因みに、記憶喪失は別にくれあとは言って無いです。
「…は? いや、あり得ない。あっては駄目だ、こんなことが! た、ただのベイビーの拳でハンニンダーの右腕が壊されるなんて!」
「随分と騒々しいな、あんた。」
ギリギリのタイミングで割って入り、怪物の右腕を右手で崩壊させた俺は、騒々しい愉快な男に軽蔑の眼差しを向け、背後にいる少女たちへと声を掛ける。
「…とりあえず、立てるか?」
「えぇ。あ、ありがとう。」
「そっちのあんたも大丈夫か?」
「…別に、気遣いは要らない。」
一人の青い髪の少女は膝を擦りむき、僅かに血を流している。そこで俺は彼女の手を掴み、力任せに体を起こす。続いて、側にいたもう一人にも手を伸ばすが、警戒心を孕んだ瞳で睨まれ、俺の右手は彼女の目の前で空を切った。
そこへ、宙に浮く謎の生命体が俺たちへと近づき、彼女たちに心配の声を掛ける。
「もう! 心臓に悪いじゃないの、るるか!」
「ごめん、マシュタン。」
「良かった、良かったでシュ! くれあ!」
「シュシュタン!」
随分と愉快な光景だと感じた俺は、彼女たちが満足するまで大人しく待ち続ける。そして、次に関心が俺へと向いた。
「それにしても、アナタは一体何者かしら? 普通の人間がこのフィールドに足を踏み入れることはできないはずなのに……もしかして、ファントムの関係者?」
「…ファ、ファントム? なんだ、何かのブランド品の名前か?」
「う、嘘くさい男でシュ。…くれあ、警戒は解いちゃ駄目でシュよ。」
「…う〜ん、私は悪人には見えないけど。」
「駄目、くれあ。…私の後ろに下がって。」
「あれぇ? 上条さん、そんなに警戒されてんの?」
初対面にしては随分と警戒心の強い一人と二匹には話が通じそうにないが、一方で青髪の少女なら話が通じるかもしれない。
俺が彼女へと声を掛けようと口を開いた瞬間、愉快な男が俺に声を投げ掛けた。
「ヘイ、ベイビー! 一体どんなマジックで、ハンニンダーの右腕をそんな拳一つで破壊できたんだい?」
「…えぇ? いちいち説明しないと駄目か?」
「いや、大丈夫さ。寧ろ、説明のつかないことを目の当たりにしてきた僕からすれば、これも想定の範囲内さ!」
黒マントに黒のシルクハットを被り、僅かに黒いマスクで目元を覆っている男。その相貌は美形で、更には薄い緑色の長い髪を靡かせている。
男は俺にそう言うと、怪物へと指示を飛ばした。すると、再び怪物が俺へと迫ってくる。
「…んじゃ、俺がこれを倒したら話を聞いてくれるって条件はどうだ?」
「何を言っているの? 普通の人がハンニンダーに勝てるわけない。…変に強がる暇があるなら逃げて。これは私たちの仕事。」
「…大丈夫だ。それに見ただろ、俺が右手でデカブツの右腕を破壊した瞬間を。」
「それはただの偶然に過ぎない。」
「じゃあ、偶然かどうかはあんたがこれから決めてくれ。」
俺は彼女たちとは真反対の方向へと足を蹴り出し、できる限り彼女たちから怪物を引き離す。
伊達に不幸の連続で遅刻の連続記録を保持しているわけではない。俺の脚力は持久力と瞬発力を兼ね備えた一級品だ。
俺は男の興味が薄れないよう、相手を煽る言葉を投げ掛け続ける。そして、開けた場所へと怪物を誘導するため、近くの工事現場で足を止めた。
「…ほら。ここなら邪魔は入らないぞ?」
「ほう、工事現場とは随分と考えたね。確かに、岩を砕くにはこれ以上ない最適な場所だが、考えが甘いね、ベイビー。」
「いや、別にそのデカブツを砕くなら俺の右手で十分だよ。」
「…ほう。」
「ま、あんたは既に俺の土俵に引きずり込まれてんだよ。ちょっとは頭を使えよ、怪盗さん?」
シルクハットを深く被り、目元を隠す怪盗は、怒り心頭といった様子で怪物へと指示を飛ばす。
あれほどの巨体だ。だが、移動速度が完全に遅いわけでもなく、俺の全力疾走に僅かに遅れながらも追いつく程度の俊敏性を持っている。
