Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
「はぁ、疲れた」
「「閣下、お疲れ様です」」
自室のソファにへたり込むルイを、レオンとマリーが慰めながら、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
レオンはルイの肩を揉み、マリーは三人分の夕食を用意している。
この仮想世界では味覚があるため、食事は有効なストレス解消法であった。
それにお腹も空く。もちろん、なにも食べずとも現実で死ぬことはないだろうが。
「本当に疲れたよ。僕がユニット制と後方三軍の重要性を必死に訴えたのに、財務官僚たちは『いくら削れるか話し合いましょう』『予備の重要性は理解しますが、確保しすぎです』『駄目です』『高すぎます』しか言わないんだもん」
「閣下の構想した我らが陸軍は金食い虫ですから」
「そうですよ、閣下。閣下の要求通りに予算を組んでいたら、国家財政は成り立ちませんよ」
ルイは何度目か分からないため息をついた後、二人に「今日はどうだった?」と、聞いた。
「こちらは概ね順調でしたが……直轄軍司令官が、少々癖のある人物で……」
「どんな人だったの?」
「……少々居丈高と言いますか、高圧的と言いますか……最大戦力有しているからか、他軍の司令官を下に見ているような態度が透けて見えました」
「それは駄目だね。直轄軍の司令官には、誰より従順でいてもらわないと。総司令部の指示に従って、他軍に協力してもらうのが本分だから」
「そうですね。閣下の思想を今一度、各司令官に浸透させる必要がありそうです」
「分かった。各司令官と、僕が話をしようかな。場合によっては、人事を考える必要があるかもね」
「かしこまりました。手配しておきます」
ルイは「頼んだよ」とレオンに言うと、キッチンの方を見ながら「マリーは? なにか問題はあった?」と聞く。
「そうですね……後方三軍の司令官は、少し積極性を欠いているように感じました。主力軍と総司令部の指示に従うだけ。彼らの中には、そのような気持ちがあるような気がします」
「まったく駄目だね。それじゃあ、なんのために軍にしたのか分からない。大きな裁量権を与えても、宝の持ち腐れじゃあ、困るからね」
「そうですね。閣下が後方三軍を組織した意図を、各司令官に言い含める必要があると思います」
「分かった。後方三軍の司令官とも、直接会って話そう。場合によっては……」
「かしこまりました。こちらも手配しておきます!」
ルイは「頼んだよ」とマリーに言うと、手元に置いてあった本を開く。
ちなみに、タイトルは『アーチの歴史を紐解く』である。
すかさず、レオンが「閣下、読書は食後にお願いします」と言う。
マリーも「そろそろ出来上がります! 閣下、食事が先です!」と言う。
ルイは渋々、本を閉じるとテーブルに向かうのであった。
■
「……うん。西部方面軍も問題ないね」
「はい。これで残すは直轄軍のみです」
ルイは主力軍の各司令官と個別に話をしていた。
各司令官の人柄や思想を把握するとともに、ルイの陸軍の運用思想を理解させるのが目的だ。
今回はレオンが調整し、ルイが総司令部に呼び出す形をとった。
各司令官はこの呼び出しを拒否できない。
西部方面軍の司令官が総司令部を去ってから15分後、直轄軍の司令官がやって来た。
司令官が敬礼して、ルイが答礼する。そして、互いに椅子に座る。
「アルベルト閣下、今日はどのような御用向きでしょうか?」
「いえ、今日は用向きというような大層な話をするつもりはありません。総司令官と軍司令官が、我が軍について率直な意見を交わす場を設けてもいいだろう、という思いつきです」
「そうでしたか。では、具体的にはどのようなお話を?」
「そうですね……では、直轄軍の共和国陸軍での立ち位置について、認識を聞かせてください」
「立ち位置ですか……これは、簡単です。我が直轄軍は、共和国陸軍で最大の戦力を有しております。従って、共和国陸軍の屋台骨です。まあ、他軍には悪いですが、言葉を選ばなければ、直轄軍こそ共和国陸軍の主役で、他は脇役でしょう」
