Aそうだったらいいなって(無根拠です)
前略:
ひよこ銘菓を購入したところ、鬼兵隊全体で大論争が発生した程度には最近平和。
ひよこ銘菓の開発は大正で普及はオリンピック後とか言い出したら宇宙人とジャンプと攘夷志士が併存している時点できりがないので黙殺します、いいね?
➤
兄上の人員集めはもっぱら西の方で行われていたから、必然的に、鬼兵隊員はこの列島でも南西方面出身者が多くの割合を占める。筑前藩発祥のひよこ銘菓は江戸に進出した際に江戸土産として定着し、江戸近辺の人間はひよこ銘菓=江戸土産として認識しているケースは少なくなく、この点本家本元を知る人間が気焔を上げる要因となっている。それはそれとしてわたしが購入したのは江戸出張店なだけで筑前藩本家ひよ子本舗のひよこ銘菓だった。
論争が起こりうる土壌には充分というワケ。
「部下で遊ぶな」
「笑ってますけど?」
「俺ァ良いんだよ」
暴君兄上は平然とのたまった。
「そもそも土産に菓子なんぞ面白みに欠ける」
「焼き菓子は日持ちする消えものとして定番ですのに……ふむ、ちなみに、兄上であればなんであればよかったと仰います?」
「かねふく」
「ほーら来た。それこそ土産でなく、現地で味わうべきでしょうとも」
明太子は多少日持ちするものの、やはりナマモノは新鮮さが命といえる。
「それかもつ鍋だな」
「本当に筑前藩まで出向くおつもりで?」
わたし一応江戸から帰参したのですけど。……元を正せば、江戸土産に出張店に立ち寄ったのはおまえ? それは本当にぐうの音も出ないほどにその通りですけれどもね?
「天人どもから刈り取ってやりゃあ元手はゼロだろ」
兄上はしらっとしたお顔だ。澄ました様子でトンチキ為出かすときのお顔ともいえる。
「……あなたは品種改良をなんだと思っていらっしゃるのですか。畜産業界の尽力を甘く見てはなりませんよ」
わたしが露骨に顔をしかめたのを見て「悪かったよ」口だけでは謝罪するくせして、兄上はいよいよ肩を揺らす様子を隠しきれていなかった。以前見かけた銀さんの全国中継恥晒しも、案外と膝を叩いて笑うなどされたかもしれないし、なんなら、なんのしがらみもなく現地にいたらば悪ノリで参加されていたのかもしれない。
かもしれないけれど兄上にまで恥晒しパーティに加わられるのは心底嫌ですね。やはり呼ばなくてよかった。中田さんは良いお仕事をしました、いずれ労ってあげませんと……とはいえ記憶にのこっていること自体がすでに恥だけれども。テロリストの方が生き恥といわれるかもしれませんが、わたくしといたしましては兄上の介錯を担当せずに済んでなにより、というのが本音。
閑話休題。
「それでけっきょく、今回は……孔雀姫の件は鬼兵隊総出で?」
「人員はむしろ極限まで減らす」
兄上は笑みを引っ込めて、つまらなそうに煙管を揺らした。
「仮にも三大傭兵は伊達じゃあねえよ。加えて今回の相手はあの華陀よ。隠居女狐、いくら地球に引っ込んで腐りやがったにしろ、下手な動きをすりゃすぐさま勘付きかねねえ」
「……もしや孔雀姫と以前なにかございましたか」
「……。いや? 顔を合わせたことすらねェさ」
今の間はいったいぜんたい、なんでしょうねえ。
「兄上の女性関係には言及しないものとして……」
「おい、やめろ。おまえは俺がアレを相手にするほど見境ねえとでも思ってンのか? 口には気をつけろよ」
「孔雀姫の人格についてわたしは詳しくないのですが、そこまで?」
「顔以外のすべてがカス。自ら姫を名乗る厚顔無恥、強欲の権化にして無責任なガキ」
「そ、そこまで……? というかその言い草、やはりなにかございましたよね?」
「ねェっつってンだろ」
「あのそれ本気で通用すると……はい、ハイハイわかりましたなにもないんですね、なにも。ハイハイ」
そういうことにしておきましょう。まったくどちらがガキなんだか。
露骨に舌打ちした兄上が「減らすことは減らすが、だからといって手薄じゃかなわねえ」と言葉を続けた。
「それが可能な程度に削ぎ落とさねえとな」
「それこそ事前の謀略は武市さんが担当されているのでは」
「実際、あいつァずいぶん上手くやっている」
このひとは案外、人を直球に褒める。
「つてを使ってほどほどに儲かるようにしてやり、そこそこに販路を拡大させてやり、八方手駒を用いつつ、万事うまくいったかの如く錯覚させる。増長させる。顔すら合わせねえでこの手際だ。いずれ、あいつァ欲をかくだろうさ」
「驕りによる自滅を狙う?」
「現状その線だな」
兄上は人を集め指揮することに長けているが、武市さんもそういう点だけを拾うならば兄上と似ていて、しかし決定的に異なるところがある。
兄上の才はたしかだが、一か八かの博打、ピーキーな打ち方ばかりする上、あくまでも戦術・戦略的な方面に偏っている。一方で武市さんは堅実な策を好み、そして彼の本領とは政治・経済のマクロべース、数多の人々を動かし訪ね地道にコツコツと、さながら網のごとく用いて社会規模で回していくたちである。
「……それでも心配だと」
「増長が一方で増強に基づいているのは事実だ。いくら驕ったとて万全の華陀と向き合うのは愚策……貴重な手数減らせねえよ」
「まだなにもないと言い張りますか?」
「事実に言い張るもクソもあるか」
わたしは沈黙を選択した。
足を後ろから蹴られかけたので飛び跳ねて避ける。
「加えてあの町には銀時がいる。下手すりゃヅラもか」
「まあ……すべて相手取るというのは、ちょーっと、難しいでしょうねえ」
銀さんや小太郎さんのお話をしなくたって、かぶき町というコミュニティが面倒だ。四天王と呼ばれる勢力の睨み合いでかろうじて均衡を保っている。孔雀姫の強欲で本当に自滅してくれるならいいけれど、下手を打つと、吸収合併でより最悪な結果が見込まれるだろう。
「ンー」
わたしはちいさく唸った。
「……そもそも銀さんはたしか四天王ではございませんよね? どうして? もうひとりっていったい、どなたなんです? というかあのひとどういった理由でかぶき町に居着いたんでしょうね?」
「詳しい過程は俺も知らねえが。……他の四天王はわかるのか?」
「白褌の西郷と泥水次郎長を把握していない人間、さすがに攘夷浪士名乗れないので……」
「ハ。それこそ銀時のやつァ把握してなさそうだ」
それはわたしも思わなくもない。あのひとはすべてにおいて規格外なので論じるだけ無駄だ、割愛。
「お登勢とかいう婆さんが最後の四天王張ってんだよ。あいつはその婆さんが経営しているスナックの二階に住み着いてる」
「……名前はわかりますね。江戸を歩いているとさすがに耳にはします。ただ、四天王張るほどの功績をなし遂げた方でしたか?」
