無職転生の大ファンです。
最近、幼女戦記にハマったので書いてみました。
ものを書くのは初めてですし、もちろんクロスオーバーを書くのも初めてなので、時系列や伏線の管理に至らない点が多々あるかもしれませんが、何卒、あたたかい目で見守っていただけると嬉しいです。
エタらない限り完結までもっていきますので、気長にお待ちください。
第一話 双子
死んだ。
状況だけを並べれば、答えは一つしかない。
前後の記憶がひどく曖昧だ。戦場の轟音も、焦げた火薬の臭いも、骨の芯まで染み込んだ疲労も、遠く霞んでいる。
代わりに聞こえるのは、女の苦しげな呼吸と、聞き慣れない男の声だった。
発音にも語彙にも覚えがない。聞き慣れないはずの声なのに、耳へ入った瞬間から意味だけが理解できる。外国語を母国語へ置き換えている感覚すらない。最初から知っていた言葉のように、声がそのまま思考へ届いていた。
死後の混乱にしては、あまりに都合がよすぎる。誰が何を吹き込んでいる?
「ゼニス、もう少しだ! 頑張れ!」
「うっ……あ、ぁああっ……!」
「旦那様、奥様の邪魔です。黙っていてください」
「俺は励ましてるんだ!」
「邪魔です」
実に統制を欠いた現場である。
状況は不明。視界は利かず、身体の自由もない。全身を生温い液体に包まれ、四方から圧迫されている。呼吸をしていないはずなのに、苦しくはない。
敵の捕虜になった可能性を検討するが、それにしては会話がおかしい。
尋問でも手術でもなさそうだ。
では、これは何だ。
身体が強烈な圧力を感知した。
周囲が収縮し、全身を一方向へ押し流そうとする。だが、狭い空間から先に何かが抜けた途端、私を締めつけていた力がわずかに緩んだ。
肉と液体に隔てられた向こうから、けたたましい泣き声が響く。
「生まれた!」
男が叫んだ。
「元気な男の子です、奥様」
「ゼニス!よくやった!!」
落ち着いた女と男の大きな声が響く。
待て。
胎内に、私以外の子供がいたのか?
緩んでいた圧力が、再び強まった。
「ゼニス?」
「ま……だ……ぁ!」
「もう一人!?」
「旦那様、そこをどいてください!」
クソッたれ。
理解した。
理解したくはなかったが、認めざるを得ない。
つまりこれは出産だ。そして私は、現在進行形で生まれようとしている。
───あの悪魔め!!存在Xめ!
死後の安息すら与えず、またしても幼児からやり直せと?それも今度は双子か。前回の転生では最低限、辛うじて一人分の養育資源を確保できた。今回は誕生の時点から競合相手が存在する。
そのうえ、現地語の理解まで勝手に頭へ押し込んだらしい。
親切のつもりか? 頼んでもいない機能を無断で追加して、今度は何をさせる気だ。前回も、選べる道を狭められた挙句に戦場へ送られた。言葉が通じる程度で、この仕打ちを恩に着せられてたまるものか。
いったい何が目的だ。信仰を得たいのなら、まずは労働環境と福利厚生を改善しろ。転生のたびに条件を悪化させる雇用主を、誰が心から敬愛するというのか。
もっとも、それらを改善したとて、私に無駄な試練ばかり与えるあのクソッたれを信仰する気は、さらさら無いがな。
瞬間。視界が白く染まった。
冷気。重力。肺へ飛び込む空気。そして、尻に衝撃。
「おぎゃああああああっ!」
「女の子です! 奥様、男の子と女の子ですよ」
「ふ、双子……?」
「やったぞ、ゼニス! 息子と娘だ!」
そんな気はしていたが、やはりまた女か!!!!
やってくれたな、存在Xぅ……………!
というか、大声を出すな。こちらは生まれたばかりだぞ。
抗議しようにも、喉から出るのは不名誉な泣き声ばかりだった。近くでは先に生まれた兄まで泣いている。騒音が二倍だ。
「ほら、ゼニス。見てくれ」
「ええ……」
温かな腕に抱かれた。
汗に濡れた金髪の女が、疲れ切った顔で笑っている。彼女が母親らしい。
隣から、茶色い髪の男が顔を覗かせた。こちらが父親。整った顔立ちだが、先ほどの言動から判断すれば、冷静な指揮能力には期待できまい。
母親は私と兄を見比べ、目尻に涙を浮かべた。
「この子たちの名前、決めないとね」
「男の子は考えてある。ルーデウスだ」
「女の子は?」
「ターニャ、というのはどうだ?」
心臓が止まったかと思った。
偶然か?
