「はあ……っ、はぁ……っ!」
地元からトレセン学園までの距離、約300キロ。
こんなん飛行機でひとっ飛び。
「んがぁ……っ、ぬぎぃ……っ!」
学園寮から練習場までの距離、約2キロ。
トレーナーと話してればあっちゅー間。
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」
ふと、4と書かれたハロン棒が視界をかすめる。
ーー夢のG1勝利までの距離、あと400メートル。
「あぁ……くそぉ……っ!!!」
あまりにも。
あまりにも遠い、400メートル。
『ブエナビスタは届くのか! ブエナビスタは届くのかーーー!!!!!』
爆ぜるような足音が近づいてくる。
ーー敗ける。
京都大賞典の時のように。
逃げ戦術は自分との戦いだ。先頭を走り、他バを後ろに感じつつ、己のすべてを出し切る。
ゆえにこそ、走り終わった後の自分には何も残っていない。
すべてを出し切り、スッカラカンになって、何もかも失ってーー敗ける。
「ハァ……ッ! ハァ……ッ!」
負けた後には何も残らない。
言い訳の材料も、つかみ得た勝ち筋さえも、すべてを燃やして走るのだから。
ーー恐い。
京都大賞典を負けたとき、自分の人生を全部否定された気分になった。
そのときの感覚が、背後に迫る圧倒的な気配とともに押し寄せてくる。
恐怖がバ群のカタチをなして、ワタシを覆いつぶさんと迫ってくる。
だがしかし、ワタシはこの恐怖から逃げる方法も知っている。
ーーやめることだ。
もう、逃げない。レースをやめれば、そこには可能性が生まれる。
もしも最後まで走りきっていれば、という可能性が。同時に後悔も生まれるが、それで自分を守れるなら安いもんだ。
なあんだ、そっかやめればいいだ。
やめて、敗ける。
そしたら天才ちゃんが勝つだろうし、そしたら流石っすって褒めそやして、握手して。
カタイキンとかなんとかでトレーナーは怒るだろうけど、それは脚が痛いとかテキトーに誤魔化してさ。
約束通り引退して、一年経って、五年経って、十年経って、何千回もレース見直して、後悔して、泣いて、怒って、トレーナーに謝って、優しくされて、でも本当は怒って欲しくて、やり直せなくて、一度きりで、もう走れなくて、それで、それで。
きっと、こう言う。
「もうーーーー敗けたくない……っ」
全部出し切って、勝っても負けても空っぽになって、死ぬほどつらくて、アホみたいにキツくて。
ーーでも。
怒号絶叫歓声奇声。
混沌渦巻くホームストレッチで、耳が捉える。
「ーー逃げ切れ!!! スプマンテ!!!」
でもーー、この声が背中を押してくれる。
「おらぁぁぁぁあああああああ!!!! ねばれワタシぃぃぃぃいいいいいいいい!!!」
走ること以外の全部を捨てる。
思考も、視界も、未来も、過去も、恋も、友情も、後悔も、涙も、全部、ぜんぶ。
ただ前にーー走る。
ーーハシル!
ーーーーーーーーーーーッッ!!
『ブエナビスタは届くのか! これは! これはトンデモないことになるかもしれない!!!』
『ブエナビスタ猛追!! ブエナビスタ猛追っっ!!!!』
『しかし!!!』
『しかしーーーッッ!!!!!!』
『ーーーーーーーークィーンスプマンテ!!!!!!!』
「今日のところはギャルに負けました」
第34回エリザベス女王杯 レース後コメントより
※クィーンスプマンテのキャライメージはこのコメントがあったため、ギャルに決定。