【完結】春去りて、春風は未だ   作:初弦

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前略:

 怨霊と呼ばれるからには死んでからが本番だしとりあえず戦乱と天災くらいは引き起こしてもらうのは最低条件。

 そうは思いませんか?

 

   ➤

 

【 ——この動画が世に流れている、ということは、わしは既にこの世を去ったのだろう。 】

 

【 わしは華陀、今代宇宙海賊春雨が提督さ。そちらも手配書で見たことがあるやもしれぬ。地球のかぶき町に住んでいた者は、顔を合わせたこともあるやもしれぬ。わしはかつてそこに住んでおった。 】

 

【 あるいは、知っている者はこのように思うかもしれぬ。

  〝華陀? それは数年前に春雨の権力争いに負けて逃亡した、師団長ではなかったか?〟 

  〝華陀? それは先日のかぶき町四天王抗争に於ける黒幕で、最終的には敗北したのではなかったか?〟

  いずれも事実よ。 】

 

【 わしは、かつて宇宙海賊が春雨の抗争に負け、追い落とされ、逃げ出した。負け犬に相違あるまい。

  辺境の星に隠れ潜み、春雨に返り咲く機会をうかがい、あまねく者どもを利用した。極悪人に相違あるまい。

  機を図り間違い、己が力を過信して増長し、その果てに呆気なく破れた。愚か者に相違あるまい。 】

 

【 ふたたびなにもかもをなくし、負け犬のように這いつくばったわしを、そ——ちらも知る者が多いやもしれぬ——鬼兵隊が捕獲して春雨に献上した。わしの身柄は使えたようでな。

  どうやら宇宙海賊春雨(やつら)は、かぶき町でもわしがしっぽを出して捕らえられるようにと、いろいろ画策をしていたらしい。それに呼応したのが鬼兵隊さ。やつらは自らの手を汚すことなく、わしが自ら増長し、自らふたたび他人を利用し、自ら同じ轍を踏むように仕向けた。同じように追い立てられるようにな。

  わしはただやつらの計略の掌上で踊らされていたのさ。ほんに無様なものよな。 】

 

「……事実ではあるな」

「事実ではあるわね」

「……はい」

「〝百舌鳥〟オイ、てめえこないだの敵幹部ヅラはどこやったんだよ。もうちょっと自信持ったツラしてくんねえか」

「今ちょっと品切れ中で」

「あのなあ……俺たちアンタらに里蹂躙されてんだぜ。親戚もダチも殺されてんだ。挙句に美味しいとこだけ掻っ攫われてよ。だってのに弱りきったポメラニアンの顔マジでやめろ。天導衆相手に啖呵切ったデカい態度どこやったんだよ。コレに負けてんのがもはや虚しくなってくるだろ」

「あの女本当に本気で無理……」

「聞けよ」

 

【 なんの因果か、わしは逃げ出す隙を手に入れた。わしの顔は焼け爛れ、声はつぶれ、もはや誰も孔雀姫と気づくものはおらなんだ。

  わしはそうして別人として生きるすべを得て——考えたのよ。復讐の計略を。 】

 

【 わしだけでなく、春雨や鬼兵隊は、様々な方法で人を唆し、自らの手を汚さずして不幸に追い落とし、用が済めば処分していた。そのようにして齎された被害が数多にあった。そのようにして生まれた被害者が数多にいた。

  ……地球にも数多にいた。尊王倒幕派と呼ばれるおまえたち。認めよう、はじめはおまえたちを復讐に利用せんと考えていた。しかし……わしと同じように苦しめられるおまえたちを、わしは同胞と思うようになった。 】

 

「阿伏兎オマエ、なに腕さすってんの?」

「……そろそろ寒気がしてきたんだよ……」

「元カノのビデオレターぐらい真面目に見たら」

「元カノではねえしビデオレターでもねえし今の団長の発言が一番不真面目だからな」

「今カノ?」

「あーた俺にも堪忍袋の緒ってモンがあンだぜ」

「知らなかった〜」

「じゃあ今心に刻んで〜」

 

【 天導衆、存じておるな? この宇宙を実質的に支配する権力者たちじゃ。

  これは公然の秘密だが、春雨は天導衆にすり寄って長年私腹を肥やしておった。鬼兵隊もまた、天導衆に近づくために策を弄しておった。 】

 

【  天導衆は今や、宇宙全土を巻き込む戦争を仕掛けている。

  今まで淡々と職務をこなしていた支配者どもが、なぜ突然このような暴挙に至ったのか——そちらにはもう、察しがついておろう? 】

 

【 復讐——するつもりだったのさ。

  わしは春雨に尽力するふりをして鬼兵隊を潰し、春雨元老院の寝首を掻くようにお膳立てした。最終的には、天導衆を仕留めるつもりで、秘密裏に武器を作っていた。不死身と化したやつらを殺す策を練っておった。

  しかし、この動画が世に出たということは、わしの計略は失敗したのだろう。それもおそらく、鬼兵隊、春雨——やつらの残党に阻まれたのだろう。宇宙の嫌われ者を寄せ集めたシンジケート、手段を選ばぬ世界の破壊者、やつらは事ここに至って世界の破壊を目論んで、 】

 

 わたしはそこで動画を止めた。もはや確認するまでもない。

『ご視聴ありがとうございました』

 佐々木さんが咎めることなく締めくくったことを鑑みるに、実際これ以上の新規情報はないようである。

「ところでどなたか短刀持ってます?」

『もしかしなくても切腹しようとしてない?』

 通話越しに今井さんからツッコミが入った。

 脇差はさすがに長さがあるし、なにより兄上からお借りしたもので我が身の始末をつけるわけにもいかない。

「苦無はあるが……その、さすがに、痛いぞ?」

「ツッキー、ツッキーなに渡そうとしてんの?」

「大丈夫です。慣れております」

「切腹に慣れてるもクソもあるかよ」

「腹切民族はけっこうだがよ、さすがに死ぬなら諸々始末つけてからにしてくんねえか?」

 阿伏兎さんの苦言はきわめて正しいので、わたしは頭を抱えるだけに留めることにした。

「あの女、罪業全ッ部こっちにスライドさせてきたんですけど……!?」

 おかげさまで華陀と敵対していた春雨第七師団派閥と鬼兵隊は、天導衆に世界の破壊思想を吹き込み、世界の破壊を防ぐべく奮闘していた華陀を弑した、最悪のテロリスト集団である。

 要素並べればたしかに全部事実ですけれどもね!?