「前歴は団子屋の店子」
そうでもなさそう。
「夫が第一次攘夷戦争で戦死。こいつは攘夷志士としちゃ次郎長の同期に当たるとか」
「調べたんですね」
「銀時と関わった経緯は出てねえ」
「へえ」
無意味に衿を整える。わたしは頬に手を当てた。経緯はなにひとつわからないとしても、なんとなく——情報を踏まえて。
「あのひとの、今の首根っこでは?」
生育環境によるものか、もともと根無し草じみた傾向のあるひとだった。〝先生〟の存在が我々の間を繋ぎとめていた。
魂の在処。帰る場所。
「だろうな」
静かな同意だった。ぷかぷかと吐き出される煙は器用に円を描いている。なんとなくひとつ捕まえると手中に収まった瞬間に霧散する——当たり前ですね。
……兄上を横目でうかがうと、片目がわたしを見下ろしている。……やっぱりばっちり見られていた。
「だまってください」
「なんも言ってねえだろ」
「ほらあ声が笑ってます! もう」
パッパと手を払う。子どもじみたしぐさをした自覚はあった。
深呼吸をして「話を戻すと……」わたしはふたたび口を開く。
「わたしならば孔雀姫に吹き込んでしまいます。〝まずはもっとも弱い陣営から叩くべき——〟攘夷戦争の生き残りふたりは今でも組織を率いる一方、銀さんはあくまでも風来坊の万事屋、白夜叉としての顔はろくに知られていない。なにより長として据えられているのはとくに偉ぶることない一般人、傲慢な性格からすればただの一般人に対等に振る舞われているのは腹も立つ……もっともなめてかかりやすい」
おそらく
ともあれ。
「うまく鵜呑みにさせられたらば、やぶをつついて勝手に鬼を出すでしょう」
兄上が、細く長く息を吐いた。少し煙い空気をわたしはこっそりてのひらで払う。
「てめえもその意見か」
「なにか?」
「武市に打ち返す前に一回手近で確認しとくかと思ってな」
「仮設の補強にわたしを利用しないでいただきたいものですねえ」
わたしはしみじみと言った。それこそ、せいぜいAIとでも打ち合うのとあまり大差ないかと存じますが。あくまでも理論値、わたしが持ちうる銀さんの印象の大半は十年以上も前の記憶から再構成されている。
「兄上は、じかには手を出さないのですか」
「次会ったら全力でぶった斬られるらしンでね。俺とてまだ命は惜しい」
冗談めかした口ぶりだ。命が惜しい人はあのように策謀を巡らせて海賊と手を組み悪事の限りを尽くしたりはしない。
翠眼は愉しむように細められた。
「腹の獣を祭りの火種に焚べるにゃまだ先だ。町ひとつじゃあ足りねえよ」
あくまでも、ように、である。その真なるところはわたしも推し量りきれたためしがない。自傷行為のごとく身を削り、知己を傷つけ、生き急いでいる様子にすら見える。
……と、申し上げたら、怒られますかね。怒られない気もしますね。怒られないで、肯定される方が——いやかもしれませんね。ほんのちょっとだけ。
➤
「ところで皆様、万事屋の方々にいくつか年賀状お送りになられたそうですね。わたしさすがに〝新春を寿ぎ〟などと申し上げるのは礼儀とはいえすこし難しかったので、連名はご遠慮させていただきましたが……兄上はどのようにお書きになられたのですか? お送りになったデータはのこっていらっしゃいます? とはいえ兄上なれば、手書きの可能性が高そうですねえ」
「……年賀状? ……連名?」
「ン〜なんだかとってもまずい気配、やはり聞かなかったことにしていただくだとか今からでも可能でしょうか」
「その〝皆様〟とやら今すぐ全員連れてこい」
「やっちゃった」
「てめえもてめえだ、ンで止めねえ」
「お待ちくださいわたしに飛び火するんですか? だって面白……ちが、ええと、まさか兄上の許可が降りていないとは思わずあーっだめですこめかみはだめ握りつぶされちゃいますからァ!」
➤
夜兎の握力でも頭蓋骨が割れない兄弟子たちはさておいて、わたしはふつうにごく一般的な耐久力しかない。夜兎の拳の余波だけで骨は折れるし肺に刺さるのである。なので兄上の握力でもしかしたらば頭蓋骨も割れるのである。割れなくてよかったですね。
まあ割れないので今日も元気にお仕事なんですけれども。
「うー、さむい……」
もう少し着込めばよかったかしら。ヒートテックとやらを着込んでから襦袢をまとい、その上から小袖を着込んで、さらにぬくぬくした上衣(鳳仙殿にお古をあげたことを機に諸々新調した、新品)を羽織っているのだけど。夜は冷え込むものである。
「こちら懐炉です」
武市さんにスッと差し出される。「ありがとうございます」わたしは素直に受け取った。ちなみにわたしが持ってきていた懐炉は寒さで死にました。
「インスタントスープもいりますか」
「ほ、本当にありがとうございます。準備がよくて素晴らしい……申し訳ありません、お手間をおかけして」
「いえいえ。寒冷は身体の可動を制限しますから」
武市さんは真面目くさった顔つきで神妙に頷いた。
「ヒカリ殿に動いていただけねばさすがに……」
「それははい。そうですよね」
実働という点で武市さんほど不得手な方もなかなかいない。兄上はかつてガキレベルなどと言い放ったが——うん。道場で稽古しているだけの真剣持ったことのない子どもとどちらがマシな動きをするか、正直なところ甲乙つけがたい。
ともあれなんとか寒さを紛らわせていると、屋上周辺に集っていたひとびとが捌けていく。
「さてと……では行ってまいりまーす」
「お気をつけて」
大江戸病院はわりあい、周囲の建物と比較して階層が低い。手すりを越え、雨樋をつたって縁を蹴り、わたしは無事に屋上に着地する。
斬り飛ばされた辰羅がひとーりふたーりさんにーん。殴り倒されたのがよにーんごにーん。いずれも闇に紛れる黒装束だったが、その中でひとり、ひときわ目立つ明るい白装束、きらびやかな彩りの装飾品。目立つ必要があり、目立つ意図がある。群が一個体のごとく行動し、個々人が完全に代替されるからこそ異様な強さを誇った辰羅——において、群を率いる替えの利かない個。
足先でごろりと転がせば、人相はかぶき町近辺で耳にした噂と一致していた。春雨時代と比較して、すでに顔は変えているとのことだけれど——昔はどのようなお顔をされていたのでしょうね。すこしだけ興味がある、かもしれない。
「あとは拘束して、拾って……」
「よォヒカリちゃん」
……。
い、いやなよかんがする。
「……ゲ」
「ご挨拶だな。ずっと見てたくせに〜エッチ」
「そんなことを仰る子に育てた覚えはございませんよ」
「確実に育てたとしてそれは俺らの方な」
屋上に続く戸口。銀さんが肩から寄りかかり、わたしを見てにーっこりと笑っていた。さっき立ち去るまで確認したのに!
