが話し込んでいた。彼らは、酒と思しき透明な液体が注がれたジョッキを手にしていた。
典型的なファンタジー世界の光景に見えるかもしれないが、彼らは、剣ではなく歯ブラシほどの長さのステッキを腰に携えている。
また、それぞれが分厚い革製のファーベストを着用しており、日本のマタギのような雰囲気を漂わせていた。
「ちょっと!そこのあんた!なに突っ立ってるんだい!」
声のする方を見ると、そこには、エプロン姿の中年の女性エルフがいた。
「そんなところにいたら邪魔だろう!?何しに来たんだい?あんたも冒険者になるつもりかい?」
「……いえ、何となく気になって。なかを覗いてみただけです」
「ふん、それがいいだろうね。この国の人間は黙ってても食っていられるし、わざわざ危険を冒してまで冒険者になる理由はないと私は思うよ。ただ、なかには、わざわざ冒険者になってモンスター退治に勤しむ変わったやつもいるんだがね。あんたみたいな考えの方が絶対楽でいいよ。何と言っても、最近じゃあ、自信過剰な冒険者の人間がモンスターに殺されたって話を耳にしたくらいだからね」
「……」
「とにかく入りな。ここじゃ一般のエルフや人間にもメシを出してるんだ。好きなだけゆっくりしていきなよ」
そう言うと、その女性エルフはフロントの奥へ入っていった。
口は悪いが、こちらを邪険にするつもりはないようだ。
レイは、周囲を見回しながら奥へと進む。
「おいお前」
今度は男性の声がした。
またしても声をかけられたと思い振り返る。
「今度の依頼もその小型ステッキで挑む気か?死ぬだろ絶対」
「小型モンスターを退治するだけなら十分なはずだ」
「前みてえな大型モンスターに出くわしたらどうするんだ?」
「同じように逃げる。それに限るな。威力の高い大型ステッキは持ち歩くのに苦労するし、買う金だってバカにならない」
二人の屈強な男性エルフが、ステッキを片手に向かい合って喋っている。
どうやら、同業者との会話のようだった。
レイは、食事を提供しているコーナーを目にした。
そして近づくと、エプロンドレスを着用した、スタッフと思しき若い女性エルフがこちらに笑顔を向けてきた。
「いらっしゃいませ!お一人さまですか?」
「ええと、はいそうです。それと、ここでは食事を提供していると聞いたのですが」
「はい!現在、当店では魚介のリゾットをおすすめしております!海の幸のコクが堪能できる一皿です!」
冒険者ギルドに、食事を提供する場があるのは意外だった。どうやら、ここはギルドのみならず飲食店も兼ねているらしい。
レイは、どのような味なのか気になった。食べてみてもいいかもしれない。
「なるほど、ではそのリゾットと……あと、ブラックコーヒーのホットをお願いします」
「ご注文ありがとうございます!すぐにお持ちしますので掛けてお待ちください!」
その女性エルフは深くお辞儀をすると、フロントの奥に駆け足で向かっていった。
料理とブラックコーヒーが来る間、レイは近くのテーブル席に座り、物思いにふけた。
リアンとの授業を受けていた間、自分は言語を覚えることで必死だった。
水とチョコレートのほか、ネット注文し、定期的に届く完全栄養食ばかり口にしていた。通常の料理も食べようと思えば食べられたが、当時のレイにそんな余裕はなかった。
しかし、ある程度言葉を覚え余裕が出てきた今、エルフの国の食事にも興味を持つようになった。
「お待たせしました!」
しばらくすると、先ほどの女性エルフがリゾットとブラックコーヒーを運んできた。
皿には、二枚貝やエビのほか、キノコが入った白いリゾットが盛られていた。
エルフの国に招待されて以来、食事にほぼ関心を向けなかったレイにとって、ここで米を使った料理を目にするのは新鮮だった。
レイは、無言で両手を合わせると、近くにあったスプーンを手に取り、リゾットを一口食べる。
白ワインで煮込まれているからなのか、魚介特有のにおいがなく非常に食べやすい。
約一年ぶりの、一般的な食事を次々と食べ進める。食べる速度が徐々に速くなり、気づけば皿が空に近づいていた。
