【完結】春去りて、春風は未だ   作:初弦

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神話も文学も経典もわからない。


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前略:

 ここは江戸時代SF人情コメディの世界、宇宙人も陰陽師も妖怪も幽霊も不老不死もいる。

 ではその世界にも存在する伝説や御伽噺って、何?

 

   ➤

 

  今は昔、竹取の翁といふものありけり。

  野山にまじりて竹を取りつゝ、よろずのことに使ひけり。

  名をば、讃岐造ととなむいひける。

 ——竹取物語。作者不明。原典成立時期は平安時代前期と推定される。我々から見て千年は前の物語であり、我が国において現存するうちでは最古の物語でもあった。

 あらすじは下記の通り。

 竹林およびそれを利用して生計を立てていた竹取の翁:讃岐造麿が、ある日光る竹を割る。すると中から赤ん坊が出てくる。讃岐造麿はこれを妻の嫗に預けて育てることを決めた。赤ん坊はたったの三月ほどですくすくと成長し、この世のものとも思えない美姫と成った。この美姫はなよ竹のかぐや姫と称される。

 依然として光る竹は竹やぶに現れ、これを斬ると金銀財宝が出てくる。讃岐造麿とその妻たる嫗は竹から出てきた財を用いて豊かになる。やがてかぐや姫の美貌を聞きつけて、貴族たちからも求婚者が現れるが、かぐや姫は彼らに無理難題を課して求婚を除けた。時の帝もまたかぐや姫に求婚を為すものの、次の十五夜には月から迎えが来るため応えられることはない、と明かされる。

 来たるその日、帝や讃岐造麿は手勢を用意して月の使者を迎え撃たんとした。しかし名だたる武士すらもなすすべなく無力化される。かぐや姫は餞別として不死の薬と手紙を渡し、使者にこの世の未練を絶つ羽衣を着せられて、月に帰った。

 讃岐造麿や嫗はかぐや姫が去ってしまったことを嘆き悲しみ、帝もまた、姫のいない世に不死は不要と詠った。せめて月に帰ったかぐや姫に届くようにと、地上でもっとも高い山で焚き捨てたことから、その山は不死の山と呼ばるるようになった——これが、のちの富士山。

 つまるところ。

「かぐや姫の物語は大乗経典に羽衣伝説と神仙思想と地方民話をちゃんぽんして煮詰めたが如き御伽噺ですけれど……?」

 わたしは呻いた。

『最低限の基礎は御存知のようで手間が省けます』

 しらっとした反応である。わたし一応大真面目に聞いているのよ、茶化さないでいただけませんか。

『ダイジョーキョーテン、てなにネ』

『そういやオメーはそうだわな。えェと、お釈迦様のありがてェ教えみたいなモン』

『オシャカサマはなにネ』

『神楽ちゃんって神様や仏様って言ってわかるんだっけ……?』

『てユかはごろもフーズとシンセンシャンソンショーもわかんないヨ』

『そりゃそうだよね』

『もう原型崩壊し始めてらァよ。つか逆にかぐや姫わかんのおまえ』

『片目言(ユ)ってたアル、月から降ってくる姫様?』

 わたしは思わず兄上を振り仰いだ。そういえばだいぶん前にそんなことを聞いたような気がする。

 兄上は天井を見上げて思案していた。

「……降っては来ねえな」

「ですから以前申し上げたじゃあございませんか」

「口に出した後に言われたところで……」

『……なんかさあ、いやまさかと思うけど? まさかとは思うけど低杉くん、まさかまさかだけどウチの子口説いてねえよな。俺てめーの部下が特殊性癖抱えてようが心底どーでもいいけどさあ、さすがに同門までロリコンはキチィわ』

『ァア゙ン、うちの神楽に粉かけようって?』

『シンスケ?』

「誰が口説くか姦しいガキなんぞ」

『こーんな美少女捕まえてナニ言うアル!?』

「弁明にしても失礼なこと仰らないでください兄上……」

 保護者1の疑いと保護者2の凄みと保護者ではないと言い張る誰かさんの脊髄反射的問いかけ、をすべて一蹴するための拒絶。

 ただただ神楽陛下だけが被害者である。

「銀さんも妙な疑惑かけないでくださいよ、兄上は単に常日頃の言動のたちが悪いだけです。ッすみません口が滑りました大変反省しておりますので無言でこめかみに指を添えるのやめていただけたりしませんかウワーッ人力万力ッ」

「いつもの……」

 いつもの扱いしないでほしい。

 というよりいつもの扱いしている暇があるならどなたか助けてくださったりはしないんですか。

 しないんですね。

『兄妹漫才は存分に開催していただくとして……ヒカリさんの指摘通り、竹取物語はたしかに我が国において現存する最古の物語でこそありますが、事実として中身は既存伝承の継ぎ接ぎですね』

 佐々木さんからの扱いがいよいよ雑になってきた。

 こめかみ圧迫から逃げ出し、わたしは兄上と距離を取るべく彼(﹅)の診療台を挟むかたちで回り込む。……絶賛捕虜兼病人から、呆れの眼差しを向けられている気配を、とても、感じる。

 ついでに通信端末が先程メッセージ受信を報せていたので視線を落とすと【ジンブなんちゃらとかタケモノトリって、なんだ?】と阿伏兎さんからメッセージが届いていた。

『たとえば舞台背景は平安貴族のそれに類似している一方で、五人の求婚者はそれぞれ持統天皇が在位していた時期の貴族らがモデルになったと考えられています。求婚者に与えられる要求はそれぞれ、当時の権威財や不老長寿、子孫繁栄と時の権力者が欲した象徴ばかり、無理難題を課して退ける過程はモデルとなった当時の権力者たちを揶揄した表現として解釈されることが多い。竹から赤子が出てくる物語は宝楼閣経等に例が見られ、富士山はもとより山岳信仰の対象でした』

 ディスプレイを仰ぎ直せば、神威さんなぞは既に露骨に飽きて耳をほじっている。たしかに先程怪訝げな反応をしたのは神楽陛下だけだったけれど、画面の端っこではどうやらその神楽陛下に加えて、陸奥さんと、どうやらいらっしゃったらしいエリザベスさんが、揃って坂本さんから説明を受けているようだった。

