【完結】春去りて、春風は未だ   作:初弦

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廓言葉わからない。


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前略:

 これはわくわくトロイの木馬(暴れ馬)

 トロイア戦争に謝るべきかもしれない。

 

   ➤

 

 商品にされることには慣れている。一度目は実親の手で売却されて、最終的に流れ着いた妓楼で身売りのお仕事に至った。二度目が今回ってワケ。わたしってば高値がつく女ですね。

 ……値札をつけられる人生を送ることになった時点で、ヒトとしては既に安く買い叩かれていると知っていた。対価で直接的に価値を推し量り、物々交換のごとく差し出されて、商品そのものには一銭だって入らない。

 この場でもっとも正確にわたしの過去を把握している鳳仙殿は、わたしなぞにはまるで配慮しないので、なにも言わなかった。わたしは自らの不幸をひけらかすことを——その過程で、様々なものごとを直視するリスクを——心底厭っているから、そうであってくれた方がむしろありがたい。同盟相手といえども腹を割って過去をつまびらかに開示したことはないので、わたしはせいぜいが族滅を目論んだ物騒女、という扱いだ。

 閑話休題(なかったことにしたい過去はいいとして)。

 芝居であろうが本気であろうが売り飛ばされるならそこはそれ、高値をつけていただかねば割に合わない。

「どうして〝自分が攫った〟なんて嘘ついたのかと思ってたけど、いくら色ボケ旦那でも一応は夜王、元部下の行方は気になってたみたいだ。つってもあの人は隠居済みの壊れかけだし、俺たちが直で交渉しろってさ。アンタらを鳳仙が呼び出したのはそういうわけ」

 そしてさすがに宇宙海賊、手(﹅)土(﹅)産(﹅)片手の交渉はずいぶん堂に入っていた。

「苦労して絆してだまくらかしてようやく釣り上げたんだぜ? アンタらだってこの暴れ馬の暴れっぷり知らねえはずねえだろ。華陀(あの女)が心底憎んでるだけはあんだよ。なにより後ろで睨み利かせる鬼総督を誤魔化すのが一番大変だったんだ。引き渡すんならそちらさんにも相応の誠意が必要だろ、ってのはごく当然の要求だと思うがねえ」

「俺って結構部下思いなんだよ? あっ信じてないね〜。もともと提督業なんて俺には向いてないんだから、現提督サマに不服とかないよ。第七師団を大半殺したのはどっかのエイリアンバスターなわけだし? けれど……俺の配下ってことは俺の持ち物なわけ。それが勝手に使われてんのに不服を申し立てたいのは当然だ。対価がちゃんと確認できないなら、引き渡しはしない——出すもん出すべきだろって言ってるワケ。伝わる?」

 ……堂に入っているというか。

 ……九割以上はただの本音を並べているだけでは?

「俺はもとより腹芸は好きじゃないんだ。シンプル・イズ・ベスト。アンタらだって、いつまでも春雨の雷槍とドンパチやってるわけにもいかないし、三凶星を敵に回していたくなんかないだろ? 烙陽で使い捨てがてら始末もできなかったんだから、潔く和解しちゃおうよ。あいつらどうやら、俺たちには従ってくれるみたいだし? 手土産と部下を等価交換、この機にいろんな瑣末事を水に流して春雨一致団結!」

 にこやかに並べ立てて、神威さんはずっと目を細めた。

「——マ、とはいえ今のは、こっちの都合を前提にした提案だ。アンタらがもしも、俺たちが見せた誠意を跳ね除けてドンパチやりたいってんなら俺は別に構わないよ。それでも楽しいしね。辰羅族の集団戦術ってやつに今までお目にかかれたことがなくてさ、ずっと気になってたんだー☆」

 ……九割九分はただの本音では?

 わたしの感想はこの場合、論点にはならない。兎さんたちはなんやかんやで言いくるめ、地球人の女ひとりを売るために、春雨女提督直々に出張ってこられる約束を取り付けた。

 わたしってば本当に高値で売れますね。

「最低限確認すべき点は?」

「①云業……と金髪のオネーサンの言い草考えると」

「月詠」

「ツクヨサンの言い草考えると」

 月詠さんの訂正に律儀に神威さんは言い直した。吉原での戦いで多少は腕を認めていたのか、単に食い下がるのも面倒くさがったのか、真相は闇の中である。

「他にも死んだと思ってたうちの団員がいるのかな? そいつらの居所。②何をさせられているのか、これは最悪云業から聞き出せるから優先度低め」

 拳ダコだらけの手が指折り数える。

「③アルタナ結晶石の行方。確認できたらいいんだけどナ〜。いくらシンスケたちが指示に従う程度に信頼してるからって、実際インテリ眼鏡地球人が成功するとも限らないんだし」

「④高圧ボルトが流れる頸輪の扱い。電流もだが、遠隔操作できんなら自爆装置仕込まれてたっておかしかねえぞ」

「俺たち全員爆発ドーン! 可能性はあるね」

 てのひらをパッ!と開いて爆発を模し、神威さんはけらけら笑った。テンションが羽のように軽い。

「あとは⑤辰羅族の規模と装備を確認、欲を言えば制圧」

「あまり神威さんの趣味に合わせずとも……」

「いやいや。たしかに団長は戦闘狂(バカ)だけどな? けれど華陀は元を辿りゃあ春雨(ウチ)の不始末だ。領分の問題で言やあ、アンタらのが本来ただの下請けで巻き込まれた側だよ」

「てかなんなら当時地球に逃げた華陀のこと上に対して誤魔化して匿ってたの阿伏兎みたいだし、諸悪の根源誰かっつったら阿伏兎だよね」

 阿伏兎さんが目を泳がせた。

「過去のこたァさておき」

 ……えっ、ちょっと行き過ぎた軽口とかではなく、否定しないんですか? わたしもわたしでご迷惑をおかけしまくっている自覚があるので追及しませんけれど、本当に匿っていらっしゃったんですか? 華陀のことで阿伏兎さんばかりが延々、上司(神威さん)やら元上司(鳳仙殿)やらからひたすら揶揄われているのって、もしかしてそれが原因なんですか?

