Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
開戦初日。
スリース軍は全軍をもって、国境線から南西、約40キロに位置する都市:メッツを陥落させた。
これは、スリース政府を大いに喜ばせた。
彼らの思惑からして、緒戦の戦果は必須だからである。
彼らは共和国を屈服させられるとは、思っていない。
首都陥落は無謀であり、全土の征服は夢物語である。
彼らが欲するのは、講和会議のテーブルに積み上げるチップである。
故に、共和国の都市を陥落させた、共和国軍を打ち破った、という既成事実を求めている。
その既成事実=チップをもって、共和国から賠償金を得るのが目的なのだ。
スリース軍はメッツを陥落させると、軍を二分した。
軍集団Aは、メッツからさらに南下し、メッツの背後にある都市【オルリー】の陥落を目指す。
軍集団Bは、国境線沿いを南東に進み、共和国の交通の要衝である大都市【イルブール】を目指す。
この都市を陥落させる軍事的、政治的な意味は大きい。
当然、交通の要衝たるイルブールには、無傷の共和国軍がいるので、スリースからすれば大きな賭けになる。
だが、スリースには、賭けに勝つためのジョーカーがある。
南方帝国だ。
南方帝国がスリース軍の動きに呼応してくれれば、この戦争は容易になると、スリース政府首脳は考えている。
まあ、南方帝国からしてみれば、期待されるだけ迷惑な話ではあるのだが……
兎にも角にも、スリース軍は未だ健在。
ルイが率いる共和国陸軍は、その対処に追われていた。
「損耗した第3ユニットは、立て直しに専念させろ。第7ユニットは、第二防御線まで後退。第1、第12ユニットは、防御線を堅持。ただし、無理はさせるな」
「メッツからオルリーに向かうZ31高速道路は封鎖して。二本の幹線道路は、軍車両の通行を最優先にしてもらいなさい。オルリー空港についても、輸送機の発着を優先させるように手配しなさい」
レオンは作戦参謀を指揮し、マリーは後方参謀を指揮する。
二人は互いの監督下にある人員をフル活用して、共和国陸軍を動かしている。
そして、ルイは……
「総司令官。軍集団Bについて、東部方面軍の戦力だけでは、対応に不安が残ります。直轄軍の第23、第24、第101ユニットの投入を具申いたします」
「……投入の理由、その詳細を。また、なぜ、そのユニットを選んだのかを」
「はい。軍集団Bは、国境線上を南東に進む構えを見せております。次の攻略目標として最も妥当なのは、戦略的要衝のイルブールです。今回のメッツ防衛に伴う初動にて、イルブールの第12ユニットを動かしました。よって、イルブールの防衛線力は、現在、第16ユニットのみです」
「そうだね。敵はイルブールを目指すと考えるのが自然だ。他に軍を二分してまで狙う価値のある目標はない」
「はい。故に、直轄軍からユニットを抽出すべきと考えます。現在の情勢を鑑みるに、各方面軍から戦力を抜くのは危険だと判断しました。空き巣の警戒は怠れません。よって、共和国の内陸、東部管区に駐留している第23、第24ユニットと、首都防衛を担う第101ユニットを動かすべきだと考えます」
「……スリース軍が首都まで迫るのは考えにくいからね……分かった。直轄軍の第23、第24、第101ユニットを東部方面軍の指揮下へ。両軍の司令部へ通達して」
「かしこまりました」
レオンが去ると、今度はマリーがルイのもとへ来る。
「総司令官。メッツからイルブールへ伸びるZ4を遮断すべきと具申します。また、同じく、メッツ〜イルブール間の国民鉄道も同様に」
「……遮断する理由と、想定される効果を」
「はい。メッツからイルブールの間に、大軍が駐留できるような都市はありません。よって、敵はイルブールへの迅速な進軍を試みるでしょう。そこで、メッツとイルブールを最短で結ぶZ4高速道路と、国民鉄道を遮断してしまえば、敵は一般道を使う他ありません」
「そうだね。高速道路と鉄道を封じてしまえば、敵の進軍速度はかなり落ちるだろう」
「はい。特にメッツとイルブールの間にある一般道は、周囲を森林や農場に囲まれた狭い道が多数、存在します。敵は長い車列を形成せざるを得ないでしょう。敵の進軍速度を落としながら、空軍の攻撃も更に効果を上げやすくなります」
「……長い車列は、空からの格好の標的になり得るからね……分かった。Z4高速道路と、メッツ〜イルブール間の国民鉄道の遮断を許可する。ただし、こちらの反攻時にはすぐに復旧できるよう手筈を整えること」
「かしこまりました」