いや、名前など無数にある。その中から、よりにもよって『ターニャ』を選ぶ確率はどれほどだ。
存在Xの笑い声が聞こえた気がした。
偶然と片づけるには、存在Xの嫌がらせとして出来すぎている。
「ターニャ……。ええ、かわいい名前ね」
母――ゼニスが、私の額へ口づけた。
「産まれてくれてありがとう。ルーデウス。ターニャ。私があなたたちのお母さんよ」
額に触れた唇は汗で濡れていた。抱いている腕も、まだ震えている。
私は泣くのをやめ、ゼニスの顔を見ていた。こちらを捨てる気はなさそうだ。ひとまず、食事と寝床はこの女に頼るほかない。
「見ろ、ゼニス。ターニャは俺を見てるぞ」
「あなたじゃなくて、私を見てるのよ」
「いや、俺だろう。なあ、ターニャ。お父さんだぞ」
うるさい。近い。むさくるしい。
私はせめてもの抵抗として顔を背けた。
「ほら、嫌がってるじゃない」
「照れてるんだ」
「生まれたばかりの赤ちゃんが?」
「俺の娘なら、それくらいできる」
この父親には、顔を背けた程度の抗議は通じないらしい。
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グレイラット家での生活は、警戒していたほど悪くなかった。
住居は広く、食糧事情も良好。父パウロには村の騎士という定職があり、母ゼニスは治療術師であるらしい。使用人のリーリャも住み込みで働いている。
食事が途切れる気配はなく、乳幼児が飢える心配もない。
それだけでも、過去二回の人生に比べれば上々である。
問題は父親だ。
「ターニャ、お父さんだぞ。ほら、笑ってみろ」
顔を近づけてくる。
私は幼児らしく両手を伸ばし、パウロの鼻をつかんだ。
「痛っ。こら、意外と力が強いな」
「旦那様。ターニャ様が嫌がっておられます」
「これは親子の触れ合いだ」
「でしたら、もう少し静かになさってください。ルーデウス様が起きます」
横の寝台では、双子の兄が眠っている。
いや、眠ったふりをしている。
呼吸が不自然だ。先ほどから薄く目を開け、こちらの様子を窺っている。
生後間もない乳児にしては、視線が落ち着きすぎていた。
「ルディはよく寝るなあ。それに比べてターニャは、いつも難しい顔をしてる」
「そんなことないわよ。ほら、笑ってるじゃない」
ゼニスに頬をつつかれたので、幼児らしく笑っておいた。
笑うだけで喜ぶなら安いものだ。食事を運んでくる相手に、嫌われたくはない。
もっとも、頬を何度もつつくのはやめていただきたい。反応する場所を確認する器具ではないのだぞ。
「本当だ。俺にも笑ってくれ、ターニャ」
パウロが再び顔を寄せる。
私は笑顔を消した。
「どうしてだ!?」
「日頃の行いではありませんか?」
「リーリャまで!」
何かしてほしいときはゼニスへ、実際に世話をしてもらうならリーリャへ。パウロに頼むのは、二人で手が足りないときだけでよさそうだ。
抱き直された拍子に身体が揺れた。まずは、その手を滑らせないでくれ。
「おぎゃあっ!」
突然、隣でルーデウスが泣き出した。
パウロが慌てて私を抱き直す。
「どうした、ルディ。腹が減ったのか?」
「さっき飲んだばかりでしょう」
「なら、おむつか?」
リーリャがルーデウスを抱き上げる。兄は泣きながら、ちらりと私を見た。
目が合った。
その瞬間だけ、泣き声が止まった。
おい。
今、私を見て泣くのをやめたな?
「やはり、おむつではありませんね」
「眠かったのかしら」
ルーデウスは再び声を上げた。今度は先ほどよりも、いかにも乳児らしい泣き方である。
今の間は何だ。泣き直す前に、こちらの反応を確かめなかったか?
まさか、私と同類なのか。もう一度顔を覗こうとしたが、リーリャの腕に隠れて見えなくなった。
出生直後から安全保障上の懸念が同じ寝台にいるとは、実に喜ばしい。
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月日が過ぎた。
最初の半年、ルーデウスは両親の言葉を理解していなかった。
声に反応はする。表情も見る。しかし、語りかけられた内容に沿った反応は返さない。私を警戒する目には明らかな知性があるのに、パウロとゼニスの会話を聞くときだけ、意味を探るように視線が揺れていた。
やがて、頻繁に使われる単語へ反応し始めた。言葉を一つずつ拾い、文脈と結びつけている。
つまり、兄は聞き取りによってこの世界の言語を学習していた。
それが正常なのだ。
ならば、誕生直後から一言一句を理解できた私は何だ?
