前略:
昨日の敵は今日も敵。
敵の敵の敵同士で共同戦線は王道。
➤
百華、御庭番衆——だけでなく、たまさんとどこぞの金鍍金まで連れてきている理由は明白だ。
「〝クラッキングの効能はあくまでも一時的です。なにせ頭上にはターミナル、これが今の段階で死んでしまうと些か困ります。出力控えめ、おとなしめ〟」
「逆に破壊しようと思えばできたんですか……?」
「若干今後の展開のネタバレだが、ちょうど爺さんが秘密兵器を開発していてな」
現実にネタバレもなにもない。
「すんなり協力といったのはそういうわけもある。実地試験にちょうどいいとよッ」
説明の最中にもたまさんがモップで辰羅族の側頭部をぶん殴り、金さんは横から出てきた闖入者に肘打ちを顎に決めた。
「〝三郎さんが地上で待機し、主制御を担っています〟」
「俺たちは現場の細かな制御と実地運用のデータ収集、ついでに手伝いだ」
「〝掃除と掃討は大差がありません。芙蓉型はすべての汚れに対応できます。プロトタイプたる私も同様に〟」
果たしてそこには真実、大差はないものだろうか?
丹精込めて作られた顔がぐりんと百八十度回転して、大口を開くとカーッと光線が空間を走る。銀さんを模したパーフェクトなプラモデルが撃てるならば、たぶん銀さん御本人も撃てるのだろう。機会があったらいつか見せていただきましょう。
「……なんか誤解されてる気ィすんな。……まあいいか」
脇差は軽々と人の頭を刎ねた。死の覚悟を決めた人間は手足を断たれたところで噛みちぎる顎の存在を忘れない。なれば狙うべきは一箇所でしかなかった。頚椎を切り離された人間はたいていは死ぬ。
「だいたい、オマエらもオマエらだよ」
番傘から放たれた銃弾はコンクリート製の壁や床と衝突して縦横無尽に跳弾する。最悪だ。そんなに弾性高いのにどうして殺傷能力はあるのかしら。
「なんだって華陀の言うこと素直に従ったワケ。腑抜けちゃった? 死ぬのが怖いって? だったら早く来ればよかっただろ! 真っ先に俺が殺してやったのに」
傘を振り回して肋ごとヒトの身体を叩き折って「……はぁ?」と、神威さんは顔をしかめた。
「オマエらほんと、ほんっと、ア゙ー、阿伏兎ッ! 説教ってオマエの担当だろ! 俺は説教される側で説教するのはガラじゃないんだよ!」
「説教される側の自覚あんのかよ! 自覚あんならあるなりに弁えて負担かけんのやめてくれねえかなあ!? オジサンそろそろ歳なの!」
「まだ三十路過ぎだろ!」
「傭兵稼業でしかも夜兎なら三十路はけっこう歳食ってる方だぜ!? 鳳仙や都市伝説の長老じゃあるめえ!」
部下と上司に挟まれた中間管理職ってとってもたいへんそうだと、阿伏兎さんを見ているとつくづく思う。
「つか俺はガラだとかガラじゃねえ以前に乱戦中にスタンピング完全に聞き取れるほど器用じゃねンだわ! 部下に無茶振りしないくださいませんかねえ、何悠長にお話してんだァ!?」
「だーって云業のヤツあいつ! 華陀ンとこで設備整えられてんならそこでアルタナ製の武器作るだけ作って俺たち呼びつけて拠点制圧して横流す方が速いと思ったとか寝ぼけたこと言ってんだけど!?」
戦場真っ只中でいよいよ揉め始めたし。
神威さんと云業さんが(片方はスタンピングで)悠長にお話なさっていたのであれば、悠長に喧嘩なさっているのは阿伏兎さん御本人である。
「頭おかしいって!! 皆殺しにした方が早いに決まってんのにさァ!? それで舌切られてちゃ世話ないって思うだろ!?」
「ガンギマリ同族同士の不理解を諌めねえとなんねえの? マジで? 海賊王の右腕ったってゾロが仲裁すんのはそんな頻度高くなくない? 俺の給与もっと上がってもよくない?」
「今俺たちに給与とかないだろ。誰が払うんだよ」
「タカスギがいつか諸々倍にして払うだろあいつ約束は破らねえし」
「すみません我々も現在資金難でして。具体的には母艦が吹き飛んで修理費と設備費と備品費と諸々嵩んでおりまして」
「そんときゃ俺に多額のマージンをだな」
「あの、引き合いに出しておいて無視するの、切実にやめていただけませんか……?」
わたしはわたしで取引先と鬼兵隊との板挟みという意味では、中間管理職として大概に同情される対象なのかもしれなかった。勘弁してほしい。
血溜まりの中を癇癪玉じみた球体が転がって、パパパ! と破裂音を響かせる。ツンと鼻のつく臭いが漂った。
辰羅族は夜目が利くというよりは、地球人のように順当に欠けた視覚情報を五感で補うタイプだ。嗅覚を潰せばいくらか動きは鈍る——
「ヴエッなんだこのクッサ」
「ギャークッッッセェ!」
「オエッ」
——……夜目は無論のこと、五感すべてにおいて地球人を凌駕する夜兎たちも巻き添えになっているけれど。
「悪ィな夜兎ども」
「てンめえ不知火のこと根に持ってんな!? 根に持ってやがるな!?」
「知ッりませんね〜ボクたちアンタらに蹂躙される程度の軟弱種族なもので〜」
「死ね!!!」
団員が苛立ち混じりにぶん投げた番傘を、軌道上の忍者(私の計算によると……と喋っている最中に仰け反ったものだから舌を噛んで悶絶している)が避けて、百華も避けて、辰羅族の頭を顔面から砕く。
「ねえアンタら腕鈍ってない!?」
「猿には繊細な攻防戦はわからないのねん」
「そろそろ殺すわよ脇薫。今なら辰羅と間違えたっつっても通るでしょ」
第七師団と忍者の仲間割れはぎりぎりわかるのだけど、御庭番衆同士で揉めるのはどういう理屈なのだろう。同業となると敵対関係にはわからない、根深い因縁だとかが存在するのやもしれない。あのところで助力していただいている元敵対者の身でなんですが、皆さん真面目にやってもらっていいですか。
「内輪揉めとはなんたる余裕」
声を聴く前に、わたしは既に腕を振るっていた。前腕の直線上で脇差の刃が弧状に走る。残像で軌跡を描いて、鋼は鉄扇を迎え撃った。
「ずいぶんとなめられたものよ」
「しかし戦場で如何に平常を損なわぬかは、生還の鍵にございましょう」
「ほざけ」