「……まあ春雨の内部抗争なぞは、わっちらにとってはほとんど無関係じゃが。……ぬしらが仲間の救出、および辰羅族の掃討に乗り出すのであれば、わっちら百華もいくらか助力しよう」

「よろしいんですか」

 吉原入城に一役買った時点で既にけっこうお力添えをいただいたようなものだ。そもそも本来、月詠さんは我々と協力関係を結んでいたわけでもない。以前吉原で励起した反乱を神威さんがまるっと隠蔽したのだって、神威さん本人が銀さんといずれ戦うつもりだったからで、遊女たちを庇った、だとかはまるで真反対の位置にある。晴太さんを日輪さんのもとへ導く道中では百華のことけっこう殺していたみたいだし、どちらかといえば恨みを買って然る立場だ。

「あくまでも下手に波風立たせぬため、ついでに情報収集対象として招き入れはいいものの、情勢を差し引いてもやはり三大傭兵部族に堂々と表を歩かれるとまるで客が寄り付かん。遊女たちも商売上がったりでな。追い出してくれるというなら願ったり叶ったりよ」

「俺たちも三大傭兵部族だがねえ。どころか一応、吉原の現管轄は俺らにあるんだが?」

「金を落とすどころかろくに寄り付きもせん支配者が何ぞ言うか」

 揶揄混じりの言葉を一蹴する。

 月詠さんは咥えていた煙管から煙を吐き出した。

「それに……吉原付近で爆破される方が困る。天井は開いたとて、所詮は吉原桃源郷が周囲と比べて地下に位置することは変わりんせん。壁が崩壊などすればひとたまりもない。諸共生き埋めなぞ勘弁願いたいところじゃ」

 神威さんが首をかしげた。

「俺らってあんま協調性ないから支援とかフォローとかは期待しない方がいいよ?」

「今更言われずとも、鳳仙を見ておればわかる」

「たしかに〜」

 アイスブレイクがてらに軽やかに双方から誹られた鳳仙殿が眉間にしわを寄せた。まったく哀れなおじいさまだこと。このような状況下でなかったら酒の肴にでもしたのに。

「ぬしらが好きに動くならば、わっちらもその裏で好きに動くというだけの話よ。邪魔はせぬ」

「ハイハイりょーかい。じゃ、見かけても殺さないようにだけ気をつけとこっかな」

 軽々しい返答に月詠さんはなにも言わなかったけれど、心底微妙な表情を浮かべた。神威さんが気を遣う素振りを見せるだけ、かなり好意的に譲歩しているのはたしかだ。地球人にとってはどう考えても基準がおかしいことには変わりない。

 

   ➤

 

 船着場:宇宙船用(ヘリポート)に巨大な空母艦が降り立つ。ちょうど吉原が抱える発着場がギリギリ抱えられる最大サイズだ。

 宇宙船のハッチが開いて、内側から金属板が地面に向かって伸びた。機械の駆動音とともにバタバタと金具がひとりでに開いていき、スロープが組み立てられる。地面まで伸びたスロープの両側端を複数の人影が素早く駆け抜けた。辰羅族だ。

 辰羅族はいずれの人員も中性的な顔立ちをしていて、肌をあまり露出せず、包帯で鼻や口、露出している手指を覆うような格好をしている。彼らは夜兎のように日光に弱いわけでもないけれど、気化毒の無防備な吸入、粉塵への対策、滑り止めの意図もあるかもしれない。没個性的に統一された服装は代替の利く組織:集団戦術を得意とする辰羅族らしいともいえる。

 彼らはさながら軍隊のように規則正しい動きで整列し、片膝をついた。参道の正中を開けるが如く、スロープの真ん中を避けている——澄んだ金属音が鳴った。鈴の音のように高い音だ。スロープの中央に、ひとりが進み出る。相変わらず顔の半分は焼け爛れた痕が残り、耳の端は溶け落ちたように半ばで切れている。彼女がまとう裾と袖が広く長い衣装は、打掛にも似ているけれど、どちらかというと我が国の隣国の伝統衣装:韓服に近い。身体にまとわりつくものが多ければ多いほど動きは制限される一方で、布をふんだんに使った衣装はさまざまな暗器を隠し持つことにも役立つ。

 阿伏兎さんが囃すように口笛を吹いた。

「まるで大物の登場みたいじゃん。大出世だね。華陀? それとも第八師団長、元華? 往年の阿呆提督みたいに、華陀提督とでも呼ぶべき?」

 神威さんが軽やかに言った。

「どちらでも構わぬ。いずれもわしを示す名よ」

 華陀の声質は相変わらず、潰れた嗄れ声のままである。パッと指の一振りで彼女は手元で扇を開いた。

「そりゃそうだ」

 ぬるっと提督の座を奪い取られた神威さんは、特に気にした様子もなく同意の相槌を打った。

「さて。……そちと相見えるのは、これで三度目か。どうも倒れるのが趣味と見える。……神威、そもそも此奴、生きておるのか?」

「生きてるよーねえヒカリ?」

 神威さんは言いながらも拳を振りかぶり、直後、ガン! と檻が振動した。合金の金具の上部がぼこりと変形する。……叩きましたね、あのひと。

「壊すなよ団長」

「加減はわかってるさ」

 見世物用の珍獣のよろしく檻に入れられて、わたしは、神威さんの乱暴な目覚ましで今起きた——というような顔つきで、華陀を一瞥だけした。すぐに目を伏せる。できれば芝居でも真実でも、檻に入れられたくはないし、まして猿轡を噛まされたくはない。本音を言って偽装を怠れる状況でもないので大人しくしておりますとも。