マリーはルイのもとを去ると、すぐに後方参謀たちと段取りを考える。
レオンとマリーが共和国陸軍を動かしている最中、ルイは陸軍の作戦遂行上、最も責任が重いと考えられる判断を下しているのであった。
■
「再編は行軍中に行え! 補給は前進しながら受けろ! 我々は一刻も早くイルブールへ辿り着かねばならんのだ! 作戦を中断するな!」
無線から大隊長の怒鳴り声が聞こえる。
「なんとまあ、強行軍なことで……」と、ボヤくのは、スリース軍の歩兵小隊を率いるアルバート少尉である。
今、まさに彼はイルブールへ向かう道中にある。
「小隊長。こりゃ、不味いですよ」と、アルバートの横で顔を顰めるのは、長年、一緒に働いてきたハンス軍曹である。
「こんなに渋滞してちゃ、空から狙い撃ちですわ。早く移動しないと」
「分かっているが、どうしようもない。高速も鉄道も使えんのだから、下道をタラタラ進むしかない」
「敵さんも大胆ですねぇ。自分たちの高速道路や鉄道を使用不能にするなんて。後々、困らんのでしょうかねぇ」
「さあな。俺たちの知ったことじゃないが……まあ、共和国ほどの大国だったら、なんとか出来るんじゃないか?」
「まったく難儀な話ですねぇ。上は何を考えてんだか。共和国に攻め込むなんて」
「ああ。そいつには心の底から同意するよ」
アルバート少尉は、小隊の兵たちを眺める。
彼らの顔には疲労の色が見え始めていた。
だが、士気が低いかといえば、必ずしもそうではない。
やはりメッツを攻略できたのが大きい。
スリース軍の兵の間では「共和国軍は大したことない」という声さえ、そこかしこで聞こえる。
また、スリース政府は「勝利の暁には、共和国から得た金でボーナスを支給する」と喧伝していた。
金がもらえるならばと、志願した兵も多くいる。彼らの士気は高い。
対して、古参の兵の士気は低い傾向にあるが。
「我らが愛する軍は、どこまで戦えるのか。せめて生きて故郷に帰りたいもんだ」
「小隊長は、イルブール攻略は難しいと考えておるんですか?」
「……分からん。だが、お前も聞いただろう。オルリー攻略の状況を」
「ええ。現状、順調に進んでいるって話でしたが」
「そうだな。だが、今日になっても、まだオルリーを落とせていない。俺たちは一日で、40キロの道のりを制覇して、メッツを落としたんだ。それなのに、メッツから30キロ先のオルリーは落とせていない」
「そいつは……ちょいと酷な話ですわ。初日は全軍で攻撃したんです。軍を分けた今は、進軍速度が落ちるのは道理でしょう」
「ああ。だが、速度が落ち過ぎている。まだ、メッツから15キロ地点で釘付けって話だぞ? 速度が落ちるには早過ぎる」
「……敵が集結している? 俺たちに対抗できるだけの戦力を、もう揃えた? いや、いくらなんでも早過ぎますわ」
「だが、進軍速度の低下は、そう考えないと辻褄が合わん。共和国軍の移動速度は異常だと考えた方がいいいかもしれん」
「……小隊長。こりゃ、本当に不味いですよ。こんな所でチンタラしている場合じゃない」
アルバート少尉とハンス軍曹が、苦い顔をしていると「おい! もっと早く移動できないのか!」と、怒鳴る若い中尉が、二人のもとへ乗り込んできた。
彼は中隊副長である。
「貴様らは小隊長は、作戦の趣旨を理解できているのか! 我が軍には時間がないのだぞ! なぜ、もっと急がせんのだ!」
アルバート少尉は、ハンス軍曹と顔を見合わせると「ご覧の通りです。道が混んでおるので、これ以上の速度は出せません」と、言う。
「他の小隊長も同じように言うが、そこをなんとかして、小隊を迅速に移動させるのが、貴様ら小隊長の務めではないのか!」
「……そうは言われましても、車列を乱すわけにはいきませんし、トラックを森に突っ込ませるわけにもいきません。小官の権限では、如何ともし難いですなぁ」
「クソッ! 分かった、もういい! 何も言うな!」
若い中尉は吐き捨てるように言うと、二人にもとを去ろうとした、その時だった。
「敵機ぃーーー!」
と、どこかで叫ぶ声が聞こえた。
そして、車列の前の方で爆発音がすると、立ち上る煙が見える。
アルバート少尉は咄嗟に若い中尉の身体を掴むと、道路脇の茂みに転がり込んだ。
ハンス軍曹も同じように。
その後すぐに、近くで爆発音がした。また、機銃掃射の音も。
鉛玉が車両を鉄塊に変えていく。
アルバート少尉は、中尉に覆い被さりながら、この時間を耐えた。
しばらくして、道路に戻ると、敵の航空機が彼方に小さく見えた。
アルバート少尉は、明日のことを考えると、頭痛がしてくるのであった。