変更前に読んでいただいた方には申し訳ないですが、
2話目以降に進む前に再読していただければ幸いです。
ローグタウンの大通りは、朝から大勢の人々で賑わっていた。
港から運び込まれた魚介類。店先に並ぶ色とりどりの果物。威勢のいい商人たちの呼び声。
そんな活気に満ちた町を、一人の金髪の女が歩いていた。
「……へぇ。結構いい町じゃない」
ゼタは周囲を見渡しながら呟いた。
見慣れない建物に、見慣れない服装。
何より、道行く人々のほとんどが武器を持っていないことが新鮮だった。
騎空艇の発着場も、星晶獣の気配もない。
代わりに聞こえてくるのは、海賊だの海軍だのという、聞き慣れない言葉ばかり。
「海賊、ねぇ……」
ゼタは小さく首を傾げた。
海を船で渡り、財宝を求めて冒険する者たち。
話を聞く限り、空の世界にいる騎空士と似たところもあるらしい。
ただし、こちらの世界では海賊というだけで犯罪者として扱われることも多いようだった。
「ま、どこの世界にも物騒な連中はいるってことね」
そんなことを考えていた、そのとき。
ぐうううう。
「…………」
ゼタは足を止めた。
腹の虫が鳴った。
「……そういえば、何も食べてないんだった」
最後に食事をしたのがいつだったか、思い出せない。
見知らぬ世界に放り出された衝撃ですっかり忘れていたが、身体は正直だった。
「とりあえず、ご飯ね」
そう決めて、近くの屋台へ足を向ける。
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「おじさん、これ一つちょうだい!」
ゼタが指さしたのは、香ばしい匂いを漂わせる肉の串焼きだった。
「はいよ! 一本百五十ベリーだ!」
「百五十……ベリー?」
「おう!」
ゼタは腰の小袋に手を伸ばした。
中には、旅のために持ち歩いていた硬貨が何枚か入っている。
その一枚を取り出し、店主に差し出した。
「これで足りる?」
店主は硬貨を受け取ると、不思議そうに眺めた。
「……何だい、こりゃ」
「え?」
「見たことねェ金だな。外国の金貨か?」
「いや、普通のお金だけど……」
「悪いが、ベリーじゃねェと売れねェよ」
「…………」
ゼタは固まった。
店主は困ったように硬貨を返してくる。
「両替できるところでも探してきな」
「……そ、そう。ありがと」
ゼタは硬貨を受け取り、屋台を離れた。
数歩歩いたところで、思わず頭を抱える。
「うっそでしょ……!」
通貨まで違う。
考えてみれば当然なのかもしれないが、これは想定外だった。
「帰る方法を探す前に、食いっぱぐれそうなんだけど……」
そのときだった。
「おい、聞いたか? 処刑台のところで騒ぎがあったらしいぞ!」
近くの男たちが話していた。
「また海賊か?」
「いや、どうも変な麦わら帽子のガキが来てるらしい」
「麦わら……?」
ゼタは顔を上げた。
先ほど耳にした名前を思い出す。
三千万ベリーの賞金首。
麦わらのルフィ。
「……ちょっと見に行ってみようかしら」
少なくとも、この世界について何か分かるかもしれない。
ゼタは空腹を我慢しながら、町の中心へと歩き始めた。
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町の中央広場。
そこには、古びた大きな処刑台が建っていた。
ゼタはその前で足を止める。
「……何よ、これ」
周囲には観光客らしき人々が集まっている。
その中の一人が、処刑台を見上げながら話していた。
「ここが海賊王ゴールド・ロジャーの処刑された場所か……」
「海賊王?」
ゼタは思わず聞き返した。
男は振り返る。
「何だ、姉ちゃん。知らねェのか?」
「悪いけど、あんまり詳しくないのよ」
「24年前、この場所で処刑された伝説の海賊さ。あいつが死に際に言った言葉が、大海賊時代の始まりになったんだ」
