【完結】春去りて、春風は未だ   作:初弦

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前略:

 ミツバ篇Bボタン連打進化キャンセル。

 

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 伊東鴨太郎。伊東家に生まれた俊英であり、真選組の参謀の立場にあり——自尊心と野心と承認欲求が、人よりも強い。真選組局長を見下し、真選組副長に敵愾心を抱き、いずれ下剋上を打ち立てんと目論んでいた。

 京に潜伏していた時期、そんなとっても扱いやすそうな人が出向している点に目をつけて、口説き落としたのが兄上というわけ。

 それにしてもこの人本当にどこからでもたらし込んできますね。

「うちの兵をいくらか割く。統率は万斉、補佐はヒカリ」

 兄上の御言葉はこちら。実妹のこと、よく切れる人斬り包丁兼任管理職とでも思っていらっしゃる。だいたい正解なのですけれども。

「春雨が幕府中央と大口契約を結びに来ることを踏まえて、真選組がろくに動けないよう盛大な内輪揉めを勃発させる、ということですよね」

 わたしは話を整理した。要するに春雨と幕府から受注した、ちょっとしたおつかいである。陽動作戦とも言える。

 兄上は素っ気なく頷いて、付け加えた。

「真選組自体、ついでに潰せるなら潰せ」

「ウーン……気が向いたら頑張りますね」

「気を向かせろ」

「BGMにノれそうならばあるいは」

「おまえらいい加減にしろよ」

 バシッと叱られた。わたしと河上さんは顔を見合わせて、どちらともなく首を傾げてみせた。

 正直なところ、兄上の命令そのものならまだしも、春雨からの指示、なんなら間接的には幕府の指示であり、しかも明らかに悪巧みの隠れ蓑と来れば、さすがにあんまり気は乗らない。最低ラインをクリアするつもりこそありますけれども、それ以上はそれこそ気が向いたらあるいは、という感じ。

「万斉先輩もヒカリ様も派手な案件でいーじゃないッスか。私なんかまァた武市先輩のお守りッスよ」

 また子さんが駄々をこねた。「お守りはこちらですが? いえ武力ではたしかに敵わないので護衛ですけれども」武市さんがうつろな猫目でもわかるほど、とっても心外そうな顔をしている。

「私がどれだけ猪突猛進人間の尻拭いをしていると」

「誰が猪突猛進人間だ! 猪女呼びといい、武市先輩はマジでフェミニスト称号返上しやがれ!」

 フェミニスト返上しろは同意見なものの(ふつうに、真剣に、名乗らないでほしい)また子さんが猪突猛進はあんまり否定できないかなあ……。

「兄上の昔話いくつかお話しできるように思い出しておきますね」

「エッやっっった頑張るッス」

「目の前で情報が切り売りされているようだが、いいのか晋助」

「そろそろ諦めたよ俺ァ」

 兄上は悟ったような顔つきだ。常々思うのだけど、時たまびっくりするほど銀さんと表情の作り方が似ている。成育環境真逆のはずなのに。

 主に慣れないツッコミに回ろうとして回りきれてない時だとか。

「ヒカリ殿、私には……」

「武市さんもほしいんですか!? すみませんなにか考えておきます」

「冗談です」

「冗談らしく仰ってくださいよ。……ちなみに今更ですけれどお二人は何のお仕事なんですか?」

「本艦が大破したこともあり、一時修繕は終えましたがさすがに心許ないのでこの機に発注する手はずとなりました。加えて新規加入者の選別ですね。各地の同志と連絡を取り合って審査する形になります」

「ああいろいろお疲れさまです……というかほぼ全部紅桜の件ですねなんだかすみません……」

「なんのなんの、特殊武装警察を相手取ることに比べれば」

 話が戻ってきちゃった。

 まァ軽く言ってますけど、わたしどころか河上さんも、真選組と対峙するときはふつうに死にかねない。なにせ特殊武装警察とは名ばかりのものではなく、彼らは帯刀どころかバズーカ所持まで許されており、我々は指名手配犯ばかりの超危険団体で殺害許可が出ている。

「最低目標は真選組の耳目を引きつける陽動撹乱、最良目標は伊東さんの局長就任による傀儡警察、という認識で問題ありませんか?」

 念のため確認すると「いや」と兄上から否定が入った。あれ。

「伊東が程々にかき回すまで行ったら適当なところであいつも捨てていい」

「よろしいのですか?」

 わたしは目をまたたかせた。

「真選組の実権を握れる機会はそこそこ有用かと思いますが。なにより、あのひとってもう少し絞れそうな印象でした」

「幕府の狗っころの首根っこ掴んでどうするよ? 鶏口牛後と言うがな、あいつら所詮はお上の使い走りだ。鶏口ですらねェ」

 兄上はそのように仰るものの、彼らを謗る一方でわたしたちは絶賛、宇宙海賊の使い走りについて真面目な会議している真っ最中なのである。しょうじき使い走りをさせてくる対象が違うだけで、今やってることはそんなに変わらない。

「なにより、リターンがコストに見合わねえ」

「……伊東さんのおもてなしってそこまでコストありましたっけ? せいぜいが会談くらいという認識でしたけれど」

「そろそろご機嫌取りが面倒だ。良家のプライド高ェ坊ちゃんの相手なんざしてらんねえよ」

「もしかして今の自己紹介ですか?」

「ハ?」

「黙ればいいんでしょう、黙れば……」

 口説き落とした本人がこの調子、どこからどう見てもどう聞いてもろくでなしでしょうコレ。さながら寄生するヒモ。もっともやっていることはヒモより断然、たちが悪い。

「マ、もとより伊東はろくな大義もなく、己の私欲ひとつで所属組織に背くような者でござろう。惜しむべき存在でもなし」

 じとっと兄上を見つめるのはわたしだけで、河上さんはあっけらかんとした様子だ。

「先に斬らねば次に切られるのはこちらであろうな。機会が今回というだけ」

「そこは同感ですがね」

 わたしは肩をすくめた。

「唆しておいてワルですねえ、と、思うだけですよ」

「ほざけ」

 兄上は鼻で笑った。

「さてまあともあれ、我々の動向は理解しました。ここまでの話で兄上のご予定が含まれておりませんが、実際あなたはどうなさるおつもりですか」

「京へ一度戻る」

「……あっ、なるほど? 過重労働は部下に任せて悠々自適に御自分は京で隠居生活と決め込めれますかそうですか芸妓でも呼ばれるんですかヘェ〜兄上ってばずいぶんと良いご身分でいらっしゃッヅ」