 猿轡TIPS:舌の動きを制限された結果嚥下ができないので、唾液を垂れ流す他ないのがつらい。

「……麻酔薬はたっぷり打ったはずなんだがな、起きてやがる。まあこの調子じゃ、動けたとしても眼球ぐらいのモンか?」

 阿伏兎さんが呆れた口振りを装って、言った。彼はわたしを入れた檻を挟んで神威さんの逆側にいる。檻に寄りかかるような姿勢だ。

「象が昏倒する麻酔を打たれて動ける奴は、案外と地球人にもいるのかもねえ」

「オマエそのネタ気に入ってんの? ……まあうちの部下のジョークセンスはどうでもいいか。お望みの高杉ヒカリがコレさ。暴れまくるから大人しくさせてるけどね」

 神威さんが顎でわたしを示す。

「それで、ちゃんと顔出してくれたってことは……俺たちの交渉に応じるつもりがあるってことでいいのかな?」

「いくら辰羅とて、この土壇場で相打ち覚悟の夜兎を相手取りたくはない」

 華陀はうそぶく。

「そのわりにはうちの部下の姿が見えねえがな。身柄は交換だ、それとも伝言役が仕事を怠ったんじゃあるめえな?」

「そう急くな……やつらは現在、地球で働かせておる。案内してやろう」

「……そうかい? 影も形も見当たらなかったがね」

「そちは多少賢しい男と思っていたが、見ないうちに鼻が鈍ったか?」

「てめえの口減らずは変わらねえな」

 阿伏兎さんがうんざりした様子で返した。

「ふむ、単に地球の地理に疎いだけやも知れぬな」

 気を損ねた阿伏兎さんもたいして気にしていない素振りで、華陀は扇子を開いて口元を隠した。焼け爛れた顔上部しか見えない状態では、表情は読み取りづらい。

「早う吉原に入るぞ。いくら烏を飛ばす厄介者がおらぬ今とて、どこに耳があるとも知れぬ」

 ……烏を飛ばす厄介者。鷹匠の如き評価だ。将軍(の、影武者)を暗殺した直後、森に不時着したそよ姫およびお付きの一行を探すために山中に停泊した記憶を不意に思い出した。鬱蒼とした森の中たる事実を差し引いても、やたらと烏が飛び回っていたあの日——さて、烏といえば、思いつく対象はまず天照院奈落だ。天照の遣いたる八咫烏を名乗る組織。欠員は数多にいるはずだけれど、役職持ちを踏まえると……。

 ……彼(﹅)はどうやら、華陀とは協力関係こそ結べども、個人的は彼女を嫌っているようだった。わたし自身ろくに話したことはないから、むしろあの態度こそ常なのかもしれないけれど、それにしたって余計な悪口がぽんぽんと飛び出していたほどだ。

「かつて、造船所となるはずだったこの土地を使えるかと思い、わざわざ幕府に話をつけて買い上げたのは、実のところわしなのだ。とはいえすぐに吉原ごときに構っている隙もなくなり、ちょうど侵略戦争も片が付いて暇をしていた鳳仙に一度投げたのよ」

「そういや、アンタ何歳? 顔変えただけの若作りにしちゃあ……」

「あまり女に歳を聞くものではないぞ? ぬしの振る舞いはしばしば、世間を知らぬ坊に見える」

 神威さんがニコッと目を細めた。わたしが言うことでもないのだけれど、そんなにかんたんに煽られないでほしい。

 阿伏兎さんが上司の脇腹を小突く。同時に、踵が不自然に二段に分けて落ちて(しかし、音一つ立てぬ——わたしには聞こえない)神威さんはちらりと部下を一瞥すると、返答の代わりに肩をすくめた。

「辰羅族(我ら)はもとより、人間種の中では長命な方よ。兎の価値観で測るものではない。……当時と比べてずいぶん利便なものもできたな」

 わたしを入れた檻を団員のひとりが担いだ。夜兎の膂力にとって重量数百㎏程度の荷物は、キャスターや荷台を使うよりも生身で担ぐ方がずっと楽なのだとか。

 吉原の、大人数を収容できる巨大エレベーターが一気に地下へと降りる。気圧変化の負荷がかかり、耳に残る違和感にわたしはつばを飲もうとして、猿轡のせいでうまくいかなかった。布が湿る感触を忌々しく思う。いくら過去を忘れたものとして処理しても、そう簡単に割り切れるならそもそも〝忘れたもの〟とする必要すらない。

 ……あーあ、こんなにも手隙だとどうしてもくだらないことばかり考えちゃう。さっさと着いてくださらないかしら。

 裾の長い衣を器用に足で捌いて、華陀はカツカツと歩き出した。

「鳳仙は当初、辺境の星なぞにはろくに注意を払ってはおらなんだが……いつの間にやら、自らが作り上げた国(まち)に固執するようになっていた。取り返すほどのものでもないので放置したがな」

 紅玉の視線が吉原の絢爛な街並みを舐めるように眺めた。一方で、彼女の足取りは鳳仙の居城へ続く中央の道から大きく外れ、吉原桃源郷の内周を沿って歩く。辰羅族たちは族長に異を唱えることなく、付き従った。

「ここまで育ったところを見るに、やはりわし自ら手を付けておくべきだったかと少し悔やまれる……よほど稼いだろうに」

「逃がした魚が大きい話を延々聞かされるワケ」

「そちは本当に堪え性のないことだな」

「俺はアンタが来るまでさんざ、鳳仙の旦那の嫌味に付き合わされてんの。若人を多少は哀れんでくれない?」

「年を取ると、若者への説教が娯楽のひとつに転ずるとはよく聞くもの。鳳仙も寄る年波には勝てぬか……敗北が堪えたのやもしれぬな?」

「わあ、典型的な老害理論だ」

「団長に関しちゃ、言われるだけの暴れ方してるからじゃあねえのか」

「阿伏兎はアラサーのくせに年寄りみたいに説教くさいよね。寄る年波には勝てない……」

「へーへー、真の忠臣の忠言はしばしば疎まれるものさ」

 戯れじみたやり取りの最中にも歩調は緩まない。吉原内壁を縦横無尽に伝うパイプ管のひとつに華陀が踏み入る。入り組んだ金属管の多くは、人が入れる程度の大きさをしていて、メンテナンスに用いることを見越していたのだと推察できる。金網を抜けて、ポンプとガス管が稼働する狭間を横切った。辰羅も夜兎もさすがに三大傭兵部族に名を連ねるだけはあるのか、足取りは危なげない。

「ほれ、ここよ」

 金属壁を、こん、と華陀は拳で打った。

「吉原桃源郷が築かれる前、ここは造船所とするために建設された。天井が開閉できるのはその名残とは……さすがに知っていような?」

 吉原に長年住んでいた面々は知っていることだ。たとえば日輪さん。あるいは月詠さん。遣手婆も含むだろう。もちろんのこと、鳳仙殿。わたしはうち一部の方々と交流があったから、偶然知った。神威さんや阿伏兎さんは第七師団として引き継いだのだから、当然に知っている。

「では、作業員たちはどのように出入りするつもりであったか、ぬしらは把握しているか? 船のパーツはどのように運び込む想定だったと思う? 原材料を現地調達するにも、ただそこらを掘ったところで鉱脈に当たれるわけもなし」

