Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
「いやはや、全くもって得難い経験だったな」
「はい。おっしゃる通りかと。私は、閣下があれほど真面目に働いている姿を、見たことがありませんでしたから」
「紀伊、事実ならなんでも言っていいわけではないぞ? 私だって傷つくときはある」
「閣下、ご冗談を」
「はっはっは! 冗談ではないのだがな」
ここは特殊士官学校にある南方帝国の執務室。
仮想世界から帰還した南山と紀伊も、やはり今後に向けての話し合いを行なっていた。
「働かぬわけにはいくまいよ。あれでは組織が回るはずもない」
「はい。閣下の構想された帝国陸軍は、然るべき場所に然るべき人がいて、初めて真価を発揮します。今回の大規模な人事は、仕方のないことでした」
「そうだな。だが、おかげで組織はガタガタだ。まるで歯車の噛み合っていない機械だ。当面の間、戦争はできん。軍の立て直しに注力する」
「正しいかと。このままでは演習すら、ままなりませんからね」
南方帝国陸軍の南山と紀伊が仮想世界にて、まず手をつけたのが人事であった。
彼らは組織の膿を一気に絞り出すため、大規模な人事の刷新を断行した。
まさに共和国のルイたちが行おうとしていることを、南山たちは第一に行った。
しかも、ルイたちより、更に大規模に、大胆に。
しかし、その代償は、決して小さいものではなかった。
「あれだけの反発があるとは……予想していたとはいえ、なかなかに堪えましたね」
「総司令官に着任早々、降ろされるところだったな。あれは紛れもない危機だった」
南山と紀伊の人事刷新は、軍内から批判が殺到した。
既に築かれた人間関係、利害関係、既得権益、これらを破壊しかねないが故に。
南山と紀伊は軍のトップの位置を占めながら、その職を追われそうになった。
「しかし、閣下の話術には脱帽いたしました。やはり閣下は人たらしですね」
「……それは褒めているのか? 貶しているのか?」
「もちろん、褒めております」
「それなら、良いか。はっはっは!」
彼らが第二に行ったのは、政府要人との人脈作りおよび軍上層部の支持取り付けであった。
つまり、彼らの味方を増やすべく行動した。
おかげで、彼らの人事刷新は成ったのだ。
多くの反発を招きながらも、断行できた。
「これからは、政府との慎重なやりとりが求められますね。用心しなければ」
「そうだな。今回の件で借りを作ってしまった。しかし、時勢はきな臭い。厄介なことだ」
「ええ。共和国との国境紛争が起きていた事実を、もっと早くに掴めていれば……時期について、一考できましたが」
「まあ、済んだことは仕方がない。それに、人事については遅かれ早かれだった。であれば、早いに越したことはない」
「しかし、今、共和国との戦端が開かれるようなことになれば、帝国陸軍に勝ち目はありません」
「そうだな。それは間違いない。政府には陸軍の考えをきちんと伝えておかねばな」
「はい。それだけは、何を置いても怠れません」
南山は「ああ」と紀伊の言葉に応えて、脇に置いてある詰め碁の本を取ろうとした。だが、紀伊は「閣下」と呼びかけることで機先を制する。
「……少しだけだ」
「駄目ですよ。情報のすり合わせが先です」
「……はあ、もう一ヶ月も詰め碁を解けておらん」
「それは仮想世界での話ですから。現実では一日です」
南山は再びため息をつくと、伸ばしかけた手をやむなく引っ込める。
何事も迅速に判断する南山であったが、本へ伸ばした手を引っ込めるのは、未練がましく遅かった。
■
「続きまして、国内産業についてですが……」
西方共和国陣営。
ルイ、レオン、マリーの三人は、引き続き情報の確認を行なっていた。
レオンの言葉に、ルイは真剣に耳を傾けている。
「まず、陸軍だけでなく、海軍も空軍も関係を重視するのが【セブンエナジーズ】です。総合エネルギー企業であり、国際石油資本の一角。セブンエナジーズおよび同グループとの協力は不可欠です」
「そうだね。セブンエナジーズにそっぽを向かれたら、共和国陸軍は成り立たない。マリー、くれぐれも頼んだよ。必要とあらば、僕も動くから何でも言ってね」
マリーは「ありがとうございます」と、頭を下げた。
「他に陸軍として、特に協力関係を築いておきたいのが【ルプス自動車】【ナンシー建設】【ORCT株式会社】【国民鉄道株式会社】の4社です」
「世界的自動車メーカー、国内最大級の建設コングロマリット、国内通信インフラを握る巨大企業、半官半民の国内の大動脈。どれも重要だねぇ。基本的に折衝は二人に任せるけど、困った時は言ってね。どこかに非協力的な態度を取られた目も当てられないから」
「「かしこまりました」」
「食料については?」
「共和国の伝統として、農業については、各地の地場企業が強い力を持っています。故に、食糧生産については農業省および産業省、全国農業組合に協力を求めることになるでしょう」
「分かった。行政との大事な折衝は、僕に任せていいよ。どうせ官庁街には、頻繁に赴くことになるだろうから」
「閣下、まだ財務省から呼び出しがあるのですか?」
「必要とあらば、参謀本部から財務省へ申し入れを行いますが」
マリーとレオンが少し心配そうな声でルイに言う。
そんな二人に、ルイは笑顔で「いや、もう実務者レベルに入ったから。心配しなくても大丈夫だよ」と、言った。
「今後の方針だけど、まずは軍内の人事刷新が第一。国内産業との関係深化が第二。二人とも、まだまだ忙しくなるとは思うけど、よろしくね」
「「かしこまりました」」
こうして、共和国陣営の今後の行動方針は決まった。
果たして上手くいくかは、神のみぞ知るところではあるが。
■
教官が部屋へ入ってくる。常のごとく敬礼からの待機姿勢。
教官は全員の前で新たな課題について言及する。
「諸君、先の仮想世界での働きについて、ご苦労であった。我々は諸君らの行動について、高く評価している。我々の期待以上であった。さて、次の課題であるが、諸君らには『変化への適応と対応』を学んでもらう。我々は仮想世界に、とある指向性を与えることにした。諸君らはそれに適応し、対応しなければならない」
壁際に並ぶ全員の表情が変化する。
ある者は思考を巡らせ、ある者は顔を曇らせ、ある者は拳を強く握りしめる
(指向性……どちらかだろうなぁ。僕としてはどちらも面倒だから、嫌なんだけど)
ルイは仮想世界で待ち受けているだろう面倒な状況に、今から憂鬱な気持ちになるのであった。
教官の指示で、全員が【アテナ】の中に入る。
(ああ、どうか穏やかな日々が、少しでも長く続きますように)
ルイが祈りを捧げると同時、全員の意識が途切れた。