前略:
烙陽篇の戦果一覧。
・幹部全員生還
・死傷者百数十名
・エンダァキャンセル
・一番弟子確保、名乗りイベント失敗
・お説教
➤
『ハイ皆さんご自由に過ごしているところ失礼しま——おや、鬼兵隊は食事中?』
『ドーナツはないのね』
『あるとしてもふつうは食後のデザートですよ。本当に育て方間違えたかな……』
わたしはちょうど、匙で掬った雑炊を口に含んだところだった。普段操舵室連絡中継に利用しているディスプレイが四分割されて、うち左下から面長の顔と、日本人形みたいなお顔立ちが揃って見下ろしていた。
右上の黒画面が点滅して、パッ、とこちらも映像がつく。画面中央ではじろじろと銀さんが観察するように視線を動かして『はン』鼻を鳴らしたところだった。
『いいねえテロリストどもは贅沢な食事しやがって。神楽がやたら舌肥えたんだけど何食わせた』
「……特殊なものはなにも……?」
武市さんが珍しく、素で困惑していらっしゃる。
わたしも確認を入れていたけれど、普遍的な品目しか並んでいなかったはずだ。
『炊き込みご飯とー、焼き鮭とー、お吸い物にー、私もう毎日TKGじゃ我慢できないアル』
『なら豆パンな。おまえもう一生豆パンだから』
『なんでヨ!?』
『銀さん張り合い方があまりに大人気なさ過ぎますよ』
『てンめえウチの子に何粗末なもん食わせとんじゃ!』
『毎食TKGはそもそも本人の希望だわ! つかてめーが育児放棄した結果だろうが三食ふりかけ家庭!! メシ同等に粗末な髪しやがって!!!』
『ハゲは粗末じゃねえ、将来性があンだよ!!!』
『なァにが将来性だバーコード、ハゲで将来性を語れんのは赤ン坊と坊主とスキンヘッドだけだって相場は決まってんだよ!!!』
ドンガラドンガッシャーン!!!
『オイ艦長、修理代どうするき』
『あいつらのツケが溜まりゆくばかりじゃ』
『これ以上嵩んで果たして払いきれるものやら……』
轟音とともに画面の外に消えていった銀さんと
『そもそも雑炊って贅沢がや?』
『具材によりけり……ふむ、人参の飾り切り、しかし面取りがされていない。これはさては高杉が作ったのでは?』
『ああ〜たしかに高杉のやつ、戦争中も毎度飾り切りしちゅうき食事担当から外されちょった』
『さすがはボンボン育ちというわけだ。まったくすこしの食材も無駄にできん時期だったというのに』
「兄上、箸を逆手で握るのやめてください。ディスプレイを割ったところで映像は筒抜けなんですから」
「少なくともこれ以上不快なツラを見ずに済む」
兄上は額に青筋を立てて言い切った。
咄嗟に抑え込んだ手首も、今にもわたしの手を跳ね除けんとまるで力を緩めない。
「晋助様その意気ッス! 顔面中ったら五十点」
「ダーツってよりはマートル当てゲームじゃね……?」
「ここは鬼兵隊の船内で、世紀末のスコットランドに存在する魔法魔術学校ではありませんのよ」
「収拾がつかなくなってきましたな。万斉殿」
「ハイハイ拙者か。しばし待たれよ」
河上さんが三味線をかき鳴らす。兄上の箸が鋼糸によって回収された。兄上の手が今度は匙に伸びる前に、こちらもわたしが回収しておく。
『神楽ったら粗食で我慢してんだ〜。か〜わいそ〜身の丈に合った暮らしってヤツだね』
『ァア゙ン!? TKGなめんじゃねえアル、だったらオマエが奢れヨ!』
『やなこった。だいたいおまえはそろそろ料理のひとつでも覚えたら? メシなんか手が空いてるヤツが作るもんだろ』
「そういえば烙陽までの道中で団長殿が作ってくれたごはん美味しかったね。絶対安静のくせに動き回るのマジで縛り付けてやろうかと思ったけど。中華粥みたいで、ちゃんと病人でも消化しやすい内容だったし」
『口に合ったようでなにより! 俺アレしかレパートリーないから文句言ったらアンタから殺そうと思ってたんだ』
「僕同盟相手に殺されかけてたワケ?」
『つかなんだこの通信網』
右下には第七師団の御二方が並んだ。神威さんはまだ頭に包帯を巻いていて、阿伏兎さんは左腕の義手の代用品については未調達みたいだ。
神威さんってそれにしても、たまに意外なくらいに家庭的。
『またアンタらなんか生やしたのか?』
『春雨戦艦への長距離間通信自体は、鬼兵隊と春雨間で既存利用されていたネットワークの流用です。母体に傍受されないよう手を加える必要はありましたがね』
阿伏兎さんの訝しむ表情はあちら側にも中継されているのだろうか。少なくとも音声は相互間に届けられているらしい。佐々木さんが簡素に説明しながらも、眼鏡の位置を直した。
最後の一角、ディスプレイ左上区画もパッと映像が映し出される。
『つまりなんだ? この通信、
『オィイ今ルビ! ルビ明らかにヘンだったろーが!! チンピラ警察に言われたかねえわ!!!』
銀さんが画角内に戻ってきた。先程までなかったはずのたんこぶが、三段アイスのごとく頭頂部に鎮座している。
『おっ新八くん元気か? ゴリラさんは頑張ってるってお妙さんに伝えておいてくれ』
『まあ姉上と会えたときにでも気が向いたら……アンタ自認はゴリラさんでいいんか?』
『近藤さん、最近野宿も多いせいで野生に帰りだしてなァ』
『沖田さんは本当にその相槌で合ってますか?』
『あら、これ映ってる? 映ってるかしら。ヒカリさんお久しぶり。また怪我してるのね』