 声は相変わらずしゃがれていて、本来聞き取りづらいはずなのに、言葉は明瞭で自然と耳を傾けられる。彼女は人々の注目を集めて活用するすべをよく知っているようだった。

「先に通ったエレベーターは、わしが買い取ったころには未だ存在し得なかった。とはいえ、たとい存在していたとしてもそのときは利用されなかったろうな。地上から堂々と運び込んでいては、軍事力増強を目論む工場の在り処を伝えるようなものよ。敵兵には垂涎の的。来たるべき時までに露見せぬよう、幕府は天井の開閉機構でさえも秘密裏に作り上げた……ゆえに」

 こん、こん、こんこんこんこんと拳が壁を打つ。小刻みな音はどこか規則正しく、最後の拳の音とともに、分厚い金属壁の向こう側で、くぐもった掘削音じみた物音が聞こえる。かすかに伝わる振動。

 低い音を立てて——壁が、左右に開く。

 湿気た空気が周囲に充満する。すこし生ぬるいくらいで、じっとりと肌がべたつく感触がした。阿伏兎さんの外套が空気の流れによってたなびいた。

「このように、隠し通路もまた作られた。無論、図面をしっていれば誰でも入れる。既に破棄されていて、他に知る者は皆殺した。鳳仙にとって重要なことはこの吉原の天井がやつの意思に反して開かぬこと、造船所としての機能には興味を示さなかった。ゆえに、今はわしの頭の中以外には存在せん」

  ちゃぷ。

    ちゃぷ。

      ぴちゃん。

 時折、水同士がはじけるような音がする。

 薄暗い通路だった。コンクリートの管を横に寝かせたような作りだ。少し先(目測、私の歩幅で二歩ほど)には段差がつけられている。下り階段だ。カビや苔にまみれたコンクリート製である。近場には乾ききっていない水たまりがあって、水面がかろうじて明かりを反射していた。

 わたしは暗闇での視界は地球人のせいぜいが中の上といったところなので、得られた視覚情報はこの程度だ。奥の方はまるで見えない。ちゃんと確認するには懐中電灯などで照らす必要がある。

 一方で、わたしは既に理解していた。

 江戸市街のさらに地下深くを流れる、人工的に作られた河流。そんなものはひとつしかありえない。

「水路か?」

「水(﹅)道(﹅)よ」

 江戸近郊に張り巡らされた上水道、雨水貯留管——過日、かの悪質なカルト教団:もしくはテロ組織デコボッコ教団が、潜伏先およびかぶき町への侵入手段に利用した場所だ。

「かつて作業員の通路、軍艦のパーツ運搬、あるいはそもそも地下全体を大掛かりなコンベア工場に仕立て上げようとしたのやもしれぬ。しかし、幕府の計画は最終的には頓挫した。和平交渉が順調に進んだゆえか、単に費用の不足か、わしには興味のない話さ」

 華陀のてのひらが無機質な壁面に触れた。

「そして、作ったものが活用されぬとは些か勿体ない……そのようなところであろうな。そちらは知らぬやもしれぬが〝モッタイナイ精神〟とやらは、この国では美徳と尊ばれる……ふふ、ものは言いようか。秘密裏に軍事費をつぎ込んだ計画は、半分は吉原遊廓の再建に用いられ、半分は公共インフラの整備に利用された」

 デコボッコ教団の事案時に一度回想したように、道路舗装に伴う水道の整備は、幕府にとって急務だった。けれどそれに注力するならばもっと先に——治安悪化、テロリストや犯罪者の跋扈、急速に発達する技術に取り残されて割を食う自国産業の保護、並列に発生していた問題は数多にあった。江戸は平野にある。土砂災害の発生率は比較的、低い。

 優先的に整備できた理由——

「点検員は滅多に降りることのないこの空間、江戸市中全体に張り巡らされた秘密通路に他ならぬ。……そちらも待ちくたびれているであろう。進みながら話そう」

 湿気た通路を彼らは渡る。華陀は無論のこと、辰羅族たちも勝手知ってる様子だった。夜兎たる第七師団は地の利はなくとも目が利く。明かりはない暗闇で目を凝らしているのはどうやらわたしくらいのものらしい。

 どこからか、水がしたたり落ちる音がひたすら響いている。視覚が利かないとどうにも他の感覚器が過敏になる。三大傭兵部族がうち二部族が揃ってゾロゾロと、軽い百鬼夜行じみていて、けれど目撃者は誰一人としていなかった。点検員だとかは——幕府がこの状態では、定期点検すらもろくに機能しているとは思いがたい。今は水道は民営に移管していたのだったっけ?

 曲がりくねった通路は距離感を喪失させる。せいぜいが歩幅と足の角度で測る程度だ。わたし自身が足を動かして数えることはできないから、彼らのおおよその歩幅から目算する他にない。それすらも闇に紛れて識別は困難だった。

 華陀が足を止める。その脇をひとりの辰羅族が抜けていった。ギィ……と金具が軋む音がする。LED特有の、青みがかった白色灯の輝きが隙間から漏れた。明暗差に自然と瞳を絞った。扉が開いたのだろう。途端に——ごうごう、がちゃがちゃ、あたりは騒々しく音が溢れた。金属が打ち鳴らされる甲高い響き。モーターエンジンの駆動音に似た奇妙な唸り。コンクリートをゴム靴で捉えるキュッキュッとした足音。ガチャン。バシャン。時折短い指示や怒号も聞こえている。

「なにもわしは、そちらへのせせこましい嫌がらせのみで夜兎を捕獲したわけでもない。殺した方が早いものでな。やつら、量を食うだろう。ただ抱え込むなぞ兵糧の消費が見合わぬのよ」

 華陀が言った。

「だったらさっさと返してくれたってよかったんじゃない?」

 神威さんの声とともに、ぶん、と空を切る風圧と、かすかな衣擦れが聞こえた。傘を肩に担ぎ直したらたぶんそうなる。

「嫌がらせのみであればそうしたとも。しかし……そちは、天導衆に就いた烏を知っておるか」

「ウツロとかいうバケモンのこと言ってる? アンタらが雇ったハゲバスターなんか、あいつとやり合って残った方の腕まで取られてたよ」

「しかし星海坊主(うみぼうず)は命までは取られなかった。彼奴が打った手は光明を導いた。かの烏は化物だが、生き物であり、殺すすべがある。……さて、そちらの望みのものぞ」

