前略:
いっけー!(火矢)
砲弾も花火ボールも丸くて火薬が詰まっていて爆発するのでだいたいおなじ。
➤
わたしは脇差を握り直した。マイクのスイッチがオフになっていることを確認し、口を開く。
「中田さん」
「里の外に降りる感じですか? ハイハーイ」
「いえ内側から行きます。ちょうどよく船が刺さっていらっしゃるのであちら使って建物内に踏み込みましょう。罠はありそうですが近路もありそうです」
「なんでこのひとさっそく総督の命令ガン無視しようとしてるの?」
「
柄に巻き付いたままのテグス糸ごと振り回す。遠心力で振り回された死体が次々と薙ぎ倒していった。
「神威さんは無視しているかわざと切られていると仰いましたが、違いますね。阿伏兎さんを筆頭に、第七師団の皆様はあれでいて神威さんをきちんと気になさっています。取った上で電波が悪くなっただのなんだの申し上げての無視はあるでしょう。しかし最初から取らないなど、確実に、ありえません」
それこそ先程船にかけられた連絡が良い例だ。非常に渋々になんなら阿伏兎さんは居留守まで使ったけれど、通信自体は応答した。
神威さんが上司であることも傍若無人であることも強いことも無視すれば後が怖いことももちろんだとして、単純に、第七師団の中でもほとんど最年少なことも要因だろうか。絶滅寸前の種族ならば尚更、子どもの頃合いとも呼べる彼はいっそう気を払われている。の、かもしれない。昔から見ている相手に情が湧くこともあるだろう。
彼らにそのような理屈が通用するかは知らない。あくまでも一般論である。
「全員が同じ行動を取ることはもっとありえません。打てば響く阿伏兎さんのことですから、神威さんがもうそろそろ忍の里まで到着していらっしゃるに同義の会話が耳に入っていれば、多少なにかしら不服を申し立てます」
しかしそれもなかった。どころか——ああほら、今も神楽陛下の傘さばきにひとりが対応した。得物をうっかりと手放した男にも団員は襲いかかり、切り払われている。……あの容貌、真選組の局長殿だろうか?
「あのひとたち、捕物劇に夢中ですね。集中が切れていない。
わたしの視力は——ディスプレイとにらめっこする時間が多い役職を仰せつかっているにしては——良い方だ。崖上からは不知火全体を——停泊する鬼兵隊の船といまだ立ち昇る黒煙、東方面へと跳ねていく御庭番衆、暴れる夜兎の皆様のすがたが俯瞰できる。
「船がお釈迦になった余波と考えるにも、
「あのひとら一緒に同行してませんでしたか。反応を端折ったとか……」
「生真面目なひとなので、一言二言阿伏兎さんのフォローを入れるくらいはあって然るかと。あちらは森の中を突破しているので通信環境が乱れてもおかしくはないというのは事実ですが、ほぼ同条件たる神威さんからの通信がクリアであることから可能性は低い」
ここまで揃うとやはり異常だ。不幸中の幸いにして、人工衛星:堕天のおかげでわりあい良好な通信環境を実現できていた。
「だとすりゃなんであの夜兎だけ通信来てるんですかね?」
「情報源が絞れるのであれば、傍受も楽だと思いませんか」
大人数の会話を個別に聞き取れる人間というのは宇宙探しても割合としては少ない。
「それこそ傍受させねえために新規で通信網作ったって話っしょ」
「内部から弄くり回されたらばそれも終わりですよ」
「……内部犯の犯行ってことですか?」
「前提督派、元老院、神威さんを気に入らないどなたか、あのひともとより敵が多いので特定しがたいのですよね。鬼兵隊内部であればあなたもあなたで怪しいのですが——マわたしを闇討ちしなかったことから考慮外にして差し上げます」
「……もしかして今めちゃめちゃ不穏な話されてます?」
忍者の胴を横一文字に切断しながらも、中田さんはハッキリと頬を引き攣らせた。
「おれバリバリ容疑者だった? 今の話って容疑から外れたから共有されてて、そうじゃなかったらそこの崖から突き落とされたりしました?」
「認識のすり合わせが生きて実現したこと、わたくしといたしましては大変喜ばしく存じます」
「そうだこの上司ナチュラルに常に殺害が日常の選択肢入ってたんだったわ。いよいよ泣きますよおれ。成人男性二十九歳全力で泣きますよ」
「誕生日いつだったんですか」
「五月でーすお話聞いている感じだと今まるでおれの誕生日の話してる場合じゃないんじゃないすか!?」
いくつもの兆候を見逃していた。振り返れば違和感ばかりだ。
海賊にしては終わらない書類仕事。なんだかんだで責任を果たさんとする神威さんや阿伏兎さんの性質を踏まえ、彼らの注意力を逸らすためにわざと増量された? 阿呆提督が溜め込んでいたという証言さえも怪しくなってくる。神威さんが嘘をついたというわけではなく、そのように偽装・改竄された書類の可能性が跳ね上がる、という点で。そもそもこちらも忙しくて聞き漏らしていたけれど、河上さんは本当に世間話のみに終始して春雨の船を去ったのだろうか? わたしはそうは思わない。説明責任は既に果たしていたから世間話に興じたのだと考えられる。上に伝達せず情報を抱え込んだどなたかがいらっしゃる。ハンロンの剃刀に基づいて、神威さんと阿伏兎さんがどうせ一任するからその手間を省いただけかと思っていたものの、悪意に基づいた故意の可能性は、やはり捨て置くべきではなかった。阿伏兎さんがきな臭いとぼやいたこと。彼の漠然とした勘は組織内部の不穏な動向を無自覚に嗅ぎ取っていた?