ゼタは処刑台を見上げた。
一人の男の死が、世界中の人間を海へ駆り立てた。
そんな話は、彼女の知る空の世界でもなかなか聞かない。
「……すごい男だったのね」
「ああ。世界中の財宝を手に入れた男だって話だ」
「ふーん……」
ゼタは腕を組んだ。
海賊王。
世界の頂点に立った冒険者。
その響きには、どこか心をくすぐられるものがあった。
「……ま、あたしには関係ないけど」
そう呟いて踵を返そうとした、その瞬間。
「おっ! すっげェ槍だな!」
背後から、やけに明るい声が響いた。
「……ん?」
振り返る。
そこに立っていたのは、麦わら帽子を被った少年だった。
赤いベストに青い半ズボン。
頬には小さな傷跡。
そして、何とも屈託のない笑顔。
少年はゼタの持つアルベスの槍を、目を輝かせながら見つめていた。
「なあなあ! それ、すっげェ強ェのか!?」
「……は?」
ゼタは思わず間の抜けた声を出した。
初対面の相手に、いきなり武器の強さを聞いてくるとは。
「何よ、いきなり」
「おれ、モンキー・D・ルフィ! お前は?」
「……ゼタだけど」
「ゼタか! よろしくな!」
「ちょっと、まだ何も――」
ルフィはそんなことを気にする様子もなく、槍を覗き込んでいる。
「かっけェなー! それで戦うのか?」
ゼタは呆れたようにため息をついた。
「当たり前でしょ。飾りじゃないんだから」
「へぇ! じゃあ強ェんだな!」
「……ま、弱くはないわよ」
ゼタは少し得意げに笑う。
「むしろ、そこらの連中には負ける気しないわね」
「ししし! いいな、それ!」
ルフィは楽しそうに笑った。
そのあまりにも自然な態度に、ゼタは拍子抜けする。
この世界に来てから、誰もが自分の槍や服装を奇妙な目で見ていた。
けれど、この少年だけは違う。
ただ純粋に、強そうな武器を見て喜んでいる。
「……変な奴」
「ん?」
「何でもないわよ」
ゼタは小さく笑った。
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「そういえば、あんた」
「ん?」
「もしかして、海賊?」
「おう! おれは海賊王になる男だ!」
「…………」
ゼタは数秒間、黙り込んだ。
そして。
「……ぷっ」
思わず吹き出した。
「あはははっ! 何それ! あんた、面白いこと言うじゃない!」
「何で笑うんだよ!」
「だって、海賊王って! さっき聞いたばっかりよ、その名前!」
「おれは本気だぞ!」
「分かってるわよ。だから面白いんじゃない」
ゼタは笑いながら答えた。
馬鹿にしているわけではない。
むしろ、その堂々とした宣言が気に入ったのだ。
夢を語るとき、少しも迷わない。
その姿は、どこか自分にも似ていた。
「いいじゃない。そういう大きな夢、嫌いじゃないわよ」
「だろ!」
ルフィは満面の笑みを浮かべた。
「ゼタは何になりてェんだ?」
「……あたし?」
不意の質問に、ゼタは言葉を詰まらせた。
何になりたいのか。
以前なら、迷わず答えられただろう。
もっと強くなりたい。
アルベスの槍を使いこなし、誰にも負けない戦士になりたい。
けれど今は、それより先にやらなければならないことがある。
「……帰りたいのよ」
「帰る?」
「そう。あたし、どうやら知らない場所に迷い込んじゃったみたいでさ」
ゼタは空を見上げた。
「元いたところに戻りたいんだけど、帰り方が分かんないの」
ルフィも空を見上げる。
「ふーん。どこから来たんだ?」
「……空」
「空?」
「そう。空に浮かぶ島々がある世界」
ルフィの目が輝いた。
「空に島があるのか!?」
「え、ええ……」
「すっげェーーー!!!」
その大声に、ゼタは思わず身を引いた。
「ちょ、ちょっと! そんな大声出さなくても!」