「……お久しぶりです。……ところで、佐々木さん? なぜ真選組が我々の通信網を使っ……?」
『必要だからです』
「そうですか……」
わたしはあきらめた。
「……あの女人は? ヒカリと些か気安いようだが」
「
「ほお」
河上さんの生ぬるい眼差しからわたしは必死に顔を反らす。その隙に、兄上がわたしの手を引き剥がして匙を取り返した。
すわディスプレイに向かって投げるかと危ぶんだけれど、雑炊を掬うに留めていた。不機嫌な顔のままだけども。
『ここまでの皆さんは前座です』
『おい誰が前座だ誰が』
『CV森川だからって調子に乗りやがって』
『有象無象の野次馬は無視して——』
『終いにゃ有象無象!?』
『地球帰ったらこの陰険眼鏡から殺そう』
『『『さんせーい』』』
わたしもまた溜息をついて(コントなんてやってられない)とりあえず、残りわずかな雑炊を片付けようと一口ぶん掬って改めて口に含み。
『——スペシャルゲストがまずひとり』
『こんにちは、皆様。そよと申します』
「ゴフッ」
噎せた。
ご飯粒がもろに気管に入って咳き込んでいると「ウン、アンタたまに常識的な反応してくださっておれは安心できますよ……」中田さんに背中をさすられた。
『あ、あら? 大丈夫ですか?』
アワアワするそよ姫を見てか、わたしの醜態を見てか、考えるように顎をこすっていた神威さんが『……アレだ!』不意に拳を打った。
『江戸のお姫様』
『覚えてんの団長。アンタにしちゃ珍しいな』
『ヒカリがやたら目ェかけてたモンだから』
『あ〜ね』
「ゲホッゴホッ」
『その節はたいへんお世話になりました』
神威さんの率直な感想、阿伏兎さんの〝わかる〜〟を含んだ相槌、何故だか姫様から述べられるお礼、ゴリゴリと神経が削られていく。兄上が横から〝莫迦だなコイツ〟の目を向けて来ることも含めてたいへんしんどい。
「オイ調子乗んなよ姫様。ヒカリ様はテメーに限らず
また子さんから善意百パーセントを以て放たれたトドメにわたしはとうとう顔を覆った。
「自業自得」
「……理解しておりますとも」
真横から下された判決にか細く返す。……激しく咳き込んだせいで喉が若干イガイガしているけれど、ご飯粒はとれたみたいだ。
中田さんの手を除けて「ありがとうございます。もう大丈夫です」ごほんとひとつ咳払いをこぼして、のどを潤すためにコップを手に取った。
『おーおー、元気そうでよかったなァ〝百舌鳥〟。最後に見たときゃコイツァ間もなく死ぬかと思ったもんだがね』
『そしてこちら松平公。ふたりめのスペシャルゲスト』
今度は噎せることだけは避けた。
ただ誤って含みすぎた麦茶の塊が喉を通り抜けていく。
『……だから私、先に言ったじゃない。さすがに可哀想だって。間違いじゃなかったでしょ』
『予想通りの反応をしてくださって仕掛け人としては喜ばしく』
『異三郎そんなに根に持ってたの?』
「コイツどういうふうに死にかけてた?」
『数週間拷問を受けた身体で跳ねたり走ったり斬ったり煽ったり』
「へえ」
兄上がわたしの肩に肘を置き、ぐう、と体重をかけた。物理的にも心理的にも圧を感じて自然と背筋が丸まる。
「半ばてめえの吊し上げと化している件について感想はどうだ」
「……一個一個にはすべて心当たりがあるのに総額にはまるで心当たりのないクレジットカードの明細書を読まされているような気分です……」
「つまるところ、個々のケース自体にはすべて心当たりはあると解するべきか。いやはやまったく」
「そ、その解釈はちょっと悪意がありませんか?」
「あながち間違っていないと思いますがね。我々止める間もなく毎度飛んでいくじゃありませんか」
「まァまた子としても……無茶はちょっと反省してほしッス」
鬼兵隊内部だというのに四面楚歌だ。
少量の麦茶をもう一度口に含んで、慎重に嚥下する。
「……ところで、いくら国の存亡がかかった事態とはいえ、子どもを据えるのはいかがなものかと存じますが」
鬼兵隊内部からの批判は、正当性があるので耐える他ないのだけれど——非常識な対応には物を申したい。机の天板にコップを置き直して、わたしは意図的に声色から感情を排した。
「どなたも止めなかったのですか、松平公」
『名指しじゃねえか』
松平公は心底面倒そうに葉巻の煙を吐いた。
『そもそもテメエが言うか、殺害未遂』
「我々はもとより加害する立場にありました。まさか警察機構とテロリズムを主に掲げた組織を同列に語るおつもりですか? ちゃんちゃらおかしいですよ元長官殿」
『飛ばしてくるな相変わらず……』
『ご存知の通り、手段を選んではいられませんのでね』
「元長官という観点では同等たれども、佐々木さんにそのような機微は元から期待しておりません」
『言いますねえ』
「あなたは目的のためには己が私情をすべて殺しきるたちですから」
佐々木さんは一拍置いて『……アナタ、そうやって八つ当たりでなにもかも斬りつけていくから、じゃじゃ馬だのと呼ばれるんでしょ』表情は変わらぬものの、明らかに呆れた声色で言った。
わたしの態度が百悪いことは重々承知で、大人な対応をされるとむしろ癪に障る。
『私は同意しています』
そよ姫がわたしを見据える。
『現将軍が我が国に不在な以上、責任を担える立場の人間が意思表明をする必要がありますから』
銀さんたちが意味深に視線を交わす。彼らが引き取った公は、この話を聞いていらっしゃるのかしら?
