【完結】春去りて、春風は未だ   作:初弦

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前略:

 計画が概ね順風満帆に見える時はだいたいどこかしらのタスクが静かに発火している。

 進捗を誤魔化していたことが発表一月前に判明したグループワークとか。

 WBSが後ろ倒れにドミノ倒しの炎上プロジェクトとか。

 入稿締切一週間前にして参加者が複数名音沙汰のないアンソロジーとか。

 将軍暗殺計画とか。

 

   ➤

 

「おれもォ!? むさ苦しいマッスル夜兎集団と無茶振り上司の只中に!? か弱き一般人がってコト!? 総督がヒデェ!」

 早朝。

 春雨の小型艇との連結通路にて、中田さんの悲鳴が響き渡った。悲鳴を上げてこそいるけれど、当該のむさ苦しいマッスル夜兎集団を率いる阿伏兎さんの目の前で言い放ったあたり、既にまあまあの蛮勇なんですよね。心底呆れた目つきで見られている。

 ついでに補足すると、テロリストは確実にか弱き一般人ではない。

「ではまあ……わたしとしては、あなたには本船に残っていただいてもよろしいのですけれども」

 と、いう所感をまるっと省いてわたしは小首をかしげた。総督が、と仰る通り、そもそもわたしの指示ではないのである。

「戻りますか?」

「あ、にこやかに見捨てられる感がある。やります。やらせてください。お願いします」

 中田さんは妙な御仁で、わたしが厳しく言えば言うほど打てば響くがごとく喚く一方、それでは仕方ないですね、と流すとこのようにクルックルとてのひら返して従順になるところがある。わたし別になにも申し上げてないんですけれども。過剰な減らず口と防衛線を張るようす、もしかしたらばこういうひとがZ世代というものでしょうか?

 ……Z世代に対して失礼かもしれません。

「コイツか……」

「妙な顔なさいますねえ阿伏兎さん。何か思うところでも? もしもうちの部下が粗相を仕出かしていた場合は是非ともわたしにご連絡を。適宜適切に然るべき対応をいたします」

「新手の面前パワハラか? やるにしてもヒトを巻き込まねえでくれる?」

 わたしはニコッと微笑んだ。

 中田さんはなんとも言えない顔で「パワハラでは……ないです……」ゴニョゴニョと濁した。もっとも春雨は悪名高い宇宙海賊ゆえにこそ、もっぱらわたしや河上さんが主だって交渉し、中田さん含め部下を単体で貸し出すことはなかった。

 一橋公にこのくらいの警戒をしておけばよかったとは後々の反省点です。まさか悪名高い宇宙海賊と同レベルの警戒を公家にも適用すべきとは、我々とて思っていませんでした。

「やたら歯切れの悪ィ……イヤまァ俺が口出すこっちゃねえんだが」

 阿伏兎さんはひじょーにびみょーなお顔で後頭部を掻いた。

「アンタんとこの番犬、仕事こそするけどやァたら吠えんだよなァと思ってよ……それも何故か主にアンタに向かって吠えてっから、マジで俺が言うことでもねえんだよな」

「なんも言い返せねえ」

 中田さんが項垂れる。

 そのご指摘については正直わたしも思います。

「あとたまに団長に向かって吠えるくらいか。まァこれはだいたい団長が悪ィしどこぞの姉ちゃんがなお悪ィ」

「ヒカリです」

「つまりてめえが悪ィ自覚あンだなおめーさん」

 これはさては誘導尋問というものでは?

「アホ提督の件でアンタらに命救われた隊員がちらほらいるのが尚更、なんともな。暴れ馬と中型犬に助けられた兎ども、いやはやつくづく締まらねえったら……」

「ちゅうがたけん」

「中(﹅)田だけにということでしょうか? あはは面白い」

「愛想笑いやめてくんない。ぜんぜん狙ってねーから」

 犬種はなにかしらね。

 ところで放置していると話が不利な方向に傾きそうなので、わたしは肩をすくめてみせた。

「我ら鬼兵隊、各員の特色の強さを売りとしておりますもの。多種多様な人員を取り揃えております」

「このひと今スゲー丸め方したよ……?」

「おめーさんから鬼兵隊を見るのは確実になにかを取り違えるんじゃなかったか」

「特色が強いので一面のみ確認すると当然に取り違えますとも」

「ああ言えばこう言うぜこの女」

「純粋に気になンですけど、その口の回り方どこで覚えてきてんですかアンタ」

「英才教育ですかね……」

「口喧嘩の反射神経養う英才教育は大概にろくでもねえぞ」

 やたら口が回る銀さんとシンプルに地頭が良いのでおそろしく舌の周りが速い小太郎さんとひとつひとつの言葉の切れ味がほとんどジャックナイフの兄上と一打ったら九十九すっ飛ばして最後の百だけ刺してくる〝先生〟に囲まれて育ってしまえば、おおよそ、口の回り方の英才を受けたようなものである。これに対抗しないと生き残れないんですよ。あのひとたちなんだかんだで妹分にも容赦いたしませんからね。松下村塾は侍専門養成所であり口達者育成機関でもあった。片田舎の私塾とは思えない。

「まァハイハイわかりましたよ」

 中田さんはやさぐれた口調で言ってのけた。

「おれだってしごかれて一皮剥けたんでね。飛行船も宇宙船も運転はお任せくださいよ」

「宇宙船はともかく飛行船はなんですか? あなたの運転遍歴ってオートマとマニュアルとトラックと小型船舶とヘリコプターでしたよね? 飛行機については吐かせた記憶がございますがここに来て初耳の情報が出てまいりましたね?」

「ワ〜土壇場でも人の話聞いてくださって素晴らしい上司だな〜なんであンときド無茶振りかましてきたんですか?」

「それより命の危険がございましたので。なによりできたでしょ」

「できましたけど」

「ハイ解決。わたしが把握していないお仕事についてもお話できますね中田さん」

「それもできたってことで解決とか……どうっすか……」

「オジサンいつまでアンタらのコント見物してればいいカンジ?」

 心底辟易した様子の阿伏兎さんから突っ込まれた。

 仕方ない。中田さんから聞き出すのはまた次の機会にということで。

「マご安心くださいませ」

 わたしは咳払いして、声音を和らげた。

「第七師団所有の船ですから皆様誰も運転できないということもなく、あなたに運転手がバトンタッチされることなど早々ございません。というのにご指示がくだったのはシンプルに、兄上がわたしに見張り役をあてがいたかっただけでしょう。心配性だこと」