「これなんなら洪水の直後に出されたことでピンポイントわたしたちのせいまで邪推できる構造になってますけれど!? というかたしか並行して小太郎さんと坂本さんが解放軍の交渉進めていらっしゃいましたよね!? もう成立無理では!? これ完全に鬼兵隊・宇宙海賊春雨で天導衆を阻止せんとした影の英雄(笑)を奇襲した構図ですよ!? そりゃあ地球が一枚岩ではないのは今に始まったことではございませんけれど、組織の意思統一ができていない証左を示すだなんて、交渉前の状況としては最悪も最悪です!」

「それにしてもよく喋るなコイツ」

「無理心中できりゃ奴(やっこ)さんの完全勝利、殺せなかったら殺せなかったで社会的時限爆弾をかまして責任まるっとおっかぶせて勝ち逃げか。考えたねえ」

「感心なさっている場合ですか!?」

「ぶっちゃけ今回の面倒事ン中で一番面白いまであるよね」

「言っておきますけれど第七師団(あなたがた)、めちゃくちゃ巻き添えなんですからね!? むしろ本命なんですからね!? 自覚ございます!?」

「えーでもさ。むしろラッキーじゃない?」

 わたしの糾弾を頬に当たるそよ風程度に捉えているみたいで、神威さんはワクワクとした表情を隠そうともしない。

「華陀が煽ってくれたおかげで、さすがに討幕志士どもが虚に与する可能性は捨ててよさそうだ。なんなら解放軍もね。一丸となって敵に立ち向かうってやつ、みんな好きだろ」

「一丸っつーかなんつーか……」

「ついでにただただ俺たちが集中砲火に遭うだけで」

「ですから最後が問題なんですよ」

 苦言を呈すると蒼の色彩がキュッと丸くなった。

「でも、世界の敵なんてそんなの最初っからそうだろ? それとも他人のせいだったら怖くなっちゃうわけ? アンタってば散々暴れ馬だのなんだの言われてるけど、どうやら馬らしく臆病でかわいげあんじゃん? 意外ィ」

「どうも、わたくし地球人かわいげ代表ぐらいにはかわいげがありますので。ところでたしかあなたのこと三発殴っていいんでしたっけ」

 言いながら平手を繰り出すと「イタッ」甘んじて受けられた。神威さんは約束に対して案外律儀である。残り二発は今後苛ついたときのためにでも温存しておこう。

「御庭番衆(私たち)と百華・からくりさんたちへの言及がありませんね」

 きり、と眼鏡の忍者(猿飛さんではない方)がフレームを上げる。

「事前録画の可能性は九九%……」

「もうそりゃ百パーでいいだろ。だがはっきりした——華陀はきっちり死んでいる」

 服部全蔵が断言した。

「この執念深さで最後の最後に助太刀した俺たちへの言及がねえのはおかしい。確実に死んでる」

「そりゃあ、忍者に同意見だな」

 阿伏兎さんが腕を組んだ。

「ンでもってポジティブに考えるなら、あの女はこれ以上、リアルタイムで戦況把握なんかできやしねえ。今までの情報頼りに打った事前策以外のことはできねえってわけだ」

「ネガティブに考えるなら?」

「華陀の手勢に統率が利かなくなる」

 ……果たしてどちらが厄介だろう。船頭多くして船山に上る、でもないけれど、動きが読めないという点では同様に大差がない。

「ポジティブな点はもうひとつある」

「なにが」

「俺たち御庭番衆と吉原が百華は、華陀の手勢には敵視されてねえわけだな」

 服部全蔵の瞳は相変わらずぼさぼさの前髪に隠れてよく見えない。けれど口元はふふんと笑みを描いていた。

「と・いうわけでこれにて一時休戦破棄、俺たちゃ兵器だけいただいて離脱ってわけで」

「おいおい」

「なんならアンタらの身柄掲げてったら英雄になれんじゃねえか?」

「おいおいおいおい」

 気さくに突っ込みながらも阿伏兎さんは流れるように番傘を突き付ける。苦無がキン! と応じて、矛先はわずかに服部全蔵の頭から逸らされた。電車から降りてもいないのだから得物を振るうには狭苦しい空間だ。よくやりますよあなたがた。

「今やり合うってんならマジで殺すが」

「冗談だよ」

「ホントか?」

 お互いに殺されて然るだけの自覚があるだけにあんまり冗談には聞こえない。

 ニコニコ険悪なシノビ×ウサギ。わたしは眉間を揉むようにして「……そうですね」と、つぶやく。

「さすがに首を刈られるわけにはまいりませんが、休戦同盟解散という点は問題ありません。からくりの方々もね。第七師団の許可が得られるのであればアルタナ兵器も多少色を付けてお渡しいたししましょう。条件はつけることになりますけれど」

「……なに考えてやがる?」

 一瞬前までとぼけたお声をなさっていたというのに、御庭番衆のお頭さんは、露骨に疑念を含んだ声に切り替わった。服部全蔵はまだ良しとして、御庭番衆や百華も妥当っちゃ妥当だとして、第七師団からも胡乱げな視線を向けられている。なんなら云業さんがしきりに踵を貧乏ゆすりのように揺らしているし、神威さんがウンウンと頷いている。わたしがスタンピングを聞き取れないのを良いことに、絶対堂々と陰口叩かれている。

 どうしてわたくし、同盟相手にまで露骨に疑われなければならないのでしょうか?