「空に島があるなんて、すっげェな! おれも行ってみてェ!」
ゼタは目を瞬かせた。
これまで、この世界の人々は空に島があるという話を信じなかった。
なのに、この少年は。
疑うどころか、目を輝かせている。
「……あんた、信じるの?」
「ん? 何を?」
「空に島があるって話」
ルフィは不思議そうに首を傾げた。
「だって、お前が見たんだろ?」
「…………」
ゼタは言葉を失った。
そして、ふっと笑った。
「……ほんっと、変な奴」
「ししし!」
そのときだった。
ぐううううう。
静かな広場に、間の抜けた音が響いた。
「…………」
ゼタの顔が赤くなる。
ルフィは彼女の腹を見た。
「腹減ってんのか?」
「……悪い?」
「おれもだ!」
「いや、あんたもなの!?」
ルフィは笑いながら言った。
「じゃあメシ食おうぜ!」
ゼタは困ったように頬をかいた。
「……それが、お金がないのよ」
「おれもねェ!」
「威張ることじゃないでしょ!」
二人の声が広場に響く。
奇妙な出会いだった。
けれど、ゼタは久しぶりに心から笑っていた。
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一方、その頃。
ローグタウンの海軍基地。
白い煙が立ち込める執務室で、一人の男が報告を受けていた。
白髪に鋭い眼光。
口には二本の葉巻。
海軍本部大佐、スモーカー。
「……麦わらのルフィが町に現れただと?」
「はっ! 目撃情報が複数寄せられています!」
「そうか」
スモーカーは葉巻を咥え直した。
「三千万の首か……東の海にしちゃ、ずいぶん大物だな」
部下は続けた。
「それと、もう一件気になる報告が」
「何だ?」
「町中で、奇妙な槍を持った赤髪の女が目撃されています」
スモーカーは眉をひそめた。
「女?」
「はい。見慣れない武装をしており、素性も不明です」
「海賊か?」
「それが、今のところ分かっておりません」
スモーカーは煙を吐き出した。
「……妙な奴が集まりやがる」
そして立ち上がる。
「麦わらを見つけたらすぐ報告しろ。町から出すな」
「はっ!」
スモーカーは窓の外を睨んだ。
「この町から、海賊を一匹たりとも逃がすつもりはねェ」
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広場では、ゼタとルフィがまだ話していた。
「それで、あんたはこれからどうするの?」
「処刑台に登る!」
「……は?」
ゼタは目を丸くした。
「何で?」
「海賊王が死んだ場所だからな! どんな景色が見えるか気になる!」
「いやいやいや! 普通に登っちゃ駄目でしょ!」
「大丈夫だ!」
「何が大丈夫なのよ!」
ルフィは笑いながら処刑台へ向かって走り出した。
「あっ! ちょっと、待ちなさいよ!」
ゼタは慌てて追いかけようとした。
しかし、途中で足を止める。
「……まったく」
思わず苦笑する。
「ほんと、目が離せない奴ね」
そのとき、ルフィが振り返った。
「おーい、ゼタ!」
「何よ!」
「お前も来いよ! 上からなら、帰る場所が見つかるかもしれねェぞ!」
「…………!」
ゼタは目を見開いた。
もちろん、そんなはずはない。
処刑台の上から元の世界が見えるわけがない。
それでも。
その言葉が、妙に嬉しかった。
「……ばっかじゃないの」
ゼタは小さく笑った。
そして、アルベスの槍を肩に担ぎ直す。
「仕方ないわね! ちょっとだけ付き合ってあげる!」
金髪を揺らしながら、ゼタは走り出した。
まだ知らない。
この先、処刑台で何が起きるのか。
そして、彼女が出会った麦わら帽子の少年が、どれほど無茶苦茶な運命を背負っているのか。
ただ一つ、確かなことがあった。
見知らぬ世界で目覚めてから、初めて。
ゼタは、ほんの少しだけ。
この世界を面白いと思い始めていた。