 扇子が、ぱし! と閉じる音。徐々に光量に目が慣れて、わたしは目をまたたかせる。焦げ臭さが鼻をついた。ゴムと金属を半端な熱量で焼くとこのような悪臭が発生する。

 広々とした空間だ。甲子園球場くらいの広さはあるだろう。打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれていて、いくつかの太い円柱がそびえ立つようにして空間を支えている。地下神殿と名高い、首都圏外郭放水路の様相を彷彿とさせた——あれよりはさすがに狭い。江戸地下に設立された主要な放水路のひとつ、かつ、華陀が勝手に改造したものだと容易に予想がついた。

 地面(便宜上そう呼ぶ。これまた、コンクリート打ちたての床だ)には機械がところ狭しと並び、合間をつなぐようにゴム製のベルトコンベアが回り、機械の隙間を縫うように辰羅族たちが動き回っている。印象は工場に近い。ベルトコンベアの上はすべて空である点が、工場とは異なる点だった。既に開発を終えたのだろうか。

 中央にはひときわ巨大な機械が鎮座している。回転放円面さながらに、傾斜気味に弧を描いた円。うち三端からそれぞれ金属脚が伸びて、三角錐を作るがごとく、ちょうど円の中央で交差するように合流する。その先端は天井を向いていた。パラボラアンテナを巨大化させたか、電波望遠鏡を小さくしたか、そんなような形状だった。

 そして——空間の、隅の方だ。疲労したのか、顔を伏せ、剥き出しのコンクリート壁に寄りかかっていた男たち。うちひとりが顔を上げた。頬は煤けて汚れている。

 云業さんは口を開こうとして、閉じた。

「……たしかに、ちゃんと生かしてるのは本当みたいだね?」

 神威さんが言った。声はひどく冷めている。

「舌は切ったみたいだけど」

 この距離で、あの一瞬で、夜兎の動体視力は云業さんの腔内を確認できたらしい。

「手厚く——多少の保険と、労働はさせたがな。働かざる者食うべからず」

 扇子の端を口元に当て、女は毒々しく微笑んだ。

「多少か?」

 阿伏兎さんがぼやく。

「それはもう、アルタナの加工となれば」

 華陀は軽やかに言った。

「外部に露見してはならぬ。多少口を封じる程度、リスクを取る以上は当然ぞ。それに作業自体も危険性を孕むのだからな。他星のアルタナ同士は反発するさだめにある。ともすれば江戸ごと巻き込んで大爆破、神経も疲労するものよ」

「……うちの部下は一応戦闘員なんだけど。技術屋じゃなくてね」

「しかし夜兎の戦闘員はすなわち腕の良い武器職人に同義であろう?」

 皮膚がちりつく。警戒の兆しだ。わたしは全身で周囲を窺った。

 神威さんは肩に担いだ傘の柄から手を離さない。

「夜兎族の傘は常に、星間文明でも最先端の技術を注ぎ込まれておる。軽量であり、当然に日光と雨を遮蔽する役目を果たす一方、盾になり、矛になる。繊細な技術の賜物……またそちらは戦場でしばしば手足を落とし、都度義手義足で補うであろう。神経を繋ぎ合わせ、日常動作に支障がない性能を担保する技術は宇宙を探してもそうはいない。加えてそちらのそれは、たとえばバズーカやら、マシンガンやら、殺傷に特化した機能をも併せ持つ」

 阿伏兎さんが足の位置をわずかに変える。ほんのわずかな動作で——しかしその一動作だけで、彼は華陀の死角を作った。

「辰羅、荼吉尼、夜兎。星間大戦を荒らし尽くしたわしら〝三大傭兵〟は、いずれも宇宙の嫌われ者よ。そもそも我らを用いて代理戦争を仕掛けた側は都合よく己が非を忘れ去る……マ、世の理はどうでもよい。そのような無常の世で、貴様らが如何様にして己が得物の性能を担保してきたのか——そちらは、我々辰羅族よりも身軽でなく隠密行動には不適で組織的な行動はむしろ苦手。戦争において統率が取れぬ組織ほど致命的なものもなかろうにな。かといって荼吉尼ほどの理不尽なまでの身体能力は持たぬ。昼間も動けぬ」

「これは俺らは罵られてるわけ?」

 神威さんは軽口のように言う。「様々な点において不利でありながら三大傭兵として名を馳せた」華陀は茶々を無視した。

「考える頭があれば、気づく。そちらは戦闘技術と同等程度には、武器製造技術を持ち合わせておる。……一族秘伝とはよく言ったものよ。辰羅(我ら)より膂力ある身体は強靭な素材を容易く扱うに適しており、荼吉尼(鬼ども)より小柄な体躯は細かな作業を成功させる」

「……あー、ほんと、アンタってちゃーんと調べたんだ?」

「特に神威、そちは戦闘しか脳にない狂人のように振る舞いながら、さりとて本質はそこにはない。そちは夜兎に対する偏見を意図的に増長するように振る舞う。そのように誤認されていた方が都合が良いからだ」

 神威さんはとうとう黙った。

 わたしを入れた檻に、阿伏兎さんの生身の方の手がかかる。振り返ることすらしない。音もなく鍵が開いた。……小器用さに関してはたしかに、夜兎族は粗暴な言動に反するほど丁寧なことがしばしばある。

「さて、本題の化け烏。かの烏は今や宇宙の滅亡を狙っておる。地球ごと滅ぶために、自らを利用し続けた者共をすべて巻き添えにするために……ゆえにこそ、地球人に恨みを持つわしを起用した。宇宙海賊春雨を半分に割き、互いに食い合うように差し向けた。各地の惑星のアルタナを起爆して、地球に戦争を吹っ掛けさせた」

 華陀の眼差しが、未だ檻の中に大人しく座すわたしを射抜く。

「ああ、わしはやつに協力した。さすればこの女を貶めることができた。貴様らに意趣返しもできた……けれどもなァ、やつが目論む無理心中に同意した覚えはこれっぽっちもありはせぬ」

