Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
大陸の西方に位置する大国。西方共和国。
共和国とあるように共和制を採用する民主国家である。
選挙により選ばれた大統領が首相を任命し、首相が政府を率いて行政を統括する。
国内には豊かな穀倉地帯が広がり、伝統的に農業が盛んな国であった。
農村は珍しいものではなく、少し都市を離れればどこでも目にできるものである。
上記が、ルイ、レオン、マリーの共通認識であった。その認識に齟齬はない。
なにせ三人とも共和国で生まれ、共和国で育ったのだから。
それが、どうしたことか。三人とも言葉を失う事態に直面している。
「うーん、困ったね」
「閣下のせいですよ! 閣下があんな陸軍を構想するから!」
「閣下……我々の知る共和国を返してください」
ここは陸軍省の執務室。三人がよく知る建物である。
ルイは仮想世界で目覚めた時、この執務室のソファに座っていた。
目の前にはレオンとマリーの姿がある。
ひとまず胸を撫で下ろしたルイは、辺りを見渡した。
どうにも見覚えのある場所だと思ったところで、マリーが「あっ」と声を上げた。
マリーが指差すのは、ルイの肩章である。
「おお! 僕が大将だなんて、出世したなぁ」
レオンが「おめでとうございます」と言うと、ルイは「君たちもね。おめでとう」と言う。
レオンとマリー、二人の肩章は、彼らが中将の位にあることを示していた。
「私が中将……ちょっと、想像がつかないです」
「私も中将の責を全うできるか……自信がありません」
「二人とも、大丈夫だよ。なんたって二人は僕が選んだ自慢の部下なんだから。きっと大丈夫さ。それよりも、ここは陸軍省のどこだろう?」
「……おそらく、総司令官の執務室です。昔、ルクレール大将の執務室を訪れたことがありますが、ここと同じ造りでしたから」
「あ、思い出したよ。確かに、そうだったね……ここが僕の執務室かぁ。なんだか偉くなった気分だね」
「「閣下、本当に偉くなっています」」
二人からのツッコミを受けて、ルイは楽しそうに笑う。
と、トントンと扉をノックする音が聞こえる。
ルイはすぐに「入っていいよ」と言う。レオンとマリーは少し身構える。
「失礼します」と部屋に入ってきたのは、共和国の下士官であった。
手に持つのはティーセットである。
「お茶をお持ちいたしました」と下士官が言うと、ルイは「うん。ありがとう」と、お礼を言う。
下士官がお茶を淹れてくれるのを、三人が黙って見ていると、
「私のことはお気になさらないでください。いつも通りご歓談を続けていただけると、私も変に緊張せずに済みます」と、下士官は言う。
三人は互いに目配せする。
そして、ルイが「いや、少しばかり内密の話をしていてね」と言う。
レオンが「手間だが、新聞を持ってきてくれないか?」と言う。
マリーは「自前のタブレット端末を忘れてしまったの。悪いんだけど、共用の端末を持ってきてくれない?」と言う。
下士官は「かしこまりました」と言って、部屋を後にする。
彼が執務室の扉を閉めて、足音が聞こえなくなった頃、レオンが口を開く。
「どうやら私たちは、既にこの地位にある者として周囲に認識されているようです」
「それに、私たちの関係性も周囲に知られていることを念頭に置いて、振る舞う必要がありますね」
「そうだね。まずは、僕たちがどんな状況に置かれているかを確認しようか。それに、この国が現実の共和国と同じかどうか。今、共和国陸軍はどんな状態なのか。順に確認していこう」
「「はい!」」
……そして、冒頭に戻る。
下士官が持ってきた新聞とタブレット端末で情報を集めていくと、
仮想世界における共和国は、重工業化を推し進めた国家であり、国内にいくつかの工業地帯を有している国であることが判明した。
また、国内産業おいては、自動車製造業、建設業、情報通信業の重要性が格段に高まっていた。
農業も依然として主要産業の一つではあるが……現実における共和国と比べれば、相対的に重要性を落としていた。
「故郷のワインが飲めなくなっていたら、私は閣下を恨みます」
「私も故郷のチーズが食べられなくなっていたら、マリーと同じく閣下を恨みます」
「……まあまあ、二人とも。落ち着いてよ。大丈夫さ。きっと、この共和国もワインとチーズに溢れた国に違いない。きっと、そうだよ。間違いない」
ルイは本気で呪詛を吐こうとする二人を、なんとか諌めたのであった。
■
仮想世界で過ごすこと一週間。
ルイ、レオン、マリーの三人は、この世界に順応しつつある。
三人がまず重点を置いたのは、ルイの創設した共和国陸軍の理解と、自分たちの職務の把握である。
この陸軍にはどのような特徴があるのか。どのような性格を有するのか。
どのような人物が要職にあるのか。それらを理解する。
また、同時に、この陸軍における自分たちの役割を正しく認識する。
【総司令部 作戦参謀総長:レオン・バロー】
ルイがレオンに与えた肩書きは、上記である。
彼は総司令部内に設置されている参謀本部の作戦部・情報部・戦略部・軍制部・人事部……を、指揮監督しなければならない。
彼の役割は主として戦闘にある。
故に、今日は主力軍の【北部方面軍】【南部方面軍】【東部方面軍】【西部方面軍】【直轄軍】の司令官たちとの会議に向かっている。
【総司令部 後方参謀総長:マリー・ジオネ】
ルイがマリーに与えた肩書きは上記である。
彼女は総司令部内に設置されている参謀本部の輸送部・建設部・通信部・装備部・衛生部……を、指揮監督しなければならない。
