Army,Army,Army,Army,Army 作:日向 史
ルイが目を覚ますと、目の前にはレオンとマリーの姿がある。
他にワイングラスとチーズも。
周囲を見渡せば、楽しく食事をするお客さんとウェイターがいる。
「仮想世界での時間は、途切れないのか。リスポーン地点は、ないんだろうね」
「はい、閣下。仮想世界に戻る度に、執務室からスタートするのではなく、前回の状況を踏襲するのでしょう」
「この世界ではやり直しができませんね。本当に現実世界と一緒です」
ルイはレオンとマリーの言葉に頷くと、立ち上がり「ナンリに帰ろう」と、言う。
二人も頷いて、立ち上がる。三人はクリマの駅を目指した。
■
西方共和国陸軍は荒れていた。理由は言わずもがな。
ルイが決断し、レオンとマリーによって行われた大規模な人事刷新が故である。
最初は小さな違和感から始まった。
最近、何やら後方参謀たちが忙しそうにしている、という噂が軍内で囁かれた。
しかし、多くの者は後方の計画に関して、大規模な見直しが行われるのだろう、くらいの考えでいた。
風向きが変わったのは、参謀本部の作戦参謀たち、特に人事部が忙しそうにしている、という噂が出回ってから。
ここに至って、多くの者が気がついた。
もしや臨時の人事異動があるのではないか、と。
しかも、陸軍省の人事局まで関与しているという。
後方参謀、作戦参謀、人事部、陸軍省人事局、これらが一斉に動き出すなど、只事ではない。
少なくとも、通常の定期異動ではない。
様々な憶測が軍内を飛び交っていた。
【西方共和国陸軍 建設軍 兵営】
「おい、聞いたか。後方三軍が解体されるって話だ」
「いや、俺は後方三軍の強化のために、異動が行われるって聞いたぞ」
「方面軍や直轄軍も人の入れ替えがあるって話だ」
「何が起こるんだ? うちの大隊は大丈夫か?」
【西方共和国陸軍 北部方面軍 司令部】
「参謀本部から、また勤務実績の照会があったぞ」
「今月に入ってから五人目だ。参謀本部はなにを考えているんだ……ちなみに、誰の照会だ?」
「……コルベール少将だ」
「なんだと。さっき陸軍省の人事局からも、勤務評定について照会があったぞ」
「……これは、上級将校二、三人の異動で済む話では、ないかもしれないな」
【西方共和国陸軍 直轄軍 司令部】
「……私の首も飛ぶかもしれんな」
「……閣下以外に、直轄軍を率いるに相応しい将がいるとは思えません」
「嬉しいことを言ってくれる。だが、私はアルベルト閣下の不興を買っただろうからな」
「閣下が司令官の任を解かれるとあらば、司令部は団結して参謀本部と戦います」
「やめておけ。おそらく、アルベルト閣下には通用せん。あの方は、有能なお人だ」
「……それでも、私だけでも、異議を唱えさせていただきます」
そして、内示が行われる。
各軍司令部の人事担当に、各軍に関係する異動対象者が伝えられる。
各方面軍および直轄軍の司令部では、主力軍から後方三軍への異動について動揺が走った。
「直轄軍から建設軍に? 聞いたことがない」
「後任は輸送軍と通信軍から来るみたいだ」
また、後方三軍の司令部では、主力軍よりも大きな動揺が走っていた。
「後方三軍の司令官が総入れ替えだぞ」
「管区司令官まで異動だ。今までにない規模だ」
軍内で今回の人事異動の規模について明らかになりつつあった頃、ついに正式発令の日が来た。
移動対象者の一覧には、大物の名がズラリと並んでいた。
主に後方三軍を中心としながらも、主力軍の上級将校までもが対象となった。
西方共和国陸軍には、大きな動揺が走った。
将、士官、下士官、兵、上から下まで大慌てである。
全軍が今回の人事異動によって、少なからず影響を受けていた。
西方共和国陸軍は荒れていた。
■
「いやはや、一大事だねぇ」
「閣下がお決めになったことですよ! 他人事じゃないんですからね!」
「分かっているよ。だから、こうして僕も骨を折っているんだからね」
参謀本部のマリー隷下にある輸送部・建設部・通信部・装備部・衛生部は、未だ新体制の構築に関する業務に忙殺されていた。
既にルイが血の入れ替えを断行してから、約一ヶ月が経過した。
