これからも時間があるときにせこせこ書いては投稿していくつもりなので、まったりと待っていただければ嬉しいですん。
プロローグ①
……私のミスでした。
私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。
結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったこをと悟るだなんて……。
……今更図々しいですが、お願いします。
先生。
きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。
何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……。
ですから……大事なのは経験ではなく、選択。
あなたにしかできない選択の数々。
責任を負うものについて、話したことがありましたね。
あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます。
大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。
それが意味する心延えも。
ですから、先生。
私が信じられる大人である、あなたなら。
この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。
そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。
だから先生……どうか。
いや。俺の役目は、ここまでだ。
…………え?
すまない。
だが、問題は無い。
……何を…………。
……信じろとは言わない。
……分かりました。
貴方を信じます
…………。
……………………。
…………………………………………。
◯
『強化人間C4-621 覚醒しました』
無機質な音声と共に、俺の意識は浮上した。視界に浮かび上がる数値や波形から、バイタルが正常であることが確認できた。
瞼を開ける。
『視覚補助システム オンライン』
視界が明瞭になっていく。
俺がいたのは白い部屋だった。誰もいないためか、かなり広く感じる。部屋の中心に置かれた椅子に座っているようだった。
ふと、窓の外を見る。
「────」
青い。
何処までも続く青い空。
その色を反射するビル群。
ここは何処だ、何故このような所に?
そのような事を考えながら、俺は椅子から立ち上がった。
『レイヴン、目が覚めましたか』
脳内に聞き覚えのある声が響いた。
(ああ、エア。ここは何処だ?)
『分かりません』
(分からない?)
『分からないんです……同胞たちも見当たらない。一体、私たちは何処に来てしまったのでしょう?』
もう一度窓の外を見る。
ルビコンの灼けた空とは似ても似つかない。
『美しい……そう思いませんか?』
(前にも似たような台詞を聞いた)
『ふふっ、そうですね』
(……状況を整理しよう)
『はい。私たちはオールマインドを倒し、コーラルリリースのトリガーを引きました』
(ああ、俺もそこまでは覚えている)
解き放った向こう側。その世界がどんな物かは分からなかったが、恐らく俺の意識はコーラルに溶けて混ざり、そして広がって……新たな世界で、新たな闘争に身を投じることになるのだろうと、そう思っていた。
『しかし、私たちは此処にいる……』
(何かしらのエラーが起きたか?)
『あり得ないとは言い切れませんね……コーラルリリースについては私たちにも未知なことが多かったですし。もう少し詳しく調べるべきでした……』
確かに、あの時の俺たちは少し向こう見ず過ぎたかも知れない。何せ俺もエアも、共にいたい一心だった。
(……教訓、だな)
『はい……』
状況整理のための話し合いは、いつの間にか反省会になっていた。
『……! レイヴン、生体反応が近付いて来ます』
俺の耳にも直接足音が聞こえてきた。念のため警戒しておくが、こちらは丸腰だ。
とは言え、隠れるのは却って悪手か。
扉が開き、1人の女が現れる。白を基調とした衣服を身に纏い、腰には拳銃を下げている。
「あぁ、起きていましたか」
そう言うと女は、かけている眼鏡のフレームの端を指でクイと持ち上げた。
何処か現実離れしていると思える程顔が整っている。長く紺色の髪から覗く耳は尖っており、極めつけに、何か青い輪のようなものが頭上に浮いている。
ホログラムだろうか? だとして、何故頭上にそんな物を?
「私は七神リンと申します、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。そして貴方はおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
「おそらく』だと?」
「……ああ。推測系でお話ししたのは、私も先生がここにいらっしゃった経緯を詳しく把握していないためです」
「……混乱されてますよね。分かります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください」
そう言って彼女、七神リンは俺に手を差し出す。
(エア、どうするべきだと思う?)
『……状況が把握できない今、彼女は貴重な情報源です。それに、どうやら彼女はあなたに用があるみたいです。情報を得るついでに、手助けをしてみてはどうでしょうか』
(……そうするしかないか)
俺は、リンの手を取った。
「どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります。そうですね、学園都市の命運をかけた大事なこと……ということにしておきましょう」
「……先生というのは、俺の事か?」
「? はい。レイヴン先生で、相違ありませんよね?」
名前まで割れている、か。
「確かに俺はレイヴンだが、先生とは何だ?」
「先生は、先生ですが……詳しい説明は降りながらしましょう」
リンはエレベーターを手で指示した。
俺は頷き、エレベーターに乗り込んだ。
「このキヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。そして、これから先生が働く場所でもあります」
「働く? 俺が?」
「はい。きっと先生がいらっしゃったところとは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう。あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」
『少しだけ、見えてきました。どうやら彼女の言う連邦生徒会長という者が私たちをこのキヴォトスなる都市に呼び出し、先生として働かせようとしているようです』
と言ってもだ。
俺が、先生だと?
