Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
勤務服姿のルイとレオンとマリーの三人は、ルイを先頭に廊下を歩いていた。
季節は春だが、冷たい石造りの校内は、まだ冷んやりとしていて寒いくらいだ。
「まだ、冷えるねー。二人とも体調管理には気をつけてね」
「閣下には言われたくありませんよ。昨日も執務室で昼寝をしていたでしょう」
「閣下、本当に気をつけてくださいね? はい、カイロです。お腹を冷やしてはいけませんから」
ルイはレオンの差し出すカイロを受け取りながら「うん……ありがとう」と言う。
二人とも変わらないなぁ、と思いつつ、カイロは封を切らずにポケットに入れておく。
流石にカイロを使うような季節ではない。
しかし、レオンの配慮を無下にもしたくなかった。
「しかし、ここは本当に広いね。迷ったら大変だ」
「お城ですからね。閣下はあまり出歩かないようにしてくださいね」
「閣下、迷ったら私かマリーにすぐに電話してください。回収します」
「……流石の僕も、そこまで、あんまりな人間じゃないよ……まあ、本当に困ったら呼ぶよ」
三人は教官から指定された部屋へ向かっている。
今日から本格的に教育が始まる。
一体、どのようなカリキュラムなのかは、知らされていないのだが、ルイに不安はなかった。
後ろにいる二人の存在があるからだ。
(楽しいね。こうして三人で行動できるのは。たまに過保護なのが玉に瑕だけど)
廊下を進んでいると、前から二人組の男たちが近づいてくるのが見えた。
南方帝国の南山と紀伊である。
向こうもこちらに気がついたようで、南山は人懐っこい笑みを浮かべた。
廊下が交差する所で互いに立ち止まると、南山が挨拶をする。
「おはようございます、アルベルト殿。バロー殿。ジオネ殿」
「おはようございます、南山中佐。紀伊少佐」と、ルイが挨拶をすると、レオンとマリーも続く。
「ここでは他者の目を気にする必要がありません。良ければ、私のことは 南山さん
とでも呼んでください」
「そうですか? でしたら、僕のことも ルイ で結構ですよ。南山さん」
「はっはっは! 分かりました。ルイ殿」
合流して五人で部屋へ向かう。
前方でルイと南山が話す。後ろではレオンとマリー、紀伊の三人が会話を交わしていた。
「紀伊少佐が羨ましいです。南山中佐のような、きちんとした上官がいて」
「マリー、閣下だってきちんとしているじゃないか。少し抜けているだけで」
紀伊は笑みを浮かべると、
「アルベルト殿のことは、あまり存じ上げませんので」と言った後、
「しかし、閣下も存外に抜けているところがありますよ」と言った。
「そうなんですか? 私から見れば、南山中佐はきちんとされた軍人らしくて、抜けているところがあるようには見えませんよ?」
「いえいえ、閣下はああ見えて抜けております。その際たるが囲碁です」
レオンとマリーの二人は揃って「囲碁?」と言った。
「ええ。閣下は囲碁に目がないのです。熱中すると周りが見えなくなるほどで」
「ああ……それは、私も共感できそうです。アルベルト閣下も、専門書を読み始めると止まらないので……」
「そうですね。私も何度、寝落ちしたアルベルト閣下にブランケットを掛けたことか、分かりません。紀伊少佐のお気持ちも理解できます」
「ありがとうございます、お二方。上が自由奔放だと、下が苦労するのは、どこでも同じですね」
「紀伊、私の悪口が聞こえた気がしたが……まさか他国に悪評を流しておるのではないよな?」
「いえ、そんなことはありませんよ、閣下。私たちは、ただ事実を確認し合っていただけですので。ただの愚痴のこぼし合いですから。お気になさらず」
「二人とも僕に何か不満があったら、遠慮なく言ってね」
「閣下、専門書を読むのをやめてください」
「閣下、夜ふかしはいけません」
「……二人とも、遠慮がないね」
こうして五人は親交を深めながら、部屋へ向かうのであった。
■
教官が指定した部屋には、既に五人以外の全員が壁際に並んでいた。
五人もその列に加わる。
