堕ちゆく光の翼――ノースフライト   作:ぬべべ

2 / 3
第2話 トレーナーとして

第2話 トレーナーとして

 

 

「ええと……その、悩んでいるように見えたので」

 

 ノースフライトは、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

「もしかして、お邪魔でしたか?」

 

 最初は店員かと思った。

 それくらい、彼女の声は自然と耳に入ってきた。

 

「あ、いや、邪魔ではないよ。正直、かなり困ってたところはある」

 

 そう言うと、フライトは両手をパンと合わせて、目をキラキランと輝かせる。

 

「でしたら、少しだけお手伝いしてもいいですか?」

「いいのか? それなら、かなり助かる」

「はい! では、まずお話を聞かせてください」

 

 

――――――

 

 

 と、いうわけで、オレはノースフライトに経緯を説明した。

 

「つまり、印象を変えたい、と」

「ああ。学園でウマ娘たちと話しても、あまり聞いてもらえていない気がしてさ。もちろん、服だけでどうにかなるものじゃないとは思うんだけど」

「なるほど」

 

 フライトは、ふむふむ、と真剣に頷いた。

 それからオレのこと頭のてっぺんから、胸元を見て、じーっと顔を見てくる。

 純粋で綺麗な目に、吸い寄せられそうな、もしくは吸い込まれそうな気がした。

 数秒ほどだが、その間の沈黙が異様に長く感じる。

 

 

「でしたら、スーツが似合うと思います」

「スーツ?」

「はい。ただ、この場合のスーツは、服の種類という意味だけではありません」

 

 フライトは近くのラックから、濃紺のジャケットを一着抜き取った。

 

「英語の suit には、似合う、適合する、という意味もあります。つまり、無理に派手な服を着るのではなく、その人に合う形を探すことです」

 

 そう言って、彼女はジャケットをオレの肩に合わせた。

 視線を左右に揺らして、また真正面から見てくる。

 ふわりとした嗅ぐわった香水が、どこかオレの頭をスッキリさせるような気もした。

 

「この色なら、今のネクタイとも合わせやすいです。でもシャツは、もう少し柔らかい白の方がいいですね」

「柔らかい白、というと?」

「真っ白すぎると硬く見えるんですよ。ほんの少しだけ温度のある白と言いますか。あと、靴も大事です」

「靴は……革靴でいいのでは?」

「もちろん革靴で良いのですが、色や質感が大事なんです。ファッションは細部に宿りますから♪」

 

 得意げに胸を張り、彼女は靴売り場へと歩き出す。

 ジャケットを元の位置に戻しつつ、彼女の後を追った。

 

「靴は、どれも同じように見えるんだよな……高級なものを買ったらいいのか?」

「確かに、足の形ですから同じに見えるのは仕方ありません。しかし高いからといって良いわけじゃないんですよ?」

 

 人差し指を立て、キメ顔で説明を始めるノースフライト。

 

 

「サイズ、それから足が痛くならないようなものを選ぶのが一番ですが、そのうえで、ちょっとオシャレしちゃいましょう」

 

 同じような色に、同じような形だと思っていたが、フライトの説明を受けていると、どれも違うものに見えてきた。

 

 

「詳しいんだな」

「はい、ファッションが好きなので♪」

 

 フライトは軽くピョンと飛び跳ねて、両手を胸の前で合わせる。

 

「その人の服を選ぶのも、似合うものを探すのも好きなんです。だって、少し選び方を変えるだけで、見え方が変わるのが、ファッションですから♪」

 

 彼女は、オレに鏡の前に立つよう促した。

 ジャケットを羽織り、鏡の中の自分を見る。

 

 劇的に変わったわけではない。

 

 しかし、服が浮いている感じはしなかった。

 少なくとも、今までよりはしっくり来ている。

 

「……いいな、これ」

「はい。似合っています♪ 他にも気になるものがあれば、一緒に選びますよ」

 

 一緒に、か。

 

「それは嬉しいが、君の時間は大丈夫なのか?」

「私は大丈夫です。あ! えっと、ご迷惑でしたか?」

 

 

 きゅっと小さく縮こまるように、手をモジモジとさせて上目づかいで見てくる。

 

 

「ははは、俺の方は暇だから、全然。むしろ、君のおかげで充実してるさ」

「それなら、良かったです♪」

 

 

 

――――――

 

 

 後日、オレはノースフライトとともに選んだ服を着ていた。

 柔らかい白のシルクシャツに、濃紺のジャケット。赤いネクタイと茶色の革靴だ。

 眉毛を整えて、髪にもワックス、それから首元に少量のアロマ香水もつけて。

 

 

「あの、すみません。少しだけ、フォームを見てもらってもいいですか?」

「え? 俺?」

 

 最初は自分に言われているのだと分からなかった。

 振り返ると、彼女はノートを胸元に抱え、少し緊張した顔で立っている。

 

 

「は、はい! お願いします……!」

 

 

 驚いた。

 その子にはすでに担当トレーナーがいるらしいが、自分でも勉強したいから、別の視点で意見が欲しいとのことだった。

 

 

 グラウンド脇で、彼女の走りを確認する。

 スタートから、腕の振り。

 終盤で少しだけ上体が浮く癖を見抜き、前傾姿勢を意識するよう伝えた。

 

 

「そういうわけだから、君の走りは終盤で少しフォームが崩れている。だから、まずはそこを正すところから始めると良いと思う」

「わぁ、ありがとうございます。フォームの崩れは頭にありませんでした。トレーナーさんに相談してよかったです」

 

 

 彼女は丁寧に頭を下げた。

 その背中を見送ってから、オレは自分の胸元へ手をやる。

 