「わたし、地球では指名手配されておりまして」

「それは知ってる」

「なんなら全国規模で顔と声も放映されておりまして」

「それも知ってる」

「というか周知の通り宇宙海賊春雨って最悪大海賊として名を馳せていて、春雨の雷槍こと第七師団はとくに有名で、なんなら神威さんは一度提督に就任なさっているので、こちらも顔がわりと知れていまして」

「要点は?」

「我々もとより動きづらいのにこの状況下で加えて武器を占有するわけには参りませんでしょう。援軍に虚特攻の武器を少しでも行き渡らせることが最優先です。華陀のために日数も割きましたから、おそらくそろそろ万事屋の御方々も到着する頃合いかと。条件というのはこれですね。武器は彼らにもお渡ししてください」

「……」

「ご安心を! 条件を反故なさったあかつきには地獄の底までご招待いたしますよ」

 わたしがニコーッと微笑むと、若干微妙な顔をされた。

「こいつはなんなの? 素直に味方面すると死ぬ病気にでもかかってんの?」

「ハ?」

「なんでキレられてんだよこっちがよ。キレるに足る道理がてめえら側にあったこと今まで一度たりともねえだろ」

「俺らを括ってくれるなよ。血の気が多い暴れ馬に振り回されてる点じゃどっこいどっこいなんだぜ」

「黙れ里襲撃犯ども……」

「けっこう恨まれてるなコレ……」

 故郷を襲撃された側としては当たり前の感想かと存じます。

 もっとも、襲撃の指示を出した張本人はじつはわたしなんですけど。このままお口チャックしておきましょうね。無用な恨みを買わないに越したことはございません。第七師団は生贄ということで。

『ようやく武器の分配に決着がつきそうですか。であれば我々にも少々寄越してください』

「それも、第七師団の方々の許可が取れたらば……あなたがた、江戸市中の避難誘導にも参加なさっていたなら、現在地は富士樹海(アルタナ接触点)ではないんですね? 江戸城だとか?」

『そこはまあ。企業秘密ですね』

 佐々木さんは淡々と言って『では、話がまとまりましたら松平公経由でいただきましょう。御庭番衆の方々よろしくお願いします』「コイツ俺たちを飛脚とでも思ってやがる……」通信を切った。わたしはスマホを見つめて、肩をすくめた。相変わらずの秘密主義だこと。

「ねえ、あんた……高杉ヒカリ」

 猿飛さんがわたしを呼ぶ。

 笑みはない。赤いフレームの眼鏡越しに、静謐なまなざしがわたしを見据えた。

「松平公が言ってたんだけど。っていうかあのひとも伝聞みたいなんだけど。あなた——あなたも、桂も高杉も、それこそ銀さんも、かしら。その虚ってやつともとから知り合いって本当?」

 もとから知り合い——と呼ぶには、わたしは〝虚〟については詳しくない。わたしが知っているのは吉田松陽という人物のひととなりで、あのひとは、吉田松陽ではないとハッキリ断言した。

 そもそもわたしたち松下村塾の門弟は、じつのところ師の素性も出自もなにもかも知らなかったのだ。吉田松陽。松下村塾が教師。驚くほどに見識深く、ときどきごく一般的な常識に疎く、雪玉で地面をえぐれる程度に力が強く、阪神タイガースのファンで、わりとよく突拍子もない言動をなし、いつも穏やかに微笑んでいる方だった。春のようなひと。わたしたちを置いて行ったひと。わたしたちが置いていく他なかったひと。

 天照院奈落も、不老不死も、アルタナとの関係も、わたしたちはあのときなにも知らなかった。

「知っていることは……他人より、多いかもしれません。銀さんよりは少ないくらいかしら」

 すべてを語るのはあまりに無粋で、そもそも求められていないことも読めたから、わたしは言葉少なに丸めた。

 ……あるいは彼(﹅)よりは、もっと。

「銀さんは当然そりゃあそうだとして。実力も知ってるの」

「ええ」

「だったら。あなたなら——誰なら勝てると思う」

 わたしは、一度沈黙をはさんだ。

 かつての太刀筋を想起する。拳骨を落とされないくらいには良い子のわたしにも、先生は稽古のときにはちゃんと厳しかった。なんべんだって竹刀でしばき倒された。泣きながら食らいつくとちょっと困ったように笑った。次の瞬間には竹刀ごと身体が吹き飛んでいた。本当に容赦がない。

 その剣は、剣道と呼ぶには我流が強く、剣術と呼ぶには無軌道で、しかしハッキリと彼独特の太刀筋が存在した。突き技や急所を狙う技が多く、道場で教わるにしてはいやに実戦的だった。我々の師の剣をもっとも色濃く受け継いだのはそれこそ銀さんだろう。ただでさえ孤児のころに学んだという下地にこれ、見事にお行儀の良い剣道とは正反対にございます。

 その上で。

「どなたであろうと勝てません」

「銀さんも、と言うのね」

「銀さんの現在の実力は存じております。あのひとに限らず、我が兄弟子たちは揃いも揃って実力は上澄み——地球人の枠に収まるかやや怪しい程度には上澄み。その中でどんぐりの背比べ程度の差異がつくか否か、といったところでしょう」

 かつて、もう十年以上も前の兄上が、ぴしゃりとわたしを除けた主張を思い出す。小太郎より弱いとは、つまり兄上より弱いということで、銀さんより弱いということだった。あの時点で、わたしに限らず大半の地球人は彼らより弱かった。わたしが泣き虫で弱虫で甘ったれで参戦していたらきっと死んでいたのは事実だけれど、それにしたって横並びの方々の基準なぞアテにはなりませんよ。きっと戦線離脱前の坂本さんもそこに加わるのだろう。

「そして、わたしが知る限り、虚の……彼の強さはそこからさらに隔絶しておりました。かつても、今も」

 それこそ、彼の剣は〝ヒト〟の枠に収まる剣ではなかった。我が国において刀——今日(こんにち)にも伝わる形状の刀——が戦場の主権を取った時代は、意外と、そう長くはない。反りのある刀が作られたのは平安時代に差し掛かって以降の話で、種ヶ島に鉄砲が伝来されたのは十六世紀のことになる。虚の剣は、剣というかたちを取るだけの牙を便宜上〝剣〟と呼ぶに過ぎない。

 黒縄島でわたしが虚に対峙できたのはほんの一時。わたしがかろうじて対応できたのは、今井さんに向けられた刀を叩き落とすこと、友達の人間手羽先を阻止すること。それすら、かつての打ち合いの記憶が生きただけに過ぎない。フツーに首絞められて落ちかけましたし目前まで迫られて誘拐されかけましたし。一番隊隊長殿がうっかり助太刀してくださったり、怒れる兄弟子がめちゃくちゃ冷静にはちゃめちゃマジおこだったのでなんとかなっただけである。

