前略:
一㎜間隔膾斬り候補と友達と敵と一般通過兄弟子※非認知。
➤
真選組はわたしの言うことを信用——したのかどうかは知らないけれど、ともあれ、巡回と称して、三々五々でかぶき町に足を運んだらしい。
「金さんは本当に気持ちの良い人ですよね」
「しばいとけ」
監察方が洗脳にかかり。
「逮捕しかけたのも含めて、今までのこといろいろ謝ってきやした。鷹揚に許してくださって、さァすが旦那は太っ腹でさァ」
「あらそーちゃん、今日はずいぶん素直なのねえ」
一番隊隊長が洗脳にかかり。
「万事屋なら……もしもお妙さんがたとえ俺ではなく彼を選んでしまったとて、きっと幸せにしてくれるだろう……」
「こっこここ近藤局長が正気に返った!? いや狂った!?」
真選組局長が洗脳にかかり。
「万事屋のことを悪く言うなんざあり得ねえよ」
「おっついに土方まで狂いやがった。やべー」
真選組副長が洗脳にかかり。
「……え? 普通に怖いな、なに?」
実害はないにしろ——実害、そうでしょうね、実際わたしとて〝実害〟と呼べるものはなく、ただわたしが自滅しただけに過ぎない——しかし代わる代わる洗脳された真選組の隊士たちは、とうとう、うっすらとした恐怖を抱き始めたらしい。
わたしはこの間、ミツバさんが勧めてくる激辛せんべえを三回断って一回負けていたので、唇が完全に腫れ上がっていた。わりと痛い。無言で口元を抑えているとそっとノートの切れ端がわたしの前に差し出された。
【 牛乳を飲んでから食べるとちょっとマシだZ 】
特徴的なアフロは三番隊隊長のそれである。真選組の服装規定にアフロは引っかからないらしい。
「……ありがとうございます」
食べる前に仰っていただけると、より、よかったのだけども。
というかライフハックとして浸透しているんですか? ほぼほぼ被害では?
「……本当に鬼兵隊の仕業じゃあねえのか?」
「なんのために?」
わたしが気のない声で返すと「そうだなあ」監察方が顎をこすった。
「攘夷戦争時代に無類の強さを誇った白夜叉の力を今ふたたび手に入れるべく、まずは居場所からなくしてやろう……とか?」
とうとう諸々、バレたんですね。あのひと。
「なんとも素敵な推理ですね。あなた小説家の才能がありますよ」
「馬鹿にしてるよね!?」
「実際、山崎の話もそれほど的外れとも思えねえが」
正気を取り戻した鬼の副長殿は若干苛立たしげだ。醜態を晒したせいやもしれない。ライターを取り出して煙草に火をつけ——ようとしてふと眼差しがミツバさんを見、ライターを懐に戻した。
「まさか伊東の件を忘れてもらえるとでも思っちゃねえだろうよ」
周囲の様相を見るに、ここは真選組屯所併設の食堂——独房や密室でこそないものの、食堂らしからぬわりと尋問部屋の様相である。腐っても攘夷浪士、幹部の末席に名を連ねているからして、当然の対応だ。
当然の対応である、というのはまあ、前提として。
「ないですね。ありえません」
「……マだとすりゃ自滅しねえか」
「人の失敗論ってなんとかしましいこと……」
「〝ポンコツ警察〟とやらに捕まった間抜けがなんかほざいてンな」
「お優しいですねぃ、土方さん」
煽るだけ煽って一回引き下がった鬼の副長殿に対し、一番隊隊長殿は食い下がった。
「百歩譲って——いや千歩譲って」
「桁が増えた……」
「こいつがド正直に話してるとして。それこそ〝兄上殿〟が取り進めた可能性は否定できねェだろ」
「それもありえません」
「口だけならなんとでも言えらァ」
「本当にありえません」
わたしは淡々と述べた。あの金鍍金の所業をなすりつけられるだけでも虫酸が走る——という私情は置いといて。
これは単なる事実だ。
「百歩譲って勧誘したいとして、あのひとから守るべきものを奪ったところで弱体化して無気力になるだけじゃあないですか。戦力増強を求めるならば逆効果です」
「あっそぉ……なら逆に、それこそ旦那を無力化するためだったとかもあり得るだろ」
「それこそ尚更、ありえません」
ミツバさんへの忖度か(そうであれば鼻で笑うけれど。身内への忖度で鈍る刃なぞ、捨ててしまうべきだ)他になにか理由があるのか、現状鍵のかかった密室に閉じ込められているわけでもないので、脱走方法は多種思いつく。一方それが実現可能かどうかで論じるならばまた趣旨が異なってくる。
真選組でも隊長格が軒並み周りを固めているものだから、なかなか隙が見出せない。
「断言できるもんかね」
「できますよ」
「へえ。信じがてェな」
「信じがたくとも事実に他ならず。あのひとと兄上は——わたしもですが。既に道を違えたのですから、であればもはや、剣を交えるほかに道などなく」
思考の半分を割きつつ、もう半分でわたしは心底適当に答えた。喋りながらも襟をたぐるのは癖である。いつもインナーを着ているので襟元が心もとない——気にするのって兄上くらいなものですが。
インナーはさておき、わたしが浴衣を着せられていることも、半分はわたしが正しく嘔吐直後だったせいだとして、もう半分はある種の脱走防止策だろう。衣類を奪うのは監禁の常套手段だ。浴衣こそ着せられているものの、古い価値観のひと(たとえば、わたしの製造元)に言わせればあれはまず外を出歩くべきものではない。水着やバスローブが外出着として適さないこととほぼ同義である。昨今はファッションの多様性により、軽い街歩きや、夏祭りだとかでもちらほら見かけるようになったけれど……第一、わたしの草履もまたどこにも見当たらない。
「いずれきちんと殺しに来ていただかなければなりません。だというのにそれ以前の段階で心を折ってしまっては本末転倒というもの——そして実際折れるひとならばそもそも、それ以前の問題です。そのような小物に首を刎ねられる覚悟を決めた覚えはございません」
相変わらずわたしは本日も無手であるわけだけども、よしんば得物を持っていたところで、意識を失っている間に奪われただろうとは目に見えたこと。誰かから奪うにしてもとにもかくにも手錠が邪魔だ。さすがに拘束具なだけあって、なかなか壊しづらいのですよね。
手元に直にかかっているものだから鍵開けもより一層の小器用さが必要、叩き壊すにも腕にストレートに負荷がかかる。吉原の件で散々実感いたしましたとも。云業さんに叩き壊していただいたあと、しばらく余波で手首がしびれていたくらいだ。
「ヒカリさん」
「はい? はい」
思考を一旦切って視線を向けると、わたしの向かいに座っているミツバさん、彼女はにっこりと激辛せんべえを掲げた。
「もう一枚食べない?」
「……ウーン。ミツバさんがお好きなものなんですよね? 是非とも御自分でお食べくださ」
「はいあーん」
「むぐ」
からい!!!