だが、逆に言えば、動くだけの岩の塊に過ぎない。
俺は確かに通用した右拳を握り締め、巨体の動きを待つ。攻撃の瞬間を狙うつもりだったが、その考えは甘かったとすぐに実感する。
「…さぁ、突撃しろ! ハンニンダー!」
「本気で言ってんのかよ!?」
見誤っていた。
俺は奴の動きだけで勝手に強さの定義を定め、相手を下に見ていた。
違った。戦いの場において、誰しも手の内を全て晒す馬鹿はいない。だが、俺みたいに慢心する大馬鹿はいる。
凄まじい速度で突っ込んでくる岩の塊。脅威には見えなかったはずの存在が、突然その化けの皮を剥いだ。
俺は咄嗟に横へと身を転がし、怪物との激突を避ける。しかし、工事現場の鉄筋やコンクリートを軽々と破壊するその光景に、額から冷や汗が滲む。
「ふ、運が良いベイビーだ。だが、これで分かっただろう。経験が違うんだよ。常に戦いの場において、手札は温存しておく……キミはそれに気付かなかった。」
そして、怪盗は俺よりも場数を踏んでいる。
背後から立ち上る砂煙の中に僅かに見えたシルエットに、俺はその場から駆け出し、砂煙から離れる。
しかし、奴が突撃する速度は異常に速い。俺は鬼気迫る怪物へと右手を突き出す。
「あ、っが!?」
確かに、俺の右手は怪物の巨大な右腕を破壊した。
しかし、突撃の勢いを殺すことはできず、俺の体は岩の塊と激突する。その反動で遥か後方へと飛ばされた俺は、地面を何度も転がった。
___痛い、痛い痛い。
何度もアスファルトの上を転がった体は、鞭で打たれたような激しい痛みに支配され、額からは血が流れる。
「驚いた……タフだね、ベイビー。」
「…う、うるせえ。頭に……響くだろうが。」
「軽口を叩ける余力はあるか……本当に退屈しないね、キミ。」
「…キミじゃ無い。上条優斗だ。」
「なら、ボクの名はニジー。…名前だけでも覚えていてくれよ。」
俺は震える足で立ち上がり、必死に状況を打開する案を考える。
いくら右手が通用しようと、俺が壊せるのは触れた一部分のみ。右手で奴の巨体を破壊するには、直接体に触れる必要がある。
しかし、体に触れるのも一筋縄ではいかない。
奴の構造は胴体と足、腕の区別がある人間に近い構造で、全体的に丸いことを除けば、人間に近い。
だが、足は俺の背丈を優に超えている。体へと触れることはできないし、更に足元へと近づけば踏み潰される危険性がある。安易に動くことはできない。
___せめて、もう少し高い所があれば……。
「…あ。」
そうだ。難しく考える必要はないんだ。
俺は額から滴り落ちる血を乱暴に袖で拭い、乱れた呼吸を整える。そして、怪物へと背を向け、一目散に駆け出した。
「逃げるとは、キミも芸が無いな!」
奴は、俺が工事現場から逃げ出すと考えている。
だが、俺の狙いは別の物だ。前へと駆け出した体を突然方向転換させ、工事現場に備えられた階段を駆け上がる。
「上とは考えたね……でも、それは自身の逃走経路を潰していることに気付かないなんてね!」
そう意気揚々と自身の有利を語るニジーだが、それで良い。自分が有利だと思い込み続けろ。
階段を登り続け、下を見れば思わず足がすくむほどの高所へと登った俺は、奴が俺の罠に嵌まるその時を待つ。
敵が自ら敗北を選んだぞ。後は簡単な話だ。ここで派手に暴れれば、俺の体は地面へと真っ逆さまに落ちる。
ニジーは不敵な笑みを浮かべると、俺の罠に引っ掛かり、怪物へと派手に暴れるよう指示を飛ばした。
工事中のコンクリートを破壊し、トラックやブルドーザーまでも鉄屑へと変えながら、怪物の体は建物の骨組みである鉄筋へと激しくぶつかる。
そして遂に足場が不安定となり、鉄筋同士がぶつかる甲高い音と共に、俺の体は高所から投げ出された。
「…俺の勝ちだ、ニジー!」
それが、俺と奴の命運を分けた。
真っ逆さまに地面へと落ちていく体。軽傷では済まない、命綱なしの高所からの落下だ。だが、俺の狙いは奴の頭上へと落下すること。