というか、わたしたちが今の今まであなたを観測していたのは、高層かつ三十mは上だ。なぜ気づいてしまわれたのでしょうか。
「ウーン……そもそも、この期に及んでやり合うつもりですか? わたし嫌なんですけど。寒いので」
「おまえまたやる気ねえのな。もう鬼兵隊辞めれば?」
「ヤです〜」
「ワガママちゃんがよォ……」
できれば目立たず・騒がず・隠密に、というのが今回の趣旨だ。交戦する予定は孔雀姫とは無論のこと、銀さんおよびかぶき町の皆様方とも、ほとんどなかった。ただやり合うつもりなら応戦する他ない。運動するなら身体も温まるかもしれませんね。血を流して冷える未来も見えますが。
くありと銀さんがあくびをこぼす。頭に巻かれた包帯の他、着流しの隙間からも厳重な保定の痕跡が見える——今回の経緯はざっくりとしか追っていないけれど(なにせ孔雀姫の手勢との衝突回避こそが我々の最優先事項だった)半ばかぶき町総出で袋叩きまでされていたはずだ。そんなような目に遭って生きているどころか、動いて喋ってなんなら先程辰羅を叩きのめし返したびっくりモンスター。さすがは白夜叉。
……大人しく引いていただけませんかねえ。
「何しに来たの」
「そちらの自称お姫様、引く手数多のようでして。悪い意味でのお話ですけれども」
「ハーン道理であれだけ性悪だよ。とっくになんにも誑かしたあとってわけだ、ホントやーね女って」
「男女二元論はいまどき流行りませんよ」
「人間の基礎的な区分はついてるか・ついてないかだぜお嬢ちゃん。生物の教科書のお話だ」
「なるほどところで性染色体モザイクってご存知ですか?」
「銀さん塾卒だからよくシラネ」
「〝先生〟もお話なさっていましたけれどね……? それでは、はちきれピーチ三太夫がひとりパー子さんとしてのお立場をお聞きしましょうか」
「誰から聞ッ、い、いったんこの話やめるか」
「賢明だこと」
わたしはきわめて適当に答えながらも、銀さんの様子をうかがっていた。十手を指先でくるくると回す様子は一見自然体だ。このひとの自然体は等号で、まるで警戒を忘れていない獣の体勢、とも言い換えられる。普段は気を抜くような素振りで消耗を避け、敵の油断を誘い、脅威を見極め斬り伏せる。わたしが知る松下村塾時代の最初期に見られた振る舞いで、また、対峙するたびにわたしに見せる言動でもある。
銀さんの眼差しが孔雀姫に向けられる。彼女は変わらず気絶したままである。わたしが足で踏みつけているので回復したところですぐさま逃亡、とはできないはずだ。
「
「鋭いですね」
「いつから目ェつけてた?」
「ほら、それこそ紅桜の件で、白夜叉と狂乱の貴公子を春雨に引き渡す目論見は泡沫と消えましたでしょう?」
強めの舌打ちをされた。
「今回の騒ぎ、つまり諸悪の根源はおまえらか」
「……彼女を焚き付けたのは、そうですねえ」
わたしは素直に白状した。具体的な手段に関与はしていないとしても、大元、華陀が現状の地位から欲をかき、お登勢さんの勢力に手を出すよう——間接的に眠れる夜叉を叩き起こすように仕向けたのは、たしかに我々である。
「あいつはなにがしてェんだ。お高く黒幕気取りやがって、勝手に破門だなんだとほざきやがり、言いたいことだけ言ってやりたい放題やった挙げ句にろくに姿も見せやしねえ。厨二病はそれこそ中二で卒業しとけってんだよ」
「お元気ではありますよ」
「そういうこっちゃねンだよな。てめえら年賀状の宛名書きすら音沙汰ゼロのくせして」
年賀状、届いてたんだ……。
「ヅラなんざ南アフリカからも寄越したってのに。イヤおかしいだろ南アフリカってなに?」
「……ずいぶんと遠くまでご旅行なさったんですね?」
「気ィ遣った返答やめてね。俺が惨めになるからね」
銀さんは喋りながらもこちらに踏み出す様子はなかった。わたしは一つ息をつき、人間の背丈ほどもある布地を取り出す。防刃製だ。孔雀姫をくるくると簀巻きにして、結束バンドで留めていく。
「手慣れてんな」
「慣れていますからね」
「慣れるもんじゃあねえだろ」
「慣れるしかないこともあります」
「慣れようとするな」
昔から、このひとのお説教が一番耳が痛い。兄上が強引にえぐり出してなあなあにしてくれること、小太郎さんが見て見ぬふりをしてくれること、そういうものをまるっと丁寧に並べて突きつけてくる。
「……止めなくてよろしいのですね?」
返答をずらすと銀さんはジトッとわたしを睨んで、それから嘆息した。
「止めようとすりゃてめえと応戦だろ。さすがに今やったらわかんねェな」
「本当かしら」
「ウッソ〜」
子ども?