「さてと、ね、そーちゃん。あんまりいじめちゃだめよ」
「……おねーちゃんの言うこと素直に聞きてえのは、かわいくてかっくいー器の広い弟としちゃ山々ですがねィ。いちいち真に受けてたらそれこそ、てめえの身動きが取れなくなるモンでさァ。コレが攘夷浪士である限り俺たちゃ配慮なんざしねえよ。いくら姉上のダチで、まだ膿んだ傷があろうともな」
「ええ。私も私がどう思っているからといって、そんなことにお仕事よりも優先して足を止めてしまうコに育てた覚えは、ないもの。それはそれとしてね、無闇に抉るのは違うでしょう? 引けなくなっているだけじゃあない?」
地味な痛みに声もなく耐えていると、ことんと横に牛乳が置かれた。薬が入っている可能性を鑑みて……辛すぎてそれどころではないので甘んじて服用。これふつうに身体にダメージ入りませんか? ミツバさんが身体弱いの、好みの傾向もあるのでは?
牛乳を持ってきてくださった三番隊隊長さんはぐっとわたしに親指を立てた。グッドラックじゃなくってね。そもそも牛乳で対処するのは毒物の対応なんですよね。
「よーしよし。いったん空気戻そう」
局長殿がパンパンと手をたたくので、わたしは仕方なく耳にも意識を集中した。しかし、そもそも戻るような空気なぞありますかね。
「鬼兵隊の関与がねえ、実害がねえってんなら、ほっといてもいいんでは? いやまァ万事屋の旦那は見廻組に引き続きご愁傷さまですけど」
山崎さんは言いながらもカツ丼を食らっている。お昼休憩中にも仕事のようなことするのは労基違反だけれど、真選組って労基も冒してたんだ。初めて知ったな。
「なんかあの人、どーせ勝手に解決しそうですし」
「それで済むならいいんだが……万事屋には直近、世話ンなったばっかってのもあるだろ。あいつに借りてばかりじゃあ侍の名が廃る、ここらでちょっと返しておくべきかとな」
局長殿の言い分に、しかし周囲はあまり良い反応を見せない。言うても万事屋だしな……と言わんばかりの空気感である。
「……我々の関与を疑っていたわりには、皆様のんきですね」
わたしはぼんやりつぶやいた。
「貸し借り抜きにしても早急に解決すべき事案かと存じますが」
「てめえらは知らねえだろうが、俺たちゃ仕事が他にもあンだよ。なぜかそのへんに落ちてたテロ組織幹部の処遇考えンのだとかな」
「はあ。まあそのあたりは追々どうにかするとして」
「ちょいちょいバカにしてるだろなあオマエっぱ
「わたしに不愉快なことを仕出かしてさえ来なければ、我々で回収していたのですけれど。あの技術、ずいぶん利便そうですし」
コップ半分ぶんのこっていた牛乳を飲み干す。
「銀さんなので笑い話になりかけていますが、別人を知人と思い込ませる洗脳っていくらでも悪用できると思いませんか? 隊士が別人、局長殿が別人、将軍様が別人——」
不意に先程の通り魔が脳裏を過る。武装警察さんたちはのんきなものだけど、かぶき町の住民はそこそこに多く銀さんの人脈は幅広い。銀さん単体を狙ったにしては大規模かつ強力な洗脳だ。シンプルに異常事態である。
案外あの人も、かぶき町に蔓延する妙な現象を察知した、どこぞの斥候だったり——にしてもバイオレンス親切でしたけれど。わたしなにかしましたっけ? 普段悪いことなんて、テロぐらいしかしていませんよ。〝先生〟の弟子に恨み持っていらっしゃるならたぶん矛先間違えてますよ。
脱線修正。
「この状況を作り出した方はいったい、なにを考えていらっしゃるのかしら。まさかたかだか表向き一般人、攘夷志士としてもとっくに隠居済みの人たったひとり、本気で標的にしたいわけでもございませんでしょう。たとえば……」
「……た、たとえば?」
空のカップを両手で弄ぶ。
「世界征服の前段階に、手始めにかぶき町で実験中だとか? だとすれば、次のターゲットはどなたかしら」
「野郎ども! 凶悪事件を未然に防ぎ、ついでに善良な一般市民を守らねえとなあ!?」
応ッ! と野太い声が唱和した。
わたしはこっそりと、ミツバさんに頬を引っ張られていた。
「なん
「あなたも意地悪しちゃだめ。信じてもいないこと言って焚きつけて、衝突させるなんて、よくないわよ」
……このひと、べつに頭が回らないというわけでもないのですよね。
「十二分に考えつくことでしょう。わたしはちょーっと誇大解釈しただけ」
「そういうのね、屁理屈って言うのよ」
「わたしの辞書にはない言葉ですね。どこの出版ですか」
「民明書房かしら」
「ミツバさん、やっぱりあなたも半分くらい遊んでません?」
コップを卓に置いてから、わたしはミツバさんの指先を剥がしてぺいと払った。両手で別々の動作ができる環境がさっそく恋しい。
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「俺ァなんもしてねーよ! いや、そりゃ飲み過ぎてその辺吐いたり小便したあと手ェ拭かなかったりしてるけどぉ!? ンなのどーせみんなやってんだろ!」
