前略:
終末、なにしてますか?
➤
——そうして。
光は収まった。
浮きかけた瓦礫がもとの位置にガラガラッと音立てて落下する。
「え?」
ピーガガッガッブツッ
わたしの手首、腕時計型を模した通信端末からひび割れたノイズ音が響く。惑星間通信が回復してからというもの、わたしは圓翔と会話し、孫氏に容赦なくぶん殴られ、少しの間は意識も落ちていた。通信状況を確かめている暇はなかった。
『まァね。やると思ったんですよ。何故なら、私ならそうするので』
いつもの平坦なお声だった。
『刀を取らせれば二天、筆を執らせれば三天と皆さん、ずいぶん持ち上げてくれますけれどね。エリートではない君たちはわかっていない。私がごく単純なことしかしていないってことをまァるでわかっちゃない。最大の悪役というものはね、からくりはごく簡単なんです。一番盛り上がって、一番注目が集まって、一番全員が焦っているときに、一番、皆が嫌がることを実行する。ただそれだけのことに過ぎません。それによって自らが得られる利益がなく、失うばかりだとしても、躊躇なくできる。そもそも未来に期待しておらず、過去を捨ててしまうとそういうことができます。そう考えた方が楽な人間というものがいます』
夜空を割いた鮮やかな色相が、もとの暗闇に戻る。地鳴りが静まった。不自然なくらいにもとのまま、騒がしくって戦の匂いがして瓦礫が降り積もるだけの夜——
虚の笑みがすうとかき消えた。
『天子様の同意がなかなか取れず、まったく尊き御方は殊の外頑固で困りますね。為政者の資質というやつか、それとも……しょうがないので私は別建てで保険をかけるべく動いていました。居場所教えられなくてすみませんね。傍受はもちろん、聞き耳を立てられても困りました。リスクはなるべく取りたくなかった。とにかく、アルタナの鍵がすべて奪取されたのにこの星
アルタナの鍵とは、天導衆が占有する技術。龍穴を管理し、アルタナを制限するものだ。
我が国どころか我が星最大の
『華陀はアルタナの門がターミナルの
心底読めない声がそのようにのたまって『話を戻しましょう。門ですね』しらっとした口調はまるで変わらない。
『事前に悟られぬよう、実行人数は最小限に絞ると見込めます。つまりそれだけ守り手が少なくなる……それでも暗殺組織、まさか油断してくれると思っちゃいませんよ。けれど彼らとて人間だ。気が緩む、ということはある。そしてその可能性が最も高いのは、任務遂行による安堵——門を開けるその
ドサッ、と重いものが落ちる音。
『——この通り。鍵は入手しました』
この通り、とか、言われても通信機越しのわたしたちにはまるで見えないわけだけれど。
『それにしても汚いなこれ。出来の悪いミイラでもこうはなりませんよ』
天導衆の肉体そのものに刻まれているとは聞いている。
『しかし皆さん思うでしょう』
誰に向かって話しかけているつもりなんですか。
『鍵がある限り、私がそうしたように、強奪の危険からは逃れられないんじゃないかと。私も思います』
なにあなたは一人芝居なさってるの。
『さて、ところでここにいただいた武器のひとつ、他星アルタナを放出する小型レーザー銃がありますね』
ありますね、じゃない。
けれども渡した。確かに渡した。奴隷労働が作り出した武器である。なんだかんだで第七師団の同意を得て、御庭番衆を経由して、彼らが仕事を遂行していればお渡しできているはずだった。そして実際に完遂されたのだろう。
と、いうことは。
『起動して、と——ああ諸共消えましたね。よしよし。これにて片付けまでまるごと完了。強奪のリスクも見事消滅、と』
『ハァ疲れた』とか言いながらドンカッシャンカランと端末向こうで音がした。なにか盛大に転がった、みたいな音だった。もしかして無用になったレーザー銃とか放り投げてませんよね。
もう突っ込みきれない。絶句である。号泣とか全部吹っ飛んじゃった。
このひと、もしかして、もしかしなくても、たったひとりでありえないことしてない?
「バケモン?」
真剣を掲げたままの銀さんが素っ頓狂な声を漏らした。
『人間ですよ』
耳聡く(あるいは、単に通信機の集音性能が高いだけ?)佐々木さんが応じる。
『いやあ。ほんと。二度とやらせないでください』
「あ、りがたいのですけれどあのあなた、何、本当に何……!?」
『どうして怯えられてるんですか。働き者の味方じゃありませんか』
「あなたの挙動から魔王がまるで抜けていらっしゃらないからですけれど!?」
『鬼兵隊かつ依頼主かつそもそも一蓮托生とか言い出した張本人がよくもまあ』
一蹴された。
一蹴しないでほしい。
わたしここまでしろと言った覚えがない。
ありがたいですけれどもね!?