「ヒカリ様今度はなに仕出かしたんすか?」

「信用がなァい」

「これはガチでマジで本気の質問なんですけど、アンタこの手に関して自分に信用があると思ってます?」

「直視したらおしまいかなって……」

「おしまいなのはアンタの態度だよこの上司……」

 部下にけちょんけちょんに貶されている。泣けてきますね。

 冗談です。

 片手で腰に佩いた脇差の角度を直す。粉々にしましたと報告したらば無言で兄上が投げてきた替えである。たぶんそろそろ、あのひとの手元にはわたし用の脇差がストックされ始めている。

 阿伏兎さんがジロジロと見てくるので「見物料」とてのひらを差し出すとシッシと手の甲で追い払われた。

「さすがに冗談ですけれども、ひとを露骨に観察するのは些か失礼ですよ」

「ああハイハイ悪かったな。ちなみに、背負ってるソレはなんだ?」

「弓矢です」

「そりゃ見りゃわかる」

 弓袋に入れると出すときが手間なので、矢筒と一緒にそのまま括り付けている。

「さすがに前時代的過ぎねえか。そもそも扱えんのか」

「弓道の正射必中を志すとアンガーマネジメントにも役立ちますよ」

「アンタのアンガーマネジメントって六秒以内に殴るとかじゃねえの?」

 わたしはいつも佩いている愛想笑いを意図的に深めた。

「いったいそれはどういう印象かしら」

「アンタの部下に聞いてみろよ」

 慌てず騒がず、阿伏兎さんはそのまま中田さんに受け流す。「待って待ってさすがにキラーパス過ぎるやめて無茶振り」中田さんはきゃんきゃんと吠えた。

「て、てか逆にヒカリ様が使えない武器ってあるんすか?」

「えー……」

 わたしは頬に手を当てて記憶を辿った。あるにはあると思うのだけど、使えないというよりは、そもそも使ったことがないはずだ。正規の用法で使っていないけれど、扱うこと自体は可能な場合は除外になるだろうか。これはつまり、錫杖はたとえばそもそも武器ではないとかいう話である。

 明示的に使うことを断念した武器……。

「荼吉尼の方が扱っていらっしゃる棍棒だとかは、そもそも持ち上げられなくて駄目でした」

「それむしろ使える人いるんすか荼吉尼族の他に」

「あれ持ち上げられる地球人は地球人を名乗るのをやめるべきだぜ」

 中田さんに続いて注釈を入れた阿伏兎さんに「……なるほど」わたしは頷いた。

「それ兄上に向かってもう一度仰ってみてください」

 意図は伝わったらしい。阿伏兎さんははっきりと頬を引きつらせた。

「オイマジであんたら兄妹は地球人を名乗るのをやめろ……」

「わたしも巻き込まれるのはおかしくありません? ですからわたしは持ち上げられないのですよ」

 このうさぎさんってなんて理不尽なんでしょう……。

 

   ➤

 

 阿伏兎さんの先導に従って、操舵室の方に顔を出す。「あ? 番犬だ」「地球人の野郎だ」「なんだそれ」「酷使されてた奴あいつだよあいつ」「わあ、マジ散々な覚えられ方ァ……」嘆く中田さんをよそに、わたしはパネルディスプレイを開いて、目的地たる伊賀の隠れ里の座標をテテテと入力した。

「ちな、これはフツーに聞きたいんすけど」

「どうぞ」

「忍者の隠れ里の座標とかどうやって突き止めたんすか」

 妥当な疑問である。藤林さんですら、宇宙海賊や攘夷浪士相手に虎の子ぐらいは隠し持っておきたかったのか、隠れ里の存在すら言及しなかった。

「人工衛星って利便ですよね」

「鬼兵隊(ウチ)そんなのあったっけ……」

「それについては怪我の功名というか。比較的直近、偶然手に入れることになりました」

「人工衛星って偶然手に入れることあるんだ……」

 デコボッコ教団が開発した人工衛星の構造を兄上は確認する機会があった。自爆もさせたのでどこに残骸が散ったか・宇宙塵(デプリ)と化すにしてもどこに漂うか・墜落するとすればどこかを計算するのも幕府よりは鬼兵隊にアドバンテージがあった。自爆済み、つまり故障済みとはいえ、既存物を修理して改造して再利用する方が、新規で一から作成するよりは容易い。

「移動時間を持て余すのもなんですから……少し予習しましょうか」

 わたしの操作に合わせて、前方の大画面には一枚の写真が展開される。

「こちら、我々が今回襲う伊賀の隠れ里:不知火にございます」

 デコボッコ教団の元・かみさま。我々で回収して修理して改修して、改めて打ち上げた人工衛星:通称堕天——わたしはこの呼び名だけは心底ダサいと思っている。我が国の高度およそ三六〇〇〇㎞を滞空し続ける絡繰。

 地球人は無論のこと、たいていの人間はおよそ生身では一分と持たない(※夜兎を除く)超高度から行われた空撮は、忍者に気取られることはなかった。多少目は粗いものの、隠れ里の全体が俯瞰できる。

 第七師団の皆様が画面を見上げ……うちひとりがぼやいた。

「……上からだとイマイチわっかんねえな」

「でしょうとも」

 わたしも頷く。

「この船とて現在、高度四百メートル上空を航空しております。その九十倍の高さから撮影した画像なぞ、たとえば気象予報を行ったり、地図を作るならばまだしも、今から襲撃しますというときにはそこまでの実用性はありません。しかしわざわざ高度を下げて撮影したところで、里側に警戒を喚起するだけに過ぎない……と、いうわけで我々ちょっと考えました」

 座標とタイムスタンプから太陽光の角度を割り出し、写り込んだ微細な陰影から遠近や高低差を逆算。昨今のコンピュータの進化って、それはもうすごいので。

 わたしがパネルに指をすべらせると、写真が隆起し、転回し、ホログラムの3Dモデルが操舵室中央に転がり落ちた。

「この機能俺すら知らねえんだけど、なんだこりゃ、どっから生えた?」

「云業さんにはお教えしましたよ。あなたと神威さんがじゃれていらっしゃる間に」

「つまりてめえらが勝手に増やした機能のひとつね……イヤ便利だけどォ」

「立ち会われなかったのはあなたがただというのに……」

「マジで忙しかったんだよ」

「そうでしょうとも」

 後始末引き受けたわたしもそこそこ後悔する程度の量の書類でした。どうやったら海賊であんな量の事務仕事が生えるのかしら。どなたかわざと増やしたりした? ……片付けた書類の話はもはや過去に同義である。今の話をしよう。