 中田さんの肩をついて端末を指し示し「……あ、はい、説明しろと。ウス」画角外に出して春雨各員に説明させることにした。

『竹取物語自体、幼子が短期間で美女に成長する点、求婚が殺到する点、十五夜を契機とする点、等々、全体的な流れが月上女経に酷似していることは学術界でも指摘されている通り。換骨奪胎にしても全体の大筋が近しいことを踏まえれば、どちらかといえばローカライズとみるべき——かもしれませんが、それでも原型と思しき経典と比較しても、明らかな差異があります』

 佐々木さんは我々の動きくらいは見えているはずだけれど、とりあえず地球人側への解説を優先するつもりのようだ。朗々とした説明は途切れない。

『たとえば、竹取物語のモデルとなったと思わしきいずれの逸話・民話・説話にも不死の薬を下賜するくだりは存在しません』

 ……不死。不死である。不死の妙薬。

 地球でも数多の人々が追い求めた欲望の象徴。脳味噌を引き抜き、水銀を飲み下し、そうまでして追い求めた夢の痕跡が点在している。

 今回の話の根幹だ。

『そもそも月上女経における月上女は、月から来た女人ではなく、菩薩の化身です。月上女という表現も〝月光の輝きよりも美しい女性〟という意図になります。最後もまた、月に帰るのではなく菩薩に戻るに過ぎない。転じて、竹取物語のかぐや姫に於いては月から来た——地球の外から来た異邦人という立ち位置を取らせた』

「あなたがローカライズと表現なさった通りではなくて?」

 指圧されたばかりのこめかみをわたしはこする。兄上に圧迫されたから、というだけではなく頭痛がする。可能性と検討が為した思考回路への負荷が、頭痛という形になって表出しているのだろう。

「いえ、佐々木さんが仰るからには、あなたにとっては明示的な根拠がおありなのでしょう。けれどあなたの話は先程から、文献同士を都合よく組み合わせただけの代物と化しています」

 結論ありきで資料を集め、仮定に仮定を重ねてそれらしい理屈をでっち上げるのはごくかんたんだ。恣意的な解釈は真実を遠ざけ、人々の目を曇らせる。星座を描いて絵画を言い張るよりも遠いかたちをしていた。

 普段ならばお好きにどうぞとでも放逐するところだけれど、問題は今がちゃんとしっかり地球(なんなら、宇宙)の危機で、我々は一応対策会議をしている点にある。

「百歩譲って、神武天皇の存在を根拠とこじつけるのはまだわからなくもありません。少なくとも子孫と思わしき方々、そのように定義されている方々が今もいらっしゃるもの。しかしそれ以上の御伽噺となると……たとえば、牛若丸や金太郎、桃太郎のように、ある程度実在人物とその逸話に基づいた物語ですらないのよ。非実在性で言えばそれこそ浦島太郎や鶴の恩返しぐらいに——」

『あ』

「——……なんですか」

 言葉を切った。天人勢の〝地球土着文化よくわかんない〟とはまた異なるメンバーが、しかも複数名、目を白黒させている。銀さんに志村さん、小太郎さんと、何故だか元長官殿まで。

『いや。……えー? ……オマエ知らねえの? 竜(﹅)宮(﹅)城(﹅)は(﹅)あ(﹅)る(﹅)ぞ(﹅)』

 わたしは一拍、沈黙した。

「……ご冗談を」

『冗談じゃあねえ』

 ちゃらんぽらん天然パーマ兄弟子だけならまだしも、松平公からも明確な否定が入った。

『そりゃとっつぁん、かぶき町のスナック竜宮城ってオチじゃあるめえな』

『そのスナックは知らねえが〝ガチ〟の竜宮城だ。星間文明の移動式超巨大妓楼。てめえらこそ仮にも警察だってのに知らねえのか』

『ま、まじで知らねえ……』

『ったく』

 狼狽える下部組織の面々に松平公が舌打ちをこぼす。

『とにかく、過去にも一度地球を訪問していたんだとよ。手習いなんざ昔のことすぎてろくに覚えちゃねえが……丹後国風土記の編纂が命じられたのが千年以上は前だから、それよりはもう百年は前らしい。ちょいと前まではもう一大都市国家ってな有様だったんだが、何故だか知らねえが再びの地球滞在中に江戸の住民を諸共ジジババにするテロを起こした挙句爆速でワクチン打っててんでばらばらに水没することンなってな』

『アそれやったの俺ら』

『はァ?』

『地球産ジジイとしてゲートボールの手本を見せてやったのさ』

 なんッにも話が入ってこない。

 鬼兵隊幹部方を振り返ると、武市さんには「聞き覚えがあるようなないようなあったとしても記憶の遥か彼方のような……」と返された。兄上は無言で肩をすくめてみせた。

 わたしが認識しておらず、この二人も把握していない案件となると、河上さんやまた子さんに尋ねたところで身のある回答が返ってきたためしがない。

「……三文程度で要約していただくことは可能でしょうか」

『竜宮城はあるし浦島太郎はいたし乙姫もいた。乙姫は天人で竜宮城は巨大な宇宙船で浦島太郎はコールドスリープ。あと喋る亀もいたしソイツも乙姫と同じ天人だった』

 ついでのように付け加えられる亀。

『そういえば亀梨殿は元気だろうか……』

『彼はなんだかんだで逞しくやってそうですけどね。今更だけどあの顔で亀梨を名乗るなよ……』

 亀梨自体は蝦夷の方、陸中や陸前(岩手や宮城付近)にしばしば見られる姓である。間違いなく顔で判別されるものではない。

 わたしはKAT-TUNには詳しくないので顔の品評は意見を差し控えます。もう解散したんだっけ……?