『まったく、エリートじゃなきゃ死んでますよこんなの。エリートでも下手すると死にますよ。黒縄島も大概でしたけれど今回ばかりは死ぬかと思いましたよ。ここまできたら命の恩とか過剰返済でしょ。残業代弾んでくださいねヒカリさん。危険手当もつけて。福利厚生を充実させておいてください。信女さんにもお願いしますよ』
「あなたがた揃いも揃ってわたしに対して報酬の上乗せ要求してこられるの、なんなんですか!?」
わたしはとうとう悲鳴を上げた。
「あなた〝がた〟がかかってんのはこの場合、俺か? そいつと同列にされたくねえが?」
阿伏兎さんが心底ドン引きの顔をなさっている。
『あなたが一番押し切りやすそうなんで』
「死にかけてるからって正直に喋ればいいってもんじゃないんですからね!?」
「——佐々木異三郎」
『ああどうも。虚さん。それとも最後の天導衆とでもお呼びすべきでしょうか。吉田松陽? は違うんですっけ』
佐々木さんの減らず口は止まらない。このひと飛ばしすぎじゃないですか。
『私けっきょく、あなたとは直接顔合わせる機会がありませんで。よく考えればこれ自体が初めましてになりますか。挨拶も通話越しで失礼します』
咳き込む音が混じった。いくら最少人数だったとしても、不意を突いたとしても、天照院奈落と戦闘をかまして無事である方がおかしい。手傷は負っているだろう。
『アルタナの暴発という挑発行為によって、あちらの破壊兵器実行を繰り上げさせ、アルタナ同士の衝突による反作用での宇宙壊滅を狙う——とかですかね。真実どうだか知りやしませんが。さて、門は元通りに閉ざされました。天導衆の腕ごと鍵を消し去りました。アルタナを相殺して消滅させる武器を我々は持っています。つまりあなたを弑する武器を我々は持っている、ということです。そこの高利貸しがあなたのためにかき集めてきた、不老不死者の殺害手段ですよ』
「……もしかしてこの文脈における高利貸しってわたしですか!?」
『これはどうやら自覚がない』
佐々木さんは呼吸の間隙に笑ったようだった。
『少なくとも私は、同盟は前提として、暴利で恩を押し売りされなければここまで手を貸しませんでした。というより恩を押し売りされてない時点でそもそも死んでますからね。貸す手もどこにもないわけです。まあヒカリさんはたしかにそこそこの頻度でハッタリと詭弁と欺瞞でどうにかこうにか誤魔化そうとして穴が塞ぎきれなくて兄君お叱り秒前な事態に陥って涼しい顔の裏で膨大な冷や汗かいているような方ですが』
今ノンブレスでめちゃくちゃ貶されたんですけど。
わたしが唖然と見つめる通信機がまた咳き込んだ。ちょっとかすれた声が言葉を続ける。
『見切りをつけて期待を捨てるには、些か、早すぎるのでは?』
……なんというか。
なんでしょう。
もしかしてなんですけど、擁護してくださってますかね。これ。
「——……」
溜息じみた、音。
虚は無表情だ。
「つまり……天導衆が独占していたアルタナの鍵は、これで消滅したと」
足がうっかりもつれかけてわたしはそのまま背後に転んだ。目を白黒させて、云業さんが大きく飛びずさったから体勢を崩したのだと気づいた。反射的な行動だったみたいだ。わたしを振り落としたことに遅れて気づいたように彼はこちらを見る。
「
ドドドン、と。
光柱が立て続けに立ち上り、きつい光が視界のすべてを遮った。
➤
「君たちの推測は良い線を行っていた。しかし、推測はあくまでも推測の域を出なかった。事実ではない」
「後世に〝かぐや姫〟として伝わる存在が、帝に下賜した不死の薬。不老不死に繋がるアルタナを操作するための接続点。そうですね。正しい。正しいけれど、足りません。接続点があったところでアルタナそのものを自在に操れなくちゃ、意味がないでしょう?」
「つまり、授けられたものはもうひとつ。地球暦にして千年も前に造られた、きわめて前時代的な〝アルタナの鍵〟でした。天導衆によって上書きされましたがね」
「天子が私に提供した報酬は、私の不老不死を終わらせる可能性だった。そうですね。これまた正しい。しかし、足りません」
「鍵はこの手に渡されました。鍵はこの手にありました。正しい使い方を、天子も、私も、誰もが知りませんでした。正しい使い方をしるまでの軌跡でした。我々が結んだ、五百年に及ぶ契約はそういうものでした——まあこのあたりは、割愛しましょう。長々と語ったところでどこにも残りやしない、無意味な過程の話です」
「使い方をしったときには、既に天導衆はこの地に降りていて、この身の主導権は一等奇特な人格が握っていました」
「すべての天導衆が五体満足な限りは、たとい切り落として破壊したとして、他の天導衆に阻止されるがために無意味だった。それだけに過ぎない。すべての天導衆が生きるとも死ぬともつかぬ様相である今・鍵が破壊された今であれば——意味がある、ただそれだけです」
「天子が君たちの説得に応じないのは当たり前です。既に手段はありませんでした。血筋だけではなにも解決しない。アルタナから生まれた私本人が保証しましょう。素質があろうが、手段を知らなければ、何をも成し得ないのです」
「……うーん、何故私が、君たちの推測をつまびらかに把握しているか? 天子が天導衆と繋がっていたのは、周知の事実だ。そうでしょう? 泳がされていたことくらい理解しているものと思っていましたが。裏をかけたと、まさか思い上がっていましたか? 傲慢ですね。人間らしいと思いますよ」
「君たちの足掻きは見事でした。しかし、所詮は人間の足掻きに過ぎません。君たちの剣は、人の剣は、
「ともあれ、徒労、ご苦労様でした。どうぞ良い終末を」
「悲しむ必要はない。苦しむ必要はない。その痛みも跡形もなく消える——」
「——君たちが生きた痕跡など、何一つ、残りはしないのだから」
➤
光柱を真剣が裂くところを見た。銀の軌跡を見た。そのひとが夜叉のように——いや、でも、やっぱり人間の顔で——吼えるさまを、見た。
声は聞こえなかった。
聞こえる距離ではなかった。
「——」
