幻想殺しと名探偵   作:HakuGozira

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 ということで、リメイク1話といきましょう。


0章 記憶喪失編
1話


 

 ___朝だ。

 

 軽快な電子音が鼓膜を叩き、必死に掛け布団へと身を丸めるも、鬱陶しさから掛け布団の隙間から手を伸ばし、時計を止める。

 

 何故、月曜日の朝はこんなにも憂鬱なのか。

 目覚めたばかりに答えの無い自問自答をするが、答えは出ず、俺は乱暴に足で掛け布団を蹴り上げ、寝床から出る。

 

 「…はぁ。」

 

 頭では分かっているが、体は動かない。学校へと向かう体はこんなにも重く、怠いのか。

 いっその事、二度寝と行きたいが、生憎と一度目が覚めれば、二度目は寝る事が出来ないのが己の体。

 

 俺はカーテンを開け放ち、そのまま流れる様に洗面所へと向かい、洗顔と歯磨きを済ませ、学校へと行く準備を整える。

 

 服装は気分で変える。と、言いたいが、生憎とこの場で俺が着れるのは黒の学生服一式だけで、それ以外に何も無い。

 俺は袖へと手を通し、学ランを身に纏うと、最後に鏡の前に立ち、身嗜みを整える。

 

 「…我ながら、酷いツラだな。」

 

 鏡に映るのは、中背中肉で黒髪の短髪。至って普通の容姿でも、一点だけ普通じゃ無い所は、人を殺したと勘違いされる程に悪い目付きだけ。

 

 はなから褒める気の無い不名誉な称号を自分自身に付け、憂鬱な気分ながら玄関前へと立つ。

 

 「…まぁ、どうにでもなれって感じだよな。」

 

 どっちにしろ、容姿弄りなど俺の経験からすれば可愛い物だ。

 俺は最後に目覚まし時計へと目を移し、自らの登校時間に不備が無いことを確認した上で玄関を開け放つ。

 

 「…財布よし、制服よし、鞄よし。…時間もよし。」

 

 最終確認と呼ばんばかりに何度も持ち物と服装を確認した俺は、自身が暮らす寮の鍵を締め、寮の管理人の婆さんの元へと足を運ぶ。

 

 「…おはよう、婆さん。」

 

 「おぉ、おはようさん。今日の気分はどんな感じだい?」

 

 寮の入り口で落ち葉を掃く、白髪が特徴的な婆さんに俺は自室の鍵を預け、挨拶を交わすと、婆さんが不意に今日の気分を聞いてきた。

 

 「絶好調って言いたいけど、油断ならないな。」

 

 「ははは!そうかい、そうかい。まぁ、アンタの不幸は神様のお墨付きの代物だしね。」

 

 「…いや、好きで不幸になった訳じゃ無いぜ?」

 

 「それは知ってるんだけどね、ここまで来ると神様はあんたが嫌いか好きか分からなくなってくるよ。」

 

 朝一から元気な婆さんに俺の憂鬱な気分は多少解れたが、不意に婆さんが放った言葉に俺の憂鬱は驚愕に変わる。

 

 「そういやあんた、今日学校はどうしたんだい?もうとっくに八時半は過ぎてんのに。」

 

 「……は?」

 

 「まさか、あんた三回目かい、時計を壊すの?」

 

 「い、いやいや。冗談きついぜ婆さん。さっき俺の時計はまだ八時だったぜ?」

 

 「あんたの不幸に常識は無いんだよ。…ほら、早く行きな。」

 

 婆さんから突き付けられた非情な現実を前に俺は飛び出す様に寮の門を抜け、足元に積もる落ち葉を蹴りながら学校を目指す。

 

 今日も今日とて不幸の連続、それも全部忌々しい右手のせいだ。

 

 「……だぁ、もう!不幸だぁ!」

 

 寮の周囲は変に道が入り組み、所々に生えた木の落ち葉は地面を覆ってしまい、何処が歩ける場所か皆目見当もつかない。

 走る度に顔に当たる秋風は鬱陶しく、進んでも近づく事のない学校には嫌気がする。

 

 走りたくは無いが、遅刻は論外と担任に言われた。

 

 俺は秋風も嫌気も全て足に乗せ、必死に学校へと続く通学路を走り続ける。

 