「……まァ実際、そいつは特に処分にも困るしな」
幼少より変わらぬあっちこっちに好きなように跳ねる天パを乱雑にかく様子。病院着の隙間から血のにじんだ包帯がかすかに覗く。本当に今回、手酷くやられたのだろう。
「
「マとりあえず踊り食いとはならないのでは? 可食部も少なそうです」
「うん確実に染まってるトコ表に出さないでくんない。銀さん繊細なの。Sってのは
「兄貴〝分〟が抜けておりますよ」
「兄貴」
これはわたしが諦めるべきなの?
シッシと銀さんはわたしに向けて手を振った。
「せいぜい二度とババアに関わらねえところにでも放り込んどけ」
「ええ、それは、確約いたしましょう」
「コイツの部下は?」
「辰羅は個にして群、群にして個にございますが、一方で群体たる個が難敵たりうる所以は考える頭にかかっております。統率を失った辰羅ほどの弱者もなかなかありません。……彼らは傭兵として成り上がるにあたって、代替の利く駒として生きることを己に課し、ゆえにこそ自己という概念を放棄しております」
彼らの生きざまは、わたしには、働き蜂に似ているようにも思えた。たったひとりの女王蜂のために死力を尽くし、役割を果たし、部品の代替をつとめて生きて死んでいく。
わたしが辰羅族について良し悪しを評論することはない。それもまたひとつの生存戦略だ。孔雀姫の傲慢・強欲も、巨大な群を抱え込み養う頭領の義務、ただでさえ数を減らして零落していく辰羅の未来を憂い、自らの失脚により辺境の星に押し込められたことに焦りを感じたゆえの行動だった——かも、しれない。
たとえそうだったとしても、我々の対応にはなにひとつ変化はない。孔雀姫を嵌めて春雨に引き渡して終いである。
「放逐したところで復讐するような者もいらっしゃいませんよ。自害を避けさせたいならば布でも噛ませておくべきでしょうね。オプションとしておまけいたしましょうか」
「要らねえ。好きにさせとけ」
銀さんの声音はきわめて無感情だった。
このひとは捻くれ者ながら情に厚く、義理を重んじるひとだが、しかし決して博愛ではない。
「ヒカリ」
「はぁい」
「次はねェぞ」
わたしはすこし首をかしげて、銀さんを改めて正視した。彼は既にわたしや孔雀姫の方を見てはおらず、その眼差しは十手に向けられている。
「ババアが生き汚かった。次郎長がババアに借りがあった。どいつもこいつも乗り気じゃあなかった。バカどもがバカ突っ走った。単なるたまさかの奇跡だ。そうでもなきゃあ」
言葉は切られ、コン、と十手が扉を打つ。
「意味、
「……ええ」
わたしもまた、無感情に同意する。
「ですからこそ、そちらは……確約は難しいかと」
銀さんはもう一度舌打ちをこぼした。
「俺の気が変わらねえうちにさっさと帰れ。オニーチャンにも釘刺しとけよ」
孔雀姫は辰羅にしても華奢な方だが、それにしたって人体分の重量はさすがに重い。落ち合う拠点まで頑張って持ち帰り「重かった」孔雀姫を支えていた腕をぷらぷらと揺らす。
「お疲れさまです。……白夜叉いましたよね?」
「いましたねー」
さすがに武市さんもご覧になっていたようだ。わたしがさっさと戻らず、話している相手が闇夜で目立つ銀髪とくれば、おおよそ絞られる。
「マ、今回は……今回も? いちおう、見逃してくださるようですが」
しかし釘はしっかりと刺された。かぶき町に手を出したこと、お登勢さんに手を出したこと——それをダシにして、自分を引っ張り出したこと。少なくとも止めなかったこと。どころか、加担していること。仲間の縁を知り、その価値を知るからこそ、利用したこと。
「怒られてしまいました。次はもうすこし上手くやりましょう」
けろっと言ったわたしを、武市さんはいつもののっぺりした目でしばしじっと見つめた。
「楽しそうですね」
「わかりますか」
すこし、いやだいぶ、いい気分だ。状況が状況でもなければ鼻歌を歌っていたかもしれない。
「そろそろようやく、子ども扱いではなくなりそうです」
武市さんには肩をすくめられた。諦められましたね。
➤
「まさか本当に華陀まで捕まえるとは」
阿呆提督は上機嫌にステーキにナイフを入れている。ガララワニだ。
……クロスオーバー? 知りませんね。
メタな話は置いといて。
「あの女狐は散々ぱら我が春雨にて甘い蜜を吸い、悪行の限りを尽くした挙句、それが露見するや否や途端にすべてを放り出して行方を晦ました稀代の詐欺師であった。我々の長年の頭痛の種……」
『そういえば、真偽のほどはいかがなのでしょうかコレ』
食器とカトラリーを擦る無作法者——の如く振る舞いながら、わたしはこっそり尋ねる。『符牒をしょうもねえ使い方すンじゃねえ』兄上から即座に苦言が飛んだ。あなたも文句に使っているじゃあございませんか。
それにどうにせよ提督殿とて、ガチャガチャ食器を鳴らす程度にマナーなぞなっていない。意図的に打ち鳴らしている我々の方が控えめなほどだ。わざとらしければそれこそ符牒の意味がございませんしね。
『良いではないですか。さながら教師の目を盗んでこっそりと手紙で会話する女子の如く、フフ』
『わたしに全面的に非があります。大変申し訳ございませんでした。お詫びに武市さんと連座で腹を切ります』
『ほォ。帰ったらやるか。介錯は俺がつとめてやるよ。ふたつの血の海に椿の花、甲板ならさぞよく映えるだろうな』
『冗談、冗談。いやはや、晋助殿もヒカリ殿も少しお戯れが過ぎる……エ? 冗談ですよね?』
武市さんが冷や汗をかいている。
今回のはたらきは銀さんと小太郎さんを明確に引き渡せなかったこちらの手落ち——の挽回でもあること、主だって働いたのは大前提の策謀を巡らせた武市さんだったこと、華陀捕縛の実行犯はわたしだったこと、諸々により兄上・武市さん・わたし、で席に並んでいた。これはたいへん珍しい状況である。いつもならば春雨との交渉には、河上さん・わたしのうち、目的に応じて手空きの方が出向き、ごくごくまれに兄上も顔を出す程度だった。
『と、ともかく』なんらかの不穏を感じたのかは知らないが、強引に話を戻される。
『派閥争いに負け、その際に金を持ち逃げして行方を晦ましたこと自体は事実だそうです。しかしそもそも当時の提督が代替わりの憂き目に遭っており、華陀は辰羅を率いた実績からも有力候補として目されていたとか……』
『それはそれは。悪行の限りとやらは案外と、孔雀姫を目障りだと考えた何者かによって着せられた濡れ衣かもしれませんね?』
『さァて、あの女狐の手癖が悪く性根腐りきっているのは昔っからだが……』
兄上はそろそろ、彼女となにがあったのか、明かしてくださっても構いませんよ?