たぶん、もともとわたしの体格が小さいことが災いしたのと、ついでに位置がめちゃくちゃ悪かったみたいだ。立ち上った光柱は地面を割り、瓦礫を吹き飛ばし、ついでにわたし自身もけっこう吹き飛ばされた。こう何度も短時間で吹き飛ばされていると、そろそろ空中の姿勢制御にも慣れてくる。猫でもあるまいに。
着地とすら呼べない軟着陸。全身に走る衝撃に息が詰まる。その間も瓦礫の雨あられは止まらず、瓦礫同士が積み重なった安地にかろうじて転がり込む。脇腹が痛い。また骨折れてるんじゃないですかこれ。
呼吸を繰り返してわたしはなんとか、瓦礫の隙間から這い出た。
朗報・さすがにここまで飛ばされた人はわたしぐらいみたい。良いことです。あの飛距離、余程上手く受け身を取らなければ怪我必至だったと思う。つまりわたしはとっても受け身が上手いってこと。
悲報・ここまで飛ばされた人がわたしぐらいしかいない。完全に分断されました。ちょっとこれどうすればいいのかな。
上空を振り仰ぐ。
いよいよ何本もの光柱が昼間のように空を照らし出す。一方でさらに上空、まだ本来の闇色を残す場所、月のように輝く光球が見える……月のよう、と表現した通り、実際あれって月じゃないんですよね。月、別の場所に浮かんでるし。
て・ことはあれ火之迦具土神じゃあございませんか。
なんなら肉眼で見えないはずの距離にいたのに、あれだけ輝いているってことは、発射準備しちゃってませんか。
あれですかね。アルタナが暴発しちゃったから殿下が過剰反応なさったのかしら。他にも理由があるのかな。どうなんでしょう。
……思考が、上滑り、し続けていた。
「……はー……」
先程の虚がごとく、溜息のように吐息が漏れる。
しんどいな。疲れてきちゃった。何度も痛めつけられて死にかけて。いや本当にだいぶ何度も散々な目に遭っている。挙げ句に〝先生〟と同じ顔に罵られ、役立たずと突きつけられる。あれは挑発だったけれど。いくら慣れているにしたって、痛いのってしんどいし、苦しいのってつらいし、親しい人に貶されるのってじつは泣きたくなっちゃうし、なにより終わりが見えなくて、どうしようもない。策をどうにか弄してはことごとく潰されて、無意味と嘲られて、本当やってらんない。ところで佐々木さん無事ですかあれ。門直下にいらっしゃったなら巻き込まれていたり、しません?
ここで手を止めたら終われるだろうか?
それとも、勝手に誰かが救ってくれるだろうか?
どちらかになるだろうが、どちらかは確実に訪れる。虚が終わらせるか。兄貴枠と言い張るあのひとが最後まで食らいつくか。わたしが参戦したところでなにが変わるだろう? たかだかひとりの抗いがなにに変わるだろう? 短気極まりないせいで武器もなにもかも手放してしまった。わたしもうあれだけ頑張って、じゃあもういいんじゃないかなとひとり思う。
刀はなく、鞘もなく、下緒もどうやらどこかへ消えた。いつもの無意識のくせで後ろ髪の先を触ろうとして、やっぱりなにもない空を切った。髪紐もない。本当になんにもない。先程、瞬間的に盛大に爆発してエネルギーを浪費してしまったせいで、尾を引くように、疲労ばかりが残っていた。
深々と息をついて、わたしはてのひらを開閉した。上手く動くみたいだった。足に、腹に、手に、力を込めた。地面から立ち上がるためにはそれだけの力が必要だった。ようやくわたしは立ち上がった。
まだ動ける。
それだけを内心、繰り返した。
まだ動ける。
足を踏み出す。体重をかけるのに支障はない。もう片方の足も同様に。歩ける。動ける。踏み出せる。
まだ動ける。
まだ戦える。
まだ、戦える。
目指すは、ターミナル。
「——ようやくッ、高杉ヒカリ!」
討幕志士——は神威さんがつけた造語だったけれども。ちらりと既視感がまたたいて、演説を聞いている中にいたひとりだと知る。
向けられた得物の刃先を掴んでてこの原理で叩き落として指だけで回転して柄を掴み直しそのまま刃先を向け返す、と、一瞬怯んだ顔をされた。身のこなしが素人だ。栄養状態が悪いのか若干細身、たぶん侍じゃあない。せいぜい町人。
このご時世で武器の流通取り締まりはかなり緩んでいて、刀はそのときにでも手に入れたのだろう。今時帯刀を許可されている侍であっても、実際に刀を扱った経験があるのは真選組や見廻組といった特殊武装警察ぐらい。
「何用かしら」
気が向いたので尋ねてみる。
「……ッ、このような、事態を、引き起こしておいて……」
町人は、最初は語気強くしようとしたみたいだ。すぐに——一周回って不思議なくらい、だんだんと先細っていく。
敵意を向けられることには慣れていた。
ここまで弱られることはかなり、珍しい。
「東條を、覚えているか」
「……そうねえ。ずいぶん昔に殺した気がします」
殺した人間の名前はあんまり覚えるたちじゃないけれど、鬼兵隊に入れられて初めての任務だったので、さすがに記憶している。東條家と笹木家は無事に鬼兵隊の餌食になりましたとさ。
「親父を取り立ててくれたひとだった。俺たち一家は路頭に迷った。母は水商売に身をやつして小さかった妹は死んだ」
「そう」
わたしは相槌を打った。
よくある悲劇である。
「……あんたが……」
「はい」
「あんたのせいだと……」
「そうかもしれません」
「この期に及んで、世界を破滅させるつもりだと、」
「そのように仰る方は多いですね」
華陀とか華陀とか華陀とかおおよそ、そのあたりのせいで。
「……殺人鬼、詐欺師、テロリスト、攘夷浪士、」
「事実ですねえ」
「仇を殺そうと」
「殺すつもりならもうちょっとちゃんと急所狙ってください」
「——だってのに、どうして、どうしてかぶき町の戦闘に参戦した」
疲労により、適当に受け流していたわたしは、ここで目をしばたたかせた。
たしかにこっそりと露払いくらいはしていたけれど。気づいている方が、まさか知人以外にもいたのか。
「どうして源外さんを助けた」
「……」
「どうして、解放軍の手先から、天人の女の子を庇った。どうして天導衆にああも怒った、」