『たしかにあの事件の直近には、真選組と鬼兵隊の衝突がありましたか。となれば鬼兵隊も真選組も当時は揃って騒動の後始末に追われていて、竜宮城騒動をリアルタイムで把握する機会はなかったのでしょうね』

 得心した様子で佐々木さんが頷いた。つまりこの場には加害者と被害者が揃っているわけですね。

 提示された該当時期を考えると、わたしもまた寝込んでいたか、春雨との折衝(主に、来たる吉原監査のための下準備)で駆けずり回っていた頃だ。数ある報告の中に埋もれてろくに注視しなかった可能性もある。

『ええ、地球に伝わる何百年も前の御伽噺が実在していて、天人関係だった、という状況には既にれっきとした実例があるわけです。加えてそれだけとも言い切れない。そもそも星間文明自体、星間大戦の過程で戦争以前の貴重な史料が失われ、あるいは意図的に隠蔽されていることは有名な話ですが……。例として、たとえばあなたがたが先日まで滞在していた惑星:烙陽もそのように、ほとんど同じ名前の都市が地球には存在するでしょう』

 烙陽——ではなく洛陽は、かつては後漢王朝の首都であり、かの三国志にも登場する都市の名前だ。平安京を作る際には長安と洛陽城を例に見立てたことから、京都を〝洛〟と呼ぶ所以に至った。

 海を挟んで我々の隣国にあたる彼の国の政治的中心地は、その後北京のあたりに移行した。そのため今日び洛陽自体の政治的重要性は、過日と比較すれば相対的に薄れている。しかし現在も洛陽という都市自体は存続していて、今は清の河南府に含まれていたはずだ。

『烙陽は今や、かつての栄光見る影もない汚染惑星に他なりません。しかし翻って過去、環境汚染の経緯を考えれば、かの星の資源を巡って戦争が繰り広げられたほどには充実した環境だったこともまた明らかです。それこそ、地球の洛陽市が成立した時期——周の時代には、烙陽という星は星間文明において豊かな惑星として名を馳せていたことでしょう。かの星の名前と、地球でかつて権威を象徴した都市の名前が、ほとんど同一であるのは……知的生命体の発想の収斂、単なる偶然の符合と見るべきか。それとも地球四十六億年の歳月の中で、天導衆が来航して開国を迫ったそのときが地球に対する初(﹅)め(﹅)て(﹅)の宇宙人の干渉、と考えることこそが、我々の先入観による誤謬と見るべきか。アナタたちは果たして、どちらの方が妥当性が高いと考えますか』

 問いかけの形をしておきながら、佐々木さんが導いた結論は火を見るよりも明らかだった。

 返答を求めるつもりはないようで『話を戻しましょう。竹取物語です』と、すぐに修正を図る。

『既存の説話をベースに構築された我が国最古の物語。民間伝承が実のところ暗に史実を示したものである例には、それこそヒカリさんが先程引き合いに出したように、牛若丸に金太郎や桃太郎、枚挙に暇がありません。ここに浦島草子も加わるならば、竹取物語が加わったとしてなにかおかしなことがありましょうか? そもそもにして、地球における宇宙人の呼び名は誰が言い出したか天人(あまんと)、竹取物語における月からの使者は、原文にもある通り天人(てんにん)なのですから。——注目すべきは、ベースになった既存物語から引用されたであろう要素ではなく、竹取物語にのみ登場する要素になります』

 このタイミングで中田さんが戻ってきた。春雨勢にも最低限の前提情報が共有されたと考えるべきだろう。

『地球外からの来訪者、は先述の通り。ゆえに問題になるのは〝不死の薬〟です』

『フーン。なんだろーね。アルタナ生命体を粉にでもしたとか?』

 神威さんは結構不愉快そうだ。

『アルタナによる変異体の生命力が母星のアルタナに依存するなれば、都々逸よろしく焼いて粉にして酒で飲んだところで他惑星ではあまり効果がないものかと』

 佐々木さんは冷静に応じた。

『不死の薬。ないしは、不死の薬という隠喩を以て齎されたな(﹅)に(﹅)か(﹅)……〝かぐや姫〟あるいは〝天人(てんにん)〟が言う〝月〟がどこにあったものか、彼らがどこからなにを目的として訪れたものかはわかりませんが。ともあれ、情報不足極まりないことは確かです。と、いうわけで探しに行ってきました』

『探しに行っ……?』

『題して、富士山弾丸登山ツアー』

 佐々木さんが画面越しにピースサインを見せた。

「なんであいつギャルピースなんスか?」

 また子さんがぼそっとつぶやいた。理由は正直知らないけれど、佐々木さんが詳しくてもなんとなくあまり驚かない。

『山登りってリフレッシュにもつながるの。あなたたちも試したらどう』

『……てめーら、俺たちが必死こいて列島全国回ってる間に登山でリフレッシュしてたって?』

『うん』

 辟易とした一番隊隊長殿の問いに、今井さんはキッパリ頷いた。

『リフレッシュになったかどうかでいうとなりましたが』

『なったんじゃねえか』

『目的自体は、帝が不死の薬を焚かせたと言及されている山頂探しです。竹取物語の成立時期が平安時代前期、持統天皇時代の名前を用いていることも踏まえてもしかしたら出来事自体は奈良時代、富士山自体は何度か噴火活動が見られるので、宮様にもご協力いただいて文献を元に当時の標高と頂上を推定し、堆積した土砂から地形の変化を考えて……あとは、虱潰し』

 フィールドワークにしてもけっこう泥臭い。

『最終的に——今井さんが見つけました』

 先の春雨団員の行動の録画映像のごとく、別の映像が展開される。樹海だ。文脈を総合すると富士山麓のいずれかに存在するのだろう。どう見ても人間が立ち入った形跡がほとんどないくらい、鬱蒼としていて、足の踏み場もろくにない。リフレッシュを目的とする登山というよりは、ほぼほぼ遭難者捜索ぐらいでしかお目にかからないような登山だ。

 白い腕が伸ばされる。和装の白袖に、細身ながら筋肉のついた女性の腕、今井さんだと推定できる。……登山服だとかではなく普段着レベルの服装で、山登るどころか樹海入ったんですか? ありえないんですけれど。エリートってやっぱり都会人なんだという偏見を述べるべきか、その状態でも遭難せずに帰ってきているあたりはやっぱりエリートなんだとでも言うべきなのか、このひとたちが外れ値過ぎるのか、