同行している云業さんが反応しない点に話を戻そう。これは通信の応答としてももちろんだが、神威さんの背後から声を吹き込めるだろうにそれでも反応しなかった。たぶんどころではなく神威さんの側も通信の遮断状況には気づいていらっしゃって、だからあえて吹き込む内容を絞っている。そもそもにして阿伏兎さんおよび第七師団の方々の気質や行動傾向は、ぽっと出のわたしよりも、長年の付き合いたる神威さんの方が余程詳しいはずだ。気づかないはずがない。
気づいてなお、あのひとたちは誘い出そうとしている。
それだけの強者である。それだけの自負がある。
「これを前提に兄上の提案を今一度お考えください」
即席
脇差に絡めていたテグス糸を切り取り、死体をぽいっと放り出してわたしは崖から跳躍した。小型艇(破損)にふたたび飛び降りる。間を置かずさらに金属の外面を蹴る。張り出した屋根に手をかけて勢いを殺し、肘掛け縁の端から降り立った。
屋敷の内部に人気はない。百地一派が率いる忍の全勢力は今将軍の援護に向かっていることだろう。
「西側に神威さん含め自分たちが行く——これは言葉通りの意図に加えて、こちらで派手なことを行うのだから盗聴しているならさっさと来い、迎え撃ってやる、の意思表示です。そしてわたしへの指示の意図を読み直すと〝東側は明らかに囮だからゆえに手薄、おまえは念のためそちらに行け〟です」
「……ああリスク分散」
中田さんが同じように降り立った。追ってくる忍者(死体)をついでに後ろ蹴りで崖から突き落とし、彼は首をひねる。わたしはその間に脇差で柱を切りつけていた。
「……ちょい待って? けっきょく総督の命令ガン無視してんのは変わんなくないですか。そりゃ東側に行くべきでは?」
ジェスチャーひとつで部下に頭を下げさせて、さらに飛び込んでくる追手にわたしは蹴り飛ばした引戸をお見舞いした。引戸(残骸・取れたパーツ)は操られた骸の上体を巻き込んで、先ほど切りつけた柱をも叩き折る。骨組みが破壊されれば当然物体は崩落する。建築物も然り。見事な懸崖造りは、崖からせり出した半分だけが崩落していった。
どなたかに見られていたらまた曲芸だの大道芸だのと呼ばれたのだろう。わたしは他人事のように思う。落下の軌跡を目で追うことはしなかった。時間が惜しい。
「……正体不明の春雨内部の敵、万事屋御一行、真選組のトップ2が伊賀にまでご到着。事前情報で把握しきれていなかった不確定要素が占めてこれだけ」
第七師団と兄上にだけ共有した情報を加えるなら、ここに戦闘員としてのミツバさんまで追加される。
「他にないと言い切れますか?」
忍者屋敷のトラップを脇差一本で切り捨てる。この手の曲芸はわたしの得意分野だ。人が操っているならまだしも無人の屋敷は敵ではない。引っかかりそうな部下の腕を引いて降ってきた撒菱を躱させる。「こんなんどうやって検知すんの……」「ギミックが起動する前に絡繰の作動音と風圧があるので聞き取ってから動いています」「エグすぎ」「兄上たちなら〝ありそう〟で押し通すのでわたしはまだ人間です」「人外レベルのひとを基準にして平均って言い張るのマジでやめて」小生意気なことばかり喚く部下をしばいてしつけるのは後回し。木造建築を物理的に押し通して斬り通してショートカットしながら、わたしは今まで飲み下していた違和感を思い返していた。
強者の余裕は素晴らしい。実績と信頼の積み重ねが実現させることだ。戦闘民族の生き残りにして宇宙最悪の海賊団のトップと、最後に抗った侍の生き残りにして地球最悪のテロリストグループの総督。肩書が示すとおりに当然に、実力も経験も知名度も揃い踏みの強者である。
一方でそれは、図り間違えれば油断に等しい。
兄上は昔から博打がお好きだ。それによく当たる。無意識レベルで知覚している情報処理が叩き出した予測は、もしかしたらば未来予知か、神仏のお告げのたぐいにすら見えるかもしれない。だから人々は信頼する。あのひとの判断を信じる。
けれど——昔から、それもこと大一番のときばかり。
あのひとの博打はいつも、最悪の大穴を引き当てる。
そしてわたしはやはり一歩が遅いのだ。
「ッ」
ど、と背中を突き飛ばされた。たたらを踏んだ目前で、上から降ってきたのはギロチンもかくやの鋭い斧だった。さすが忍者屋敷。殺意がありえないほどに高い。
一方で今の一撃が、唐突な裏切り——ではなかったことは、ぬめった生ぬるい液体の感触で知れる。
「にげろ」
吐き出した言葉は中田さんにとって最後の渾身のあがきだったのだろうけれど——手遅れだった。
「斯様な迂闊な真似、次こそ殺すと言ったはずだ」
冷たい声が間近でしたたる。振り切った脇差はかんたんにいなされて、叩き落とされた。
鋭い針で経絡ごと脇腹を貫かれる。
「天遣いたる八咫烏に、仏の慈悲はない」
途端に足に力が入らない。にわかに全身が茹だるような倦怠感に襲われる。食道が熱を持ち、ごぽりと血がこぼれた。——毒だ。
膝をついたわたしと転がった部下をそれぞれ見比べるように視線だけを動かして、奈落首領:朧は溜息をついた。
「言ったはずだがな」
すり足のような音。しゃらりと鳴る高い金属音——簪。髪飾り。「おやおや」と含み笑うように声が響く。
声質はザラザラとしていてずいぶんとしゃがれていた。老化による声帯の摩耗ではなく、火事の煙でもしこたま吸ったか、唐辛子をじかにでも飲んだのか、外因的につぶした声色に聞こえた。
「なんともまあ、無様なものよ」
「……何をしに来た」
「そう怖い顔をせずとも……良いではないか。かつて漁夫の利を目論んだ猿どもの末路を見物しに来ただけのこと」
「かつての事件で漁夫の利を目論んだのは貴様だという報告を受けているが?」
「おお怖い怖い。たとい生ける屍も同然たる烏であろうと、故郷の同胞には郷愁が残るか?」