「うるせえやることあンだよ」

「もはや恒例」

「学ばれませんね、ヒカリ殿」

「むしろちょっと安心するッス」

 いつものごとくいつものようにスパーンッと資料で頭を引っ叩かれて、わたしは無言でうずくまった。引っ叩かれた拍子に舌噛みました。けっこういたい。

 

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「引っ叩かれるなら背中の方がましなんですよ、もう痛覚死んでるので」

「あの晋助が毎回、わざわざ狭い的を狙う意図がようやく理解できたでござる。今後も狙われるのは頭か足と見た」

「かなしい……」

 嘆いたわたしを至極生ぬるいようすで見て(サングラスをしているので明確にはわからないけれど、たぶんそう)河上さんは「兄御の心をもう少し考えてはいかがか」と、諭された。

「考えてはいますよ。あれでいてあのひと、置いていったことを心底後悔しているせいで、わたしにずいぶん甘いなァ……とか」

 河上さんの眼差しはサングラスに遮られて、やはり明確には、その詳細はわからない。シャカシャカとヘッドホンからはいつものように音漏れしているけれど、まァたぶん、聞こえてはいるのだろう。会話は成り立っているわけだし。それにしても耳悪くなりますよ。

「わたしがヘンに従順な態度でいると、どうにも、製造元と同じように強要している気分らしいとか。本気でやりたくない話は、どうやって勘づいているのやらそもそも振ってこないくせして、しかしわりとあのひと繊細ですよね」

「……」

「そういう諸々もあって、多少わがままや軽口叩いて反発しているくらいが安心するらしいですね。わたしもわたしで、置いていかれたこと自体はぜんぜんめちゃくちゃ根に持ってるのでちょっとしたおふざけはすなわち利害の一致というやつです」

「後半から諸々、台無しでござるな。恨み言はなかったと言っていた気もするが」

「よく覚えていらっしゃいますね。それはそれとして、恨み言はとくにないし慣れているだけで根に持ってはいます」

「もしや拙者は頓知を聞かされているのか?」

 ぜんぜんめちゃくちゃ根に持ってはいる。最後の最後がトドメだっただけで、そもそも半生でもうなんべん置いていかれたのかわからない。高杉の家にいた頃はもちろん、松下村塾でも男同士の付き合いだの末っ子はジャマだの泣き虫は足手まといだので突き放されること数知れず。いやはや本当に兄上ってひどいですね。銀さんと小太郎さんは基本的にはなだめ役だったが、最後の最後で結託しやがったのでこの点は同罪だ。〝先生〟に至ってはそもそも追ってはいけませんよなどと言い残して、我々三人を置いていった御本人ですからね。当たり前に全員まとめて根に持っている。

 たぶん兄上が気にしているのは、最後の最後こっきりで、他の数々は些細な日常として忘れ去っているだろう。けれど当該の件で起きた諸々は、兄上が置いていったことそのものが原因ではなく、わたしが足を止めたせいというだけでしかない。つまり兄上の責任ではない。置いていったことは本当に真剣に気にしてほしい。根に持っているというのは冗談でもなんでもないので。

 とはいえわたしにわたしの所感があるように、兄上には兄上のお考えがある。そしてたぶんあの人も〝異論は認めるが結論は変えない〟タイプなので、つまりもう置いていかないならいいので他はどうぞお好きにしてください、という感じだ。わたしも好きにしますから。

「気にしてないような顔しているくせして、真っ当に情はあるのでたいへんですよねあのひと。発露の仕方がとってもヘンなのですけれども……おかげさまで、わたしはわりと自分勝手にやらせていただいております」

「なるほど、斯様な理屈でそのように。奇々怪々と言わざるを得んな」

「仰いますねェ」

 あくまでも軽口だ。すこし髪が落ちてきたので、わたしはいまだ手元にある薄藍の髪紐を一度解いて、己の髪をまとめ直した。それにしてもこれはいつ返せばいいんですかねえ。

「マ、よしんばわたしが領分を超えたらば、そのときは河上さんでもどなたでも斬り殺してくださるでしょう。岡田さんはその点、ちょっと兄上と銀さんに脳焼かれすぎでしたけれどね。無関係なところで死にかけました」

「ああ、突き落とされたと噂の」

「……ちょっ、とお待ちくださいね。噂とはいったい、なんですか」

 知らないのかと言わんばかりに眉を上げないでほしい。

「拙者はぎりぎり着いていなかったので目撃してはおらんが……どうも紅桜とやり合う直前だったこともあり、けっこうな人数が見ていたとか。生還したこと自体ちょっとした騒ぎになっていた」

「……うそォ……」

 つまり背中裂けたところも大勢に見られたってこと? お嫁に行けると思っていませんけれどそれにしてもお嫁に行けない。先に指摘してくださいよ本当に。

「まァ拙者としては今のところ、場面も選んでいるようなので他に言うことはござらんよ」

 よっこいしょと勢いをつけて河上さんは畳から立ち上がった。

「晋助が他人の業までまとめて背負い込むのは今に始まったことでもあるまい」

「……それは、そうですね」

 まとめた髪を髪紐でぐるりと一括りに結んで、わたしもまた立ち上がる。板張りの廊下を歩む足音。襖が開く。

 伊東さんは我々ふたりを一瞥した。本日彼は、真選組屯所までご案内してくださるとのこと。

「はるばるご苦労」

 ふふ、それにしてもこのひとってば相変わらず物言いが上から。

「こちらこそ、結構なお出迎えで」

 にこやかに応対するわたしの傍ら、河上さんが吐息に見せかけた溜息をつく。

 今日に限らず、伊東さんとの顔合わせは兄上が主だって、たまに河上さんやわたしが応対する状況だった。目立たないための少人数でもあるけれど、そもそも部下を連れて来ていない——連れて来られないのは、彼の言動が理由でもある。