華陀の目は赤く、紅玉の色はしたたる血よりも濃い。彼女の扇は、かぶき町滞在時代は孔雀の羽を模したただの飾りだったと聞いている。今手に持っている金属製のそれは、権力の象徴や装飾品ではなく、明らかに武器としての運用を想定していた。片方の手がひらめいて、開いた扇がいくつもの銃弾をはねのけた。一枚一枚は刃のように鋭い。
もとより、刀はまともに真正面から打ち合うものではない。刀身の腹で受け、接触の瞬間に角度をつけ、衝撃を逃がす。戦闘に於いて初歩の初歩。
華陀の鉄扇は打ち合ったまま離れなかった。刀身がきしむ。わたしが受け流そうとした仕草にほとんど完全に対応し、加えて、体重を込めた押し込み——折りにかかる。
「平常を損なわぬよう……平和ボケした星、辺境の猿ゆえの言葉よ。貴様らは戦場を異常と定義する。我ら故郷を持たぬ傭兵にとって、戦場こそが平常。差異はありはせぬ」
わたしは、地球人女性の平均としても小柄な方だ。リーチが足りず、筋力が足りない。小手先の細工を弄してようやく前を征く人々に追いつく。かつて地球で、星間戦争で、どこかの惑星で繰り広げられた戦場。それらに足を踏み入れてなお生き延びた方々は、当然このような初歩をしっていて、とうに身に着けている。わたしが努力を重ねたとてそれは先人のほとんど全員が既に通り過ぎた道だ。身につかなかった人は死んでいる。
その上で——なお、生まれ持った体格、体質、反射神経、才能、経験と時間、なにもかもすべてが、わたしと彼らの差を引き離す。どうやったって届かない。
「その辺境の星にたった数年隠居した程度で、常在戦場の勘が鈍った方が仰るなんて」
だからなんだと言うのだろう。
追いつけないとしっていてなお足掻くことには慣れていた。兄上も兄弟子たちも先生だって、ろくに待ってくれたことなんてありはしないのだから。
「なんとも説得力がございますね?」
「手痛い失敗を経たからこそ……まして、貴様が言うものか?」
この至近距離なれば、たとい暗闇の中であろうとも焼けただれた顔がよく見える。じわりとゆがんだ瞳がわたしへの憎悪をともしていた。普段の二人称が剥がれて、より敵意のにじんだ語彙が選択されている。星間文明の翻訳技術によるものか、それとも、彼女はかぶき町在住期間で身に着けたのやもしれない。
「兎よりもなによりも、狭い見識で戦場を語り、三大傭兵部族が一角:辰羅をも見下す様こそもっとも虫唾が走る」
歯の隙間から唸るような言葉だ。彼女ははっきりとわたしに怒っている。屈辱をなめさせたから、だけでなく。侮ったから、だけでもなく。きっとわたしの不相応なほどの振る舞いに。
「戦場上がりに囲まれて、己が本質を誤認したか? 伝聞だけの情報を賢しらに蓄積するばかりでまさか思い上がったか? 我らを知ったように謗っておきながら貴様は、出身たる辺境の星の中ですら、戦時に直接携わったことなどほとんどない」
華陀はハッキリと嘲笑った。
「繋養される牝馬以下の分際で。よくもまあハリボテを作り上げたものよ」
刀の切っ先で切り払い、鉄扇を跳ね除ける。すかさず突いた鞘の先が華陀の鳩尾をえぐった。鉄扇はわたしの目元を払った。咄嗟に反らした顔の中央を真横に鋭く痛みが走る。表皮をすっぱりと断たれて血がにじむ。
ほんと、神威さんじゃあありませんけれど、この女ってよく調べてきたみたい。わたしは思う。
わたしの傷だ。一番膿んだ傷だ。未だに治らない、直視できない、認識したくない過去だ。わたしの過去を徹底的に探ればいずれは掘り返せる。わたしは実力こそ抜きん出てはいないものの、守りには長けていた。倒しづらい相手には搦め手が重要だ。精神を揺さぶって技術を崩す。誰だってそうする。わたしでもそうする。
「……ええ、よく御存知ですね」
脳裏で声がこだまする。〝全員口封じできたと思うには、些か慢心が過ぎる——〟月夜のもとに突き付けられた過去。同じように月夜の日、わたしの髪がバッサリと短くなった日、まったく違うのに同じ白銀の髪を持った人に、わたしの経験は〝良くない〟と断じられた。しっている。わかっている。まるで、まるでなにひとつだって良くなかった。まるでなんにも良くなかったのだとじつのところわかっていた。たかだかこの程度なんて嘘だ。傷ついていなかったなんて大嘘だ。置いて行かれたこと、力になれなかったこと、勝手に守られたこと、守らせてくれなかったこと——そちらこそが絶対に本音だけれど、その傍らで、わたしはたしかにずっと傷ついていて、わたしがたしかにずっと目を逸らし続けていた感情は、間違いなく併存していた。助けてもらえなくて蔑ろにされて泣けなくなったかつてのわたしがそこにいた。
刀と鉄扇がふたたび打ち合う。力加減にぶれのひとつもなく、判断に誤りはない。わたしに動揺はない。
「わたくし真なる戦場を知らぬ身でありながら、今では常在戦場を当然とする部族の頭領:華陀様に敵視されるほどにございます」
わたしの傷だ。わたしだけの傷だ。わたしという存在が蔑ろにされた証明だ。間接的に兄弟子たちを傷つけてしまった過去だ。なかったことにしたかったけれど、なかったことにはできなかった。とっくに終わってしまった事実である。
髪紐もどこにもなくなって、突っぱね続けた謝罪を受け取る他なくなって、ようやく、本当に今更、
「底辺からの大出世、とっても素敵でしょう?」
今更抉り返された程度で揺らぐと思うなよ。
「チッ」
その細首めがけ、わたしが振るった横薙ぎの刃はあいにくと空振った。
華陀が飛び退いた空間に、べつの辰羅族が身体をすべり込ませる。骨格は女のように見えた。華陀だけが女性というわけでもないだろう。彼女が握った短刀をわたしは鞘で弾く。ちょうど刀身の重量ごと身を振り切ったところだった。遠心力と自重がかかった踵が、側頭部をしたたかに蹴り落とす。不足を技術で補うのはただの初歩だ。ゴキンと頸が折れる音。
「困りんす、わっちらを忘れてもらっちゃあ。なにも集団戦術はぬしらの専売特許でもありんせん」