「流された結果を〝選択〟と言い換えることはごく容易いことでしょうとも」
『私が断る選択肢は与えられていました。無辜の民草には選択肢すら与えられません』
「血筋だけのお姫様になにができるのかしら」
『他のどなたも、血筋すら持ち得ません。血税で生きる身分の者は、いざというときに身を挺して民を守る覚悟がなければいけません——兄に、教わりました』
艷やかな髪は崩れていない。所作ひとつひとつも非の打ち所もない。このご時世では従者もろくに人数を揃えられていないはずだ。身だしなみは御自分で整えているのだろう。
かわいらしく着飾らんとする少女のそれ——と、いうよりは、為政者としてなめられぬがための武装。相手に尊重を示すための振る舞い。
思わずわたしは舌打ちをこぼした。
「本当に嫌い」
『めちゃくちゃ負けてる』
『ものすごく負けてるな』
「おだまりくださいまし、兄弟子一同」
「事実として負けてんだろ」
「うるさいですよ兄上。そもそも皆様が揃いも揃ってひとの話まるで聞いてくださらないというのに」
「まァそれこそ、ぬしが言うかという前提はあれど」
「河上さんまで」
「拙者はどうでも良いでござる。姫君に忠告するなどといった甘さはもとより拙者の担当範囲外なものでな」
河上さんが軽快に言った。
「そうでしょうとも」
わたしはぼやいた。死ぬならせめてわたしが知らないところで勝手にしてほしいものですよ。
『本当はスペシャルゲストに宮様もお連れする予定でしたが——いろいろありまして。とりあえずは、お互いの現状共有と今後の算段といきましょう』
佐々木さんが話を戻した。
『こちらとしては地球外の皆様から聞いておきたいところですが』
お互いに探るような沈黙がしばし。
「では鬼兵隊から」
今更出方を窺ってもどうしようもない。ここまで散々遊ばれて、もはや掻き捨てる恥すらないわたしが率先して口火を切った。
「死傷者および行方不明者総数一三四名。総督復帰。通信端末の配布については御覧の通り。他、天照院奈落当代首領の捕獲を行いましたが容態がろくに安定しておりません」
『念のため確認しますが、捕獲自体はできたんですね?』
「ええ。聞きたいことがあるとのお話でしたけれど、その点お早めにまとめていただかないと本当に死にますのでどうかご了承お願いします。続いて神威さんどうぞ」
『指名制なんだ?』
神威さんが面食らった顔をした。
『えー、そうだな、半分くらいシンスケたちに言ったことと重複するんだけど。春雨第二・第三・第四こっちに寝返り。第一・第九・第十は俺たちで壊滅なり投降なりってトコだね。死傷者数は……阿伏兎』
『あいよ。つっても細かい数まで数えられてねえが……ざっくり数百人、第二から第四と第一、第七、第九、第十までの総合人数と比較してざっと半分ってとこか。俺たちでぶつかった結果減ったのもあるしな。ンで華陀の動向は師団長たちの認識でも不明らしい……あァあとアレだ、これは第二から第四の師団長から聞き取った件だが。俺らを切った元老院のじいさんどもは、どうやら軒並み天導衆に潰されたらしいぜ。今の春雨は実質天導衆の支配下に置かれてて、華陀が中継役を取り持ってるとよ。やるねえ』
「やるねえじゃないんですけど……」
『阿伏兎のオキニのメガドライブだからサ』
『ヤもう違ェけど。さすがにあんな手に余るハードはオジサンも知ったこっちゃねンだけど』
『ともあれ
神威さんは軽快にとりまとめて投げた。
『俺らか? なんも思いつかねえよ』
銀さんが眉をひそめた。万事屋の方々は、神楽陛下関連の親子喧嘩・兄妹喧嘩のために介入したことを踏まえると、報告事項として思いつかなくとも無理はない。
『辰馬先やって』
『わしか。快援隊は現将軍様から頂戴した部下と春雨・奈落との交戦で減った部下でまあトントンやき。……あくまでも
『その点で言えば攘夷党も似たような状態だ。ただ第四師団に関しては師団長を下した時点で投降されたのでそれほど被害を増やした覚えはない。逆に、奈落の数は大幅に減らしたつもりだが……』
『ア、
神楽陛下が父君たる
『腕一本? それは——』
『残念ながらあのプラナリア、腕一本からでも全身再生しやがったんでまるでおじゃんだがな』
『逆に言えば、腕一本も残さず余さず消し飛べるようにすりゃなんとかなる、という点じゃ光明と言えるかもな。……アルタナ由来の能力を持つ生命体は、それが不死であれなんであれ、あくまでも自星のアルタナに由来している。他星のアルタナじゃあ補えねえ。万一取り込もうとすりゃ、膨大なエネルギー同士の衝突だ。アレルギー反応よりドデカい衝撃が返ってきて自滅するわけさ』
佐々木さんが眼鏡の縁を抑えた。
『……ふむ。……なるほど、では地球側は真選組から報告を』
『オイ主催。……ハァ、まあ地方巡回は万事上手くいっている、とは言い難いところがある』
副長殿は淡々と現状報告を述べながらも、肌をしきりに擦っている。手首には白いシールのようなものが貼り付けられていた。
……もしかしてニコチンパッチかしら?
『華陀が〝義勇兵〟だのと言いだしてたのはどうやら法螺じゃあねえな。特に百姓・商人連中が取り込まれてる』
『単純な兵数と物資調達が抑えられている、と判別すべきでしょうね』
『加えて天人襲来以後、幕府に見放されてきた被害者、とも言い換えるべきだろうな』
局長殿が補足のように口を出し、腕を組んだ。
『農地は戦火に巻かれて補填もなし、商売分野は新興勢力かつ圧倒的地力を持つ天人に食いつくされて、なすすべなく追いやられる。それでもなんとか食いつないできた身からすりゃあ、幕府に恨みつらみを募らせるのも仕方ねえ。問題はそのお題目なんだが——』
『一言でまとめるなら〝尊王討幕派〟だ』
……討幕は当然、そうだろう。
加えて尊王、と、いうことは。
「征夷大将軍および幕府に渡された実権をいざ天子様にお返しせん、か?」
兄上がつぶやいた。
「宮内庁は実質的に天導衆に支配されているとの認識でしたがな」
武市さんも眉をひそめる。
『内部事情を知らない民草からしてみれば、少なくとも権力者は挿げ替えられる。故宗弾薬殿が功績と同等に悪名高いことに加えて、現将軍が各地で狼藉を行なったことも拍車をかけたんだろうさ』
ディスプレイ右上に映る万事屋・攘夷党・快援隊・withエイリアンバスターたちの視線が、いずれも画角外のある一点に向けられていた。……まあ、反省なさっているならそれがよろしいかと存じますよ、わたしとしては。
『真選組はもともと浪士の寄せ集め、かつ幕府内で真っ先に反乱を起こしたって意味じゃあ評価が高いこと……もあるが、まず茂々公時代、つまり実質的に定々の犬だった時代が長いだろってことで煙たがられる場合が体感多い』
『第一俺らの市井の評判ってやることなすこと乱暴狼藉お騒がせチンピラ警察ですからねィ』
『よお真選組損害額ランキング第一位野郎』
『一番隊隊長だけにってとこでさァ』
『胸を張るな胸を。ミツバ』
『ンー。そうね。もうちょっと腕白を抑えられたらよかったのかしら』
『姉上まで!?』
愕然とした顔をされても困る。
『私は、兄上様が助力を仰ごうとした方々と改めてお会いして、真選組の方々とは別の経路で各地を巡り、支援を募りました』
続いてそよ姫が口を開いた。
『ただ成果としては……ごめんなさい、正直あんまり、という状態ですね』
『……将ちゃんが暗殺されたことがもっとも痛手だな』
『先程ご指摘された通り、私が頼りない見目をしていることもひとつの理由ではあると思います。……頑張りますけれども!』
『ヒカリ』
「……ハイハイ、わたしが大人げのうございました」
小太郎さんにやさしく咎められ、わたしはいよいよやさぐれた。
『あ、ああいえ、あの、事実ですもの。ヒカリさんの口調が厳しい際はたいてい、こちらを慮ってくださっているときですし』
「今の気分は?」
「追い打ちをかけられているな、と思っております」
『どうして……?』
一回り近く年下の少女にフォローされる心境いかが?