「……どこからどこまでご覧になっていらっしゃったのでしょうね、あなた」
「まるでただの人間みたいに」
人間を辞めたことは一度もないけれど。
「天導衆があんたを探し回っていた、華陀様があんたの身柄を求めていた、実際にアンタは指名手配犯で、鬼兵隊で、大罪人で、それなら、だったら、あんたは極悪人じゃないと筋が通らないだろ……!?」
量産物の刀を軽く振って、わたしは切っ先を町人の男から逸らす。
殺しに躊躇はないけれど、いたずらに死体を量産する趣味はない。得物も殺意も敵意を振るうすべも知らない人間は、そもそも敵ですらなかった。
「極悪人ですよ。雨の日に不良が捨て猫に傘を差しかけたところで、冒した所業に差異が生まれますか? 敵の敵は味方でしょうか? わたしは、そうは思いません」
華陀は盛大な冤罪を吹っかけてくれやがったけれど、実際に、わたしはいくつもの罪を冒してきた。いくつもの業を重ねてきた。この身が極楽浄土に辿り着けるとは思っちゃいない。いくら理不尽を受けた過去があろうが、それは言い訳にはならない。わたしはそれ以上のことに手を出してきた。
この身が幸せになっていいと思ったことは、一度たりとも、ない。
「あなたが殺しに訪れずとも、わたしの死を願う方々は数多にいらっしゃいます。実際、この機に人生やり直した方が世のため人のためになるかと我ながら存じますよ」
「ならば何故抗う?」
シャン! と場違いなくらいに清廉な音が響く。錫杖の頭と刀の腹で打ち合った。半分つぶれた瞼から異様な眼光を見る。大柄な体躯と厳しい鍛錬が生み出す腕力は、到底地球人のそれとは思い難い。あちら側の腕が落とされていなければ押し切られていたかもしれない。
「お久しぶりです、柩殿。あるいは拷問官殿?」
挨拶は大事だ。
包帯の間から瞳がひかる。あなた、わたしが知らない間になんだかけっこう満身創痍じゃあございません?
「貴様は虚様に無用な希望を見せた」
錫杖が刀を打ち払う。あっさりと鋼は砕け、破片の切っ先をつかんでわたしは投擲する。柩の目玉に突き刺さる。
柩の動きは止まらない。
錫杖が割れた刀とふたたび打ち合う。鋼が飛散する。わたしの肌を切る。着物に破片が引っかかる。
「口先だけの詐欺師。百枚舌の百舌鳥よ。存在しない希望への夢は、絶望によってさかしまの高度で叩きつけられる。それも貴様は、幾度も——」
「幾度も? せいぜいが三度でしょ」
わたしは言葉尻を論った。町人の位置を目端でたしかめる。腰が抜けて立てないみたいだ。位置取りに問題はない。破片は、あちらには飛んでいない。
「天導衆相手の詐欺と、黒縄島と、さっきで、三度。ほらね」
「三度も行なった」
素直に言い直すんだ。
「もとより鬼兵隊はすべてを破壊せんと稼働し続けていた。復讐者と呼ぶにも粗末な動機だ。自らを弑せぬがゆえに他者を加害し続けた賊ども」
『どうやら我々、悪口を言われている気配がするでござる』
「あら河上さん。調子はどう?」
『最悪だ。そちらは?』
「奇遇ですね。最悪です」
『お揃いであるな』
河上さんは喘鳴混じりに軽口を叩く。またこのひと死にかけていらっしゃいますよ。可哀想に。わたしも大概だけれど。
「皆さん、生きてますか」
『幹部に限るなら、最後に見たときは死んではおらなんだ。拙者今ちょっと格好良く足止めを買って出たので現状はわからんが』
「ご自分で仰るのね」
『死の間際ぐらい格好つけてもよかろう』
「たしかに」
上段蹴りで錫杖を受けて、そのまま渾身の力を込めて叩き折る。すかさず折れた先の方を掴んで眼前の首を真横に切った。
頸動脈からだらだらと血を垂らしながら——血が不足している、既に半死の屍もどきに片足突っ込んでいらっしゃる——柩は折れた錫杖をなおも振るった。切っ先を適切に踏んで跳躍する。
「貴様は不死者には勝てない」
柩は言った。
「可能性が少しでも高い者にアルタナの武器をすべて明け渡したな。ゆえに貴様は有効打を持たない」
「何? わたしってば、そんなにわかりやすいの? その通りですけれど」
集光レーザーは第七師団が占有したはずだ。扱いやすい刀は銀さんたちに渡されるように組んだ。小型爆弾系は見廻組にもわたったと記憶している。いずれも、わたしの手元にはのこっていない。
「何故抗う。何故歯向かう。何故守る」
『これはこれは。どうやらぬしの相手は、ずいぶん無粋なことを問うているようだ』
河上さんはずいぶん、楽しそうに笑った。
『また子の言葉を借りるなれば——ムカつくからだ。癪だからだ。今の腐りきった世界もぬしらにお膳立てされた終焉も、なにもかも』
また子さんそんなこと仰ったんだ。場違いな感想が脳裏を過る。
ぴしぱきと音がする。我々が立つ地面がきしみ、たわみ、割れる。その隙間から光が漏れた。
「……ええ、その通り」
大きく後ろに跳躍して、わたしは「はっ!?」町人の襟首をひっ掴む。渾身の力をこめて、路地に積み重なる瓦礫の向こうまでぶん投げた。もんどり打って転がって、砂ぼこりだらけで目を白黒させる男に、そこから動かないでくださいね、と念じた。
武器を借りパクしたぶんの恩返しはこれで終わり。もはや構っている暇はない。
『……これまでのようだ。先に、往く』
「行ってらっしゃい! わたしはちょっと、遅れます。ごめんなさいね」
『はは。ちょっとと言わず、ゆっくり遅れて来い』
「謝ることはない」
柩は止まらない。アルタナの噴出が迫ることを理解していてなおも。折れた錫杖が再度突きを繰り出す。わたしは刀の柄で受けた。
「貴様も今死ぬ」
「あなたを道連れにね」
地面から光があふれて、わたしたちを飲み込んだ。
➤
——
——
——
➤
「アンタってかなり寝起き良いですよね」
若干呆れた声は中田さんのものだ。わたしは横たえていた身を起こし、てのひらを開閉した。
周囲を見渡した。白い靄にあふれた、なにもない空間だ。身を横たえていたわたしを、中田さんが覗き込んでいた。思わずじっと見返すと、平々凡々で平坦なお顔がわたしを見て「……いや眼光強いな」ぼやいた。珍しく洋装である。もしかして、初代鬼兵隊時代の隊服だろうか?