 フライトに選んでもらったジャケット。

 柔らかい白のシャツ。

 いつもよりきちんと磨いた靴が目に入る。

 

 服だけで、オレの人格が変わったわけではない。

 

 だが、どことなく自信があるように見えるのだろうか。

 きっと、こちらが落ち着いていると、相手も少しだけ耳を傾けてくれるのだろうか。

 

 確実に言えるのは、変化は感じられた。

 

 

「……フライトには、礼を言わないとな」

 

 

 小さく呟く。

 その時、ふと気になった。

 

 ノースフライトには、もう担当トレーナーがいるのだろうか。

 トレーナー室へ戻り、候補者名簿を開く。

 ページをめくって、彼女の名前を探した。

 

 

「フライトは……未契約」

 

 

 視線が止まった。

 特記事項には、いくつかの文字が並んでいる。

 体力面に不安あり。

 疲労が溜まりやすい。

 身体の負荷調整は慎重に。

 

 それだけで、いくつかの事情は見えた気がした。

 特記事項へ指をなぞらせ、もう一度、模擬レースの記録を見る。

 

「そうか、あの子も……」

 

 売り場で服を選んでいた時の横顔を思い出す。

 好きなものを話す時の、あの明るさ。

 

 

「だが、どんな走りをするのかは見てみたい」

 

 

 午後のトレーニング時間が近づいていた。

 オレはトレーナー室を出た。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「おおー! ありがとうフライト! フライトのおかげでやる気が出てきたよ! ほんっとうに、ありがとーーーー!」

「はわわわ、どどどど、どういたしましててて!?」

 

 トレーニングコースへ向かうと、ノースフライトは両手を掴まれていた。

 

 相手はウイニングチケット。

 今年のデビューウマ娘の中でも、ひときわ元気のいい子だ。

 

 チケットはフライトの手をぶんぶん上下させ、今にもそのまま走り出しそうな勢いで目を輝かせている。

 

「わわっ、ごめん!」

「いいよ、頑張って、チケットちゃん」

「うん! 頑張る! うおおおおおお!」

 

 叫びながら走り去っていく背中を、フライトは苦笑しながら見送った。

 

 フライトは、チケットがコースへ入るまで手を振っていた。

 下ろした手を、揺すられた方の手へ重ねる。

 スタートを切る掛け声に、彼女の爪先がコースへ向いた。

 

 オレの靴音が近づくと、フライトは足を揃えて振り向いた。

 

「あ、トレーナーさん。どうされたんですか?」

 

 こちらに気づいたフライトが、軽く首を傾げた。

 

「君に用があって」

「私に?」

「この前のお礼を言いたくて。服のこと、助かった」

 

 そう言うと、フライトはぱちぱちと瞬きをした。

 

「本当ですか?」

「今日、相談を受けたんだ。前より話しかけやすくなったのかもしれない」

「わあ……!」

 

 フライトが小首をかしげて、自分の顔の近くで両手を重ねた。

 

「本当に良かったですね♪」

 

 

 まるで自分のことのようにウキウキとした笑顔だ。

 その反応を見て、オレは胸の奥で一つの提案を、前に出すことにした。

 

 

「それで、少し聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「君は、まだ担当が決まっていないんだな」

 

 

 言った瞬間、フライトの表情がわずかに止まった。

 風がコースの砂を撫でていく。

 

 

「……はい」

 

 返事は短い。

 笑顔は崩さず、しかし物憂げで、少し寂しそうな。

 

 

「そうなんです。なかなか、ご縁がなくて」

 

 

 長いまつ毛の瞳が、ぱちくりと瞬く。

 

 

「走りを見てもいいか」

「えっ」

「迷惑ならいいんだ。ただ、気になってさ」

 

 

 フライトはオレの顔をじっと見る。

 けれど、すぐに胸元で手を合わせて。

 

 

「では、少しだけ」

 

 

 そう言って、彼女はコースへ向かった。

 走り出しは綺麗だった。

 

 無駄が少ない。

 姿勢もいい。

 脚の運びには軽さがある。

 

 

「はっ、はっ、……っ、んっ……はっ」

 

 ただ今は、長く続けると息が乱れるようだ。

 軽快に走っているようにも見えるが、その余裕の底は浅い。

 

 だがその不安点を覆い隠すように、オレの中に感情が芽生えた。

 

 

「……綺麗だ」

 

 

 飛んでいるように。跳ねるように。

 前へ前へと突き進む。

 

 見ているだけで、名簿の赤い文字が頭に浮かんだ。

 

 ノースフライト。

 体力面に不安。

 身体の負荷調整は慎重にしなければならない。

 

 フライトは短い距離を走り終え、息を整えながら戻ってきた。

 

 

「どう、でしたか?」

 

 

 肩を小さく上下させ、おずおずと聞いてくる。

 

 

「綺麗な走りだった」

 

 

 まず、正直に言った。

 フライトの耳がぴんと立つ。

 

 

「ただ、身体への負担があるんだったな。全力ではなかなか走れなさそうだ」

 

 

 その耳が、ほんの少し下がる。

 

 

「……ですよね」

 

 

 その言葉には、聞き慣れた痛みがあった。

 これまで何度も言われてきたのだろう。

 

 無理はできない。

 難しい。

 諦めた方がいい。

 

 そんな言葉の数々を。

 

「でも、見てくださってありがとうございました」

 

 

 フライトはすぐに笑顔を作った。

 礼儀正しく、明るく振舞って。

 

 決してあきらめるような仕草や姿勢は見せず、自らを装飾で覆い隠すように。

 

 その姿が少しだけ、苦しそうにも見えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。