 と。

 腕がなにもない宙空を掻いて。

 ——開(﹅)く(﹅)。

 眩しいほどの光が周囲に満ち溢れ——

『ゥワン!!!』

 ワイプの如く小さくなった画面のひとつで、定春さんが、吠えた。

 たしかにつまらなそうでこそあったけれど、ここまで大人しく邪魔することなく寝そべっていた大犬——が、突然の挙動である。全員が一瞬目を向けた。定春さんは周囲の人々や飼い主たちの戸惑いにも構わず、毛を逆立てて、グルルルと唸り声を上げている。

 直後映像は切れた。

『……。あの、なに? これ』

『突然カメラが壊れてなんならついてきた元見廻組隊員で直視したメンバーのうち何人かは一時言語能力を喪失したので、これ以上の撮影は断念しました』

『オカルト通り越して洒落怖じゃねえか!?』

 銀さんが引き攣った顔で喚いた。しがみつかれた神楽陛下と志村さんのほとんど耳元で叫んでいらっしゃるものだから、従業員の方々は揃ってだいぶ迷惑そうな表情をなさっている。

 飼い主に背中をピタッとつけるかたちでひっつかれた定春さんは、ふんすと黒い鼻を鳴らすと、また丸くなった。

『なにしてんの!? おまえらいったいなにを見つけてお披露目してくれちゃってんの!? 起きたこと要するにくねくねレベルだろ!? 2ちゃんのノリを令和の時代に持ち込んでんじゃねえよ!!!』

『もう5ちゃんねるだぞ』

「そもそも今の年号は慶応ってこと忘れてねえかあの天パ」

「揃いも揃ってメタ発言やめてください。今そこ論点じゃありませんよね」

 この兄弟子たち本当に心底めんどくさい。折られまくる話の腰にわたしは嘆息した。

『その後距離をとって休ませると回復できたのでご安心ください』

『安心かな〜。安心カナ〜???』

 ところで佐々木さんの説明中にぬるっと副長殿の姿が消えたな……と思っていると画角外に向かって『トシ、そこにマヨネーズ王国の入口はないぞ』局長殿が呼びかけていた。

 ……マヨネーズ王国って、何?

『黄龍門守護の巫女に見解を尋ねたところ、もっとも近い現象は龍穴内部の様相であると』

『阿音さんと百音さん、地球の危機で見解を聞かれてるんだ……大出世してる……』

『龍穴……?』

『龍穴は地表に現れる龍脈の出口、要するに地上に現れるアルタナの噴出孔になります。地球の龍穴はほとんどすべてが我が国の列島に集結しており、これを以て天導衆は我が国と交渉することを決めました。特に江戸中心部に存在した地球最大の龍穴は、今やターミナルに塞がれています。彼女たちも実物を目撃したのは幼い頃が最後であり、厳密には不確かとのことですが——マそれ以外のものとも思いがたい』

 先程の映像の最後の部分、画面一面の白い可視光がディスプレイに再度表示される。

『ともあれ、あれの奥底は先の映像のように可視できるほどのアルタナであふれ返っているそうで、行動可能であった面々でも外側から観察する他ありませんでした。普通の人間が立ち入ったが最後、惑星の生命エネルギーに灼かれて跡形もなくな(﹅)く(﹅)な(﹅)る(﹅)そうです』

『で・し・ょ・う・ね。さっきのポリゴンショックみたいな画面の焼き方だったぜ。焼夷弾と張るね』

『ポリゴンショックって焼夷弾と比較できるものなんですか』

『で、これなんですが。まず見つけたのが信女さんでした。というより——』

『知っていたの。私は、来(﹅)た(﹅)こ(﹅)と(﹅)が(﹅)あ(﹅)っ(﹅)た(﹅)か(﹅)ら(﹅)』

 彼(﹅)を見遣ると、色素の抜けた眉がゆっくりと寄った。……どうやら知らないらしい。

『幼い頃のことだからほとんど覚えてないけれど。……それこそ、奈落に拾われてからのことだった。八咫烏に手を引かれたのだもの。開けて——入った気がする。そのときは』

『……ちょっ、と待て』

 画角外に消えていた副長殿が這うように帰ってきた。

『さっき〝普通の人間が立ち入ったが最後、星の生命力に灼かれて跡形もなくな(﹅)く(﹅)な(﹅)る(﹅)〟って話じゃなかったか』

『その通り』

 佐々木さんは頷いた。

『そして皆さんそろそろお忘れかもしれませんが、これを以てようやく、初めの方の問題提起に戻ります。つまり〝天照院奈落が幼子を必要とした〟理由〝天照院奈落が組織として成り立つに至った〟理由、その回答——地球のアルタナへ、干渉を試みるためです』

 閃光のごとき白いきらめきが依然としてディスプレイに表示されている。あれが——アルタナ。〝先生〟を生き永らえさせ、〝先生〟を終わらない生命に捕らえているエネルギーの奔流。

 わたしには、その特異性は判別できない。真っ白なディスプレイはただの無機質な映像に見えた。放送事故を疑う程度だ。定春さんが突然警戒した理由はわたしには理解できない。今までわたしは、霊的素養とは程遠い人生を送っている。

『学がない浪士たちでも聞いたことくらいはあるかもしれません。七(﹅)つ(﹅)前(﹅)は(﹅)神(﹅)の(﹅)う(﹅)ち(﹅)。幼子は死にやすく、それすなわち彼岸に近しい。現存する記録では、平安時代には既に神事の際に七つ前の子どもの責は問わないことを定義されていました。服忌令の概要はご存じですか? 忌の期間は祭事や神事に参加することは許されませんが、例外的に、七つ前の幼子と老人は除外される』

 服忌令は江戸幕府によって制定されたけれど、その由来は寺社法に基づいている。寺社法自体は遡れば聖徳太子の時代から存在する。継ぎ足し、改編し、運用され続けてきた我が国の宗教観に基づく規則。

『法定義に関しては無味乾燥な実運用のためでもありますが、実際に幼少時代に霊的・神秘的体験をする例は古今東西枚挙に暇がありません。たとえ高貴なる血筋でなかろうとも、打ち捨てられた孤児であっても、幼子には誰しも巫覡の素養がある。……アルタナは我が国に於いて巫の領域であり、神の領域でありました』