彼女の役割は主として支援にある。
故に、今日は後方三軍の【輸送軍】【建設軍】【通信軍】の司令官たちとの会議に向かっている。
そして、ルイの肩書きは下記である。
【総司令部 総司令官:ルイ・アルベルト】
ルイは共和国陸軍の長である総司令部総司令官の地位にある。
故に、今日は二人の会議に是非とも参加したいところだ。
しかし、現実は甘くない。いや、ここは仮想世界なのだが……
ルイはなぜか財務省に来ていた。陸軍省の軍人・官僚を伴って。
陸軍の予算折衝のために。
ちなみに、海軍と空軍は財務省への呼び出しはなかったらしい。
ルイは「なぜ……」という思いを抱きながらも、足を運んだのであった。
話し合いの場には、陸軍大臣もいた。そして、財務省側には財務大臣も。
財務官僚を伴って、こちらを待ち構えていた。そう、待ち構えていたのだ。
彼らは陸軍と戦う気満々だったのだ。
財務大臣は開口一番、
「アルベルト大将。まず、陸軍がなぜ、これほど金を使うのか。ご説明いただきましょうか」と言った。
ルイは先日、現実世界で財務省に呼び出された時のことを思い出しながら、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「はい……まず、陸軍の主力軍において採用されているユニット制ですが、こちらはユニット間の互換性を、なによりも重視しております。故に、各ユニットにおいて戦闘能力や戦闘支援能力に大きな差があってはなりません。ですから、必然的に費用が嵩むわけでして……」
財務大臣は少し考えた後、
「私は軍事においては門外漢です。ですが、ユニット制が我が国、独自のものであることは理解しております。ただ、それによって軍事費がこうも嵩むのであれば、他国と同じような編成にするのはいかがですか?」と言った。
「大臣、ユニット制を廃するということは、共和国陸軍そのものを作り変えることと同義です。軍編成も一から見直さねばなりません。我が国、独自の後方三軍すら、廃止を検討せねばなりません。そして、そこまで労をかけても、軍事力は落ちる可能性があります。果たして、割に合うものかどうか……」
ルイの言葉に続けて、陸軍省から一緒に来た軍人が、
「ユニット制は、既に先の南方帝国との国境紛争においても、効果を発揮しております。損耗したユニットを、予備戦力から素早く融通することにより、敵軍の侵攻を許しませんでした」と、言う。
さらに陸軍大臣が続けて、
「我が共和国陸軍で採用するユニット制は、最早、陸軍の肝と言っても差し支えありません。これを廃することは、敵国の脅威への備えを、著しく減じることと同じです。財務大臣、ユニット制は堅持すべきです」と、言う。
他にも陸軍省の官僚が、
「ユニット制が高価である理由」「ユニット制の有効性について」を財務大臣に説明する。
ルイと陸軍大臣、軍人・官僚たちの言葉で、財務大臣は一旦、矛を収めた。
「ユニット制の重要性については理解しました。また、各ユニットが、なぜ高価になるのかも」
しかし、すぐに「では……」と言葉を続けた。
「各ユニットが既に輸送能力・建設能力・通信能力を持っているにも関わらず、なぜ別個に輸送軍・建設軍・通信軍を必要とするのでしょうか? ユニットに十分な各能力を持たせるからこそ、ユニット制は高くつく、というお話でしたよね? 各ユニットで完結するなら、これら後方三軍は必要ないのでは?」
財務大臣の言葉に、ルイは「いえ、違うのです。大臣」と言って、立ち上がった。
「ユニット制を採用するからこそ、後方三軍は必要となるのです。各ユニットの迅速な配置転換には、一見無駄とも思える強力な支援能力が不可欠なのです。前線の車両が常に満足に稼働するとは限りません。前線のユニットが後退する際の道路や橋が常に使える状態にあるとは限りません。前線のユニットが常に良好な通信環境を維持できるとは限りません。しかし、これが疎かになると、ユニット制の強みである、迅速な配置転換が不可能になり得るのです」
ルイは一旦、言葉を区切ると、財務大臣を見つめた。財務大臣は続きを促す。
「ユニット制の強みを維持させるための条件が後方三軍なのです。また、後方三軍を軍級の組織として独立させるからこそ、前線が戦闘中であっても、後方でインフラの維持・構築が可能となります。また、前線が停滞したなら、後方三軍の力を結集して、後方を強力に構築できます。そうすれば、敵軍がいくら強かろうと、共和国陸軍は耐えてみせます。崩壊はさせません。後方三軍こそ、共和国陸軍の屋台骨なのです。裏方がいるからこそ、組織は維持できるのです」
ルイの言葉に、陸軍省から一緒に来た軍人・官僚たちは、目を見開いた。
ルイの前に並ぶ財務官僚たちも驚きの表情を浮かべている。
軍隊であれば、戦闘能力を重視するのは当然だ。
敵を倒さねば、軍としての目的を果たすことはできないからだ。
しかし、ルイは「それだけでは駄目だ」と強く訴えた。
彼の「裏方が特に大事である」という言葉は、前線に出ない者たち胸を打った。
もちろん、全員が納得したわけではないが。
財務大臣が何も言わないのを見て、陸軍大臣が口を開いた。
「アルベルト大将の言葉は正しいと、私も信じている。財務省にも言い分はあろうが、ユニット制および後方三軍は維持する方向で話を進めないだろうか」
財務大臣はしばらく黙って何事かを考えた後、頷いた。
ルイは、のっけから「自身が構想した陸軍の解体」という危機だけは、なんとか回避したのであった。