Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
「あなた、気をつけて。無事に帰ってくることを祈っているわ」
「安心してくれ。僕が優秀な軍人だったことは君も承知しているだろう? すぐに敵を倒して、帰ってくるよ」
夫はいつものスーツではなく軍服に袖を通すと、笑顔で玄関からいなくなった。
妻はその姿を誇らしく思いつつも、やはり心配な気持ちは抱いてしまう。
しかし、日常は続く。夫が戦場に行ったからといって、家でニュースばかりを見ているわけにもいかない。
妻も身支度を整えると出勤した。
これは今朝の共和国各地の家の玄関で行われた一幕だ。
政府は予備役の動員を決定した。
ただし、最近まで現役だった予備役を中心とした動員だ。
夫はナンリ中央駅に向かう。駅には同じように軍服姿の共和国市民が大勢いた。
指定されたホームへ向かうと、国民鉄道の臨時列車が待っていた。
目的地はオルリーである。
ナンリ中央駅には他にも臨時列車が停まっていた。
目的地をイルブールにした臨時列車や、貨物を満載に積んだ臨時列車など。
駅のスピーカーからは『通常ダイヤが乱れている』旨がアナウンスされているが、誰も怒る者はいない。
常ならば腹を立てる客もいるはずだが。
そんないつもと違う駅の様子を見て、感動に胸を震わせているのが臨時列車の運転士である。
彼はオルリーに食糧と燃料を運ぶ予定だ。
「これこそが共和国だ。共和国市民が共和国を守るんだ。絶対に敵の思い通りにはさせない」
「ああ、俺たちがこの国を守るんだ。絶対に戦場へ荷物を届けよう」
運転士は仲間と共に、必ず貨物を目的地へ送り届けることを誓い合っていた。
彼らは自分の仕事が敵を倒すことに貢献するのを理解していた。
そして、それを誇りに思っていた。
そこへ運転士に声をかける者がある。
「すみません。イルブール行きの臨時列車はこのホームから出ますかね?」
声をかけたのは作業着姿の男であった。胸には「ナンシー建設」の刺繍がある。
運転士は彼に「12番のホームから出ますよ」と教えてあげた。
作業着姿の男は「ありがとうございます」と礼を言って、12番のホームへ急いだ。
ホームには同じ作業着を着た集団があった。
男はホッと胸を撫で下ろしながら、その集団へ駆け寄った。
「遅れた。すまない。臨時列車が多過ぎて、迷ってしまった」
男の言葉を聞き、同僚の一人が「安心しろ。他にも迷った奴はいる。それにタイミングは、むしろバッチリだ」と言う。
男が「どういう意味だろうか」と考えた矢先、スーツ姿の男が話し始めた。
彼は男が所属する土木部門の部長であった。
ここに集まった作業着姿の一団、ナンシー建設の社員たちは、道路建設や鉄道建設のスペシャリストだ。
彼らは共和国陸軍の建設軍と合流する手筈となっている。
そのため、部長が激励しに来たのだ。
部長の話が終わると、社員たちは臨時列車に乗り込んだ。
部長は彼らを誇らしく思うと同時、心配な気持ちも抱いてしまう。
この相反する気持ちは、前線または前線近くへ行く者を見送る者が共通して抱く気持ちだろう。
部長がホームを後にしようとしたところ、近づいてくる男がいる。
部長は男に見覚えがあった。男は「お久しぶりです」と部長へ声をかけた。
「イルブール駅の無線工事の際は、どうもお世話になりました」
部長は彼のことを思い出した。彼はORCT株式会社の無線技術者である。
昔、現場で一緒に仕事をしたことがあった。
「どうもお久しぶりです。こんな所で会うとは奇遇ですね。もしかして、あなたも軍と合流ですか?」
「はい。弊社も陸軍へ技術者を派遣することになりまして。私は東部管区の通信軍へ赴くことになりました」
「そうでしたか。大変でしょうが、頑張ってください」
「ありがとうございます。また、現場で一緒になった際は、どうぞよろしくお願いします」
男が電車に乗り込むのを見て、今度こそ部長はホームを後にした。
部長はナンリ中央駅、大通りに面した北口に車を手配していた。
部長が車に乗り込むと、車は大通りを走り始めた。
だが、交差点に差し掛かると、停車して一向に前に進まない。
原因は目の前を横切る新車の車列であった。
ルプス自動車製のピカピカのトラックや軍用車が、途切れることなく前を横切っていく。
信号の灯りは消え、警察官が交通整理を行なっていた。
目の前の車列を見ながら運転手は言う。
「郊外の工場で生産された車両が、一斉に東部へ向かっているようです。本社へ戻るのに、少しお時間がかかりそうです」
部長は「構わない。ゆっくりでいい」と運転手に言うと、スマートフォンでニュースを確認し始めた。
調べているのは、当然ながら戦争関連のニュースである。
液晶には戦争に関連する様々な記事が並ぶ。
最新のトピックは『セブンエナジーズ、共和国軍へ石油を無償供与』であった。
部長は「共和国は負けないな」と呟いた。
運転手も「はい。負けません」と力強く頷いた。