苦無が戦場を飛び交った。さすがに室内でそれも暗闇の混戦となると場所も限られて、敵が避けた軌道上には味方もいる。夜兎は持ち前の反射神経を駆使してそれらを避け、百華や忍者は慣れた手管であるからこそ軽々と予期する。
もとより百華を率いていたのは元御庭番衆がひとり、今代百華頭領はその指導を一身に受けた女。わたしがかつてかぶき町に不本意に滞在することになったときも、忍者講習を受けるなどなさっていた。いずれも技術面はきわめて似通っていて、ゆえに避けるに支障はない。仲間同士の連携を崩さぬように動くのは傭兵の基礎的技術だった。忍者の本質は傭兵集団である。
わたしはわたしで、アドバンテージを補うための対応力、模倣と習得はわたしの十八番にある。わたしの頬をも掠めた苦無を掴み取る。即時に手首を返して華陀へと差し向ける。鋭く迫る凶器たちを鉄扇はすべて弾き飛ばした。
「地下は身をひそめるに最適。その通りじゃ。吉原は腹に一物二物を抱えた天人たちが、数多に訪れる。ゆえに百華に加入した者は皆、闇の中での行動方法を己が身に叩き込む」
カカカッ、と苦無が飛び、辰羅族の衣類を地面に縫い止める。さらに撒菱が散る。行動範囲を阻害する。夜兎の腕力がすべてを薙ぎ払い、番傘から放たれる弾幕は未だ部屋を覆い尽くす。
「は、はァ、は」
いつの間にか、辰羅族たちはいずれも疲弊したように大きく呼吸を繰り返していた。華陀もまた膝をつく。「そして——」月詠さんが笑った。
「ぬしらはたしかに、雨水貯留管を大改造したようじゃが……地下において最も重要なものを失念しちゃあおりゃんせんか」
くるくると空の煙管を指で回し、月詠さんは煙管の先で天井を示した。
「すなわち
鳳仙殿でさえ窒息を懸念して、地下吉原の基礎設備を止めることはできなかった。不思議なことにたいていの〝人類〟は酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出して生活する。呼吸を用いた循環機構は星間文明における収斂した特徴のひとつだ——辰羅族も例に及ばず。
無色透明、無味無臭、多少の違和感は御庭番衆がばらまいた臭い玉に誤魔化される。気化した薬は肺呼吸の間に体内に入り込む。
「なあに、多少の眠り薬じゃ。夜兎は薬に強く、忍者は無論のこと、遊女も職業柄耐性が強くならざるを得ん。遊女から身を落とした我ら百華は尚更にな」
ちなみにここに並べられていないわたしは、どなたかが掘り返してくださった諸事情に基づいた後天的要因により、あらゆる薬の効きが人一倍悪い。
「そう、撒いてもらったのは単なる薬——けどまさか、これだけのことを為出かしておいて、眠るだけで済むとも思ってないだろ?」
番傘を肩に担いで神威さんが華陀の前髪を鷲掴む。
「チンチロじゃあ負けちゃったけど、今回の博打は俺の勝ち。ところで俺、どうやら処刑じゃ最期の言葉を聞くものらしいと前任から教わっていてね」
ただれた顔を微笑んだかんばせが覗き込んだ。神威さんは、下手なお人形よりもよっぽど美人なお顔をなさっている。その顔で微笑まれると誰しも、好感以上に、根源的な恐怖を抱く。
「なにか言い残すことは?」
「……は、はは」
華陀は——この期に及んで、嗤った。
「これで、終わったと、思うなよ」
にこやかに微笑んだまま「どうだろう。たしかに問題は山積みだ」神威さんは目を細める。
「けれど少なくともアンタは死ぬ。——宇宙海賊春雨が提督:神威。謀叛人元第四師団が師団長:華陀を処断する」
斬ッと手刀が首を刎ねた。再生の気配はない。彼女は、烏から不死の血はいただいていなかった。
あんまりにも、呆気ない最期だ。
➤
滴った血ごと頭を放り出して——「あ、そういや、ヒカリ」神威さんがわたしを振り返った。
「自分でやりたかった?」
「え? いえ」
わたしは一瞬呆気にとられて、すぐに首を横に振った。たしかに華陀には散々にしてやられた。恨みつらみは山程にある。けれど、組織的秩序を押し退けてまでその首を刈り取らんとするほどわたしは厚顔ではない。そもそもにして彼女の憎悪はわたしの失態に由来していた。わたしが恨むべきだとすればそれは華陀ではなく、過去のわたしの迂闊さにある。
「あっそ」
「……お気遣いありがとうございます?」
「べつにー」
なあにこのひと。
神威さんは訝るわたしを無視して「じゃ、ちゃっちゃと済まそう」薄暗い空間を見渡した。
「さすがに俺らも長く吸ってちゃ効くかもしれない。そこの金ピカロボ侍さん、さっき言ってた話からして、頸輪って外せるんだよね? 無力化したってことはさ」
「あーまあ、そうだな」
頷いた金さんが「ちょい待て一応確認……」云業さんたちの方に歩み寄って、検分した。
「まあ平気そうだ」
「ヨシ、ならさっさと壊すよ。おい云業アルタナの武器ってやつはどこ。どうせオマエらが働かされたぶんなら全部掻っ払ってこう。正当な権利ってやつだね。はいテキパキ動くー」
「待ちなさい」
パンパンと手を叩いて急かす神威さんを、猿飛さんが鋭く制止した。
「アンタらで掻っ払うって言うの? 宇宙海賊どもだけで? 見逃せるわけないでしょ」
「そうだそうだ」
同意を示さんとばかりに服部全蔵が深く頷いて、指を立てる。
「だいたい正当な権利ってんなら、そもそも拠点を突き止めて先んじて電源シャットアウトの布石を撒いた俺たちにだって権利があると思うがね。貢献度を考えて、八対二だ」
「へえ〜ちょっと出てきていいトコ取ってった程度で二もぶん獲るつもり? ニンジャって俺が想像してたより面の皮が厚いんだな〜」
「何言ってんだ、俺たちが八に決まってんだろ」
「オマエが何言ってんだ」
「わっちら百華のぶんは当然想定されているのだろうな?」
「オッケー、アンタらの主張はようくわかったよ。今から殴り合いで決めたいってんなら俺全然付き合うけどどうだろう」
「あ〜団長、ここで暴れるとアルタナ暴発の危険もあンだからとりあえず穏便に話し合いって選択肢をだな……」
「すみません、そもそもその話今この場で揉め続けて決めなければいけない話でしょうか?」
