人間を研究するエルフの国に招待されました。 作:ドライアイスクリーム
小屋からの帰り道。
ジュリアは「仕事があるから」と言い足早に去っていき、レイは一人で自宅に向かっていた。
エルフと人間は、生まれる際の方法や価値観も異なるのか。
そんなことを考えていたとき、聞き覚えのある声が後方から聞こえてきた。
「おーい!レイ!こっちだよ!こっち!」
振り向くと、そこにはリアンが立っていた。
買い物袋を手にしており、こちらに向かって手を振っている。
「いやー久しぶりだねえ!前に会ったのっていつだっけ?」
「今日の昼間です」
「あっはっは!そうだった!会ったばかりだったね!」
何が楽しいのかわからないが、笑うと指を鳴らし、魔法で何もない空間からアメリカンドッグを取り出した。
それを食べながら話を続ける。
「それで?ジュリアとはどっかに行ってきたの?さっき一緒に歩いてたのが見えたからさ、ちょっと気になって」
「……エルフが誕生する小屋の中を見学してました」
「エルフが?ああ。あの場所ね。人間からするとびっくりするようなところだったでしょ?」
「まあそうですね。少し複雑な気持ちというか……」
「まーそのうち慣れるよ!ところで、これからどこか寄るところはあるの?」
「いえ、まっすぐ帰ろうかと」
そう言いかけたときだった。
「全国民に告ぐ!」
近くの広場から、威勢のいい中年男性の声が響き渡った。
「見に行ってみる?」
リアンにそう言われ、レイは興味本位で頷き、広場に向かった。
広場には、遠くから見ていたとおり数名のエルフがいた。その中には、スマートフォンを操作しているエルフもいる。
彼らの近くには、黒いスーツを着用し赤いネクタイを締めた恰幅のいい男性エルフが堂々と立っていた。そのエルフは、両手を振り上げ、声高らかに演説を始めた。
「全国民に告ぐ!ワシこそが、この国の腐れ切った民主主義に終止符を打つ男である!諸君!この国における二大政党制は、互いが互いを食いつぶすガンそのものだ!一刻も早く取り除かねばならん!ましてや、この国の大統領制など許してよいものか!?所詮、エルフの国の大統領など、各政党に祭り上げられた傀儡に過ぎない!ワシであれば、各政党を木っ端みじんに破壊し、全国民を善良な方向へと導く指導者になれるのだ!」
「あれ?ワイアットさんじゃん!まだ生きてたんだねえ!」
レイの後ろをついてきたリアンが、微笑を浮かべた。
「二百年前にも同じようなこと言ってたけど、辞めたんじゃなかったんだ!」
ワイアットと呼ばれた男性エルフは、リアンの声を聞くが早いか、彼女を睨みつけた。
「生意気な小娘だ!無論、辞めるつもりなど毛頭ない!あれは充電期間だったのだ!あの時代、ワシの主張は世間に受け入れられなかった。それゆえに機が熟すのを待っていたのだ!それが今である!見よ!ワシの元には、支持者たちがワシの演説に聞き耳を立てているではないか!」
レイは周囲を見回す。
だが、ワイアットの近くにいるのは、よそ見をしてスマホを操作しているエルフや、スマホのカメラをワイアットに向けているエルフばかりだった。
だとしても、ワイアットは彼らを自身の支持者だと信じて疑っていないようだ。
「リアンさん、この人誰ですか?」
「ワイアットさんだよ!民主主義を弾圧したがってるエルフ!自分が一番偉いんだって顔してるけど、実はなんの権力もないんだ!」
「言葉に気を付けろ!ワシが行う崇高な政治改革は、既存の政治体制では実現不可能なだけだ!」
レイは政治に興味がない。さらに、こうした政治家の真似事をしている人物の声を聞いているだけでも疲れてくる。
興味本位で近づくべきではなかった。
そのため、リアンの肩を叩き、振り返った彼女の顔を見て無言で首を横に振ると、その場から立ち去ろうとした。
「ときに、そこの人間よ!民主主義は国を腐敗させるとは思わんかね!?」
声をかけられた。
「……さあ」
「貴様!政治に関心がないのか!?このままではエルフの国は堕落していく一方だ!もはや一刻を争う事態だ!ワシのような指導者を、国民は求めているのだ!」