『第一、宇宙海賊春雨における〝悪行の限りを尽くした〟なんざ、果たしてなんだろうな? ゴミ拾いか?』
『悪なる組織ではお手本のような慈善行為は一周回って悪? なるほど素敵、我々も試しますか?』
武市さんが笑いを誤魔化すように何度か咳払いをした。「失礼、飲み物が気管に」
「ふむ。おい、ついでやれ」
給仕が進み出し、武市さんのグラスにワインを注ぐ。おや、と武市さんが目をまたたかせた。
「これはこれは……虹の実のワイン。虹の実は既に絶滅種のはず、入手にはずいぶんと苦労なさったのでは?」
「おお、武市殿はどうやら話がわかる!」
阿呆提督が身を乗り出した。
クロスオーバー? いやはや、なんのことやら。
「いやあ実はわしとしてもこれを入手するには苦労したのだ。どこもかしこも青天井に高騰しているものだから。しかし手に入らぬなれば、作ればよい……絶滅したとはあくまでもフェイク、ベータ星系にごくごくわずかに栽培されていたことを突き止めたのよ」
『ベータ星系? 直近で聞き覚えがございますね、なんだったかしら……?』
確実に聞き覚えはあるのだけど仔細が思い出せない。わたしがぼやくと『最近春雨が突然占拠した星群ですよ』武市さんが即座に補足してくださった。あ、それですね、それそれ。
『春雨にしては挙動に違和感があったので調査したところ、虹の実のビオトープ栽培を軒並み強奪していたようで。他は粗雑に放置、ほとんど手付かずだったので、まさかとは思っていましたが……しかし本当に、宇宙有数の甘露でワインを作るためだけだとは』
『よくお調べになっていらっしゃいましたね』
『鬼兵隊の参謀を仰せつかるからには、この程度は』
武市さんは涼しい顔で、提督を程々に持ち上げておだてつつ、わたしたちとの符牒による会話も並行している。このひと本当に優秀なのですよね。ロリコンなのが致命的な傷なだけで。……だけとは言えないほどの致命傷なだけで。
『……ただ、それこそ今度こそ、虹の実が絶滅しませんか』
『レッドリストを気にかけるヤツが宇宙海賊の提督なんざやってねえさ』
『たしかに』
ドードー鳥はとうにモーリシャス島から姿を消して、我が国固有種のトキは年々急速に数を減らし、養殖の方法どころか明確な成長過程すらまだ完全には解明されていない鰻とて土用にかこつけて売り場に並べられる。知的生命体による傲慢にして身勝手な我が物顔の環境の激変は数多の場所に影響を及ぼした。
なんら問題はないと口を揃えて言う人々は、往々にして、自らが組み込まれた生態系に無自覚に受けている恩恵を忘れ去っている。
「——と、いや、ワインの話ばかりもしていられまい」
虹の実の希少さ・入手困難さ・取扱に細心の注意を払うべき点を熱弁していた阿呆提督だったが、唐突に、首を横に振った。両肘をテーブルにつき(マナー……)両手を指違えに組んで、ジッと我々を順繰りに見つめた。
「その腕を見込んで、そちら鬼兵隊にひとつ頼みごとがあってな」
「おや……」
武市さんがつぶやく。これは符牒を用いたものではなく、ふつうに声を出したつぶやきだ。
兄上がつついていたビーンズをフォークでひっくり返した。
「わざわざ宇宙に俺たち艦隊ごと呼び寄せてまで、何事かと思ったが。俺ァウチのがなにか粗相やらかしたかとヒヤヒヤしていたよ」
「信用がございませんねえ」
腹に溜まってしまったステーキに加えてこれからムースが入るものか、わたしは真剣に検討していた。
「しかしわたくしと致しましても、河上やわたくしが、なにか提督殿および元老院の方々に失礼をはたらいてしまったかと不安でございました。そうではない……のでしょうか?」
「無論。そちらはよく働いている」
阿呆提督は力強く頷いた。
『褒められちゃいましたね』
『猫被りが』
『なんです頭領気取り』
『事実として頭領なんだよその首晒すか?』
『お二人とも、喧嘩しない』
きゃんきゃんやっていると窘められた。まあ気取られていないにしろ、取引先の前で晒すやり取りではございませんね。
「華陀のことだけではない。大きなものでは件の侍に始まり、真選組を引き付け、吉原の夜王を退治した」
『かつて第七師団を率いた豪傑に対して敬意を払うどころか、このザマか。夜王は気にしちゃねえだろうが、しかし哀れだねえ』
『あの人一応死んでないというのに……』
『そういえばそれこそ、かの名高い夜兎の王は今なにを?』
『まだ退院もままならず、皮膚は重度やけど同様に培養表皮による移植手術を繰り返し——まあ一度に処置できない程度には死に体でしたから、当然でしょうねえ?——加えて不随の上半身については医者付きっきりのリハビリテーションもあるのでいまだに退院できないそうです。盛者必衰とは申しますがそれにしてもおかわいらしいこと。果たして日輪さんに諸々義理は通したのかしら』
『ここでキレんな』
『あら失礼』
ついうっかり。
「小さなものでは暗殺・誘拐・密輸・窃盗・プロパガンダ・諜報に手引き……様々なことを成し遂げてくれた」
我々が聞こえていないのをいいことに好き勝手雑談しているこの間も、提督殿の演説は続いている。気分が乗って自分に酔っているのか、ずいぶん気持ちよさそうだ。
『並べられると……なんというか……我々って小悪党ですね』
『まあ大きな道も一歩から、何事もコツコツと』
「そちらの実力はこの私が! ようよう熟知している。だからこそ——うむ、今春雨に巣食う悪を退治する手助けを行なってほしい」
春雨に巣食う悪、である。
……春雨に?