「そうですか」と、ルイは頷きながら聞いている。
司令官は自身の言葉に、ルイが同意しないのを見て、他軍へのフォローを行った。
「まあ、当然、他軍も重要な役割を担っておりますから、他軍を蔑ろにしてはなりませんし、私自身もそのようなつもりは毛頭ございません」
「そうですね。ちなみに、私は直轄軍を前線に送るつもりは微塵もありません」
「……今、何と?」
「失礼、正確に言い直します。私は直轄軍全軍を、特殊な条件がない限り、丸ごと前線に送るようなことはしません。直轄軍は基本的に戦略予備です」
「……閣下、しかし、直轄軍は最大戦力を有しているのですよ?」
「だからこそ、直轄軍を前線で戦わせる愚は犯せないのです。基本的に先鋒は各方面軍が担います。直轄軍には戦線の補修を担ってもらうのが常になります」
「直轄軍全軍が、敵と対峙する機会はないのですね?」
「基本的にはありません。ただ、直轄軍を敵に当てねばならない事態も起こり得るかもしれません。私としては想像したくない状況ですが」
「……閣下は、直轄軍こそ脇役だとおっしゃりたいのですね」
「いいえ、そうではありません。むしろ直轄軍が担う役割は重大です。直轄軍が機能不全に陥れば、共和国陸軍が機能不全に陥ると言っても、過言ではありません。故に、直轄軍司令官が担う役割は重大です」
「……承知しました。閣下、私も認識を改めます」
「頼りにしています……個人的な想いですが、あなたの考えも理解できます。しかし、ここは革命で身分制を廃した共和国です。誰かを地位によってのみで、偉いと断ずることは、革命の精神に反するのではないでしょうか」
「…………」
「私も世が世なら、生まれだけで頭を下げられたでしょう。しかし、それでは面白くない。古きを廃し、新しきを創る。私は共和国の『革命は続いている』というスローガンを好ましく思っています」
ルイは今までの真剣な表情を崩し、にこやかな笑顔を浮かべた。
「共和国市民らしく、権威ではなく、なにを創るか、なにを成すかで誇りましょう」
司令官は少しの間、無言であった。
だが、しばらくして「私は共和国市民としての在り方を、少し見失っていたのかもしれません」と、言った。
ルイは、これ以上はなにも言うまいと判断した。
その後、二人はしばし談笑し、司令官は総司令部を後にした。
■
直轄軍の司令官が部屋を出てしばらくした後、レオンは「どうしますか?」と、ルイに問う。
ルイは少し悩みながら「ちょっと様子見だねー」と、言った。
「すぐに更迭はできないからね。何のきっかけもなく動かしたら、反発もあるだろうし」
「そうですね。癖の強い人物ですが、部下からの評判は悪くありません」
ここでレオンの隣で、ずっと口を閉じていたマリーが言った。
「でも、直轄軍は特に後方三軍と協調してもらわないといけません。彼が足並みを乱すようであれば、早々に動かすべきだと思います」
マリーは主力軍のことに関して、みだりに口を挟むことはしない。
レオンとの棲み分けをきちんと弁えているからである。
しかし、自身が指揮監督する後方と密に関わる事項について、口をつぐむことはできない。
「そうだね。どこかで彼を試してみよう。僕も不安を抱えたまま、軍を率いることはしたくないからね。ただ、現状、彼を無下に扱ってはいけないよ? まあ、二人とも承知しているだろうけど」
「「はい」」
「うん。じゃあ、続きといこうか」
「かしこまりました」と、今度はマリーが主導する。
次は、後方三軍の司令官たちとの面談である。
主力軍との司令官たちとは違い、後方三軍の司令官たちとは、まとめて顔を合わせる段取りになっている。
しばらくして、輸送軍司令官、建設軍司令官、通信軍司令官の三人が、総司令部にやって来た。
ルイは彼らに答礼した後、椅子に座るよう促した。
ルイは三人を観察した。彼らは少し緊張しているように見えた。
表情は硬く、誰も口を開こうとしない。
ルイは、笑顔で「そう身構えないでください」と、言った。
「今日は皆さんと少し雑談がしたかったのです。我々が親交を深めることは、共和国陸軍にとって悪いことにはなりませんから」