 だが、俺には普通が通じない。

 いつもと見栄えが同じ通学路。だが、学校へと続く一本道に差し掛かる角を曲がった矢先、俺は軽く誰かと肩がぶつかった。

 

 本来なら、立ち止まって謝罪を投げるのが常識だが、生憎と俺には時間も待ったも通じ無い状況。俺は軽く謝罪の言葉を投げ、再び走り出す。

 

 それが、俺の運命を大きく変える選択になる事なんて気付かずに。

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 「…連続遅刻記録更新、おめでとう!」

 

 「いや〜、流石の俺達でもお前の遅刻の意思には恐れ入った!後でなんか奢ってやるよ。」

 

 「お前ら、同情する気が無いなら喋んなよ。」

 

 朝からの全力疾走に怠い体を教室の机に沈める俺を見下ろすのは、唯一の友人兼親友の二人。

 

 一人は高身長に特徴的な白髪、芸能スカウトを受けるぐらいには整った容姿と赤い瞳の男、嘘乃透(うそのとおる)。

 二人目は典型的な坊主頭に強面な顔付き、更に恐ろしい程の筋肉質に加え、背丈は百八十を超える大男。

 

 とてもじゃ無いが高校生には思え無い。

 

 だが、所属は野球部でエース。更には彼女持ちと、この三人の中では最も青春を謳歌している男の名は、尾形博信(おがたひろのぶ)。

 

 個性も容姿も違う。

 だが、そこに繋がる確かな絆は固く、俺も何かあればこいつらを真っ先に頼る程には信頼を置いている。

 

 だが、こいつらを今、友人と見る気はなれず、博信は俺の肩を叩き爆笑。一方の透は俺の遅刻履歴を嘲笑って、博信とは別の肩を叩く。

 

 「…にしても、お前の不幸はお墨付きだな。一体どんだけ前世で酷い事をしたんだか。」

 

 「それを言ってやるな博信。…だけど、上条も好きでこうなってる訳じゃ無いのは分かってる。けど、限度ってものがあると思うんだ。」

 

 「…いや、本当に意図しなくてもこうなるんだよ!俺だって好きで時計をぶっ壊す事もしないし、突然と地面に落ちたキャッシュカードを踏み砕くのも全部偶然なんだよ!」

 

 「話を聞く度思うが、良く生きていけてるよな。」

 

 「それは同感。」

 

 双方から発せられる同情の声に惨めとなり、更に俺は体を机へと沈める。

 

 結局学校には数分の遅刻はしたが、奇跡的にも一限目開始前には間に合い、俺は授業開始前の僅かな一時を噛み締める。

 

 だが、一限目は残酷な事に小テストの返却日で、俺は更に気分を落とす。

 

 「…はい、全員席につけ。」

 

 気分を落とすと、時間は一瞬で過ぎるのが学校と呼ばれる学舎の残酷な一面だ。

 教室の扉から入ってきた眼鏡が特徴の数学教師の一言に教室全体の雰囲気は険しくなり、全員が一斉に席へと戻る。

 

 「では、小テストの返却と行きたいが…無論、このテストでの点は進級に関わる。赤点の生徒は、言わなくとも分かるな?」

 

 全員が席に着き、開口一番に発した言葉に全員の顔面が蒼白となるが、それを意に介さず教師は教卓に全員分の小テストを置く。

 

 「…まずは、最初の席から。」

 

 「は、はい!」

 

 教師が呼ぶ順番は席順で、俺の席は窓際の最後尾。必然的に俺が最後にテストを受け取る事になる。

 各々が呼ばれ続け、その度に一人の生徒は歓喜し、また一人は絶望を顔に宿すなど、下手な拷問よりも恐ろしい。

 

 「…尾形博信。」

 

 「はい。」

 

 俺の席の前、博信が呼ばれ、遂に俺の番が訪れる時、教室全体の雰囲気はより一層険しくなる。

 博信がテストを受け取り、静かに席へと腰を下ろした瞬間、その時は訪れた。

 

 「…上条優斗。」

 

 「……はい。」

 

 席を立ち、確かな足取りで教卓の前へと止まった俺へと、教師は無表情でテストを突き出す。

 

 「……あぁ。」

 