だめに決まっていますが。
セルフ自問自答の間にも『さてまあ……』進行役の佐々木さんは話を進める。
『皆さん、ご報告がてらのアイスブレイクも終えたようですし』
『報告とアイスブレイクを兼ねるな』
『約一名身体を張って場の緩和に貢献してくださった方もいましたし』
「佐々木さんもしかして怒ってます? どこから謝るべきかしらわたし」
「心当たりが複数あンのか愚妹」
「エン」
『大トリとして私が報告の最後を締め括りましょうか』
佐々木さんはすべての喧騒を涼やかな顔で無視した。
『ちなみに、皆さん朗報と悲報と絶望のどれから聞きたいですか』
『コイツ今絶望っつったか?』
銀さんが鋭く指摘した。
わたしにもそう聞こえましたね。
「……様式美として朗報からお願いできます?」
話が進まないので仕方なく提案すると『わかりました』佐々木さんは頷いた。
『朗報はありません』
「ねえのかよ」
兄上がげんなりとぼやく。
『そこになければないですね』
「どうして候補に並べたんですか……?」
『アナタ風に言わせれば、様式美かと。ともあれこのように朗報がないので悲報から始めます。天導衆の前身がじつのところアルタナ保全協会であり、各惑星のアルタナの管理権限を握っていて、地球に訪れたことも元を正せば〝龍脈〟もとい手つかずのアルタナの源泉が存在していたからであることは皆さん共有されている単なる前提知識ですね。一応おさらいしておきましょう』
『……それ俺ら知らないんだけどー……?』
『知らない方は今知ったとして。おさらいの価値がありましたね』
おそるおそるといった仕草で挙手した局長殿を佐々木さんは華麗に切り捨てた。
せめてこの会合を設ける前に、最低限の事前情報までは共有しておいてほしいところでしたが。
『簡潔に。星間文明天導衆配下、主要惑星うち五つのアルタナが暴走しました』
佐々木さんはさらりと言った。
意味を咀嚼する。
「……五つ?」
『はい。なんでも暴走直前には、各惑星のターミナルには何者かによる襲撃が行われたのだとか』
「……春雨が烙陽に派遣していた師団が第一、第二、第三、第四、第九、第十、神威さんが率いる第七は除外して残りが第五、第六、第八、第十一、第十二、の計五師団——」
『御明察』
佐々木さんがやる気なさげにわたしに拍手を贈った。
『一部監視システムに春雨団員と思わしき下手人たちの映像が記録されていました。ともあれ、各地で壊滅的被害が出たわけです。死傷者数は私も万から数えていません。数える必要がなくなったので。各惑星の被害には、いずれもタイムラグがありました。今後も続くとみていい』
聴衆にはもしかしたら要点を掴めていない方もいるかもしれない。それでも明らかに不穏な情報に、誰もが表情を引き締めていた。佐々木さんだけがごく淡々と話を続けている。
『ターミナルが失われたということは、転じて、アルタナの管理権限が惑星現地民に戻ったと言い換えられます。星間文明は突然の天導衆の御乱心に恐怖し、やがて自分たちに反撃能力が与えられたことに気付くはず。各惑星の生き残りおよび現在
『今天導衆がもっともご執心の
副長殿が顔をゆがめる。
『その通り』
簡潔な首肯。
『つまるところ、烙陽に逃げ込んだ鬼兵隊や第七師団の掃討は、虚による陽動作戦だった。手段までは判別できませんが……手順としてはこうです。天導衆が持ち合わせていた各地のアルタナ管理権限〝鍵〟を、虚はなんらかの方法で奪取していた。そして烙陽の決戦を他の天導衆への目くらましに利用するため、自らと、もとより持ち合わせていた天照院奈落の勢力、また春雨の過半数とともに出張った。並行して、新しい手足である春雨たちのもう半分を鍵とともに各地へ派遣、アルタナの暴走を目論んだ。これを以て星間文明と地球の衝突を為さんとす。やれやれ。私が魔王ならあちらは邪神か』
佐々木さんは溜息をついて首を横に振った。
『で、ここまでが悲報です。次が絶望』
『これ以上の最悪情報があるかよ』
『ありますよ。もっとも私もその意味を理解したのはつい先だってのことですが——華陀の動きについて』
華陀の名前が出るたびにわたしはそろそろ胃がキリキリしてくる。
『春雨団員を派遣する一方、現女提督およびその忠実なる配下たる辰羅族たちは、各地のターミナル襲撃
ディスプレイに表示された各員の映像が縮小され、空いた部分に表示されたのは粗めの静止画像だ。辰羅族と思しき人影が三人、キラキラ輝く石を積んだリヤカーを引いている。三大傭兵部族が一角が土木作業に従事する絵面は、若干間が抜けているかもしれない。
『……石ころ?』
反応したのは
『そりゃまさか——』
『ハイ、各地のアルタナ結晶石です』
佐々木さんは先回りするかの如く、また首肯した。
『私としてはこの情報を入手した当初、アルタナの膨大なエネルギーを鑑みて、結晶石からエネルギーを抽出して転用できればまだ見ぬ兵器の開発もなんでもござれ——と思っていたんですがまァあなたがたの報告を聞くに毛色が違いますね。辰羅族はもとより数と連携を主軸とした集団戦術を得意とし、それはつまり組織立った行動が得意であることを示す。華陀は春雨および天導衆のバックアップを有していて、虚が烙陽を去ってから一週間。それすなわち、他星のアルタナ結晶石が不老不死に齎す危害を把握した上で、天導衆もといアルタナ保全協会が独自に抱え込んでいたアルタナに関する知識と辰羅族の人海戦術を駆使して、星間文明における主要なアルタナ結晶石を採り尽くすには充分過ぎる期間を示します』
『おい、おいおいそら……ねえだろ』
『もちろんアルタナ結晶石が一時取り尽くされたからといって、今後時間経過で復活する可能性はあるでしょう。問題は、宇宙中のアルタナ結晶石が充分に育まれてそれを各員で採集する期間よりも、天導衆ひいては地球に星間文明の反乱が訪れる猶予の方が、ずっと短いことが予想できる、という点です。結論として——』
とうとうわたしは食欲がなくなり、丼の中に匙を置いた。
『——虚への対抗手段が消滅しました。絶望で合ってるでしょ』
そのまま頭を抱えた。丼をそっと除けて机に突っ伏す。
過去のわたしの愚かな過ちについては暗殺失敗から始まって道中散々痛感しておりました、が、それにしても巡り巡ってこうなるとは誰も思わなくない?
