オタクはホロウを東奔西走 作:でゅふ侍
「フホホホ……流石は、Random_Play。相も変わらず、素晴らしい品揃えで御座る」
黒い蓬髪に、黒縁の瓶底眼鏡。赤と黒のチェックの上着に黒いシャツ。下はジンズに運動靴、と古のオタクが具現化したかのようなその格好。体系はすらりとしていたが。
指をワキワキと動かしながら、
個人経営のレンタルビデオショップなど、昨今ではやっていける事が奇跡的。
そんなこの店だが、ビデオという古い記憶媒体であるからこそマニアにとって垂涎ものの代物が複数あった。
古いアニメタイトルから、特撮。幻の劇場版に、一度きりのテレビスペシャル。インターノットを漁ったとしても見つからない様なお宝の数々。
それらを前にして、テルは吟味を重ねていた。
先の通り、ここは
「ふへへへ……どれが良いで御座るかぁ――――」
「ちょっと、テル。店の中で変な笑い声上げないでよね」
涎を流しそうな緩んだ口で息を荒げるテルの背後から、声と共に衝撃が飛んだ。
吹っ飛びそうになった瓶底眼鏡のブリッジを押し上げて彼が振り返れば、そこに居たのは紺色の髪をした女性。
「これは、リン殿。お久しゅう御座るな」
「うん、久しぶり。というか、テルがここまで来なかった事が珍しいんじゃない?」
「いやー、実は厄介事に巻き込まれてしまいましてな。ようやっと片付いたという訳でこうしてリフレッシュに来た次第に御座るよ」
「あんたが手こずるって……そんな厄介な案件だったの?」
「ふはっ!リン殿は拙者を買い被り過ぎで御座るよぉ」
瓶底眼鏡を光らせて笑みを浮かべたテル。
しかし、リンの眉間には皺が寄ったままだった。
レンタルビデオショップRandom_Play。その裏の顔は、この街屈指の案内人。
目の前の一人だった。その実力は、文字通り目に見て知っている。
故の怪訝な表情だったが、少年はグッと右手の親指を上げてサムズアップ。
「心配せずとも、こちらに迷惑はかけんで御座る。そんな事よりも、リン殿。拙者のビデオを選ぶ手伝いをしてもらえぬで御座るか?」
「はぁー……もう、本当にヤバかったらちゃんと言ってよね?それで、オススメだっけ。この前、お兄ちゃんと仕入れてきたのが何本かあるよ」
「スリラーとドキュメンタリーばっかりの様な気がするで御座るな」
「ちゃんと他のジャンルもあるから」
そんなやり取り。これもまた、この店の日常の一幕だった。
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新エリー都。都市国家とも言うべきその街は、常に危うい天秤の上で揺れていた。
その原因の一つが、ホロウ災害。
突然に世界に穿たれて広がるこの空間は、飲み込まれれば生物無機物問わずにエーテルに侵食され最後には怪物と成り果ててしまう。
この世界の住人にとって、日常とは次の瞬間には崩壊してしまう脆さを孕んだものだった。
「23っと……ふぅー社畜も大変で御座るなぁ」
やれやれ、と首を振って得物である刀を振るうのはコミックヒーローのお面を被った男だった。
彼、木吉 輝はホロウを不法に出入りするホロウレイダーの一人だった。因みに、仕事名はオタッキー。
何体目かの
「ええっと、キャロットによるとこっちで御座るな」
端末の示すデータを眺め、テルの足が向かったのは一つのアパート。
彼が現在侵入しているホロウは、つい先日出来たばかり。かなり突発的で規模こそそれほど大きくはなかったものの家財道具を運び出せなかった者たちが多く出た。
その内の一つが、今回の
インターノット内に複数存在する掲示板。
素人からアングラにどっぷりと浸かっているアウトローや大企業の暴力部門等々。広大な電子世界は、あらゆる要素を受け入れ読み取り飲み込んできた。
そんな掲示板の一つが、テルへの依頼フォームの代わりとなっている。
世間一般でオタクと呼ばれる人種の交流コミュニティ。種族問わず書き込む事が可能で、ここでは日夜情報交換や討論、己の得意分野に関する演説等々。様々なやり取りが飛び交っていた。
そして、その間に挟まれる依頼とも言えない困りごと。そしてその困りごとこそが、
アパートの二階。その一室の扉の前に立ち、右手の刀を一閃。
依頼主には、扉の破壊を予め伝えていた。鍵のやり取りもとい生身でのやり取りは、如何に目的地がホロウに沈んだとしてもリスキー故にだ。
「お邪魔するで御座る」
例え無人であっても礼を失してはならない。そんな真面目さからか、テルは一礼をして部屋へと足を踏み入れた。
まだまだ生活感の残る室内。しかし、ホロウ内であるせいかそこには親しみやすさや安らぎといった本来の家屋が持つ要素が排されているように感じられる。
そんな部屋の中で、テルは更に幾つかの扉を開ける。
トイレ、寝室、風呂場、リビング。そして、最奥にあった書斎。
「コレで御座るな」
フッと息を吹きかければ、その表面に僅かに残った埃が飛ばされた。
テルが手に取ったのは、一冊の本だ。ハードカバーそれは相応に読み込まれたのか手垢と日焼けの跡が残っているが、同時にそれだけの愛着が持たれた代物である。
そして、この本の回収こそが今回の彼の仕事。
外観と中身を見聞して侵食が起きていないことを確認して、彼は背中に斜め掛けにしていた大きめのウエストポーチへと本を収めた。