頭から落ちていく体。俺は右手を伸ばし、怪物の頭上目掛けて落下する。硝子細工が割れる音と共に、俺の右手は怪物の体へと確かに触れた。
だが、
「痛え! 痛え! …絶対に右肩外れた!」
落下の速度は怪物との接触で僅かに殺せたものの、地面と激突した右肩には、聞いたこともない音と共に激痛が走った。次の瞬間、糸が切れたように右腕がピクリとも動かなくなる。
「な、なんて大胆な度胸なんだ。…だが、残念だね! ハンニンダーは無傷……」
右肩が外れ、全身に砂や擦り傷が目立ち、額から血を流す満身創痍の俺を見下ろすニジー。奴はまだ、怪物に起こった変化に気付いていない。
怪物も俺へと止めを刺そうと巨大な腕を振り上げるが、その時、不自然に右腕が崩れ落ち、怪物の全身に亀裂が広がった。
「…は、ハンニン! ダー!」
雄叫びを上げる怪物。
その体は大量の瓦礫の山へと変わり、崩れ落ちた瓦礫に巻き込まれたニジーは、その中で情けない声を上げる。
俺はニジーの体を瓦礫の山から引っ張り上げようと、辛うじて動く左腕で体を起こし、ニジーの元へと歩み寄る。
「…は? い、居ない!?」
瓦礫を乱暴に足で踏み崩すも、そこにニジーの姿は無い。代わりに落ちてきたのは、今朝見た物と同じ物だけだった。
「ちょっとあなた、大丈夫!? 酷い怪我よ。早く手当てしないと!」
「ちょっと、くれあ……っ!」
俺は心底呆れ、ポケットへとそれを入れる。すると、先ほどの少女二人がこちらを見るなり、安堵の表情から一変、顔面蒼白になって俺へと駆け寄ってきた。
青髪の少女は俺の怪我を見ると、慌てて体中を確認し、ベージュ色の少女は無表情の仮面を崩して焦りの表情を浮かべる。
「本当に、あのハンニンダーを倒したのね。」
「怪物のことか? …まぁ、生憎と俺の右手は特別製なもんでさ。多分、それが効いたんだろ?」
「色々と言いたいことはあるけど、先に怪我の手当てが優先よ。」
「…なら、近くに俺の家があるから、そこで良いなら。」
「そうしましょう。あなた、家に家族は?」
「家族は居ないよ。…まぁ、家族みたいな人はいるけど。」
聞いてはいけないことだったのかと、二人は申し訳なさそうに俺を見る。だが、家族が居ないことは事実だ。
俺自身、どこか割り切っている節があるため、気にしてはいない。
大丈夫だという意思を伝えると、彼女たちは方針を固め、怪我の治療を優先することにした。こうして、彼女たちと俺は寮へと向かうことを決めた。
____________________
「…これで、良し。」
「ありがとうな、帆羽。」
全員を寮の部屋へと上げ、彼女たちに傷の手当てをしてもらっていた俺は、色々と彼女たちの事情を聞きながら、帆羽が額に貼った絆創膏を指で撫でる。
まず、彼女たちの素性だが、青髪の美少女が帆羽くれあ。探偵助手だ。
次に、ベージュ色の無表情な美少女が森亜るるか。彼女は帆羽が助手を務める探偵であり、知識、推理共に素晴らしい彼女の呼び名は、探偵ではなく名探偵。
何処かの
___にしても、妖精とはね。
視界の先で彼女たちの周囲を漂う二匹の生き物……お供妖精。まず、妖精という空想上の生き物が存在すること自体が信じられないが、俺は妖精よりも恐ろしい物を知っている。
「それにしても、ワタシたち妖精に驚かないなんて、余程肝が据わってるのね。」
「…まぁ、ちょっと色々あってな。」
「その『色々』で簡単に受け入れすぎでシュ。」
紫色の妖精マシュタンと、水色の妖精シュシュタン。
双方が森亜と帆羽のお供を務めることから、お供妖精と呼ばれているらしい。
何故か妙に要領の良い俺に、二匹はどこか不満を感じるような視線を送る。だが、別に驚いていないわけではない。
「…確かに、優斗の反応の薄さは気になるわね。」
「気になる所がそこか? 普通はこう、なんかあるだろ?」
「私たちの事情を聞いても相槌一つで返すような冷静な頭を、普通の人が持っているはずがない。」