 そしてその彼らすら、ほとんど、翻弄されるばかりであった。

「些か陳腐かもしれませんが、もしも形容が必要なれば、わたしは彼を指して無敵と表現するでしょう。どなたであろうと敵いません。敵はひとりとておりません。たとえば幼子と武者がいたとして、あのひとの前ではおしなべて平等です。雄大な山脈を前にして、砂場に作られた小山の標高を比べたところで果たして比較になりうるでしょうか? そういう方でした」

「……」

「ところで、それがいかがいたしましたか?」

 わたしは尋ね返した。

 猿飛さんは目をまたたかせた。

「勝てるかどうかを気になさる方には、もとより武器は不要かと存じます」

 我が兄弟子たちは、それぞれ傾向は違えど、いずれも馬鹿と阿呆と見栄っ張りを兼ね揃えている。勝てない程度でやめる戦いはない。刃物がなければ木刀を使い、木刀がなければ素手で行く。砂を蹴り上げて目潰しに用いて、男であれば容赦なく金的を狙い、事前に策を打てるならさぞろくでもない手練手管を披露してくださるだろう。下剤を仕込むだとかただの序の口。お互いを囮にして奇襲を仕掛ける。武器に細工を施す。ふつうに爆弾が袂から出てくる。侍を名乗るわりには卑怯や非情は気にしない人たちだ。使わないのは人質戦法くらいで、虚に人質戦法はそもそも通じない。

 だから渡すのだ。手数は多いに越したことはない。

「あなたがたも——とても、そのようには見えません」

 勝率だけで換算なさるなら、そもそもはじめから、茂々公暗殺に立ち向かうことはなかっただろう。本物の将軍が見つかってなお投降することなく徹底抗戦とはならなかっただろう。御庭番衆が解散となってもなお、松平公の下につくことはなかっただろう。

「……というか虚の実力が並外れていることぐらいはとうに御存知だったのではありませんか? その上で参戦なさったのでしょう? 今の質問、いったいなんの目的でいらっしゃるの?」

 純粋に不思議に思って尋ねただけだというのに、猿飛さんがきゅっと眉を寄せた。

「銀さんの妹にこんなこと思うのもなんだけど……」

「……〝妹〟ではありませんよ」

「それは知ってるわよ、あなた苗字高杉だし誰がどう見てもあ(﹅)の(﹅)高杉と血が繋がってる顔だし」

 そこまで半眼で仰った猿飛さんが、ふと考える素振りを見せた。

「うん、幼馴染で同門で〝妹みたいなもの〟とか言い出す女、やっぱり敵よね」

「てき」

「よし、いっか、私あなたのことけっこう嫌いだわ」

「えっ」

「わっちは嫌いとまでは思わぬが、猿飛がそのように言う理屈はたいへんよくわかる」

「ええ……」

「あーあ言われてんよ暴れ馬」

「ヒカリです、み、味方がいない……?」

 そもそも立場:敵、以外の部分で敵認定されているのはなんなんですか。わたしあんなにちゃらんぽらんなひと、血の繋がりがあろうがなかろうが、恋人はふつうに嫌なんですけど。具体的には家計簿つけてくれなさそうなところとか、心底お断り案件だと思っています。兄貴分まではわたしも同意するところだけれど、なんなら兄貴分名乗られなくなったらちょっと悲しくなるくらいには同意しているけれど、だからこそ絶対嫌なことってあると思う。

 困惑しているわたしの横に、半眼の神威さんがドスンと座った。

「色恋なんかにうつつを抜かすやつは心底理解できないね。ヒカリもそう思うだろ」

 ……これわたし、黙秘しても許されますかね?

「実際アンタら、これからどうすんだ」

 金さんが運転席から顔を覗かせた。

「俺たちは武器の件もあるが、どうにせよこのまま江戸に留まる。解放軍との交渉が上手くいったら御の字だが、まァ既に上手くいかねえ臭いがプンプンしやがる」

 服部全蔵は肩をすくめた。

「御庭番衆の雇い主はいなくなっちまった。フリーター戦隊シノビ6はダチのために戦場に往くのさ」

「御庭番衆はいいけど勝手に戦隊に私をカウントしないで。私は始末屋さっちゃんだから。納豆を否定するようなクソダサい戦隊に入った覚えは、ないから」

 納豆何。

「百華は吉原?」

「うむ、洪水の状況を確認して、場合によっては指揮を執る必要があるからな」

 月詠さんが頷く。

「鳳仙が防いだとて、多少の浸水は避けられなかったじゃろう」

「そうよねえ。百華が援軍に来てくれたらありがたかったんだけど……どのみち、この状態だと主戦場がかぶき町になりそうだから」

「それも考えてはいる。吉原の現状次第になるが……」

 地球のターミナルは現在、天導衆の権力によって完全に封鎖されている。解放軍も、その他軍勢も、ターミナルおよびそこに常時吸い上げられているアルタナを目指して侵攻するだろう。地球側から砲撃されない位置からの停泊・侵入を考えると、必然的にかぶき町が通り道になりうる。

「……俺たちもいったん、吉原に戻ることになるかな」

 神威さんが顎に手を当てる。

「さすがにあんなんやられちゃ表立って動きづらいのと……俺ちょっと、鳳仙の旦那と話したいことができたんだよね」

「何。なに企んでんの団長」

「なんでも~」

「俺にフォローさせるつもりなら先に共有しろよマジで」

「気が向いたらネ」

「不思議なことに胃が痛くなってきたぜ」

「アンタはどうだ、ヒカリ? アンタも吉原か」

 話を振られて、わたしはちょっと頬をこすった。

「どうしましょうね……」

「およ」

「第七師団と行動を共にしていた方がリスク回避にはなりますが、しかし、この状況で我々固まっていたところであまり旨味がないでしょう」

 夜兎ってあんまり隠密行動には向かない。ほとんどの団員は単純にガタイが大きいし、特に彼らは昼日中は傘を手放せないか、陰の下を歩く他ない。今の季節は日傘を差している人の方がまれだから、夜兎だとすぐにわかってしまう。華陀の動画がなくたって、どのみち行動が制限される。