「あ、ただの最低男」
「我らが最大の恩人、金さんに絡んでた不審者を引っ捕らえてきました!」
「よくやった、ンでまずはてめえらの目を覚まさせるのが先ってワケだな。……マジで効力ありすぎてキメェな、なんなんだ」
万事屋を乗っ取られた銀さんを探し出して本人保護のもと同盟戦線——という名目で派遣された隊士たちが、銀さんを逮捕して帰ってきた。ある意味気取られなさそうだけれども、お手々が後ろに回っていらっしゃる。
ガシャンコと手錠を外された銀さんが「……やけに物わかりいいな多串くん」訝しげに隊士たちを見回し、人垣向こうのテーブルで半眼で状況を眺めているわたしに気づき、眉をひそめた。
「で、なにしてやがんだてめえは。ここポリ公どもの屯所な、てか……前に言ったこと忘れたのかよ? よくもノコノコと江戸にツラ出せたな」
「覚えていらっしゃるようでなによりです。やはりあなたはそうでなくっては」
「なんでテンション上げてんの?」
威勢を削がれた様子の銀さんに「しかしわたしとしてはたいへん遺憾にございます」わたしは神妙な顔を繕って申し上げた。
「金鍍金ごときに奪い去られるほどヤワな存在感でしたっけ、あなた」
「はーん、あのクソストパー野郎まで知ってるワケ」
途端銀さんは先程のわたしのごとく半眼になり、ガシガシと銀髪をかいた。
「ンでどうも俺がおかしくなったわけでもねえのか。てめえらの仕業じゃあなさそうたァ思ってたけど、もしかして、チビ杉くんが恨み買った余波こっちに寄越したとかじゃあねえだろうな」
「むしろ、わたしは先程金鍍金さんにきわめて不愉快な扱いを受けた側ですが? 兄上があのような手落ちをなさったとなると、わたしが刎ねるべき首があなたの他にも増えてしまいます」
「刎ねるべき首にまず俺をカウントするのやめようねヒカリちゃん」
「主犯がコイツだから俺らが確保したって可能性はちぃとも考えねえのか、元白夜叉様がよォ」
「うっせ鬼の首取った勢いで知ったばっかの人の黒歴史嬉々としてこすりやがって鬼の副長サマが。この頭が回るだけの直情型猪突猛進バカ兄妹はあんな陰湿な手ェ使うくらいなら直で殺しに来んの……ウワ、たけしくんのお姉さんまでいるじゃねえか」
「総悟でさァ、旦那」
ぼやいた銀さんがわたしの真向かいのミツバさんにようやく気づいて、いよいよ引いた表情を浮かべた。
「銀さんもお久しぶり。ミツバで大丈夫よ?」
「馬に蹴られンのは心底御免なんで……つうか出歩いてて大丈夫なんかアンタ。そもそも向かいのやつ誰だかわかってる? ソイツ手配書出てるヤバい国賊なんだよぉ距離取りなさいよ」
「そうですよねえ、それが正しいですよねえ、本当このひと危機感死んでますよね」
「ああわかったそこ仲良しなのな。お友達できてよかったですねー甘ったれの末っ子ちゃん。俺らのあとばっかついてたから女の子の知り合い全然作ってませんでしたもんねちゃんと優しくしろよ」
「……手錠さえかけられていなかったら綺麗に三枚に下ろして差し上げたのに」
「いーからそこ詰めて」
テーブルまで歩み寄った銀さんが勝手に席を詰めてくるものだから、わたしはじとっと銀さんを睨み返し(狭いんですけど……)ミツバさんは口元に手を当てて笑った。
「確かにこちらの方がちゃんと銀さんだわ。そーちゃんのお名前間違えたりは、金さんと仰る方はしないでしょうしね」
「ああェえ? なんかアンタも知ってる感じ? ヤーねあの男老若男女手が早ェやつは信用を失うんだよ」
あなたが言えたことかはさておき。
「まったく良い趣味でいらっしゃいましたよ。わたしのことを軽く口説いてきたり」
「俺オマエのこと妹としか思えねえからゴメンな〜」
「なぜわたしが振られたかたちになったんですかねえ」
「だから馬に蹴られる趣味はねンだっての……アそれで思い出した。オマエらじゃねえなと思ったも一個の理由」
銀さんが頬杖をついた。
「ヅラの野郎も俺のこと覚えてねえらしい」
「……それは、それは」
いよいよ縊り殺してくれようか。
あのときいったん距離を取らずに斬りかかっていれば手傷のひとつも負わせられたかもしれないのに、つくづく悔やまれる。動揺していたばかりに、ついでに頭痛があまりにひどかったばかりに、ずいぶん莫迦な真似をした。千載一遇の好機を逃して敵組織に捕まる愚かさったらない。
「心当たりだとか、ないのか? 万事屋」
局長殿が尋ねるので「ねーですゥ」銀さんは途端にだらけた態度でのたまった。
「自称メル友くんから押し付けられたお仕事と日に百件のメンヘラメールフル無視するので精一杯だったんだからよォここ最近。アレこの話それこそこないだ取調室でやったよな?」
ふつうになにしてるんですか?