 白い光を映した画像が閉ざされた。

 ふたたびディスプレイは四分割画面に戻る。

『先にも述べたように——自分の知識の範疇に照らし合わせて、理解しがたいものを〝オカルト〟とレッテルを貼ることはごく容易い。それがじつのところ秩序だっていて、連綿と積み重ねられてきた知見をもとに明確な手順が確立されていたとしても、知らなければ理解不能な謎の儀式に過ぎない』

 すこし前に副長殿に向かって諭した言葉を、佐々木さんは今一度繰り返した。

『惑星の生命エネルギーに近づくには、ある種の素養が必要だそうです。生死の境に立つこと、生死を超越することは、どうやら理由になるようだ。ゆえにヒトのかたちをした八咫烏たちは幼子にも過酷な訓練を課した、生死の境を彷徨うほどのものを』

 ガタンと彼(﹅)が横たわる寝台が揺れた。機器が倒れないよう、海原さんが手で押さえ込んだところが見えた。

『そもそも地球の表面積は約五〇〇億町(五億㎢)、陸地に限定しても約一五〇億町(一・五億㎢)、他方で我が国の国土面積は約三八〇〇万町(三八万㎢)——陸地だけで比較しても〇・三%にも満たない割合です。我が国に地球最大の龍穴があるのは百歩譲って偶然だとして、地球のほぼすべての龍穴がたったの〇・三%の面積に集結するなど人為的な関与でもなければあ(﹅)り(﹅)え(﹅)な(﹅)い(﹅)』

「佐々木さん……」

『天照院奈落は我が国独自に行われたアルタナをコントロールするための実験体の集いであり、ゆえに組織として成り立ったのはあくまでも結(﹅)果(﹅)論(﹅)と言ったわけです』

 この場は既に天神の独壇場だ。

 三天の怪物が沙汰を下す。

 

『八咫烏たちは身寄りのない者たちを、龍脈(アルタナ)に接触するための使い捨ての巫覡として利用した。巫覡の素養を育んだ果て、この事実を露見させないため、生き残った者たちを暗殺者として育て上げた』

 

   ➤

 

 刹那の沈黙を挟んで——

「佐々木」

 兄上が、ハッキリと声を上げた。

「おまえは、つまり、こ(﹅)う(﹅)言うわけか?」

 翠の目が佐々木さんを見つめる。

「それらを主導したのが時の天子と——吉田松陽だと?」

 兄上は、怒っているようには見えなかった。

 ただ幹部陣は察しただろう。現に河上さんは三味線を少しずらした。鋼糸を構える手つきだ。武市さんは一歩退いた。己が戦闘能力を熟知している彼はまず避難の体勢を取る。また子さんは銃に手を添えた。彼女の早撃ちは一線を画する。わたしは、兄上の得物を奪うか瞬に迷った。

 自らに危害を加えられるわけではないと知っていながら我々はそうした。たったの一言だけで、兄上の心境を直感的に読み取った。読み取れるほどの静謐さだった。

 わたしと同じ翠の色。毒々しくも澄んだそれ——嵐の前こそ風は不自然なくらいに、凪ぐ。

『いいえ』

 佐々木さんの返答はごくあっさりしたものだった。

『おそらくこの試み自体は、かつてはもっと穏健なものだったのでしょう。アルタナへの接触を試みるにしても、どちらにせよ効率が悪いことには変わりありません。いくらそこに合理があったとて、故意に弱らせるのは尚更——と、いうかそもそも暗殺って言うほど仕事ありませんからね』

 先までのやりすぎ都市伝説の熱弁はどこへやら、急カーブでスンッとした発言を叩き込まれる。ある意味やはりいまだに独壇場だ。

『殺しまくるのはたいていが政変だとか戦争の時期で、それもたいていは衝突はごく短期間になります。そもそもただでさえ流行病だの飢饉だの水害だのとなにかと話題に事欠かないのが我が国ですよ。たまにしか活躍の場がない暗殺程度に人材のプールをしている場合がありますか』

「……」

『暗殺組織、というのも、たとえばやんごとなき身分の御子の処分に使われていた可能性などは、否定できないでしょう。ただ例を挙げるなら、忍者が一部方々にはとんでもない✝暗黒暗殺者集団✝と思いこまれていたり、あるいは真逆にダークヒーローとでも考えられるように、当初はある程度その形容から外れていた可能性は高いとみています』

 兄上の瞳が一度またたいた。 

『我々が当たれた資料も歯抜けどころか部分的、天子も代替わりを繰り返して、生き証人がいるとすれば虚ですが彼も仮に直接問いただせたとして素直に吐くとも考えづらい。迷宮入りですね。まァ暴ききれぬ真実は良いんですよ、話をまた戻して。結果的に現在はそこまで変遷してしまった、という点はただの事実だとしても、五百年常にそのような過激・暗黒・非合理・C級ホラーよろしくちゃちでありきたりなカルト因習組織・だったと考えるのはちょっと封印された右腕が疼き過ぎですね』

 片目が疼いている兄上に対して些かリスキーすぎるたとえを持ち出さないでほしい。

 剛速球で放り込まれるスレスレの茶々といい、ご機嫌取りの誤魔化しという様子でもなく、彼は単に推測から成る妥当性の高い意見を述べているように見える。だいたい、いくらなんでもディスプレイ越しに差し迫った脅威を感じることはないだろう。差し迫った脅威を感じ取ったとて、今の佐々木さんがわざわざ阿ることも早々なさそうだけれど。

『加えて念を押しますが、十三代目の時期にはこの因習さえも廃れかけていたようです。今井さん曰く、十四代目首領:朧の前後の構成員には年齢の隔たりがあったとの話ですからね。天照院奈落はそれこそ、一度組織として閉じかけていた。十三代目の仕業としか考えつきません。アナタが言う〝吉田松陽〟こそが手を回した——』

 ふと彼(﹅)を見る。

 死人のような顔色で眉を寄せて、目を閉じていた。……視線を向ける余裕はなかったけれど、先に寝台を揺らしたとき、彼(﹅)はどのような表情を浮かべていたのだろうか。虚が——〝先生〟が人倫に悖る行いを主導したという推察に、思うことがあっただろうか。……そうではないと断言されて、安堵しただろうか。