「かと言って出星できるような状況でもございません。連絡端末はありますし。なにより鳳仙殿と顔を合わせた瞬間わたしは毎度喧嘩を売ってしまうので」

「あァまあそりゃあそうできれば会わねえでほしい。アンタらのやり取りシンプルに俺の胃が死ぬ」

「まったくお可哀想に」

「それもそれで面白いけど」

「アンタらに年上を敬おうって気持ちはねえの? あったら鳳仙に喧嘩売ってねえな。解散」

「阿伏兎ってたまに自明なこと言うよね。なんなの趣味なの」

「誰のせいだろうなァ……」

「それはまあ、置いといて」

「置くな」

「たしかにヒカリがいると、そういう意味じゃ邪魔かも」

「ンならちょいとこっちにツラ貸してくんねえか」

 金さんは軽やかに尋ねた。

 わたしは彼のきれいな瞳を見つめ——まるでヒトの瞳孔のように見えるけれど、これはやはり精巧に作られたレンズでしかない。彼は合金製のプラモデル(?)で、動かしているのは人工知能だ——尋ねた。

「先日の大敗を根に持っていらっしゃるの? 今度はなんの洗脳かしら」

「コイツ洗脳能力持ってんの???」

「違ェよ。いや持ってたけど。もうねえよ。修理っつう名目で取り上げられたんでね」

 取り上げられたのは妥当なのだけど、今あったら便利だったかもしれないなという心境ではある。討幕志士の洗脳的な意味で。

「〝その件ですが、あなたは私の修理を手伝ってくださったとか〟」

 同じく運転席にいたたまさんも顔を出した。「ああ、金さんの件の」わたしの相槌に金さんが顔を反らす一方、たまさんの機械の目がわたしを見据え、内部ではレンズがくるくると回る。

「〝源外様を手伝っていただきたいのです。人手が多いに越したことはないかと〟」

「なるほど」

 先程も、試作品の運用だとか口になさっていた気はする。

「アンタが見つからねえように源外庵に連れて行く方法も見当がつく。三郎を知ってるか? 源外の発明品(俺の兄貴)なんだが」

「さっきちらっと仰っていたのは耳にしましたけれど。お近くにおひとりいらっしゃるとかいう?」

「そうそいつ。俺らよりずいぶんガタイが良くて、そのわりに中身あんまし積んでねえから中にひと一人ぐらい入る。アンタは小柄だから楽そうだ」

 つまり、わたしを隠し入れてかぶき町に運び込むくらいは簡単——と、いう意図みたいだ。

「〝自立式に動き、ヒトが中に入って操作もできるロボット、ということで作られたのだと聞いております。曰く、浪漫があるからだと〟」

 たまさんが付け加える。「〝技はロケットパンチ、たいあたり、十万ボルト〟」「……ポケモン?」「〝ロボットです。それに電磁波とはかいこうせん〟」「ポケモン??」「〝ロボットなので五つ以上の技が使えます〟」「はかいこうせん使えるのは普通になんなんだよ」

 わたしは頬に手を当てて思案していたけれど「……わかりました」やがて頷いた。他に代案を出せるとも思えなかった。

「平賀さんには借りもありますからね」

 将軍暗殺未遂と称した打ち上げ花火だとか。金鍍金こと金さん大暴走だとか。デコボッコ教人工衛星ジャックだとか。それはもういろいろと。

「ただ一応確認いたしますけれど、そうなると、おじいさまの身が危険ではございませんか?」

「あいつもとから指名手配犯だぞ」

「そうでしたね……」

 そしてそれは我が愛しの兄上のせいでしたね……。

 

   ➤

 

【 愚妹、状況は? 】

【 どうも愚兄。宇宙海賊春雨提督神威が華陀を処断。死亡を確認。他星のアルタナを用いて作られた兵器を確保。助太刀いただいた御庭番衆に一部供与。他、見廻組や万事屋御一行にも引き渡す手はずになっております。わたしは、第七師団とは別行動に至りました。しばらくは見つからぬように、粛々と平賀さんの助手を務めさせていただきます。 】

【 あの動画は? 】

【 時限爆弾です。あの女本当に無理。 】

【 さもありなん。あの女狐、攘夷戦争末期に鬼兵隊に諜報放って内部抗争勃発させて自滅仕向けてきたからな。おかげで部隊は壊滅した。 】

【 だからはじめから心底嫌っていらっしゃったのね……。今更明かす気になったのはなんなんですか? 】

【 等価交換。 】

【 なるほど。 】

 

【 つまり烙陽で聞いてないだとか仰ったの、やっぱり嘘だったんですね。 】

【 きいてない 】

【 あなたって本当に強情! 】

【 誰であれ俺であれ誰もテメーには言われたかねえよ。 】

 

【 もういいです。ところで今更なんですけれども。 】

【 なんだ。 】

【 あの執念深さは女狐というより、蛇では? 】

【 心の底から死ぬほどどうでもいい。 】

【 兄上がつめたい。 】

 

   ➤

 

「ハーッたく、てめえらの口車に乗るのは心底懲りたはずだったんだがな」

「もう乗せてないでしょ。責任転嫁はおやめください」

 平賀さんに開口一番悪態をつかれてわたしは苦笑した。このひとは乗せられたと言っておきながら、なんだかんだで兄上の口車からも途中で降りてしまっていたし——あれは銀さんの影響だろうか?——なんなら今回、乗せられたのはむしろわたしの方である。

 ロボ三郎さんの腹からひょいと降り立って、職人気質のおじいさんのところにまで歩み寄った。

「なにをお手伝いすればよろしいでしょうか」

「現時点の課題としちゃ三つだ。①ネオアームストロングジェットサイクロンジェット源外砲へのエネルギー供給。②〝蜂〟の拡散能力。③〝蜂〟拡散まで持たせるためのアンチウィルス」

 平賀さんがどのような目論見を以て具体的になにを計画なさっているのかは、道中でたまさんと金さんのコンビから説明された。極小ナノマシンウイルス:通称〝蜂〟を用いてすべての機械を巻き添えに、機械式兵器を無力化させる——

「先程の実地試験データは使えましたか」

「多少はな」

 展開された設計図を読み込む。効率化と省力化は既に極限まで行われていた。ネオアームストロングジェットサイクロンジェット砲(※戦時中に猛威を振るったとされる兵器だ。諸説あり)を模した砲身から蜂を拡散させ、その間、エネルギー供給と大部分の制御をたまさんと金さんで担う。