わたしは思わず手を挙げた。揉めている最中にちょっとどんどんと瞼が重くなってきている。
「〝ヒカリさんのバイタルサインが低下しつつあります。身体的不調ではなく、単純に眠気によるものと推測されます。睡眠薬が効き始めていますね〟」
たまさんが無表情に仰った。「さすが鬼兵隊幹部最弱、クソ弱……」「あのキルスコアはわたしにハンデが課された状態でして、というかわたしは、むしろ耐性がある方でして……」弁明を並べていると阿伏兎さんが溜息をついて(わたしなんにも悪くなくない?)わたしを俵のように担いだ。
「とりあえず、頸輪どうにかして、アルタナ武器ってやつだけ回収できたらさっさと出るか。暴れ馬が使いもんにならなくなんのは困る——」
「ヒカリです」
「——ところであのレーザー使えそうだよな。分解したら運び出せんのか?」
「無視ですか阿伏兎さん」
「どうなの云業その他1・2・3」
「神威さんが聞いてくださらないのは存じてましたけれども」
「……はーん。……へー。……オマエら説明長くない? 聞くのめんどくせえや、とりあえず折ってあとから考えよ、ッオイ離せよ」
「俺たちが団長を羽交い締めにしてるからさっさと分解しろォ!」
複数の団員が神威さんの四肢をそれぞれ数人がかりで拘束する。うちひとりが必死の表情で叫んだ。もはや決死の表情で叫んだ。
「春雨っていつもこんなんなのか」
「わたしの知る限りでは……」
「アンタが知る限りの俺たちは基本コントに寄ってるからな」
「普段からコントなさっていらっしゃるからあのやり取りではありませんの?」
「違うけど……ぜんぜん違うから……」
ボケたやりとりをしているのはあくまでも我々のごく一部ということをご承知願いたい。
神威さんが拘束されている間にアルタナ兵器でも大物はどんどんと分解されていく。頸輪の処分ももちろんのこと、電波遮断が利いている間に各々ガチャコンと外して、頸輪本体たちはたまさんがバクバクと食べてしまった。
「……大丈夫なの、それ?」
「〝体内分解、のち、いざというときの武器製造に用います。人間が食べ物を消化するようなものです〟」
「本当にそりゃ
「また辺境のわりにやたらと便利なやつがいたもんだな……アンタうちで買い上げるとかできねえの?」
「〝私の所有権は銀時様とお登勢様にあります。値段交渉は彼らにお願いします〟」
「こりゃ望み薄だな……」
「たまが無力化したんならこれから突然爆発することもねえだろ。一旦、電源と通信復帰させるぜ。なにかと不便だ」
金さんが手を振る。パチッバチッと音を立てて、ふたたび、即席工場に照明がついた。
——間、髪入れず。
ギュウンギュウンギュウン!!!
ギュウンギュウンギュウン!!!
ギュウンギュウンギュウン!!!
「うわっ何」
耳障りなサイレンが何重にもわたって響き合った。不快感と焦燥感を煽り立てる不協和音、睡眠薬の眠気は完全には消し飛ばないものの、さすがに覚醒を促した——わたしは目をしばたたかせた。
「防災警報?」
気象庁管轄のエリアメールだ。機種や所有者を問わず、基地局から電波を受信できる端末に一斉送信される。地震速報、気象警報、喫緊性を伴う緊急的な速報伝達に用いられる。百華や忍者の皆様がそれぞれ端末を確認していた。わたしの端末にもちゃっかり来ていた。
阿伏兎さんに抱え上げられたままでは袂の角度がつらい。取り出すに四苦八苦していると、金属の義手がわたしの服の間を勝手に探って端末を取り上げた。点灯する画面をふたりで覗き込む。
「洪水警報……レベル5!?」
ポップアップには黒背景に白字で、警報が発令されたエリアの地名が表示されている。ページ繰りは1/10……たかだか数地区ではない。武州ほぼ全土に警報が発令されていて、特に江戸市中は軒並みレベル5に指定されていた。我々が今いる位置:ターミナル直下にあたる住所は当然含まれている。
「なに、強いの」
「避難勧告どころか、既に人死にが出ていてもおかしくないレベルです、けれどもどうしてこんな短時間で——!?」
詳細に目を通す。荒川および隅田川、江戸川、多摩川が増水による氾濫を——武州、それも江戸湾に出る水系に集中している。つまり、いずれも江戸を通る川ということだ。たしかに今日の空は曇り気味だったけれど、豪雨の予報ではなかった。ゲリラ豪雨と仮定してもおかしい。わたしたちが華陀の案内で水道内に踏み込んでからせいぜいがたった
神威さんも端末を覗き込んでくる。落ちてくる暁色の横髪を指で払ったところで、画面が切り替わった。佐々木さんからの着信のポップアップだ。指をスライドさせて通話に出る。
「もしもし」
『ようやく繋がりましたか。ヒカリさんアナタ、今はまだ吉原ですか?』
「吉原では……ありませんけれど、吉原関係者はそばにいます」
「吉原に何か?」
月詠さんが声を飛ばした。彼女もまた、険しい面持ちで自らの端末を睨んでいる。
『吉原に、というか、まあ地下街にですか。洪水警報はさすがにご存知ですね? 三十分前からひっきりなしに鳴っているのだから知らないはずがありませんけれども念のため』
「三十分前か、ら——」
当然ながら戦闘中、あるいは移動中だ。わたしが把握しているはずがなかった。
『ふむ、なんだかあんまり現状わかっていない気配。それでは周囲の不足を補うのもエリートの義務、経緯を簡潔に説明しましょう。まず遡ることざっと一時間前、各種江戸支流河川の上流でダムが同時多発的に爆破されました』
「爆ッ……」
さらっと出てきた単語に目を剥く。
『ついでに河川途中の水門もすべて爆破。江戸市中より上流の放水路も露骨にちょうどよく崩落して遮断されました』
「じ——人的被害は」
『……アナタ本当にテロリスト向いてませんね』
御託はどうでも良いのである。逃避気味に逸れそうな思考回路に無理やり現実を叩き込み、先程の自らの思考を思い返す。
わたしたちが華陀の案内で水道内に踏み込んでから、せいぜいがたった
〝これで、終わったと、思うなよ〟
——あの女、まさか死んだ後こそが本番とでも言うつもり!?
