麦わらの一味の炎槍使い   作:リアルサック

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偉大なる航路編
山を駆け上がる海


ローグタウンを出航してから、しばらくが経った。

 

ゴーイングメリー号の甲板には、穏やかな潮風が吹いていた。

 

「んんーっ! いい天気!」

 

ゼタは大きく伸びをした。

陽光を受けて輝く金髪が、海風にさらさらとなびく。

 

ローグタウンで目覚めたときは、何が何だか分からなかった。

それが今では、見知らぬ海賊たちと同じ船に乗っている。

 

「……人生、何があるか分かんないわね」

「何か言ったか?」

 

背後から声がした。

 

振り返ると、ゾロが甲板で刀の手入れをしていた。

 

「別に。ちょっと考え事」

「帰る方法か?」

「……ま、それもあるけど」

 

ゼタは海を眺めた。

 

「この世界、思ってた以上に変わってるなって」

「そうか?」

「そうよ。海がこんなに広いなんて、あたしの世界じゃ考えられないもの」

 

ゾロは少し考えた。

 

「お前の世界じゃ、空に島が浮いてるんだったな」

「ええ。島から島へ移動するなら、普通は騎空艇を使うわ」

「その騎空艇ってのは、こんな船が空を飛ぶのか?」

「そうそう。まあ、形はいろいろだけどね」

 

ゼタは笑った。

 

「だから最初は、海の上しか進めない船なんて不便だと思ったわ」

「今は違うのか?」

「……そうね」

 

彼女は少しだけ口元を緩めた。

 

「これはこれで、悪くないかも」

 

ゾロも小さく笑う。

 

「そうかよ」

 

そのとき。

 

「みんなーっ!!」

 

ナミの声が甲板に響いた。

 

「そろそろリヴァース・マウンテンが見えるはずよ!」

 

「おおっ!」

 

ルフィが船首へ飛び出す。

 

「山だァー!!」

 

ゼタも顔を上げた。

 

「山? 海を進んでるのに?」

「そうよ」

 

ナミは海図を広げた。

 

「偉大なる航路へ入るには、あの山を越えなきゃいけないの」

「……は?」

 

ゼタは首を傾げた。

 

「ちょっと待って。山を越えるって、どういう意味?」

 

ナミが海図を指さす。

 

「ここが赤い土の大陸、レッドライン。そして、この山がリヴァース・マウンテン」

「ふむふむ」

「四つの海から流れ込む海流が、山の斜面を駆け上がるのよ」

「……へぇ」

 

ゼタは頷いた。

 

そして、数秒後。

 

「……ん?」

 

もう一度海図を見る。

 

「待って」

「何?」

「今、海流が山を駆け上がるって言った?」

「言ったわよ」

「……水が?」

「そう」

「……山を?」

「そう!」

「…………」

 

ゼタは固まった。

 

そして。

 

「そんなわけないでしょーっ!!」

 

甲板に絶叫が響き渡った。

 

「だから本当なのよ!」

 

ナミが怒鳴る。

 

「いやいやいや! 水が山を登るなんて、どう考えてもおかしいじゃない!」

 

ゼタは海図を指さした。

 

「そんなの、自然の法則に反してるでしょ!」

「私だってそう思うわよ! でも実際にそうなってるんだから!」

「……この世界、どうなってんのよ」

 

ゼタは頭を抱えた。

 

空に島が浮かぶ世界から来た彼女にとっても、海流が山を登るという現象は理解しがたいものだった。

 

すると、ルフィが嬉しそうに叫ぶ。

 

「すっげェなァ! 早く行こうぜ!」

「何であんたはそんなに楽しそうなのよ!」

「だって山を船で登るんだぞ!」

「そうだけど!」

「面白そうだろ!」

「……っ!」

 

ゼタは言葉に詰まった。

 

そして、思わず笑ってしまう。

 

「……あははっ!」

「ん?」

「いや、確かに面白そうではあるわね!」

「だろ!」

 

ルフィが笑う。

 

ナミは二人を見比べて、深いため息をついた。

 

「……お願いだから、船長みたいなのが二人にならないで」

「失礼ね! あたしはちゃんと考えて行動するわよ!」

「本当かしら……」

「何よ、その目!」

 

そんなやり取りをしていると、サンジが料理を運んできた。

 

「おーい! 朝飯できたぞ!」

「メシー!!」

 

ルフィが飛びつく。

 

「お前は少し落ち着け!」

 

サンジがルフィを蹴り飛ばす。

 

ゼタはその様子を見て、目を丸くした。

 

「……へぇ」

「ん? どうした、ゼタちゃん?」

「いや、あんたも結構強そうだなって」

 

サンジは嬉しそうに笑った。

 

「おっ! 分かるかい?」

「ええ。今の蹴り、なかなか鋭かったわよ」

 

ゼタは興味深そうにサンジの足元を見る。

 

「剣も槍も使わないの?」

「料理人の手は料理のためにあるんでね。戦うときは足を使うのさ」

「……ふーん」

 

