Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
教官は言った。この世界にとある指向性を与える、と。
それが、どのようなものであるかは、最近まで分からなかった。
しかし、とかく人間世界というのは、指数関数的な傾向を有する。
物事は動き始めると、急激に事態が進行するものだ。
始まりは、大統領選である。大方の予想通り、決選投票までもつれ込んだ。
最終的に大統領に選ばれたのは、中道右派政党の候補者であった。
ここまでは想定の範囲内であった。予想され得た出来事であった。
一つだけ予想外だったのは、選ばれた大統領が、評判よりもかなり強気で、頑固な性格を有する人物であった点だ。
大統領は言った。
「国民議会は弱腰で、共和国の誇りを失っている。私が、今一度、共和国に誇りと革命の精神を取り戻すことを約束する。革命は続いている!」
大統領が真っ先に行ったのは、陸海空軍の軍備増強である。
大統領は指名した中道左派政党の首相に、臨時の軍事予算を組むように指示した。
弱腰と国民から非難されていた国民議会の最大勢力である中道左派政党も、次回の選挙を見据えた動きをとった。
つまり、内閣に追従した。つまり、臨時予算は議会の承認を得た。
軍備増強は、確かに共和国市民の支持を得た。
だが、周辺諸国の理解まで得られるとは限らない。
特に共和国との領土問題を抱える南方帝国は、外交筋を通じて正式に抗議した。
徒に周辺諸国の緊張を高める行為は慎むように、と。
だが、西方共和国政府は、この抗議を黙殺した。
その反応として、南方帝国は国土の北部、つまり西方共和国と国境を接している地域の戦力を増強した。
共和国からすれば、本腰を入れて対処せねばならないほど本格的な増強ではない。
ただ、無視もできない。牽制の意味合いが強い。
誰しもが理解できる動きであった。
だが、追い詰められた人々というのは、自身の都合の良いように現実を見るものだ。
西方共和国の東に【スリース】という小国がある。
軍事独裁色の強い国家であり、現国家元首はクーデタによって、政権を獲得した。
ただ、スリースの国家元首は、現在、危機に瀕していた。
政権を運営するスリースの軍隊は、汚職と腐敗により国民の支持を失って久しい。
国内では革命の動きすらある。
そこで国家元首は、打開策を講じることにした。
自分の他に、新たな敵を生み出すことにしたのだ。
そこに共和国の軍備増強が重なった。我が意を得たり、とはこのことだ。
しかも、南方帝国まで共和国と反目している状況だ。
上手く事態が運べば、南方帝国もスリースの動きに呼応するだろうと考えた。
スリースは共和国との国境線付近に、急速に戦力を集めた。
■
ルイはレオンとマリーを伴って、大統領官邸を訪れた。緊急の招集である。
理由は言うまでもない。スリースの件である。
会議室には大統領と大統領府のメンバーの他、首相、外務大臣、財務大臣、陸海空軍大臣、海軍首脳陣、空軍首脳陣の姿もあった。そこにルイたち陸軍首脳陣が加わる。
まさしく共和国政府のトップたちが集まった会議である。
まず、就任間もない大統領が口を開いた。
「既に軍事顧問から話は聞いている。スリースは本気だ。本気で我が国への侵攻を企てている。私は共和国市民の代表として、この国の葡萄畑と農場、そして市民の生命と財産を守る義務がある。そのために、皆、尽力してほしい」
大統領の言葉が終わると、大統領府の外交顧問がスリースを含む周辺諸国と共和国の関係について大統領へ説明する。
経済顧問がスリースと共和国の経済状況について説明する。
また、内政については、内政顧問と首相が一緒になって現状を説明する。
そして、軍事顧問と陸海空軍大臣が、スリース軍と共和国軍の現状について説明する。
大統領は一通り説明を聞くと、ルイへ問う。
「陸軍総司令官に問いたい。開戦した場合、万が一にも共和国陸軍が負ける可能性はないか?」
スリースは内陸国である。
故に、大統領が最も気にするのが陸軍であるのは自然だ。
ルイは少し考えて、答えた。
「大統領閣下、僭越ながら戦争に絶対はありません。絶対に勝てるという保証もなければ、絶対に負けると断言することもできません。私が言えるとすれば、勝つために全力を尽くすための備えは常にできている、ということだけです」
「……質問を変えよう。共和国陸軍はどの程度の確度で、スリース軍を打破できるか。教えてくれ」
「……最終的に、つまり講和を結ぶ際には、共和国が優勢の位置を占めることは可能でしょう。どの程度の勝利を求めるか、どの程度の犠牲を許容するか。それらによって、優勢の形も変わりますが。ただ、現状ですと緒戦の勝利は難しいかもしれません」
「なぜだ?」
「局地的戦力差のためです。現状、共和国陸軍は常のごとく、各方面に軍を割いております。スリース方面に展開している東部方面軍の戦力だけで、スリース全軍を相手にするのは厳しいでしょう」
「では、各方面軍の戦力を東部へ集中し、スリースへの備えを万全にせよ」
「大統領閣下、現状の国際情勢を鑑みるに、各方面軍から戦力を抜き過ぎるのは、危険かと存じます。特に南部は」
「……では、兵力が足りない可能性があるか。予備役の動員は必要か?」
「私の一存では判断しかねますが、陸軍総司令官としては、この状況下での動員は心強い、という答えが妥当でしょうか」
ルイの言葉を受けて、大統領は少し考えた後「分かった」と言う。
そして、海軍首脳陣、空軍首脳陣へ立て続けに質問をしていく。
会議は大統領を中心に淀なく進んでいく。
スリース侵攻という危機に際し、共和国は侵攻を断固として許さないという決意によって団結していた。
と、会議室に「失礼します」と入ってくる者がいる。大統領府の職員である。
彼は大統領と大統領府事務総長のもとへ駆け寄った。
さらに「失礼します」と入ってくる者がいる。外務官僚であった。
彼は外務大臣のもとへ駆け寄る。
さらに「失礼します」と入ってきたのは陸軍軍人であった。
彼はルイのもとへ駆け寄ると「総司令官閣下、スリース軍が国境を越えました。既に第3ユニットが戦闘状態に入りました」と、言った。
他にも各組織の人間が開戦の報を伝えにきたことで、皆が正しく状況を理解した。
西方共和国が攻撃を受けている、と。
大統領はすぐに各軍首脳陣を解放した。
ルイたちは即座に総司令部へと戻った。