「莫迦なことを」
朧は冷徹に切って捨てた。草鞋掛け足袋に包まれた踵を、わずかに引くようにして、彼の立ち位置が変わる。僧衣が翻る。
白い裾の向こうには、人の姿が見えた。髪を結い上げて、口元に開いた扇子を当てて、女が微笑んでいた。女、と言ったのもあくまで服装や髪型から当たりをつけた推察に過ぎない。声質だけでは判別し難く、顔立ちはもはや、個人の判別が不可能でさえあった。
優美な仕草にあまり似つかわしくないほど、顔半分は爛れている。鳳仙殿を想起したけれど——あれは過剰な日焼けによるもので、ひどい水ぶくれに近かった。こちらは正真正銘の火傷痕だ。黒焦げて焼け爛れた痕跡である。耳まで半分焼け焦げて溶け落ちたところを捨て置いて、そのまま凝固したように見えた。
既視感があった。
ザー、ザ、ザザザー、ザー、
『——伝令! 伝令!』
イヤホンの向こうから切羽詰まった声が轟く。
『不知火南——ザザ——地点、増援を求む! 万斉様率い——ザ——隊、第七師——ザザザ——の援護に向かっ——ころ』
雑音がひどい。通信環境がいやに悪い。……人工衛星になにかあったか。中継器が遮断されたか。前者はまだましだとして後者だとすれば鬼兵隊本艦に侵入者がい——
『伊賀衆に加えて
——あ。
「〝群体たる個が難敵たりうる所以は考える頭にかかっている〟……うむ、その通りであろうな。わしが指揮すればご覧の通り、そちが無価値と捨て置いた我が配下もこのように」
「あなたは……」
名を紡げば、女の爛れた顔面に、パッと笑みが咲いた。比喩であるがそのように見えた。
わたしが打たれた奈落謹製の猛毒よりも、もしかしたらば毒々しく、婀娜やかなほどの笑みだった。
「ふふ、クク、よう覚えておるようだの」
背筋を怖気が襲う。毒による体調不良だけでなく、じわじわと出血やまぬ傍らの部下への焦りだけでもなく、わたしはただ、思い至ったことにおびえていた。
「わしの処分がどのように執り行われたかさえも、ろくに興味を持たなかった女が。あの子兎が提督ごと蹴り飛ばした際の爆発、その規模がやけに大きいことに疑問も持たなかった女が。焼け落ちた死体がじつのところ辰羅ではないことにも、第八師団に移籍し、師団長にまで上り詰めた
ほとんど足を上げずに彼女は歩を進める。まるで音立てぬ振る舞いだった。床板の軋む音すら聞こえなかった。海賊稼業に身を置いていたのであれば、もとより手練れというのは確かだろう。
「わしも親切に手がかりはくれてやったであろう? この国の隣国にはわしの名とよく似た男がいたそうな。あれの名から、このように捻って……マ、致し方なし。狂気に身をやつした素振りの敗者なぞ、生きているとは思いもよらなかったのであろう。兎もな。かつてのわしはこのような素朴な衣装を好まず、このような醜い顔を晒すなど以ての外であった。美しきを志しそのために研鑽を重ね、そのために疎かにしたものがあった。そのために——追い落とされて転げ落ちた」
パチンと扇子が閉じられる。
「いやはや、無論、その通りよ。阿呆と狼と猩猩の化かし合いに打ち負けたわしの落ち度に他ならぬ。猿が巡らせた奸計如きに敗れたわしの迂闊さに他ならぬ。その奸計すら猿どもの掌上であったことにも気づかずに、わしはじつに愚かに見えたであろう? 捕らえたわしの前で世間話に興じるほどに。あそこまで虚仮にされたのは初めてのことじゃった。夜の兎なればまだ理解できる。餓狼でさえもまだ許容しよう。しかし、この高貴なる辰羅が、よりによって辺境の猿に——有り得ぬものよなァ?」
朧の脇を抜けて、経絡をつかれて動けぬわたしの腹を彼女の爪先が蹴り飛ばした。もんどり打って転がって、受け身もとれずに背中を打ち付ける。痛くはない。もとより痛覚を喪失して久しい部位だ。
痛くはない。
痛くはないけれど。
「勘違いしてくれるな、わしはこれでも感謝しておるのだぞ? 顔まで変えて死に物狂いで辺境なぞに潜伏したというのに、ああも呆気なく春雨に連れ戻され、わしが受けた仕打ちはあまりに酷いものだった。狂い切れたのであれば、その方がずっと楽であろうとは、もはや何度思ったかも知れぬほどよ。……屈辱は憎悪に転化される。復讐の願望はなにをも凌駕する。そちも女なれば知っていよう? 女の執心はなにより根が深い」
扇子の先でわたしの顎をすくうようにして、変わり果てた孔雀姫:華陀は微笑んだ。
鉄扇はついで、わたしの頬をしたたかに打った。
「死体蹴りとは悪趣味だな」
辟易とした様子の朧からは、直球の悪口が放たれる。
「わしも気が高ぶっているのやもしれん。憎き奴らに阿って付き従う日々もこれで終わりとなれば、ひとつふたつの意趣返しくらい。見逃してくれたもれ」
彼女はまるで気にもとめぬ様子でうたう。わたしから視線を切り、くるりと踵を返す。
その口ぶりは、八つ時の菓子を待ち遠しく思う少女を彷彿とさせる。聖者の首を寄越せと乞う踊り子にも見える。
「わしとて理解しているとも。報いを受けるべき猿は、他にも幾人か残っておる。そしてなにより、兎じゃ、兎。わしを取り立ててくださった元老院に感謝を捧げ、我が恩義の証として——わしを虚仮にしてくれた者共すべてに相応しき末路を与えようぞ」
「……我が身が生ける屍であるならば、貴様は私怨にしがみつく怨霊だな。華陀よ」
「烏はよく鳴く。カァカァ」
「終いには殺されたいのか」
「いやはや。それもまた一興——しかし、しばし待たれよ。余興にはまだ早過ぎると思わぬか?」
足音は去っていく。とうとう痺れて震えるてのひらを握りしめる。這いずって握りしめた脇差の刃がつめたくわたしのてのひらに食い込んだ。その感覚すら遠い。いよいよ毒が回っている。
わたしは奥歯をかみしめた。
……これ。
もしかして。
わたしのせい?