「どこまで持たせられると思う」

「わたしも別段、技術職専門というわけでもございませんがねえ……」

 わたしは腕を組んだ。設計図には走り書きの補足が散見され、手書きで変更した痕跡も見られる。

「現状、試算十分で御の字?」

 ナノマシンとはその名の通り極小だ。最低限の制御を積んでさらに敵味方を判別させるなんてそんなのオーバースペック——つまるところ、それって不可能ですよね、ってコト。最低限同型機を避けさせることはできても、遅かれ早かれ拡散機械そのものすら自壊させてしまう。長時間持たせるのはちょっと難しいカモ……というのがわたしの素人見解です。

「同意見だな」

「ご希望は?」

「今の効率なら二十分は持たせたい」

「難しいこと仰いますね」

 わたしは嘆息した。

「たまと金時に最後の仕上げを任せるとして、それまでにこいつらが持たねえんじゃ話にならねえ。地力で実現しちゃくれるだろうがそれにしてもな」

「わたしそもそもプログラマーではないんですよぉ」

「こいつの自爆止めといて?」

 平賀さんが握ったレンチが金さんを指した。金さんがちょろっと目を逸らした。

「ちょっとだけ詳しかった、というだけに過ぎません。ちょっとだけね」

 わたしはうそぶいた。「へいへいちょっと」「あとあなた様の神技を見せていただいたので」「持ち上げてくれるじゃねえか」言うわりには機嫌が悪そうである。気難しい御方だ。

「マ協力を申し出た以上はなにかしら、働く素振りくらいはいたしますよ。……どこまで拡散なさるおつもり?」

「ターミナル付近はマストだ。できることなら江戸中。地球全土はさすがに実現不可能だとしてもな」

「敵の目的地を考えるとそのようになりますものね」

 わたしは目を瞑って思案した。視覚が齎す情報量は馬鹿にならず、一説には、平均的な地球人は五感のうち八割の情報を視覚に頼っているとまで評される。真偽はいったん置くとして、これを遮断すれば余計な分析に思考を割かずに済む。

「宇宙まで拡散を試みることはない、という理解でよろしいかしら」

「実現不可能だからな。距離がどうしようもねえしなにより減圧用の耐久を盛ってる暇がねえ。だったら最初(ハナ)っから当てにするべきじゃあねえさ」

「了解いたしました。であれば宇宙船がお釈迦になることはございませんね? うちの人工衛星を使いましょう。まだ生きてこそいるかと存じます。指示出しの機器が壊(イカ)れるまでの間になりますが、電波寄越して多少の誘導くらいはできるんじゃないかしら」

「人工衛星?」

「わたしの方から操作することも可能ですし、そもそも、あなたは接続するすべをお持ちのはずですよ。なにせもとは、あなたが破壊してくださったものなんですからね」

 訝しんでいた平賀さんはわたしの言葉で思い当たったのか「……ああ」ゴーグル越しに天を仰いだ。

「デコボッコのときにてめえの兄貴が言ってた、アレか」

「当時はご協力ありがとうございました! まこと大助かり、おかげさまで我々の性転換も無事解決いたしました。ついでに環境に優しいリサイクルを行いましたの。〝かみさま〟改め〝堕天〟と申します」

「……てめーらのネーミングセンスなんざ俺ァ興味がねえけどよぉ。機械への名前は人名のごとく、呼びやすく・覚えやすいモンがいいぜ」

「アドバイスはデコボッコ教団と、兄上に仰って。わたくし人工衛星の命名には一切関与しておりません」

「会えたらな」

 平賀さんは素気なくあしらった。

「……それもそうですね」

 わたしは同意の相槌を打った。

 我々兄妹が再会できるかも賭けの部類だ。

「提案は採用だ。そうとくりゃあホラホラ繋げてみろ」

「わくわくしていらっしゃいます?」

「人工衛星なんざ個人で保有するもんでもねえからな。こんな機会でもねえと」

「おじいさま楽しそうねえ……」

「老い先短いジジイにできることなんざ、今を楽しむついでに若人の道を切り開くことのみよ」

「あらかっこいい」

 開始こそ騒々しかったけれど、やるべきことが定まっていたらばあとは行動するのみだった。わたしは大真面目な仕事中にそこまで雑談に興じるタイプではない。多少の雑談がときに円滑に事を運ぶ要因になりうるけれど、そうではない場合というものがある。金さんの件のときから思っていたけれど、平賀さんはもともと作業中は無口なタイプみたいだ。

 わたしたちは黙々と作業に終始した。さーてところでこの論理回路いかがしましょうかね。なんだかやたらとここで処理が止まっているようなのでどうにか・なんとか・いたしたいところにございますが。ANDORNORNANDXORふふふ頭がおかしくなりそう。

「てめえの兄貴が言ってたが」

「はい? はい」

 そんな折である。

 平賀さんが出し抜けに口を開いたので、わたしの反応はしばし遅れた。

「部下に中田ってのがいるって?」

「……おりますよ」

 中田さんは相変わらず、わたし直下では唯一の部下である。部下というわりには、半分雑用、半分代行みたいな仕事の振り方しているけれど。姦しくてなんだかんだでそれなりに言うことを聞いてくれてまあまあ使える部下だ。たぶんこの評価をそのまま本人に伝えると〝ならボーナス弾んでくださいよ〟と駄々をこねられる。それは兄上に談判なさってくださいね。

 幻想の中田さんをあしらって、と。

「てめえの忠犬だとか」

「そうかしら……」

 わたしは曖昧に首をひねった。わたしの忠犬と呼ぶには、わたしに対して文句ばかり仰るイメージがすっかり定着していた。わたしからすればキャンキャンと吠える懐いてくれない柴犬だ。犬ではないけれど。どうして事あるごとに犬扱いされているの?