『十三代目の虚:吉田松陽が天照院奈落を抜けようとした一因は、五百年の間に変質し、先鋭化し、過激化してしまった組織そのものにもあったのかもしれませんね。廃れかけていた因習が実際復活してしまったあたりは、さてなにゆえか、私には知る由もありませんよ。奈落の一部構成員が習慣を繰り返したのかもしれませんし、半端に聞きかじった天導衆の仕業かもしれません。だいぶ本題ではないので調べてないんですよね』

 佐々木さんはいつもの半眼にじとっと明確に意図を込めた。

『私はまるで暇じゃあないんですから。主にどこぞの押し売り強制御恩と無茶振り奉公により』

「クーリングオフは受け付けていません」

 わたしはすかさず乗った。

『ほらこう来る。もう少し手綱引いてくださいよ』

「諦めな。手綱引いてなおコレだよ」

「兄上すら味方になってくださらないの? わたくしそろそろ泣いてしまいますよ」

 いつもの軽口、空気を戻すための単なる茶化しだ。

 兄上はわたしをじっと見た。突然空中を凝視する猫の如き挙動だ。

 まだじっと見られている。

 ……あんまりにも目を逸らされないので「……な、なんですか」わたしはちょっと動揺した。どうなさったの。いつもの軽口ではございませんか。えっ本当によく申し上げる軽口の一環でしょう。

『……もしかしてこの期に及んであいつ、あんま懲りてねえの?』

『いや、一応多少は懲りてはいるだろう。それ以上に高杉が思いの外懲りているだけで』

『ああそれはそう』

『見ちゅうぶんには面白ェの〜』

「か、河上さん」

「拙者に助けを求めるのか。まあホラ……勢い余った軽口ってやつにござるよ……」

「……なんも言ってねえだろ」

『……いやァ、ね? 助けを求められるのは良いことだと思うよ? 全然ね別に全然。兄貴分は俺だしね。全然』

『俺ではなくおまえが拗ねるのか……? 俺とて拗ねていないというのに……?』

『あっこの拗ね方一兄(はじめにい)と会ったときの……』

『坂本、こじゃんと本当に〝見ちゅうぶんには面白い〟がか?』

『悪ガキの戯れじゃ、面白かろ』

『さて、コントで小休憩を挟んだところで続けます』

 佐々木さんはじつにマイペースである。わたしを犠牲に多少の場の緩和には貢献できただろう。わたしは犠牲になりました。犠牲の犠牲にね。

 威厳とかだいたいないわけです。

『前提情報の共有のために長々と語りましたが、結論は簡単です。我が国独自にアルタナに接触できる方法と思しきものが見つかりました。鬼の居ぬ間になんとやら、こちらからちょっとなんとかしようと元見廻組は一丸となって現在進行形でことに当たっています』

『途端にアバウトんなったな……』

『俺思うんだけど、それって朗報でよかったんじゃねえかな』

 ゴリラさんにしてはまともにごもっともなツッコミだ。

 やれやれまったくわかってない、とばかりに佐々木さんは肩をすくめる。

『前座の絶望感がないのにこの話したところでエリートではない皆さんが真剣に耳を傾けるものか……』

『コイツ逐一嫌味入れねえと喋れねえの?』

 話に集中させるために叩き落とされたわたしの立場は?

 そんなものはもとからない?

 そうかもしれませんね。

『あとは単純に、完了形ではなく現在進行形と言った通り。朗報と呼ぶには不確実性が強いんですよ。まさかハーネスつけて信女さんに入ってもらうわけにも行きませんからね』

『てめーは部下をなんだと思ってんの? 犬なの? 二歳ぐらいのガキなの?』

『皆さんは目を離した隙にいなくなる部下を知らない……』

 佐々木さんはしみじみと言った。

 真選組側の視線が全員、一番隊隊長殿に集まった。『……嫌だなあ冤罪だ』一番隊隊長殿はいやに朗らかな顔で笑った。

『見回り行くっつって出てますよ』

『サボるためにな』

 一方で阿伏兎さんは神威さんにじとっとした眼差しを送っている。神威さんは阿伏兎さんを振り返り、ニコーッと微笑んだ。万事屋一同は志村さんが社長と同僚を交互に見遣ったし(銀さんも神楽陛下もわざとらしい仕草で目を逸らし、鼻をほじった)陸奥さんは自らの艦長をジッ……と無表情に見つめ(坂本さんは顔を背けて冷や汗をかいていらっしゃる)小太郎さんとエリザベスさんはお互いに指とプラカードを向け合っていた。

 目を離した隙にいなくなるひとと胃を痛めて探す側がどうしてこんなにも多いのかしらね。

「他人事みてェなツラしてんな」

「あなたが仰る立場かしら」

 我々はこれにて痛み分け。

『立ち入れたとしてもジュッと焼かれちゃ困るでしょ。だからもうちょっと確実な手法を試みています』

 かの名高き天神でさえも、この期に及んで相変わらず、己の中身ときちんと向き合うことを若干避けている節がある。〝困る〟で自らの感情を丸めてさっさと話を進めようと試みる様子に今井さんを見ると、彼女はやんわりとした目で上司を眺めていた。

 ……あなたがよろしいならもう好きにしてくださいな。

『具体的には宮様経由で天導衆の目をかいくぐって天子の説得を試みると同時に、監視の目から逃れた天の血筋の方々から聞き取ったアルタナへの干渉及び操作手順マニュアルを』