 伊賀の隠れ里:不知火……の再現3Dモデルは、操舵室の中央でゆったりと回転し続けている。

 忍者の聖地と呼ばれるこの里は、もとは巨大な渓谷を切り拓いたものと推定される。均した平地には畑や家屋、納屋に放牧地までもが広がっていて、これだけを見れば単なる村落にも見えるだろう。

 しかし切り立った崖にもまた、埋め込まれるが如く——むしろ風雨が崖面とともに削り出したかのように、点々と建築が並んでいる。懸崖造りだ。たとえば京の清水寺などはあまりにも有名だが、あちらは参拝客が来訪する前提で比較的通りやすいように通路も形成されており、また近年は観光地として売るためにもある程度整備された。一方こちらは慣れた忍しか招き入れぬことを前提に、単なる身体能力だけでは突破できない、複雑な構造を示している。

「と、まあ。いわゆる天然要塞の様相ですね」

 わたしは朗らかに言った。

「これをまともに相手をする場合、さすがにこちらにとって地形が不利過ぎることは、一目でお分かりかと存じます。平野から攻め込むことを目論んでも、崖上部から油を撒いて火矢を射掛けられるだけでひとたまりもありません。鵯越の逆落としを気取るには、断崖の傾斜はほぼ直角」

 説明に合わせて指を振って3Dモデルの角度を調節する。

「内部に潜入して一掃するのは、むしろあちらの得意分野。となれば看破されて逆手に取られる可能性が高い。そういうわけで初撃は砲撃に集中します」

 今回の不知火征伐は事前の伝達通り、飛行艇で高度を保ったまま、一方的な砲撃で焼き払ったのちに残党を狩り尽くす手はずだ。単なる効率の問題もあるけれど、純粋に、有利不利を考えた結果でもある。

 ちなみにわたしが弓を持ってきていたのもこのためである。多人数を相手にする前提なれば、銃より火矢の方がお手軽に被害を出しやすいんですね。

「できれば一撃目はこのあたり狙っていただきたいのですけれど、可能でしょうか」

「構わね……ヤ待て、何が起きる?」

 わたしが3Dモデルをくるくる回してある一点を指し示すと、素直に頷きかけた阿伏兎さんは急に真顔になった。

 慎重な姿勢はなによりだが、特段警戒されるほどのことでもない。正確には、第七師団の皆様が警戒する必要はない。

「こちらの3Dモデルでは再現範囲外にあたりますが、この向こうにけっこうな急流の河川がありまして」

 というか山間部の旧時代的な工事の形跡を考えると、もともとこの渓谷に流れていた水源を、隠れ里を作るにあたって人為的に切り替えた名残と思われる。

「で、こちら側が上流に当たるので、ちゃんと破壊できさえすればその急流がまるっと谷に流れ込みます。即席人力鉄砲水ですね。木々も少ないポイントなので加えて土石流も見込めます。とりあえず村は呑まれますね。濁流の勢いで地形も変わっていただけるなら言うことありません」

「復讐を阻止するためだけに一族郎党皆処刑する国家なだけあるな……」

「そこまで言われることあります……?」

「俺が知らねえ間にいったいぜんたいどういう風評被害が発生してんすか? 国巻き込むほど?」

 この風評被害をもたらしたのはわたしではなく兄上なので、わたしへの風評被害までもが発生している。傍迷惑兄上である。鬼兵隊の総督ともなれば傍迷惑人間に他ならないのは単なる自明だ。

「団長がいなくてよかったよ。問答無用でまとめて押し流して終ェなんざ、ぶーたれたに決まってら」

「仕方ありませんね。どうにか水に流していただきましょう」

「鉄砲水だけにってことですか。……サーセン、その目やめてください」

 中田さんにはどうやら冗談のセンスがない。

 わたしが部下に冷たい眼差しを向けていると、不意にアラーム音に似た電子音が鳴った。「ゲッ」阿伏兎さんが顔をしかめた。

「噂をすれば団長だ。……俺ァいねえことにしとけ!」

「ハ? どういう言い訳するつもりだよ、団長も云業もいねえのに船動いてんだから副団長いねえのは普通にありえねえだろ」

「なんとか……暴れ馬のせいってことにすりゃいいか」

「阿伏兎さんには一回わたしの扱いを改めていただくとして……」

 なんか今すごい流れ弾飛んできたよね……。

「それ以前に、わたし春雨の皆様に指揮系統無視した命令下したことありませんよ。すぐにばれません?」

 せいぜいが個人の貸し借り程度だ。そのあたりわたしはけっこうキッチリしている。

 そして神威さんはたぶんそれはわかっていらっしゃる。彼はわたしになにかお願いをするときはたいていちゃんと対価をつけるし、他の人経由で回してくるタスクも最低限神威さんから命令が下っていることは明示する。