『上流の町は奇跡的、を通り越して、いっそ作為的なくらいに無事ですよ。ダムも水門もろくに機能しなくなったというのに堤防ギリギリを維持した水勢で、せいぜいちょろっとあふれて川岸の家屋が床下浸水した程度。たまに完全に決壊しそうになったかと思えばちょうどよく落石が降ったりなんか変なところが爆発したりでそれにしてもコレは誰が企んだものかと私は非常に訝しんだり』
「華陀です……」
『よく理解しました』
わたしが絞り出した声に、佐々木さんはとっても納得なさった様子だった。
『話を戻しましょう、だからこそ問題というか……奇跡的に:作為的にギリギリの水量がすべて江戸に向けて押し寄せているので、大規模な被害が発生するとしたらどこでもなく江戸なわけです。一挙に警報レベル5が発令されるまで三十分とかかりませんでした。ここまでよろしいですか?』
「……なにもよろしくはありませんが、把握は、いたしました」
わたしは呆然と答えた。
佐々木さんは『よろしい』と、言った。まるでよろしくないと念を押したはずである。いつもののぺっとしたお顔をなさっていらっしゃるのだろうと思う。彼は焦燥に限らずあんまり顔に出ない。天神ともなれば焦っていない可能性もありますが。
『それでもってマ、もっともまずいのが吉原です。そもそもの位置が隅田川直近である点、地下に位置する点ももちろんのこと、アナタが知らないかもしれない事実を説明するとじつは吉原は江戸中の放水路が繋がる場所でもありまして』
「ちょっと知ってます……」
『なるほど、では割愛。危険性は今しがた述べた通りです。とりあえず住民の避難誘導はしたっちゃしたんですがぶっちゃけ幕府も警察もろくに機能していない今、もとから幕府の干渉を受け付けない限定的治外法権:実質的自治区までは数も減った見廻組だけじゃしょうじき手が回らない〜的な〜? そうこうしているうちに第一波到着まで残り十分ちょっとかな〜みたいな〜? アナタの方から回せたらと思っちゃいたんですがその調子ではどうも無理そうですね? どうしましょうか』
「あなたたまにものすごくちょけて来られるの本当になんなんですか?」
『切羽詰まった状況下ですからせめて気分だけでも和らげてあげようかと』
「逆効果です」
『しょぼん』
口で言うものではなく、もっといえば、自分で言うものではない。そしてなにより状況が状況だ。他の方であれば煽っていらっしゃいますかと尋ねたいところなものの、佐々木さんなので、つまり日頃の心底ふざけたメール文体はもちろんのこと、この間のリモート会議でも、本気でファンだった真選組相手にもあのざまなことも、諸々踏まえるとたぶんちゃんと素で配慮がダダ滑りしているだけだった。
エリートどうこう言う以前にこのひと、情緒研修でも受けるべきだ。
さておき月詠さんは先程の余裕はどこへやら、顔からはすっかり血の気が引いていた。百華は誰も彼も似たようなもので、もはや倒れそうな人までいる。
「日輪、晴太、遊女たち、が」
「——まあ吉原は大丈夫だよ」
神威さんがコキリと首を鳴らした。
「鳳仙の旦那がいる」
「楽観的に励ますだなんてお優しいこと……ただあなたがたの夜王は今や、介護も必要なお爺さまですよ」
「俺は励ましてなんかないさ、事実を述べてるだけ。夜王の座はもちろん強さは重要なんだけど、強さだけで決まるわけでもなくってね。癪なことに……だったらあんな色ボケ野郎じゃなく、とっくに俺がぶんどってるか、それより前にどっかのハゲ親父か、本当の宇宙最強の夜兎がそう呼ばれてたハズだ。ウン、心底どうでもいいね!」
番傘を担ぎ直して「とにかく、だから吉原は心配しなくていい」と、神威さんは続けた。そのまま指が頭上の天井を示した。
「っていうかたぶん、真にまずい場所、俺らが心配すべきは他所じゃなくて
「さすがだなァ団長。ようやく周りに気が回せるようになったのかい」
「俺は気が回せなかったんじゃなくて、気を回さなかったんだ。違いワカル?」
「ハイハイつまり天然かわざとかってことですよね。ったく世紀のトンデモバカ提督……」
「どうも~」
「どうも~じゃねえんだよ~?」
漫才ノルマをこなす第七師団の横で「残り十分ちょっと……今の連絡の最中で、もう十分は切ったか?」服部全蔵が、先だって提示されたリミットを繰り返した。モサモサの髪の毛に埋もれて目元はよく見えない。けれどきっと、眼光鋭く光っていらっしゃる。
「俺たちだけなら、全員脱出は容易い。アンタらがいたところで大して差はねえな、逃げ切れるだろう。だが……御庭番衆としちゃ、アルタナの効能は松平から聞いてる。濁流に飲まれたアルタナ兵器が暴発でもしたら……万一ターミナルに穴でも開けたら——」
「良くて江戸巻き込んで爆発。悪くて、地球ごとおじゃん、ってわけね」
猿飛さんが締めくくった。
睡眠薬で今にも落ちそうなまぶたを押さえて唸る。緊張状態は交感神経を優位にする。過剰に活発化する神経と薬効の矛盾に頭がおかしくなりそうだ。
「……佐々木さんってターミナルの内部構造や周辺地理情報は把握してます?」
『……本当にアナタ今どこにいるんですかね。まあターミナルに限らず江戸の地理と建築物の構造は粗方把握してますよ。データもありますから送りましょうか』
「要りません今わたし読み解いてる暇ないの。ですのであなた頭の中で3D展開できます?」
『まーたこのひとは私に無茶振ってくる……』
「できないならできないと仰ってください」
『できますよ』
「わたしさすがに水道移動中にすっかり方向感覚失ってしまったんですけれども、夜兎の方々であれば今真北がどちらかわかったりします?」
全員が一斉に一方を指を差した。
このひとたち、あの暗闇の中で曲がりくねった通路を抜けておいて、まるで方向感覚を失わなかったみたいだ。ちょっと引く。とはいえこれで方角がわかると判明した。
なれば大きな支障はない。
「御庭番衆方百華の皆さん、鉤縄等持っていらっしゃいますか? 月詠さんは普段からお持ちでいらっしゃると記憶しておりましたけれど」
吉原や江戸城での件を参照した経験則だ。
「……あるにはあるが、しかし」
『御庭番衆を駆り出したことは松平公経由で把握しちゃいましたけれど、いったい何をしているんですかねえ……』
『またあのひと無茶してるの』
『そうみたいです。ところで兄御にこの件報告はいってない気がしますが、私はさっさと密告しておくべきかそれどころではないことを踏まえて一旦黙っておくべきか』
できれば言いつけないでいただきたいかも……とわたしとしては切に願いたいものの、ちょっと口論している暇が惜しい。
「たまさんって先程の頸輪から爆弾作れたりできますか?」
「〝可能ではあります。ンべ〟」
たまさんがゲロッと拳大の球体を吐き出した。オイルにまみれている。どこか見覚えがある——小太郎さんがよくお持ちでいらっしゃる小型爆弾に似ていた。「おお……斬新な、作り方だな……」阿伏兎さんが引き気味な感想をつぶやいた。さすがに嘔吐って夜兎でも引くんだ。
オイルにまみれた爆弾を拾い上げたのは神威さんである。しげしげと観察するように球体を指先で回転させる。即席お腹でメイキングとは思えないほど精巧な作りだった。……アルタナ兵器とか、夜兎を働かせるまでもなく、たまさんに飲ませれば解決した説ありません?
「〝こちらのボタンを押すと一秒の間もなく爆発します〟」
「時限式ってワケね」
「ターミナル直下、アルタナを吸い上げてエネルギーに変換する機構が我々の頭上。星間転送は都合上、上階で行われていて地下からは遠く——一方でターミナルの地下となれば
『……はあなるほど。動画通話にしましょう。カメラ回せます?』
カメラをオンにして外カメラを表示させる。ぐるりと空間を一望するように端末を回し、「北はあちらだそうで」わたしは最後に、夜兎の皆さまに教えてもらった方角を指差した。
『ハイハイだいたいわかりました。では神威殿、その場から三歩下がって』
「はーい」
良いお返事である。最凶と謳われる三大傭兵部族が一角の上澄み、宇宙海賊の提督殿とは到底思えない。
『大きく振りかぶって』
神威さんはきれいな投球フォームを作った。かつて神楽陛下が爆弾を投擲したときも、同じように片足を高く上げる投球フォームで放り投げた。睡眠薬でぼやけかけた頭を振って、追憶ごと振り払う。
『およそ北北東20.34、傾斜は63.45度——そこです』
ボタンを押下、小型爆弾が投擲される。目にも留まらぬ速さで球体は空を切り、角度指定された天井に突き刺さった。自然と皆々、衝撃に備えて急所を抑えて姿勢を伏せる。爆弾が甲高い音を立てて点滅する。ピ、ピ、ピピピピ——
ドォン!!!
——大☆爆☆発!!!(n度目!)
