ジーザス異世界転生   作:テラリウムA

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Ep.02

 東部最大の都市スターティグ。

 

 俺の自宅から徒歩で20分ほどの位置にあるその都市は、北から南へ流れる大きな川の西側に位置していて、貴族のホワイト家が治めている。

 

 商人たちによる露店街や病院、学校、鍛治屋、飲食街と街に必須な機能はきっちり揃っている。治安もよく、国境にも近いため、国境越えをする商人たちもしてくる商人たちも羽休めを休める場所でもある。

 

 スターティグ周辺はなだらかな平野で、東西南北にそれぞれ交易路が伸びる。街の北側から南東側には山脈が見え、西側から南はなだらかな平野や森が広がる。

 

 都市の東側から入るには立派な石橋を渡らないといけない。この橋はそのまま都市を東西に貫くメインストリートにつながっており、観光客がここから見える街並み目当てでくるほどだ。

 

 そのため、人で大層ごった返している。

 

 その橋を渡りきったところでズドの馬車は道の端に寄り停車する。

 

「ここでいいか」「ああ、助かったよ」「いいってことよ。それより今日はどこで仕事なんだ?」

「棟梁のとこ。屋根の張り直しに人手が足りないんだってさ」

 

 さて今日は父の代から協力関係を持つ大工の棟梁から仕事を手伝ってほしいと頼まれている。 もちろんそれが一番の理由だが、俺も子供の頃から散々世話になった──と記憶している──ので恩返しも兼ねている。 

 

「ガンキンのとこか。そういや、前に来たとき、厳し過ぎて新人が辞めちまったって聞いたぞ」

「あちゃー……またか」

 

 大工の棟梁であるガンキンの下では新人は3日も持たずに辞めていくともっぱら噂されている。まぁそのおかげで、俺はこうして仕事にありつけている訳だが。

 

「また、だな。あの人新人に厳しくし過ぎんだよなぁ。あれじゃ耐えられなくてすぐに辞めちまう。本人は『愛の鞭だ!』で突き通すしよ」

「フォローが下手くそ過ぎる」

「なんとかしてやれよ、お得意様だろ」

「無茶言うな」

 

 俺は荷台の隅に置かせてもらっていた工具箱を背負う。

 

「じゃ、また」

「おう、足元気ぃ付けろよ」

 

 ズドと別れて、俺は棟梁のもとへと向かった。

 

 

 

 

 スターティグへ一歩足を踏み入れれば、中世みたいな建築物がずらりと並び歓迎してくれる。

 

 建築様式とか小難しいことは俺にはさっぱりだが、とりあえずこの光景が美しいことは認めよう。 さながらテーマパークのようだ。というより、ここはテーマパークなんだよと紹介されたほうがしっくりくる。ここへ足を運ぶ度、俺はそう思う。 もちろん、これが紛れもない現実であることは理解しているつもりだ。頬だけでなく、腕や尻やふとももをつねって夢かどうかを確認したのだから間違いない。 おっと、街の入り口で長々と解説している訳にもいかない。ひとまず棟梁のところへ行くとしよう。

 

 俺はポケットからやや崩れた字で書かれた棟梁のメモを取り出す。それを頼りに今日工事を行う住所を目指す。「もう少し綺麗に書いてもらわないとなぁ」

 

 この住所には見覚えがある。顔見知りのおばあさんの家だ。 もう見慣れてしまった汚い文字に連れられて、橋を渡って道なりにまっすぐ進む。すると南北を貫くスターティグのメインストリートに出る。 ここは相変わらずの賑わいで、露店商や買い物客たちの活気ある声がストリートを包み込んでいた。

 

 満面の笑みを浮かべた親子連れ、何か悲しいことでもあったのか死んだ魚のような眼をしたおじさん、道端でグースカ寝る酔っ払いとその対応に苦慮する新人憲兵などなど。 俺は帰りにぶらっと寄っていこうと決めつつ、メインストリートを横切って街の西側区域に向かう。 中心街とは違って、西側区域は圧倒的に住居が多い。まあベッドタウンみたいなものたと思っておけばいい。

 

 どの家も俺の家とは比べものにならないくらい立派だ。おそらく自動換気システム──冬は寒くて夏は暑い──という名の隙間もないんだろうな。 時おり設置されている街区表示版が目についた。

 

 久々にチェックしてみると、また区画が拡張され、新しい家が建てられたようだ。

 

 屋根に布が被せられている住宅の傍で、工事の依頼人であるおばあさんと棟梁がなにやら話し込んでいるのが見えた。「おぉ、来たか! 待っていたぞ!」 棟梁は俺に気づいて片手を挙げる。俺は急ぎ足で合流する。「おはようございます」「おう、おはよう。ちゃんと朝飯食ってきたか?」「もち。ばっちりよ」「ならばよし。すぐ始めっから準備しとけ」 棟梁は再びおばあさんとの打ち合わせを再開し、俺はその間に準備を済ませる。といっても服の裾や袖を正し、手袋をはめるくらいしかない。 そういえば前回手伝ったときにはいた若いドワーフの姿が今回は見当たらない。

