Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
久しぶりの休日。この仮想世界を訪れてから、三人は忙しなく動き回った。
軍を把握し、人を把握し、国を把握し、情勢を把握し……と、休む暇はなかった。
しかし、働き続けていては、疲れてしまうのは人間の道理である。
故に、三人で休みを合わせ、一緒に気分転換に出かけることにしたのだ。
三人が暮らすのは、西方共和国の首都【ナンリ】である。
今、三人はナンリの中央駅を目指して、街を歩いている。
「久しぶりのナンリの街だねぇ……まあ、リアルじゃないけど。そうとは思えない出来だ」
「そうですね! 本物となんら遜色ないと思います!」
「私もそう思います。見てください、あの店」
レオンが指差す先には、一軒のカフェがあった。
「あ、懐かしいねぇ。本省勤務の時、よく三人で来たね」
「はい! ここのカヌレは、本当に美味しいんですよね」
「そうだったな。私もよく食べた……まあ、マリーは食べ過ぎだったがな」
「レオンも一緒に食べてたじゃない! レオンに言われたくないわよ」
「マリーほどではないさ」
じゃれ合う二人を、ルイが「まあまあ」と諌めながら、
「どうせだったら寄っていく?」と提案する。
だが、レオンの「閣下、電車の時間がありますから」という言葉で提案は却下された。
マリーは、少し名残惜しそうだったが。
三人は街を歩きながら、この仮想世界のリアルさに改めて舌を巻いていた。
先のカフェに始まり、懐かしの場所が、記憶と合致する場所に、記憶のまま再現されている。
「本当にリアルだね。ここが仮想世界だということを忘れてしまいそうだよ」
「そうですね。でも、リアルとは決定的に違うところもありますけど……」
マリーの視線の先には、大統領選のポスターがあった。
まず、現実の共和国では、大統領選は行われていない。
それに候補者の所属政党も知らない名前ばかりだ。
「現在、優勢と目されているのは、中道右派政党の候補者みたいですね。ただ、絶対多数を獲得できるかは、怪しいようです。大方の予想では、決選投票まで、もつれ込む公算が高いようですね」
「ふーん……今の国民議会の多数派って……」
「ええ、中道左派政党です」
「……面倒なことにならないといいけどねぇ」
軍は政治と無関係ではいられない。
ルイは未来を想像して少し憂鬱な気分になったが、
すぐに気持ちを切り替えて「まあ、今日は考えるのをやめよう」と、言った。
マリーはすぐに同意した。ただでさえ貴重な休日なのだ。
仕事のことを考えて楽しめない、なんてことは許されない。
マリーは「さあ! 行きますよ!」と言って、二人の背中を押す。
そうして駄弁りながら歩き続け、たどり着いたナンリ中央駅。
休日ということもあり、駅は利用客で溢れかえっている。
レオンとマリーは周囲を警戒しつつ、三人で高速鉄道の改札へ向かう。
今日の目的地はナンリの南方に位置する地方都市【クリマ】である。
高速鉄道を使って、約一時間半の旅路になる。
「閣下、メールを送りましたので、ご確認ください」
レオンから送られてきたメールにURLが記載されていたので、タップすると【国民鉄道株式会社】のチケット予約サイトが開いた。
画面にはルイの乗車券が表示されている。
ルイは「ありがとう」とレオンにお礼を言って、改札を通過した。
そして、ホームに到着した高速鉄道に三人で乗り込むと、クリマを目指して、久々に首都を離れるのであった。
■
「良い眺めですよ! 閣下」
マリーの言う通り、車窓から見える景色は共和国らしい田園風景である。
広大な農地が広がっており、時折、石造りの教会や家々が見える。
「本当だ。良かったよ。この景色が残っていてくれて」
「はい! これで閣下を恨む必要はなさそうです」
「そうですね。私も一安心です」
「……二人とも、かなり真剣だったね……今、僕は心の底から安堵しているよ」
仮想世界に来た当初は、共和国の産業構造が大幅に変化していたことに動揺し、二人が本気でワインとチーズの心配をしたのは記憶に新しい。
その後も、故郷の味をこちらでも楽しめることが分かるまで、二人から怨嗟の声が聞こえた。
食べ物の恨みは、本当に恐ろしい。
いつも飄々としているルイであったが、この時ばかりは言葉通り、心底ホッとしているのであった。
そうして三人でお喋りしながら、たまに車窓からの景色を眺めては癒される。