コンクリートが破損し、粉々になった瓦礫や砂埃が降り注いだ。わたしの頭上で番傘が開かれて、超軽量合金が頭上から落下する危険物をすべて弾き飛ばした。
「マ今更っちゃ今更なんだが」
わたしを担ぎ直して、傘の位置を調整し、阿伏兎さんは嘆息した。
「暴れ馬素っ頓狂思考回路五段飛ばしとエスパーみてえなバケモンで通じ合ってねえで、アンタらは目的を先に言えよ」
『要するに、目的は車両でしょう』
「ええその通り」
パラパラと砂埃が収まって、無人のホームに停車した地下鉄車両が顔を覗かせた。天人襲来および開国がなされて早ン年、ターミナルはすっかり江戸の中心地だ。避難指示は真っ先に出る。真っ先に皆が避難する。最低限の貴重品を抱えて出たとして。
——当然、非常時に地下鉄を運転して逃げるような馬鹿はいない。
車庫はスペースを取るがゆえに、地下鉄であっても基本は地上に建設・収容される。いずれの鉄道会社でもそこまで車両を運転する時間よりは避難が優先される。乗務員たちはせいぜい鍵をかけて、乗り捨てる他にない。
「兵器詰め込めるだけ詰め込んで走らせます」
いくつかの地下鉄は〝地下鉄〟とは名ばかりに地上区間を走る場合がある。江戸メトロでいえば丸ノ内線や東西線はその筆頭だ。走らせて地上区間まで抜け出せれば——そうでなくとも、ターミナル直下のアルタナエネルギーの集合体から遠ざければ、星ひとつと心中は避けられる。わたしたちだけで心中する結果になるかもしれないけれど、人数の多寡で推し量るならば間違いなく些事だった。
「……俺たちン中で電車運転できるやついんの?」
「なん……なんとかします」
わたしはちょっと言葉に詰まった。我が唯一の部下、中田さんがいらっしゃったら無茶を振ったかもしれない(あのひとは多種多様な乗り物を運転できるので、もしかしたら電車もできる)けれど今いらっしゃらないのであった。このような目に遭うとわかっていてなお連れてくるはずがないけれど——上司と心中なんてごめんでしょう?——ちょっと悔やまれる。痒い所に手が届く部下って便利なのだ。
焦りと眠気で頭がおかしくなっている自覚はあります。
「さすがに寝落ちかけてるヤツに運転任せる選択肢はねえだろ」
「かといって俺たち、伊賀忍かつ御庭番衆といえどもさすがに電車の動かし方はな……」
「俺が制御システム繋ぎゃどうにかなる、か?」
「あーもう手段はあと、ちゃっちゃとやるわよ! 少なくとも剥き出しより電車の中放り込んじゃった方が暴発リスクは低いわ」
男性陣(ロボットは、男性?)がワチャワチャと話し合う中、猿飛さんがスパッと断言なさった。
「これ失敗してアンタらと心中なんてそれこそ冗談じゃないもの」
「それこそゆりかごから墓場までってか」
「やだよして、猿と同じ墓場は私勘弁なのよん」
「こ・っ・ち・の・台・詞!」
御庭番衆ってもしかしたらめちゃくちゃ仲悪いのかもしれない。
御庭番衆や百華が持っていた鉤縄を駆使してホームまで登る。このメンバーではもはや鍵は児戯みたいなものだった。三マスルービックキューブの六面揃えよりも容易い。開錠まで三秒もかからないという意味である——三マスルービックキューブ揃えの世界最短記録は約三秒、というちょっとした豆知識。
分解できるものはちゃっちゃと分解し、小さめの爆弾やバズーカはそのまま放り込んで『ちなみに到達までのこり五分です』「急げ!」車両に敷き詰められる。人間とロボットは皆々先頭車両に乗り込んだ。
首都圏における地下鉄車両の定員は平均して一両ざっと一五〇人、第七師団全員と百華を含めても我々は百人ちょっとといった人数なので(なにせ百華はどこぞの元第七師団団長殿たちが大暴れした結果、半分近く数を減らしていて、彼らが率いた第七師団は春雨の抗争でごっそりと人を減らした)全員入ってもゆうゆう猶予がある。通勤ラッシュピーク時の乗車率が二〇〇%は固いことを考えれば、理論上一両に三〇〇人ほどは詰め込めるのだろう。数値にしてみるとしみじみ、世の中の電車通勤社会人の圧死が危ぶまれる乗車率だ。
乗り込んだ地下鉄車両。運転室に乗り込んだ金さんが車両に電源を接続する。パッ、と照明が音もなくついた。片手は空中でなにやらキーを打つようなしぐさをする。超高性能AIを積んだパーフェクトプラモデルにキーボードの打ち込みといった外部入力装置の経由は必要ないので、単に開発者の平賀さんが人間らしく振る舞うディティールとして積んだだけなのだろう。落ちかける瞼を抑えていると、云業さんがわたしの首根っこを掴んで引き上げると(ちょっと喉が締まった)座席に置いた。