 敗北。

 決定的な二文字が浮かぶ惨敗も惨敗、酷い点数に俺は人目を忘れ、清掃が行き届いていない汚い床へと項垂れる。

 

 点数は、0点。

 その内容は記入のズレで、恐ろしい程に全ての回答欄の記入が一個ずつズレている忌々しい答案用紙を俺は握り締め、項垂れる体を起こし、自身の席に戻る。

 

 「…因みに、このテストで赤点だった者は冬休みに補習がある。休まずみっちり教えてやるから覚悟しろ。」

 

 あまりの険しい雰囲気に授業終了の予鈴が聞こえず、授業が終わったと気付いたのは教師が教室から退出した瞬間だった。

 

 「…おい、優斗。…大丈夫か?」

 

 「笑えよ、殺したきゃ殺してくれ。」

 

 「ここまで来ると、神業の領域だな。…俺も人生で0点テストに出会ったのはお前が初めてだ。」

 

 「お前の初めてになった思い出は無い。」

 

 俺の元へと歩み寄る親友達。博信は慰めの言葉を掛け、透は異次元の0点テストを前に驚愕の言葉を溢す。

 

 「…だがまぁ、本当に凄いなお前。これで、0点テストは何枚目だ?」

 

 「分からん。数えて無いけど、多分そろそろ束が出来るぐらいには俺の机の中に入ってる。」

 

 「確かに、机からもう紙がはみ出しているな…って、汚!?お前、整理整頓ぐらいはしとけよ。」

 

 「…分かってるって。」

 

 既に高校入学から半年は経過したが、殆どのテストを0点で通過している留年道を歩む俺は、机に溜まったテストの束を一度鞄に詰める。

 

 机の上に鞄を置き、俺は蓋を開けて紙の束を乱暴に押し込もうとした瞬間、鞄から綺麗な輝きを放つ何かが落ちる。

 

 「…んだ、これ?」

 

 大きさは手の平よりもひと回り小さい物で、純白を基調にハートの形をした小物。中心部には眩い光を持つ宝石が埋め込まれている。

 親友達も俺の肩からそれを覗き込み、その美しさに声を漏らす。

 

 「…へぇ、随分と綺麗な物だな。これ、お前のか?」

 

 「……違う。え?誰のだ?」

 

 「…それは不味いな。もしかして、誰かとすれ違った時に偶然鞄の中に入ったのかもな。」

 

 「あ!」

 

 持ち主不明の綺麗な物。その時、透が発したすれ違いという単語に今朝の些細な光景を思い出す。

 

 確かに、俺は今朝見知らぬ少女二人と一本道に繋がる角でぶつかった。いや、正確に言えば、ベージュ色の長い髪を持つ一人の少女と。

 だが、それだけで普通はこうはなら無いと言いたかったが、俺の不幸は神様が与えた天賦の物。

 

 常識が通用し無い男、それが俺だ。

 

 「とは言っても、どうすっかね。…届けに行くにしても、今は無理だしな。」

 

 「それもそうだが、お前…ぶつかった奴の名前は知ら無いだろ。どうやって持ち主に届けるんだ?」

 

 「…無難に交番だろ。…はぁ、SNSでもあれば良いんだがな。」

 

 「えすえぬ、えす?」

 

 「あぁ…悪い、独り言だ。忘れてくれ。」

 

 癖は抜け無い物で、己の失言に俺は口を塞ぎ、話題を逸らす。

 俺には、少しばかり隠し事がある。別に、重大な世界の命運を握る何かとか、国家転覆を目論むとか大層な隠し事でも無い。

 

 だが、流石に話すのも気が引ける。

 

 「…お〜い、上条!」

 

 その時、俺の名を呼ぶ声が教室に響き渡り、視線を声の主へと向ける。

 

 「どうした?」

 

 「しるくの奴が屋上であんたを待てるって言ってた!早く行ってやんな!」

 

 「…えぇ、またか。」

 

 教室の入り口で大袈裟に手を振る元気溌剌な少女は、あいつがいつもの場所で待っていると言い、俺は重い腰を上げ、屋上へと向かう。

 

 「…ちょっと行ってくる。」

 

 「あいよ、楽しんでこい!」

 

 「熱愛報道は聞きたく無いぞ!」

 

 「うるせえ!」

 