 焼け爛れた顔の中央では一対の紅玉がまたたく。滴る柘榴を彷彿とさせる。

「……つまり、なんだおまえさん、要するに化け烏に反乱ふっかけようってのか?」

 阿伏兎さんが後頭部を片手で掻いた。

「だったら最初っからそう言ってくれりゃあ、目的は一致だ。俺たちだって喜んで同盟でもなんでも組んだんだぜ?」

「阿伏兎、そちは昔から、かんたんに割り切って物分かりがよいように振る舞うのが得意な男よ」

 噛んで含めるような言い方だ。表現とは裏腹に、物分かりの悪い相手に諭すが如く。華陀は阿伏兎さんに向かって話しかけているようでいて、その実、視線は未だわたしから逸れない。

「しかしそちはこれまた昔から、同族食い以外で同族が害されるなぞ、完全に割り切ることのできない男であった。——そのような貴様が素直に乗る時点でこの交渉はハリボテでしかあるまい?」

 ……さあて。

「……ハァこりゃ俺のせいか? ヒカリ、もういいぜ」

 許可が出たなら喜んで。

 縄を解き、猿轡を取り払う。現在、わたしは鬼兵隊から第七師団に貸し付けられた身。責任者が仰るならば従うまでのこと——無意味に縛られる趣味もないので。「まったく、これでは拘束され損ではありませんか?」ぼやいたわたしに阿伏兎さんが肩をすくめた。

「まあもとから、完全に騙し切れるなんざ思っちゃなかったよな」

「でしょうね」

 唾液でべたつく頬を手の甲で拭って、檻から飛び降りた。

「前にも伝えたように、やり合うつもりなら大歓迎!」

 わたしたちのやり取りを他所に、碧眼は既に瞳孔さえも開いている。

「けどオマエ、わざわざこんなとこまで迎え入れてあることないことぺらぺら喋ってくれたのは、いったい何?」

「申した通りよ。阿伏兎風に呼ぶならば、〝化け烏に反乱ふっかける〟か」

 交渉の決裂を示しながら、華陀はそれと思えぬゆったりとした口ぶりだ。

「この工場をどこに建てたか……江戸の水道というものは、ほとんどの地下施設を迂回するか、さらに下へ潜る形で張り巡らされておってな。たとえば地下吉原。説明は不要であろう。たとえば下水道。かち合うわけにもいかぬな。たとえば、タ(﹅)ー(﹅)ミ(﹅)ナ(﹅)ル(﹅)」

 扇子の先は、巨大パラボラアンテナモドキ同様に——話の流れを踏まえるとあれは、アルタナを集光したレーザー?——天(﹅)井(﹅)を示す。

「他星のアルタナ同士は反発し、食らい合うさだめにある。星より吸い上げられた生命力は——ちょうど我々の頭(﹅)上(﹅)に一度蓄積されて、これを用いてエネルギーに転換し、全国各地への供給や星間移動に転換する」

 三角錐の先端では既に光球が輝いていた。破壊したとて暴発は免れない。最低限この空間の命を丸ごと巻き添えにするだろう。

「アルタナ同士が衝突すれば、犠牲は地球だけで済む。喜べ、貴様らは尊き犠牲として宇宙史に名を刻まれる」

「無理心中は嫌なんじゃあなかった?」

「〝やつが目論む無理心中〟よ。憎き相手を巻き添えにつ(﹅)い(﹅)で(﹅)に(﹅)宇宙の敵を討ち取れるなぞ、誉れと思わぬか?」

「ヤバいよこの女」

 光球が眩いほどの輝きを放ち——

 

   ➤

 

 ——話は少し前まで遡る。

 

「協力はまあ置いといて、最低限当たりはつけたいな。丸腰で虎穴に飛び込むのはいくらなんでも馬鹿のやることさ。俺だって傘くらい持ってく」

 神威さんは胡座をかき直した。

 夜兎にとって傘という単語は、生命線の暗喩としても用いられる。

「と言っても、見当がつくならば最初から虎穴に飛び込む必要がありませんけれど」

「うーん……少なくとも①云業たちの居場所は、ある程度条件が絞られるんだよね。だからこそ窮してるのもあるんだけど」

 足同様に腕も組んで神威さんは首をひねった。

「夜兎(俺たち)は、ちゃんと日光が天敵なんだよ。神楽とかはたまーに地球でも傘なしで活動してるみたいだけど、あんなんはあいつがしょっちゅう傘手元に置くの忘れるくらい馬鹿な上に夜兎にしちゃおかしいほど日光への耐性高いだけ。ジャンプ風に言うならだいたい禰豆子だ」

「日頃の妹御が心配ですかお兄ちゃん」

「俺は優しいから一度は見逃してあげるけど、次その揶揄い方したら殺しちゃうゾ」

 口調は軽々しいものの、かなり平坦な物言いだった。

 わたしは両手を挙げて降参のポーズを取った。ほとんど完無視か、問答無用で拳が飛んでこないだけ、以前より関係は改善した……の、かもしれない。

「鳳仙の旦那は数分くらいですっかり干上がってあれはあれで激弱だけど、実際太陽下で長時間活動してりゃそんくらいの危険はあるからね。極度の脱水、重度やけど、身体不随、てか旦那はアレ生き残ったのがぶっちゃけ奇跡デショ。ヒカリが前蹴りしなきゃまんま死んでたって」

 前蹴りって、後ろ蹴り前提の用語ではございません? わたし馬扱いされてない?

「まァガキのじゃれ合いは程々にしてもらって……」

 しょうもない応酬を横目に阿伏兎さんは言った。

「だが、云業は傘を持っていなかった。取り上げられている、が正しいんだろうがな。日光に長時間晒されると俺たちゃ根性以前にフツーに死ぬ……だから、あいつらの居場所はかなり絞られる」

 上司の言葉を引き取るようにして、状況を整理する。

「まず、吉原じゃなくとも、吉原にかなり近い場所だ。江戸市中は確実じゃねえか。ンでさっきも言ったように、夜兎はちゃんと日光に弱い。とっくにお陀仏ンなって死体遺棄されてねえとすりゃ、屋内か、地下だ。荼吉尼までとはいかねえでも、それなりに図体があるから相応にスペースが必要になる」

「てなわけで。条件を満たせそうな場所に心当たりとか、ある?」

「そう、ですねえ……」

 パッとは思いつかない。そもそも鬼兵隊は基本的には母艦、あるいは京を拠点としていて、江戸はほとんど、ターミナルを介した行き交いで通り道として利用するのみである。人並みの常識程度か、あとはお土産店には詳しいけれど、そのくらいだ。江戸に常駐する任務の隊員もいたにはいたけれど、少なくともわたしはそうではなかった。いちおう幹部なものでして。