➤
/*
コメントアウト:脚注
華佗。後漢にて名を残した医師。主に三国志や後漢書にその軌跡が示される。
類まれなる腕を持つ医師であり、民衆には神医と呼ばれ、その技術を買われて曹操にまで取り立てられる。しかし最後には曹操の指示によって投獄、拷問の末に処刑と、悲惨な末路を遂げた。
諱は不明。
字を元化という。
*/
➤
/*
かぶき町四天王篇の完結は35巻。
将軍暗殺篇の開始まで21巻の間がある。
Q・華陀が狂気に陥ることなく、ひそかに生存し、潜伏し、暗躍し、その間に取り戻し培った実力と勢力と協力関係は、如何程のものになりうるか?
参考値として、40巻分の体調回復と13巻分の鍛錬の成果は先に記した通りであると仮定する。
*/
➤
「……そのまま聞いてください。止血はしましたがまだ安静に。手当てが遅れたので……出血がちょっと、多すぎました。どのみち、毒が抜けきっていないので、動けないとは思いますが」
沈黙。
「武市さんが……この後も生きていらっしゃったらば、わたしの自室の文箱に指示書がまとめて入っているので、諸々の引き継ぎはそれを参考にとお伝えください。駄目だったら河上さんで。あのひとは、たぶん、どのみち生きてるでしょ……あなたは適宜お手伝いしてあげて。衣装箱のものは……また子さん、使うかしら? あの子に預けてあげたら、すくなくとも、悪いようにはしませんよね」
沈黙。
袖を引かれる。指だけで。朦朧とした目がわたしを見た。いつかの真選組へのちょっかいのとき、水中で溺れかけていた瞳を思い返す。……このひとも大概に、よく死にかけている。
「わたしは。わたしは……すこし、出かけてきます」
先程蹴られた自らの脇腹をすこしさすった。頬はすこし腫れて熱をもっているけれど、それだけだ。
痛くはない。苦しくもない。怖くもない。
得てして組織人というものは、上位であればあるほど責任が付随する。その報償は今までの労苦の対価でありながら、有り得るかもしれぬ未来の損失を補填するために与えられる。
わたしは、苦痛と屈辱を知っていたくせに、ここ数年はぬくぬくと庇護のうちにいた。そのくせ軽んじて足蹴にして侮ってきた。
その報いがそろそろやってくる。
「兄上にはしばらく、黙っていてくださいね。ぜったい怒られるので」
袖に絡まった指をほどく。
毒は抜けた。痛みは慣れた。もう、ひとりで立てる。
だから平気だ。
忍者屋敷は複雑な構造をしていて、もぬけの殻をただひたすらにはしる。やはり西への抜け道を有していた。
道中で兄上を見かけた。満身創痍が目に見えるとわたしを謗ったくせに、このひとの方が大概に満身創痍だった。いつ死んだっておかしくないほどに血にまみれ、傷にまみれ、それでもなお立っていた。
対峙する烏の群れに銀さんとともに刃を突き立てる。まだ生きている。立っている。もう死んでしまうかもしれないけれど。
振り返らないことにした。
➤
時は少し進む。
将軍の援護には警察機構と、江戸に居残っていた真選組が駆けつけた。鬼兵隊と第七師団は伊賀衆を相手取りながらも、辰羅族と、奈落の強襲をしのいでいる。
将軍たる矜持を見せた茂々公。
笠を目深にかぶった老人:天導衆がひとりは、興味深いとでもいうようにじっと見つめた。
「高杉一派、将軍派……ふむ、元来ならば、二つの勢力を同時に相手取ったところで価値はない」
天導衆はもったいぶった様子で言った。
「しかし——無価値であることは、実行できぬことと同義ではないのだ」
天導衆のそばへ、焼け爛れた顔の女が歩み寄る。華陀である。無残な顔立ちの中でも紅玉の瞳だけがただ異様にうつくしく輝いている。
「春雨に加え、得られた協力者は他にもいる。そもそもにして——貴君らは恨みを買い過ぎているのだ。圧政の煽りを受けて職を失った者。家族を人質に取られて地下闘技場で戦わざるを得なくなった者。密輸された麻薬によって恋人を廃人にさせられた者。使い潰された者たち」
「うらみ……?」
忍装束の男:服部全蔵が声を絞り出す。
「そりゃあ、定々が残した……そして、あんたらがけしかけた、ことばかりじゃあねえか」
「はて」
天導衆はわざとらしく首をひねる。
「いずれも十四代目征夷大将軍の名のもとに行われていたが」
定々公は長らく幕府の実権を握っていた。自らが十三代目征夷大将軍に就き、そこそこの年月を経ると早々に立場を甥に譲り渡した。その上で、名ばかりの将軍:茂々公の相談役、実質的な執権として実務を支配し続けていた。
数々の指示はたしかに定々公に帰結する——けれど、あくまでも彼の命令を正式な触れとしたのは、多くは十四代目征夷大将軍の名前に基づいている。
「その通り」
しゃがれ声は聞く人々をぎょっとさせる。
「責任転嫁とは度し難いな、忍よ。それともそちの主君はそれを良しとする男か?」
聞き取りづらさをハッキリとした滑舌で補って、華陀はぐるりと見回した。たとえば何人かとはかぶき町で面識があったはずだが、容貌も声質も変わり果てた彼女の正体には誰も気づいていないようだった。
「わしは彼らの話によく耳を傾けた。攘夷浪士などという御題目を掲げずとも、恨みつらみを抱える者はいるのだよ。我が優秀な配下、辰羅の傭兵たちに加え——少し
一触即発。
このまま彼らは、総力戦へ移行しかねない雰囲気であった。
「なんとも素敵にございます」
そういう空気であったから——わたしはわざとらしく、拍手をしながら進み出た。あっ今の悪役っぽくありませんでしたか? イイカンジ。