「クソッいつもあんな勝手なくせにたまにはしっかりしやがって。とにかく任せた! 任せたからな!」

 阿伏兎さんは手近な椅子の背面に回って隠れた。

『もしもーし。通信取るの遅くない? 阿伏兎今どこにいる』

 ほとんど同時にディスプレイに映し出された神威さん。ニッコニコである。つまり彼が誰かを殺すときの作法だ。

「副団長なら……」

 上ずった声の団員がちらと阿伏兎さんが隠れた席を見遣った。画面越しに神威さんが目敏く見とめて、目を細めた。

 たぶん今のでバレたなあ。わたしはのんびり思う。

「今トイレだ! 相当長丁場になりそうなんだが」

『あっそう。三秒以内に戻ってこなかったら減給って言っといて』

「よォ団長、今済んだトコだ。ビックリするくらいキレが良かった拭かなくてもいけた」

 素早い動作で椅子の陰から立ち上がってポーズまで決めた阿伏兎さん。

「ヤダ汚い……」

 わたしは口元を覆った。

「無駄に迫真……」

 中田さんがつぶやく。神威さんの背景では、云業さんが疲れた顔で『その減給分俺が上乗せ欲しいくらいだよ』と、ぼやいていた。ずいぶん疲弊していらっしゃる。

『俺がいない間に面白いコトとかやってないよね』

「やってないやってない」

『シンスケたちと一緒に伊賀とか行ってないよね』

「行ってない行ってない」

『ちなみにそこの柴犬、俺見覚えがあるんだけど』

「……柴犬は普通になんだよ」

 焦るばかりだった阿伏兎さんの声に明らかな困惑が混じった。神威さんはきょとんと青い瞳をまたたかせた。

『そこのだよ。ヒカリの右隣のやつ』

 わたしは自らの左隣——神威さんから向かって右、となるとわたしにとっては左——を見た。視線の先では中田さんが恐る恐る、自分を人差し指で指差した。『ウンそうオマエ。わかってんじゃん』神威さんは頷いた。わかっている、というよりは単なる推論だ。

『鬼兵隊だろ? 覚えてるよ、初対面で俺に噛みついてこようとしてヒカリにリード引かれてたの』

 襟首ってリード扱いなんだ。

 ところでわたしは、自分の部下をほぼほぼ犬扱いされている点についてそろそろ抗議のひとつふたつ申し上げるべきだろうか?

『でも昨日は乗ってなかったよね?』

 神威さんはやはりニッコニコである。鼠を弄ぶ猫にも似ている。

『てことは、もうシンスケと合流してるよね? 合流して話がついてもっかい分かれたんでしょ? なあ阿伏兎? やっぱ俺に隠れて面白いコトしてるだろ?』

 阿伏兎さんの冷や汗が滝汗もかくやという様子なので「ちなみに神威さん」わたしは仕方なく、助け舟がてらに尋ねた。

「探しびとの方の進捗はいかがでしょうか」

『ゼロォ。どこ探しても船の残骸しか見つからないよ。やっぱり死んじゃったかな、あいつ』

 あーもったいない、とばかりに彼は肩をすくめた。せっかく手に入りそうだった玩具が壊れてしまったときと同じ声色だ。

『ああ、あと避難艇の残骸は見つけた……この調子じゃ姫様もみーんな死んじゃったね。アンタのお友達もどこにもいないや』

 わたしは少し思案して「……なるほど、捜索お疲れ様でした」無難な言葉を述べた。

「どうぞゆっくりお休みになってください」

『え? なんで休むことになってんの。俺もそっち行くから居場所教えて』

「……え? ……その怪我で?」

 折れた刀が突き刺さった右拳は夜兎でなければ筋が切れていた。端材に背中から脇腹までをほぼ貫通されて、側頭部はわたしよりも出血している。若干血がにじんでいるくらいだ。

「そーだそーだ休め休め」

 わたしの後ろから阿伏兎さんも野次を飛ばす。

「提督殿には俺も日頃苦労かけてるんでこの際長期休暇を」

『ふーんオマエらたまには結託しやがって。いいよじゃあこっから行くから』

 神威さんが拳を突き出す。ガン! と音とともにディスプレイに罅が入った。

 ……え?

「オイ鬼兵隊何余計な新機能生やしてくれてんだ!?」

「知りませんこれはわたしも把握してません冤罪です本当にどういうシステム!?」

「アやっぱウチじゃないよな一瞬思ったけど……」

『団長破壊はまずいマジでまずい止まっ止まれ! まずいんだって!! 頼むから!!!』

『俺抜きで面白そうなことやってたらどうなるかわかってるよね』

「消せ!! 早くモニター消せ!!!」

 プツ、と音立てて通信が切断された。神威さんをなんとか羽交い締めにした云業さんと、拘束をものともせずに笑顔で拳を握る神威さんの映像も消えた。ディスプレイにはハッキリと、神威さんが残した罅が入ったままだ。

 ……本当にどういうシステム?

「……貞子の怖さを理解したかもしれません。やっぱり遠隔攻撃って打つ手がない……」

「それホラーってよりは物理的恐怖の方向性でしょ……イヤ俺もアレは怖かったけど……」

「夜兎って、生き残ってきただけあるんですね」

「やめてね団長を俺たちの基準に据えンのは。俺たちゃ地球人より頑健ったって団長があり得ねえのは一緒だよ」

 阿伏兎さんは疲れた様子で首を横に振る。

「……てかヒカリさんよォ、さっき団長の台詞に一瞬考える間があったろ。なーんか厄介なコトあんなら早めに共有してくれよ」

「ただちに影響することはないと思います。しかし……」

 わたしは首をかしげた。神威さんの口ぶりに引っかかることはあった。

「全滅したとするなら、そもそも見つからないのは些か、妙ではございませんか? それらしい焼死体くらいはあって然るかと」

 一番隊隊長は百歩譲って、武士の死体に紛れ込んで見つからないとしてもだ。姫様とミツバさんは船内でも珍しい女性であった。なんなら姫君はいつも通りに洒落たお着物を身にまとっていらっしゃった。それが見つからない? いくら焼け落ちたとしてもなかなか考えづらいことだ。

 自らの足で逃げ延びたのでもなければ。

「……あの重傷具合の団長とエンカウントしないことだけ祈るか。いよいよ死ぬまで戦い続けかねねえ」

 視線だけで見やると「……なに?」阿伏兎さんが胡乱げに眉を上げた。

「いえ? 相討ちしてくれとは願わないんだなーと思いました」

 足の骨折は願っていらっしゃったのに。

「……そりゃあ。アレよ。……まあ一応あり得ねえスットコドッコイでも同族だからよ。同族の血が流れるのは悲しいんでね」

「ヘェ」

「オイなんだその反応」

「いえいえ」

「なんか誤解してねえ? 違う。違ェからな。わかるか?」

「はいはい」

 わたしは嘯きながらも、着信時に一旦閉じていた3Dモデルを再度展開する。いよいよ眼下に近づく不知火を俯瞰しながら、3Dモデルの方をくるくると手持ち無沙汰に回転させてみせた。実物と照らし合わせるとやはり微細な差異が見つかる。パネルを呼び出して値を修整するとピピと音を立てながらモデルが改良されていく。