 二人の茶化す言葉を背に、俺は教室を抜け、屋上へと向かう。

 俺を呼び付ける少女。彼女はあいつの友達で、俺は名前は知らずとも毎度毎度、教室で俺を呼びに来る為、自然と顔だけは覚えている程度の関係。

 

 良く飽き無いなと、俺は確か過去に彼女にそう言った事があるが、彼女は『友人の背は押してなんぼでしょ』と訳が分から無い事を言っていた。

 

 「……はぁ。」

 

 考えている内に俺は屋上へと続く階段を登り切り、既に屋上の扉の前へと立っていた。

 

 俺は面倒臭さをそのままに屋上の扉を開け放つと、秋風が僅かに頬を撫で、少し肌寒い屋外に足を踏み入れれば、彼女はそこに立っていた。

 

 長い水色の髪に、耳には校則違反と呼ばれても文句の無いイヤリングを付け、高校生とは思えない抜群のプロポーションに非常に整った容姿。

 

 容姿端麗、天使、期待の新星。彼女を見れば連なる単語は称賛の言葉達だ。

 

 俺は彼女へと歩み寄り、静かに彼女の隣へと立てば、鼻につく甘い香りとその容姿から放たれる笑顔に全ての人間は虜になってしまうだろう。

 

 ___俺以外は。

 

 「…久しぶり、此処で最後に会ったのは一週間前ぶりだね。」

 

 「一週間前なら久し振りは要らないだろ。…で、何の用だ、しるく?」

 

 「用が無ければ、貴方に会えないの?」

 

 「……出来ればそうしたいがな、でもお前は納得しないだろ。」

 

 「あれ、バレた?」

 

 彼女の名は、家入しるく。

 今を輝く期待の新人として、テレビに引っ張りだこの超売れっ子女優にして、学生と俳優業を両立する超人。

 

 更に、中学生から友達関係が続く腐れ縁でもある。

 

 「…んで。お前は何で此処に居んだよ、授業はどうした?」

 

 「次は歴史の先生が居ないから自習になったの、だからこうして貴方を呼んだ…どう?一緒にサボらない?」

 

 「お前な、堂々とサボる宣言はどうにかしろよ。」

 

 「それを言うなら、優斗もじゃない?」

 

 「こっちも生憎と自習だよ、はぁ…折角の睡眠時間がお前との時間になるなんて、不幸だ。」

 

 「じゃあ、お互い先生にでも見つかったら説教かも?」

 

 「勘弁してくれ、これ以上怒られたらマジで進級問題に関わる。」

 

 互いに次の時間は自習で、先生の目に止まらなければ、実質は一時間も彼女と話す時間になる。

 だが、別に彼女と話す事自体は問題無く、寧ろ会話を続ける度、楽しいと思えるのだが、俺は彼女との接触に後ろめたさを感じてる。

 

 理由は単純明白で、彼女が超売れっ子新人女優という事が原因である。

 

 「…つかな、お前も色々と考えろよな?」

 

 「色々って?」

 

 「俺との関わり方だよ。お前も俺も同じ学校の友人だけど、世間で見ればお前は女優で俺は一般人で…俺との関わりは世間からも良く無い目で見られるんだよ。」

 

 実際問題、俺としるくは一度マスコミに偶然出会った瞬間を激写され、軽い騒動になった事がある。

 その時は、彼女のマネージャー達の迅速な対応と、彼女自身の弁明も相まって事なきを得たが、今後同じ事が起こらない保証は無い。

 

 と、俺は出会う度何度も忠告するが、彼女は平気な顔を崩さない。

 

 「…それが、どうしたの?」

 

 「どうしたって、だからな俺はお前が夢を追い続けられる様に忠告してやってんだよ。」

 

 「確かに、夢も大事だよ…でも、私は夢と同じぐらい優斗と居る時間が好きなの。」

 

 「…な。」

 

 「それに、貴方は私に言ったよ。夢を追うのも大事だけど、それで自分の心に嘘は付いちゃ駄目って。」

 

 確かに、俺は彼女にそう言った事がある。

 でも、それは中学生の時、彼女が芸能界と学生業の両立に不安がり、高校進学を辞退しようとした彼女へと俺が言った言葉だ。

 

