「ちょっと! ルフィ! 待ちなさいってば!」
ローグタウンの中央広場。
大勢の人々が行き交う中、ゼタは金髪を揺らしながら走っていた。
その視線の先には、麦わら帽子を被った少年の姿がある。
「ししし! 早く来いよ、ゼタ!」
「だから、何でそんなに急ぐのよ!」
ルフィは楽しそうに笑いながら、広場の中央にそびえ立つ処刑台へと向かっていく。
ゼタは呆れたようにため息をついた。
まったく、落ち着きのない奴だ。
出会ってからまだ一時間も経っていないというのに、何度振り回されたことか。
それでも、不思議と嫌な気分ではなかった。
「……ったく。元気だけは有り余ってるんだから」
そんなことを考えているうちに、ルフィは処刑台の階段へ足をかけていた。
「おーい! ゼタ! すっげェぞ、ここ!」
「だから、勝手に登っちゃ駄目でしょ!」
ゼタは周囲を見回した。
幸い、まだ海兵の姿は見当たらない。
だが、町の中央にある処刑台へ無断で登るなど、どう考えても問題になる。
「……ほんと、海賊ってこんなのばっかなの?」
呆れながらも、ゼタは処刑台を見上げた。
その場所は、かつて海賊王ゴールド・ロジャーが処刑されたという場所。
一人の男の死によって、世界中の人々が海へと駆り立てられた。
そう考えると、ただの古い建造物には見えなかった。
「……海賊王、ね」
ゼタは小さく呟く。
自分の知る世界にも、数え切れないほどの英雄や伝説が存在する。
だが、この世界では一人の海賊が、世界そのものを動かしたらしい。
「どんな奴だったのかしら」
そう呟いた、次の瞬間だった。
「麦わらァァァ!!!」
広場に怒号が響き渡った。
「……え?」
ゼタが振り返る。
そこには、派手な化粧を施した大柄な男が立っていた。
赤く丸い鼻。
道化師のような衣装。
そして、異様なほど怒りに満ちた表情。
「見つけたぞォ! 麦わらァ!!」
男の隣には、長い黒髪の美女が立っていた。
金棒を肩に担ぎ、楽しそうに笑っている。
「ふふっ。ようやく見つけたわよ」
ゼタは眉をひそめた。
「……誰よ、あいつら」
処刑台の上で、ルフィが振り返る。
「あっ! バギー!」
「知り合い?」
「おう! 前にぶっ飛ばした奴だ!」
「……なるほどね」
ゼタは頭を抱えた。
「やっぱり、ろくな知り合いじゃないじゃない!」
「麦わらァ! 今日こそ貴様を殺してやる!」
バギーが怒鳴る。
その背後から、バギー海賊団の船員たちが次々と姿を現した。
広場の人々が悲鳴を上げ、逃げ始める。
「海賊だ!」
「バギー海賊団だぞ!」
「逃げろォ!」
ゼタはアルベスの槍を握り直した。
「……へぇ。ずいぶん大勢で来たじゃない」
ルフィは処刑台の上で笑っている。
「おーい! バギー! 久しぶりだな!」
「久しぶりじゃねェ! 貴様に復讐しに来たんだ!」
「ししし!」
「笑うなァ!!」
ゼタは思わず苦笑した。
「……何なのよ、このやり取り」
しかし、次の瞬間。
バギーの身体が、不自然に分裂した。
腕が胴体から離れ、宙を飛ぶ。
「……は?」
ゼタの目が見開かれた。
「ちょ、ちょっと待って!?」
切り離された腕がルフィへ向かって飛んでいく。
「何よ、あれ!?」
ゼタは反射的に槍を構えた。
飛んできた腕を槍の柄で弾き返す。
ガキンッ!