「さすが総督の妹」
「……あなた宇宙の方にいましたよね?」
「そっすね」
「……地球にはいませんよね?」
「そーですねえ」
「……わたしさすがに、夢に見るほどあなたのことを思ったことは確実にないような……」
「でしょうねえ。おれもそうだったらだいぶビビる」
中田さんは深く、それはもう深々と頷いた。
「桂じゃなくて残念でした」
「残念とは思っていませんよ。ちょっと変だなとは思っています」
「そりゃそう。まあさっさと立ってくださるとありがてーんですけど。案内するんで」
わたしは中田さんをまじまじと見た。
「……わかるの?」
「たぶんそうっぽい的な勘くらいは」
「不安にさせるような発言、なさらないでください」
「横暴上司め」
わたしは立ち上がり、着物のよれをサッと直した。先程刃物で引っ掻いてほつれた箇所がちょっと気になるけれど、あいにく裁縫道具は持っていなかった。通信機も手首についているけれど、ウンともスンとも言わない。
中田さんの背を追う。
女は三歩後ろを歩け、の逆——ではないけれど、わたしは部下を前に出すことがめったにない。基本的に交渉ごとは立場が上であるわたしが行うことが多かったし、なにより、シンプルに中田さんって弱いので。中田さんに限らず幹部方以外のたいていの御方ってわたしより弱いので。と、いうわけで……中田さんを背中側から見る機会って案外少ない。案外っていうか、本当に少ない。
前を歩く中田さんを眺めて、このひとちゃんとわたしより背が高いな、と思う。わたしより背が低い人って女性でもそんなに見かけないけれど。兄上よりもやや高めでしょうか。江戸市中育ちだというし、良いもの食べてきたのかしら……でも戦争にガッツリ参戦なさっていたんですよね。じゃあなんだろう。遺伝かな。
つらつらと益体もないことを考えていると、傍らの靄が不意に色を変えた。わたしの眼差しは自然とそちらに吸い寄せられた。
寺子屋に通うくらいの幼い子どもたちが集まって、書物のようなものを読んでいる。漫画本だろうか。銀さんがたまに読みふけっていた、ジャンプの単行本にデザインが似ていた。表紙には、白い髪に、着物にジャージ、まるで銀さんみたいな姿の男だ。木刀を携えていて(本当に銀さんみたいね)跳び上がった直後のような姿勢で描かれている。タイトルどこかしら……指で隠れて見えづらい……云、鬼……もしかして〝魂〟? ロゴの大きさを考えると、もう一文字くらいありそうなのだけど。
「あ、これ見ちゃだめなやつです。アンタはマジでだめ」
中田さんがバッバッと手を振ると靄が霧散した。
「あなたこれ操作できるの?」
「そうっぽいですね。まーなんとなく理屈はわかるが。ハーン。操作できるんならはじめから人の恥勝手に晒さんでもろてええか」
「恥……?」
「おれこの話続けたくない♡」
「しょうがないですねえ。似合わないぶりっ子で相殺にしてあげましょう」
「はいはいちょけたのほじくり返すのやめて。もーさっさと行きますよー。マジついてこねえと置いてくからな」
「ひどーい。……あ、ほ、本当に置いていくおつもりですね? 待って」
中田さんはスタスタと本当に先に行ってしまうので、わたしは歩調を速めた。
その間にも左右では靄が色を変えて、妙な光景を展開する。左手では、魚屋の前で〝安いよ安いよー〟と呼び込みする少年がいた。右手では、軍服に似た、カチッとした詰襟姿の少年が、机に向かってガリガリとなにかを熱心に書き込んでいる。コピー用紙に鉛筆だ。ちょっと珍しい。筆じゃあないんだ。
「ア゙ーア゙ーア゙ー! しつこい!!!」
中田さんがバシバシと空間をたたく。
また霧散した。
「時系列クッソバラッバラなんだよ……違ェな同時展開なだけか? え? この調子で放映され続けんの? やめてくれよ嫌がらせかよ」
「もしかして先ほどから映っていらっしゃるの、あなたなんですか?」
「アーハイまあそうですね」
中田さんは露骨に挙動不審になった。具体的には両手を背中で結んで手遊びを始めたし、前だけを向いていた視線があっちこっちに飛んだ。
「左手の方の少年は中田さんの面影がありましたけれど、右手の御方は顔がけっこう違いますね。整形でもなさったの?」
「おいこの上司たまにありえねえノンデリ」
毒づいて、それから中田さんは「あー……なんつうかなあ」フィラーを挟んだ。
「……実際、別人なんすよ。おれではありますけどね」
「あら。……あら?」
「おれって今二度目の人生で、面影があった方は二度目の幼少期。あっちは一度目の人生やってたころのおれ」
「へー」
「へーじゃねえよクッソ軽ィな。
「気胸の体験は一度目の人生でいらっしゃったの?」
「……まあそうすね。すんませんぬるっと信じられてもそれはそれで怖いんですけど。何? 物分かりよすぎ。もっと疑って」
「なんて我儘な部下だこと……」
事務作業の手早さ、資格歴に噛み合わない既往症、前々から思っていた違和感と繋ぎ合わせてそうであれば辻褄が合うかもしれないな、というだけだ。あいにくここ最近、ファンタジックで非現実的で都市伝説的な案件にはかなり慣れが生じていた。具体的には、不老不死だとかアルタナだとか神様だとか実在したかもしれないかぐや姫だとかを指しております。
靄は別の光景をすでに映し出していた。左手の方では、中田さんらしき少年は、顔つきの似た女の子(たぶん、志村さんのお姉さんぐらいの年齢)にしばかれてなにやら抗議なさっている。もう一方では先程の、軍服もどきに身を包んだ少年たちが駆けていく。
「あちらは、噂のお姉様でしょうか」
「噂ってほど話に出した覚えがねーけどそうですね」
「草履を貸していただいたでしょう」