答えは、考えるまでもない。
存在X以外に、このような余計な細工を施す者がいるものか。
もっとも、腹立たしいからといって自分から利点を捨てるほど愚かではない。与えられた情報は利用する。借りを認めるつもりは毛頭ないが。
半年を過ぎる頃には、ルーデウスも日常会話の大半を理解するようになった。私も同じように両親の会話を聞いて言葉を覚えた――少なくとも、家族の目にはそう見えている。
生後八か月を過ぎた頃、私たちはようやく四つ這いで家の中を動けるようになった。
ルーデウスは目を離すとすぐに消えた。炊事場、裏口、物置、暖炉の前。どうやって上ったのか、二階で見つかることさえある。それでも、決して家の外へは出なかった。窓から庭を眺めることはあっても、開いた戸口の前では足が止まる。
戸口の向こうへ何を見ているのか。声をかける前に、兄は家の奥へ戻ってしまった。
私は一歳になる少し前につかまり立ちを始めた。ルーデウスもほぼ同じ時期だった。最初の一歩を踏み出してから転ばずに部屋を横切れるようになるまで、さらに数か月を要した。
一歳三か月を過ぎ、足取りが安定すると、ルーデウスの行動範囲は二階の片隅にある書斎へ収束していった。
書斎といっても、蔵書は五冊しかない。
世界各国の名前と特徴を記した『世界を歩く』
フィットア地方に生息する魔物と対処法をまとめた『フィットアの魔物の生態・弱点』
初級から上級までの攻撃魔術を収めた『魔術教本』
召喚魔術師ペルギウスと仲間たちが魔神を倒す『ペルギウスの伝説』
流派の異なる三人の剣士が迷宮へ挑む『三剣士と迷宮』
絵本すらない。書斎としては貧弱だが、この世界の地理、危険生物、魔術、英雄譚、剣術流派が一通り揃っている。情報源としては悪くない選定だった。
ルーデウスは五冊を順番に開き、挿絵と文字を見比べた。最初は本を眺めているだけだったが、そのうち指で文字を追うようになった。
私は邪魔をしなかった。
私も文字は覚えたい。だが、隣で同じ本を奪い合うことはない。兄が苦労して整えた対応表を、後から見せてもらおう。
続きを読んでくださいと頼めば、張り切って読んでくれそうだ。
こちらが読んだ頁を示すと、兄は次の本へ手を伸ばした。言葉を交わさなくても、それで順番が決まった。
無論、本人の同意は取っていないが。
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ある昼下がり、庭から風を切る音が聞こえた。
窓の外へ目を向けると、父が庭先で剣を振っている。パウロは素行と言動に不安を抱かせる男だが、剣を握った姿には無駄がない。
ルーデウスも気づいたらしい。窓辺まで椅子を引きずり、その上へ登った。
私は床に座り、手遊びをするふりをしながら様子を見ていた。
兄は窓枠へ手をかけ、父の剣を少しでもよく見ようと身を乗り出す。椅子の脚は床板の隙間へ半端に乗っている。
危険だ。
「兄さま?」
「もうちょっとだけ……」
「転びますよ」
「大丈夫、大丈夫」
何を根拠に?
庭でパウロが大きく踏み込んだ。剣先を追って、ルーデウスの身体も前へ傾く。
その拍子に足が滑った。
「うわっ」
私は立ち上がったが、二歳児の脚では間に合わない。
ルーデウスは椅子から頭を下にして床へ落ちた。鈍い音が響き、額が床板へぶつかる。
「きゃあ!」
ゼニスが駆け込み、床に倒れた兄を抱き上げる。
「ルディ! 大丈夫なの!?」
「(……バカめ)」
ルーデウスの額から軽く血が流れていた。
傷は深くないように見える。意識も清明。だが頭部外傷は軽視できない。
ゼニスが来たので脇へ退いた。今、幼児の演技をしている場合ではない。
「血が出てるじゃない! リーリャ!きれいな布を!」
「はい!」
私はゼニスの服をつかんだ。
「おかあさま、兄さま大丈夫?」
「大丈夫よ、ターニャ。お母さんが治すから」
魔術が見れるのか!