 説明しながらも思っていたことだけど、やはり、つくづくと攻めづらい地形だ。そもそもにして切り立った山峰の真ん中にあるので辿り着くまでが悪路。里に入り込むルートは陸路では二箇所しかなく、いずれも峡谷にかけられた橋を渡る必要がある。

 峡谷の下を流れるは、整備されていない岩肌を剥き出しにした急流だ。先程鉄砲水に利用すると説明した河川でもある。ちょうどいいところにあるので利用する腹積もりだけれど、そもそもにして襲撃対策に水路を差し替えたのだろう。飛行艇なんてものがない時代であれば、難攻不落の要塞として君臨したはずだ。

「……ちなみに忍者(服部全蔵)はどうした。自分の郷里が攻め込まれるだなんて黙ってられるタマとも思えねえが」

「その点は我々としても」

 わたしはモデルの修整を図りながらも頷いた。

「ですから鬼兵隊側の船で引き取っているのはそのためですね。どのみち、前代将軍暗殺犯として晒すための首を確保する必要がありますし……」

「服部の様子見たいんすか? 船のカメラ見りゃわかると思いますけど」

 中田さんもまた、わたしの横でパネルを展開した。何度か叩いて監視カメラの映像を中継する。複数のリアルタイム映像をザッピングしていく。

「オマエらもしかして春雨のシステム半分ぐらい鬼兵隊の延長線とでも思ってる?」

「便利でしょう」

「便利だねー……」

 阿伏兎さんが遠くを見つめた。

「あ、アイツ甲板出てますね。総督の背後に。……総督の背後に?」

 中田さんはすぐに服部全蔵の姿を見つけた。該当の映像をピックアップするとさらに拡大する。伊賀の里を俯瞰する兄上の後ろに、忍装束の男が立っている。

「許されるんすかコレ」

「許されませんね。許されませんので、背後に幹部陣が待機していらっしゃるようです。ほらこの影また子さん」

「アッほんとだ」

『船を止めよ!』

 わいわいとやっていると、船の外で拡声器の音声が反響した。マイクに拾われて一部ひび割れている。百地さんの声だ。

『如何なる者とてこの忍の聖地を無断で踏み荒らすことは許さぬぞよ。いったい、如何なる用件か』

「ウゲ重傷ゾンビ団長のインパクトで忘れてた。大砲〜用意用意」

 阿伏兎さんが指示すれば、団員の方々が一部バラバラに駆けていく。

「しっかし見事なモンだな。忍の聖地ってこたァ、星間技術も伝来されてない時代に建築したんだろうに」

「ええ、本当に壮観。もう少しでも早く把握できていたらば、こちらとしても焼き払う以外の活用方法を考えたかったものです」

「ヒデェ女」

「これわたしが悪いの……?」

 みなさん思うでしょ似たようなことくらい……。

 解せない心地のわたしなぞ知る由もなく、監視カメラ越しの鬼兵隊の船では幹部も隊員もいよいよ気配を隠すことなく、服部全蔵の背中に得物を突きつけた。

 兄上が手を挙げた。開戦の合図だ。狙いを定めた砲台が一斉に火を——

 

   ——轟音。

     衝撃。

 

 手近な椅子の背面を握りしめた。体幹だけでは咄嗟に姿勢が制御できないほどの揺れだ。大砲の反動にしては——ビーッビーッと船内にアラートが鳴り響く。もう露骨に赤色光が室内を照らし出した。

「鬼兵隊ィ!」

「わたしたちではございません! その手の信用まで失くした覚えありませんけれど!?」

 半ギレの団員のどなたかの絶叫に、わたしもまた全力の大声で返した。

「おれも擁護しとくと総督ってアレでいて本人の希望なしで死に駒前提の策ぶつけねえっす! ましておれだけならまだしも妹君いるから!!」

 中田さんは頭を庇った姿勢で壁際に転がっている。先程の爆発で吹っ飛んだらしい。

「八つ当たりだけどよじゃあなんだんだよコレ!?」

「八つ当たりなの!? 八つ当たりってわかっていらっしゃった上でわたしは八つ当たりされたの!?」

「落ち着け落ち着け! 見ろ、鬼兵隊の船も燃えてやがる」

 監視カメラは過度なノイズ混じりで、先よりも大きく画面が傾いていたものの、未だ映像を映し出していた。ほとんどは黒煙に紛れてきわめて見えづらい。しかし——発火位置がすべて砲門の位置だ。

「やりやがったんだろ、服部全蔵が。っぱあの野郎、牙隠し持ってやがった」

 警報音が鳴り続けている。中空システムのいずれかが確実にお釈迦になっている。姿勢制御を失って、我々が乗船した春雨所有の小型艇は明らかに前方向かって三十度以上の傾斜を見せていた。

「これ前方エンジンの噴射口死んだ」

「砲門の爆発に巻き込まれたか」

「ブレーキは」

「だめだ効かねえ」

「カスがよォ」

 脳内で算段する。前進速度に変化なし。なにも手を打たないままでは、じきに崖が晒す土肌そのままに激突する。海辺の断崖(ほぼ、岩肌)よりは山間内部の涸谷の方が斜面も柔らかかろうが、しかしそれでも、崖面に突っ込んで小型艇が無事かはかなり怪しい。襲撃用前提の小型航空機は相応に耐久力が低いのだ。

 乗っている船が無事でなければ当然我々も無事では済まない。脆弱であり大して戦力にもならない地球人のわたしと中田さんを最悪諦めるにしても、夜兎の方々とて負傷する。彼らとて下手をすれば死ぬ。

「生きている噴射口は——」

「後方全部と左側三つ右側二つでーす」

「なんで団員でもねえおまえが答えられてんの?」

「鬼兵隊なんで……」

「鬼兵隊は特殊な訓練でも受けてんのか。初見の船だよな?」

「こーいうのは基礎と応用なんで……」

 中田さんがひっくり返ったまま手元のホログラムディスプレイを操舵室中央に出した。不知火の3Dモデルの代わりに本小型艇の三面図が開かれる。赤く点滅している箇所が既に機能喪失した部位だろう。「ウワマジだ」と小さくこぼす団員さんがいらっしゃったので間違っていたとしてそう大差ないないはずだ。

「後方半分閉じさせて右ももう一個閉じてください。高度下げて左に旋回させます。畑に不時着がベストです。できなければせめて建物狙ってください崖面そのものに突っ込むよりましです」