 名のある武家に生まれた人間は当然に人を使うすべを叩き込まれる。例を挙げればそれこそ兄上だ、ナチュラルに人を顎で使う言動をするので銀さんによく激怒され、逆ギレしていた。最近ではその反省を活かして的確活用しているなと思います。伊東さんは典型的にそういう教育を受けていて、ついでに我々なんだかんだで全員まとめて犯罪者なので、無自覚にも見下す素振りが端々から垣間見える。この場にいるのがわたしと河上さんなので、伝わらない皮肉と溜息だけで済んでいるものの、沸点が低い相手なら下手すると刀が出てふつうに斬られる。今怪我させるのは、ちょっと困る。

 一手間取らされるのは面倒くさいけど、それこそ、素直で良い子がひねくれて、一足遅い反抗期に走っているさまはなんだか微笑ましい。

「どうやらいまだ土方について、我々を嗅ぎ回っている者がいるようでね。相手をしてくれると助かるよ」

「はーいはい、ご随意に」

 すなわち、汚れ仕事は手下に任せて、というやつだ。わたしはわたしで適当なお返事をするのでお互い様——伊東さんにはすこし眉をひそめられた。お互い様ですからね?

「骨のある者だと良いが」

 河上さんがこきりと肩を鳴らす。「人数どれだけでしょうねえ」わたしはぼやいた。

「あんまり多いとさすがに困るやも。わたしたち、今ふたりしかいませんよ」

「どちらがどれだけ斬れるか、競うか?」

「イヤでーす、河上さんに勝てるわけないでしょうさすがに。わたし人斬り専門だったことありませんからね」

「つれんな」

 果たして。

 

 ひとりしかいなかった。

 あらまあ。

 

 真選組監察、山崎退。彼の曲をまだ聴きたいと宣い、勝手に納得して納刀してしまった河上さんに「斬らなくてもよろしいのであれば、構いませんけれど……」わたしもまた、横たわった男を見下ろした。

 本日のわたしはあくまでも河上さんの補佐だ。であるため、指示系統は河上さんの直下になり、河上さんがしないと決めたことには手を出さない、が行動の大前提になる。

「兄上に気づかれて突っ込まれでもした場合、御自分で釈明してくださいね」

「それは無論」

 隊服の隙間からじわじわと出血が地面に染みゆくのを眺める。河上さんを睨みつけていた山崎さん(既に刺されてこそいるので、わりとしっかり負傷者)が、戸惑ったようにわたしの方に顔を向け——ようとしたのですかさずこめかみの位置を草履でガッとつよく踏んで阻止した。ちいさな呻き声が上がる。河上さんがさりげない仕草ながら二度見した。すみません、驚かせましたね。

「しかし、晋助にもっとも叱られている代表としてなにか助言をくれたりなどは?」

「そのような不名誉極まりない代表に任命された覚えはなくってェ……反省文は四百文字原稿用紙八割埋める程度がおすすめです、ぐらいのことしか申し上げられませんけれども」

「つまり拙者も反省文を出さねばならない……?」

 河上さんはふむと顎に触れる。

「マ、お気持ちはわかりますよ。死にかけてなお一貫して忠義を通す言動には好感が持てます」

「側頭部足置きにして言うことではござらんな」

「顔と名前が知られていない身としては、よりによって真選組の諜報担当に顔を覚えられると、なにかと困るので……」

「一応真っ当な理由があったのだな。突然乱心したかと反応に困ったでござる」

「二度見面白かったです」

「これ」

 踏み過ぎたのか怪我のせいか、いつの間にか気絶してしまっていた。たぶん後者でしょう。

 河上さんが引きずっていって茂みの方に転がし、伊東派から隠れられるようにはしておいた。運が良ければ生き延びるはずだ。知りませんけどね。

「しかし、鬼の副長ともあろう者が思いの外、部下に慕われていないようす。少し拍子抜けだな」

 我々が複数名相手取る想定をしていたのは、土方十四郎の影響力を軽視していなかったからだ。真選組の最古参メンバーがひとり。局中法度は彼が制定し、無法者たちに秩序を打ち立てて、てんでバラバラな浪士たちを最低限〝チンピラ警察〟と警察呼びされる程度にはまとめ上げた男。それだけ人望が厚いと見ていたけれど——実際はたったのひとりだった現状、河上さんは至極残念そうに仰る。

「もとより慕われていなかったにしては、この男の行動は奇妙だが」

「さて……江戸ではどうやら、真選組の副長殿がアニメオタクになったともっぱらの噂ですが」

「拙者の耳にも入ってこそいるが……あれは伊東が流したでっち上げにござろう」

「ンー……」

 意外とそうでもないらしい、とはわたしが個人的に偶然知った情報だった。

「河上さんって、昨夜の朝まで生テレビはご覧になりました? オタクサミットとやらを特集していたのですけど」

「……観てないが? お主なにをしておる」

「単なる待機は暇だったもので。マとにかく、土方十四郎が出ていましたよ」

「……何故?」

「知りませんが、あの男前はなかなか見間違えようもありませんからねェ」

 潜入には記憶に残りにくい顔立ちの方が向いている。そういう意味では先程の監察さんは適任だろう。マさておき、問題は潜入の適性ではなくて。

「アニメオタクとして登壇してアイドルオタクと大揉めしていらっしゃいました。最終的に乱闘にまで発展していて、なかなか見応えありましたね。サミットってわたし討論の意味かと存じておりましたが、和製語では全体的に闘争を示すのでしょうか?」

「何故……?」

「知りません。オタクの方々って不思議な生き物ですよね」

 河上さんの混乱した表情は若干珍しい。気持ちはわかる。わたしもザッピング中に目に入った、資料越しや遠方から見かけた覚えのある顔には、何故? と思ったので。討論自体も興味深かった。大半何言ってるのかわからなかったけれども、己の主義主張のために必死になる人々はけっこう好きだ。

 一方でこれはあくまでもわたしの感想で、真選組となると大半はハードボイルド、オタク趣味は軟派でけしからんと思う者の方が多いだろう。急速に人望が落ちても不思議ではない。土方十四郎はミツバさんが惚れるだけあってずいぶん端正な顔立ちなので、ふつうに振る舞っていても目立つだろうし、噂が千里を走るのはとっても早かったと思われる。

 アニメオタクに鞍替えした理由は知らない。壮大な理由でもおありなんじゃあないですか。わたしには到底及びもつきませんけれども。チンピラ警察を取り仕切るストレスだとか?

