「急げェ! 海軍が来るぞ!」
激しい雨の中、ウソップの叫び声が響いた。
ローグタウンの港。
暴風に煽られた船が大きく揺れ、係留されたロープが軋んでいる。
その港を、六人の男女が全速力で駆け抜けていた。
「ちょっと! こんな嵐の中で船を出すつもり!?」
ゼタは金髪を押さえながら叫んだ。
「当たり前でしょ! 今出なきゃ海軍に捕まるわよ!」
ナミが振り返る。
「いや、そうじゃなくて! この風で航行できるのかって聞いてるの!」
「それは私が何とかする!」
「……へぇ」
ゼタは少し驚いた。
さっきまでルフィに怒鳴っていた少女とは思えないほど、ナミの声には自信があった。
「随分頼もしいじゃない」
「当然よ! 私は航海士なんだから!」
「航海士……」
ゼタはその言葉を小さく繰り返した。
空の世界なら、騎空艇の進路を決める役割に近いのだろう。
なるほど。
この少女が、この船の進む道を決めるらしい。
「だったら、あんたに任せるわ!」
「ええ! ……って、あんたも乗る気なの!?」
「今さら何言ってんのよ! ここまで来たら乗せてもらうわよ!」
「ルフィー!!」
ナミの怒声が嵐に響く。
「また勝手に決めたわねー!!」
「ししし! 仲間が増えるぞ!」
「「まだ仲間になるなんて言ってないわよ!!」」
ゼタとナミの声が見事に重なった。
ゾロが呆れたように呟く。
「……うるせェ女が増えたな」
「「何か言った!?」」
再び二人の声が重なる。
「……何でもねェ」
ゾロは視線を逸らした。
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港の先に、一隻の帆船が見えた。
白い帆。
丸みを帯びた船体。
そして、船首に取り付けられた羊の頭。
「……え?」
ゼタは足を止めた。
「……何、あれ」
ルフィが嬉しそうに指さす。
「あれがおれたちの船だ!」
「……羊?」
「メリー号だ!」
「……羊の船?」
「おう!」
ゼタはしばらく船を見つめた。
騎空艇とはまるで違う。
空を飛ぶための装置もなければ、推進機関らしいものもない。
帆と風だけで、この広大な海を進むというのだろうか。
「……本当に、これで海を渡るの?」
「そうだぞ!」
ウソップが胸を張った。
「この船はな! おれたちの大切なゴーイングメリー号だ!」
「ふーん……」
ゼタは船体を眺めた。
確かに大きな船ではない。
けれど、よく手入れされている。
何より、船を見つめるルフィたちの表情が違った。
まるで、家族を見るような目だった。
「……そっか」
ゼタは小さく笑った。
「大切な船なのね」
「ああ!」
ルフィが満面の笑みを浮かべた。
そのとき。
「いたぞォ!!」
港の向こうから怒号が響いた。
「麦わらのルフィだ!!」
海兵たちが武器を構えて駆け寄ってくる。
「うわっ! もう来やがった!」
ウソップが叫ぶ。
「早く乗り込め!」
ゾロが船へ飛び乗る。
サンジも続き、ナミはすぐに出航準備へ取りかかった。
「ウソップ! 帆を張って! サンジ君はロープを!」
「おう!」
「了解、ナミさん!」
ゼタは船の縁に手をかけた。
「……よっと!」
軽やかに跳躍し、甲板へ着地する。
「へぇ。思ったより安定してるじゃない」
「感心してる場合じゃねェ!」
ゾロが叫ぶ。
「お前も手伝え!」
「分かってるわよ!」
ゼタはアルベスの槍を背負い直した。
「で、何すればいいの?」
「海兵を近づけるな!」
「……それなら得意分野ね!」
ゼタは不敵に笑った。
「撃てェ!!」
海兵たちが銃を構える。
銃声が響き、弾丸が船へ向かって飛んできた。
「危ねェ!」
ウソップが叫ぶ。
だが、ゼタは動じなかった。
「そんなもの……!」
アルベスの槍を振るう。
鋭い風切り音とともに、槍先から紅い炎が噴き出した。
炎を纏った刺突が、飛来する弾丸を弾き飛ばす。
甲板に火花が散った。
「なっ!?」
ゾロが目を見開く。
「お前……炎を使えるのか!?」
「見れば分かるでしょ!」
ゼタは得意げに笑った。
「これがアルベスの槍の力よ!」
サンジも驚いたように口笛を吹く。
「へぇ……すげェな、ゼタちゃん」
「ふふん! もっと褒めてもいいのよ?」
「美しくて強いなんて最高だァー!!」
「……やっぱり褒めなくていいわ」
ゼタは呆れたように肩をすくめた。
一方、ルフィは目を輝かせていた。
「すっげェーー!! 槍から火が出た!!」
「だから、さっきから使ってるでしょ!」
「おれもやってみてェ!」
「無理よ!」
「えー!」
そんなやり取りの間にも、海軍は迫ってくる。
「船を出すなァ!!」
ゼタは槍を構え直した。
「まったく……しつこいわね!」
槍先に紅い光が集まる。
だが、ナミが叫んだ。