「……ふむ」

 月詠さんがまばたきした。

「思うに……ひとつだけ」

「えっホントに心当たりあんの? 言っちゃなんだけど、俺わりとダメ元だったよ」

 神威さんが目を丸くした。

「華陀が勝手に作ってたっておかしかないってのに」

「うむ、必ずそうであるとわっちも保証できるわけではない。確証があるなら先に申していたであろうしな。しかしわっちとしても、気にかかっていたところじゃ。確認できた辰羅族の総数に対して、やつらのね(﹅)ぐ(﹅)ら(﹅)の(﹅)数(﹅)が合わん」

「江戸中にいるってことじゃなく?」

「その散らばったやつらの仮宿を換算しても、じゃ。江戸を跋扈する辰羅族の方が明らかに多い。百華をもってしても絞りきれてはおらなんだ。やつらの探知能力が優れているがゆえ、気取られない程度の尾行では突き止めきれんこともあったが……そも、誰にも悟られぬまま、宿にできるような家屋はさすがに限られる。江戸はターミナルの影響もあり、我が国でもっとも人の行き交いが多い」

 藤色の瞳が空をなぞる。

「吉原のどこからか湧いてきて、どこかへ消える。傭兵ともなれば多少は活動方法を心得ていてもおかしくないものの、少なくとも辰羅族が一週間以上、睡眠を取らずとも生きていける種族とは聞いたことがない」

「……俺たちもだね」

「船の中で主な休息を取るとしても、それを出し入れするには港や宇宙船発着場(ヘリポート)が必要になる。場所は絞られるが、それほどの大型船は見かけなかった。ゆえに江戸(この地)のどこかに……さて、話は戻るが吉原は地(﹅)下(﹅)にある。地下吉原の周辺に存在するであろう、夜兎が太陽を避けられる空間、華陀が率いる辰羅族が潜んだとて気づかれぬやもしれぬ空間——」

 月詠さんが煙管をもてあそんだ。

「ヒカリ。ぬしも覚えているじゃろう? かぶき町に〝かみさま〟を用いて混乱をもたらしたデコボッコ教団」

「……あー……」

 思わず漏れた声はかなり苦いものになったと思う。心底嫌な記憶なので、わたしはほとんど記憶の彼方に放り捨てていた。性別転換ウイルスの効能により、やたらと男前と化した月詠(月雄)さんの姿を脳裏に思い描く。金髪と傷跡は、眼前の細身の女性と重なった。

「やつらは水道の中に勝手に巣を張り巡らせていた。辰羅族は、同じことをしたのではないか?」

 わたしは思案した。月詠さんや日輪さんはもちろんのこと(鳳仙殿は、とってもどうでもいい)第七師団の皆様もわたしの出方を窺っているみたいだった。ここまでちょこちょこポカをするような女を、皆さん意外と信用なさっている。同盟を組んだだけあるのかもしれない。

 我々が培った信頼関係は置いておこう。

「……断言はできませんが、なるほど、そうなるとわたしも思いつくことがあります。かぶき町四天王がひとりに君臨していた頃の華陀は、しかし当時は〝賭博場の孔雀姫〟と呼ばれていました。〝辰羅族を数多に擁した天人〟とは呼ばれていませんでした」

「春雨から逃げ隠れして潜伏してたから……ってだけの話でもなさそうだな、アンタが言いたいのは」

「ええ、その点はもちろん。しかし四天王の勢力争いには辰羅族が数(﹅)多(﹅)に(﹅)参戦したのですよ。……彼らは果たして、それまでどこに隠れ潜んでいらっしゃったのでしょう?」

 わたしは、病院の屋上に倒れ臥すことになった辰羅族たちを知っている。華陀を捕らえたのはわたしであり、ここまで華陀に恨まれた契機はわたしであった。あの頃も彼女は配下を連れていた——それでいて、軍勢として現れた最後までその所在をつかませなかった。

「デコボッコ教団の事件が勃発したのは、かぶき町四天王の勢力争いがひっくり返った一連の期間よりも後(﹅)になります。ぽっと出のカルト教団が占拠できたというよりは、数年かけてかぶき町に根を張った華陀が整えていた環境にフリーライドした、という方が筋が通り——そもそも民営化された水道の所有自体も、華陀が手に入れていたのかもしれません」

「デコボッコ教団が地球の拠点に雨水貯留管を選んだことも、また華陀の手引きだった、という解釈か?」

「はい。教団の長期間滞在により、かつて辰羅族がのこした痕跡をも混ざり合って判別がつかなくなったことでしょう。労せずして証拠隠滅に至ります。あくまでも邪推になりますが……」

 ……邪推に過ぎない憶測は、けれど華陀と対峙する場合、十二分にありうる推測だ。わたしは彼女から受けた仕打ちに、それこそ心の底から懲りていた。

「華陀の来訪までに水道内部を調べてある程度突き止めることは可能でしょうか? ……百華で足りるかしら」

「そもそも吉原の外、江戸市中広範はわっちら百華よりは適切な人員がおる。……の、だが」

 月詠さんはわたしたち(つまり、わたしと第七師団の皆様)を見回して「……ふむ」なんだかもう一度考え込んだ様子だった。

「……。わっちが頼み込めばなんとかなる、か……?」

「……なにか今不穏ではありませんでした?」

「まあまあ」

「まあまあって」

「まあまあまあ」

「す、すごい、露骨に誤魔化しにかかっていらっしゃる……」

 

   ➤

 

   ——ばつ、ん!

 あたりは暗闇に包まれた。集光レーザーに集まっていた光球もまた、フッと吹き消されるがごとく消えた。突如として訪れた闇の中でわたしは目を瞑り、闇への順応を優先する。慌てる必要はないと知っていた。

「なっ……なんだ!?」

 誰かが声を上げた。わたしには聞き覚えのない声だ。第七師団の団員の声はだいたい聞いたことがあるので、おそらく辰羅族——あ、本当にこういう場面って物語みたいなセリフが出てくるんですね?