「河上さんももしかしたら気が合うやもしれませんね。よく流行曲を聴いていらっしゃるようですし、音楽もお詳しいのでしょう?」

「さてはヒカリ、ぬし、オタクをジャンルのべつまくなしに十把一絡げにするタイプでござるな? 音楽オタクとアニメオタクとアイドルオタクはすべて異なるぞ」

「へえ、知見です」

 適当な返答をするわたしを河上さんはジトッとした目で見た後「それはそれとして」と続けた。

「拙者これでも作る側なので、享受だけをする側とは少し合わぬやもしれぬ」

「初耳〜……ああだから生成AIに創作側としてあれだけ反応していらっしゃったんですね。ちなみに、なに作っていらっしゃるんです? コミケ? みたいなものですか?」

「同人ではなく……最近では復帰後のお通ちゃんの曲をだいたい全部」

「は、初耳……」

 

   ➤

 

 チンピラ警察、ゴロツキ警察、ヤクザ警察、様々な別称(蔑称)で知られる彼らは、主にその素行により罵倒を受けている。

 たとえば、

「ウワーッはははは走行中の車両に向けてバズーカとか本ッ当心底ありえない!」

「ヒカリ様いかがいたしますコレ!? 同志や万斉様が! 待てアンタなんで爆笑してんだ!?」

「もう笑うしかないでしょうこんなの、いったいどちらがテロリストやら」

 現在地、バルバルと騒音を立てて走行するヘリの中——河上さんからヘッドホン支給こそあったものの、つくづく耳がイカれそうだ。

 馴染みの河上さんの部下(たしか中田さん、とっても小うるさい)に返答しつつ、わたしは眼下の光景にもはや爆笑していた。最近腑抜けた挙句無期限謹慎を食らったと噂の鬼の副長殿に加えて、なんだか見覚えのある銀髪天パがいらっしゃるような気がするのは、まったく気のせいにしたいですね。そもそもそれ、真選組の隊服では? 

「もっとも、河上さんはどうにかしそうだとして、他が問題……」

 本人の反射神経を踏まえると、小回りが利いて的としても小さいバイクに乗っている彼は、一周回ってまだ安全だ。四駆は頑丈な装甲つきと言い換えることもできるけれど——助っ人が助っ人なものだから、機関部に的確に当てかねない。

「ちょっと支援してきます。飛行高度軽く下げていただけますか、二十mほど下げていただければおそらく足りますので」

 言いながらわたしはヘリの後部ドアを全開にした。現在の飛行高度はおおよそ五〇m——ドクターヘリや消防活動等、緊急事態でもなければこの高度での走行に公的な許可は降りない。マ我々は公的許可とかもとより取っているわけもなし。

 昇降用のファストロープを下方に放り「お借りしますね」「アッあんたまた」手近な方から脇差を抜き取る。

「コレ乗ってるなら使いませんよね。それとも一緒に降ります? それならお返ししますけれど」

「使いませんけれどできれば貸したくないっていうか、アンタいい加減自分の刀持ったらどうですか!?」

「えーんいじめないで」

「人の武器掻っ払っといて被害者面!?」

「さておきあとは手筈通りに、わたしが降りたあとは高度は元の位置に上げてくださって構いませんよ。暇なら威嚇射撃でもしてください。わたしと河上さんは適当に避けられますが、他同志に当てないようにお気をつけを」

「ひ・ま・な・ら!?」

「では行って参りまーす」

 紬の袖越しにロープを掴み、ひょいと飛び降りる。高度に加えてヘリ自身の移動とプロペラによる風圧もあり、強風が吹きすさぶ。ファストロープの先端まで滑り降りて——あ、ちゃんと高度が下がっている。残り五mくらいならまあ平気だろう——わたしはそのまま手を離した。

  ダン!

 四駆のルーフに着地。間髪入れず、一閃走る。

 発射された砲弾はわたしが構えた刀の側面をわずかに削り、大きく軌道を逸らして、前方を走行する列車の側面に着弾した。

「銀さんんん!? どこ狙ってんすかあン中近藤さんいるんじゃないんですか!?」

「いいえ、狙いはとても良かったものかと。良過ぎた、というのが正しいでしょう。おかげでずいぶん読みやすい」

 数年前よりさして変わらず、わたしには弾丸を避けるだなんて高度なことは不可能だ。ただまあ狙われる場所がハッキリしているならば、その前で待ち構えることぐらいはできる。迎撃ミサイルとまではさすがにいかないけれども、上手く道具を用いれば、軌道を予測して刀を当てていけばず(﹅)ら(﹅)す(﹅)こともできる。単なる初歩的な物理法則の応用、反射神経と身体能力さえあれば誰だってできる。何故ならわたしができている。なんなら兄上であれば片目の今でももっと上手くやる。精進いたしませんとね。

「曲芸やってんじゃねェぞヒカリ! 今のてめえだな!?」

 助手席フロントガラスから上体を出し、銀さんが喚いた。両腕でバズーカを保持している。うーんやっぱりあなたですか、まったく狙いは的確だ。ダダダと連続して響くマシンガンを弾く方がややたいへん、弾丸が小さいぶん的も小さいので。できないとは言ってないですけれども。

「いやはや我ら雑技団」

「馬鹿野郎がふざけてんじゃねえ! っと手加減してくンねえ!?」

「こちら淑女でして……手心をいただきたいのはわたくしどもの方でございますとも。しかしいつの間に特殊武装警察に就職を?」

「してねーよ誰が幕府公認ヤクザ集団に入るってンだまったくごめんだね、サブイボ立ったわほれ見ろコレおまえのせいな」

「あなたがたが撃ってくるせいで見る余裕ないですけど」

「なら暗殺とりやめろ」

「交渉決裂ですね」

 わたしは軽く笑った。マシンガンとバズーカの七:三混合弾幕の隙、片手でインカムのスイッチを入れ、腹から声を張る。

「全員伝達。F班車両このまま速度維持でお願いします。他の車両は速度を上げて、F班車両を最後尾に回してください。今後後方確認はせずとも結構。わたしが全弾対応しますので皆様本分を果たすように」