食事を終えると、濃い味わいのブラックコーヒーをすすりながら、冒険者たちの様子をうかがった。
ある三人組の冒険者は、嘆息しながらステッキを取り出し、こんな話をしていた。
「自力で魔法が使えれば、魔道具屋からこんなステッキ買わずに済むんだけどな」
「文句言っても仕方ねえだろ。魔法を覚えるのにどんだけ苦労すると思ってるんだ」
「そうだ。魔道具を買った方がぜってえ手っ取り早いっての」
魔道具。初めて聞く言葉だった。
どうやら、この国では魔法を使えないエルフも珍しくないらしい。
そうなると、転送魔法でレイをこの国に連れてきたウィルと、魔法の力でチョコレートを取り出せるリアンは、魔法が使えるという意味で、エルフのなかでも秀でているのだろう。
その隣の席からは、このようなやり取りが聞こえてきた。
「次の現場行くとき、転送屋に頼んでみっか?」
「おいおい!往復でいくら取られっか分かってんのか!?」
「自分の足で歩いたり走ったりすればタダなのは知ってるぜ?だけど面倒なんだよなあ」
「車を走らせればいいだろ!お前、なんのために自動車免許取ったんだよ!」
「ガソリン代かかるじゃねえか」
転送屋。これも初めて聞く言葉だ。
しかし、言葉から察するに、ウィルのように転送魔法を使える者のことであり、人間界でのタクシードライバーに近い存在なのかもしれない。
タクシー料金が高く設定されていることと同様に、転送屋も、任意の場所に送り届けてくれるが高い料金を請求してくるのだろう。
冒険者たちも苦労しているようだ。
コーヒーカップをテーブルに置き、伸びをする。
そのとき、カウンター席の上に設置された、黒板に書かれている文字列を目にした。
『フレイム・ベアの煮込み』
『グリーン・ボーアのホルモン炒め』
このような、見慣れない料理名がずらりと書かれている。これらは、この世界におけるモンスターを素材に使った料理なのだろうか。
テーブルに置かれたメニュー表に視線を移す。
そこには、同様のメニュー名がずらりと書かれていた。
嫌悪感はなかった。むしろ、ジビエ料理のように美味いかもしれないとレイは感じた。
このときレイは、自分が人間界にいたころ、父親が仕事の同僚からもらったと言い持ち帰ってきた、熊肉の缶詰めの味を思い出していた。
意外に感じるかもしれないが、この熊肉は癖がなく牛肉のように美味だった。
そんなことを考えていたとき、斜め後ろの席から話し声が聞こえてきた。
「今日獲ったモンスターだが、肉と内臓はどうする?」
「そうだな。肉と内臓の半分はギルドに回そうぜ。残りは、俺らがナイフでさばいて売り飛ばすんだ。皮は革製品に使えるし、加工業者に渡して金に換えればいい」
「半分も回すのか?」
「腐らせるよりはマシだ。ギルド側に渡せば、ギルドから狩猟用の大型ステッキを貸し出してもらえるからな」
どうやら、この国における冒険者とは、一般的に想像される英雄ではなく、モンスターという名の危険な獣の狩猟を生業とする者のことらしい。ハンターとも言えそうだ。
また、彼らにとってのモンスター退治は、命がけの冒険ではなく、日々の仕事の一つであるようだ。
ゲームの世界のような、剣と魔法が当たり前のように存在するファンタジー世界。
それを夢見た人間が、この国へ招待された場合、おそらく拍子抜けするだろう。
だが、レイはこの国へやってくる際、冒険者になるつもりは一切なかった。
楽に人生を閉じられることか、それなりに平穏無事な毎日が送れる保障が欲しいだけだった。
レイはブラックコーヒーを飲み干すと、忙しなく話し続けているエルフたちを横目に立ち上がり、受付スタッフの元に行き飲食代を払った。
決済方法はスマホの電子マネー。人間界と同様に、エルフの国でもこうした決済は当たり前だった。
ギルドの外に出たレイは、おもむろに振り返った。
扉越しに、エルフたちの話し声がまだ聞こえてくる。
このギルドは気に入ったが、やはり冒険者というものには魅力を感じなかった。
だが別に構わない。好きな人だけが自由にやっていればいい。
レイは、ふうと息を吐く。あのリゾットは思いのほか盛りがよかった。満腹だ。
自身の腹を軽くさすると、そのまま帰路についた。