 

 ズドの聞いた通り、辞めたか? 準備を完了して棟梁を待っていると、打ち合わせを終えたおばあさんは一礼すると手提げかばんを持って住宅街へと消えていった。「待たせたな。今日は雨漏りの修繕だが、ほったらかしてて梁が少し腐ってる部分があるからそこも直す」「了解。ところで前回いた若いドワーフは?」 一瞬の沈黙が流れて、「………………けぇっ」 と棟梁はそれはそれは不服そうな表情で吐き捨てる。

 

 その表情と返事でだいたいは察した。まぁ俺としては、やっぱりそうなんだとしか思わない。 「なーにが『棟梁のガンキンさんに憧れました!』だよ! 結局辞めてるじゃねぇか! だいたい近頃の若いドワーフはよ!!」 あーあ、また棟梁の愚痴がまた始まってしまった。 “近頃の若いもんは”と彼は言っているが、平均寿命が200歳を越えるドワーフからすれば50歳過ぎの棟梁なんてまだまだ若者扱いだろうに。 心労がたまるとああなってしまうのだろうか。心の余裕は大切なんだな。 最近、老け顔なんじゃないかと若干気にしている棟梁の名前はガンキンという。年齢は56歳。人間なら体にだいぶガタが来る年頃だが、ドワーフなのでピンピンしている。むしろ働き盛りのど真ん中だ。 種族はドワーフ。大工の腕に関してだけは間違いなくこの街で一番だ。俺が保証しよう。外見はTHEドワーフという感じで、背丈は俺の腰辺りで、筋骨隆々な体躯を持ち喧嘩は負けなし。 何より目立つのはそのもっさりとした髭だ。邪魔にならないように結んだ紐がリボンみたいで可愛らしい。言ったら怒るので口には出さないが。 そんなガンキン棟梁による後継者育成は、残念ながら、大変に下手くそだと言わざるを得ない。厳しくて新人がすぐに辞めてしまうのが彼の悩みの種となっている。 ただでさえ大工になりたがる人材が減る中で、募集をかけても応募すらない状況だったらしいし、辞めてしまった彼が訪ねてきたときはきっと嬉しくて舞いに舞い上がったのは想像に難くない。 きっと気合い入りすぎていつもよりさらに厳しくしたんだろうな。「気合いと根性だけじゃ今の世の中だめなんだって。そんなんじゃ若い人はついてこないよ」「めんどくせぇな、ったく。はぁーあ……俺んときはこんなんザラだったぜ。どれだけ理屈言ったって、結局は本人の気合いと根性だろうよ」 そこは同意するが、ようは接し方よね。「来ない人の話しても仕方ないし、そろそろ始めようよ」「ん? あぁ、そうだな、よし、ぼちぼち始めっか」 ぶうたれながらも準備の手は止めなかった棟梁は、「ひとまず俺の風魔法で材料と工具を屋根にあげるか」とポケットから大小の魔法陣の描かれた布を地面に広げた。 魔法という単語はおそらくほぼすべての人が知っている、あるいは最低でも1回くらいは耳にしたことはあるはずだ。 神秘的な何かを用いて法則をねじ曲げた不可思議な現象を起こすことの総称。呪術とも。 火を起こし、風を吹かせ、水を集め、土を操る。あるいは人を癒し、傷つけ、混乱させ、操り、支配する。異世界への門を開いて未知なる魔物を呼び出したり、はては死者を蘇生させたり、などなど。 ありとあらゆる叶えられない願望が魔法という形を借りて語られる。 多くの人が一度は考えたことがあるはず。 あんな魔法が使えたらな、こんな魔法もいいな。ある人は真面目に、またある人は会話のタネとして、さらにある人はなんらかの作品の要素として。 え、空を自由に飛びたいな? そんなもん青いタヌキにでも頼め。 ここまでの話には、たった一つの覆せない前提がある。 それはあくまでフィクションや二次元の中だけだということ。だからこそ人は自由自在に、様々で豊かな想像力をもって魔法という概念は脈々と発展してきたのだと思う。 ただ、実際にはそんなものはないし、だからこそのあったらいいなだ。 生活を彩る便利さは、時間と金と人とひらめきによる物理的法則の解明とその応用のおかげだ。 ……おかげのはず、なのに。 棟梁は地面に広げた布の四隅を重石で固定すると、彼自身の工具箱を魔法陣の上に置く。 布の中心に描かれた大きい魔法陣からは一本の線が伸びていて、それが小さい魔方陣に繋がっている。「よっと」 小さい魔法陣に棟梁はそっと手を置く。これは魔法陣に魔力を流す行程だ。 やがて小さい魔法陣が輝きだし、その光は伸びた線に沿って光が大きいほうへ移動していく。二つのそれが光を帯びるまでわずか数秒。 どこからともなく風が吹いたかと思いきや、小さな竜巻が工具箱を飲み込むように発生し、滑らかな軌道で屋根へと登っていった。それも二階の屋根に。迷いのない、もう何百回もやってやり方は熟知していると言わんばかりの滑らかさだった。「ほれルクスもはよせい」「うっす」 促されて俺も私物の工具箱を同じように置く。またしても小さな竜巻が出来て、俺のもあっという間に屋根の上へと運ばれていっちゃった。 もう慣れたような気がしていたけれど、やっぱりまだ慣れないなぁと俺は心の中でつぶやいた。まーじっくり受け入れていくとしようかね。 その後も一通りの材料を屋根にあげていくのを俺はただ見守るだけだった。 トントン、トントン。俺は慣れた手つきとリズムでトンカチを振り下ろす。1ヵ所、また1ヵ所と淡々と作業を進めていく。 二階の屋根から見える景色は、地上からとはまったく違う。なんせ屋根ばっかりで、当たり前だがこれといって特筆すべきものはない。 まぁ強いて言うなら北区にある鐘楼だろうか。 市庁舎に付設されていて毎日一定の時刻に鳴り響く。このスターティグの街でもっとも印象的な建物。