 ___自分の心に正直にいろよ、俺はお前がどんな選択をしたって絶対に側にいる。

 

 「私は、あの言葉に救われた。…今もこうやって、誰かの為に笑顔を届けられるのも、全部貴方のお陰。」

 

 「…でも、お前が夢を叶えるのにきっと俺はいずれ邪魔にな……、」

 

 自己嫌悪から無意識に喉から出掛けた自身と彼女の関係を否定する一言を、俺の唇に当てられた彼女の人差し指が遮る。

 

 「決めつけちゃだめ…この言葉も貴方から貰った言葉。だから、身勝手に私の気持ちを代弁しないでよ。」

 

 有無を言わさない鋭い視線が俺の瞳と合わさり、俺は喉から謝罪の言葉を引っ張り上げる。

 

 「ごめん、俺が馬鹿だった。」

 

 「うんうん、よろしい。じゃあ、この件は不問にしてあげるからお昼時間も此処に来て。…あ、拒否権は無いから。」

 

 「最初っから、俺に拒否権もクソもないだろ。」

 

 「もしかして、自分の立場が分かってきた?」

 

 「何年一緒に居ると思ってんだよ。」

 

 「…それもそっか、ふふ。」

 

 屋上全体を囲う緑の鉄柵に身を預けながら、会話をする俺達は自習時間が終わる一時間を笑顔で過ごす。

 会話は途切れる事もあったが、その時は互いに顔を見合わせ、微笑みを溢しながら僅かな友人との時間に花を咲かせた俺は、一足先に教室へと戻る為、彼女と別れる。

 

 「…今日の昼だけか、お前が学校にいるのも。」

 

 「うん、明日からまたドラマの撮影で海外に行くの。…多分、帰ってくるのは数ヶ月後かも。」

 

 「じゃあ、その時はお前が困らない様に授業の内容でも覚えといてやるよ。」

 

 「へぇ?成績は私よりも下の癖に、生意気だね?」

 

 「じゃあ、友達でもやめるか?」

 

 「それは嫌。」

 

 「奇遇だな、俺もだ。」

 

 面白おかしく笑う俺達。でも、名残惜しいが時間は刻一刻と迫っている。

 俺は、友人の勇姿を一目見たいが、実際に現地に行くのは現実的では無く、俺は彼女に出演するドラマを尋ねる。

 

 「それとさ、聞きたいんだけど。お前がやるドラマってなんだ?」

 

 「確か…恋愛物だった気がするよ…頭が悪くて、言葉遣いが悪い平民の男と、その一国を統一する女王との禁断の恋を描いた物語なの。」

 

 「へぇ、随分と凝った設定だな。」

 

 「そう!で、私はその女王役でそのドラマに出演するよ。どう、凄いでしょ。」

 

 「あぁ、凄いぞ!にしても、ついに主役級の役か!…現地で応援すんのは難しいけど応援してるぜ。」

 

 「ふふ、ありがとう。」

 

 聞きたい事は聞けた。俺は彼女へと背を向け屋上の扉を開け、教室へと戻ろうとする。

 その瞬間、俺の背に彼女の声が響き、俺は慌てて後ろを振り向く。

 

 「…それと私、基本的にはキスシーンは絶対にNGを出してるの!だから…その、安心して!」

 

 「?…何に安心すれば良いんだよ?」

 

 「…お、教えないあげない。」

 

 「はぁ?…じゃあ、後で昼飯食う時に問い質してやるから覚悟しとけよ!」

 

 「そんな事されても絶対に教えてあげない!」

 

 最後の最後に意味不明な発言で彼女と別れた俺は、昼時に発言の真意を問い質そうと心に決め、階段を降りた。

 

 だが、俺は屋上の扉を閉める瞬間、彼女が本当に呟いた言葉を俺は聞き取る事が出来なかった。

 

 「貴方の為に、なんて言える訳無いよ…馬鹿。」

 

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 「…や、やっと帰れる。」

 

 「今日もお前は散々な事で。あ、そうだ!帰りにどっか寄ってかないか?気分転換も兼ねてさ。」

 

 「あ〜悪い、俺は寮の門限あるからパスで。」

 

 「俺も今日はパスで。丁度、芸能雑誌の写真撮影があるからさ。」

 