目的の物を手に入れたのならば、長居は不要。何より、ここで他の物品にまで手を出せば信用問題へと発展する。
他人との信用信頼は、積み重ねることは難しいが壊れる時は些細な事で一瞬で壊れてしまうのだから。
右手に握ったままだった刀を左腰の鞘へと納めて、テルはアパートの外へ。
「およ?」
「ん」
「お?」
「あら、テルじゃない」
「人違いで御座る。拙者、木吉何某という者では御座らぬ。拙者、オタッキーで御座る」
「はいはい。毎ッ回、ホロウで会う度にそう言うわよね」
「分かっておらぬで御座るな、ニコ殿。
「勝利BGMとかね」
「決める時にカッケェ曲が流れると没入感も増すしな!」
「お黙り、アンタ達!」
外で出会ったのは、騒がしい三人組だった。
何れもがテルにとっては顔馴染み。仕事を共にした事もあり、親しい間柄といえた。
連れ二人を黙らせて、改めて顔を向けて口を開いたのは三人のリーダー格であるニコ・デマラ。
「それで?アンタも、仕事で潜ってるんでしょ?」
「そうで御座るよ。といっても、既に目的の物は確保済み故、この後は帰るだけで御座るな」
「そ……最近、プロキシの店にも顔見せて無かったじゃない。何かあったの?」
「そうだぜ、テルー。折角、スターライトナイトの話しようと思ってたのによ」
「テル、今度ルミナスクエアで放映される映画を見に行きましょ」
「それ拙者がチケット代負担するので御座るか?いや、別に構わんで御座るが」
「ちょっと!何自然とアンタが奢ってるのよ!あたしが、給料ちゃんと払ってないみたいじゃない!」
「ニコ、今月も赤字よ」
「そろそろ家賃の支払いもあるしよぉ……」
「……ニコ殿。もう少し、資金繰りを考えた方が良いのでは御座らんか?あのお二人にもツケが溜まっておるで御座ろう?」
「うっさい!この仕事が終わったら精算できるわよ!」
「……ホントに御座る?」
「無理ね」
「無理だろうな」
「ニコ殿は頭が良いというのにこういう時残念で御座るなぁ……」
三人から残念なものを見るような目を向けられて、ニコのツーサイドアップが怒髪天衝く。
地団駄を踏む彼女だが、金に汚い上に借金塗れの散財家という割ととんでもな業を背負っていたりする。知り合い面々からすればこの扱いは、割と妥当だった。
一頻り地面を踏み叩いて、ニコは少しは鬱憤も吐き出せたのか睨みつけるように
「ちょうど良いわ。テル、アンタこの後暇?」
「む?まあ、届けるだけで御座るからな。拙者のカバンに入って御座るが……エーテル対策はバッチリ故、拙者がこのホロウでくたばるヘマをせぬ限り問題ないで御座ろう」
「んじゃ、ちょっと手伝いなさい。アンビーとアンタの前衛二枚、あたしとビリーの後衛二枚で速攻で畳むわよ」
「いや、そもそも拙者はそっちの仕事内容を知らないんで御座るけど。というか、ノーペイで御座る?」
「アンビーと映画行くんでしょ。その時のチケット代位出したげるわよ」
「……まあ、それで良い御座るよ」
やれやれ、と首を振るテルだったが彼は存外誰に対しても甘い。
それこそ、明らかに自分が損をしているであろう状況ですら頼まれればまず間違いなく断らなかった。
自ら損を拾うような真似をする少年に対して、アンビー・デマラとビリー・キッドは苦言を呈する。
「無理する事無いわ、テル。私達だけで十分よ」
「そうだぜ?お前だって、エーテリアスの相手はしてきただろ?」
「ご配慮感謝するで御座る。しかし、まあ、袖すり合うのも多少の縁というもの。拙者が手を貸して手早く終わるのならそれでよし。余った時間で火鍋でも食べに行くで御座るよ」
「ルミナスクエアのお店ね。でも、突発的に入って大丈夫?」
「ふぉっふぉっふぉ、問題ないで御座る。拙者、こう見えて顔が広い故。あの店の個室の一つを融通してもらっております故」
「はぁ!?じゃあ、アンタが居たら予約なしで直ぐ行けるじゃない!どうやったのよ!」
「いや、コレに関しては本当に偶然で御座る。とにかく、席に関しては心配はないで御座る。何なら誘った手前、拙者が支払いしても構わんで御座るが……」
「アンビー!ビリー!速攻で片付けるわよ!」
「ニコ、現金過ぎるわ」
「文字通り、な。まあ、速攻で片付けるのは同意だぜ親分!」
「あ、それと!テルも邪兎屋に来るなら歓迎するわよ?」
「ニコ殿ニコ殿。拙者、ホロウレイダーなれどもまだまだ現役高校生で御座る。反社へのスカウトは、遠慮願うで御座るよ」
「反社じゃないわよ!ちょっと仕事選ばないだけで、ただの便利屋なんだから!」
「拙者個人の意見を言うなら、もう少し白い仕事を選ぶべきでは?」
「んな仕事、お金になんないでしょ!」
行くわよ!と大股に歩きだすニコ。
肩を怒らせる彼女の背を見送る形になってから、三人は顔を見合わせると小走りにその後を追いかける。
ニコ・デマラはガメツイ。それは、彼女を知る者たちからすれば暗黙の了解というもの。
しかし同時に、彼女は自身の懐に入れた者たちをとても大切にする。それこそ、もしもの時には金の糸目などつける事無く言い値を払う程に。
だからこそ、彼女は不思議とカリスマ性があるのだ。借金苦でも見捨てず付いて来る者たちが居るのがその証左。
そんな彼らとホロウを駆ける。それが、木吉 輝という高校生とホロウレイダーの二足の草鞋を履いた少年の日常であった。