「思い出せるもんなのかよアレ。新八も神楽もまるで思い出してくんねえんだけど、何。年季の差にしちゃ腐れ縁でしかねえ税金泥棒どもがかかっては解けてんのは致命的に変だろ」
「やっぱこの薄汚え銀野郎、パチモンパツキンの前にリリースすべきか?」
そろそろ副長殿の苛立ちは限界を迎えていて、火もつけていない紙煙草のフィルターを噛み潰しそうな勢いだ。真選組副長ってストレスがかかるお仕事なんですね。煙草休憩行ってきたらどうですか。
「そこのアマが妙なこと言い出してンで、最初っから分散させて巡回扱いで偵察行かせたからな。接触も短時間、残ってた正気のやつでぶっ叩きゃ解けた。あんな感じに」
指差す先では早速先程洗脳された隊士たちが順々に、臀部にバットをフルスイングされて「痛ァい!」「ぎゃん!」「ひーん!」と泣いている。侍が情けないこと。
「ふーんへえーそーっすかァ野郎の喘ぎ声ほどうるせえモンもそうはねえな。てか、ヤそうだよオマエはなんでよりによって百パーセント敵に拾われてんの? 転職でもしたんか」
「もしかしてその死んだ魚のごときお目々にはこの手錠が目に入っていらっしゃらない?」
「江戸にいる女が手錠かけられてるのは総一郎くんの趣味説がワンチャンあってな」
「江戸の治安って末期なんですね」
趣味に仕事道具使う警察、今すぐ辞めてほしい。
「総悟です旦那、失礼なこと言わねえでくだせェ。俺にも選ぶ権利があるってンだ」
失礼なのは果たしてどちらにございましょうか。
「あの方々はそれこそ、何度も洗脳をかけ直されているのでは? わたしが接触した際にも違和感を覚えるとカジュアルに洗脳され直されましたからね。おかげさまで体調を著しく崩す羽目になりましたが、人をなんだと思っていらっしゃるのかしら。耐久実験の被検体じゃあございませんのよ」
「はーん、だァから路地裏でゲロまみれンなってたんで」
「ふふ。是非ともそのあたりも記憶消し飛ばしていただきた——」
不意に横からてのひらが伸びてわたしの前髪をかきあげるので、わたしは目をまたたかせた。
手の主、銀さんはわたしの額にてのひらをはりつけ、視線はわたしの上半身をさっくりと眺めた。
「……熱はねえな」
「……今は元気ですよ」
「おまえが熱出すとうるせえバカが三匹はいたもんでね」
「いったい何歳の頃の話持ち出していらっしゃるのですか。三ではなく四の間違いでしょう」
「銀さんは違いますぅ〜」
「固有名詞も出してもないのによくおわかりで」
「チッ」
ぺしっと腕を叩くと素直に降ろされた。嘆息した銀さんがテーブルに向き直り……生ぬるい目の周囲に気づき、ピシ、と固まった。
「仲良しね」
「ミツバさんその微笑ましいものを見る目を本当にやめていただけませんか? 他の皆様もですからね」
「おいちょっとゴリラども、俺が白夜叉だったのは昔の話だから。今も攘夷浪士と仲良しなわけじゃねえからな」
「うんうんわかってるわかってる。もちろんだとも!」
「なんもわかってねえ相槌過ぎるだろ類人猿の分際で人間様あしらってんじゃねーよ」
「逆に聞くけどな、状況的に説得力が紙ペラレベルにうっすいのはわかってンだよな?」
「クソッマジで違ェんだってェ!」
「わたしもぐうたら天パさんと仲良しなぞちょっと……」
「援護射撃にしてもガチの歯切れの悪さやめてくんない。いや援護射撃じゃねえのかおまえの場合は」
「このような金さんの偽者なぞ、ゥエ゙ッ……」
「わざわざ勝手に引き合いに出して本気で具合悪くなってんのもやめてくんない。わかったわかった俺が悪かった俺が悪い全部悪いウンウン」
【 水持ってきたZ 】
「アリガトねアフロく……え? アフロくん誰? フツーに新顔なんだけど」
「出くわすたびにほぼ毎回自業自得で自滅してんの敵ながらびっくりするなコイツ」
敵地ド真ん中で既に敵対した兄弟子に背中をさすられ、敵から提供された水を飲まされている。シンプルにすべてが醜態。
それもこれもあの金鍍金が悪い。本当に誰がなんのためにあんなイイ趣味の悪戯仕出かしたのでしょう。わたしは悪趣味なので本当に・一切・なんにも・理解できません。
「……本当に心当たりもないのですか? これではわたしが吐き損です」
ついでにバイオレンス親切通り魔襲われ損である。
「てめーが吐き損ならそれこそ俺は居場所奪われ損なんだけど?」
それはそう。
「なんかヒントねえのヒント。俺マジで最近かぶき町も帰ってなかったからなんにもわかんねえのよ」
「わたしも本日地球に帰ってきたばかりなのでわからなさでいえば五十歩百歩かと」
「オイなんか悪巧みしてた気配すんだけど……」
「それこそ俺たちはかかりきりだったからな……ミツバさん、なんか知らねえか?」
よく考えれば一足先に洗脳されていたことも踏まえ、現状をもっとも知っている可能性があるのは、ミツバさんだ。
ゴリラ局長殿に話を振られたミツバさんは「そうねえ」と、考え込む様子を見せた。
「金さんは、そういえば……最初はきちんと自己紹介してくださったのよ。万事屋の新しいリーダー、坂田金時ですって。銀さんとは違って紳士的で、礼儀正しくって」
「この女やっぱナチュラルSだろ」
「おう姉上への口には気をつけなァ旦那」
「俺が悪ィのコレ。やだなァ総司クン、ボクたち友達デショ?」
刀を首筋に突きつけられて、銀さんが冷や汗流しながら両手を挙げた。
「ダチの名前間違える野郎なんざ知りませんねィ」
「最初に友達って紹介しやがったの誰だっけ、てかおねーちゃんの前での猫かぶりやめたのおめーさん」
「おねーちゃんが悪いダチ作っちまってヘンな影響受けちまってね、俺がしっかりするしかねェンでさ」
「ああそうそりゃたいへんね……兄弟姉妹がやらかすとこっちがケツ拭かなきゃなんねえしねわかるわかる……それはそれとして下ろしてその刀……」
「新しいリーダー?」
横の茶番を無視して、わたしは首をかしげた。そんなものを許すなれば、万事屋の従業員さんはそもそも銀さんが営む万事屋なぞに居着いてないと思うけれど。
通常時の銀さんが怠け癖サボり魔・パチカス・ジャンプオタク、なのはわりと昔からである。年齢ちょろまかしてパチンコに出かけてお小遣いとおつかいの代金全部スって、〝先生〟に拳落とされて埋まったりだとか。ジャンプを毎号買ってくるから本棚埋まって教本勝手に捨てたことがバレて、兄上に飛び蹴りされたりだとか。どこにもいなくて三日三晩探し回ったら、試験があまりにも嫌で屋根裏生活していたらしく小太郎さんにコブラツイスト決められたりだとか。