『先生……学園都市で働くという事は、教職でしょうか』
連邦生徒会長とやらは、どうやら人選を誤ったようだ。
『レイヴン。ACが無い以上、仕事は選べません。それに、恐らく連邦生徒会とはこの都市における中央政府にあたる組織です。なら、支払われる給料にも期待できるのではないでしょうか?』
エアの言うことは尤もだった。
俺たちは情報以上に、金が無い。折角就職先が用意されているのなら、それにありつかない手は無い。
背に腹は代えられない、か。
「……1つ、訊いても良いか?」
「何でしょう?」
「ここでは銃を携帯するのが当たり前なのか?」
俺はリンのホルスターに目を落として言った。
「ええ。キヴォトスの生徒たちや市民たちは皆、銃火器を持っていますよ」
さも当然の如く答えるリン。
紛争地帯なのだろうか、ここは。
◯
エレベーターから降りると、何人かの少女たちが何やら騒いでいた。先程リンが言った通り、全員がサブマシンガンやライフルを持っている。
その内の1人がこちらに目を向けるなりリンに詰め寄ってきた。
「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて! ……って、うん? 隣の大人の方は?」
俺を見て怪訝そうな顔をする青髪の少女。
他の者も彼女に続いてこちらへやって来た。
「主席行政官。お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
ライフルを持った長身の少女と、拳銃を持った眼鏡の少女が比較的落ち着いた様子で言った。その後ろには、銀髪の少女が無言のまま立っている。
「ああ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね……こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん」
リンはリンで、苛立ちを隠そうともせず刺々しい言葉で出迎える。
「こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ! 数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したとの情報もありました」
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
『学園自治区に、連邦矯正局……この都市は、どうやら1つの連邦国家のような役割を果たしているようです。そしてここにある学園は国家や州のように、それぞれの区域内で独自に統治を行っているのでしょう』
それは兎も角、今羅列されたような事態が起きている中、『正常な学園生活に支障が生じる』程度で済むとは到底思えない。
言ってしまえば内紛だ。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」
「……連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」
「……え!?」
「……!」
「やはりあの噂は……」
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」
「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
リンが俺の方を向く。
俺としては訳も分からないまま先生に指名された上、何やらこの都市の命運を握ってしまったという状態なのだが。
だが、どうやら連邦生徒会長は俺を自らの後釜に据える形で指名し、呼び出したらしい。
これは、面倒なことになった。
「この方が?」
「ちょっと待って。この先生はいったいどなた? どうしてここにいるの?」
後者については俺が知りたい。
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」
「はい。こちらのレイヴン先生は、これからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」
黙っていると話が進んで行く。俺についての話なのに、俺を置き去りに進んで行く。
「……レイヴンだ」
「こ、こんにちは、レイヴン先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや挨拶なんて今はどうでもよくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」
「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ。覚えておいてください、先生!」
騒がしい少女だ。
しかし、あまり聞き馴染みの無い名前だ。レッドガン部隊の『オオサワ』と、響きが何となく似ている気がする。
「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました。連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」
また知らない話が出て来た。そう言うことは事前に言っておいてほしいものだ。
しかし、そのような権限を持った存在があって良いものだろうか。何の安全装置もなく、好き勝手に戦闘行為をできるなど……脅威以外の何物でもないのではないだろうか。しかも全ての生徒を加入させられる……つまりそれは、実質的な私兵ではないか。
「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます。先生を、そこにお連れしなければなりません」
「足はあるのか?」
「もちろんです。モモカ。シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
《シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?》
端末から聞こえたその言葉に、俺は嫌な予感を覚えた。
この状況で大騒ぎ。祭りではあるまい。
「大騒ぎ……?」
《矯正局を脱出した生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ。連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?》
『巡航戦車……昔に存在した、装甲を犠牲に機動力を追求した戦車のようです』
(昔?)
『はい。地球で言う西暦1936年頃に導入され、十数年程度で廃れてしまったようです』
何故そんな物があるのだろうか。見た所、この世界の技術水準は俺たちがいた世界と同じか、それ以上の筈なのだが。
《それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど? まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!》
端末からの音声が途絶え、リンが俯く。
心なしか、少し震えているように見える。
(……エア、こういう時はどのように対処すべきだろう)
『人は深呼吸によって溜飲が下がる場合があるようですが……』
「……リン、落ち着け。深呼吸をしろ」
「……スゥ……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
リンは何かを思いついたようにユウカたちを見た。
「……?」
「な、何? どうして私たちを見つめてるの?」
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
成程、戦力はここにあったか。
「……えっ?」
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
「ちょ、ちょっと待って!? どこに行くのよ!?」
と成れば、俺の出番でもあるのだろう。
「俺は何をすればいい?」
「戦闘は皆さんが行いますので、先生は後方で戦術指揮をお願いします」
「戦術指揮か……」
それはハンドラー……ウォルターの仕事だった。上手くやれるだろうか。
「先生?」
「ああ……やってみよう」
何にせよ、ここまで来たのだからやるしかあるまい。
「……仕事の時間だ」
まるで昔からの癖であったあかのように、俺はそう呟いた。