 そして、素直に答えたのには理由がある。わたしは部下との雑談の記憶を引っ張り出した。

「……三郎さんと幼馴染なのでしたっけ。ということは、親父殿のあなたとも面識がございますか」

「口達者なバカガキだったよ」

 平賀さんは毒舌だ。

「常にやかましいわ。やたらと人懐っこいわ。三郎とつるんで悪戯ばっかりやるわ。工場入り込んでよくわかってもいねえのにロボに絡んだりするわ」

「わりと容易に想像がつきますね」

 中田さんを小さくしてあの姦しさを一・三倍くらいにしたらたぶんそうなるんだろうな:感がある。

「相変わらずよく喋ンのか」

「まあ本当に喋っていないときの方がめずらしいくらいですね。わたし上司だっていうのにしょっちゅう怒られるんですよ」

「そりゃそうもなんだろ」

「あなたまでそんなこと仰るの???」

「あいつ今、飯ちゃんと食ってんだろうな」

 平賀さんはこちらを見ない。

 わたしは作業中に縒れた襟を正した。

「……テロリストって身体が資本ですから。毎日三食規則正しく、睡眠も運動もしっかりと」

「本当にふてぶてしい犯罪者だなてめーら」

「指名手配犯仲間が仰ることには。……その口振り、近頃はお会いしてないんですか? まァ我が部下はたしかに姦しいものの、成功なさった発明家の頃にお邪魔するほど無作法者でもありませんね……」

「……そういうだけでもねえさ。勝手に三郎と戦争に出てってから、この方、一度も会っちゃねえ。何年目だよ。十年は超えたぞ」

 平賀さんはスパナでボルトを締めた。

「薄情なやつだ。誰がてめえのもぬけの殻の生家、取り壊しにならねえように管理してやってたと思ってんだか」

「……薄情では、ないとは思いますよ。情があるからこそ、どう接していいのかわからないのでしょう。意外とそういうところ繊細なの」

「ンなこたァ知ってる。こっちはガキの頃から見てきてんだ」

 ゴーグル越しに「つうか、てめえなあ」じとりとした眼差しが向いた。

「空気読め。無粋なこと言ってんじゃねえよ。素直になれねえ頑固爺の顔を立てろ」

「ふふ」

 わたしはかすかに笑った。自分で仰るんですか、というのがひとつ。わかってくださっていてなによりです、というのがひとつ。

「一応ちゃんと部下なので、言葉だけでも事実と相反することを申し上げるのは、すこしね」

 わたしはあんまり部下を持った経験がないので、うまく勝手がわからず、わりと雑にいろいろとこき使ってしまうことが多い。無茶ばかり振っているのに部署異動願も出さない部下である。感謝はしているし、誤解されていたら解いておきたいな、と思うくらいの愛着はある。人に恵まれているのは素直にうれしい。

「俺がいねえ隙ばかり狙って墓参りしやがるくらいなら、堂々と顔出せっつっとけ」

「そうねえ。また会えたらお伝えしておきますね」

「ケッ」

 それからは本当に、指示出し以外はほとんど無言の時を過ごした。

 

   ➤

 

「……なに見てるんですか」

「いや? 眼精疲労はいいのかい」

「ご心配ありがとうございます。眼精疲労を心配すべきはわたしよりも平賀さんでは? 火花をずっと見つめていらっしゃいますし、なによりお年を召していらっしゃるもの」

「たしかに俺ァジジイだが、若者に無用な心配されるほどガタは来ちゃねえぞ」

「ハイハイおじいさま。ご健勝でなによりにございます」

「ハハ。まあ伝わらねえならそれがいいさ」

「……本当にあなた、何?」

 

   ➤

 

 道中で、わたしは平賀さんが計画なさっている〝蜂〟の概要について、金さんとたまさんから丁寧に教えられた。

 ゆえにこれもまた、平賀さんは知らないお話だ。

「——マ爺さんが成功するのは疑っちゃいないさ。なにせ俺たちを作り、修理したのはあのじいさんだ。その傍ら、攘夷戦争の最中も、終結してだってずっとひそかに開発していたのがあの〝蜂〟だ」

 ロボ三郎さんの中は、わりと快適だった。柔らかいクッションを施した座椅子に腰を落ち着けるかたちだ。つまめるお菓子まで用意してあった。好待遇である。さっきまで檻の中に放り込まれていたとは到底思えませんね。

 眼前にはディスプレイが設置され、ロボ三郎さんの目(レンズ)から見た景色が展開されている。数日経っても江戸は物々しい雰囲気に包まれていた。むしろ先だっての洪水騒ぎに加えて解放軍の駐屯まで増えて、緊張感もまた増し、表面張力によってかろうじて決壊していない程度。金さんとたまさんもまた、警戒の目で見られたのち、あああいつか、と言わんばかりの顔で眼差しを外されていた。たまさんはもちろんのこと、金さんもまた、かぶき町に居着いて馴染んだということでもあろう。

「アンタが仕上げに多少関わった程度じゃあせいぜい、最大効率でも半径一寸(三㎝)増えるか増えないか。ほぼ誤差だな」

「自分の実力を過大評価したことはございませんし、身相応は弁えておりますけれど……それにしても仰いますね」

「稀代の天才発明家に比べりゃあ、アンタの腕前は赤子よりちょっとましなぐらい。猫の手だな」

「あなた一応、わたしの協力を仰いだ身なんですよね? いっぱい貶される……」

「〝ですので、真にお手伝いいただきたいのは開発そのものではございません〟」

 たまさんにまで頷かれてしまった。

「〝この計画が実現すれば——私たちはその後、行動不能になります〟」

 ……敵味方の区別なく機械を破壊するウイルス、ともなればそうなるだろう。彼らは理解して、平賀さんの計画に乗った。

 機械(からくり)とは、道具である。人間の役に立たせるために作られて、そのために動くものだ。だから彼らが開発者の意思に従うのは、ただプログラミングされただけの思考で、言葉で、行動であると評することもできよう。

 考え方を変える。

 我々人間の脳みそは、電気信号と内分泌によって感情のようなものを形成し、思考のようなものを出力している。それらはプログラミングされ、機械学習によって成長する人工知能と本質的にはどのような点が異なるのだろう? ただの神経反応を感情であり、思考と定義するならば、プログラミングされた人工知能の反応も同様に、感情や思考であると定義することはできなろうか?