「これよりとうとう本格的に第二ラウンドというわけでしょうか? なんとまあ、我々が壊すまでもなく国一丸となって破壊の道へ一☆直☆線! さながら火に集る蛾ですね」
「高杉ヒカリ……」
「あら一橋公ったらずいぶんと男前になられて。玉座の居心地はたいそうよろしいのでしょうね、なにせ天導衆直々に設えられたのですもの」
包帯ぐるぐる巻きの元・いちおう君主は、わたしの揶揄に身動ぎをした。居心地悪がる心境は一応のこっていたみたいだ。のこっているなら裏切るのもやめてくださったり……しませんよね。我々でもしません。お相子ですね。まったくやってくれたものです。
「あなたのために粉骨砕身いたしました身としては、鞍替えは少々残念ですけれども、マそういうこともございましょう。我ら浪士とは道具として使い捨てられるが定石。エッけれどもぽっと出の服部全蔵にご挨拶なさるくらいであれば我々になにか一声あっても良かったのでは? 解せませんね。挨拶は大事ですよ。礼儀でしょう」
「詭弁を弄する詐欺師、主君に見捨てられた道具が今更、何をしに来た?」
天導衆はわたしを嘲った。
一方、わたしの姿に華陀が眉をひそめている。経絡を突かれた上に、確殺の毒を打たれたのが先程彼女が最後に見たわたしの姿だ。当然ふつうは・ふつうに・ふつう、死ぬ。なぜ動いているのかまるでわからないといった様相である。
ちなみに経絡に関しては調子に乗ったあなたさまが、別の秘孔を渾身の力で蹴り飛ばしてくださりやがったので、偶然解けましたよ。ありがとうございます。本当絶対許しません。末代まで祟ります。むしろあなたを末代にします。
マそんなちょっとした私怨は置いといて。
「それはもう、我が国の真の支配者・天導衆の皆様への提案です」
わたしはにこやかに言った。
「すなわち命乞いですね。休戦しましょう。手を引いてください」
天使が通った。つまりこれは、不意の沈黙を表現する意図である。
コイツ何を言い出しているのかの視線が、なんなら背後からも突き刺さっているのを感じる。孤立無援です。悲しいことですね。
「もちろんただでとは申しません」
着物の衿元に手を当てる。
「将軍暗殺を目論んだ過激派攘夷浪士集団が幹部、百舌鳥の二つ名を戴くわたしの身柄と引き換えに。いかがでしょうか?」
「話にならんな」
「せっかちですよ、そう結論を急がないで。もう少し耳をお貸しくださいな」
わたしの身柄ごときで戦争を止めるとか普通に阿呆な話である。荒唐無稽で馬鹿らしい。わたしもそれは理解している。理解した上でなお提案しているのだ。
まったくご老人って気持ちもせかせかしてしまうのかしら。理由まで聞いていただかないと、解毒して早々に全力疾走して、なんなら道中の兄上まで見て見ぬふりしていったこの身が報われないではありませんか。
……ええ、もちろん、わたしの都合ですよ。
「ここに急ぐまでの道中、我が総督がもう大惨事の大怪我をなさっているのを目撃しまして。総督があのような容態では鬼兵隊の全体指揮権は存命かつ手隙の幹部に移行するわけです。この場合はわたしですね」
河上さんは今伊賀衆と辰羅族のタッグにかかりきりなのがイヤホンを通して伝わってくる。タッグというか、一方的に加勢してきた辰羅族に伊賀衆の困惑も伝わってくるけれど、まァどちらも相手取らねばいけないという点では、鬼兵隊や第七師団にとってはあまり大差がない。
武市さんとまた子さんもイヤホンからの音声を聞くに、元気に生きていらっしゃる。けれど彼らは動機は違えども、基本的に兄上の妹たるわたしを立てる傾向にある。兄上が以前〝後継者候補に血縁者を立てるのは定石〟と明言していることもあり、河上さんの手が空いていなければ自動的に指揮権は全権わたしに移行する。
「無論、我ら鬼兵隊。人の身にして化生へ堕ちた兵どもなり。生きながらにして修羅道を征く定め。総督斃れどもその任に変わりなく、我が身を顧みずただ突き進むのみ——わたしが命令するまでもなく、彼らは最期まで破壊に勤しみ、ひとりでも道連れを作らんとするでしょう」
わたしは懐に手を差し込む。
「わたしとしても、部下の足掻きはすこしでも報われてほしいので……提案を受けてくださらないと仰るのであれば」
懐からわたしは、ひとつのバイアルを取り出した。容量は三㎖。すこし黒ずんだ赤色の液体が入っていることは一目でわかるはずだ。
「——あなたがたの虎の子、不死のご加護をこちらもお借りすることになるかと」
天導衆の視線が明確に変わった。取るに足らぬ辺境の塵を一蹴する態度が、得体の知れぬ危険物を見る顔つきへ。
「……何の話だ」
あら不思議、ようやくちゃんと相手になってくださるみたい。つい一瞬前まで、まるで聞く耳も持たなかったのにね。
「しらばっくれますか?」
わたしは軽やかに嘲った。先程とは立場が逆転する。
「というのもわたし、ある満月の後日に、屍人が蘇る愉快な現象を目撃いたしました。わかりやすく言い換えましょうか? 我らが国父、愛おしき相談役殿がなんでも突然に患った大病とやらで大往生なさる頃合いの話です。満月の日には、現場にはあなたもいらっしゃっていましたね」
天導衆には心当たりがあるはずだ。
あの事件に鬼兵隊が関わったことは知れている。
奈落首領の死体と蘇りを、主たる彼らが把握していないはずもないだろう。
「その後我々、とある筋から、奈落関係者の毛髪を手に入れる機会がございました。そこから……こう、過程は長ったらしいので省いて要約いたしますとだいたいいっぱい頑張って、ですね。細胞の培養に成功いたしました! たとえば血液」