「ざ——斬首で許されますか」
「てめえはすぐに命で贖おうとするのをやめろ」
「あなたにだけは言われたくない……」
わたしの後頭部にガスッと音を立てて手刀が落とされた。
『と、まあ絶望に一回叩き落としたところで、本題に移りましょう』
佐々木さんはしらっとした口調を崩さない。
『ヒカリさんに任されていた華陀の始末方法とついでのボランティアで考えついた虚の始末方法、どちらから聞きたいですか?』
『異三郎、頼んだ本人が前座で潰れてる』
『ウーン困りましたね……』
「……困りましたね、ではないですけど、ええと、なんでしょう? なんでしょうっていうか何がどうなっているんでしょう?」
わたしはなんとか這い上がり直した。絶望ついでにぬるっとありえないこと言われた気がする。気のせい?
『……幕府にまるで悟られずにクーデター起こしただけあんの?』
『知らねえ。エリート様ってみんなこうなのか』
『この地球人、虚の戦いっぷり見たことねえから法螺吹いてるだけとかじゃねえの……?』
ディスプレイを振り仰ぐと大なり小なりだいたいみんなドン引きしてた。わたしの聞き間違いじゃないみたいだ。
いつもののぺっとした面長のお顔が『そうですね』考える素振りを見せる。
『とりあえず朧と話ができる環境をお願いできますか』
「先に仰っていた確認事項でしょうか」
『それです』
「海原」
兄上の指示が飛ぶ。
「ハーイハイハイちょい待ってくださいね。ンー。どうしよっかな。脇の診療室に通信持ってくる方が確実? ぶっちゃけなるべく動かしたくないんですよね」
「海原殿、診察室はいかがか。内視鏡画像表示用のディスプレイがあったと記憶しておりますがあれに映し出せばどうにかなるかと」
「ああたしかにね、そうなると配置がァ〜そうだな人手ください僕じゃさすがに動かせない」
「医療機器のそばとなるとマイクは有線の方が良いか。USBで繋いで良いなら拙者の手持ちを出すが」
「スピーカーはまァ船内放送で代用できるッスよね。ちょっといじってきます」
「てか今更だけどディスプレイ映せんの? 患者のプライバシー保護重視で内部ネットワークからも切り出してるけど」
「中田さん」
「ウースエンジニア班生き残り集合〜」
各員立ち上がる。わたしは残っていた雑炊をガッと掻っ込んで(行儀が悪いし消化にも悪い)腹に収めると、すべての完食済みの食器を食洗機に叩き込んでから皆様のところへ駆けた。
➤
『……そういえば、前に屯所でカツ丼を出した時もヒカリさんは完食してたな』
『あいついかにも〝早食いだなんて……下々は無作法なこと……〟とか言い出しそうな顔で食い意地張ってるからね。なんならわりとなんでも食うからイナゴの佃煮も食う』
『ヒカリはもとよりカエルの姿煮くらいなら平然と食べるぞ。まあ適切に調理されていれば良いというだけで、たとえば衛生管理されていない鳥刺しなどは嫌がるが』
『鳥刺しアレだっけ。チビ兄妹揃って嫌がるからなんかあるなと思ってしゃーなし食わずに店出たら、次の日カンピロバクターで岡っ引き来てたやつ』
『そうそれ。今なら保健所の仕事なのだろうな』
『高杉のやつはやたら食中毒の気配に敏感と思うちょったが、妹ちゃんもそうなんか』
『いやァねなんだろね。鼻が利くってほどでもねえのに悪くなったモン見分けんのはガキの頃から得意だった』
『お家柄聞いとると悪いモン出たこともなさそうなもんじゃが。妙な遺伝やき』
『カエルの姿煮って美味いのソレ』
『うむ、食感は鶏肉やふぐ肉に似ている。ただやはり体躯が小さいので食いではあまりない』
『なーんだ、ならいいや』
『ところで画角外で
『カエル……を……?』
『画角内でもドン引きしてるやついるな。エリート様は食わねえのか……食わなそう』
『異三郎は汚れ仕事は積極的に引き受けても、物理的に汚れる文化はあんまり知らないから……』
『そういう問題なんですかね? アでもカエルじゃありませんけど、ウチたしか父上がマムシ酒漬けてましたよ。姉上どこ仕舞ったんだろ。処分しちゃったかな』
『マムシ酒ならあったぞ。二階の押入の天袋に片付けてあった』
『へーそうだったんですねこのひと僕より僕の家の収納に詳しいなァ……』
『マムシ酒なんアル? お酒?』
『まあ酒だな。マムシって毒蛇がいんだけどそれを生きたままこう、漬けんのよ』
『コブラならもっと美味くなるアル?』
『銀さんよく知らないけどそういう仕組みじゃないと思う』
『コブラ酒は存在するぞ。以前船長バイトしちょった頃に献上されたき』
『アンタが船長バイトしてた頃ってそれ献上よかみかじめ……いや、なんでもないです。なんでもないよ。無言で手ェ振りかぶるのやめてくんない。わかったもうなんも言わないから俺ねえオイ辰馬ァ手綱ァ!!!』
『わしゃ副官には逆らえんぜよ』
『艦長ォ!?』
『マムシ酒には精力増強の噂もあってなあ、俺ァいずれお妙さんと飲ッゴパァ』
『近藤さんが本ッ当にごめんなさいね』
『ああいえまあ反省してくれるなら大丈夫ですよ反省しない気はするけど、ミツバさん、ミツバさんあのむしろ近藤さんヤバい顔色ンなってますけど大丈夫ですか』
『マ近藤さんの頑丈さなら一回死ぬくらいならギリギリ大丈夫でィ』
『あなたたちの局長って一回死んでも死なないの?』
『……いや普通に死ぬが? ……ミツバ? 殺す前に止めてくれるか?』
『善処します』
『善処じゃなくてな?』
『や、やっぱり民草に寄り添うにはそういうところからチャレンジすべきなのでしょうか……』
『良い子だからコイツらの言うこと真に受けるのはやめような。松平のオジサンとの約束だ』
『アンタらに緊張感を求めるべきじゃあねえんだな』
『俺はオロチで酒を漬けるべきだった……!?』
『鬼兵隊早く戻ってこい俺だけじゃあ荷が重い。普段から団長の世話で手一杯なんだよこっちはよォ』
『ナニ?』