クリマまでの時間は、あっという間に過ぎていった。
クリマの駅に降り立った三人は、旧市街に向けて歩き出す。
クリマは昔からここの地域を代表する都市であった。
故に、歴史的な建造物や街並みが、今でも多く残されている。
三人はかつての領主が残した宮殿へと足を運んだ。
今では庁舎や美術館として活用されている。
「立派な建物だね! これは立派だ! ただ、ゴシック様式だと聞いていたけど……どうにも違和感があるね。むしろ古典主義的な印象だよ」
「閣下の目は流石ですね! 正面は後世に整備されているんです。その際、このように左右対称で整然とした外観になったようです」
「そうなんだ。これは、これで嫌いではないけどね」
三人は宮殿の周りを歩く。
ルイは宮殿の美しさに心奪われながら、外壁や道も観察しつつ「いつか、こんな建物もつくってみたいなぁ」と、密かに想像を膨らませていた。
そして、しばらく歩いていると、ゴシック様式らしい垂直性を強調する尖った屋根の塔が見えてきた。
ルイは思わず「これだよ! ゴシックは、やっぱりこうじゃないと!」と言って、目を輝かせた。
レオンは微笑みながら「やはり閣下は、生き生きとされている姿が一番、見ていて楽しいですね」と言った。
「そうかな? そんなに生き生きとしている?」
「はい! 生き生きとしている閣下は、目が輝いていますから、すぐに分かります」
「そっか。まあ、今が楽しいのは間違いないからね。もう少し、見て回ってもいい?」
「「もちろんです」」
こうして、ルイはゴシック様式の建築を堪能した。
そして、レオンとマリーは生き生きとするルイを堪能したのであった。
■
宮殿を後にした三人は、少し遅めの昼食をとることにした。
マリーが目星をつけていたレストランへ入ると、テラス席に案内される。
各々が注文を済ませると、料理が届くまでの間、三人は故郷の話や子ども時代の話で大いに盛り上がった。
「僕たちも随分と変わったねぇ」
「閣下はそんなに変わってないですよ。私は随分とお淑やかになりましたが」
「いや、マリーもそんなに変わってないだろう。この中だと、私が最も変わったと思う」
「いや、僕はレオンもそんなに変わっていないと思うけどね」
三人とも、そんなに変わっていないという結論に達し、笑い合う。
この日常の光景こそ、三人が変わっていないことの証左であった。
料理が到着すると、ワインで乾杯しながら、サラダや肉料理に舌鼓を打つ。
三人での久しぶりの外食に、皆とても満足していた。
マリーが食後のデザートに頬を緩ませながら、ルイにも食べてもらおうとしたところ、なにやら彼の表情が少しだけ硬いことに気がついた。
他人が見れば「いつもと同じじゃないか」と、言いそうなほど些細な変化だ。
事実、ルイはワインを片手にチーズを頬張りながら、いつもの笑顔を見せている。
同じ変化を感じ取ったであろうレオンも、ワインを飲みながら楽しそうな表情を見せつつも、ルイに話しかけない。
マリーもデザートを頬張りながら、黙る。すると、周囲の声が聞こえてきた。
周りのお客さんの声が聞こえる。
『南方帝国はけしからん』『政府はもっと強気に出るべきだ』
『戦争になったら嫌ですね』『なんだかきな臭い世の中だよ』
『生活に影響が出なければどうでもいいよ』
『次の大統領には強気の外交ができる人になってもらわないと』
『最近の議会はいつも弱腰だ』……
市民の生の声が聞けるのは貴重だ。それは、共和国が辿る未来の一つになり得る。
マリーはデザートを口に運ぶスプーンを動かしながら、周囲の会話に耳を傾け続けた。
しばらくすると、ルイが「お腹いっぱいになったね」と、言う。
レオンとマリーも同意して、会計をしようとウェイターを呼ぶ。
しかし、異変が起こった。突如として時が止まった。
周囲から雑音が消え、客も従業員もピタリと動きを止めている。
動けるのは三人だけ。
まるで三人だけ世界から取り残されているかのようだ。
事実、そうなのだが。
仮想世界の時が止まり、現実世界の住人だけが取り残されている。
ルイは驚きつつも平静を保とうと、二人に声をかけようとしたのだが、かなわなかった。
声をかける前に、意識が途切れた。
ルイは視界が真っ暗になると同時、足元が崩れ落ちるような感覚を味わった。
そして、目を覚ますと、ルイは【アテナ】の中にいた。現実世界へ帰還したのだ。
こうして、特殊士官学校での、初めての学びの時間は終了した。