「ぐおっ!?」
バギーの腕が跳ね飛ばされた。
「な、何だ貴様ァ!?」
ゼタは槍を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「こっちの台詞よ。身体がバラバラになるなんて、ずいぶん変わった芸をするじゃない」
「芸じゃねェ!!」
「じゃあ何よ?」
「悪魔の実の能力だァ!」
「……悪魔の実?」
また知らない言葉が出てきた。
どうやら、この世界には自分の知らない力が存在するらしい。
「……面白いじゃない」
彼女の口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。
「おい! そこの女もやっちまえ!」
バギーの号令とともに、海賊たちがゼタへ殺到する。
「悪いけど……」
ゼタはアルベスの槍をくるりと回した。
「今、ちょっと機嫌悪いのよね!」
一歩踏み込む。
次の瞬間、槍先が閃いた。
「はあっ!」
鋭い突きが先頭の海賊の武器を弾き飛ばす。
続けざまに槍の柄を回転させ、左右から迫る二人を薙ぎ払った。
「ぐあっ!」
「うわああっ!」
三人がまとめて石畳へ転がる。
ゼタは軽やかに着地し、金髪を払った。
「ふふっ。こんなもん?」
「な、何だこの女!?」
「強ェぞ!」
海賊たちが怯む。
だが、ゼタは追撃しなかった。
彼女の目的は海賊を倒すことではない。
あくまで、ルフィが妙な連中に襲われているから助けているだけだ。
「ほら、怪我したくなかったら下がりなさい!」
そのとき。
「ゼター!」
処刑台の上からルフィの声がした。
「何よ!」
「ありがとなー!」
「……っ!」
ゼタは一瞬、言葉に詰まった。
そして、顔を背ける。
「べ、別に! あんたのためってわけじゃないんだから!」
「ししし!」
「だから笑うなってば!」
しかし、ゼタが海賊たちを相手にしている間に、事態は大きく動いていた。
「麦わらァ! 覚悟しろォ!」
バギーが処刑台へ飛び上がる。
ルフィは逃げようとするが、バギーに押さえつけられてしまう。
「……え?」
ゼタは顔を上げた。
処刑台の上。
ルフィが拘束され、その背後でバギーが大きな刀を振り上げている。
「ちょっと……何やってんのよ、あいつ!」
バギーが高らかに叫ぶ。
「さあ皆の衆! よく見ておけ!」
広場の人々が足を止める。
「これより、麦わらのルフィを公開処刑する!!」
「なっ……!」
冗談ではない。
あの道化師は、本気でルフィを殺そうとしている。
「ルフィ!!」
駆け出した。しかし、処刑台までは距離がある。
人々が逃げ惑い、道を塞いでいた。
「邪魔よ! どいて!!」
ゼタは地面を蹴り、跳躍する。
アルベスの槍を構える。
「間に合え……!」
だが、そのとき。
ルフィが笑った。
「わりい。おれ、死んだ」
「…………え?」
ゼタは息を呑んだ。
死を目前にしているというのに。
あの少年は、笑っていた。
恐怖も、後悔もない。
ただ、いつもと変わらない笑顔だった。
ゼタの脳裏に、先ほどの会話が蘇る。
『おれは海賊王になる男だ!』
あのときの笑顔と、まったく同じだった。
「……っ!」
ゼタは槍を握る手に力を込めた。
「ふざけんじゃ……ないわよ!」
槍先に、紅い炎が灯る。
「勝手に死ぬなんて……!」
バギーの刀が振り下ろされる。
「許すわけないでしょ!!」
その瞬間。
――ゴロゴロゴロ……。
空が鳴った。
「……え?」
ゼタは思わず空を見上げた。
先ほどまで晴れ渡っていた空が、いつの間にか暗い雲に覆われている。
そして。
ドガァァァァァン!!!