『なんでもー!?』
➤
ディスプレイを繋げてマイクのスイッチを入れ、スピーカーを接続する。
パッと点灯したディスプレイ、右上の映像内には何故か銀さんが室内灯から吊り下げられており、左上区画では局長殿が泡を吹いていた。
……これ触れなくてもいいですか? 触れたくないんですけど。
『あっ帰ってきた。イナゴの佃煮ってどのくらい美味いの』
右下の映像内では神威さんが身を乗り出す。
「あなたがたわたしたちが準備している間にグルメ談義で盛り上がっていらっしゃったの?」
『え? 違うよゲテモノ談義』
「……真っ当に食えるモンをゲテモノとは言わねえだろ」
「イナゴの佃煮については、まァ順当に佃煮の味がしますから、美味しいですよ。ただ神威さんには量が足りないかもしれませんね」
『地球ってモノ美味いのはいいんだけどサイズの品種改良の努力を怠ってない?』
「と仰られましても、イナゴは種類によっては雑食なので慎重に扱わないとちょっとこっちが危険になるかも……」
『さすがにゴキブリ五郎の二の舞はイヤすぎる。てか銀さん何遊んでんですか』
『メガネくんにはコレが遊んでるように見えるの。馬鹿には見えない服ならぬ童貞には見えないイジメか』
『わかりました放置でいいですか』
『ごめんなさァい! 頼むから下ろしてェ!』
喚くディスプレイを眺めて、つぶやく。
「貴様らは漫才を見せに来たのか?」
「否定できない状況にござるな」
河上さんが頷いた。
『漫才ではありません。話を戻しましょう。戻します。いいですね』
『佐々木のやつ、顔色が青いを通り越して白くなってないか。エリートとは軟弱がセットなのだな……』
『言い返したいものの私はエリートなのでぐっと堪えます。ええ、エリートなので』
『言い返せないの間違いネ』
『神楽ちゃん、あんまりいじめないであげて』
『いいケドそよちゃんたぶんそれ逆にトドメヨ』
『あ、近藤さんも起こさないと』
『姉上の煎餅口に突っ込んだらゴリラだって誰だって起きやすよ。はいドーン』
『アアア!?』
『……ケツに突っ込まねえだけましか』
色濃い隈を飼った男は、ディスプレイ越しのぎゃあぎゃあわいわいとした喧騒を半眼で眺めていた。
「漫才以外のなんなんだ?」
「アイツらがフリーダムなのが悪いッス! 私たちこんな間抜けじゃない……!!」
また子さんが歯ぎしりする。
『……え? 俺が言うのもなんだけどアンタらどっこいどっこい』
『団長頼むから、三百円あげるから一旦黙ってような。もうこれ以上ややこしくするといよいよ話進まないからな』
そうですね。
今井さんは墨色の瞳でじっと注視する素振りを見せていた。
『……本当に生きてたのね、朧。てっきりあなたは、捕らえられるくらいなら舌でも噛んで死ぬかと思ったけれど。……死ねないから?』
「まァ舌を噛んだところでふつう即死とはいかないから、モニタリングしてる僕がすっ飛んできて処置して終わりだけども」
海原さんが補足を入れる。
「……それで? くだらん話をするために死人同然の捕虜を叩き起こしたのか」
『まさか。——天照院奈落十四代目首領:朧殿』
おふざけの時間はおしまい。
ディスプレイ越しの天神殿はスッと目つきを変えた。
『現状把握している情報から並べましょう。天照院奈落とは、もとは朝廷の管轄下にあった暗殺組織である。当該組織の初代から十三代目まで務め続けた:虚、あるいは吉田松陽は、アルタナの力を以てして不死に至った〝人間〟である。吉田松陽の処刑後に蘇生したことで、彼の特異な体質が天導衆および天照院奈落全体に発覚した。自らの体質を交渉材料として天導衆に交渉し、その一員に加わった。そして今や天導衆全体の実権を握っている。ここまでの説明は、アナタの認識と相違ありませんか?』
否定は返らない。
『あの野郎はそもそも、こんな大規模なこと為出かして、何がしたいんだろうな』
『ただ長い人生を終えたいだけなら、宇宙へ脱出してアルタナが尽きるまで放浪すればいい。地球を破壊したいだけだとしても、全宇宙を巻き込む必要がねえだろうに』
『おそらく彼の目的は自らへ死を齎すこと——の他、すべての生物への復讐があるのでしょう』
『復讐?』
『不老不死の人間の生き様が、あまり良い人生だったとは思いがたい。天導衆とてその体質を望んだように。世界を巻き込んだ心中については幾人か心当たりがあるでしょう』
「ハ、自己紹介か?」
『お互いにね』
「……刺し合って話の腰を折るのがお好き? ねえ兄上」
静かに尋ねると、兄上が舌打ちをこぼした。
『続けましょう。天照院奈落について』
佐々木さんが話を戻す。
『天照院奈落は開国当初より天導衆と幕府の橋渡しとして暗躍し、幕府および我が国に対する現地監視役としても機能した。これもまた事実ですね?』
否定は返らない。
『天照院奈落は稚児に相当する年齢の子どもを拾い、あるいは攫い、構成員として養育する技術・文化が培われていた。そしてこれは天照院奈落創立から数百年続けられていた習慣であり、十三代目の時代に一時期途絶えていたが、首領の失踪から然程も経たずに復活した。そしてこの一連の流れには十四代目首領たるあなたは関わっていない。この認識は相違ないでしょうか』
「骸か」
『今井・信女』
今井さんは語気強めに訂正を入れた。
『相違点がありますか』
「……」
やはり否定は返らない。
『続けます。天照院奈落が創られたが五百年前。その初代から十三代までの首領がすべて同一人物の虚だったと聞いています。五百年前時点で首領として振る舞えるだけの実力を擁していた——彼はそれ以前から、不老不死の体質を以て生きていたと考えられます。もしかしたら千年以上も』
否定は返らない。
佐々木さんはふと呼吸を入れて『さて』と続けた。
『ここまで朧は一度も否定を入れなかった。つまり我々が把握している内容と奈落の状況には然程の大差がない——となるといくつか疑問が並びますね、武市さん』