「無茶振んないでェ」

「できなければ死ぬだけですとも、頑張りましょうか」

「それ前も聞きましたこの鬼上司ィ」

 悪態吐いた中田さんが這いつくばったところにまた爆発音。左右にゴウンゴウンと揺れる。灼熱に炙られてなにか誘爆したか、案外これもまた服部全蔵の策かもしれない。

「鬼兵隊の船は持ちこたえているようですからあちらは気にせずともよろしい。武市さん主導でどうにでもなりましょう。一番まずい船はここです。ハイ気合い入れて」

「マジの鬼上司!!」

「さっさとメーター見てください」

「一橋より無茶振り!!!」

「その話後で詳しくお聞きしますからね」

「クソッしくった。あっでもマジだめですこれ建物までも間に合わねえ完全に船体操作自体がやられてます代案ください」

「抜け目ない忍者だこと……では砲門設置位置わかります? わかるならどうにかしてそこの船内アナウンス開いてください」

「ウス」

「阿伏兎さん各部下の皆様にわたしの方から指示出していいですか?」

「しゃあねえな。ついでに死んだらアンタが責任取ってくれ」

「構いませんよ」

 わたしは言いながらも矢筒に弓を固定していた紐を切った。幸いにして弓は先程の衝撃で折れたり、弦が切れることはなかったみたいだ。指で弾いて使えることを確かめる。

「どちらにせよ失敗すれば諸々心中ですからね」

「最悪だよアホウ。ハラキリ民族の価値観やめろや」

 そこまで仰らなくたってよくない?

「あなたに破壊をデリバリー、鬼兵隊の高杉ヒカリです。砲門が爆発して重傷か中傷か軽傷を負っていらっしゃるかもしれません状況でたいへん申し訳ありませんちょおっと酷使いたしますね。前方砲門担当の御方々はその位置から砲弾、手で投げたりはできませんか?」

『砲門ごと引き抜けばなんとかいけるがそれでいいか!?』

「逆に砲門ごとなら可能なことあるんですか? ともあれどうぞどうぞ、前の崖に向かって思い切り投げていただけます? そうしたらばすぐに船内に逃げてくださいね」

 矢に油をかけた布を詰めて、火をつける。衝撃で半ばひび割れた窓に肘を叩きつけるようにして叩き割った。隙間から上半身を突っ込み、弓を引き絞る。

 真向かいにはもうじきに追突する崖面が迫りくる。崖が迫るのではなく、我々の方が近づいているのは知っている。

 その真ん前に放り投げられた砲門(本当にねじきった形跡がある)弦を離せば火矢は飛ぶ。投棄された砲門より水分高く——風向きと火種の重さを考慮して、空高く飛んだ火矢は強風に煽られて、ぐるんと縦に回転するときりきりと回って墜落する。しこたま砲弾を詰め込まれた砲台のもとへ。

 

   ドォン!!!

 

 着火した砲弾が砲門ごと崖目前で大爆発を引き起こす。衝撃で崖面の土塊が大きく崩れた。まだ風雨に晒されて固まっていない柔らかな土壌が姿を見せる。

 大穴は開いたけれど、小型艇の鼻面直径と比較して八割ほどだ。

「もう一撃——」

「いい、もう引っ込め!」

 二の矢をつがえようとしたところで、わたしは襟首を掴まれて、操舵室内に引きずり戻された。窓の破片に引っかかった弓がバキと音立てて真っ二つ、船の外に落ちていく。視界の端でかろうじてとらえた程度だった。落下した軌跡を追う暇もない。

 構わずわたしを中田さんの方に放り投げて、阿伏兎さんが声を張り上げた。

「頭下げて手首内側に入れろ! 首だけ死守しろ首さえ守りゃ死なねえ! タブンな!」

 ゴッ! ドッ! メキッ、不穏な音が響いている。衝突の振動は先程までの比ではない。わたしの身はかなり軽いので本来縦横無尽に吹っ飛びそうなところを、上から抑えつけられて、なんとか事なきを得ていた。

 ガガ……と最後に壁面を大きく削る音を立てて、小型艇は沈黙した。

「……助かッ、た……?」

 わたしの上で伏せていた中田さんがちいさく声を漏らした。

「……安定したな。出るか」

 さらにその上で伏せていた阿伏兎さんがようやく身を起こす。

「ヒカリ様無事っすか」

「大丈夫です。……ありがとうございました」

 まさか寄って集って庇われるとも思わず、わたしは若干気まずい気分で、中田さんが退いたあとに身を起こした。

 配線も完全にやられたのか、先ほどのホログラムが消灯していることはもちろん、電灯も沈黙している。加えて崖に頭から突っ込んでいったので外光も遮られ、操舵室はほとんど真っ暗だった。

 阿伏兎さんは己の傘を担ぎ直してぐるりと操舵室内を見回すと——夜兎は夜目も効くという話だ——嘆息した。

「修理は無茶か……」

「でしょうねえ」

 夜兎ほど夜目が利かなくともそのくらいは計算できる。これ以上の損害なく崖から引き抜くコストだけでも、一回り小さな船が買える。新しく造り直した方が速い。

「一橋公からの恩賞にでも期待いたしましょう」

「……その一橋ってやつ、たしか団長が顔面ぶん殴ってたんだよな? ……ウチが貰えるのか?」

「……んー。……ふふ」

「露骨に望み薄の反応やめろよ……」

「エッ、ぶん殴ったんすか一橋公。……ヒカリ様の差し金?」

「まさか! 殴って良い場面だったならば神威さんにお任せなどせず、わたしが殴っています」

「ああうん良かっ……なんも良かねえ発言だったわ」

「神威さんのお力で助走つけて壁に叩きつけられていらっしゃるのは……さしものわたしも同情というものを覚えました。良い気味でもありましたけれど」

「そんなに部下想いなら普段も優しくしてェ」

 戯言は気にせず砂埃を払う。「マジで鬼」と悪態をつく中田さんの背中もついでに引っ叩く。かなり良い音がした。

「ヒン……」

「どちらにせよこのまま船内に留まっていると忍者に袋叩きにされかねません。一旦出ましょう」

「負傷者いるか〜?」

「俺頭打った」

「暴力上司に背中ぶたれましたァ……」

「いねえな。出るぞ」

 阿伏兎さんはとうとう我々のコントにも構わなくなった。団員の戯言くらい構ってあげれば良いのに。

 夜兎の方々は次々に番傘を開く。わたしと中田さんは傘を差す必要がないので、墜落した船の上までさっさと登った。

 上空の船はいよいよ煙に包まれていた。着陸地点を探すように頭部を下げている。距離に加えて、黒煙に遮られて甲板の様子はもう見えない。武市さんを忍者の前に出すのはただの愚行だとしても、兄上と、河上さんやまた子さんは確実にいらっしゃった。