 「…まじか〜。」

 

 長く辛い一週間の始まりを終え、二人と共に帰路へと着く俺だが、博信が突然と寄り道を提案する。門限がある為、丁寧に断っておいたが、それは表向きの理由。

 本当の理由は、今も鞄の奥底にある例の物を交番に届ける事にある。

 

 「…んじゃ、また明日な〜。」

 

 「はいよ。…じゃあ、優斗も。」

 

 「…おぉ、じゃあな。」

 

 それぞれが別れ、一人となった俺は足早に交番へと足を運ぶ。 

 しかし、歩く速度は何処か遅い。

 

 流石に昼飯から数時間は経ったと言え、しるくお手製の弁当は味が良く、つい食べ過ぎるが故に、未だに昼飯を消化している真っ最中な為、自然と動きは遅くなる。

 

 だが、本当に美味しかった。将来は良い嫁さんになるな。

 味付けも俺好みの物だが、何故彼女は俺の好みを知っているのか。それに、昼飯中にあの時の発言の真意を問い質しても、教えないの一点張りだったのは何故だ。

 

 彼女自身にも謎は多いなと、そう思いながら俺は交番の入り口へと知らぬ間に辿り着き、恐る恐る交番の扉を開ける。

 

 「…すいません〜って……誰もいない。」

 

 無機質な白が一面に広がる室内には、本来警察官がパイプ椅子へと腰を下ろしているのが一般的な光景。

 

 その一般的な光景に、警察官も居なければ電気の一つも付いておらず、俺は不自然な状況に首を傾げる。

 

 「つか、外もこんなに静かだったか?」

 

 既に時刻は夕暮れ時で、太陽は確かに地平線の所で静かに沈みつつあるが、街中であれば人の活気ある声と街灯が街を彩り、静寂など皆無だ。

 

 故に、今起こっている不自然な現象に俺は妙な胸騒ぎを覚え、交番を飛び出して街の中心部へと足を進める。

 

 「…お〜い!誰かいないのか!」

 

 このま(・)こ(・)と(・)み(・)ら(・)い(・)市(・)の中で人通りの多い駅前の通り、そこには巨大な宿泊施設に娯楽施設。更に少し歩いた先には遊園地と、人が一番集まる場所にも関わらず人っこ一人も居らず、ましてや動物も居ないゴーストタウン状態の街。

 

 俺は流石に事の異常さを感じ、僅かに右手を握り締める。

 ___その時だった。

 

 突然と、激しい地響きが大地を震わせ、俺は咄嗟に両足に力を込め、その場へと踏ん張り、転倒を防ぐ。

 

 だが、次に訪れたのは激しい轟音と、俺目掛けて飛来してくる瓦礫の山々で、俺は顔面蒼白になりながら横へと身を投げ、瓦礫の山々を紙一重で避ける。

 

 「……はぁ!?」

 

 瓦礫の山が止み、俺は視界を瓦礫の山が降り注いだ方向へと向ける。

 

 視線の先に映ったのは、見慣れない岩の様な体にマスコットを彷彿とさせる顔付きに反した、巨体を持つ怪物が自由奔放に街を歩く光景。

 だが、怪物は目の前に立ち塞がる建物を破壊しながら進み、周囲の被害を意に介さない。

 

 怪物との距離は離れている分、下手に刺激をしなければバレる事は無い。

 

 俺は怪物に存在が知られない様、急いでこの場を離れようと視線を外そうとした瞬間に、俺は見てしまった。

 

 「…あれって、人じゃ…無いよな。」

 

 怪物の足元、僅かに見えた人の影を俺は見間違いだと思いたかったが、見間違いじゃ無かった。

 確かに、怪物の足元に二人の人影が必死に逃げている姿を俺は見てしまった。しかも、その二人は俺が今朝に出会った二人組の少女だ。

 

 後は、遠目で上手くは見えないが、彼女達の周りに小さな生き物が浮いているのも確認出来る。

 

 ___助けに行くべきか。

 

 否、助けに行くのは得策では無い。

 寧ろ、下手に介入して巻き込まれれば怪我をする可能性はあるし、ただでさえ周囲に迷惑を掛けているのに、更に迷惑を重ねるのは愚かが過ぎる。

 