「ありがとうございます。……あなたも座ったら?」
「……」
「身体デカいから狭い座席じゃ安定しないってさ、立ってる方が楽らしい」
「あら」
たしかに恰幅がいいと幅が見合わない。納得しつつ、襟元を整える。
「それにしても通訳めんどいな。ヒカリはどうしてスタンピング聞き取れないの」
「わたし実は地球人なんですよね」
「馬って耳良いらしいのに」
「神威さん、先日申し上げたことを今一度繰り返しますけれど、わたし怒らないわけでもないの。大概になさらないとそろそろ殴りますよ」
「諸々終わったらさっさと義舌作らせないと」
神威さんはわたしの抗議をフル無視した。口元がニヤニヤなさっているのでどう考えても故意である。本当に殴ってもよろしいでしょうか。
「……義舌とかあるんですね」
中途半端に吸った睡眠薬のせいでろくに力が入る気がしないし、云業さんが目だけで〝やめてくれ……〟と器用に訴えていらっしゃる。わたしは渋々襲撃を諦めた。監禁と拷問と労働って嫌ですもんね、疲れますもんね、わかりますよ。あなたの負担に免じて差しあげましょう。
今はね。
「番傘ぐらい慣れ親しんでりゃ自分たちで作れんだがなあ。さすがに神経繋ぐレベルになってくると腕の良いやつに頼む他ねえ——っと」
ガクン! と衝撃が走った。列車が急加速で動き出したのだ。阿伏兎さんは持ち前の体幹で平然と耐えたものの、バランスをわざわざ取るよりはものに捕まる方が楽みたいで、吊革に捕まった。外見で人間を推し量るだなんてナンセンスだけれども、すくなくとも彼の容貌はまったくサラリーマンっぽくはなく、電車とセットにしたところでむしろ不審者臭が増す。周囲のむさくるしい夜兎たちを合わせて不審度はさらに倍。視線だけで車両の内部を見渡した。百華が暗い面持ちでうつむいている。月詠さんは祈るように両手を握りしめていた。御庭番衆たちも居心地が悪そうで、猿飛さんは月詠さんに寄り添って、背中をさすっていらっしゃった。
地下鉄の最高速度は安全性を考慮して時速八十㎞程度に制限されているというけれど、たぶん金さんは無視していらっしゃる。線路を踏み越える振動が身に伝わる。トンネル内を駆けるごうごうとした空気の反響がこだましていた。トンネル内の照明も今は消灯していて、車窓は真っ暗闇だ。
わたしは、この土壇場で刹那、もしかしたら寝落ちていたのかもしれない。ふいにまぶしく光った視界にびくっと身体が震えた自覚があった。薬が入っていたからって、いくらなんでも油断し過ぎである。わたしの醜態には誰からの指摘もなく、皆が車窓を凝視していた。
——地上区間だ。外に出ている。
空の隙間からは日が差していた。今日は曇天だったけれども湿気は少ない方で、だから遠目までよく見える。
「うわ……」
誰がこぼしたのかは、わからない。たぶん皆が同じように、唖然とその光景を見ていた。
荒川から濁流が押し寄せる。普段穏やかな流れを保った平野の河は、激流に水底をえぐられて、急流が川岸を削り、土砂を巻き込んですっかりと土色に変色していた。雨だれが石を穿つなれば、大河はなにを破壊するだろう? 堤防を難なく超えて、河付近の街並みは既に浸水していた。路面は既に水底だ。膝丈ほどの泥水に浸かって底はろくに見えもしない。
我々の脱出に用いられた列車は、架橋の途中で停止した。他に電車の通行はなく、ふたたびトンネルに入れば我々も浸水の危険と隣り合わせだ。賢明な判断だろう。
車両の中は静まり返っていた。ごごう。ごう。ごごう。濁流の唸り声がわたしの耳に届く。路地のマンホールが汚水を噴出して弾け飛ぶ。水浸しの路地を看板が流されていく。災害だった。水害だった。……人災だった。
あの濁流を雨水貯留管の中でもろに食らえば、逃げ場がないことなど明白だ。水に巻かれてしまえば脱出方法はどこにもなく、我々はただ溺死する他なかっただろう。アルタナ兵器は押し寄せる水量に負けて破壊され、それこそ、ターミナルがくみ上げる我が星地球のアルタナと接触すれば、大惨事は免れなかったと推察できる。
華陀の最期の言葉、吐息のような笑い声を思い返す。賭博場の孔雀姫——無理心中の主導権を握るがため、あなたはいったい、どれだけの博打を重ねたのだろう?