「私ですか」
唐突に振られた武市さんが、言うわりに動揺した様子もなく腕を組んだ。
「まァ考えつきますな。まずひとつ。これは鬼兵隊でも議題に上がっていた件ですが……
近場では、定々公暗殺の頃に一度俎上に上がった議題である。
「時系列としては①天人襲来および天導衆の天照院奈落への接触、②天照院奈落を通じた天導衆の江戸幕府への開国交渉と陥落、③十三代目天照院奈落首領:虚の失踪、④〝吉田松陽〟の発見と寛政の大獄に託つけた収容、⑤〝吉田松陽〟の処刑と虚の不死性の発覚、という順になりましょう。どう考えても、天導衆が天照院奈落に接触したのはアルタナ変異体の不死生物が発覚するより
武市さんが今挙げていらっしゃったうち、①から③が第一次攘夷戦争前後、④と⑤が第二次攘夷戦争前後に当たる。多少順番が間違っていたとて武市さんが指摘する要点は変わりない。
「ふたつ、子どもとはすなわち小さくか弱き体躯に将来性あふれる奇跡のような存在でッ」
河上さんが三味線の胴掛を振りかぶって武市さんの後頭部を殴りつけた。
「身内が失敬」
ディスプレイの中で何名かが明らかに引いた顔をなさっている。なんなら何名かは年下をかばうような素振りまで見せていた。筆頭は万事屋の御方々だ。
妥当な反応かと存じます。
「万斉先輩に速さで負けた、私早撃ちなのに」
「ご安心を。万一のときは、皆様のお手を煩わせる必要なくわたしが首を落とします」
「よ、よってたかって……」
「武市、俺ァその悪癖まで知った上でてめえを買ってるがな。このじゃじゃ馬に胴体泣き別れにされたくなけりゃせめて状況ぐらいは選べよ」
「気を取り直しましょう」
冷や汗を流した武市さんは、ごほんとわざとらしく咳払いを入れた。
「まァつまりは——子ども、特に幼子は小さく弱くもろい。以前の今井殿の話を踏まえると、訓練開始が数え七つの頃でしたか」
今井さんは若干の警戒を眼差しに滲ませながら(うちの参謀が誠にすみません……)慎重な様子で頷いた。
「となると第一次成長期が終わって一年か二年、加えて奈落に身柄を確保されたのはさらにその数年前でしょう。ようやく寺子屋に通い始める齢、覚えが早い子でもせいぜいが字の読み書きを覚え始めたころ。成長期が落ち着いて多少安定したからといって、まだ身体も変化しやすく、体調も崩しやすい時期です。親を求める童心を忠誠心にすり替えるメリットを差し引いても、育成コストの方が断然に重い」
武市さんはさっぱりと断じた。
「それこそ十代頃の、身体は出来上がっているが精神的支柱を欠いた少年少女を中心に、拐かして洗脳する方が簡単な上に安定していましょうな」
『暗殺術の仕込みには小さい頃からの鍛錬が必要だった、とか? 毒耐性とかありがちだろ?』
「毒耐性の訓練は繊細な加減を必要とするので量産には向きません。易々できるならば鬼兵隊でも取り入れています」
神威さんの提案に、武市さんは首を横に振る。
「たとえば伊賀忍者のように、一族一丸で相伝する想定ならばやりようもありましょう。近親の血の濃さを避けるために外部の血を取り入れるにしても、ある程度予め血筋が絞られるなら、体質も判明している点が多い。しかし天照院奈落は孤児や人売りの商品もおそらく素体としている。シンプルに、コスパが悪いんですよ」
『まったくもってその通り。しかし彼らはそうしていた、しかも
佐々木さんが続けた。
『虚という男、信女さんが言うには不老不死だけでなく、身体能力も格闘技術も桁外れの人間だそうじゃないですか。多勢に無勢以前の問題、軍隊と対峙させても失敗する確率がコンマを切るような戦闘能力。コレもう部下いりませんよね。
……わたしは頬に手を当てた。思索にふけるときの癖であることは自覚している。なるほど、と内心思う。
よくよく考えなくとも天照院奈落という組織は矛盾の塊だ。一騎当千を実現する人間としてたとえばわたしは兄弟子たちを知っている。けれど、彼らは束になってもたぶん未だに〝先生〟ひとりに敵わない。単純な手数の問題だろうか? ……なにをも凌駕する実力でなお困ることがあるとすれば複数箇所での同時多発的な遂行だが、暗殺にそのような場面は起こり得ないだろう。
『さて最後。地球上どころか宇宙見渡しても敵うものなしといった様相の虚ですが、では五百年前はどうだったのか、というとおそらく大差がないのでしょう。かの徳川家康公が征夷大将軍の座を賜り、 江戸幕府を開いたのが今から約二五〇年前。さらにそこからざっと二五〇年ぶん、となると足利将軍家三代目が征夷大将軍に就任した頃合い。彼の数十年後に南北朝合一が行われた背景には、もしかしかすれば、虚を介した朝廷の暗躍もあったのやもしれませんね。さてここで根本的な疑問を呈しましょう』
佐々木さんが指を立てた。
『では虚がそもそも朝廷に従った理由は
アルタナを生命力に変換する埒外の生き物。単体で完結する不死の化け物。我々が〝先生〟と呼び慕った人間。
朝廷に従う必要がない。組織を作る意味がない。幼子を使う理由がない。
天照院奈落という烏の集い(あるいは、烏合の衆)を利用した天導衆。アルタナ保全協会。地球という惑星で荒事に慣れている現地民組織、というだけなら伊賀忍者がいた。表社会にもある程度知れた組織を挙げるならやくざもいた。
天照院奈落を選ぶ妥当性がない。
依然として噛み合わない情報ばかりが混在していた。
『ここに一本、補助線を引きましょう。鍵は〝朝廷〟にあります』
佐々木さんは立てた指で空を切った。
『少なくともこの時点でひとつめの疑問は解消できます。天導衆が〝最初〟に接触したのは江戸幕府ではなく——宮内庁、ないしは天子:帝であった。とすれば江戸幕府よりも先に天照院奈落に接触した点に説明がつきます。要するに〝知己の紹介〟ってやつですね』
と、言われたらわたしもようやく思い当たる。