『チョイ待てなんつった今オイ佐々木』

 画面端の松平公がぐわっと佐々木さんに向かって吼えた。

 薄々思っていたけれど、佐々木さんの動向って今井さん以外の全員が初耳なんですね。

『言葉通りですが』

 佐々木さんはやはりしらっとした反応だ。

『だから言ったでしょう。スペシャルゲストに宮様をお呼びする予定でしたが、難しかったと』

『そりゃ海賊とテロリストと雁首揃えんのを避けたと思うだろうが!?』

『そよ姫を呼んでおいて?』

 引き合いに出されたそよ姫が半端な苦笑を宿している。ご覧ください、これが大の大人が少女に気を遣わせている絵面にございます。

『にしたってなにがどうしたら現在進行形で皇族を使い走らせることになンだよ!?』

『地球の危機です』

『そうだな!?』

「いよいよコントにございますねえ……」

『ヒカリさー、さっきから言ってるテンシとかミヤサマってそんな強いなら、そっち殺せばよかったんじゃない?』

 中年男性の諍いを他所に、神威さんに名指しで尋ねられた。

「天子はちょっと特殊な立場なので後釜に成り代わりづらいのと、宮様御自身はあくまでも〝天子の親縁〟という点に権力が付随していて……けっきょく実効的な権力は幕府および将軍にあるのでそこが取れなければどうしようもないんですよ。ンー、天子を元老院に置き換えて、提督を将軍とたとえると、あなたにもある程度は伝わりますか?」

『あー』

 神威さんは学問に触れてこなかっただけで地頭は悪くないので、適当な例示を用いると比較的早く要旨を理解して、記憶に当てはめてくださる。権力に際する面倒な駆け引きも、わりと理論的に把握できるタイプだ。そもそも把握するか、把握したとて実行に移すかは、まるで別なだけで。

 得心したように声を漏らした彼は『……つまり』ふと、首をひねった。

『元老院の姪っ子みたいなのを絶賛顎で使ってんの』

「そうなりますね」

 なんなら天導衆にたとえてもよかったかもしれない。

『蛮勇じゃん』

「ゆえにこそ松平公の反応があちらにございます。我々もちょっとびっくり」

『ちょっとか?』

『なるほどね』

『ですから、先に説明したでしょう』

 佐々木さんは迷惑そうな顔で、松平公を振り払った。締め上げられていた襟を整えて一息つく。

『竹取物語の〝天人(てんにん)〟が齎したのは不死の薬——不死への道筋。地球のアルタナへの、龍穴をすっ飛ばした接触点でした。しかしそれを扱える素地があったのは、そもそも授けられた理由それこそが、皇族はアルタナ生命体の血を引いていたから』

「実際、確かか?」

『マ、アルタナ生命体のあたりはやはり与太話になりますがね』

『オイマジでここまでぶちまけておいてやっぱり全部与太でした、で括るつもりか……?』

『確実性は高いものの、憶測の域から出ない、が現状になりますから。というより出せないんですよ。確かめる方法が存在しません』

 それはそうだろうとわたしも内心同意する。遺伝子検査で確認するにも数百年、下手をすると数千年の経過で、普遍的な人間の血で薄まった中からアルタナ生命体由来の因子を探し出すのは至難の業だ。ない証明は悪魔の証明と呼ばれるように非常に難しく、あったとして、それがアルタナ生命体との交(﹅)配(﹅)によるものか、これもまた〝不死の薬〟として天人(てんにん)によって授けられたものか、我々には識別方法が存在しない。

『ただ、虚への対抗手段というお題目は厳然たる真実です』

 ここまで散々我々を振り回して、ようやくちょっと表情を引き締めた。

『少なくとも宮様とアルタナとの共鳴が確認できました』

『ア、つまりテメー、皇族を富士山登頂の道連れにしたわけね……?』

『宮様は我々の中でももっとも熱心に登っていらっしゃいましたよ。なかなかない機会だと』

『そう……だろうな……』

 兄弟子たちでさえ若干引くレベルの暴挙だ。

『いよいよ大詰めということもあるのか、それとも——虚以外の天導衆は事実上、選択を下せない状況にまで陥ったか。ともかく天導衆の配下は地球の江戸に集結し、天子に向けられていた監視の目も薄れています。ここまでお膳立てしてきた虚が、地球最大の龍穴:ターミナルの制御権を手に入れていないとも思えない。何を企んでいようがそこに対策を打たないわけにも行きませんでしたからね。地球側から龍脈を抑え、虚が扱えるアルタナの余地を減らす……場合によっては、ターミナルから龍脈を開(﹅)放(﹅)します』

『開放……』

『理論上、ターミナル側の龍穴にアルタナが噴出するように操作すれば、虚の全身を一瞬で吹き飛ばすことは可能です——誤解しないでください、理論上ですよ』

 にわかに色めき立ちかけた全員に対して、即座にディスプレイ越しに釘を差した。

『実際に行うには博打要素が強く、虚に悟られないようにアルタナをコントロールするにも準備にも時間がかかり、ついでにその場合漏れなく江戸全体……と、いうか、出力を絞ったとしても武州全体ぐらいはついでに跡形もなく灼けます。江戸住民全員の命よりは、地球全員の命が優先でしょう』

 犠牲を数で量って——正しい意見だけれど、やはり魔王だと思う——『ただまあこれはあくまでも最終手段です』佐々木さんは話を括った。

『ええ、これそもそも華陀の対策のついでに出てきた話なんですよね』

「……そういえば、そういう話でしたね」

『頼んだ本人が忘れないでくださいよ』

「いえインパクトがちょっと……」

『まァ私も皆さんの反応を見て虚に関する説明を優先したところはありますね。もとより天子との接触は、華陀への対抗策に進めていたところがありました。すなわち尊王討幕派を名乗る彼ら——そもそも御大層に御題目に掲げる〝尊王〟その方から説得していただきましょうか、と』

 真っ当な攻略方法だ。天子への接触自体が常人には実現不可能だが、警察組織全機構の潰し合いで間接的に倒幕の気運を高めた人ができないとも思えない。

『並行して華陀が集めさせていたアルタナ結晶石の行方も探らせていました。兵器転用を想定していたので。もっとも、話を聞いている限りでは破棄されている可能性が高いものの……』

 ディスプレイにふたたび、アルタナの結晶石を運ぶ辰羅族が映し出される。ワイプの中で佐々木さんがちょいとホログラムタッチパネルを操作すると、粗いながらも映像に変わった。細身の傭兵たちは身軽な動きで荷を運ぶ。