「クッソがコイツホントにいろいろめんどくせェ!」

「銀ちゃん、あの女も鬼兵隊アルか!?」

「ンまあだいたいそう! 稽古なら銀さん全勝なんですけどォなまじっか頭回ンのとやたら防衛上手ェからこの状況でまともに相手すんのは厄介だ! てかヒカリチャンなんか腕上げたァ!?」

 銀さんに腕上げたと思われるのはけっこう嬉しいかも。

 わたしが呑気なこと考えている間にも、遮音から連絡用にモードを切り替えたヘッドホン越し、ないし肉声でも『了解です!』「ラジャっす」『承りました』各員の返答が聞こえる。

「ついでに、真選組副長と加えて白夜叉がお越しくださっていますのでお気をつけを。主に河上さんですね、もはや予定通りに事が進むと思うべきではありません。軌道修正も危ういとお考えください」

『既に把握しておる。対応予定の算段も済ませた、ぬしは引き続き部下の援護頼む』

 河上さんの声だ。「さっすがァ、仕事が早くていらっしゃる」わたしは言いながらもまた砲弾を弾いた。

「それでは皆様、命大事に行きましょう。そろそろわたしは切りますが他なにかわたし宛に連絡事項のある方いらっしゃいます?」

『拙者すこし白夜叉と一手仕合いたいのだが』

「……それはハイ、もう勝手にしてください。というか兄上への弁明も勝手にしてください。抜けられる場合フォローはいたしますがあんまり期待しないでください」

『ヒカリが冷たい』

 充分高待遇だと思いますがね。

 これ以上の言伝はいよいよ他にはないようだ。「それでは」と告げてインカムを切る。近場でバズーカ撃たれ続けている状態でマイク入れ続けていたらば、遅かれ早かれ参加隊員全員まとめて聴覚が逝く。わたしは既に死にそうなので、ヘッドホンを再度遮音モードに変更。一定デシベル以上を遮音してくれる優れもの、音楽聴きながらの河上さんと会話が成り立つ理屈はどうもこのようになっているらしい。

「お待ちくださりありがとうございます」

「いや全然待ってねえけどな、砲弾列車側に吹き飛ばしまくるから一旦取りやめるしかなかっただけだからな」

「さてなんでしたっけ」

「ねえ、無視?」

 口から生まれたとばかりに喋り倒す男に、車内後部でやたらと縮こまっている様子の鬼の副長(ストレスで解離性同一性障害でも発症したのかしら?)あとは眼鏡の男の子に、番傘マシンガンを担いだ女の子。後者は紅桜の際に降ってきたと噂の夜兎かなあ。

「真選組でないのであれば、今のご所属は〝万事屋銀ちゃん〟? 皆様曲芸披露にしばしお付き合いくださいまし」

「根に持つとわかりやすいよな相変わらず。つーか、いや一応聞くんだけどさあ、同門のよしみに免じて遠慮してくれるとか、ちったァ躊躇するとか、ねえワケ?」

 かつてのごとく死んだ魚じみた目に、しかし奇妙なひかりを宿す。わたしを真っ直ぐに見据える眼差しは、見慣れないながら、既に一度は向けられたものだ。上空にて紅桜を背に、我々は対峙した——もっともあのときはすぐに岡田さんに放り出されたので、いろいろおじゃんでしたけれども。

 とうに対立は決定づけられた。

「おかしなことを仰いますね」

 わたしはしらっと言った。

「同門ゆえにこそ、銀さん、あなたは全力で迎え撃たなければ、こちらの命こそが危ういことをよくよく存じておりますよ。あなたの傍にいらっしゃる方々も、きっと無鉄砲天パに置いて行かれても食いついて着いてくるような人々でしょう? そうでなければあなたは連れ歩かない。皆様揃って、手強い癖者たちと見做すべきでしょう」

 銀さんが一瞬、目をつむる。

「あーあ、つくづく小生意気になっちまって」

 開いた瞳にもう迷いはないようすだった。

「つか俺だってストパーかければ直毛になれっけどな全然。ホント全然」

「手強い癖者って、ちょ、ちょっと嬉しいですね」

「見る目あンなオマエ!」

「てめーらはなンか変に誇ってんじゃねーよ! こっちまで照れんだろ!」

 コントのようなやり取りにわたしはくすくすと笑った。楽しそうでなによりである。取りこぼしたものはおそらく彼も数多く、兄上の執心もまた、戦時中の諸々に基づいているのだろう。……それでも進むことも、道中でひとつひとつ拾って大事に抱えていくことも、また強さだ。すこし羨ましくもある。

 私情は挟まない。

「仲良し結構、それでは手始めに——」

 ともすればふざけていた様子の銀さんが目を見開いて、バズーカごと車両内に引っ込む。「ッ新八ハンドル回せ!」怒号じみた指示はほぼ同時だった。

 ——瞬断。

 ギャリギャリと音を立てて車は回転し、車両側面に銀の軌跡が刻まれる。ボンネットごとエンジン部破損するつもりだったのに、まったく勘が良いひとだ。短い指示に的確に対応するお仲間もまた有能。手強くって嫌になる。

 わたしは短く息を吐き、ルーフの上でバランスをとりつつ刀を振った。

「兄弟子およびご一同、改めて、お相手願います」

 所詮は時間稼ぎだ。まともに相手取れる対象でもない。

 

   ➤

 

「アッやばちょっと待ってください今ので刀にひび入っちゃった、次受けたら折れちゃいますねこれ」

「は?」

「っぱバズーカ逸らし続けるのもなかなか無理があったんですかねェ撤退していいですか?」

「は???」

「すみません僕ら真面目にやってきたんですけどふざけてます?」

「なんだか耳にしたことのあるフレーズですね、アリさんマークの引越社?」

「銀さんちょっとお知り合いの女性に失礼かもしれませんがいっぺん本気でぶん殴っていいですかこの人」

「いいよ許可するよ存分にやれ拳に憤怒を込めろ」

「えっかわいい妹弟子にそんな」

「ホントいい加減にしなさいよおまえそろそろ怒るぞ。イヤ怒る以前の問題なンだわナニこのやりとり。ふざけてねえとこうはならねえだろ。高杉あいつマジ妹にどういう教育したらこうなんだよ変わったとか言ったの俺の目が節穴だったンかよ。テロリストに鞍替えした程度じゃ甘ったれの末っ子はなァんにも変わっちゃねえや」