思わぬ横槍が突き刺さるが、確かに俺の反応の薄さを疑問に思うのは仕方がない。
何故なら、彼女たちが背負っている使命は、この世界を救うことなのだから。
まず、第一に俺が戦った怪物。名をハンニンダーというのだが、奴の中に眠る
彼女たちは探偵と探偵助手、更にはロンドンからの帰国子女という、神様が利き手で描いたような存在の裏で
そのある物。それがビッグマコトジュエルと呼ばれる巨大な宝石で、それが敵対組織
それだけでも十分に頭を抱える話だが、更に問題なのは、そのビッグマコトジュエルの一部が突然砕け、この街の至る所に欠片が散らばったことだ。
そう、その破片こそがマコトジュエルであり、早い話、街中にいつハンニンダーが現れても不思議ではない、爆竹を抱えたような状態のまことみらい市。
更に、その散らばったマコトジュエルが全てファントムの手に渡れば、実質的にビッグマコトジュエルをファントムが独占することとなる。
その結果は、言うまでもないだろう。
「…反応が薄いとか言ってるけど、内心、俺も結構驚いてるぞ。」
「嘘くさいわね、アナタ。」
「う〜ん。なんか、優斗は何処かずれてるような、ずれてないような。」
「…まぁ、実際ズレてんのは自覚あるぞ。だって俺、未来から来たんだもん。」
「「「「……え?」」」」
四人の声が綺麗に重なり、俺は良い反応をするなと不意に思ってしまう。
だが、実際俺は本当に未来の世界から来たのだ。具体的には、この時代が1999年で、俺はそこから約三十年後の2026年から訪れた。
突然訪れた過去の世界。正確に言えば、俺がこの時代に訪れたのは今から約三年前の1996年、まことみらい市でのことだ。当時の俺は不安で死んでしまいたかった。
そんな俺を拾ってくれたのは、この寮の管理人の婆さんだ。
その後は婆さんの温情で、近くの中学校に通わせてもらい、更には高校まで通わせてくれた。
本当に、婆さんには頭が上がらない。
しかし、元の時代に未練があるのは否めない。なんせ、元の時代には家族がいるし、更には同い年の幼馴染で、俺の親友の少女
帰れるのなら、帰りたい。
だが、俺だと分かるのか疑問はある。なんせ、当時は中学一年生の少年が高校一年生になっているのだ。
もし、家族やあんなに「誰?」と言われれば、俺はどうなるのか。
「…それにしても、未来ね。にわかには信じられないわ。」
「そうね。でも、私たちの事情を聞いても僅かにしか反応を示さなかった理由にはなる。」
「…信じるのか? 証拠もなんも無いのに。」
「証拠はいずれ揃える。それが探偵。今は、私たちが納得したからそれで良い。」
「るるかの言う通りよ。私たちはあなたのことを信じるわ。」
信じてもらえたのは、婆さんに続いて三人目だ。
こんな信憑性のない妄想の戯言と勘違いされてもおかしくない話を、二人は信じてくれた。それだけで、俺はこんなにも幸せな気分になるなんて。
俺は口から感謝の言葉を伝え、むず痒さを誤魔化すように話題を急に逸らす。
「…それで、他に俺に聞きたいことはあるか?」
「…それなら、一つだけあるでシュ。」
帆羽のお供妖精、シュシュタンがそう言えば、可愛らしい尻尾を俺の右手へと向ける。
「その右手について教えてほしいでシュ。」
「…あぁ、幻想殺しのこと?」
「…げ、幻想殺し?」
「随分と変な名前ね。…あなた、もしかして狙ってつけたの?」
「違うからな?」
「でも、その右手の異質性は気になる。…ハンニンダーを倒し、普通の人が触れない物にも触れられる。」
「確かに、そう聞くと恐ろしい代物ね。」
二人と二匹は訝しむように俺の右手を見つめるが、実際、俺に説明を求められても俺も分からない。
そもそも、理解のきっかけは元の時代にいた頃のことだ。途轍もない不幸に見舞われていた俺は、それはもう散々な道を歩んでいた。
突然現れた通り魔に刺され、唐突に起きた地盤沈下に巻き込まれ、電柱の落下に巻き込まれ、あんなの入浴中に偶然遭遇して責任を取れと迫られた。