 先の船には、大柄の男が受け渡された荷をひたすら船に積んでいた。

『万一破棄されていなかった場合、結晶石の在庫を悪用されると困りますからね。確保できれば虚への対抗策も手に入る。もっともあちらも虎の子という認識はあるのか、輸送ルートの特定には至っていません。輸送船は春雨のそれに類似しているものの——』

『……ァあ?』

 と、阿伏兎さんがつぶやいた。眉をひそめて、彼はワイプの中でじっと凝視していた。視線の先はカメラからずれている。映像に、違和感を見出したのだろうか。

『団長』

『ン?』

『ありゃあ……俺の見間違いか? ……云業じゃねえか?』

『……云業? えっホント?』

 神威さんがパチパチと目をまたたかせて、身を乗り出すようにした。

『マジじゃん。あいつ生きて——』

 言葉が止まる。

 蒼い目がぱちりとふたたびまたたいた。

『……ウンギョウとは?』

「第七師団の夜兎のひとりです。提督に上がった神威さんに代わり、第七師団団長を務めていたのですが南天楼の戦いで消息不明になられたようで——死んだ可能性が高い、と、彼らは判断なさっていたようですけれど」

 たしかに似ている。目を凝らす——彼の右腕は、素肌の色には見えない。義腕に差し替わっているように見える。辮髪は切ったのだろうか。云業さんは普段、濃色の外套をまとっていた覚えがある。映像ではつけていらっしゃらないように見えた。

 粗い映像の中できらりと首元が光る。

「ちなみに首飾りはあなたがたの趣味?」

『……いや? 知らねえな。今の女の趣味とか?』

『それ、たとえば華陀ってこと?』

 神威さんの声はいやに軽く弾んで聞こえた。本人がまるで不機嫌なことは火を見るよりも明らかだ。

 上司たちが把握していない首飾り。失踪直後までは装着していなかったもの。首輪だとして——あまり良いものとは思いがたい。辰羅族に素直に従っている点や、夜兎の生命維持に関わる日光遮蔽の道具:番傘を携帯していない様子を含めて。

 云業さんが輸送船に荷を詰めて、辰羅族を船に入れる。ハッチを閉める前に彼は周囲を見渡す仕草をした。

『これ音入れられる? ていうか録(と)ってる?』

『録(と)ってはいました。入れようと思えば入れられますが、ただかなり雑音入ってますよ』

『うんむしろその方がいい。全部カットしないで出して』

 掘削音や風の音、単なるビデオノイズも混じる。

「……なにか、わかるんですか?」

『……』

『夜兎同士の暗号。〝スタンピング〟って呼ぶんだよ、踵の音で表現するからさ。ただ雑音が多いから足の動きも含めて内容を汲んでる』

『オイ団長』

『地球人の可聴域じゃどのみち解読できないだろ。夜兎なら読めるんだから隠す意味がない。夜兎同士で殺し合う機会も絶滅危惧種同士じゃあ早々なくなったことだし、第七師団(ウチ)じゃそのまま、なにかあったときの符牒として利用してる……』

 神威さんが蒼い目を目を細めた。

『同じパターンを繰り返しちょるな。〝第三〟〝太陽〟』

 陸奥さんが出し抜けに声を上げた。

『〝地球〟だろ』

『ああたしかに』

 星海坊主(うみぼうず)の指摘が入った。

『〝地下〟』

 神楽陛下も見上げている。

『〝明けた夜〟?』

『ひとつひとつの語彙はわかっても意図が見えねえ……』

『次は語彙もわからん。わしが知るもんではなか』

『これは第七師団内部で独自に拡張したやつだ、わからねえだろうな。つまり〝鳳仙〟だ』

 地球、地下、明けた夜、鳳仙——

「——吉原桃源郷?」

 わたしはつぶやいた。

 常夜の世界から解き放たれた町(くに)。未だ夜の夢を売る国(まち)。

『まだ続いている……〝馬〟〝手綱〟?』

『ああそれも拡張したやつ。ウンまあえーと』

 神威さんはちょっと表情を崩して、ぽりぽりと頬をかいた。

 映像は未だ映し出されている。云業さんがハッチを閉めて、輸送船が飛び立った。カメラレンズの範囲外に消えていく。

『たぶん、訳するとこうだな——〝鳳仙の旦那から言伝を預かった。第七師団は一度吉原に顔を見せに来い。師団以外で同行許可が出ているのはヒカリのみ〟……だと思う』

「……あなたがた、もしかして本来馬や手綱が当てはめられている語彙をわたし専門に使用なさってます?」

『提案したのは阿伏兎だし』

 華麗な責任転嫁である。

『実際暴れ馬だろアンタ』

 阿伏兎さんは開き直った。

「……かの夜王も華陀に与しましたかな」

「だとすれば、巻き込むな勝手に死ねとでも返したいところだがね」

 兄上はいつの間にか、彼(﹅)の寝台を回り込んでいた。わたしの頭の上に肘を乗せて吐き捨てる。

『安心しな。たとえ身体がまともに動かなくなろうが、あの野郎にも夜王を名乗っただけのプライドはあるよ』

 見解を述べたのは星海坊主(うみぼうず)だ。

『だいたい、華陀に単に与しただけなら〝スタンピング〟を使う必要がない。辰羅の前じゃ堂々と言えねえことだからああしたんだろ』

「……たしかに」

 武市さんが引き下がった。

「わたしだけ?」

『鬼兵隊ならそう言うだろうね。……ジイさんも云業もなに考えてんのかな、ヒカリだけに言ったところで鬼兵隊にノーガードで情報貫通するんだからなんでもいいだろうに』

「なるほど。どのような手段で合流いたしますか」

 頭上から体重がかけられる。

『俺たちでちゃっちゃと行って言伝とやら聞いて伝達すりゃいいんじゃねえか。アンタらへの親切ってよりはそもそも合流がめんどい』

「神威さんが仰るように、わたしが名指されている点が気にかかります。この土壇場に不足があるのはことかと」

『まあそれもそうだな』

 阿伏兎さんが頷く。

 上からさらに体重がかかる。わたしはてのひらで腕を押さえた。

「総(﹅)督(﹅)。許可をお願いします」

 舌打ちが響いた。

 お優しい兄上だこと。

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