胸が高鳴る。
布を持ったリーリャが戻ってくる。ゼニスは血を拭い、傷口へ右手をかざした。
「神なる力は芳醇なる糧。力を失いしかの者に、再び立ち上がる力を与えん――『ヒーリング』」
淡い光が生まれた。
私は瞬きも忘れて、それを見た。
光そのものに驚いたのではない。ゼニスの身体から、何かが動いた気がした。
目には見えない。だが確かに存在する力が、腕を通り、掌へ集まり、言葉とともにルーデウスへ流れ込んだ。
出血が止まる。裂けていた皮膚が塞がっていく。
数秒後、兄の額から傷が消えていた。
「痛くない?」
「はい……」
「気分は悪くない? 吐きそうじゃない?」
「だいじょうぶです」
ゼニスは息を吐き、ルーデウスを強く抱き締めた。
「もう! 勝手に高いところへ登ったら駄目でしょう!」
「ごめんなさい……」
「何か取りたいならお母さんに言いなさい。取ってあげるから」
「はい……」
ルーデウスは素直に謝っている。
しかし、抱き締められたまま、ルーデウスはゼニスの掌を見続けていた。
書斎に戻れば、真っ先に『魔術教本』を開きそうだ。
だが、それよりも私には確認すべきことができた。
消毒も縫合もせず、傷が塞がった。自然治癒力を増幅したのか?
衛生魔導師でも、ここまで速くは治せない。ゼニスの掌と兄の額を見比べても、血の跡以外は何も残っていなかった。
「ターニャ?」
ゼニスがこちらを見る。
「怖かったわね。もう大丈夫よ」
「いまの、なあに?」
「治癒魔術よ」
「まじゅつ?」
「そう。けがを治す魔術」
ゼニスは何でもないことのように答えた。
宗教儀礼を装った詐術なら、まだ扱いやすかった。目の前で起きた現象までは否定できない。
ならば検証が必要だ。
「おかあさまは、まほうつかい?」
「昔は冒険者だったの。今は治療術師よ」
「わたしも、できる?」
ゼニスが目を丸くし、すぐに微笑んだ。
「もちろん。練習すれば、ターニャにもできるわ」
「だれでも?」
「魔力があればね。でも、難しい魔術には勉強も必要よ」
魔力。
何らかの生体エネルギーを消費して現象を引き起こす技術か。
発動には定型句を使用していた。言葉によって術者の意識を誘導するのか、それとも世界へ命令を与えるのか。
再現性があり、教育によって習得できるなら、それは奇跡ではない。
技術だ。
母に魔力があるなら、私にもあると期待したいところだ。
「治癒魔術を覚えたいの?」
ゼニスに訊かれ、私はうなずいた。
治癒だけではない。
この世界で魔術が実在するなら、その用途は医療に限定されないはずだ。熱、冷気、圧力、物質生成。どこまで可能かは分からないが、応用範囲は広い。
何より、武器を持たずに行使できる。
前世の私は、魔導演算宝珠に依存していた。
飛行、加速、防御、攻撃。どれも宝珠による演算補助が前提だった。九五式は忌まわしい欠陥品であり、信仰を強いる拷問器具だったが、兵器としての性能だけは否定できない。
そして今、その宝珠はない。
私は生まれてからずっと、この身体があまりに無力であることを自覚していた。
暴漢一人。獣一頭。火事一つ。
その程度で、私の安定した人生設計は簡単に崩壊する。
だが魔術があれば、話は変わる。
「お母様」
「なあに?」
「まほう、おしえてください」
できる限り素直な目で見上げた。
ゼニスは困ったように笑う。
「ふふ。魔術よ。」
「うーん、そうね。もうちょっと大きくなったらね」
「どのくらい?」
「五歳くらいかしら」
三年後?