銀さんはそういう、だいぶんどうしようもないひとで、それでもついていく魅力が損なわれないところが、このひとの輝きをつくっている。
「新八くんと神楽ちゃんは……たしか、ずいぶん長いこと銀さんが不在だから、代行をつくってもらったって、仰っていたわ」
「……まあ理屈はわからんでもねえが」
副長殿がつぶやいた。
「つくってもらった? 雇ったじゃあなく?」
「つくってもらった、だったわね。お手伝いいただいてるだとか、そういう話ではなかったわ」
ミツバさんは記憶を想起するように視線を彷徨わせながらも、はっきりと頷いた。
「わたしてっきり、どなたかそのように調教したのかと思っていたのだけれど」
「なあコレ、ダチ以上に弟くんからヘンな影響受けてるだろ明らかに」
「なに言ってんだ旦那。しつけはご主人様の常識中の常識でさァ、それをヘンだなんてずいぶんな難癖つけやすねえ」
「お宅の末っ子どうにか矯正してくんねえかな!? 姉ちゃんがどうしようもできねえなら兄貴分どもの仕事だろ常識的に考えてよォ!?」
「横の現在進行形テロリストまるで更生させられてねえ奴がなんかほざいてんな」
「ぐ、ぐう……」
現状の話題すべてにおいて不利なのでわたしは口をつぐむとして。
「〝そう——ニュー万事屋リーダー:金さんは、造られたものです〟」
こう、と風圧。
跳躍した巨大な獣——犬?——が飛び退いた真選組の合間に着地し(避けきれなかった真選組何名かをなぎ倒し)銀さんに向かって「ワン!」と鳴いた。銀さんが目を見開き、声がこぼれ落ちる。
「定春——」
「あむ」
銀さんの上半身が丸ごと食らわれた。
「……いいんですかコレ」
「アンタ初めてかよ。旦那はわりと毎回飼い犬に食われてンだろ」
「へえ……見ないうちにずいぶんと、変わった趣味をお持ちになって……」
「ンガッガガ、趣味では、ねえけど!」
銀さんがなんとか抜け出した。甘噛みとかでなくガッツリ咀嚼されていたようで、白髪から血が滲んでいる。
「で、てめえは……スナック勤めの絡繰だったか」
食堂の入り口を振り返り、副長殿が言った。「〝はい。たまと申します〟」緑髪のお姉さん——たまさんは頷いた。絡繰ということは機械仕掛けだろうか。しょうじき、見た目だけではまるでわからない。
「〝銀髪の不審者が真選組に連行されたとお聞きしましたので〟」
「ここは屯所だ、うちの隊士か連行された犯罪者か、アポがなけりゃあ入れやしねえ……どうやって入った」
副長殿の手は刀の柄にかけられている。
たまさんはまるで動じず、淡々と答えた。
「〝銀時様にご用事がありますと申し上げましたら、地味な方に通していただけました〟」
「山崎ィ!?」
「ヒッだっだって副長ヤ違うんすよこのタイミングで旦那に用事なら少なくともなんか事情知ってるでしょうし第一こんな美人さんに眉を下げて頼まれちゃ」
「屯所五百周!!!」
「そんなァ!?」
真選組副長って本当に大変なんですね。
「トシ、そりゃ気持ちはわかるが……俺だってお妙さんに声をかけられたらきっと」
「アンタは千周に腕立て伏せつけるか?」
「そ、それでェ!?」
局長殿が大声を張って軌道修正を図った。
真選組副長って本当に心底大変なんですね。
「あのストパー金髪——坂田金時と名乗る奴は、造られたって言ったな?」
「〝はい。彼の正式名称は、超合金製完全体坂田銀時弐号機——プラモデルです〟」
「ぷら、ちょい待て、なんつった?」
「〝プラモデルです〟」
……本当に、何?
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事の発端は、やはり、銀さんが長期間かぶき町を不在にしたことに遡るらしい。
万事屋の従業員さんたちは、社長がいない中なんとか力を合わせていたものの、けっきょくいろいろと難があったという。そこで開発されたのがプラモデル——もとい、万事屋リーダー代行の坂田金時。
「だから〝造ってもらった〟……」
「〝こちら説明書です〟」
「あるんだ〜」
銀さんに渡された説明書を横から覗き込む。ファーストガイド:組み立て方。
……プラモデルって、プラスチックモデルだからプラモデルなのでは? 超合金製な時点でプラモデルではなくない?
パラパラとめくる動きに合わせて文を読んでいたわたしが、ふと説明書の裏表紙を指でめくって覗き込んだのは、単なる興味に類する。本は法律上、奥付に発行者情報の記載を義務とする。発行責任者はさすがに今回関係者だろう。
「……製作者:平賀源外……」
聞き覚えのある名前のような。なんだったかしら。
「あんのジジイまァた余計なことしやがって!」
銀さんが説明書をテーブルに叩きつけた。
「平賀源外……?」
隊士たちもなにか心当たりがあるのか首をひねり、やがて「……あッ」とひとりが声を上げた。
「指名手配犯じゃねえっすか? 将軍暗殺未遂!」
「アッッッベ」
「てめえ本ッ当に攘夷浪士辞めたんか!? テロリストの知り合いがこれで三人に増えてそこと無関係に指名手配犯と絡んでなんならこないだは攘夷浪士どもを後輩扱いしてたよなァ!? 現在進行形の現役じゃねえのか!?」
「違う違う違いますホントに過去形現在無罪の一般市民ですぅ!? 源外のジジイに至ってはてめーら揃いも揃って将軍にかかりきりなもんだから最終的にあいつの暴挙止めたの俺だしィ!?」
胸ぐら掴まれて問い詰められる銀さんが「て、てか俺が悪いワケ!? ちょっと待って!?」パニック気味に喚いた。
「あれ扇動したのそもそも高杉だろ!」
視線がわたしに集まる。
「……ああ〜聞き覚えがあるわけですね。道理で」
わたしは拳を打った。
ずいぶん前の夏祭り、兄上がけしかけた老い先短いおじいさまじゃあございませんか。
「道理で、じゃねえんだよな!?」
「うわホント犯罪者……」
「姉上マジでこいつダチって言うんですかい? 今からでもやめません? いくらダークマター製造機腕力ゴリラでもメガネの姉御のがなんぼかマシでしょ」
「あんまり年下の子をオバサンに付き合わせてしまっても申し訳ないでしょう? その点、ヒカリさんは遠慮もなにもないもの」
ミツバさんちょっと黙っていただけないかな。
「……あれ? 高杉に与したジーさんが開発した絡繰がやらかした、ってなると、本件けっきょくだいたい鬼兵隊の仕業なんじゃ……?」
……ちが。
……違いますが?