「……あんたってほーんとよく覚えてんな」
「恩を忘れるほど薄情に見えているだなんて。失敬ですね」
「めんどくさいのやめて」
「そうねえ、では、おちゃらけないモードにでもなりましょうか」
わたしは言った。
「なに? これ」
「……うーん。おれも確実にコレと断言できるわけじゃあない、てのはまず明言しときますね」
中田さんもさすがに歯切れが悪い。
左手の方では、ゴーグルをかけた少年と中田さん(少年の姿)が機械いじりをしている。頬は煤けてすいぶん薄汚れていた。右手の方では、おそらく中田さん(別人の少年の姿)が女の子と二人で歩いている。初々しいですね。
「アルタナってなんだと思います?」
「星の生命力でしょう」
「そーすね。ンなら、星の生命力ってなんだと思います?」
上を仰ぐと、左右に繰り広げられる光景から視線を外すことになる。上空と呼ぶにも白い靄がかっている。方向感覚がまるで掴めなくなりそうな空間だった。
「……なんでしょうね」
とりあえず、わたしは言った。
「おれねえ、あれたぶん、要するに〝星が内包するすべての生命の源泉〟なんだと思うんですよ」
「はあ」
「生命の循環、輪廻、始まりの場所にして終わりの場所。道教の価値観が一番近いんですかね。龍脈って言ってるだけはあるのかもな」
左手の方、中田さん(青年の姿)が膝をついて、手をついて、項垂れている。ずいぶんやせ細っているように見えた。戦中か、戦後だったのだろうか。「あああれ見なくていいですよ。てか見ないで。五百円あげるから」「ワンコイン」「千円あげるから! 一万円!」「勝手にオークションに参加させないでいただけます?」中田さんがバシバシとまたもや靄を叩いて消した。
右手の方では中田さん(別人の姿)がまた必死に机に向かっていた。必☆勝と書かれた鉢巻きを巻いている。
「終わりなき命の循環を司っていて、すべてのものはアルタナから生まれ出、すべてのものはアルタナへ還る」
「……」
「そうやって長いスパンをかけて、星の上で生命は育まれる」
右手の方の中田さん(別人の姿)は、クリアバッグを肩にかけて、T字路の横断歩道を渡ろうとしていた。歩行者信号は青だ。——その真横から、とんでもないスピードでトラックが、
「やべ目ェ離した隙にグロ映像。消します消します。もう余計なことしないでほしい頼むから」
「あれは——」
「記憶から消して!!!」
「……痛かったでしょうね」
中田さんは曖昧に笑った。
「どうだったかな。あんま覚えてないんで」
右手側の靄が変化しなくなった。白いままに固定されている。光は加法混色であり、様々な色が混ざれば混ざるほど白く明るく見える——と、いう知識を不意に思い出した。これはもしかして、様々な記憶が溶け込んで消えた結果、そのように見えているのだろうか?
左手側の中田さんは、黙々と石を掘る人間の周囲をうろうろと動き回っている。石を掘っているのは、若かりし頃のわたしに見えた。たぶん位牌を掘っていたところに鉢合わせたときの記憶だ。つまり鬼兵隊再編以後である。このあたりからはわたしも知っている情報だろうか。
「……どこまで話したっけ。……ああそうだ。つまり、天照大御神がアルタナ生命体だって言うんなら、彼らが帰った高天原も、辻褄が合うんですよ。高天原とはアルタナだった、とかね。幼子が七つまでのうちに死んだら神の御本に還るというのも、アルタナのもとに戻るだけ」
「ふうん。ちなみに、根の国:黄泉の国はどう説明付けるおつもりですか。あれは高天原とは違うものですけれど、あなたが仰る理屈を適用するならどちらもアルタナになりませんか」
「んーと……えー、それは、だなァ……」
過去最高に歯切れが悪い中田さんのフィラー音を聞きながら、わたしは左手側の光景を遠慮なく眺めた。ちょうど、ヘリコプターの残骸から中田さんが引きずり出されるところだった。過日のわたしは死にかけの中田さんを抱えて、水を蹴って、水面へと向かう。
それにしても先程から第三者視点かつ俯瞰の視点ですね。中田さんの記憶だと言うけれど、どちらかというと、上位存在が観測しているかのような視点だ。不可思議〜。
未だに中田さんは言葉を探しているので「……まァとやかく言うつもりはありませんけれど」わたしは助け舟を出した。
「引き合いに出すなら多少考えてからにした方がよろしいかと」
「多少も考えてねえと思われてやがる」
古事記の描写はかつて我が国で起こった歴史を神話仕立てにしたもの——とも、言われている。学術界でも、高天原の位置を列島と照らし合わせて地図上から導出しようとする試みは行われている。
わたしは、神話の真偽にはあんまり興味がない。
「……先程、わたしはアルタナの暴発に巻き込まれたんですけれど」
「ああ、道理で」
「わたしは死んだのでしょうか」
「死んではいません。まだね」
中田さんは、これだけははっきりと断言した。
「あなたは走馬灯の中のわたしの想像……と、いうわけでもなさそうですけれど」
「あんたの走馬灯だとすりゃせめておれの記憶の開陳はやめてほしい」
「可哀想に……」
靄全体の色が変わった。窓の向こうに宇宙空間が見える。今までは無声映画を見せられているようだったけれど、今度は音もついた。中田さん御本人はいない。彼の視点だろうか。ごうごうと風の唸り声のようなものが混じっていて、聞き取りづらい。
「……様子が変わりましたね」
「……えーこれまで見せられるのおれヤなんだけど。しかも音付き? バカ言ってんじゃねえや」
中田さんがべしべしと先程までのように虚空を叩いて「消せね〜んだが。オイ。ふざけるなよ」天を仰いだ。……そんなに嫌ですか?