「総督はまあ、無事っしょ」

「……そうであるとは思いますよ」

 わたしは視線を切った。途端に、どん、と肩を小突かれて、思わずたたらを踏む。夜兎の力加減で地球人を扱わないでください。

「なんです阿伏兎さ——」

 阿伏兎さんはわたしを意図を以て小突いたくせ、その目はまるで別方向を見つめていた。真っ直ぐに、遥か下の地面を見つめて——彼の口角が獰猛に吊り上がる。

 わたしは視線を辿って、頬に手を当てた。

「……あら。あら、あら」

 昨日検めた首と瓜二つのお顔を持つ御仁。

 それに——銀髪に着流しの男性と、この晴天で傘を差した赤髪の女の子、眼鏡をかけた少年。

「やはり生きていたか」

 自らの傘を閉じて投擲。将軍を横っ飛びに庇う兄弟子を眺めて「ふふ」わたしもまた、堪えきれなかった笑いをこぼした。あのひとまた巻き込まれてる! それとも自らの意思だろうか?

「あの首刎ねればボーナスかしら?」

「ほざけ」

 第七師団の団員たちは次々に飛び出していく。

「夜の兎は、狙った獲物は逃さねえ。ボーナスごと春雨がいただいたね」

「早いもの勝ち——とでも申し上げたいところですが」

 一閃。

 チン、と納刀すると同時、忍たちが胸元からだらだらと血を流して崩折れる。乾いた砂礫に紛れるための白装束に血の色はよく映える。

 血脂を振るってわたしは頭上を見上げた。崖の上から次々に、忍たちが襲い来る。百地さんは警告を発した時には既に、彼らを山中に潜ませていたのだろう。

「本気の忍の相手は慣れていらっしゃらないでしょうしね。仕方ありません。効率優先、目的最優先。我々は露払いに徹しましょう」

「……あの、おれのSpotify無料期間とっくに切れたんすけど」

「柴犬さんは背後にいてくださっても構いませんよ」

「ヒーン頑張りま~す三郎のメカが恋しい、アイツなんで死んだの」

 中田さんは泣き言言いながら刀を抜いた。戦争時代を経ただけあって、武市さんよりは構え方が様になっている。

 

   ➤

 

「ちなみに、あなた平賀三郎さんと仲がよろしかったのですか?」

「あいつおれの幼馴染です」

「あっ、実家が江戸市中……!?」

「ひとの過去で〝伏線回収!〟みたいな納得顔してくるよこのひと」

「伏線回収!」

「ただおれが言ってなかっただけでしょ!」

 

   ➤

 

 神威さんが不在でよかったとしみじみ思う。あのひとのことだ、強者との戦いを優先して将軍の首なんて目的忘れきってしまっただろう。実際忘れきったのが先だっての護衛船強襲である。まあわたしも半分ほど忘れきっておりましたけれど。失態失態。失態は返上せねばならない。

「……ウーン」

 返上せねばならない、のですが。

 襲い来る忍をまたひとり斬り捨て、草履で踏みつけてわたしは小首をかしげた。

「これ死体では?」

「そりゃあアンタが今しがた斬りましたからねえ!?」

 中田さんが喚きながらも柄でぶん殴る。

「中田さん、あなた死後硬直について知見はございますか?」

「なんかの講義ですかねえ!? おれ戦闘片手間に真面目に講義聞けるほど器用じゃねっすよ!?」

「死後硬直のピークは温湿度にもよりますがだいたい十数時間。その後緩やかに筋肉のこわばりは解けていきます」

「ああそういう理屈だったんだ戦場、の……違う! アンタはなんでそういうの知ってるの?」

「攘夷浪士の常識かと」

「おれが知ってる常識とちがうかも〜……てかマジでなんの講義っすか?」

「初めに申し上げた通りです。これら、死体では? 我々と交戦する以前からという点です」

 鼻につくにおい。死後硬直が解け始めており、すなわち自己融解と——腐敗が始まっている。はじめは腐葉土の臭いかと考えていたけれど明らかに種別が異なる。今しがた斬り殺した死体としては異常だ。切り払った出血も量が少ない。循環器が既に停止しているから動脈を斬ろうが失血は緩やかだ。酸化して黒ずんでいる。

 なにより人間は胸を切り払った程度では即死しない。

 中田さんはまた襲い来る忍を縦に両断して「……だとするとそもそもコイツらがなんで動いてんのかとかいろいろ言いたいことありますけど、じゃあなんすか」辟易した声でもうひとりを崖から叩き落とす。

「おれらが今やってるこれの意味って、何?」

「動く理屈についてはそも自律式ではなく、傀儡を操るどなたかがいらっしゃるのでしょう……が、おおよそ無駄な時間?」

「さ、最悪だ」

 脳天に峰を叩きつける。きらりと光った糸をわたしは脇差の柄で巻き取って勢いよく引いた。ピンと張った糸は透明でテグスに近い丈夫さを持つ。術者は南西方向かしら——がしかし、手応えはすぐに消え、糸はぷつんと途切れた。あちらから切られましたね。追われたくないみたい。当たり前ですね。

 操るならば最低限、我々の戦闘全体が視界に入る位置だ。それも分散した戦力各個に対応するケースを想定して、崖のさらに上部に陣取っていると推定できる。加えてある程度身を隠すための遮蔽物……。

 襲撃は止まないのでなかなか思考が中断される。わたしは横っ腹を蹴り飛ばして「ううん、この顔も」ちらりと見えた顔立ちに嘆息した。

「藤林さんの配下にいらっしゃった覚えがありますね」

 もともと春雨と密通していた藤林さんおよび、彼が抱える忍とは、我々も先んじて対面する機会があった。具体的な名前は覚えていないものの(なにせ忍は近い親戚筋で構成されているので、名前が非常に似通う)顔は記憶にある。

