「はじはじはじ、はじめまして! 1年のくくくくクィーン、すぷすぷスプマンテです!! 一生懸命走るので、ゴシドーゴベンタツのほど、よっーーよろしくお願いします!!!」
「じじじ、実はワタクシ、G1っていうものに出てみたくて……ああ! いやべつに! ワカモノのタワゴトなので!!」
「えっ!! トレーナーが抽選当てて秋華賞出られる!? うそ! マジ!? やっっったぁあああああああああああああああ!!!!」
「ひーん、マケチャタ……だがめげん!!」
「1番人気デ11着ダー、1が一杯うれしいナ! …………はい、練習しまーす」
「おらぁ1着じゃコノヤロ! 賞金ゲッツ! あと函館さむすぎ!」
「ねね、次のレースなに? そろそろG1? アリマ? ガイセンモン? ブリーダーズカップ?」
「……えへへ、条件戦で負けちまいましたよ。2番人気だったのになあ……」
「いやあ、勝ったね。枠運が良かったのかもね。オープンクラス入り……あーそっか、オープンウマ娘か、ワタシ」
「うれしくなさそう? いやいや、チョーうれしいよ。やっとこさオープンに入れたんだし」
「………………練習だるー」
「それでトレーナー、次は? ワタシなんでも走るよー、すたこらさっさと逃げちゃうよー」
「いやぁ、G2の壁って、意外と高いんだね。ワタシびっくりしちゃった」
「……そっかぁ、ここがワタシの限界かぁ」
***
「ワタシ、京都大賞典で全部出し切った。もう後悔もやり残したことも無い、だらだら続けたらコーハイに迷惑じゃん?」
引退という単語を耳にしたトレーナーの表情が見ていられなくて、目をそらした。
ーー引退。
自分でも思ってもみなかった言葉だけど、口にしてみると…………いや、ゼンゼンしっくりこない。
でもそんなワタシの思いとは裏腹に、テキトーな言葉はスルスルと出てくる。
実はずっと脚が痛かったとか、G2の壁に心が折れちゃったとか、トレーナーの負担になるのがモーシワケナイとか。
いったい頭のどこでそんなこと考えてたんだーって思うくらいなめらかに言葉が出てきて、でも、あまりにもするする言葉が出てくるもんだから。
きっとさ、これが本心なんだ。
「ここまでトレーナーと一緒にやれて、ワタシ幸せだったよ」
最後まで、言い切った。
多分止められないだろうな、と思った。
だって、もとから京都大賞典含めて2レースって話だったし。それから1レース減るだけだ。
やる気が無いまま変に現役を続行して、ケガをしたらそれこそ最悪だし。
どこかで聞いた話だけど、トレーナーは担当のウマ娘がケガをしたらけっこうおっきい罰金を取られるらしい。
あと、やる気の無いレースをしたら、カタイキン?ってのを取られるらしい。
ほら、だからワタシは引退した方がいいんだよ。
ワタリにフネってやつだよ。
「今までオセワになりました。今後のゴカツヤクをキネンしてます」
頭を下げて、終わりの雰囲気作って。
はい、じゃあデビューからお世話になったトレーナーからねぎらいの一言、どぞ。
「わかった、じゃあG1に出よう」
………………。
「エリザベス女王杯。出走登録はこれからだけど、オープンクラス入りしたおかげで多分出走できるはず」
……………………………………。
はい?
「いや、なんの話してんの?」
「次走の話だよ」
「ーーっ……だから、ワタシは引退するって話してるんデスケド」
「勝手なことを言われたから、こっちも勝手に次走の話をしてるの」
は?
意味分かんない。
ワタシ引退すんの。もう走らないの。
もう負けたくないの。あんなみじめな思いしたくないの。
「勝てば良いじゃん」
「だから……っ! ワタシなんかの脚じゃG1なんかーーっ!」
勝てるわけない。
そう言おうとした。
なんにもわかってない、ノーナイお花畑のトレーナーに現実つきつけて、ワタシの弱さをぶつけて。
それで失望してもらって。それで引退して。
それで。
「大丈夫、スプマンテは強いよ」
それで……。
「私はスプマンテと勝ちに行きたい」
…………。
…………ワタシだって、勝てるもんなら勝ちたいさ。
「……………………ブエナビスタっていう天才ちゃんが出るんだって」
「引退するのにしばらく先のレースの出走登録バの情報を仕入れてるなんて、相当レースが好きみたいだね」
「うざ……………………トレーナーって、担当がレース出るとき出走料払ってるんでしょ。賞金でなきゃ自己負担の、無駄金になっちゃうお金」
「バ券と同じだよ。私の軸ウマは、いつもスプマンテなだけで」
「G2で負けたばっかだよ」
「最後の直線で見せ場を作った。スプマンテは速かった」
「どうせワタシなんて、引退間際にオープンクラスに滑り込む程度の才能なんだよ……!」
「私にとっても初めてのオープンクラスの勝利だよ。私をオープントレーナーにしてくれてありがとう」
「G1にでても惨めに負けるだけだよ! 年下の天才に才能見せつけられるだけだよ! 現実は……レースそんなに甘くないんだよ!!」
「ーーじゃあ」
ふと、時間が止まるような感覚。
「スプマンテはG1、出たくないの?」
「そんなのーーっ」
そんなの、決まってる!
出たくないに決まってる。
恥をかきたくないし、才能無いって見せつけられなくない。
だからーー
「ーースプマンテは速いよ、私が保証する」
否定してやる。
全部否定して、引退してやるんだ。
だから……だからーー。
「ラストレース、G1に出ようスプマンテ」
「…………っ」
「ゼッタイ、勝つんだろ?」
かぁ!っと顔が熱くなるのを実感した。
むかつく!
ヒトの黒歴史のぞき見していじるとか、サイテーナンデスケド!
ひとこといったろ!と顔を上げてーーワタシを見る表情があまりにも真剣で、思わず笑ってしまった。
「…………オープンクラストレーナーのくせに」
「みんな誰しもそこから始まるんだよ」
へりくつだ。
どんなウマ娘も、どんなトレーナーも、初勝利の1勝がある。
みんなそこから始めるのだ。
初めて、広げて、進んでいく。
(だったらワタシも、そうやればいいのかな……)
「G1に出よう、クィーンスプマンテ」
しつこいぞ、と。
うらめしい目で睨み付けようとしてーー
「私を、G1トレーナーにしてよ」
はっ、と。
鼻で笑っちゃうくらい、ドデカイ夢を語るトレーナーはーーゼンゼン自信なさそうな感じだった。
いや! ナンデその顔でG1とか言えたし!
…………。
…………でも。
「ホント……ヒトをその気にさせるのが得意だね、トレーナーは」
なんかワタシの第六感は、この人になら騙されていっかと、そう思えたのでした。
ーーエリザベス女王杯、当日。
スタートを控える我ら優牝16頭の頭上には、気持ちの良い秋空がのんびりと広がっていた。