ゼタはにっと笑った。

 

「面白い戦い方ね。今度、手合わせしてみない?」

「ゼタちゃんと!?」

 

サンジの目が輝く。

 

「もちろん! 美しいレディのお相手なら――」

「ただし、手加減はしないわよ?」

 

ゼタがアルベスの槍を軽く持ち上げる。

 

その笑顔に、サンジは一瞬だけ沈黙した。

 

「……戦う以外の交流も大歓迎だぜ」

「何よ、それ!」

 

近くで聞いていたゾロが鼻で笑った。

 

「女相手じゃ本気で蹴れねェんだろ、クソコック」

「あァ!? 何だと、マリモ!」

「やんのか?」

「上等だ!」

 

二人が睨み合う。

 

ゼタは呆れたように肩をすくめた。

 

「……ほんっと、仲いいわね、あんたたち」

「「どこがだ!!」」

 

二人の声が重なった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

やがて。

 

水平線の向こうに、巨大な影が現れた。

 

「……え?」

 

ゼタは目を細める。

 

最初は雲かと思った。

 

しかし、違う。

 

それは、海の向こうにそびえ立つ巨大な陸地だった。

しかも、その高さが尋常ではない。

 

「……何、あれ」

 

思わず呟く。

 

空を遮るほどの巨大な赤い壁。

果てが見えないほど左右に広がり、海を真っ二つに分けている。

 

「レッドラインよ」

 

ナミが言った。

 

「世界を一周している巨大な大陸」

「……世界を一周?」

「そう」

 

ゼタはしばらく言葉を失った。

 

自分の世界にも巨大な島や険しい山はある。

しかし、世界そのものを分断する大陸など、見たことも聞いたこともない。

 

「……すごい」

 

自然と、そんな言葉が漏れた。

 

ルフィは船首で大笑いしている。

 

「でっけェーーー!!」

 

ウソップも興奮した様子で叫んだ。

 

「お、おい! 本当にあれを登るのか!?」

「そうよ!」

 

ナミが海図を握りしめる。

 

「山の麓に、運河の入口があるはず!」

 

ゼタは目を凝らした。

 

確かに、赤い大陸の斜面に細い水路のようなものが見える。

 

そして。

 

「……ちょっと」

 

彼女の表情が変わった。

 

「本当に水が上に流れてる……」

 

海流が、信じられない勢いで山の斜面を駆け上がっていた。

 

「……うっそでしょ」

 

ゼタは呆然とした。

 

「こんなの、空の世界でも見たことないわよ……!」

 

しかし、その瞳には次第に好奇心が宿っていく。

 

「……ふふっ」

 

口元が緩む。

 

「面白いじゃない」

 

アルベスの槍を握り直す。

 

「この世界、まだまだ驚かせてくれそうね!」

 

「全員、持ち場について!」

 

ナミの声が響いた。

 

メリー号は、山の入口へと近づいていた。

 

海流が急激に速くなる。

船体が大きく揺れ、甲板に波しぶきが降り注いだ。

 

「うわあああ! 速ェェェ!!」

 

ウソップが悲鳴を上げる。

 

「舵をしっかり握って!」

 

ナミが叫ぶ。

 

サンジとゾロが帆や船体の状態を確認する。

ゼタは船縁に手をかけ、前方を見つめた。

 

「……なるほどね」

 

水路は確かに存在する。

 

しかし、入口は思っていた以上に狭かった。

少しでも進路を誤れば、船は岩壁に激突する。

 

「ナミ!」

 

ゼタが叫ぶ。

 

「右に流されてるわよ!」

「分かってる!」

 

ナミは海流を見極めながら指示を飛ばす。

 

「もっと左! 入口の中心に合わせて!」

 

しかし。

 

「うわっ! 舵が効かねェ!」

 

ウソップが叫んだ。

 

激流に押され、船首が大きく逸れる。

 

「まずい!」

 

ゾロが顔を上げる。

 

ゼタもすぐに状況を理解した。

 

(……このままじゃぶつかる!)

 

アルベスの槍を構えようとする。

 

だが、すぐに思い直した。

 

ここで炎を放っても、海流そのものは止められない。

まして船体を無理に動かせば、かえって危険だ。

 

「……くっ!」

 

その瞬間。

 

「ゴムゴムの――!」

 

ルフィが船首から飛び出した。

 

伸びた腕が、岩壁へと向かう。

 

「風船!!」

 

膨らんだルフィの身体が衝撃を受け止め、船の進路を修正する。

 

「……っ!?」

 

ゼタは目を見開いた。

 

「ちょっと! あんた、何してんのよ!?」

 

だが、次の瞬間。

 

メリー号は水路の入口へと滑り込んだ。

 

「入った!!」

 

ナミが叫ぶ。

 

「やったァァァ!!」

 

ルフィが笑う。

 

そして。

 

ゴオオオオオオオ!!!