わたしは血が溜まったバイアルをわざとらしく振って——「そして」——ぱ! と指を離した。
自由落下、万有引力の法則。バイアルは地面に叩きつけられて容器の外面に傷がつく。踵の位置を意識して草履で踏めば粉々に砕け散った。
足元に広がる血液を一瞥して、わたしは肩をすくめた。
「作れるならば壊せるのもまた道理。加えて鬼兵隊は破壊の道に勤しむさだめ。不死のからくりを解き明かし、その上で
「よくもまあ、回る舌だ」
天導衆の反論は確実に遅れた。わたしの言葉の意味を吟味していたからだ。
「無根拠な物事をぺらぺらと……」
「ところで華陀様とは先ほどお会いしましたね」
わたしが現れて今まで、明らかに警戒を強めていた女人に水を差し向ける。
「よくお考えなさって。奈落の毒を受けたわたしが何故すぐさま動けているのか……今のお話を聞いた上で、あなたにはその理屈が既に察しがつくのではございませんか?」
わたしは小首をかしげてみせた。
華陀は答えない。わたしを油断なく見つめている。
「無根拠? とんでもない。わたしは勝算のない交渉は持ちかけません。無駄ですから。持ちかけたということは、根拠があるということです」
なんだかなにかしらの例文のようになってしまった。
「信じられませんか? それでもけっこう。
具体的に指し示した対象。心当たりのある情報源。血液という具体的な示唆。
場の空気は握った。
ニコ、と微笑みを佩き直す。
「と、いうのがわたしの建前です。しかし本音といたしましてはね、しょうじき手間でしょう? わたしもう今回いっぱい働きましたもの。鬼兵隊の皆様方含め、船も人も損害だらけですから、一旦手打ちにできるならばそうしたいところ。というか鬼兵隊だけでなく茂々公派に真選組に伊賀衆に無辜の第三者の方々に、まあこのあたりの方々が受けた被害は九割我々が叩き出した被害でしょうが損害が莫大なのは一緒ですものね。一緒一緒、我々仲間。呉越同舟一蓮托生」
主に御庭番衆の御二方から〝コイツ本当に心底ありえない〟の視線が刺さっているのがわかる。背を向けていてもわかる。刺さっている。もう確実に個人を特定できるレベルで熱い視線である。
「もちろんあなたがたとて、せっかく手中に収めた不死を無駄遣いしたくはございませんね。ですから改めて、提案になります」
背中に突き刺さる視線を実感する一方で、果たして天導衆の視線もまた、完全にわたしに固定されていた。
得体のしれない人間にでも見えるかしら。突如現れて己が安全圏を脅かす気持ちの悪いものにでも見えるかしら。そうだったらばとっても素敵、足の震えを殺しきった甲斐がございます。
「将軍暗殺を目論んだ過激派攘夷浪士集団が幹部、百舌鳥の二つ名を戴くわたしの身柄——もとい、
インカムのマイクは少し前から入れていた。わたしは髪をかき上げるような自然な動作でイヤホンの音量をミュートにする。生存は確認できたのだからもう不要だ。
イヤホンからはもうなんにも聞こえない。制止の声だって聞こえない。
「ご安心くださいませ。なにせ不死なぞ荒唐無稽にも程がありましたから、我々としても鬼兵隊内部で信じられるかもさだかではなく、ごく秘密裏に研究を進めて参りました。実験の経緯と結果を知る者はわたしの他になく、研究資料も跡形もなく焼き払っております。シンプルに危険物ですからね。世に披露したあかつきには辺境の星どころではない宇宙全体巻き込んだ戦争に発展いたしますよこんなもの」
さあここからが正念場だ。
有利な契約を取る方法について。もっともポピュラーな戦術は、相手に考える隙を与えずに攻め立てることだ。つらつらと長ったらしい説明を並べ立てて、どうかこの場で決めてくださいね、と迫る。するとひとは混乱して、思考能力を極端に落としてしまう。
「つまりすべての成果はわたしの頭の中に残るのみ。わたしを捕らえて口を封じてしまえば、あなたがたの懸念はきれいさっぱり、拭い去られるというわけ。けれど振られてしまうと、わたくしとっても悲しくなって……せっかく秘密にしていたなにもかも、このマイクからぜーんぶ喋ってしまうかも」
着物の襟につけられたインカムを指し示してみせる。イヤホンはミュートにしてしまったけれど、まだ繋がっているはずだ。
「所詮は我々敗残兵、当然、本来天照が気にかけるべきものでもございません。後日仕切り直しとなったところで、あなたがたご自慢の強大な配下たちにとって、辺境の星の絶滅危惧種・侍程度、きっとかんたんに、食事に集る煩わしいコバエ程度には、サクッと片付けられるのでしょう?」
天導衆に古典的な押し売り契約の戦法が通じるか、と聞かれると、べつにそんなことはないだろう。彼ら天導衆の正体および目的は鬼兵隊の諜報力を以てしてもいまだ得体はしれないけれど、いつからか星々を渡り歩き、宇宙を掌握してきた百戦錬磨の交渉人、ということは確かだ。
そのような彼らにとってさえも——わたしは、確実に無視できない情報を示している。
「しかしいくらちっぽけであろうとも、窮鼠は猫をも噛むもの……見逃さぬと仰るなれば、わたしとしても致し方なく、相討ちで滅びようともその翼刈り取る全権を担う覚悟にございます」
天導衆はやはり、わたしを非常に慎重に注視していた。わたしが繰る言葉の真実の境目を探っている。
身一つでありながら全人類の命まで巻き込んで脅しかけるわたしの言葉の意図を探している。
「いかがいたしましょう。どうぞこのあたりで、手打ちにしていただけませんか」
風音がした。そよ風だ。
たったそれだけの微風の物音でさえも、いやに耳につく。