「そうですか。勝手にやればいいと思います」
「どこまで行っても無関心なのだな貴様は!いや、もしや貴様はこの国に訪れて間もないのか?」
「まあそうですね。というかよくわかりましたね」
「今まで見たことのない人間の顔だからな!よく覚えておくがいい!ワシの名はワイアット!千百年を生きてきた、この国を主導するべき責務を負った男なのだ!」
聞けば聞くほど頭が痛くなってきた。
無理やり話題を変えようと思考を巡らせていると、ワイアットのネクタイが目に入った。
「ところで、その赤色のネクタイ似合ってますね。お気に入りの色なのですか?」
「貴様にも分かるか!そうだとも!ワシがこのネクタイの色を選んだ理由は、闘争心と情熱を想起させるからだ!そして何よりも、赤はワシが最も好む色でもある!ワシを認知させるうえで最適な色なのだ!」
「アタシ、社会主義とか民主主義とかをイメージしてる色だってずっと思ってた!」
「愚かな!それらはワシとは相反する存在!そのような主義主張とは無縁だ!それと、今ワシは支持者であるこの人間と話しているのだ!口をはさむな!」
「支持するどころかレイ嫌がってるし、無理強いはよくないとアタシは思うけどな。ほら、あんたを見てる人たちが、あんたにポーズしてほしいって言ってるよ」
「なんだと!?」
ワイアットは慌てて視線を巡らせる。
そして、近くのエルフたちが一斉に自分へスマホのカメラを向けていることに気づく。
「ワイアットさん、胸を張った独裁者らしいポーズをお願いします!」
「なんでもいいので、よさげなかっこいいポーズをとってください!」
エルフたちは口々に要求する。
「ふむ!今はまさに、歴史に残るワシの演説を見るチャンスだ!そして、聴衆はワシの魅力に気づいたようだな!よかろう!好きなだけ撮影するがいい!」
ネクタイの結び目を整え、カメラに向かって堂々と胸を張った。
シャッター音が響きわたり、ワイアットは、いかにも満足げな表情を浮かべた。
撮影が終了すると、エルフたちは礼を口にして「また来ますね」と言い残し、ワイアットの元から離れていった。
「うむ!近い将来、ワシは世間を揺るがす大革命を実行する予定だ!期待しておれ!明日も街頭演説に来るがいい!」
「ただの面白いエルフって感じで、SNSに投稿されるだけだと思うけどね」
アメリカンドッグをほおばりながら、つまらなそうに話すリアンに対し、ワイアットは拳を振り上げ、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「貴様はどこまでワシを愚弄すれば気がすむのだ!?もういい!早々にワシの前から消えろ!」
「はーい、消えまーす!」
リアンはクスクスと笑うと、アメリカンドッグの串を袋に入れ、レイの手を引きその場から立ち去った。
ワイアットの姿が見えない場所まで移動すると、リアンはレイの顔を心配そうにのぞき込んだ。
「いやー勢いのある人だったねえ。レイ、疲れた顔してるけど大丈夫?」
「大丈夫ですよ。あの人の支持者にされたのは困りましたが。ところで、エルフの国にはああいったエルフもいるんですね」
「名物みたいな感じだよ。中には、面白がってスマホ片手に見に来るエルフもいるみたいだし!ずいぶん前に話したとおり、ワイアットさんは自称独裁者で、二百年前から政治家ごっこをしてる人なんだ!家にお金がたくさんあるらしいから、いつでもどこでも、さっきみたいな街頭演説ができるみたい!」
「どうしてお金があるのですか?」
「あの人を引き取った養父が資産家だったかららしいよ!その人が亡くなって、残った財産を全部引き継いだって感じ!二百年くらい前に、ワイアットさん本人が自信満々に言ってたんだ!」
「つまり、資産家であり時間を持て余してる暇人ということなのですね」
「まあそんなところ!ただ、お金持ち全員がワイアットさんみたいだとは言わないけど!そんなことよりこれ食べない?お腹すいてるでしょ?」
リアンは指を鳴らすと、魔法で何もない空間からアメリカンドッグを取り出し、笑顔でレイに差し出した。