先程の孔雀姫の評価といい、なにかのギャグ?
「内部抗争というわけでしょうか」
わたしは尋ね返す。
「無論提督殿が望まれるのであれば、微力かと存じますが、力添えすることはたしかにやぶさかではございません。しかし……我々は確かに皆様の良き同胞、良き理解者でございますが、一方で間違いなくあなたがたにとっての部外者でありましょう。表立ってしゃしゃり出てしまうと、同盟関係として一線を弁えていないように、はたからは見えてしまうやもしれません……それこそ御宅の名高い雷槍なぞが、彼らを差し置いてわたしたちを起用した暁には、良い顔を示すとは到底考えがたい」
いや気にしないかな? 気にしないかも。少なくとも神威さんが「え? 俺も混ぜなよ」と言う程度、阿伏兎さんと云業さんは絶対にこちらに近寄るなと拒絶するぐらいだろう。目に浮かぶ。あくまでも全数に対してサンプル数は3でしかないものの、一方で、代表たる上が軒並みあの態度であれば下もまた揃いも揃ってその調子、と見るべきかも。
とはいえ間違いなく領分を超えているのは事実だ。身近なものに置き換えてみましょう。取引先の社内闘争に介入する会社が、いったいぜんたい、どこにいますか?
「まさにそれだ。そこが問題なのだ」
わたしのわりと直球な苦言に対し、しかし、我が意を得たりとばかりに阿呆提督は頷いた。
「あれら第七——確かに春雨の主戦力ではあるが、しかし! たかだか第七だ。それを春雨の牙だの、雷槍などと持ち上げられて、昨今調子に乗っておる」
『話の雲行きが途端に怪しくなって参りましたね』
『着地する結論にはおよそ見当がつきますが……どうしますこれ、晋助殿』
兄上は言葉としても符牒としても黙って、机の端で頬杖をつき(こちらもこちらでマナーが悪い)提督殿を眺めている。
「ついにはあの神威こそが、提督に相応しいとまでのたまう莫迦がいる始末よ! あの全方位大破壊最終兵器になァーにができるというのか団長の仕事も部下に任せっきりのクソガキがァ!」
感情が昂ったのか、阿呆提督がドガンと拳でテーブルを叩くから全体的に食器が跳ねた。
「あんな奴に提督が務まるとでも!? わしがあんな小僧にまっ負け、負けるとでもォ!?」
わたしはナプキンを手に取り、若干散ってしまったソースを拭う。これはあとできちんと洗わねばなりませんね。
『神威……は第七師団団長で合っていますね?』
『ええ。神威さんに提督業が似合わないことだけは同意見ですが——』
それこそ団長業も諸々すべて阿伏兎さんに投げているようだし。たぶん本人もガラではないと自覚しているタイプの、不本意な人事だ。
『——であれば、そもそも阿呆提督が提督であること自体が奇妙に思えますけれども』
『それを言い出すと話が進まんのでしょう』
「ともあれ!」
提督殿が声を張り上げる。
「つまり——第七師団。滅亡寸前のくせ未だデカい顔をする夜兎どもに、今一度現実を突きつけてやらねば。だがあやつら腐っても夜兎揃い、単に正攻法ではどうにもならん。手段を問うべきではないのだ。よってそちらの協力も見込みたい」
自らの顎を何度か撫でていた兄上だったが「……了解した」と言った。
「少し手勢を切ってやるよ。そうさな……第七師団とやら、このように誘い出すのはどうだ?」
兄上の笑顔は二種類ある。本当に愉快がっているときと、〝面白い〟とは思っているとき。今回は——たぶん、後者。
「辺境の星の兵隊どもが身を弁えずに図に乗っている、ここらで痛い目見せるべきだってな。鬼兵隊を捕獲・殺害する算段で組ませりゃあ——どうやら地球の侍とやらに興味を示していると聞く。この身は良い釣り餌になるぜ」
『兄上ってちょくちょく危ない橋渡らなければ気が済まないたちでいらっしゃるのですか』
『よかったなァ、俺たちゃ兄妹揃ってそっくりってことじゃあねえか』
『まるでわたしがいつも危ない橋渡っていなければ気が済まない行動とっているような言い方なさいますねえ』
なんですかその目は。
武市さんまでその目はなんですか。
➤
「武市、指揮を取れ。俺は残ってやつらを誘い出す」
「ご武運を」
「茶番劇に武運なんぞ要らねえよ。で、ヒカリ」
「はーい」
「
「……あら。ええ、それでは承りました」
➤
孤立無援! 一斉砲撃! 当然ながらふつうは死にます!