息を殺して見守られている。
天導衆が口を開いた。
「今の言葉はたしかか」
「この命に懸けて——」
……では、説得力が足りないかもしれない。それこそ今まさに投げ出さんとしているものでしかない。無価値なものに懸ける誓いは同様に平等に価値がない。
わたしにとって大切なもの。兄上。普段なら確実に一択なのだけど、ちょっと今わりと死にかけているので信頼性が薄い可能性がある。鬼兵隊の皆様。壊滅しかけた状態で懸けても・的なところがある。兄弟子たち。そこそこ敵対しているのでだいぶ説得力がない。友人。同上。わたしが持っている大切なものって、けっこう、半生で落としてしまってばかりだったりする。
それでもまだ手に残っているものって。
……あった。
「——我が総督にいただいた諱・
兄上は、たぶん、幼い頃の些細な戯れなぞ、覚えてもいないけれど。
恭順の意思を示すがごとく頭を垂れたわたしを天導衆が見据えた。
「武装を解け」
脇差の下緒を解いて、鞘ごと落とす。ちょっと考えてからイヤホンとマイクも地面に落とした。
「華陀」天導衆が続けた。
「拘束して連れて行け」
華陀は嘆息すると、柏手を二度打った。茂みの中から新手の辰羅が現れて、わたしを見る間に縛り上げる。これ……衆人環視のもとで行うには、なんというか、だいぶ変なプレイじゃないですか。よくないですよそういうの。ちょっと締まらない気持ちを抱えるわたしに配慮して。
「ヒカリさん」
あんまり、聞き慣れぬ声だった。振り返ってから志村さんのそれだと気づく。眼鏡をかけた少年は擦り傷と砂埃にまみれて、それらは出血と多量の汗のせいでちょっと泥っぽく凝固していた。
少し首を傾げる。しょうじき、彼とは敵対したことはあっても、ほとんど話したことがない。銀さんは言わずもがなだとして、神楽陛下とも対面でお話する機会があった一方、志村さんとは戦場でほとんど戯れじみた言葉しか交わしたことがない。
うーん。
まあいいか。
我らが敵対せし将軍様にご挨拶するよりは、兄弟子にご縁のある少年とお話する方が、まだましだ。
わたしは志村さんに向かってちょっとだけ会釈した。拘束されている身としてはこれが精一杯だったのだ。
「それでは皆様、一足先にさようなら」
ぐるりと見回す。
「ご縁があればまた来世」
ないといいですね。
➤
——このようにして、将軍暗殺事件は未遂として幕を閉じる。
鬼兵隊は大損害。第七師団もそこそこの損害かつ春雨母体と敵対。茂々公派の武士たちはやはりかなりの数が大打撃、伊賀衆は藤林一派の死と我々との戦いでたぶんゴソッと半分は減った。真選組はトップ3となんだか混じっていた第三者が大怪我・療養と至るものの、先に並べた集団に対して壊滅的被害という程ではない。
おおよそわたしの予測である。そう外れてもいないだろう。
さてここからはちょっとした雑談、余談、どうでもいい蛇足。何の変哲もない、ありふれたマジックの種明かしだ。話術は魔術に近しい。解呪されたらば意味を成さない、という点で。
詐欺師の真相暴露とも言えるでしょう。
「つくづくと度し難い女だな」
辰羅に叩き込まれた檻の中(手枷足枷って久々)特になにもすることがないので思考を巡らせていると、檻の前にはひとりの男が立っていた。朧である。左目に血が貼り付いて瞼までもが固まっていた。
「先程ぶりにございます」
わたしは微笑んだ。
「死ぬほど痛かったのですけどあの毒。ありえないのですけれど。わりと死ぬかと思いましたよわたし」
「殺すための毒だ」
「でしょうね」
死ぬかと思いましたというか、それこそ、殺すための毒を殺すつもりで盛ったのだろう。そのくらいはわかる。
「牢屋に囚われているとは思えぬ態度だな」
「状況が最悪であればあるほど、たたらを踏んで歯を食いしばり眼前の敵をしっかりと見つめるべきです。そうは思いませんか?」
「くだらん虚勢だ」
真選組よりノリが悪い。
朧が檻の鍵を操作し、牢内に踏み込んだ。逃がしてくださるとも思えない。なにするつもりやらと見ていると、彼はわたしに歩み寄り——無造作に、わたしの袂を選り分けた。犯す意図ではない。理解していようが反射的に、身はこわばる。
腕が引き抜かれる。空のシリンジがその手に握られていた。正確には、空になったシリンジが握られていた。
……あーあ。
バレちゃった。
「佐々木か」
朧は無感情に言った。……その通りだ。
朧との邂逅。バイオレンス親切通り魔の正体を知った満月の夜。わたしは佐々木さんに、予備の血清をいただいていた。幸いにしてわたしはその日毒は盛られず、銀さんと小太郎さんは、既に血清を打たれていたので使用する機会はなかった。いただいたのを良いことに鬼兵隊で保管していた。ものや保管環境によっては、血清は数年も持つ場合がある。わたしが持ち出していたのは、単なる念のためでしかなかった。
「……そこまですぐにばれます?」
「あの血で毒が回復したというなら、その頬はすくなくとも腫れが引いていなければおかしい」
不死のからくりなんてわたしごときが知るはずがない。まして破壊方法なぞわかるはずもない。そもそもわたしが知る医学は素人に毛が生えた程度のことで、たったひとりで研究なぞできるはずもない。鬼兵隊内部において不死が
わたしが知っていることはごくわずかで、あまりに断片的だった。
朧が蘇生したこと。
バイオレンス親切通り魔が朧であること。
朧がわたしに飲ませたものは、血液のようなものであること。すくなくともそれは金さんの洗脳を打ち破り、焦げ落ちるはずの指も修復したこと。