ルイは部屋の中を眺めながら「これからなにが始まるのか」と、ワクワクした気持ちを抑えきれないでいた。
部屋の中には机もなければ、教卓もない。あるのは用途不明の酸素カプセルのような装置のみ。それが計14台。
ルイは用途を想像したり、これから始まる講義や演習について想像したりしては、さらに期待感を膨らませていった。
しばらくして教官が部屋へ入ってくると、全員が気をつけの姿勢をとる。
教官の「休め!」の号令で、全員が待機姿勢をとる。
「本日より諸君らには、戦争を学んでもらう。そのために用意したのが、これだ」
教官が示す先には、部屋に並ぶ謎の装置がある。
「これは【アテナ】と命名された、仮想空間への接続装置だ。この装置に入った者は、仮想世界で現実を同じように五感を獲得する」
ルイは思わず身を乗り出しそうになったが、左右から上着の裾を引っ張られたので、醜態を晒さずに済んだ。
「諸君らには、仮想世界において全軍を率いる将になってもらう。そして、察しの良い諸君らは既に思い至っているであろうが……率いる軍というのが、先日提出してもらった仮想陸軍である」
ここで北方連合国のジェームズが手を挙げて、教官へ「質問をよろしいですか?」と言った。教官が許可するのを聞いて、ジェームズが口を開いた。
「教官は戦争を学べ、とおっしゃいました。つまり、私たちは仮想世界において、戦争に係る全てに関与するのでしょうか? 軍を率いるだけでなく」
「その認識で間違いない。戦争実施における全ての要因が、自ずと諸君らと関係することになる。仮想世界で、ただ作戦や戦術を学ぶだけではない。戦争を学ぶ、すなわち国家を学ぶことになるだろう」
「……分かりました。もう一つだけ。私たちが率いる軍というのは、各々が所属する国家に属すると考えてよろしいでしょうか?
「その認識で間違いない。諸君らの国家を再現した国々が、仮想世界にも存在している。ただし、諸君らが構想した軍の形により、また国家も形を変えている可能性はある。現実と全て同じかどうかは、諸君らが構想した軍による。それは自身の目で確かめる他ない」
「……分かりました。ありがとうございます」
ジェームズが再び待機姿勢をとると、教官は「他に質問のある者は?」と聞いた。
しかし、手を挙げる者はいない。
皆、状況が不明瞭であるが故、まずは仮想世界とやらを経験すべきだと判断したのだ。
「よろしい。では、準備に取り掛かろう」
教官の言葉で、技術スタッフと思しき人物たちが、ぞろぞろと部屋に入ってきた。
ルイたちは【アテナ】と名付けられた装置に入ると、頭部を覆う装置を被せられ、身体の数カ所に電極らしき物を貼られた。
技術スタッフの一人が「準備完了」した旨を教官に告げると、教官は口を開く。
「諸君、そのまま聞きたまえ。君たちに課題を与える。まずは自身が組織した陸軍を理解し、その陸軍を有する国家を理解し、その国家を形成する様々なものを理解せよ。君たちが現実で一日を過ごす時、仮想世界では一ヶ月が経過する。それだけの時間があれば、少なからずできることはあるだろう」
頭部を覆う装置が明滅すると同時に【アテナ】の扉が閉じられた。
ルイは、棺みたいで嫌だなと思ったが、それも一瞬だった。
それよりも、これから経験する未知の体験への期待感が大きかった。
『諸君、最後に一つだけ重要なことを伝える』と、耳元のスピーカーから教官の声が聞こえた。
『課題の条件だが、諸君らは絶対に仮想世界で死んではならない。仮想世界での死が、現実の身体にどのような影響を及ぼすか、分からないからだ。最悪の場合、仮想世界での死が、現実での死につながる可能性もある』
皆がこの言葉を聞いて、どのように思ったのかは分からない。
ただ、ルイは、それでも未知の経験をしてみたいと思った。
死への恐怖はもちろんあるが、それを好奇心が上回った。
『仮想世界から現実世界への帰還のタイミングは、我々が決める。諸君らは、課題を達成するために全力を注いでほしい』
教官の言葉を聞いたが最後、ルイの意識は途切れた。
今、彼ら14人は仮想世界の住人となったのだ。
【特殊士官学校】における教育が始まった。