「ハァお騒がせ野郎どもが。解散解散。やってられるか」
銀さんの襟首を突き放して、副長殿は吐き捨てた。
「し、しかし副長……」
「なんか壮大な計画だってんなら
全体的に正論ではあるものの、そうなるとわたしの逮捕がちゃっちゃか進行してしまうに同義でちょっと困ってきましたね。
「〝よろしいのですか、土方さん〟」
「あン?」
目つきの悪い三白眼がたまさんを睨む。
「〝金時は非常に強力な催眠波を操ります。これは、荒くれ者揃いのかぶき町住民を上手く鎮圧するには暴力か、あるいはそのように強引な方法でもなければ、と源外様が実装した機能です〟」
「あのジジイマジなにしてくれちゃってんの? 諸悪の根源すぎるだろ」
「暴力は強引な方法とは異なるのでしょうか?」
「テロリストが正論言うな」
ぼ、暴論。
「〝かぶき町の人々に頼りにされ、増長してしまった金時。彼の現在の目的は、パーフェクトな万事屋リーダーに、完全に成り代わること……そのためには、彼は手段を選びません。銀時様を知る人々を徹底的に洗脳して、カンペキに、銀の軌跡を消し去らんとするでしょう〟」
たまさんはただまっすぐな視線で——絡繰だというならば、それはカメラレンズでしかないのだろうけれど、どうにも力強い印象の眼で——食堂に集まる真選組の隊士一同を見回した。
「〝あなたがたは何度でも洗脳され、何度でも、彼に好感を抱いて褒めたたえて頭を下げることになるでしょう。もしかすれば、いずれは真選組そのものも顎で使われることに……〟」
「虫酸が走る未来予想図やめてくんねえかなぁ!?」
「そんなに? いやてめえらにンな態度取られてもただただキメェだけだけど、そ・そんなに?」
火がついていないままだった煙草が真っ二つに折れてしまっていた。もはや吸うにも心許ないだろう。
わたしはわたしでうっかりコップを割ってしまったので「……すみません割りました……」「お掃除してしまうわね」ミツバさんにそっと破片を回収された。本当にごめんなさい。わたし弱いので諸々、耐えきれなくて。
「フゥー……ハァー……」
苛立ちを鎮めようとしたのか、何度か深呼吸をした副長殿は、新しく煙草とライターを取り出して……ミツバさんを見て、しまい直した。
それ天丼ですよと指摘してもよろしいのでしょうか。
「……それで? 言い出すからにはなにか策でもあンだろうな、キンキラキン野郎の絡繰仲間さんよ」
「〝はい〟」
たまさんが首肯する。
「〝まず、真選組の皆様のようにかぶき町の方々を叩いて直すのは、無理です。人数も比ではなく、皆様、私共のような絡繰でもありませんから〟」
「なんでヤローどもは叩きゃ直ったんだ。単純バカだから?」
「まずはてめえの頭をぶっ叩いてひん曲がった根性直してやろうか?」
「〝金時に接した月日の差異と、もともと銀時様とそう毎日顔を合わせる相手でもなかったためかと。つまり、金時にとってはそうそう関わる機会もなく、多少かかりが悪くともすぐには支障も出ないと判断して、結果的に洗脳が雑だったのでしょう。しかし彼がかぶき町のほとんど全体を掌握した今、それも時間の問題です。かぶき町が済めば、次は江戸、そしてこの国全体、宇宙全体——彼は徐々に影響力を強めていくはず。銀魂を隅から隅まで、金魂に塗りつぶし終えるまで〟」
……世界征服もあながち冗談ではなかったようだ。
「〝金時は理想の万事屋リーダーとして作り出され、理想の
「通りすがりに銀さんを傷つけてくよな」
「〝彼のパーフェクトな振る舞いとは、必ず、齟齬が出ます。どこか違和感が芽生える……その違和感を叩けば、銀時様の勝ち筋、皆様の記憶が戻る道筋が見えるはずです〟」
わたしは手持ち無沙汰になった指先で手錠の鍵穴をなぞりながら、ふーん、と思った。
理想の万事屋リーダー。パーフェクト銀さん。あるいは金さん。
素敵ですね。まるで叶わない夢物語みたい。
➤
「万事屋とは兄妹なのか?」
わりと渋々な様子の副長殿が、とはいえ部下を何人か連れて、銀さんと、たまさんや定春さんとともに出て行った。真選組の皆様は金鍍金の前では洗脳済みとして振る舞う算段らしい。
わたしは相変わらず屯所の食堂に取り残され、ニコニコのミツバさんと不機嫌そうな一番隊隊長殿、局長殿に囲まれている状態だ。
そして局長殿からは謎の質問を受けている。これって尋問なんですか。場所は食堂で合ってますか。
「……同門ですね。長らく共に暮らしていた時期があったのでほとんど妹扱いを受けているだけで、血の繋がりがあるのは兄上のみです」
「そーかそぉか、マ同門ってことは兄弟姉妹みたいなモンだよな」
ゴリラなだけあって話通じないのかなこのひと。
「桂と高杉が同門ってのは有名だが、てなるとやっぱ、旦那含めて全員同郷なんかねェ?」
「そうですね。故郷というほど一処に留まったことはそうございませんでしたが……共に長じた、という点で論じるならば」
「攘夷四天王ってもう一人いたよな? 桂浜の」
「その方とはわたしは面識はございません。兄上方が戦場で親しくなった方々のうちひとりなのかと」
一番隊隊長殿は目を細めた。
「……ペラッペラ話すよなあ。〝兄上〟とやらに怒られんじゃねえのか」
「過去は無意味です。無意味な話をいくら口にしたところで誰から叱られることもございません」
〝意味〟のある話をしたらば話は別だろうけれど——兄上たちに関しては、なんなら彼らの師が参戦理由だったことまで開示されている。吉田松陽の処刑は瓦版をばら撒いて報道された。調べれば辿り着く過日だ。今ここで開示することにそう大差はない。
というかそもそも、このひとたちに捕まったことが兄上に露見次第わたしはバリバリ叱られることが確定している。なんとか逃げ切りたいですね。
「すべてがすべて過去じゃあないから怒っているんでしょうに。素直じゃないの」
「ミツバさんこそ激辛せんべえお召しになったらいかがですか」
「ね? 遠慮がなくてとってもかわいい」
なにを申し上げても無敵なんですかあなたは。
「弟妹は生意気で元気なくらいがちょうどいいからな」
「近藤さんなに頭撫でて、ちょっ、やめっ、くそッ」
一番隊隊長が逃げまどう。
わたしは背もたれに頭を預けた。どうやらわたしはコントを見せられている。