朧は天照院奈落の首領であり、奈落は今、天導衆の配下にあること。
奈落の関係者かもしれない〝先生〟その遺伝子に、不老不死じみた効能がある、かもしれなかったこと。
少ない情報をかき集めた綱渡りの博打に他ならない。
……兄上はここ一番のときばかり大穴を外すけれど、わたしは意外に、土壇場の賭けには強い方だった。
今しがた、すべてなにもかも露見いたしましたがね。
「浅知恵にも程がある」
「そうでしょうとも」
わたしは嘆息した。両手を上げて降参を示すには、拘束はずいぶんと頑丈だった。
朧は空のシリンジをてのひらで砕いた。床に散らばる。彼は草鞋でさらに踏みにじった。破片は細かく砕けた。
「偶然手に入れた血清。おまえの部下が身を挺して庇ったゆえの出血。たったこの程度の小細工で、不死を打ち破ったなどと豪語したのか」
中田さんの出血は本当にひどかった。三㎖のバイアルなぞ簡単に満たし切ることができた。
「申し上げねば皆様、死にましたよ」
消耗したあの場で総力戦を仕掛けられたとて、不利なのは当然、我々である。鬼兵隊はもちろん、伊賀衆も真選組も警察機構も平等に蹂躙されただろう。
真実を知る者は少なければ少ないほど良い。相手が用意したのは天照院奈落に加え、第七師団以外の春雨艦隊、華陀とともに春雨を抜けて地球に亡命していた辰羅族、正直規模も予測不明な義勇兵である。ふつうに国を相手取るより余程厄介なことしないでほしい。
……華陀の配下を皆殺しにしなかった。気絶していると思い込んでいた華陀の前で、計画の一部を喋った。その行く末を気にも留めなかった。
わたしの失態だった。
失態は返上せねばなるまい。
「ごく短期間の延命だ。せいぜいが一月」
朧は即答で切り捨てた。
「おまえがあの場で脅しかけたがゆえに、いっとき、回避できただけに過ぎん。じきに追手がかかる。天導衆を明確に敵に回し、あれらはやがて宇宙を追い立てられて狩り尽くされる。まさか、逃げきれるとでも思ったか?」
「いいえ」
血まみれの兄上の横顔を思い返す。対峙していたはずの朧が元気に姿を現した、と、いうことは……もしかしたらば、もう死んでしまったかもしれない。
もとよりあのひとは死に急いでいた。先生の首と引き換えに、助かって
どうにせよ、兄上が満足しようと、止まろうと、死のうとも、生き延びてしまおうとも、とうに戻れないところまで来ている。
我ら鬼兵隊。ただひとりの総督に世界の命運を賭けたもの。旧世界の破滅を願ったもの。たとえ、それは——あのひとがいなくなったとしても。あのひとが、もう二度と、目を開けなかったとしても。
「けれども……ただの端女の命ひとつを賭けたにしては、ずいぶんなお釣りが来ました」
夢を見せた責任がある。
破壊の道を示した責任がある。
兄姉をよく支え敬うべしとはかつての父母の教えだ。わたしは自らの製造元についてはちゃんちゃらおかしいと思っているけれど……そこはそれ。儒教自体に敵意はなく、従うべきときというのも、たまにはあるものだ。たかだかいっときの回避であろうとも確かな時間稼ぎの効果を示した。ならばそれで十分だ。
どうか逃げ切ってほしいと思う。
わたしの手が届かない、遥か遠くにまで。
「暴露なさるというならどうぞ、ご自由に」
天導衆への小さな謀り、お粗末な詐欺は見破られた。わたしが朧に対してこの期に及んで脅しかけられる手札はもはやない。
「天導衆をも欺いた大罪。それを見破ったとしてあなた、重用されるやもしれませんね。それにしても奈落首領以上のお立場っていったいなにかしら。天導衆だとか? 不死の力に飽き足らず、全宇宙を掌握する権力まで恣とは全人類の夢の体現者でありましょう」
「暴露しようがするまいが、おまえの定めは変わるまい」
ちゃらけた言葉に対してもこのひとはまるで冷徹である。
「おまえはどのみち死ぬ。名目上は将軍暗殺を企てた大罪人として、本質は不死を打ち破る方法を知るべく拷問され続けて死ぬか、天導衆に向かって詐りを述べ、謀った咎で死ぬか」
「……ええ、そうでしょうとも」
わたしはただ同意を示した。
「定命の生き物はいずれ死ぬことこそが平等に訪れる確かな運命、遅いか早いかの違いにございます」
「その遅いか早いかの違いのためにおまえは己を焚べた」
「全滅と壊滅の違いは大差がありますよ。暗殺集団の首領でありながら、もしやご存知ではない?」
朧はわたしを見下ろしていた。薄暗い牢の中では時間を計るものもない。ちかりと脳裏でまたたいた既視感を振り払う。あいにく、牢でのご対面なぞ定々公くらいとしか行なったことがなく、そのときわたしは囚人を見下ろす側だった。存在しないことになった過去でさえ、牢に収容されたのは売られたあとで、隙あらば暴れて命を取りにくる女に近寄ろうとする者はろくにいなかった。人売りでさえ微妙に距離を取ってきたの、今考えると結構愉快でしたね。
やがて彼は短く言った。
「おまえは愚かだ」
無感情な表情からは何一つ読み取れない。視線は未だ噛み合っていた。逸らされることはない。
「じつに、愚かだ」
なんだか、とってもものすごく錯覚なのだけど——まるでかなしんでいるみたいに見えた。
そんなはずもない。
このひとなんだかへんなひと、と、わたしはただ。思う。
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そうして、将軍暗殺を目論んだ重罪人・過激派攘夷浪士集団幹部の身柄はある監獄へと輸送された。
絶海の孤島——黒縄島。
因果応報回。