「新八が殴ると絵面がコンプラに引っかかるネ。退きなメガネ、私が殺るヨ」

「わーん殺る気な夜兎を無手で相手取るのはホントに死んじゃいます〜どなたか得物お貸しください」

「ヒカリ殿に貸すと九割折られるのでイヤっす!」

「仲間に断られるんだ……ていうか九割折ってるんだ……」

「やらかしすぎて信用を失ったやつにかけられる台詞アル」

「実のところその通りでして、いつもは敵の得物奪ってるので加減がわからないんですよねえ。申し訳ないことをしています」

「やってること弁慶の刀狩りよりタチ悪くない?」

「加減っつかヒカリおまえ昔っから竹刀にも刀に無茶振りしすぎだかんね、俺も大概な自覚あるけどおまえは本当に大道芸をやっている」

「真選組から奪ってくるのが手っ取り早いのでは?」

「たしかに!」

「たしかに! とはならねえだろあのさあこれ俺らがおかしいわけ? 違うよね? テロやる奴らは全員致命的に常識を失ってんのか? 失ってそうだなァ!」

「では申し訳ありませんが少し席を外しますね、伝達お願いします」

「承知したっす」

「ヤまじでそうはなら、」

 

「……うわァこれが俗に言う義経の八艘飛び……?」

 

「……今のうちに突破します?」

「あいついなくなったら防げネーのか? みんなパーッと散開しちゃったし、なンか今なら追いつけそーネ」

「そーなゴリラ殺られる前に行くか……つか紅桜とは打って変わって今回露骨にやる気ねえな……ちなみにオタククンは生きてる?」

「あの身のこなし、ワンパークの戦闘シーンがコスプレ三次元で再現できるのでは……?」

「いっぺん気絶させとくかコイツ」

「銀さん、抑えて」

「良い子だから待てアルヨ〜どうどう」

 

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 何度も言う通り、この任務が兄上のご意思ならわたしとてもう少し真面目に頑張っている。少なくとも待機時間中にテレビ観たりはしない。河上さんもたぶん真選組監察を逃すなんてしなかったろうし、白夜叉とやり合いたいとワクワク男の子の部分を露呈させることもなかっただろう。問題はこの任務の大半が伊東さんの手下として身を粉にして働くものであること、本質が〜はじめてのおつかいfeat.宇宙海賊春雨&幕府〜なことだ。

 やる気とかない。

 かなりない。

 あるわけない。

 そりゃあもちろんお仕事として振られた以上は義務も果たすけれど、真選組の戦力半数を江戸から引き剥がした時点で最低目標としては既にお釣りが来る状態だった。なんなら銀さんの差金だか鬼の副長大復活なのかは知らないけれど、どうやら真選組のほぼ全勢力でやってきている。見廻組だけでは諸々、江戸中央はすっかりと手が足りないだろう。

 あとは伊東さんを殺せば、教唆犯が誰だったかをはっきり示す証拠は消滅し、真選組の内乱として処理される。

「あらまァ、素晴らしい御手前で」

 車両に窓から飛び込んで、わたしは思わず感嘆の声を上げた。一面血まみれ、そこかしこに隊服の人間が転がっている。七割死体、二割が虫の息で時間の問題、一割は保ちそうでこそあるもののもはや剣は振るえまい、といった有様だ。

 その中でただ一人立っていた青年がいた。さすがに無傷ともいかないらしく、腕を抑えて息を切らしていた様子だ。わたしを見て、眉をひそめる。

「……女? テメエ、伊東の手合いか」

「まさかまさか。あ、これまだ使えそう。お借りしましょう」

 手を合わせ、またたきの黙祷。ほんのわずかなものである。すぐにわたしは手を伸ばし、千切れかけていた下緒を軽く引いて鞘ごと拝借。それでは戻りますか、面倒くさいけど——

「……既に満身創痍のご様子ですが、まだ戦うおつもりで?」

「あいにく近藤さんの敵は全員斬り殺すのが俺の務めでね」

 止血もできていない腕から血が滴り落ちている。しかし目は爛々と闘志に燃え——を、通り越し、殺意がつよく焼きついて、燃え盛っていた。過日の岡田さんを思い出す。殺害任務直後の河上さんも、たまに、こういう目をしている。人斬りの目だ。

「だいたいは伊東が個人的に引き連れてたやつだ。いくらかはウチでも見知った顔だった。ンで何人かは、本当に知らねえ顔もいたんだよなァ……伊東の手合いじゃねェってンなら、てめえらの手引きか?」

「……そのような表現も可能でしょう」

 真選組局長殺害任務だけは、数の割増のため、うちの兵も真選組の制服を着用させた上で伊東さんに一時貸していた。……この様子では、誰も帰ってこられないらしい。

 極論、攘夷浪士にとって最良の追悼とは、落命程度でつべこべ言わずに脇目も振らずに目的を実現することである。兄上はまさにそのように動き続けている。一方でわたしは、他人に払う情を削り落としてしまった一方、同胞の亡骸にはほんの少しだけ立ち止まって、無価値な刹那の黙祷を捧げたりしている。

「まったくあなたがいなければ、彼らは暗殺をとうに成功させていて、副長殿が追いついた頃には既に終結していたでしょうに」

「ハ、アンタら近藤さんの実力を知らねえからンなこと言えンでェ。あのひとが本気になったら俺でも敵わねえよ。俺ァただ、ほんの少しあの御人の手間を省いただけだ」

「へえ、ほんの少し」

 ちょっと笑いが漏れた。あなたの周囲に今何十人積み重なっているのか、ちゃあんと数えてから仰っていただきたいところだ。おかげさまでこちらは引き上げるに引き上げられず、余計な協力者たちを相手取る羽目になっている。勘弁してほしい。