「ゼタ! 港を燃やさないでよ!」
「分かってるわよ!」
ゼタは炎を抑え、槍の柄で海兵たちの接近を阻む。
「ほら! これ以上来ると痛い目見るわよ!」
その隙に、メリー号の帆が風を受けて大きく膨らんだ。
「よし! 行けるわ!」
ナミが叫ぶ。
「出航よ!!」
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ゴーイングメリー号が港を離れる。
暴風に煽られながらも、船は少しずつ沖へと進んでいった。
「やったァー!!」
ルフィが両手を上げる。
「
「まだ着いてないわよ!」
ナミが即座に突っ込む。
ウソップは船縁にしがみついていた。
「うおおお! 揺れる! 揺れるぞォ!」
サンジは帆の状態を確認し、ゾロは船の周囲を警戒している。
ゼタは甲板の中央で、しばらく黙っていた。
(……これが、海の船)
足元が揺れる。
風が帆を押し、船体が波を越えていく。
空の世界で慣れ親しんだ騎空艇とは、まったく違う感覚だった。
けれど。
「……ふふっ」
自然と笑みがこぼれた。
「悪くないじゃない」
「だろ!」
隣からルフィが顔を覗かせる。
「……っ! びっくりした!」
「ししし!」
ゼタは呆れたようにため息をつく。
「ほんっと、あんたって奴は……」
ルフィは海を見つめた。
「これからすっげェ冒険が始まるぞ!」
ゼタも同じ方向を見る。
水平線の向こう。
見たこともない世界が広がっている。
「……そうね」
彼女はアルベスの槍を握り直した。
「ちょっと楽しみになってきたかも」
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ローグタウンを出港し、少し経った頃
メリー号の甲板では、ゼタを囲んで簡単な自己紹介が始まっていた。
「で、結局あんたは何者なの?」
ナミが腕を組んで尋ねる。
「名前はゼタ。槍使いよ」
「それは分かってるわよ!」
「じゃあ何が聞きたいの?」
「出身地とか、何でローグタウンにいたのかとか!」
ゼタは少し考えた。
どこまで話すべきだろう。
だが、ここまで世話になっておいて、何も説明しないわけにはいかない。
「……信じてもらえるか分かんないけど」
ゼタは静かに口を開いた。
「あたし、別の世界から来たみたいなのよね」
「……は?」
ナミが固まる。
ウソップも目を丸くした。
「べ、別の世界!?」
「そう。あたしのいたところは、空に島が浮かんでる世界なの」
「空に島!?」
ルフィが目を輝かせる。
「すっげェ!!」
「……あんたはさっき聞いたでしょ」
ゼタは苦笑する。
ゾロは腕を組んだ。
「……冗談にしちゃ、妙な話だな」
「別に信じなくてもいいわよ。でも、本当なんだから」
ナミは眉をひそめた。
「空に島があるっていう話なら、この世界にも伝説はあるけど……」
「えっ?」
ゼタが顔を上げた。
「あるの!?」
「ええ。空島っていう、実在するかどうかも分からない島の話だけど」
ゼタは思わず身を乗り出した。
「ちょっと! 詳しく教えて!」
ナミは驚いて後ずさる。
「な、何よ急に!」
「だって、それってあたしの世界に帰る手掛かりかもしれないじゃない!」
ゼタの瞳に、希望の光が宿った。
空島。
もし、この世界にも空に浮かぶ島があるのなら。
そこには、自分が知る世界へ繋がる何かがあるかもしれない。
「……そう簡単に見つかるものじゃないと思うけど」
ナミが慎重に言う。
「分かってるわよ」
ゼタは笑った。
「でも、可能性があるなら十分!」
ルフィも笑う。
「じゃあ、空島にも行こうぜ!」
「……は?」
ナミが固まる。
「何言ってんのよ! そんな簡単に行けるわけないでしょ!」
「でも面白そうだろ!」
「面白いかどうかの問題じゃない!」
ゼタは二人のやり取りを見ながら、思わず笑ってしまった。
「……あははっ!」
「何よ、ゼタまで!」
「ごめんごめん。でも、あんたたち本当に面白いわね!」
甲板でナミが海図を広げた。
「いい? これから向かうのは
比べものにならないくらい危険なんだから!」
「おう!」
ルフィが元気よく答える。
「楽しみだなァ!」
「だから、少しは緊張しなさいよ!」
そのやり取りを聞きながら、ゼタは船縁にもたれていた。
「……
この世界に来てから何度も耳にした名前。
どうやら、世界中の海賊たちが目指す特別な海らしい。
「ねえ、ナミ」
「何?」
「そんなに危険なところなの?」
「当然よ。天候はめちゃくちゃだし、何が起こるか分からないの」
「ふーん……」
ゼタは口元に笑みを浮かべた。
「面白そうじゃない」
「……あんたもルフィと同じ反応なのね」
ナミは頭を抱えた。
そのとき、サンジが厨房から顔を出した。