「——吉原」
月詠さんが身を乗り出す。
荒川から分岐した支流こそが隅田川だ。大火によって一度燃え尽きた旧吉原より、地下吉原:吉原桃源郷はより隅田川に近いエリアに新設された。おそらくこのあたりは造船所との兼ね合いがあったのだと考えられる。天井はあまりに長期間閉め切っていたものだから、開いたときにかみ合わせが悪くなり、ふたたび閉ざすには上手くいかなかったらしい。細い隙間が直線的に開いていた。
荒川上流から駆け抜けてきた濁水が分岐する。隅田川もまた決壊し、あふれた泥水が街を侵食する。そのさまが——よく見えた。
吉原にもまた濁流が迫り——
——ば、と、大きく、遮蔽物が陰をつくった。
濁流がもろに真正面からぶつかった。微塵も揺らがない。ドドドドドと音を響かせて、濁流が左右に割れる。隙間からあふれた汚水はあれど、大半は吉原を割けるように流れていった。
「……この短時間で、あんなんどうやって作んだろうな。つーか、まずどうやって調達した?」
阿伏兎さんが呆れたように言った。
「あんな数の傘とはよ」
星間文明最先端技術をつぎ込まれて作られた、夜兎の生命線。超軽量合金で銃弾程度は軽々と防ぐ攻防両用・晴雨兼用の番傘。さながら花が咲くように開いて、一輪、二輪、三輪——百をくだらぬ数の傘が吉原天井に空いた隙間を覆い、さらに濁流への防波堤の機能をも果たしていた。あの調子で排水管だとかも全部塞いでいらっしゃるのは、想像に難くない。
「ちょうどどっかの夜兎集団が滞在してたみたいじゃん。あいつらから予備まで含めて巻き上げたんじゃないの」
「〝長老〟派閥のこと言ってんだよな? 伝説の傭兵殿とそのシンパだぜ、俺らの大先輩、どころか鳳仙にとってだって大先輩さ。いったいどんな手練れ手管を使うんだよ」
「旦那ってよくわかんないからな~」
「そりゃ、そう」
月詠さんが膝に突っ伏した。百華の露骨な安堵、一方で、第七師団は当然とばかりだ。夜王への認識が、恐怖を齎す支配者であったか、まがりなりにも集団を統率する王であったかの差異、あるいは単に過ごした時間の質量の差異によるものか。
……信頼の出処を論じたところでなにもない。結果として、少なくとも吉原は災禍を免れた。わたしもまた息を吐く。助力を乞うておいて彼女らの家が壊滅するのを黙ってみている他なかったなんて、あんまりにも寝覚めが悪い。
瞬間、わたしの端末がピリピリとけたたましく鳴り響いた。……一難去ったばかりなんですけど、ちょっと浸らせようという配慮とか。ないですか。そこになければないですか。状況が許しませんか。そうですか。そうですよね。
「ッはいもしもし先程ぶりです佐々木さん」
『はい先程ぶりです。無事に脱出なさいましたか。ちょっとそのアルタナ兵器とかいうやつ我々も欲しいな~とか思うんですがどうですか』
「交渉次第かな」
「そもそもここで山分け自体が割れてる」
「だそうです」
『揉めそうですね置いておきましょうか。ちなみについさっき、それこそ一分前に宇宙海賊春雨が提督:華陀の名義から声明が出ましてね』
「……」
声明もなにも、わたしたちはつい先程、華陀ご本人および辰羅族を軒並み殺したはずだった。
『聞きますか?』
「聞きたくありません」
『ではデータを送りますから見てください。通話をつなげたままで構いませんよ。さっさと開けてくださいね』
「すごい、ほんと、本気で、いや……」
佐々木さん、わたしに対して無茶振りとか仰いますけれど、それこそあなたの容赦のなさも大概にございますよ。
「将軍暗殺直前に計画ひっくり返されたときぐらいまで弱ってて、ちょっと面白いネ」
「団長、この状況でコイツが弱ってんのはつまり俺らも巻き添えになること確定なのはわかってんだよな?」
「何事もポジティブな側面を見出さないとやってけないよ」
わたしの醜態見物を〝ポジティブな側面〟扱いしないでほしい。
外野が好き勝手騒いでいる間にも動画データが届く。本当に心底見たくないな~と思いながら、わたしはデータをタップした。
【 ——この動画が世に流れているということは、わしは既にこの世を去ったのだろう。 】
先程散々に見たケロイド顔の女が、なんだか創作物でよく目にする言い回しを用いて話し始めた。
傘で防げてたまるか!vs絵面が壮観ならすべての展開が許されて然るだろ。