ふつうならば。
さすがに夜兎は頭も身体も規格がおかしい。宇宙空間に生身で弾き飛ばされたら身動き取る間もなくあっという間に死ぬんですよ。なぜ回避行動が取れているのかしら。戦艦の側面にぶち開けられた大穴の端で、かろうじて踏ん張っていたり、なんなら端にしがみついている者までいる。まるでわからない。踏ん張りどころ以前の問題だとは思いませんか? 思いませんか、そうですか。
わたしの操舵する艦が第七師団強襲の現場についたのはそのような大惨事のときだった。わたしは状況を俯瞰して、夜兎と我々のスペックの違いをあらためて実感した。
「それでは中田さん、操舵代行お願いします」
「おれマジで操作方法オートマとマニュアルとトラックと船とヘリしかわからんですけど……船ってのもつまり海に浮かべる小型船舶で、宇宙船って意味じゃないですけど……」
「できなければ死ぬだけですとも、頑張りましょうか」
「このひとホントやだぁ」
中田さんが半泣きながらもディスプレイを展開して、各操作パネルを開いて動かし始めた。どうせ動くのであれば泣き言カットしていただけないかなという気持ちと、でもこのひとの泣き言けっこう面白いですよねの気持ちと、おおよそ半々。そろそろこのひとわたし直属に異動させられると知ったら、いったいどういう反応するんだろう。見てみたいですね。生き残ったら見てみよう。
操舵を交代したわたしはホログラムディスプレイを広げて砲の照準を覗く。数多の砲撃を受ける艦と、袋叩きの
はい、というわけで本日の三分……ならぬ十秒クッキング。まずは一艦に照準を合わせましょう。よく狙います。今回は動いていない的なのでとっても簡単ですね。狙って、撃ちます。
装甲に大穴が空いて、中から船員たちが真空に吸い出されている。空気は気圧が低い方に動く——物理法則に従って、安全弁も存在しない大穴から広々とした真空に向かって、すべてが吐き出される。キュッ……と締まっていく有様は、なんともいえぬ地獄絵図。
……やっぱ夜兎の方々が吸い出されかけながらなんとか自力で足掻こうとしているの、絶対おかしくない? 死ぬのがふつうでしょ。おかしいよ。
「あああホントに撃った! 離脱は!?」
「許しません。ステルスかけてそのまま死角維持しつつ全艦撃ちます」
「世界ってクソ! こんなブラック・アーミー辞めてやる!!」
「あなた弱音の吐き方が独特ですねえ」
「他人事なんだよなあ!? 他人事じゃあねえんだよなあ!?」
鬼兵隊の隊員が何をほざいていらっしゃるのかよくわかりませんね。同様に、海賊やっている以上は死ぬことも覚悟しているものでしょう。当然ながら。
黙祷にかける時間はなく、わたしはざらりとディスプレイを撫でてウィンドウを呼び出す。キー入力をするが早いか、マイクに口元を近づけた。
「えーテステス、よし、音声入ってますね」
ディスプレイ越し、防犯カメラの映像を拝借している状況だ。地獄絵図に怒号と悲鳴が飛び交い、一方で唖然と戸惑うひとびとが揃ってスピーカーに注意を向けるようすはわかりやすい。
真空において空気振動なぞ当然存在しないもの、宇宙空間に音を響かせることは不可能だ。だからこういう全体放送の機序はきわめてかんたんで——つまり、本来味方同士でのみ行うはずの通信機能や船内放送機能に対し、周囲の戦艦を無差別に軒並みクラッキングして侵入、ほとんどウイルスで乗っ取って、相手のシステムを用いて全方位に呼びかけているわけである。なんならこのウイルス、防犯カメラの各制御システムから映像をくみ取ってこちらに渡し切ってしまう。そういうからくりで現在高みの見物が可能になっております。すごいですよね。
なおこのウイルス、生産者は村田さんです。紅桜の制作傍らでこんなにとんでもないものを作ってしまいましたとさ。……あのひと、本当に素晴らしいエンジニアだったな。刀にこだわっていなければ大成したであろうに。
鳶が鷹を産み、鷹が鳶を産む。そういうこともあるだろう。鳶かと思われていた醜いアヒルの子が、じつのところ白鳥であることも同様に可能性だけは存在している。
イソップ童話から寓話まですべてが混じっている?
そのとおりですね。
「いつもあなたに破壊をデリバリー、無辜の援軍にございます」
わたしはにこやかに言った。こちらの映像は映らないのであくまでも心遣いというやつである。
「夜兎の皆様、お元気でしょうか? 元気じゃあない方が多そうですねえ。デリバリーはご入用でしょうか? 援護射撃と救命救急センター、今ならなんと春雨提督への下克上とトレードオフにございます」
無数のカメラのなかで船員たちが奇妙な放送に戸惑い、さざめく中、ぱっとひとりの夜兎が操作盤に飛びついた。黒髪の辮髪、ガタイのいい体格はわたしも知っている。
『ガッ、ザッザザッ、ピー……』
「ん〜こちらの傍受と合いませんねえ周波ちょっと高めにしてください。あそうそうその位置」
『……アンタの仕業か?』
「ええ〜悲しい。通信が繋がって開口一番がそれですか?』
わたしはわざとらしく大袈裟に嘆いてみせた。
「周りぜーんぶ春雨軍艦! 味方のハズの皆様から一方的に狙い撃ち! という状態でせっかく助けに来てあげたのに早々に黒幕疑われるんですか云業さん? まったくひどいひと、勘弁してください」
『アンタは本当にそういうところだろ』
そうですね。自覚はありますよ。
そうだそうだとばかりに頷く中田さんとはのちほど、お話し合いの機会を設けるとして。
云業さんは周囲を見回して『これか』真っ直ぐにカメラを見上げた。そうですね、この角度からでなければ周波数指示ができませんからね。ンーちゃんと周囲見ているんだよなあ、部下にほしいなあ。
船奥から駆けてきた阿伏兎さん(穴が開いた箇所を確認して応急処置を指示していたらしい)が云業さんに手招かれ、マイクをむんずと掴む。
『俺たちゃそれこそ、鬼兵隊を潰すって聞いて駆けてきたんだがねえ……』
わたしはあくまでも、春雨上層部としか主だってやりとりしていない。なんなら他の師団の方々とも会合の外ではろくに交流はなく、吉原の件で短期間ながら密接に関わりがあった神威さん・阿伏兎さん・云業さんこそがそれこそ例外だ。
神威さんは現在囚われの死刑囚(これは頭痛が痛いというやつかしら?)この場にはいない。突然船内大放送、声の主をわかるとすればお二人の他あるまい。