「ちなみにこの際なのでお聞きしますが」

「冥土の土産か? 気が向いたら答えてやろうかねェ」

 薄笑いを浮かべる顔立ちは、童顔を差し引いても明らかに若く、少なくともまた子さんよりは歳下だと推察できた。真選組でも隊長格に許される意匠、この若さ、実力、たとえ資料に顔写真が載っていなくても誰であるかはすぐわかる。

「——ミツバさんはお元気ですか?」

 瞬に薙いだ刀を避けられたのは、予期していたこと、また相手が手負いだったことに由来する。わたしは傍の座席まで退いて、一ッ跳びに彼の背後に着地した。

 前に振られた重心をすかさず引き戻す動作。反射神経はほとんど神速の域にあり、しかしやはり手負いだ。動きがわずかにのろい。振り返ろうとしたこめかみを肘で打つ。刀を鞘で弾いて振りを避け、そのまま傷口を抉り——ド、と、体重ごと突き込む。

「ッぐ」

 荒くれ者揃いの武装警察にしては小柄な体躯だ。わたしの突きでも数m吹っ飛んだ——けれど、彼は座席を左手で掴んでたたらを踏んだ。獣の眼が一瞬振れて、しかしすぐに開いた瞳孔はわたしに焦点を引き絞る。

 ウワアそろそろ膝くらいついてほしい。

 大多数戦闘への適性、対応能力、タフさ、若さだけでは説明がつかない。真選組一番隊隊長、最年少にして幹部の座を与えられた神童:沖田総悟。

「てめえら、姉上を人質に取ろうと……ああ、だから武州か?」

 わたしはミツバさんの存在を鬼兵隊には伝えていないし、たぶん伊東さんにそういう意図はない。

「はッ、残念だったな! 姉上はとっくに江戸に出て、今じゃあ上様より安全な場所にいるのさ。情報が遅ェぞゴロツキども」

 上様より安全な場所はちょっと実現可能なのか気になる。

「そうですか」

 わたしは素っ気なく相槌を打った。

「それならよかったです」

 かたちのよい眉がわずかに上がった。

「ともあれさておき世間話は置いといて、わたしちょっとその状態でもまだ動けるようなゾンビバケモノと戦うつもりないんですよねえ」

「テメエ好き勝手言ってくれやがっておちょくってンのか」

「まさかまさか、たまさかですよ。それではさようなら——できればさっさと、この列車から離れた方がよろしいかと」

 わたしは拝借した刀を振って、入ってきた窓からサクッと脱出した。爆発に巻き込まれたらばわたしとて命が危ない。

 

   ➤

 

「あれっもう橋ではヤバいわたしも死んじゃッ」

 

   ➤

 

 中略:爆発オチなんてサイテー!

「ヒカリ様ヤバいですコレヤバいやばい」

「うんまあちょっと目を離した隙に本当に大惨事ですね。すごーい」

「すごーいじゃなくてェ!」

「しかし伊東さん、最後の最期で身体を張ったのは評価できますね。最初からあれだけ素直になっていらっしゃれば別の道もあったでしょうに、惜しいことを」

「高評価してないでェ!」

 爆薬を仕掛けた位置まで思ったより近かったものだから、わたしも逃げきれず、吹き飛ばされて橋から落ちた。紅桜の件ほど上空でもなかったのと、下が川面だったので助かったけれど。最近わたしってば落下してばかりだ。溜息混じりに紬を絞る。

 ともあれ中田さんが喚く(川に墜落したヘリから逃げ切れなかったらしく、残骸に挟まって溺れかけていたので、ついでに回収した)ので、わたしはひたすら水気を絞りながら、しばし算段した。実際早めに手を打たねばならない。頭上の大橋を眺めて、すぐ脇を雄大に流れる河川に目を移す。

「この川は深いのでヘリごと落ちた方々ももしかしたら生きています。もっともわたしが拾えたのはあなたぐらいですが」

「ウッそれはありがとうございます」

「行方不明者に関しては捜索に人手をいただけるように兄上に連絡します。ちなみに中田さん、あなたインカム生きてます? わたしのはお陀仏になったようでウンともスンとも申しません」

「水没したのでどうだろ……」

 中田さんはインカムのオンオフを何度か試して「生きてました」快哉を上げた。よかったよかった。これどちらも連絡手段がない状態だと場所的に遭難しかねないので。

「ではちょっとお貸し願えます?」

「わかりまし……待ってください、俺の刀は? 貸しましたよね?」

「申し訳ありません折れました」

 正確には折れかけたところを列車に放置していったので、川に落ちたか、木っ端微塵になったと思われる。

「ローン!」

 ローンで買ってたんだ。

 がっくりと項垂れる中田さん。さすがにこれはわたしが悪い。バズーカ何弾も受け流したりしなければもっと保ったとは思うのですけれども。

「ごめんなさい、きちんと新しい刀を探してきますね」

「CDプレイヤー付きでSpotify三ヶ月無料セットがいいです……」

「刀にそんなのあるんだ……検討しますね」

 なんとか宥めて、わたしはようやくインカムをお借りできた。

「全員通達。これより我々は撤退に入ります。四駆が動くなら動かしていただけると助かります。ヘリは期待しない方が良いでしょう。動くだけ動かして空中爆発など洒落になりません」

『一機は川に落ちて一機は白夜叉に叩き落とされてるのでもとより動きません!』

「すみませんたぶん今の内山さんですよね? 川に落ちた方は把握していましたが一機叩き落とされたと仰いました? 二度目の爆発それだったんだ……」

 銀さんの人間離れが留まるところを知らない。痛む頭を誤魔化しがてらこすって、わたしは「とりあえずわかりました」と言った。

「動ける負傷者は動けない息のある負傷者を担いで、名前を知っている同志の死体は見える範囲で死ぬ気で覚えて帰ってください。いいですか、見える範囲の話ですからね。列車内の同胞の犠牲は全員わたしが把握していますのでわざわざ潜り込まなくてよろしい。残念ながら骸を連れ帰る余裕までは現在我々にはございません。追撃もナシですよ。手負いの真選組は窮鼠と同義。彼らはしばらく立て直しに追われることでしょうし、今無駄に突いて噛まれる必要はありません」