その間に何かあれば、守ってもらえるまで待てと? 母に悪気がないのは分かる。分かったところで、身を守る手段は増えない。
「ターニャは勉強熱心だな」
いつの間にか、パウロが扉から顔を出していた。
「何があった?大きな音がしたけど」
「ルディが椅子から落ちたの。傷は治したけど、今日は様子を見るわ」
「大丈夫か、ルディ?」
パウロが歩み寄り、ルーデウスの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「いっ、いたいです! とうさま!」
「あっ、悪い悪い」
パウロは頭をかきながらガハハと笑っている。
治した直後の頭部を雑に扱うな。
「それで、ターニャが魔術を習いたいんですって」
「魔術か。剣の方がいいぞ、ターニャ。身体を鍛えれば健康にもなる」
「もうっ! あなたはすぐ剣を勧めるんだから」
「役に立つぞ?」
「でも、ターニャは女の子よ?」
「ギレーヌみたいな女剣士もいる」
「あなた、ターニャを冒険者にしたいの?」
「いや、本人が望むなら――」
「望みません」
言葉が滑った。
幼児の舌とは思えないほど、はっきりした否定だった。
三人の視線が集まる。
ルーデウスまで私を見ている。
まずい。
私は慌ててパウロへ両腕を伸ばした。
「けん、こわいです。おとうさま、あぶないのは、いやです」
上目遣いで声を少し震わせる。
パウロは目に見えて動揺した。
「そうか。そうだよな。危ないのは嫌だよな!」
「はい」
「安心しろ。ターニャに怖い思いをさせる奴は父さんがぶった切ってやる!」
胸を張る父親へ、笑顔を向ける。
バカめ。単純で助かる。
剣が役に立たないとは言わない。だが、剣は接近しなければ届かない。交戦距離は長いほど安全である。
魔術を選ばない理由がない。
「でも、魔術も役に立つぞ。俺とゼニスの子なら才能もあるかもしれない」
「もう。調子のいいこと言って」
ゼニスが嬉しそうに笑った。
ルーデウスは書斎の『魔術教本』を、自分の意思で読み進めるだろう。私は別の入り口――ゼニスの治癒魔術から、魔力の制御を探る。
「とにかく、今日は二人とも大人しくしているのよ」
「はい、おかあさま」
「はーい」
返事だけは素直な双子を見て、ゼニスは満足そうにうなずいた。
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夜。
隣の寝台から、衣擦れの音が聞こえた。
「ターニャ。起きてる?」
ルーデウスの囁き声だ。
私は目を閉じたまま答える。
「寝ています」
「寝てないじゃん」
「何かご用ですか、兄さま」
「その呼び方、やめない?」
「なぜです?」
「なんか、むずむずする」
「兄妹なのですから、適切な呼び方でしょう」
「そうなんだけどさ……」
注文の多い男だ。
私は目を開け、隣を見る。月明かりの中で、ルーデウスがこちらへ顔を向けていた。
「ターニャも、魔術が気になる?」
「はい」
「どうして?」
質問の意図を測る。
探りを入れているのか。それとも単なる好奇心か。
「お母様のように、けがを治せたら素敵でしょう?」
模範的な回答を返すと、ルーデウスは黙り込んだ。
「……ほんとにそれだけ?」
「兄さまは、ほかに何があると思うのですか?」
「いや。別に……ロマンとかさ……」
「ろまん……? そうですか」
「まあいいや」
ルーデウスが寝返りを打つ。
「おやすみ、我が妹よ」
なんだそれは。
先ほどまで呼び方に文句を言っていたくせに、自ら兄らしく振舞うことにしたらしい。
「おやすみなさい、兄さま」
私は天井を見つめた。
五歳まで待つつもりはない。
ゼニスの魔術を見たとき、力の流れを感じた。あれが魔力なら、私の中にも存在する可能性がある。
前世なら、演算宝珠があった。今は何もない。
ゼニスが使えたのだから、私にもできるはずだ。
目を閉じ、あの感覚を探す。
……難しい。なかなか掴めない。
何度か試すうちに、指先が淡く温かくなった。
成功か?存外、この身体には才能があるのかもしれない。
まだ魔術と呼べるものは何も起きていない。
それでも、笑いを抑えきれなかった。
宝珠なしで、指先に力が集まった。
これが魔力なら、神に祈らずともやり直せる。
今度こそ、誰にも使われない。
軍にも、国家にも、神にもだ。
学び、備え、危険を遠ざける。
食事も寝床も、今はこの家に頼るしかない。両親に何かあれば、行き先すら選べない。
この小さな手で、何とかするしかないのだ。
隣を見ると、ルーデウスが薄く片目を開けていた。
「何してるの?」
起きていたのか。
見られたか。
「……何もしていません。」
「指、光ってなかった?」
「月明かりです」
「月は反対側だけど」
チッ。余計なところに気づく。
私は微笑んだ表情を作る。
「兄さま、剣を振るお父様はかっこよかったですか?」
「な、何を言って……」
「何故兄さまが椅子へ登ったかお父様に詳しくお話ししましょうか?」
「おやすみ、ターニャ」
ルーデウスは即座に背を向け、毛布を頭までかぶった。
父への告げ口は、よく効くらしい。
毛布の向こうが静かになった。明日の書斎では、また兄と鉢合わせることになりそうだ。
三年も待てるものか。さっきは、祈りも詠唱も要らなかった。もう一度できるはずだ。
毛布の外へ指先だけを出し、もう一度、さっきの流れを探った。
隣の寝台から音がすると、手を止める。今度は寝返りだけだった。
ターニャの人格ってこんなだっけ……と書いててずっと思う
書き溜めが尽きるまでは、毎日投稿を頑張ります。