「……以前仰っていた〝天導衆の接触は逆〟って、もしやそれを指していましたか?」
ふたたびやる気なさげな拍手を贈られた。
その場で気づいた様子だった武市さんとほとんど同じ情報を持っていたはずなのに、ほぼ正解まで出されてから気づいたわたし。我が鬼兵隊誇る参謀殿と比べて頭の回転がまるで遅い、という証明がこちらになります。
落ち込んでなんかない。
『まァ幕府体制下ではほとんど有名無実の権威であろうとも、天子とは我が国の象徴だ。実質的に天導衆に取り込まれている現状を踏まえて、そもそも天導衆がはじめに接触した対象がそちらであったとしても違和感はない、が……』
小太郎さんは眉を寄せる。
『……まさかとは思うが、今まで並べたすべてを〝朝廷だから〟で片付ける気はないだろうな?』
『それこそまさか。謎解きにはあまりにお粗末だ。もっとも、結論としてそう遠くはありませんがね』
さながら名探偵を気取った天神殿は肩をすくめてみせた。
『虚が朝廷に従うには、従うだけの理由があった。天照院奈落が組織として成立した経緯には理由があった。幼子を使うに足る理由があった。うち後者二つはおそらく結果論です。幼子が必要だったから使った。外に出せないから用途が終われば暗殺者に転用した。結果として暗殺組織と呼ばれるまでに至った——』
『佐々木。話が見えねえぞ』
『そう焦らずに松平殿。見えるようにします。回りくどいことは自覚していますよ、なにせ説明すべきことが多過ぎる』
裏稼業で足抜けを厭うのはありがちなことだ。法や人倫に反した後ろ暗い振る舞いばかりを行うのだから、それらの証拠を持って奉行所にでも駆け込まれてしまうと一発で様々なことが終わる。そうでなくとも門外不出の機密事項を無闇矢鱈と外部に広めることをおそれ、構成員の死以外の離脱を許さない組織は数多にある。
……しかし幼子を利用する必要があった、とはどういうことだろうか。思いつく範囲では児童ポルノといった具合だが、どうもそのような口振りには感じられない。
『従うだけの理由があった、この点から解き明かしていきましょう。虚の望み——長年の悲願とまで語った部分、不老不死を終わらせる方法。一時期市井に紛れ込んで人々と変わらぬ生活を送っていたことを踏まえると、もしかしたら、五百年前はもう少しましだったのかもしれませんね。最低限定命に至ることを望んでいたのやもしれない。世の中はギブ・アンド・テイク、朝廷に従ったのであればそれはつまり当時の朝廷はアルタナ生命体を終わらせる方法、ないしは希望を提示できた可能性が高い』
『天導衆でさえ初見の事例を?
『天導衆が地球に訪れたのは二十数年前ですが、朝廷が我が国に根ざしたのは記紀を信じるなら二千年以上は前の話ですよ』
陸奥さんは口を閉ざした。
『我が国で〝龍脈〟と呼ばれていたアルタナは、現在主要な源泉たる黄龍門上部に建てられたターミナルから吸い上げられ、エネルギーに転換され、各惑星間転送や地方への動力供給にも利用されている。では天人襲来以前はどうだったかというと……狗神を祀る巫覡一族が龍脈の乱れを管理し、統制し、守護していました』
『……オカルトか?』
『いやこれはただの事実』
副長殿の疑問を何故か銀さんが否定した。
『〝人智〟を超えた現象を祀り上げ、信仰するなど今に始まったことではありません。たとえば空を奔る雷を神の怒りと称したように。猛威を揮う感染症を祟りと名付けたように。同様に、自分の知識の範疇に照らし合わせて、理解しがたいものを〝オカルト〟とレッテルを貼ることはごく容易い。それがじつのところ秩序だっていて、連綿と積み重ねられてきた知見をもとに明確な手順が確立されていたとしても、知らなければ理解不能な謎の儀式に過ぎない』
『うるせえな悪かったよ』
『責めるつもりはありません。私も頭が硬い方だ、ここまで生き残りでもしなければ、似たような反応を返していたでしょう』
皮肉なのか自嘲なのか単なる事実を述べているだけなのか、佐々木さんの表情からは判別しがたいところがある。
『レッテルの種類は多種多様です。あるいは忌子と呼ばれたり、鬼と呼ばれたり、もしかしたら神と呼ばれたりもしたかもしれません。魏志倭人伝の卑弥呼については諸説ありますが、記述されるような神秘的能力が人々を集め、指導者の位置に立たせたことも事実でしょう。
背筋に寒気が走った。
「……佐々木さん、あんまり笑えないタイプの都市伝説に首を突っ込んでいらっしゃいますよ」
『現状の現実よりも都市伝説なこともそうはないでしょう。宇宙人は実在して、政府は腐りきっていて、星間文明を指揮する連合は乗っ取られ、不老不死の人間が死と星の破壊を望んでいる。間違いなくやりすぎ都市伝説です』
ブラックジョークでちょけられて『さてそんなやりすぎ都市伝説ですが』佐々木さんはやっぱり真顔のままである。
『高天原に坐す天照大御神の来孫:神倭磐余彦命が子孫が今代まで続く天子の家系。この場合〝神〟と呼ばれるものは何を指すでしょうね?』
「我らが母星地球には虚とは別にアルタナ変異体が存在していて、我が国の象徴として今も京に坐す帝は、アルタナ変異体の子孫だとでも?」
わたしは笑おうとして失敗した。
「記紀に厳密な信憑性がないことはエリート殿にはしれていることかと存じましたが、わたしの勘違いでしょうか」
『そうですね、厳密な信憑性はない。先に例に出した神倭磐余彦命も厳密に計算すれば一二七年は生きたことになる。まァ二千年以上も前の医療水準ではよほどの奇跡でも起きなければ実現不可能、
「……」
『さて、地球と不老不死と天子様、となればもうひとつ外せないものがありますね』
この場を完全に掌握した主催は節をつけるように謳った。
『——今は昔、竹取の翁といふものありけり』
これを書いていた頃に超かぐや姫が賑わっていて「タイムリー……」と思った記憶。