凄まじい雷鳴が響いた。
天から落ちた一筋の雷が、処刑台を直撃する。
「きゃあっ!?」
ゼタは咄嗟に腕で顔を庇った。
閃光。
爆音。
そして、焦げた木材の匂い。
処刑台が崩れ落ちる。
「ルフィ!!」
ゼタは叫んだ。
しかし、次の瞬間。
「しししし!」
瓦礫の中から、聞き覚えのある笑い声が響いた。
「生きてた! 儲けっ!」
ルフィだった。
煤だらけになりながらも、元気に立ち上がっている。
「…………」
ゼタは呆然とした。
そして。
「……はああああ!?」
思わず絶叫した。
「何で生きてんのよ、あんたァ!!」
「ん? 雷が落ちた!」
「見れば分かるわよ!!」
ルフィは楽しそうに笑っている。
ゼタはしばらく言葉を失っていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……ほんっと、信じらんない」
だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「麦わらァ!!」
広場に、別の怒号が響いた。
ゼタが振り返る。
そこには、白い煙を纏った大柄な男が立っていた。
口には二本の葉巻。
鋭い眼光。
そして、背中には巨大な十手。
海軍本部大佐、スモーカー。
「……また変なのが来た」
ゼタは思わず呟いた。
スモーカーはルフィを睨みつける。
「この町から逃がすと思うなよ……麦わら!」
スモーカーの身体から、白い煙が噴き出す。
「……っ!?」
ゼタは目を見開いた。
人間の身体が、煙に変わっていく。
先ほどのバギーとは違う。
今度は、身体そのものが別の物質へ変化している。
「……何よ、それ」
スモーカーはゼタへ一瞥を向けた。
「お前も麦わらの仲間か?」
「は? 違うわよ!」
「なら邪魔をするな」
「……言われなくても!」
ゼタは一歩下がった。
だが、スモーカーがルフィへ襲いかかるのを見て、思わず槍を構える。
「ちょっと! あんた、逃げなさいよ!」
「おう!」
ルフィは走り出す。
しかし、スモーカーの煙が一瞬で広がった。
「ホワイト・ブロー!」
巨大な煙の拳がルフィへ迫る。
「うわっ!」
ルフィは吹き飛ばされ、地面へ転がった。
「ルフィ!」
ゼタは反射的に飛び出した。
「どきなさい!」
アルベスの槍が紅く燃える。
炎の刺突が、スモーカーの煙を貫いた。
しかし。
「……なっ!?」
槍は手応えなく煙を突き抜ける。
スモーカーの身体はすぐに元へ戻った。
「炎を使う槍か……珍しいな」
「……嘘でしょ」
ゼタは歯噛みした。
攻撃が当たらない。
それどころか、相手にはまるで効いていない。
「悪いが、そんな攻撃は俺には通じねェ」
スモーカーの身体が再び煙へ変わる。
「邪魔をするなら、お前も捕まえるぞ」
ゼタは槍を構え直した。
「……上等じゃない」
青い瞳に、闘志が宿る。
「こっちだって、簡単に引き下がるつもりはないわよ!」
しかし、次の瞬間。
「ゼタ! 逃げろ!」
ルフィが叫んだ。
「……え?」
「こいつ、すっげェ強ェぞ!」
ゼタは一瞬、驚いた。
自分より先に逃げることもできたはずなのに、ルフィは彼女を心配している。
「……何よ、それ」
思わず笑みがこぼれた。
「そんなこと、あたしだって分かってるわよ!」
スモーカーの煙が二人を包み込もうとする。
そのときだった。
「そこまでだ」
低い声が響いた。
スモーカーの背後に、一人の男が立っていた。
深緑色の外套。
顔に刻まれた赤い紋様。
そして、鋭い眼差し。
男はスモーカーの腕を掴んでいた。
「……っ!?」
ゼタは息を呑んだ。
いつの間に現れたのか。
まったく気配を感じなかった。
スモーカーが振り返る。
「……ドラゴン!」
スモーカーが低く唸る。
ゼタは思わず息を呑んだ。
(……何、この人。いつの間に?)
槍を握ったまま警戒するゼタだったが、次の瞬間、猛烈な突風が広場を吹き抜けた。
「きゃっ!?」
雨粒が頬を打ち、赤い髪が激しく舞い上がる。
「ゼタ! 行くぞ!」
ルフィが叫ぶ。
「ちょっと、待ちなさいよ! あの人は!?」
「知らねェ!」
「知らないの!?」
ルフィは笑いながら走り出した。
ゼタは一瞬だけ外套の男を振り返る。
男は二人を追うこともなく、ただ静かに立っていた。
(……あいつ、何者なのよ)
疑問は尽きない。
しかし、今はそれどころではなかった。
「待ちなさいってば、ルフィ!」
ゼタも地面を蹴り、嵐の町を駆け抜けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、あんたの仲間はどこにいるのよ!」
雨の中を走りながら、ゼタが尋ねる。
「町のどっかだ!」
「……はあ!?」
「みんな買い物してたからな!」
「ちょっと! それじゃあ合流できないじゃない!」
「大丈夫だ! 船に戻れば会える!」
ゼタは頭を抱えた。
(……この男、本当に船長なの?)
