中国、香港。
中環と呼ばれる繁華街の一角で、私はスプマンテと待ち合わせていた。
「……スプマンテ、なにそのサングラス」
「ちっちち。わかっとらんねぇトレーナー、香港でG1ウマ娘はねーーアイドルなんだよ!」
エリザベス女王杯から約一ヶ月。
私たちは香港にいた。
ただよう八角の芳醇な香り、見上げる高層ビル、活力にあふれた異国の人々たち……。
ナゼこんなことになったのかといえば。
ーーえっ! G1勝ったのに引退とかするわけないじゃん!
などと。
予定していた引退を”G1ウマ娘”の強権であっさり取りやめたスプマンテのため、急遽枠が空いているレースを探したところーータイミング良く香港カップがあった、というわけである。
いいのかな、こんなん海外G1に挑戦しちゃって……。
「香港競馬はいまめきめき国内の人気が伸びてて、その、サイレントウィットネス? ていうのがハバをきかせてるんだって。さっきの駅の広告も、全部サイレントちゃんらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「なにそのハンノー。こんなんじゃお先が心配だよ? サイレントちゃんのこと知らないの? トレーナーなのに? ま、ワタシは知らないけど」
代わりに調べといて―、とのんびり加減のスプマンテ。
スプマンテ、この感じでサイレントウィットネスの成績見たら、泡拭いて倒れるんじゃないかな……。
「トモカク、そのサイレントちゃんが香港競馬を盛り上げた結果、ウマ娘の人気もめきめき伸びてーーアイドルに、なっちゃったんだよ!」
「そっか。じゃあバレないようにしなきゃだね」
「うん! ……ぁでも、えーと、バレないのもバレないので……うーん」
と、うなって悩み始めてしまったので私はそれが終わるまでじっと待つ。
やがてスプマンテはなにかを思い出したように顔を上げて。
「もしかしてこれ、似合ってない?」
「ううん。そんなことないよ、すっごく似合ってる」
たしかに変にムリしてる感とか、違和感はあるけど、可愛いスプマンテは今日も可愛い。
素直な感想を告げると、スプマンテは口元をモニモニとさせて黙ってしまった。
……まあ仕方ない。
せっかく海外まで来たんだし。
「競バ場の前にちょっと観光して行こっか、スプマンテ」
「う、うんーーっ!
スプマンテの手を引いて、私たちは異国の地で二人観光としゃれ込むのだった。
「そうだ、スプマンテ」
「なにトレーナ?」
「私をG1トレーナーにしてくれて、ありがとう」
メディアでも本人の前でも、今日まで何度言ったかわからないセリフ。
けれど、何度だって言わせてほしい。
すると、スプマンテは「なにそれ」と顔をほころばせて、こう言った。
「トレーナー、コンゴとも末長くヨロシクオネガイシマス!」
***
こうして、ワタシの青春時代は終わりを告げたのでした……めでたしめでたし。
香港カップの成績? それはまあ、気になったら調べてみれば良いよ。……調べない方が良いと思うけどね??
ともかく、ババを駆けるワタシのレース人生は幕を下ろしたの!
でもこれからもワタシの人生は続いていくし、もちろんトレーナーもそう。
いやはや、まさか今度はトレーナーがウマ娘になってガイセンモンに出ちゃうなんて……。まあそれは流石にウソだけど。
でもトレーナーが教えたウマ娘が今週もレースに出てるのは本当だったり。
ワタシもトレーナー助手としてお手伝いしてたり。
あっ!
そろそろ次のレースが始まるって!
バ券を買うのは自己責任! でも、これだけは覚えておいて!!
下剋上はいつも、逃げ馬先行前残り!
それじゃあ、キミにサイコーの運がありますように!!!
2026年の第51回エリザベス女王杯は来週15日(日)開催です
逃げる馬には要注意?