「こういうの子どものアニメであるわね。なんだったかしら、なんだかんだと聞かれたら!」

「……答えてあげるが世の情け?」

「ハーもう、アンタ銀さんのパチモン自称してたっていうのに銀さんのこと全然わかってないのね! 銀さんは私がちょけるとすーっごく冷たい目で私のこと見るのよ。もうッそんなこと言ってたら銀さん不足なの自覚しちゃうじゃない!? ああん銀さん、早く地球に帰ってきて……!!!」

「これ俺が悪ィの?」

 一部聞き覚えのある声もしますね。

「〝パーフェクトなプラモデルだというのに対応を誤ったという点であなたに非があります〟」

「ホントに今の俺が悪いか? なあ?」

「洗脳中は上手くあしらってた覚えがあんだがな? やっぱ所詮はハリボテの偽物ってワケか……」

「ああハイハイ俺が悪い俺が悪いですぅー!! ケッ敗北者に人権はねえってのか!!!」

「〝もともとロボットに人権はありません〟」

「そうだな。アンタそういうこと言ってると源外が泣くぞ」

 ……それにしても金鍍金(金さん)はけっきょく、スクラップにはならなかったのだろうか? 後半部分はけっこう銀さんに似ていた。

「なんだありゃ」

 阿伏兎さんが訝しんだ声を出す。わたしがすこし目を開けると、彼は暗闇の中で目を細めていた。夜兎なだけあって、既に目が慣れたみたいだ。わたしも何度かまばたきをして、視界を慣らした。

「たぶんコントです」

「はーん……」

「あの女、見覚えあるよ」

 わたしたちがどこか気の抜けた会話を交わす中、神威さんが言った。声音だけでも明らかに面白がっている。

「忍者だ。伊賀の里で、シンスケに刺されてたヤツ」

「ふん、マ私たちが将ちゃん殺しかけてなんなら殺したやつ担ぎ上げてこの国をしっちゃかめっちゃか引っ掻き回した国賊(アンタ)たちに手を貸す義理なんか、ま・っ・た・く・こ・れ・っ・ぽ・っ・ち・も・ないんだけど」

 悪行を早口に並べられた挙句、一音ごとに区切って強調される。復唱されなくたって罪業ばかりなことはよくわかっていた。

 声の発生源を見上げる。

 先程のわたしの位置から見ると柱の後ろにあったせいで、よく見えていなかったけれど、十数m上には手すりと金属扉がつけられていた。この空間がもともと雨水貯留管の役割なれば、水位が上昇した際に、必要があれば入れるように設計されたのかもしれない。今や、人影がずらりと並んでいる。ほとんどは百華とわかる、打掛に似た派手な衣装と顔を隠す布をつけている。幾人かは、まるでべつの装いをしていた。

 うち、手すりに足をかけてわたしたちを見下ろす女がいた。薄色の髪が暗がりでひらめき、眼鏡のフレームがかすかな光を反射する。

「俺ァ死にかけたしな」

「なんなら御庭番衆全員ね」

「どころか故郷(ふるさと)ごと全滅しかけて影丸(ダチ)は死んでる」

「宇宙海賊に高杉一派が幹部。むしろ突き出して懸賞金貰った方が良い——」

「——けれど、月詠(友達)の頼みだし」

 煙管を片手に、月詠さんが肩をすくめた。

「松平公もお世話になっちゃったみたいだし。インテリメガネもちゃんと報酬出すって言ってくれたし。あ(﹅)の(﹅)と(﹅)き(﹅)ミツバのこと気にしてたのは事実みたいだし」

 指折り数えて「ていうか」小指まで丸めて、一見では華奢にも見える拳がグッと苛立ちを込めて握られた。

「悪党がもったいぶって格好つけないでくれる? アンタたちのお(﹅)か(﹅)げ(﹅)で命が助かったなんて、絶対、嫌。なんなら英雄だなんてちゃんちゃらおかしいわ」

「格好つけた覚えはこれっぽっちもありませんよ……」

 わたしは苦笑気味につぶやいた。

「いいこと?」

 手すりにもはや両足で乗り上げて、彼女は腕を組んでわたしを見下ろした。

「〝妹のようなもの〜〟だのなんだの言い出して銀さんに擦り寄ろうだなんて百年早いんだから。なんなら千年早いんだから。わかったらこれに免じて私をあやめお義姉様と崇めて銀さんとの仲を取り持ちなさい」

「ちょっとだいぶ知らない話出てきましたね」

「猿飛しばし待て、わっちとしてもそこまでの暴挙は容認しかねる」

「おまえらとりあえず一旦私的願望しまえるか?」

「……忍び、それも御庭番衆か」

 茶番にも表情を崩さず、華陀は扇子をひらいて口元を隠した。ぎらりと目がひかる。

「代々将軍家に仕えながらも、現将軍に楯突いて見捨てられた叛逆者。庇護者の松平を失って、身を隠した敗残兵。しかし長年江戸にて暗躍し、重用され続けた実績がある」

「貶してんだが買ってくれてんだかわかりゃしないわね、無理心中上書き未遂犯」

「話を聞いていたならば理解していよう? アルタナを用いた自爆を目論みた工場、あちらこちらに地球外から持ち込んだアルタナ結晶石の破片や武器が散らばっておる。これを戦場にして不利なのはそちらよ」

「御託は結構」

 脅迫ともとれる言葉に彼女はつんと顎を上げ、両手に苦無を構えた。

「辰羅がどれだけやるものかは寡聞にして存じませんけれど、あなたたちが有利な集団戦術で銀さんに負けたことは知っているわ」

 視覚が十全ではない環境ではそれ以外の感覚器が過敏になる。わたしはきりと歯軋りの音を聞いた。

 華陀の口元は扇子に隠れて見えない。

「……ああ、無論、同じ轍は二度踏まぬ。獅子が兎を狩るが如く、辰羅は兎を狩るにも全力を尽くすさ」

「いくら人数で競り勝ってようが、アンタは闇(夜)に俺たちに勝てるって思ってんだ? 良い度胸だ。死ぬのが惜しいくらいだよ」

 神威さんが華陀に傘先を真っ直ぐに向けた。顔は見えなくとも、表情には予想がつく。どうせ楽しそうに笑っていらっしゃる。

「……ではまあ、援護といきましょう」

「けっきょくいつものじゃねーか」

 番傘が火を吹いた。

 

   ➤

 

「……ところで今度こそ忍者も相手取っちゃだめ?」

「だめですよ」

「やめてねホント」




ちょうどこのくだりの前後にオデュッセイアの話題がタイムラインを占拠していました。
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