「……護送準備段階の尋問ですか? コレ」
「いや、三者面談だ!」
局長殿が胸を張った。「四者か。総悟いるし」訂正すべきはそこではないと思いますが。いったいぜんたいなにを仰っているのかしら。
「ミツバ殿のお友達がろくでもないと
「うるせーですよ近藤さん」
真選組ってそんなに脆いんだ……。
「ろくでもないのは見ての通りでしょう。あなたがたもご存知の通り」
わたしは両手を引いて手錠をガシャンと鳴らした。でなければこの拘束具はなんとするのかしら。
「攘夷浪士とはすなわちテロリストで人殺しです。なんなら鬼兵隊はあなたがたの参謀殿によからぬことを吹き込み、内乱を持ち込み、外患誘致までしでかしている大罪人集団」
鬼兵隊と宇宙海賊春雨との同盟は知る人ぞ知る情報だ。神威さんを提督とした抗争の情報まで入っているかは定かではないが、どちらにせよ、地球外、宇宙全体でも危険集団として徐々に名を馳せ始めている。
「なにか他に、評価すべきことがありますか」
「もちろん」
……即答と来ましたよ。
真選組一同の中でも特にむさくるしく、正しくゴリラと呼ばれるに相応しい容姿の男は、しかしその姿形からは及びもつかぬほど真っ直ぐな目でわたしを見据えた。
「何を於いても——まずは知らにゃ始まらないだろう。なんもかんもを刀で、たまにバズーカで解決している俺たちが言っても説得力がねえだろうけどな。話も聞かずに斬り捨てるのはそのあと、なんなら、最後の最後に取っとくべきなんだよ」
「……素敵な理念ですね。甘いって言われません?」
「めちゃくちゃ言われるなあ! トシにも総悟にもよく叱られるし、なんなら先生——伊東さんからも言われたな」
裏切者を語る口ぶりではなく、往年の仲間に叱られたこととほとんど同じ物言いで、むしろ懐かしむそぶりだった。
「俺たちゃ夢も学もねえ浪士集団だが、ンでもそのカシラが理想論を捨てたらそれこそ終いさ。当然俺とて、ヒカリさん、アンタが現行犯でやらかしゃ斬るとも。だとしても……攘夷浪士と穏便に膝突き合わせて話す機会も、滅多にないしな」
視線を一番隊隊長殿に向ければ、目一杯の顰めっ面が返ってきた。甚だ不本意のご様子である——ご様子であるけれど、止めるまでは至らない。局長殿の意見を尊重していらっしゃるらしい。
溜息をつく。
「どうせまだ逃げられませんし……なにから聞きたいのですか」
「オッそれなら……ご趣味は?」
「これお見合いではございませんよね?」
「アンタが好きなのってっぱ桂?」
「あなただけでもせめて気乗りしない態度を維持いただけませんと。調子に乗るのも大概にしてください」
「それなら私が話してもいいかしら」
「ミツバさん、いい加減にしましょうね」
しばらく毒にも薬にもならぬ話題で盛り上がった。盛り上がること自体が異常事態である。彼らは真選組とその身内で、わたしは攘夷浪士だ。心の底からありえない。
「高杉ってそんなにモテて……し、心底いけ好かねえ野郎だ!!!」
「やっぱり、ちょっと悪いくらいが人気なのよねえ」
「姉上、姉上? やめましょう特定の誰かを思い浮かべるのは」
「あなたも粘りますね……」
付き合っているわたしもわたしで大概に正気ではない。撒くのは本当に益体もないことに留められた。鬼兵隊が現在なにを計画し、なにを進行させているのか——もちろん、わたしは語らない。なにがあろうと鬼兵隊に於いては兄上の計画こそが最優先されて、その上で端々で自由に動く裁量があるだけのこと。しかしそれ以前に、彼らが一言も尋ねてこなかった。
「鬼兵隊も変態飼ってんだァ……なんかテロとは別ベクトルでやべえ組織だなあ……」
「飼育しているわけではございませんが……
「アまあウチは局長がストーカーなんで」
「は?」
「俺は確かにストーカーだが恥じることなどなにもない!」
「それは恥じるべきでは?」
「ついでに全裸癖があるんで」
「恥じるべきでは?」
「しかし下手に隠すべきという思い込みこそが我々を縛る枷であり、ほら、ムッツリも隠した方がエロいという言葉があるように」
「心底恥じるべきでは?」
「恥じた方がいいわよ、近藤さん」
「み・ミツバさんまで」
「近藤さん、一回りも年下の女の子が嫌がっているのに迫って、自宅までつきまとうのは、本当に良くないと思うの」
「ヒン、お、仰る通りなんですがしかし愛の戦士は……」
「そういいうのもよくないわ、自分の世界観に浸ったところで相手に伝わる方法じゃあなくちゃなんにも意味がないもの。わかりますか。ただ押しかけて自己陶酔して語っても、ただ迷惑なだけよ」
「マジ説教になっちまった。カメラカメラ」
【 バッチリ録画してるZ 】
「さすが終兄さんでさァ」
……一部別方向にまるであり得ない話なぞあったが。
このひとたち、本当に警察組織なんですか? 警察組織だとすれば、江戸って終わってません? 終わってるのかも。
「やっぱり、アンタらも人間なんだな。完璧じゃあなくて、日常があって、背景がある」
「……だとしてもわたしはテロリストです」
説教を受け終えて、しみじみと仰る局長殿に、わたしは釘を刺す。
「犯罪者への過剰な同情、一般化は有害です。攘夷浪士とは都合よく攘夷の思想を掲げるだけの悪党——無辜の人間を無差別に傷つける暴力を選んだ時点で、数多のお為ごかしはすべて否定されるべきです。あなたがたは暴力を公認されている以上、矛先を躊躇わぬこと、間違えぬこと、その意味をよく考えた方がよろしい」
「あっはっは」
「……それなりに真面目にお話ししたつもりですがね」
「いやあ。まあ、なるほどな。アンタにとって、アンタらは悪党か。俺には悪役に見えるけれどな」
わたしは目をすがめた。
「……言葉遊びに興じるつもりはございませんよ」
「気を悪くしないでくれ。ヒカリさんが言わんとすることはわかるさ。だが誰にも大なり小なり変えられない性分ってのがあってね。俺もまた、その変えられない性分に従っているだけだよ」
局長殿はカラッとさっぱり、言い切った。強情な人間だ。組織の長はみんな、揃いも揃ってこうなのかしら。
ドタドタと足音がする。もはや夕暮れに差し掛かる頃合い、ガラッと食堂の扉が開いた。必死の形相の銀さんがなにかを抱えて——緑髪。少し前に見た覚えがある。
……たまさん?