爆発音が轟く。宇宙船の残骸が舞った。
〝敵の攻撃で本隊と分断された。合流は困難、このまま火之迦具土神制御中枢に突入する〟
声が言った。兄上だ。傷だらけの河上さんを担いで、彼は前を向いていた。天鳥船における出来事だろうか。また子さんもいらっしゃる。
通路を駆ける。爆発音が立て続けにその背を追う。解放軍も背水の陣と来れば、死に物狂いで戦う他にない。途中で河上さんが通路の真ん中に立ち塞がった。
〝行け!!!〟
……格好つけて、足止め。なるほどね。
走る。走る。ただ走る。そんな中、中田さんは躓いたのか、視界が大きくぶれてほとんど床まで転がった。その脇に、貨物運搬用か、リフトが打ち捨てられていた。……次に起きる出来事が読めた気がする。
リフトに、ほとんど飛びついたのだろう、至近距離まで近づく。鍵は刺さったままだった。傾いたリフトを起こして乗り込む。たいてい宇宙船に設置されるリフトは、車輪はなく、浮いて走る。加速は——どこまでもできる。
〝どいてどいて〜! 轢き殺しますよ〜!〟
場違いなくらい楽しそうな声だった。くぐもっていたってはしゃいでいるのが明らかだ。リフトの周囲に集った敵を轢き、兄上たちを追いかける敵を轢き、なんなら兄上もすわ轢かれるかというところでまた子さんを抱えて端に飛び込むように寄った。唖然としていらっしゃる。
〝てめえ中田——〟
〝すんません総督! 見せ場もらいまーす! これで止められたらおれのこと英雄とでも語り継いでね!〟
〝おい待て〟
兄上と、また子さんの姿を、置き去りにして加速する。わたしは手を伸ばしてハンドルに触れようとした。指は空間をすり抜ける。ただの記憶の再生に実体はなかった。
「ばかなんですかあなた、」
「アアアだから見られたくなくってェ!!!」
中田さんが頭を抱えて叫んだ。ふざけている場合じゃあない。わたしは、目を、逸らせなかった。
背景が変わる。通路を抜ける。たぶん火之迦具土神の制御装置だろう、精巧に組み立てられた一本の支柱が見えた。スピードは緩まない。速度計器は制限速度を超過して最右端に振り切れていた。宙を舞う。もはや間に合わないと悟る。爆発音がして、視界が白む——
——白い靄に、戻る。
「死んだの」
「いや、あー、うーん、はい、まあ……そうですねえ!」
ヤケクソのように開き直られた。
「わたし許可出してないんですけど」
「死ぬのも上司許可制とか聞いてねーです」
ぼやくように中田さんが言って「てかあんたが言うな」と、続けた。
「総督にすら相談しねえで命賭けた人間が言うことじゃねえよ。いい加減にしろ」
「……わたしの話今関係ないでしょ」
「そーれがじつのところ、関係大アリなんだよな。あのねえ、あんたはアルタナにそのまま取り込まれかけてたの」
やれやれこれだから素人は、とばかりに中田さんが指を立てる。あなたとて別にプロでもない。
「あんたって虚の血が混じってるし……まあなんで混じってるか聞きませんけどどうせ言わないだろうしね。でも要するに、原因はこれです。たぶん本来アルタナに灼かれたら即☆死なんだけど、あんたなまじアルタナ生命体の血を取り込んでたから半端に親和性があったんでしょ。しゃあねえからアルタナから隔離して〜、ついでに残滓を抽出して〜」
「ぬるっとあり得ないこと仰ってますけれど」
「さっき言ったでしょ。おれは人生二度目なんですよ。ついでにたぶん別の世界から来ました」
「厨二病は兄上だけで手一杯です」
「現実逃避がてら総督ディスるのやめてあげて。さっきの物分かりの良さ拾ってきて」
「確かめる方法なんてないでしょ。たしかにあのような軍服は見覚えがありませんが、知らない惑星の可能性はあります」
「いんやァ、別の世界はマジですよ。絶対そう」
やけにハッキリとした断言だ。この謎の空間で——既に薄々わかっている、話を総合するに、つまりここはアルタナの——ほとんど自信なさそうに話していたくせに、たまに突然断定した。自らの出自と。わたしの生死と。……わたしの生死?