「おーい! せっかくだから、景気づけに一杯やらねェか?」
「おっ! いいな!」
ルフィが飛び跳ねる。
「酒か?」
ゾロも顔を上げた。
「まあ、船出の祝いには悪くねェな」
ウソップが胸を張る。
「よーし! 偉大なる航路に入る前に、おれ様の偉大なる冒険の始まりを祝おうじゃねェか!」
「何よ、それ」
ゼタが笑う。
すると、サンジが一つの樽を甲板の中央へ転がしてきた。
「せっかくだ。こいつを使おうぜ」
「樽?」
ゼタは首を傾げる。
「何するの?」
ルフィがにっと笑った。
「夢を言うんだ!」
「……夢?」
「おう! みんなでな!」
そう言って、ルフィは樽の上に片足を乗せた。
「おれは海賊王になる!!」
その声が、海へと響く。
ゼタは思わず笑った。
(……本当に、何度でも言うのね)
けれど、不思議と馬鹿げた夢には聞こえなかった。
続いて、ゾロが足を乗せる。
「おれは世界一の大剣豪になる」
ゼタは彼を見つめた。
ローグタウンで出会ったばかりの剣士。
その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っている。
(……へぇ。本気なのね)
ナミも足を乗せた。
「私は世界中の海図を描く!」
「世界中の……」
ゼタは少し驚いた。
世界中の海を旅して、そのすべてを地図にする。
途方もない夢だ。
しかし、ナミの表情は真剣だった。
ウソップが勢いよく足を乗せる。
「おれは勇敢なる海の戦士になる!!」
「ふふっ」
ゼタは笑みをこぼした。
さっきまで嵐に怯えていた少年が、今は胸を張っている。
それが何だか微笑ましかった。
最後に、サンジが足を乗せる。
「おれはオールブルーを見つける」
「オールブルー?」
ゼタが尋ねる。
「世界中の海の魚が集まる、伝説の海さ」
サンジは煙草を咥えたまま笑った。
「料理人にとっちゃ、最高の夢なんだ」
「……そう」
ゼタは静かに頷いた。
海賊王。
世界一の大剣豪。
世界中の海図。
勇敢なる海の戦士。
オールブルー。
それぞれが、まったく違う夢を持っている。
なのに、同じ船に乗っている。
(……不思議な連中)
ゼタはそう思った。
そのときだった。
「ゼタ!」
ルフィが彼女を呼んだ。
「お前もやれよ!」
「……え?」
ゼタは目を瞬かせた。
「いや、あたしは……」
「いいじゃねェか!」
ウソップも笑う。
「どうせ一緒にグランドラインへ行くんだろ?」
「そうそう。遠慮することないわよ」
ナミが微笑んだ。
ゼタは少し戸惑った。
自分はまだ、この船の仲間ではない。
ただ、帰る方法を探すために乗せてもらっているだけ。
それなのに。
彼らは、まるで最初から一緒にいたかのように、自分を輪の中へ招いてくれる。
「……まったく」
ゼタは小さく息を吐いた。
「ほんっと、お人好しばっかりなんだから」
そう言いながら、樽へ歩み寄る。
そして。
五人と同じように、片足を乗せた。
「……あたしは」
一瞬、言葉が止まる。
帰りたい。
元の世界へ。
仲間たちの待つ空へ。
それが、今の彼女の一番の願いだった。
けれど、それだけではない。
アルベスの槍を握り、幾多の戦いを乗り越えてきた。
もっと強くなりたい。
まだ見ぬ世界を知りたい。
自分の限界を超えてみたい。
その想いは、今も変わっていない。
ゼタは顔を上げた。
青い瞳に、強い光が宿る。
「あたしは元の世界に帰る! そして、もっともっと強くなって、世界中を冒険してやるんだから!!」
一瞬の静寂。
そして。
「ししし! いいな、それ!」
ルフィが笑った。
「でっけェ夢じゃねェか!」
ゾロも口元を緩める。
「世界中を冒険、か。面白ェ」
ナミは少し呆れたように笑った。
「帰る方法が見つかるといいわね」
「……ええ」
ゼタは微笑んだ。
「ありがと」
六人の足が、一つの樽を囲む。
その中心には、それぞれの夢があった。
ルフィが声を上げる。
「いくぞ!!!
掛け声とともに、足を振り下ろして樽の蓋をぶち壊した。
「行くわよ! どんな強い奴が待ってたって、あたしが蹴散らしてあげる!」
「お前ばっかりにやらせるかよ」
ゾロが笑う。
「望むところよ!」
サンジが二人の間に割って入る。
「ゼタちゃん! 危険なときは俺が守るぜ!」
「だから、あたしは自分で戦えるってば!」
ナミとウソップが笑い、ルフィは楽しそうに空を見上げた。
どこまでも続く青い空。
その下を、小さな海賊船が進んでいく。
ゼタはふと、故郷の空を思い出した。
(……みんな、待っててね)
必ず帰る。
でも、その前に。
(ちょっとだけ、この世界を楽しませてもらうわ)
金髪が潮風になびく。
アルベスの槍が、陽光を受けて輝いた。
六人の夢を乗せたゴーイングメリー号は、偉大なる航路へ向けて進んでいった。