 人間が獲得している既得権益の保護の側面から見れば、あるいは倫理問題の俎上に乗せたくなければ、確実に弁別すべきだ。機械は機械。ヒトはヒト。たかだかプログラムに人間の機微が真に理解できるはずがない。けれど——ある側面から見れば、それは同一と見なすことも可能だった。

 世間一般的な指標に類するものではなく、あくまでもわたしの意見に留まる。

「〝源外様は紛れもなく、天才発明家です。既に林流山も死し、機械作りで彼の右に出る者は事実としていません。一方で彼は、人間です。まったく完璧ではありません。こだわりが強く、頑固者で、けっこう短気で、視野が狭くて、稀代の発明家の部分をのぞくとどこにでもいるちょっと迷惑なおじいちゃんです〟」

「あなたもあなたで言いますね……」

「〝事実ですから〟」

「ああ。だからあのじじいは——機械(俺たち)を手放したあとは、自衛手段を持たねえ」

 金さんは静かに言った。

「そりゃレンチやスパナで殴ることはできるさ。蹴ったり頭突したりだの、頑固爺は諦めが悪いからわりとやるだろう。機械制御のない発明品ならかませるんだから、果てには自爆だってやってやるかもしれねえ。だがそんぐらいだ。あいつの兵力は機械(からくり)によって賄われている。……アンタらこそ知ってんだろう、将軍暗殺未遂じゃあ花火と称して三郎軍団が戦った。あ(﹅)い(﹅)つ(﹅)本(﹅)人(﹅)じ(﹅)ゃ(﹅)あ(﹅)な(﹅)い(﹅)」

「〝江戸中の機械を無力化して、私たちも動けなくなって、そうなれば彼は機械での戦争を止めた立役者となります。そうして、身を守るものなにひとつなく、彼は無防備になってしまいます〟」

「もちろんかぶき町のやつらは源外を見捨てねえだろう。俺たちはそう信じている。……けどさ」

 ディスプレイ越しに、金さんが頭を掻く仕草が見えた。

「反抗期過ぎた馬鹿息子としちゃ、親父の心配ぐらいするんだよ」

「〝親戚の娘としても、同様に〟」

「……慕われていらっしゃる」

 わたしはおもむろに、傍らのチロルチョコをつまんだ。包装を剥く。若干溶けた形跡がある……さて、これを用意したのはどなただろうか? 金さんやたまさんではなく、もしかしたら、ロボ三郎さんなのかもしれない。血を分けた息子の名前をつけられた絡繰機械。たまさんや金さんのごとく、人間と遜色ない会話を交わせるほどではないが、ある程度文脈を介して受け答えを行うための思考モジュールを積んでいる、と聞いている。

「あなたにわざわざ頼まれなくたって、やれることはやりますよ。借りをつくったままって性に合わないの」

 ひとつぶ十円ちょっとの菓子を口に放り込む。わたしは甘いものはそこまで好きじゃあないから、若干、舌に甘すぎる味だった。

 命の借りと十円分のお仕事だ。せいぜい頑張らなければなりませんね。

「アンタは借り作らせないように自分から恩押し売りするタイプだもんな」

「あなた本当に再会してこの方知ったような口叩いてこられますよね。なんなんですか」

「怒んな怒んな。かわいい顔が台無しだぜ」

「上っ面の台詞を並べ立てればご機嫌をとれると思っているあたりがあなたの変わらぬ浅はかさにございます」

「〝そーだそーだ。ですからあなたはいぶし銀にはなれないのですよ〟」

「いつの間に結託するほど仲良くなったんだよ。まったく、これだから女っていきものは……」

 ぼやいた金さんはたまさんのモップで教育的指導さ(シバか)れていた。締まらないところは銀さんに似ている、かもしれない。

 

   ➤

 

 どうにせよ、戦略の要を担った人間が敵の手に落ちることがあれば、戦況そのものが不利に傾いてしまう。兄上率いる再編鬼兵隊がこの世に集った理由は世界を破壊するためで、その世界が先んじて壊れてしまうようなことなどあってはならない。

 我々のくだらないやりとりはもはや数日前のことになる。

 交渉は決裂した。

 〝蜂〟は成功した。

 からくりたちは呼吸を止め、三郎軍団ももはや錆びた関節を軋ませることはなかった。平賀さんは倒れ伏したたまさんを抱きしめて、肩を震わせていた。……長く見つめるものではない。わたしは空を仰ぎ見る。

 密集した軍艦による排気ガスにより、心なし濁った空を見上げて、わたしは息を吐いた。軍艦が次々に煙を上げて墜落していく。撃墜数は小型戦艦を含めれば数十を下らない。たったひとりの天才技師が、戦況を大きく塗り替えていた。

「ったく」

 ふ、と煙草がかおる。特徴的なにおいは晴天という銘柄のはずだ。ポピュラーではないけれど根強い人気によって今まで存続している。

「アンタはよくやったよ。源外。あんたにとっちゃあ、酷な選択だったろう」

 しわだらけのてのひらが、平賀さんの肩に置かれた。

「たまも金時も……よく、耐えた。こんな覚悟を見せられちゃあ、応えないのは女が廃る」

「……俺ァ男だ」

「そうだなジジイ」

「うるせえババア」

 長い付き合いの腐れ縁、憎まれ口じみたやり取り。わたしは見つからないように、陰からさらに一歩引いた。外套を整えて、フードを深く被った。つくづく、格好をつけられてしまったものだ。

 誰もを救うパーフェクトヒーローは、かつてどこにもいなかった。めでたしめでたしのハッピーエンド、万事円満に丸く収まった夢物語なんてどこを探しても存在しなかった。

 かつてわたしの地雷原の上でタップダンスかましてくださったパチモン金鍍金は、このようにして本当の救世主に成り上がった。

「……さあて」

 脇差を握る。その感触を確かめる。〝蜂〟の効能はすさまじく、鬼兵隊とも第七師団とも見廻組とも連絡は取れなくなった。真実孤立無援である。不思議なくらい、心は凪いでいて、不安はまるでない。戦乱の只中に身を投じているのはみんな一緒だ。

「わたしも頑張りましょうか」

 なにかを託されて生きている。約定のために剣を振るう。世界の敵として扱われる。

 たしかになんにも変わりやしない。ちょっと世界ごと危険なくらい、いつもとそう大差もなかった。

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