しかし、ルフィはまったく気にしていない。
そのとき、前方から怒鳴り声が聞こえた。
「ルフィ!! てめェ、こんなところにいやがったか!!」
「おっ! ゾロ!」
三本の刀を携えた緑髪の男が、雨の向こうから現れた。
その近くには、オレンジ色の髪の少女と、長い鼻の少年もいる。
「ルフィ! 早くしなさいよ! 海軍が町中であんたを探してるんだから!」
「そうだぞ! おれたちまで捕まっちまう!」
ナミとウソップだった。
ゼタは足を止めた。
「……あら?」
三人の視線が、ゼタに集まる。
ゾロが真っ先に口を開いた。
「……誰だ、そいつ」
ルフィは満面の笑みを浮かべた。
「ゼタだ!」
「名前を聞いてんじゃねェよ!」
「いや、名前は聞いてるでしょ!」
思わずゼタが突っ込む。
ナミはゼタの服装とアルベスの槍を見つめた。
「……ルフィ。あんた、また何か拾ってきたの?」
「拾われてないわよ!」
ゼタは即座に反論した。
その反応に、ウソップが少し笑う。
「なんか、ナミに似たタイプだな……」
「「何か言った!?」」
「何でもねェ!」
ルフィは楽しそうに笑った。
「ゼタ、帰る場所が分かんねェんだって! だから船に乗せてやろうと思って!」
「はあああ!?」
ナミの声が響き渡る。
「何で勝手に決めるのよ!!」
ゼタも腕を組んだ。
「ちょっと待って。あたしだって、まだ乗るって決めてないんだけど!」
「え? そうなのか?」
「そうなのよ!」
ゾロはそんなやり取りを眺めながら、ゼタの槍に目を留めた。
「……ずいぶん変わった得物だな」
「へぇ。あんた、見る目あるじゃない」
ゼタは不敵に笑う。
「アルベスの槍よ。そこらの武器とは一緒にしないでちょうだい」
ゾロも口元を緩めた。
「腕もそれに見合ってりゃいいがな」
「……言うじゃない」
二人の間に、一瞬だけ鋭い空気が流れた。
だが。
「ちょっと!!」
ナミが割って入る。
「こんなところで何やってんのよ! 早く船に戻るわよ!」
「おう!」
ルフィが元気よく返事をする。
ゼタは肩をすくめた。
「……ま、今はそれが先ね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
港へ向かう途中、サンジとも合流する。
「おーい! ナミさーん!」
雨の向こうから、金髪の男が駆け寄ってきた。
「サンジ君! 遅い!」
「すみません、ナミさん! それより、この美しいレディは!?」
サンジの目がゼタに釘付けになる。
「……ん?」
「なんという美貌! 嵐の中に咲く一輪の赤い薔薇!」
「……何、この人」
ゼタが小声で尋ねる。
ウソップはため息をついた。
「気にすんな。いつものことだ」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか、お嬢さん!」
「……ゼタだけど」
「ゼタちゃ〜ん!!」
「近い近い近い!!」
ゼタが思わず後ずさる。
ルフィは大笑いしていた。
「ししし! 面白ェだろ、うちの仲間!」
「……あんたも含めて、変な奴ばっかりね!」
そう言いながらも、ゼタの表情はどこか楽しげだった。
雨の中、五人の海賊と一人の女戦士が港へと急ぐ。
彼らの先にあるのは、ゴーイングメリー号。
そして、偉大なる航路へ続く海。
ゼタは走りながら、もう一度空を見上げた。
(……帰る方法、か)
この世界に来てから、分からないことばかりだった。
それでも、今は一つだけ確かなことがある。
(この連中と一緒なら、何か見つかるかもしれない)
「ゼタ! 早く来いよ!」
ルフィが振り返る。
ゼタは小さく笑った。
「分かってるわよ! 置いていかれるほど鈍くないっての!」
そして、再び駆け出した。