勝つウマは強い。
つか、勝ったウマは強かったから勝ったわけで。
だからたくさん勝った馬は、すんごい強いってワケ!
【クィーンスプマンテさんは……怪我せず走りきってくれれば、それでいいから……】
こちらはおやさしい担当トレ。
【今日もスプはかわいいなあ! っくー、オレにもそのキュートさわけてくれよお!】
こちらはカワイイのを褒めてくれるいいお姉さん。
【すごいわスプマンテ! 2600メートルも走れるなんて! 私は2000メートルでももうぜーはーで……】
こちらはマイル適正のお母さん。
いやあ、ぬくぬくとした環境で育っておりますなあ、っておい! 誰も”速い!”とか”強い!”とかいってないじゃん!
まトーゼンで、弱かぁないけど、強くもないからね。
そそ。
……でも本当は強さに憧れていて、ひっそりと鍛錬を重ねたり悩み抜いていたりしたら???
なんて!
そんなことないから!
ないかも?
『ーーブエナビスタ猛追!! ブエナビスタ猛追っっ!!!!』
ほら、ないでしょ。
後ろからすんごいウマが来てるよ~。
逃げるワタシの天下はおしまい! さらば先頭こんちゃす着外!
ワタシそれじゃあお茶でも飲みにいってきまーす。
***
『ーーブエナビスタ猛追!! ブエナビスタ猛追っっ!!!!』
『しかし!!!』
『しかしーーーっっ!!!!!!』
***
【ダイタイ差しとか追い込みとかヒネクレてんじゃん? サクセンなんてシンプルでいーのよ。前で走って一番早くゴール版を駆け抜ける。それでいーんじゃん?】
事前に頼んで取っておいて貰った音声を聞かせてやると、我が教え子、クィーンスプマンテは「まじぃ……」とばかりに顔をゆがめた。
「えーっと、これによると……『ダイタイ差しとか追い込みとかヒネクレてんじゃん?』って、私には言ってるように聞こえるけど?」
「ままま、マネすんな! きしょくわるいわ!」
「ーーって、言ってるように聞こえるけど?」
「ぬ、ぐぎぎ……卑怯なり……」
スプマンテがスマホを奪い取ろうと伸ばしてきた手を躱すと、血管をピキピキ浮かび上がらせながらうめいた。
確かに、卑怯な手を取ったことは間違いないけど……。
次のレースのために立てた作戦を伝えた際に「えーーーと? うん? あーーーーーあっはいわっかりましたぁ」と歯切れ悪く頷いていたので、実情を探ろうとスプマンテの友人に依頼をしたのだ。
その結果が先ほどの音声で……。
「べべべ、べつにサイハイヒハンがしたかったわけじゃなくて、その、えーと……レース歴18を数えるベテランマンテちゃんには、そ、そーいう……レースの……カン? みたいのがあるわけ!」
「あの、不満があるなら言ってね。私の仕事はスプマンテに気持ちよく走ってもらうことなんだから。もちろん、話合いはするけどね」
「……………………………………………………おこってないの?」
「別に怒ってないよ。嘘をつかないでほしいっていってるだけで」
「いや、こわ!」
ひえ! とのけぞるポーズをキメるスプマンテ。
よし、いつもの調子に戻ってくれたな。
今回スプマンテに提案したのは、得意のスタートを生かして良ポジションを掴み後方で脚を溜め、最後の直線で一気にまくるいわゆる”差し”だ。
次のレースは京都大賞典。
前走のみなみ北海道ステークスは逃げで圧倒した勝利だったが……。
「いや、前走逃げで勝ってるじゃん。スタート得意って、自分で言ってるじゃん、ナンデ差しするの?」
「ですよね、そう言うと思ってました。よくぞ聞いてくれました!!!」
「…………はぁ、これだから聞きたくないんだよなぁ」
今なにか不満を言われた気がするけど、しかしせっかくスプマンテが興味を持ってくれたこのタイミングを逃すわけにはいかない。
そう、行かないのである!
「といっても今回の理由は非常にシンプルです」
「じゃあ手短におなしゃす」
「競バに置いて逃げウマのメリットは主に三点。1つはレースのペースを握れること。2つは1つめと関連して他バの影響を受けないこと。3つは同じ逃げを選択するウマが少ないことです」
「えこれ手短?」
「要するに、一人マイペースに自分の走りをしてレースを好きに動かせるのが良い点で、悪い点は良くも悪くも目印になってしまうので、常にオープンリーチでレースしている状態になるということですね」
「ぜんぜん要せてないのやめれるぅ?」
「これで最後です。要するに、最大の利点である”マイペース”。これが次のレースでは崩れるんですよ、”テイエムプリキュア”さんが出るので」
「ぁふ……終わった?」
「……………………」
いかん。
いまリアルに声を上げて怒りそうになってしまった……。
しかしスプマンテの言うとおり彼女もすでにベテラン。こんなレベルの話は理解していて当然だったか。
「そんでどすんの、次のレース。トレが差しっていうなら、別に練習するけどさ」
口ではそう言っているが、スプマンテの目にはわかりやく『当日逃げれば良いっしょ』と書いてあった。
だがレースはそう甘くない。
私の前で差しの練習をすれば、当日逃げようと思ってもペースがつかめなくなるし、なにより変な筋肉の使い方をして脚を壊しかねない。
もしもそんなことにでもなったりしたら……。
(それにしても、今回は珍しく強情だな……)
いや、それもそうか。
なにせスプマンテの競争バとしての人生はあと次を含めて2レース。
前走でつかんだ感覚。
作戦かぶりの弊害。
「…………わかった、逃げで行こう」
ひねり出したトレーナーとしての結論に。
「本当にいいの?」
そう言うスプマンテの表情は、まるで初めてのバイキングで『好きなモノ取ってきて良いよ』と言われたように晴れやかで。
「気持ちよく走れば、結果はきっとついてくる」
「……………………きっとじゃ、ダメだよ」
「いま、なにか言った?」
珍しく弱気な声が聞こえた気がして尋ね貸すと、スプマンテは「いんや?」と平気な顔して首を振った。
それからニッコニコの笑顔で。
「すたこらすたこらさっさっさ! 逃げりゃ勝てるっしょ! だって逃げってサイッキョー戦術だし!」
そしてむかえた京都大賞典。
クィーンスプマンテは仲良しテイエムプリキュアと第四コーナーで3番手以降を5バ身離す逃げを見せ、二頭仲良く着外に沈んだのであった……。