7番 クィーンスプマンテ 11番人気
「ヤッター、ラッキーセブンダー、人気ニ1ガ2個モアルヨー? ウフフ」
と、不思議な表情でふらふらと控え室を歩き回っていたのがほんの1時間。
G1用の勝負服に着替えて「ふぉおおお!!」とテンション上げまくっていたのが30分前。
作戦の最終確認と、ルーティーンのグータッチをして本ババに送り出したのが15分前。
そしてーー今。
『枠入り順調です。一番人気、ブエナビスタもゲートにおさまりました』
注目の二冠バ、ブエナビスタを映したカメラの端。京都競馬場のスクリーンにチラリと映ったスプマンテの表情は……。
「落ち着いてる、ように見えるけど……」
あまりに端っこ過ぎてまったく見えなかった。
あとでテレビの映像を見ようと決心する。
やがて、京都競馬場の雰囲気がぴりりと引き締まる。
それで察する。
全バがゲートに収まった。
京都メインレース
G1 第34回エリザベス女王杯
『いま』
ーーーーっ!
『スタートしました』
***
競バが英国で始まって300余年。
そして日本に競バが伝来して100年以上。
のちに【平成最悪のG1】の一つとして語られる本レース。
こうした”異常事態”、いわゆる下剋上というのはいつも展開は決まっていて。
「ーーハァ……! ハァ……! 逃げる! 逃げる! すたこらすたこらさっさっさ!」
”合い言葉は、先行逃げ切り前残り”
今日という日にいたるまで、トレーナーから幾度となく聞いたその言葉を反芻しながら。
クィーンスプマンテはその指示を従順に守り。
「逃げる!! 逃げる!! すたこらすたこらさっさっさ!!」
ざわめきに包まれる京都競馬場の第三コーナーへ。
後続の二番手集団に対し、実にーー”20バ身以上”の大逃げを敢行したまま突っ込んだ!
***
私はトレーナー用の席から飛び出して、最前線の柵にしがみつく。
「行け……っ、行け……っ! そのまま決まれ……っ!」
画面に大写しされるブエナビスタから視線を切り、私は後続をぶっちぎって先頭を走るスプマンテを見つめる。
ーースタートが上手くいくなら、逃げが最強戦術。
それはかつて一斉を風靡し、今もなおトレーナー界の燦然たる頂点を極める生ける伝説のトレーナーが、その全盛期に残した言葉だ。
当然、ウマ娘には各々の脚質があり、隣に誰か居ないとまっすぐ走れない子や、先頭を走ると全くペースが分からなくなってしまう子もいる。
だがもし仮に、メンタル的な部分を完全に廃してレースを組み立てられるのだとしたら。
誰の影響も受けず、機械のようにペースを刻み、はじめから終わりまで先頭のまま鮮やかに逃げ切る。
それは孤独な戦いで、多くのウマ娘はそれに耐えられないがゆえに、最強と言われる逃げ戦術はしばしば敬遠される。
ゆえにこそ、逃げとは選ばれた才能の持ち主のみに許された奇跡の戦術で。
幸運なことに、スプマンテにはその才能があった。
20戦5勝。その5勝すべてが鮮やかな逃げ切り勝ち。
だから私は、最強戦術を使いこなすスプマンテの才能をここまで信じられた。
……なんて。
それは後付けの理由だ。スプマンテがスプマンテである限り、私は彼女を信じ続ける。
ーー残り400の標識を通過する。
リードは10バ身。
ーーやったか……?
そう思った、つぎの瞬間。
『さあさあきたきたブエナビスタだ!! ブエナビスタが外から! 外から三番手に上がってきたーーーーっ!!!!』
天才少女が飛んできた!
「(前略) 前半からリードを奪って、最後も一番いい脚で伸びることができる馬がいるなら、それが最高ですよね。2000mの競馬なら、58秒で逃げて58秒で上がる。誰もかなわない理想のサラブレッドがそれです」
ーー武豊騎手(片山良三「素朴な疑問 競馬にはなぜ『逃げ馬』がいるのか? サイレンススズカの“逃げ”に武豊が描いた大きな夢」Number Web、2020年12月27日) より
※作中の逃げ最強理論の元ネタ
作中では改変しているため原型はほとんどとどめていませんが、統計上「逃げ最強」は現実的かも?