『第七師団は春雨に切り捨てられたという理解でいいな』
「ええ。先程神威さんが捕獲されました。処刑は五日後にございます」
『団長が! あのバケモンも悪運尽きたモンだ』
阿伏兎さんがせせら笑った。
『ウチの団長を生け捕りなんざ、殺すより手間だろう。捕まるまでにいったい何人殺した?』
「最終的なキルスコアは、第八の方々を二十人とすこし、といったところですよ」
『はーん? 意外とおとなしいな』
「象が即時に昏倒する毒矢を複数射られてそれだそうなので、むしろ大健闘なのでは?」
阿伏兎さんの表情は防犯カメラ越しでもわかるほど、笑えばいいのか引けばいいのかわからないといった様子の、奇妙な引き攣れたものになった。ああこれ、夜兎でもだいぶんなオーバースペックなんですね。
『だってよ云業。おまえさんアレと同世代なわけだぜ?』
『本当に勘弁してくれ』
「……あら、神威さんと同世代、ずいぶんその……云業さんって、大人びた印象でいらっしゃいますね。わたしさすがに今後はすこし加減しますね……」
「ああマジで年下だとヒカリ様ってそういう反応するんすか、おれも十年ぐらいサバ読みゃよかったな……」
『ほ、本当に勘弁してくれ』
『ハイハイ諸々、生き残ったらな』
会話の最中にも砲撃の手は止めず、中田さんも随時呻き会話はしっかり聞きながら、操舵の手際はこれまたしっかりしている。春雨側からの攻撃を回避して適宜砲撃を撃ち込んでいく。
『アンタまず、味方か? アンタが味方だとして、てめえのお仲間の方はどういう態度だ?』
「どちらに関しても、一応? 我が総督からは〝好きにやれ〟との指示が出ておりますので、好きにさせていただいております。そしてわたしが好きにした結果がこのありさまというのは、あのひとはよくわかった上でそのように述べています」
『……あァ、そう』
阿伏兎さんがげんなりとぼやいた。
『まァたしかにアホ提督よりバカ団長のが諸々性に合ってそうだな。破天荒なところだとか。暴れ馬なところだとか。曲芸大道芸人なところだとか』
「わたしを通して鬼兵隊を見るのは確実になにかを取り違えますよ」
『自覚あんのかよ』
「マ神威さんの方がたしかに阿呆提督よりかは気が合いますね、というのは当然ございますがそれ以前の大前提として」
タカタカと各パラメータを叩きながらわたしは言った。
「我が鬼兵隊に置かれましてはいずれの方々も——とくに総督こそが、義理のある相手を私利私欲をもとに裏切って突き出す人間がどうにも心底大嫌いのようでしてねえ」
戦中なにかあったのかしら。金地位名誉に目が曇り、情報を筒抜けにしてしまったお馬鹿さんがいたとか? 案外と、兄上と小太郎さんと銀さん、皆様揃って一度は幕府に囚われた経緯は、そのあたりにあるのやもしれません。
……無論、邪推ですとも。
「実際好きな人いませんよね、寝首をいつかかれるかとヒヤヒヤするくらいならばまだよいのですが、騙し討ちと袋叩きのリスクが常につきまとうだなんて。お仕事のお相手としてとっても不適切! そうは思いませんか?」
すなわち、伊東さんを相手にしたときと同じだ。兄上は笑顔をこそ浮かべていたけれど、さすがにわかる——あれはわりと本気で見限っていた。
春雨の発展は、宇宙規模での嫌われ者たる夜兎を第七師団として抱え込み、固定戦力に用いたことに由来する。ゆえにこその春雨の雷槍、ゆえにこその牙。神威さんを提督にと持ち上げる声があったとして、それはどちらかといえばまずすべき対処は現在の提督御本人の器に罅がないかを調査し、改めて、神威さんごと第七師団を叩くのはその先だろう。組織として提督の権威を保持するなれば、神威さんを言葉で諭し、くだらないことをささやく皆様に自制を促すのが先であろう。
少なくとも阿呆提督は自らの客観視と内省を一足飛ばしに、勧告すらなく、半ば騙し討ちの如き粛清に走った。薄々予感していた阿伏兎さんさえ見事にはまってこのザマだ。事前警告すらなかったことは知れている。名前通りに阿呆な御方、つくづくと——おろかなことである。
「わたしもまた、警告してくださった方をみすみす見捨てるのは忍びないカナー? とか思わなくもなくもないといったところです。このあたりの回答でご理解いいただけますでしょうか?」
『……情は人の為ならずってか?』
「誤用ではない方ですね。もっともわたしたちが助けにきたと言うなれば、それは些か、語弊があるやもしれませんけれど」
露骨に怪訝な顔をするお二人に、わたしは微笑んだ。
「現世は地獄の延長線、我々鬼兵隊は修羅として、愉快な死出の旅路をただ真っ直ぐに歩いております。この世に報いはなく、救いはなく、我々はただ罪業を積み重ね、償いはなく、望みはなく、苦しみの旅路となるが定め」
攘夷志士ではなく攘夷浪士。崇高な目的と理想を持つ革命家ではなく、あまねくすべてを破壊するテロリスト。我々はそういった目的のもとに生きている。因果応報を望むなれば、この先きっと、ろくな未来はない。
その方が正しいから、わたしたちは、命を燃して賭して走り続けている。いつか罪業に追いつかれる前に。死神に縊り殺される前に。世界を——刈り取ってしまわないと。
「そういう点ではここで宇宙の藻屑となっていただく方がいくぶんましやもしれません」
『おかしいなァヒカリさんよ。アンタは多少物分かりがいい方だと思っていたんだが』
阿伏兎さんが茶化した。
本日はお忙しかったのでしょうとも。いつにもましてざんばらな髪が汗で貼りついた隙間から、不意に鋭く、獣の目がひかる。
『そりゃ
「ふむ、道理にございますね」
話は決した。「とりあえず宇宙に落ちた方々はこちらで拾ってしまいましょう」わたしが言いながらも中田さんに目配せすると、彼は深々とため息をついて、操舵パネルに指をすべらせた。素直で、物分かりがよく、よいことです。
「もっとも生きているかどうかはこの距離ではわたしには判別つきませんが……」
『あァ助かる、軒並み拾っといてくれ。うちの夜兎なら宇宙空間でも一時間は生き延びるから今拾えば生きてる』
「なるほど、夜兎の皆様って本当にバケモノなんですね」
『言うじゃあねえか大道芸曲芸師の暴れ馬がよォ……』
「ヒカリです」