「陸路はやはり、将軍の護衛と百地一派が藤林さんを制圧して、我々には虚偽の成功報告をなさったのでしょう。そのとき討伐した藤林さんの手下を今操っている……と考えるのがもっともらしい路線かしら。素敵なリサイクル! 環境に優しいですね」

「たまに怖いよこのひと」

 忍の死体をひたすら処理しつつ、中田さんを視界の端に捉え続けていると「ともかくぅ!」彼は焦った顔でまくし立てた。なにも言ってないのにな〜。

「どうするつもりですか?」

「とりあえず、茂々公と彼を追う第七師団がもう少しこの場から離れたらば、我々も離脱します。新しい死体をいくらでも調達できる状況でこれを相手し続けるのはほぼ無意味ですからね」

 中田さんが顔をしかめた。

「……総督の意図じゃあ、第七といろって話じゃなかったですか。だから呼び戻されるんじゃなく、おれをつけた状態でも返されたんでしょ。アンタの行動指針、それって第七と完全に別行動になりません?」

「そこなんですよねえ問題は。成り行きとはいえ既にほぼ分断されましたから」

 将軍と万事屋御一行を追って、不知火強襲に来た第七師団団員は殿ですらけっこう遠い。

「しかし……もとよりこの計画は将軍の暗殺と伊賀の焼き討ちを前提としています。最低限将軍暗殺までは達成いたしませんと、此度の事件がすべて無駄になってしまう」

 忍の里:不知火全体の地図を脳裏に思い描く。わたしがもしも将軍の護衛の立場なら——追手を峡谷脇まで誘い出して、橋を叩き落としてしまうのが一番早い。隠れ里を名乗るだけあって出入口はごく限られていて、事前調査で把握した範囲ではすべて潰している。

 潰してはいるのだけど、わたしだったら当然に隠し通路を用意する。地中。地下。山を貫通してトンネル。空路の可能性を潰すためにも上から奇襲したところはある。水路を用いて下っていくのも、忍者ならばできる気がする。なにせ忍者なのでね。わたしが予想もつかないことをしてくださるはずです。

「……」

 崖の下にちらりと一瞥をやった。鬼兵隊の艦隊は既に畑を轢き潰す形で停泊している。さすがにあの状態で滞空し続けるのはふつうに危険だ。妥当だろう。

 兄上も、服部全蔵が裏切った以上、生き延びていた将軍が忍者に匿われている可能性はとうに換算しているはず。逃亡経路についても同様に考えているはずだ。まずは隠し通路の位置を探り当てたい。もっとも簡単な方法は通路の存在を知っている人間に案内させることだけれど、協力者だった藤林とは連絡がつかない。おそらく既にこの世から去っている。

 ほとんど自爆特攻をかました服部全蔵を捕らえて脅しかける——いや、自爆特攻をかますような人間は自白するくらいなら舌を噛み切って死ぬだろう。少なくともわたしならばそうする。わたしならばそうするということは、兄上もそれは予測している。脅迫が無意味ならば……北風と太陽の寓話だ。隙を作ってあえて逃がしてみるのはどうだろうか。

 時計うさぎを追いかけたアリスは、大きなうさぎ穴からワンダーランドに飛び込んだ。団子浄土では同じ洞穴への墜落でも、謙虚な翁は金銀財宝を手に入れ、業突く張りの翁は浄土を永久に彷徨い続ける羽目になった。

 忍者が飛び込む先は生存の活路か、はたまた黄泉路の比良坂であろうか? 

   ピーガガッガッ

『繋がった繋がった。ヤッホー生きてる?』

「死んではおりませんね。先程ぶりです神威さん」

『ウンさっきぶり。ちなみにさっきはなんで切ったの?』

「ご要件は?」

 チッと舌打つ音が響いて『まァそれはあとで阿伏兎に直に聞けばいいか』神威さんは諦めた。

『聞こえてるはずのくせ、ぜーんぜん反応してくれないんだよなうちのやつら。通信死んだとか? そいつら自身が死んだとか? いちおう状況知りたい』

「船が墜落した拍子にインカム側の通信も死んだ可能性はありますが、その時点では皆さん生きていらっしゃいましたね。あっ今たぶん一人殺されました」

 黙祷を送っておきましょう。

『オマエら今なんかとやり合ってるよね? ずるいな絶対通信聞こえないふりしてるか自分で切ったやつばっかだろ』

「隠れ里に匿われていた本物の将軍を発見し、現在阿伏兎さん率いる第七師団の方々が追っています」

『オイ本当に伊賀襲ってるやつがあるかよ。阿伏兎あいつマジで覚えとけよ。……そういえばアンタはなにしてんの』

「わたしと中田さんは忍たちによって第七師団の方々とは分断されました。現在死体の忍者集団と交戦中です」

『つまりゾンビだ!? いいなー!』

 神威さんの声が跳ね上がった。羨ましがられる程のものでもない。わたしは溜息混じりに申し上げる。

「なにぶん自由意志のない死体ですから、一個体単位では本当に弱いですよ。ひたすら数が多いので処理に手間取っております」

『めちゃくちゃダルそう。やっぱイヤかも』

「第七師団の方々がじゅうぶん移動次第我々も一度離脱する腹積もりです。さすがにコスパが悪いので」

『だったら西側に来い』

 割り込んできたのは兄上の御声だ。

『御庭番衆どもがやたらと東側に散った。服部全蔵を担いだ女忍者だけが西を目指している。今俺と武市で追って、神威に外側から回り込ませている』

「合流ですか」

『内部からじゃ気取られる。おまえも里の外周を目指せ』

「承りました」

 わたしはまたひとり忍者の死体を斬り伏せた。インカムの位置を直す。

「それとこれは兄(﹅)上(﹅)向けの情報ですが。——万事屋御一行がいらっしゃっています」

 くつくつとした笑い声がイヤホン越しに聞こえる。

『そうかよ。そりゃあいい。いよいよ祭りだ』

『ふーん、お侍さん来てんなら俺そっちやりたいな』

『ひとの獲物を横取りか?』

「すこぉし無作法なこともありますが、神威さん、なにより御(﹅)一(﹅)行(﹅)ですよ。お間違えのないよう」

『……ハハ。知らないね、弱いやつなんざ』

 通信は切断された。




いっけー!!!!! は王道!
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