 俺は、度が過ぎたお人好しじゃ無い。

 実際問題、あんなものを目にして足は自然と小刻みに震え、見つかればなんて最悪な考えも浮かび、恐怖で頭も回らない。

 

 ___でも、でも。

 

 「体が勝手に動いちまうんだよ!」

 

 何処までも思考と一致しない己の体に呆れながらも、俺は恐怖で震える足で、怪物の元へと駆け出した。

 

 

 

 ____________________

 

 

 

 

 「…こっち。」

 

 「う、うん!」

 

 「ま、まずいでシュ!このままだと追いつかれるのは時間の問題でシュ!」

 

 「そんな事とっくに分かってるわよ!あぁ、やっぱりワタシの占いは正しかったんだわ!」

 

 マコトジュエルを取り込んだハンニンダーの追跡をかわしながら、私とくれあは結界が張られた街中を走り続ける。

 

 本当は、姿を変える事が出来れば一撃で終わらせる事の出来る敵。でも、私の手元には変身する為のマコトジュエルは無い。

 

 「…ごめんなさい、私がしっかりしていればこんな事にはならなかった。」

 

 「今朝の事なら気にしないで、私も気付かなかったのも悪いから。」

 

 「それにしても、るるかがマコトジュエルを落とすなんてヘマをするとは考えられないでシュ!」

 

 「えぇ、きっと何処か馬の骨か知らない奴が奪って行ったのに決まってるわ!るるかは何も悪く無いのよ!」

 

 「ありがとう、みんな。…でも、今は逃げる事が先決。」

 

 私は石を模したハンニンダーの肩に立つ男へと鋭い視線を向けつつ、街中の路地裏を経由しながらハンニンダーから逃げ続ける。

 

 「全く、逃げ続けるなんて芸の無いベイビー達だ。」

 

 「貴方が追いかけて来るからでしょ!」

 

 「ならその足を止め、君のマコトジュエルを差し出せば、この不毛な鬼ごっこも終わるけど、ね!」

 

 「駄目、絶対に渡さない。」

 

 正直に言えば私とくれあの体力は限界で、マシュタンとシュシュタンも長時間の移動で体力を失い、満身創痍。

 私達は、必死にハンニンダーの魔の手から逃げ続けるが、その時、くれあの短い悲鳴が聞こえる。

 

 「…っい。」

 

 「くれあ!」

 

 何かに足を取られ、膝から転倒したくれあへと駆け寄る私は、目前まで迫るハンニンダーに思わず奥歯を強く噛み締める。

 本当に、今日の私は失態続きだ。朝にマコトジュエルを紛失し、全員に迷惑を掛け、あまつさえくれあに怪我をさせてしまった。

 

 今だけは天才名探偵の名が恥ずかしい。

 

 「さぁ、もうおしまいだベイビー!」

 

 「くれあ!るるか!」

 

 マシュタンの悲痛な叫びが鼓膜を叩き、自己嫌悪で忘れていた恐怖が私の体を支配する。

 巨大な石の塊のハンニンダー、その私達の背丈の数倍はある巨大な拳が目前まで迫る恐怖に、私はくれあと共に死を覚悟する。

 

 それぞれの指と指を絡め、迫りくる終わりに備える私達。でも、その備えは、一人の少年の声で掻き消される。

 

 「悪い、その鞄持っててくれ!」

 

 「ちょ、ちょっと待つでシュ!」

 

 聞き慣れない誰かの声に、私とくれあは目を開け、視線を目の前に向ける。

 

 「…っ!」

 

 その光景を私とくれあは、生涯忘れる事は無いだろう。

 何も武器を持たない黒の学生服に身を包む、私達と同じ年齢と思われる少年は、ハンニンダーの巨大な拳に不釣り合いな、あまりにも小さい右拳をぶつける。

 

 その瞬間、硝子細工が割れる様な甲高い音が私達の耳に届くと、ハンニンダーの巨大な腕が簡単に崩れ落ちる。

 

 凄まじい衝撃と砂煙が漂い、辺りを静寂が支配するが、少年の一声が静寂を切り裂く。

 

 「……大丈夫か?」

 

 これが、私とくれあ。

 

 そして、上条優斗との運命的な出会いだった。





 気が向いたら、前の作品の更新もやってみようと思います。
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