前回の現実世界への帰還は、三人とも総司令部で業務をしている最中であった。
故に、こうして仮想世界に戻ってきても、すぐに業務に精を出しているのだ。
ルイも後方三軍の新体制構築について、マリーの手助けをしている。
ちなみに、レオンは人事部において、大量の異動処理に追われている。
「早く旅行ができるくらいには、落ち着きたいね」
「はい……しばらく、先の話にはなりそうですけどね」
ルイとマリーが雑談をしながら、書類の山と格闘していると、
「総司令官閣下、後方参謀総長閣下、お時間です」と、下士官が二人を呼ぶ。
「もう、そんな時間になった? 早いね……今、行くよ」
「表に車を回しておきます」と言って、下士官は部屋を後にする。
ルイは椅子から立ち上がると大きく背伸びをして、マリーに「行こうか」と言う。
マリーも「はい」と応じて、席を立つ。
二人は【西方共和国企業会】の定例会に招待されていた。
企業会は、最高経営責任者の組合であり、共和国における産業中枢の頭脳と評してよい。
ルイは車に乗り込みながら「僕の考えを理解しておきたいんだろうね」と、マリーに言う。
「はい、閣下。今回の定例会には、海軍も空軍も呼ばれていないみたいですから。新しい陸軍総司令官の考えを聞いておきたいというのが、今日の趣旨だと思います」
「だよねぇ……まあ、語るだけなら簡単なんだけど」
「企業会には、軍への協力姿勢を見せてもらわないと、いけませんからね。それでなくても、せめて協調は必要です」
「まあ、僕もやれるだけは、やってみるさ。関係構築は必須だからね」
車は企業会の本部が入るビルに到着する。
ルイとマリーは企業会の職員による案内で、定例会が行われる会議室へ通される。
会議室では共和国を代表する5社の最高経営責任者が待っていた。
他には運輸省の官僚がいるのみ。
国民鉄道株式会社は運輸省とセットで、いつも定例会に出席しているのだ。
ルイとマリーが案内された席に座ると、セブンエナジーズの代表が口を開いた。
「総司令官殿、後方参謀総長殿、本日はお招きに応じていただき、ありがとうございます。共和国陸軍と我々は、切っても切り離せぬ仲ですから。新しき総司令官殿のお考えを、お聞かせいただければ幸いと思った次第です」
代表の言葉を受け、ルイは立ち上がると「本日はお招きいただき、ありがとうございます」と、言った。
「お言葉の通り、共和国陸軍と企業会とは、関係を密にしておりますし、これからもそれは変わらないと断言できます。ただ、私は従来の関係には満足しておりません。さらに企業会との連携を重視していく所存です」
ルイの言葉に、各企業の代表たちの目の色が変わる。
ルイの言葉の真意を探ろうとしているのだ。
ルイの言葉は、共和国陸軍の指針となる。
故に、代表たちが己の背負う会社、グループの利益に繋がるかを、見極めようとするのは自然なことだ。
「最近、共和国陸軍は大規模な人事異動を実施いたしました。これはひとえに後方の体制強化が故であります。私は共和国陸軍について、特に後方を重視しております。輸送、建設、通信、これら陸軍を支える後方については、特に心を砕いております」
ルイの言葉を聞き、ナンシー建設の代表が口を開いた。
「陸軍は公共工事に従事しています。今後も現在と変わらない規模で従事するのか、それとも更に多くの案件に従事する予定があるのか。よければお聞かせください」
ルイはマリーに目配せする。
マリーは「その件については、後方参謀総長である私から、お答えさせていただきます」と、言った。
「陸軍、特に建設軍が従事する公共工事につきましては、従来と同じ規模の案件数を想定しております。しかし、陸軍としては、建設軍の施工能力の向上に更に力を入れていきたいと考えております。よって、陸軍としては、ナンシー建設との共同事業を提案いたします」
「ほう、共同事業とおっしゃいますと?」
「橋梁、トンネル、道路等の建設において、建設軍と御社による共同施工を想定しております。これまでのように、建設軍がナンシー建設の施工を補助するだけでなく、施工計画の段階から共同で事業を進めたいと考えております。また、技術者の交流や施工技術の共有についても、互いに協力できればと考えております」