「だからあのままだとアルタナには還らなかったんだと思います。弾き飛ばされて……どうなったんだろうな。もしかしたら、戻れたのかもしんねえな。身体爆発四散でどう戻るんだよって話ですけど。そうなったら三度目の人生とか始まったのかな? 合計人生五十年で勘弁してほしいとこですよね」
頭を掻いて、中田さんは首を横に振った。
「ま、考えても意味ないか。その選択はしませんでした。もうできませんしね」
「……あの、中田さん、隔離って、隔離ってつまり」
「おれってばじつは超上司思いなんで〜。にしても分離するとあんま保たないみたいですね。さっさと返さないと」
中田さんの指先が既にぼやけて溶けていた。
「ここがゴール。ここが終点。おれにとってはね。でもここから——あんたは、戻らないと。だからおれの命あげますよ。どうせもう持ってても役に立たないしね」
「わたし——わたし頼んでない」
詰め寄ろうとしたのに、襟を掴んで揺さぶろうとしたのに、うまく身体の自由が利かなかった。足が床に縫い留められたように動かない。床がどこにあるかもわからない世界だというのに。
「知ってますよ」
中田さんは肩をすくめた。
「でもあんただって、おれが頼んでねえのにおれのこと助けたでしょ。そのぶんのお返しってやつ?」
「いつの話」
「真選組とやりあったとき。朧に刺されたとき。他にもちょこちょこ。ずっと言ってこなかったんすけど、おれってじつは、あんたのためなら死ねたんですよ。命を引き換えにしたら、本当は存在しないひとぐらいは救えたみたいだ。あのときこの勇気があったら姉貴や三郎は生きてたのかなあ……」
中田さんはわたしを介して、わたしではない遠くの誰かを見ているようだった。
「平賀さんが……三郎さんのお父様が、仰っていました。戦争に出ていってから一度も会っていない。顔を出せと……」
「あ〜」
咄嗟に引き合いに出した情報に、中田さんは、初めてバツ悪そうに顔を歪ませた。
「まあそれはね。えー。おれもだいぶ繊細なんでね」
「もぬけの殻の生家を管理してあげたのにと」
「ゆ、ゆるして〜」
「だから……だからあなたも帰りましょう。帰って、謝りましょう。謝罪行脚付き合ってあげますよ」
「え、無理です。もうできないから」
これまた、きっぱりとした断言だ。
わたしはちょっと焦った。
「たしかにわたし、命懸けの覚悟は尊重します、しますけれど、けれどわたし他人の命と引き換えに生き延びたいだなんて、思ったことない。い、一度も。一度もありません」
「そうでしょうね。あんたはどちらかといえば、死に場所を探しているから軽率に命を懸ける人間だ。傍迷惑です」
「傍迷惑……」
「だいぶ傍迷惑ですよ。命の恩人になってあげる部下からの忠言です」
中田さんはわたしに一歩、歩み寄った。彼の靴のつま先は指同様に消えかかっていた。
「幸せになってください、なんて言いませんよ。そんなのこれからも生きるアンタが決めるべきだ。……でもね、ちゃんと生きてください」
まだ消えていない掌底がわたしの肩を押した。本来体幹で維持できるはずの姿勢があっさりと崩れ、仰向けに投げ出される。どこにもない世界に。重力なんてないような場所で、はっきりと、肉の器の重みを感じた。
「その命捨てるもよし。抱えるもよし。途中で道草食ってもコケても立ち止まって蹲ってもなんでもいいです。ちゃんと生きて。生き抜いてください」
ようやく腕が動く。咄嗟に、中田さんの襟を掴もうとした。まだ動ける。動けるなら。届くなら。諦めたくなんか。
伸ばした手はすり抜ける。
「あんたはおれの光でした。醒めない夢でした。甘ちゃんで横暴で軽率ですーぐキャパ見誤って自己完結的に動く暴君上司で、でもそんなあんたの背中だから追いかけ続けられました。追いかけてきたから、ここまで駆けてこられました」
弾けるような笑顔だった。
「おれみたいな凡人でも、もしかしたら、誰かの英雄になれました」
「バイバイ、さよなら、永遠に。もう二度と——お会いすることがありませんように!」
➤
/* コメントアウト・舞台裏
おれはようやく安堵の息を吐いた。
いやあ捕まらなくてよかった。あのひとしつこいし。強情だし。あれ捕まってたらマジで、ちょっと、かなり、虚勢が剥がれていたかもしれない。いやもう後戻りできないんですって。おれ死んでんのよ。わかるか。木っ端微塵なんだからな。余力はあんたに使っちゃったんだって。ご理解、いただけただろうか……。
「あー……はあ……」
その場に膝を折り、尻をつく。膝頭に寄りかかるようにおれは上体を傾けた。
「平々凡々中田くんにしちゃあ、だ〜いぶ格好つけられたんじゃあないですかねえ……?」
手足の先が光り輝いてだんだんと分解されていく。己の身体が細分されるさまを現在進行形で突きつけられている。たしかにあったはずの感覚がなくなっていく。火之迦具土神の制御装置に衝突して爆発したんだから、今の今まで感覚があった方がおかしいとわかっていた。ま〜じで目の前で爆風受けたからね。生死不明とか言ってらんねえよ。死体の原形あるかがまずあやしいぜ。
会えるかと思っていた姉貴はいない。当たり前のように三郎もいない。とっくにアルタナに溶けて還ってしまっているからいないのか——ドヤ顔で解説してみたけれど実際あれが当たっているのかもまァるでわからない。おれはもちろん、ヒカリ様も大概にイレギュラーなので(マジ、
目を瞑るということもできなくなる前に、目を瞑っておく。意識を保ったまま視界が消えるのってだいぶ怖いんじゃないか、と思うので予防線だ。
フィクションみたいに波瀾万丈な人生だった。物語みたいに上手くいくなんてことはまあだいたいまるでなかったわけだけど、終わり良ければすべて良しって言うだろう。総督を助けられて、ヒカリ様を無事に帰せる。じゃあもう大丈夫じゃない。良いんじゃない。おれってばよくやったよほんと。我ながら褒め称えられて然るね。三郎のとーちゃんは、なんつーか。親不孝な息子と親不孝な息子のダチワンツーでマジサーセンした。せめて末永く幸せに長生きしてほしいな。
もう誰もいない。
なにもいない。
音も聞こえない。単になにもない空間だからか、とうとう鼓膜もなくなったのか、わからない。
……そろそろさあ。
そろそろ、いいですかね。いいよね。いいでしょ。いいだろ。許されるだろちょっとくらい。ねッ。なんせおれこんな頑張ったんですからね!
「……やっぱ、死ぬのって、怖いな〜ッ……」
たぶん〝口〟が今でも存在していたら、声はめちゃくちゃ震えていたと思う。
この期に及んでまるで締まらねえのでした。
おれっていつもそうだよな。
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