「……近藤さん、どうやらクソヤローがついたところで、すんなり解決とはいかねえらしいぜ」
「悪化すンのはいつものことだろ。それにしても……手ひどくやられた様子だな、たまさん。大丈夫か……?」
局長殿・一番隊隊長殿は既に立ち上がっていた。さして間もなく、続いて駆け込んできた副長殿が「おらよ」俵担ぎにしていたどなたかを放り投げる。座敷席の畳にゴンとぶつけたおじいさんが「てめえ!」がなり声を上げた。
「やっぱり幕府の狗ってのはふてえ野郎だな! まるで説明もなしに人攫いの真似事、挙句江戸一番の絡繰技師になんて真似をしやがる!」
「へえ、江戸一番の絡繰技師ってのはとっくのとうに指名手配がされてたと思うがね」
「ああイヤ俺ァつまり自称で」
ダンと靴底を耳のすぐ横に叩きつけられて、自称:江戸一番の絡繰技師——平賀さんはビクッと震えたあと、ソワソワと周囲を見回した。煙草のフィルターをほとんど噛み潰し、おそろしい壁ドン姿勢のまま、悪鬼のごとき笑みを浮かべた副長殿が「なァに」とのたまった。ようやく吸えたのか煙草には火がついたままだ。顔面を近づけるとほとんど燃え移りそうなほどに。
「つまりアレだろ、そっくりさんってやつだ。世の中にはおんなじ顔の人間が三人はいるらしいしな。そりゃあいい、そういうことにいしてやってもいい……ただし、そこの
平賀さんの眼差しが、銀さんが抱えるたまさんに向けられる。
「……あの子は、とっくに亡くなったある発明家が遺した
ゴーグルをちょいと上げて、眼光が食堂全体を睥睨する。
「なにがあった? どこのどいつが、たまを傷つけやがった」
つい直前、鬼の副長殿に怯えたとは到底思い難い、殺気すら宿った眼差しだった。
「どこぞの江戸一番の絡繰技師が作った絡繰野郎の大暴走だ」
副長殿は吐き捨てて、平賀さんの顔面横から足を外す。ほとんど同タイミングで「副長!」閉める手間すら惜しんで全開だった食堂の扉から、隊士が顔を出した。
「道具らしい道具は全部かき集めてきました!」
「おうそこ置いと……いや道場持ってけ。もうここは狭ェ」
副長殿は平賀さんから身を離し、煙草をふーっと吐いて、ミツバさんを見て、携帯灰皿で揉み消した。
それもう実質三回目ですよ。
「てめえの
壁にくっきりと靴跡がついているのを目視して「……ミツバさん」わたしは口を開いた。
「暴力的な男はやめた方がよろしいかと」
「けれど十四郎さんは大使館の爆破はしてないし、警察組織の内部分裂の指揮も取ってないわ」
「ああそれもこれもなにもかもわたしが不利なんですね。当たり前ですね。わかりました」
わたしは立ち上がり、銀さんの方に歩み寄る。彼の眼差しはじっと、腕の中のたまさんに向けられている。彼の額ににじむ汗を浴衣の袖で拭った。彼の銀髪天パは本当にしつこいくらいの髪質だから、汗の力で毛先が下を向くには、このように、土砂降りの雨でも駆け抜けたのかというほど汗だくでもなければありえない。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫に見えるか」
「どちらかといえば、人でも殺しそうな顔に見えます」
銀さんは深々と息をついて、たまさんを片腕でしっかりと抱えたまま、片手を伸ばして「アちょっと」「ケチケチすんな」わたしの浴衣の裾で無造作に顔を拭いた。それ一応着物でしてね。さして水も吸わないでしょうに、タオルお借りしましょうよ。……所詮真選組からの借り物ですし、構いませんけれど。
「はー。……金髪ストパーってのは、マジ、ろくでもねえな。クソ野郎」
まだ気が立っていらっしゃる。
銀さんの腕からたまさんが回収されていった。道場に運ばれるのだろう。江戸一番の絡繰技師さんの腕前とは如何程なりや。……あの金鍍金を作り上げたというなら、腕は確かでしょう。
局長殿は道場の方に向かった様子だ。一番隊隊長殿は、上司二人かミツバさんを天秤にかけて、後者を選んだのか、まだいる。ミツバさんは……わたしと目が合うと、少しだけ目を瞑ってみせた。さすがに表情が固い。
わたしはしばらく足元の銀さんを眺めていた。この隙に脱走できないかなあと考えて、三番隊隊長殿の気配が相変わらず天井裏にあることを確認し、嘆息する。隊長格ふたりに加え、気が立っている銀さんを、手錠付きで相手取るのは無理だ。
さて。
ろくでなしのクソ野郎ですか。
「……ちなみにそれ、兄上とどちらがましです?」
「……ギリメッキのが穏便」
「それはそれは」
浅く息を吸う音。
「もうちょい頑張るか……」
もうすぐ日が沈む。
今日中に鬼兵隊の船に帰り着くことは、難しそうだ。