司令官たちは、ルイの言葉で少し肩の力が抜けたようだ。
だが、依然として口を開こうとする者はいない。
ルイは、仕方なく自分から話題を振ることにした。
「皆さんは、後方三軍の現状について、どう思われますか? 軍内での扱い、世間での評判、なんでも構いません。率直な意見を聞かせてもらえると助かります」
各司令官は互いに顔を見合わせると、各々考える。
やがて輸送軍司令官が口を開いた。
「輸送軍の軍内の扱いは……良くも悪くもないと、思っております。格別の計らいがあるわけではありませんし、疎かにされているわけでもありません。ただ、一部から『運び屋』と揶揄されることを、良く思わない兵や下士官がいるのは事実です」
続けて、建設軍司令官が口を開く。
「我が軍の世間からの評判は高いと思います。平時においては、公共事業に協力しておりますから。ただ、一部から『ナンシー建設の下請け』と揶揄されることを、良く思わない者がいるのは、輸送軍と同じです」
彼の口から出た【ナンシー建設】とは、西方共和国における、最大級の建設コングロマリットのことを指す。建設軍は度々、ナンシー建設と同じ現場で協力している。
そして、最後に通信軍司令官が口を開く。
「我々は……輸送軍や建設軍ほど目立っておりません。おそらく軍内で一番地味なのでは、ないでしょうか。基本的に我が軍は、掌握する業務をこなし、他所から言われた仕事をするだけですので」
三人の言葉を聞き、ルイは「うんうん」と頷いてから、言った。
「ありがとうございます。皆さんの意見を聞けて良かったと思っています。私も、一つだけ言っておきたいことがあるのですが……後方三軍は、決して地味な裏方ではありません。私は、共和国陸軍において、後方三軍を各方面軍と直轄軍に並ぶ、とても重要な軍だと認識しています」
各司令官は、ルイの言葉の真意を探ろうと耳を傾ける。
「これは何もお世辞ではありません。本心から言っています。後方三軍があるからこそ、ユニット制が機能するのです。そして、ユニット制こそ共和国陸軍の真髄です。ですから、後方三軍には、自信と誇りを持って任務にあたってもらいたいのです。そのためにも、御三方には、自軍に自信と誇りを示してもらいたいのです」
ルイは一旦、言葉を区切ると、各司令官の顔を見た。
各司令官は、未だ納得した表情を浮かべてはいない。ルイは、再び口を開く。
「また、後方三軍は、なにより重大な役割を担っています。私が特に期待していることです。なんだと思いますか?」
各司令官は互いに顔を見合わせて、少し考えたが、結局は「分かりません」と言った。彼らにも思い当たることはあったが、口にして間違えたら恥だと考えたのだ。
「私が特に後方三軍に期待する役割は、後方の冗長化、インフラの冗長化です。私は一つの輸送線、補給線、連絡線に頼るつもりは、一切ありません。必ず複数の手段を用意して事に当たるつもりです。ですから、御三方もそのつもりで軍を率いてください」
各司令官は「分かりました」と言った。
ルイはここで会話を切り上げると、三人を退出させた。
そして、各司令官の足音が聞こえなくなった頃、ルイはおもむろに「駄目かもしれないねぇ」と言った。すぐにマリーが反応する。
「全員、代えますか?」
「……そうなるかもね。すぐに動くかどうかは分からないけど、用意だけはしておいて」
「かしこまりました。後方参謀で後任候補を選定しておきます。レオン、後方参謀で意見をまとめたら人事部に回すから」
参謀本部の人事部は、作戦参謀総長レオンの隷下にあるため、マリーだけで事を進められない。ここでもきちんと自らの職権を弁えるのであった。
レオンが「分かった」と言うと同時、ルイも「あと、陸軍省の人事局にも内々に話を通しておいて」とレオンに言う。
「かしこまりました。外に漏れないように注意します」
「うん、よろしく。まだ、確定じゃないからね」
ルイは椅子から立ち上がると、大きく背伸びをした。
「はぁ……これから大変になりそうだねぇ……」
窓から見える雨雲を見つめながら、ルイはそう呟くのであった。