 

凄まじい轟音とともに、メリー号が山を駆け上がり始めた。

 

「きゃああああ!!」

 

ゼタは思わず叫んだ。

 

船が。

本当に。

山を登っている。

 

「うっそでしょおおおお!!」

 

猛烈な勢いで流れる海流。

左右にそびえる赤い岩壁。

船は水路に沿って、空へ向かって突き進んでいく。

 

「すっげェェェ!!」

 

ルフィが大笑いする。

 

「これがグランドラインの入口かァ!!」

「笑ってる場合じゃないでしょ!!」

 

ゼタは船縁にしがみついた。

 

だが、次第にその表情が変わっていく。

 

眼下には、遠ざかっていく東の海。

頭上には、どこまでも続く青空。

そして、船は空へと向かっている。

 

(……あれ?)

 

ゼタはふと気づいた。

 

この感覚。

 

どこか懐かしい。

 

風を切って高度を上げる感覚。

眼下に広がる景色が、みるみる小さくなっていく感覚。

 

「……そっか」

 

ゼタは小さく笑った。

 

「なんだ。これって……」

 

彼女は船縁から手を離し、両腕を広げた。

 

金髪が風になびく。

 

「……騎空艇みたいじゃない!」

 

ルフィが振り返る。

 

「何だって?」

「空を飛ぶ船よ!」

 

ゼタは笑顔で答えた。

 

「ちょっと違うけど、こんな風に空へ向かって進むの!」

「すっげェ! ゼタの世界じゃ、いつもこんな感じなのか!」

「まあね!」

 

ゼタは胸を張った。

 

「空の旅なら、あたしの方が先輩なんだから!」

 

「ししし! じゃあ今度、空の船にも乗せてくれよ!」

「……ふふっ」

 

ゼタは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 

元の世界へ帰れたなら。

 

この少年を、自分の知る空へ連れていく。

そんな未来を想像すると、少しだけ胸が温かくなった。

 

「……いいわよ」

 

ゼタは笑った。

 

「いつかね!」

 

そして。

 

メリー号は山頂へと近づいた。

 

「みんな! もうすぐ頂上よ!」

 

ナミが叫ぶ。

 

「この先は下りになるわ! 気をつけて!」

「おう!」

 

ゾロが船体を支え、サンジが帆を確認する。

 

ウソップは相変わらず悲鳴を上げていた。

 

ゼタは前方を見つめる。

 

水路の先に、青い空が広がっていた。

 

そして。

 

「……っ!」

 

視界が一気に開ける。

 

眼下には、果てしない海。

東の海とは違う、新たな大海原。

 

偉大なる航路(グランドライン)。

 

「……これが」

 

ゼタは息を呑んだ。

 

「……偉大なる航路(グランドライン)」

 

ルフィが船首に立つ。

 

「行くぞォォォ!!」

 

その声に応えるように、メリー号が山頂を越えた。

 

次の瞬間。

 

「うわあああああ!!」

 

船は猛烈な勢いで下り始めた。

 

「速い速い速い!!」

 

ゼタが叫ぶ。

 

「何よこれ! 登るときより速いじゃない!!」

「しししし!」

 

ルフィは大笑いしている。

 

「最高だァーー!!」

「最高じゃないわよ!!」

 

ナミが叫ぶ。

 

「みんな、前を見て!!」

 

その声に、ゼタは顔を上げた。

 

そして。

 

「……え?」

 

前方。

 

水路の出口付近に、巨大な黒い影が見えた。

 

最初は岩かと思った。

 

しかし。

 

それは、動いた。

 

「……ちょっと」

 

ゼタの表情が凍りつく。

 

「……何、あれ」

 

巨大な身体。

黒い皮膚。

山のような大きさ。

そして、海面から突き出した頭。

 

「クジラだァァァ!!」

 

ウソップが絶叫した。

 

「……クジラ?」

 

ゼタは呆然とした。

 

自分の世界にも巨大な魔物や星晶獣はいる。

 

しかし、目の前の生物は、それらにも劣らないほど巨大だった。

 

「……嘘でしょ」

 

メリー号は、ものすごい勢いでその巨大なクジラへと近づいていく。

 

「避けて!!」

 

ナミが叫ぶ。

 

「無理だァァァ!!」

 

ウソップが悲鳴を上げる。

 

ゼタはアルベスの槍を握りしめた。

 

(……まずい!)

 

だが、相手はあまりにも巨大すぎる。

槍でどうにかできるような相手ではない。

 

「ルフィ!!」

 

ゼタが叫ぶ。

 

「どうすんのよ、これ!!」

 

ルフィは前方を見つめた。

 

そして、にっと笑う。

 

「何とかする!!」

「何とかって――!」

 

ゼタが叫びかけた、そのとき。

 

船首に立っていたルフィが、勢いよく振り返った。

 

「大砲だ!!」

「……は?」

 

ゼタの目が点になる。

 

「何でそうなるのよォォォ!!」

 

メリー号の前方には、巨大なクジラが迫っていた。

 

逃げ場はない。

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