度重なる不幸。それに不信感を抱いた両親は俺を近くの神社へと連れて行き、そこで初めて右手の存在に俺は気付いた。
どうにも、俺の右手は神様のご加護や、超常的な人間にも説明できない力、それに通ずる何かを消すことができる。
それが、俺の不幸の原因だった。
「…つまり、その右手はあらゆる不可思議な現象や、説明のつかない力を打ち消すことができるから、マコトジュエルを見ることや触ることができると。」
「まぁ、早いとこそんな感じ。」
「…未来から来たり、説明のつかない不思議な右手。…あなた、本当に普通の人間?」
「お前な、毛が生えて二本足で立ってる奴が人間以外にいるか?」
「…類人猿?」
「ぶっ飛ばすぞ。」
普通に見える森亜でも冗談を言う。
俺は疲労困憊で疲れ切った頭で必死に今を受け入れながら、彼女たちに今後のことを尋ねる。
「つか、お前らはこれからどうするんだ? もう、紛いなりにも俺は無関係じゃないぞ。」
「…今日あったことは忘れられる?」
「それは無理があるだろ? 散々こっちも迷惑掛けられたんだから。」
「だからよ。これ以上、妙な気分で一般人が踏み込んでいい場所じゃない。…最悪、死ぬわよ。」
「……だからってな。」
「じゃあ、あなたは私たちと一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」
その言葉に、俺の反論は出てこなくなる。
確かに、俺は半端者だ。誰よりも少し深い経験をしているだけであって、中身はただの高校生。
彼女たちには守るべき使命がある。俺には学生として歩むべき将来がある。
どちらかが深く踏み込めば、双方の使命と将来を崩しかねない。だからこそ俺は、無責任な救済の言葉を飲み込む。
「…ほら。やっぱり、あなたには不幸でも普通に暮らすのが一番よ。」
「その、悪いな。」
「別に、あなたが責任を感じることじゃない。…でも、今日の一件は感謝してる。…ありがとう。」
「…全く、素直じゃないわよ、るるか。」
調子は良いが、俺はどこかやるせない気持ちが強く、上手く二人の顔を見ることができない。
だが、そんな俺を二人は責めない。それに、お供妖精たちも何も言わず、黙って俺を見つめている。その視線が、どこか寂しそうに見えた。
そうだよ。彼女たちは、誰かを頼れたことはあるのだろうか。助けてもらったことはあるだろうか。
俺と同い年で、勉学に励み、それぞれの夢に向かって歩むはずの彼女たちは、人知れず世界を救う重圧を背負い、戦わなければならないのか。
大人も少しは手を貸せば良い。だが、こんな話を普通の人間が信じるだろうか。否、信じない。
だからこそ、ずっと二人は戦ってきた。大人の手を借りずに。俺はそれがどうしてもやるせない。
「じゃあ、またね……優斗。」
「…さようなら。」
「バイバイでシュ!」
思わず奥歯を噛み締めながら、気持ちに折り合いをつけようとしても、時間は進んでいく。
既に彼女たちとの別れが迫っていた。彼女たちは玄関のドアノブへと手を掛け、俺へと別れの言葉を投げ掛けるが、その言葉は頭に入ってこない。
それでも俺は、最後の最後に扉を開け、この場から去ろうとした彼女たちの背中へと声を投げ、足を止めさせる。
「……何かあったら、頼ってくれ。」
俺には、助けてやるなんて軽々しく言えない。
でも、これぐらいは言わせてほしい。僅かでも俺を頼ってくれるなら、俺は多分、助けてやれる。
「……なら、その時は頼らせてもらうわ。」
森亜が笑みをこぼしながらそう言い、今度こそ彼女たちは俺の家を後にし、それぞれの日常へと帰っていく。
「またね、お節介なひと。」
最後に森亜が放った言葉。俺はその言葉が、いつまでも心と頭の中で反復する。
食事の時も、入浴の時も、眠る時も。その言葉の意味も、彼女たちとの出会いも忘れられず、俺は悶々とした気持ちを抱えたまま、深い眠りへとついた。