 言いながらもわたしは再度、頭上の大橋を見上げた。橋の上では千切れた車両が不穏に揺れている。わたしたちもここから移動した方がよさそうだ。下手するとあれが落ちてくる。

「あなた方はよく健闘しました。犠牲はあれども、着実に成果は挙げています。次のご指示のため、行く先々のため、果てにある破壊のため、まずは皆様の帰還が最優先です」

 今後の方針について一通り指示を出し、わたしは今一度思考を整理した。負傷者の回収。死者の把握。証拠隠滅は、さすがに鬼兵隊の関与自体は露見するだろうけれどもそれはべつにいい。陽動作戦として最低限の目的は果たしていて、伊東さんはあの怪我で死ななかったら逆にそれは人間業ではない。詳細な情報はろくに取れないはずだ。万事屋の皆さんは、脇に置く。

 であればあとはひとつ。

「河上さんの居場所をご存知の方は、どなたか引き摺ってきてください。この人だけは死体であってもなにがなんでも回収せねばなりません。肉片四散していた場合のみ放置を許します」

『……勝手に殺すな』

「あ、生きていらっしゃる」

 よかった。河上さんは明言こそされていないものの、鬼兵隊での立ち位置が兄上に次ぐ実質的な№2なので、下手に原型の残った死体を放置していくと幕府の手で河原に野晒しにされかねない。

「喋れる元気がおありならばついでに自力で帰れます?」

『無茶を言う。ヘリごと叩き落とされたのだぞ』

「逆にどうやって生き延びて……? 動けないのであれば、場所を教えていただければあなたも回収していきますよ。一緒に兄上に叱られましょうね」

『あー、痛いなァ痛い、白夜叉にやられた傷が痛むなァ。これは帰還したとてしばらくろくに動けぬやも』

「自力で動けそうな減らず口ですねェこれはお迎えも不要でしょうか」

『すみませんでした。迎えにきてください。報告も大人しくやります。共に叱られます』

「はい、はい」

 わたしは半眼で相槌を打って、伝えられた場所を頭に叩き込んでから、インカムを切った。馬鹿やってなお馬鹿言ってるうちの№2も回収するのがわたしの役目だ。なにせ本件のわたしは河上さんの補佐なので。

「中田さん、そういうわけなのでまずは上まで登りましょう」

「エッ……この崖を……?」

「このような橋はたいていメンテナンス用の梯子が……ああほら、ありますね。では向かいましょう」

「めちゃくちゃ錆びてて耐久性に不安がありますけどぉ!? あの高さですけどぉ!?」

「嫌ならあなたは置いていくしかありませんよ。捜索隊に回収していただくことになりますかね」

 中田さんは泣きながら梯子に手をかけた。良家の箱入り娘だったわたしより堪え性がないの、やめてほしいですね。

 

   ➤

 

 そういうわけで、はじめてのおつかいは及第点こそ貰えたものの、道中つくづく散々だった。

 兄上は口元から煙を吐いて「万斉も万斉だが、おまえもおまえだ。いつにも増して身が入っていなかった様子だが」わたしに目を向けた。

「これで目的完全完遂していたらどうなると思います?」

 わたしはズビと鼻をすする。水に落ちた服を適当に絞るだけ絞って、真選組を避けて橋に上がってからも、河上さんに代わってひたすら指揮を執っていた。風邪くらい引きますよ。

「当初の指示より高水準でクリアしたところで、報酬据え置きでさらに困難な無茶を振られますよ。我々の目的に相反する任務であったらいかがするおつもりで? そもそも、春雨相手にそこまでする義理がありますか?」

「同盟相手だ」

「鬼兵隊と春雨の同盟を〝同盟〟と本気で仰っている人をわたしは見たことありません。兄上、あなたを含めて」

 屋形船は河をしずかに降っていく。建物の間を潜り抜けた月光が差し込んでいく。

 同時に、兄上の瞳が引き絞られた。

「真選組に加減する理由でもできたか?」

 わたしは眉を上げた。

「日野の件を指していらっしゃるなら、むしろ、逆ですね。あの程度で朽ちる方々なら、大人しく死んでしまった方がよろしい」

 置いて行かれた誰かが泣いている。振り返らずに人々は突き進む。置いて行った挙句に道半ばで潰える人間であったなら、立ち止まって動けなくなるようであれば、そんなもの、さっさと消えてしまえばいい。

 死人に生者は勝てないと誰かは言う。その意見自体は尊重するけれど、少なくとも、わたしはそうは思わない。死者はもうそこに留まったままでしかない。生前の誰かの意図を無視して、好きなように解釈したとて、死人はもはや口無しだ。屍を引き摺っていくのもきれいさっぱり忘れるのも、すべては生きている人間にしかない特権である。

「本件にまたもや一丁噛んできた銀さんも同様に。見知った相手だからこそ剣を振るに躊躇はない」

 馴染みであるからというだけで剣を振れないなら、得物を向けられないと宣うのであれば、そうして死んでしまうほど弱いのであれば——その程度の人々に置いて行かれて嘆いたかつてのわたしは、いったいなんだったというのだろう?

 わたしはとっても根に持っている。きっといつまでも根に持っている。甘ったれの末っ子なのでそういうところは執念深い。

 ゆえにこそ、ある意味では、信頼している。

「そうは思いませんか、兄上」

 兄上の、もはや片目しかない翠眼が、しばらくわたしを眺めていた。コンコンと灰を落とした煙管がわたしに向けられ、顎に触れる。少しだけ上を向くように。

「おまえいつか俺まで喰い殺しそうだよな」

 わたしは肩をすくめた。

「ではどうぞ、喰い殺されぬように存分にお気をつけを」

 兄上は嘆息して、煙管を引き、窓枠に肘をかけた。眼差しは屋形船の外に向けられる。わたしは畳に寝転がり、兄上の腿に頭を乗せた。ぺくしゅとくしゃみがこぼれる。じつは上体を起こしているのもけっこうつらい体調です。

「……枕にならないほど硬い……」

「なら退け愚妹」

 意地でも退かないことに決めた。

 嘆息のような音がひとつ。やがて指がわたしの髪を梳かした。腿同様に硬い感触だ。わたしは目をつむり、いくばくも経たずに眠りに落ちた。

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