「……とても良い提案だと、私も思います。陸軍との技術共有でしたら、十分に検討の余地があります。後日、担当部署との協議の場を設けていただけますか?」
「かしこまりました」
ナンシー建設の代表が口を閉じると、今度はORCT株式会社の代表が問う。
「衛星通信についてお尋ねしたい。最近、我が社は衛星通信に注力しております。戦時において、我が社の衛星通信回線を陸軍が利用する可能性はあるのでしょうか?」
引き続き、マリーが答える。
「可能性はございます。ただし、原則として御社が提供する民間サービスに重大な影響を与えない範囲での利用を想定しております。あくまで軍用回線のバックアップとしての利用が基本方針です」
「その際の補償については、どのようにお考えでしょうか?」
「当然、陸軍としては補償すべきと考えております。しかし、戦時における徴用については、総務省および陸軍省が所管しております。参謀本部としては、陸軍省に御社との戦時における通信回線利用についての基本骨子をまとめるよう、強く意見しているところです」
「……分かりました。後ほど、陸軍省の担当者をお教えください」
「かしこまりました」
続いて、ルプス自動車の代表が口を開く。
「最近の人事により、輸送軍についても体制を強化されたとのこと。率直にお伺いいたしますが、我が社が生産しております軍用車両について、大規模な発注を期待してもよろしいものでしょうか?」
引き続き、マリーが答える。
「はい。軍用車両につきましては、既に財務省との予算折衝も完了しておりますので、今回の体制強化に見合うだけの発注を行う予定です」
「分かりました。ありがとうございます」
ルプス自動車の代表が口を閉じると、部屋に沈黙が訪れる。
セブンエナジーズの代表が、国民鉄道株式会社の代表に「御社は何かありませんか?」と、問う。
「我が社は既に運輸省を通じて、今回の陸軍の後方体制の強化に伴う諸事について、擦り合わせを行っております。故に、この場での質問はございません」
「分かりました。では、最後に私から」
セブンエナジーズの代表は、ルイを見据えて問う。
「総司令官殿にお尋ねいたします。共和国陸軍は後方の体制を強化して、どのような戦争を戦うおつもりですか? また、国民経済への負担については、どこまで許容されるおつもりですか? 是非とも、お聞かせ願いたい」
代表の真っ直ぐな視線に射抜かれたルイは、背筋を伸ばして居住まいを正すと、問いに答える。
「開戦となれば、私は大きく負けない戦争を遂行したいと考えております。少なくとも、政治が示した目的から、大きく外れるような結果を生み出さないように戦うつもりです。そのための後方強化です。後方を強化すれば、たとえ補給線を伸ばしたとしても、大崩れする可能性を低くできるでしょう」
ルイは一旦、言葉を区切ると少し間を置いて、再び口を開いた。
「国民経済の負担については、これは政治が示した目的次第です。目的を達成するために必要な負担は許容してもらいたいと、軍人の私は答える他ありません。ただ、私としては、たとえ戦争に勝利したとて、共和国の国力が低下するような深刻なダメージを国民経済に与えることは本意ではありません。軍とは、共和国市民の生命と生活のためにこそ、存在するのですから」
ルイの言葉を聞き、代表はしばらく目を瞑り、何事かを考えていたが、やがて「分かりました」と言った。
「総司令官殿。あなたは間違いなく軍人です。承知しました。あなたが率いる共和国陸軍に、私は協力したいと考えております。ただ、緊急時における折衝については、大統領または政府事務総局と致しましょう」
代表はそう言うと、立ち上がって「本日はご足労いただき、誠にありがとうございました」と、言った。まもなく、全員が立ち上がる。
ルイとマリーは、きちんと「自分たちはもう、ここにいるべきではない」と理解した。ここからは最高経営責任者たちの時間だ。
きっと二人の言葉について、議論を交わし、吟味するのだろう。
ルイとマリーは一礼すると、速やかに退出した。