 

 鐘が鳴るとき、市庁舎前の広場で祈りを捧げる人がいるし、修繕のための寄付を募るとすぐ集まるくらいに愛されている。 かくいう俺はというと、実はそこまで思い入れもない。あったらあったで特に何も思わないけど、なくなったらちょっぴり寂しいと感じる程度だろう。 眺める分にはなんの変哲もない街だ。イメージとしては中世ヨーロッパ風の──コンクリートジャングルを知っている俺からすれば──お洒落な街並みといえる。 しかしてそこには確かに魔法が息づいている。それもこの街だけじゃなく、この世界全体に対して、というなんともスケールの大きな話だ。 俺はそんなことをぼうっと考えていると、「おーい、張り替えは終わったかー!」いつの間にか下にいた棟梁に大声で呼び掛けられた。 俺は『完了』を意味するジェスチャーを繰り出すと、棟梁も『了解』のジェスチャーを返してきた。 すぐに劣化していた屋根瓦と交換するための新品が風魔法で屋根の上に運ばれてくる。経年劣化で若干くすんでいた瓦とは違い、綺麗で鮮やかなブラッドオレンジ色の瓦だ。 風魔法を用いた物資の着陸はおざなりかと思いきやそうではない。細心の注意を払ったソフトタッチで、俺の目の前に置かれる。     さて、次はこれをきっちり並べないといけない。めんどくさいが、さっさと終わらせてしまおう。 俺は瓦に手を伸ばした。 梁の補修もなんなくこなし、瓦を隙間なく敷き詰めて諸々の仕上げを行う。

 

 予定していた屋根の修繕が完了したのは、正午を過ぎたあたりだった。ちょっと前に正午を伝える鐘楼が鳴っていたから間違いない。「いやぁ、ありがとうねぇ。頼まなきゃ頼まなきゃって思ってたのよ」「長い付き合いだろ。遠慮するな」「ふふ、そうねぇ。この家をガンキンさんに建ててもらったときからだから30年来の付き合いになるわ」

「そんときはまだひよっ子だったけどな」

「見た目はさっぱり変わらないのにね」

「違いねぇ!」 家主のおばあさんと棟梁はコロコロと笑い合っている。2人の会話に聞き耳を立てながら、俺は工具箱へ工具を片付けていく。 そういえば父もこの家の建設に関わっていたと以前棟梁が言っていた。

 

 まだ幼かった俺が『仕事に一緒に連れていって』と駄々をこねにこねまくった際、ここの補修のときだけは連れてきて、よくおばあさんに遊び相手になってもらっていたらしい。 あいにく俺はその状況をさっぱり覚えていない。なんかごめんよ。「おいルクス。これが今回の給金だ。大切に使えよ」「ありがとう、棟梁」 棟梁から金貨の入った袋を受け取り、懐にしまう。いやっほう、これだけあれば一週間は食べ物に困らないぞ。「二人とも今日はご苦労様。またお願いするわ」「無理すんなよ、人間だともうババアなんだから」「あら心外ね。これでも現役バリバリなんだから! ガンキンさんみたいなひよっこドワーフにも負けないわ!」 ちなみにこのおばあさんは服の仕立て屋だ。

 

 自宅近くに店も構えていて、普段着からスーツまでなんでも扱う。

 

 歳も歳だし、毎年のように引退が囁かれ娘夫婦にあの店を譲るのでは?と噂になる。毎年の恒例行事みたいなものだ。「はっはっは、このババア言いよるわ! こりゃまだまだ期待できそうだ!」 棟梁は豪快に笑いとばす。「ルクスもちゃんとご飯食べるんだよ。人間、ご飯食ってりゃ人生なんとかなるもんさね」「もちろん」「なんかあったら家か店においで」 俺には両親しかいなかったけど、もしおばあちゃんがいたらこんな感じだったのだろうか。「そのときが来たら存分に頼らせてもらうよ」 俺の返事を聞くと、うんうんとおばあさんは頷く。その表情はどこか楽しそうだ。「んじゃ、ワシたちはそろそろ行くから」「また手伝いに来るよ」 俺と棟梁はそう伝えて、おばあさんの家を出た。 帰る俺たちにおばあさんは手を振りながら見送ってくれた。

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