ランバージャックプロジェクト   作:百合ロボSFコメディ風味

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1.頓挫

ーーー

 

 

 

『深刻なイレギュラーが発生』

 

『プロジェクトは失敗しました』

 

 

 

ーーー

 

 

 

『退学届 下記の理由により退学を希望するため、ご許可を願います。理由:勉強無理っす』

 

 PDFで配布された書類にぽちぽち文字を打ち込んで、最後に『一木(いちぎ)ヒノ』と署名。保護者の署名はもう入ってる。

 

 ざっと目を通してから送信ボタンをタップすると、私はスマホを投げ出した。降りしきる雨の中、砂利の中でびちゃりと泥が跳ねる。たぶん防水だったし大丈夫だろう。

 

 平日の昼下がり。土砂降りの雨のせいか、近所の公園には私以外の姿はない。ベンチの背もたれに体を預け、天を仰ぐ。

 

「あーあ、私より人生うまく行ってるやつ全員落ちぶれろ」

 

 一七年の人生史上でも類を見ない最低な独り言が口をついた。

 

 私は今日、退学した。理由は成績不良。先生は何度も補習や面談に付き合ってくれたし、私なりに努力もしたけど、小テストと定期考査で毎回赤点ばっかり取ったせいで、めでたく退学となった。

 

「明日から何しよう……」

 

 膝を抱える。濡れた制服がやけに冷たくて重い。せっかくお父さんとお母さんのお金で買ったものなのに、受験料と入学金だって高かったのに、全部無駄にしてしまった。

 

 転校したってどうせ無駄だ。何も頑張りたくない。何も見たくない。

 

 沈んでいく気持ちを逆なでするみたいに、高い音が耳朶を叩く。

 

 鈍色の空の中、巨人が空を駆けている。青白いブースト炎の尾を引いて、一糸乱れぬ五機の編隊飛行だ。

 

「乗りたかったなぁ、巨大ロボ」

 

 あれのパイロットになりたかった。名前──は忘れたけど、なんちゃらとかいう巨大ロボのパイロットになれば、一生チヤホヤされて富と名声がたくさん手に入る。仕事はたまにやってくる悪い宇宙人と戦うだけ。現役の人も引退した人も、テレビに出たり本を出したりと引っ張りだこだ。

 

 あわよくば私も。そう思ってどこの県かもうろ覚えな楔野(くさびの)市とかいう田舎町に出て来て、パイロット養成校に入ったのに、結果はこれ。周りは化け物みたいな天才ばっかりで、私が一次方程式でつまずいている間に巨大ロボのシミュレーターや実機訓練で結果を出してる。

 

 とてもついていけない。パイロットになれるのは現役中高生の未成年だけ、という理屈も理解できなかった。あんなでっかい機械子供に任せるなよ、大人が乗れよ。

 

「はぁーあ……秀子(しゅうこ)とリンに何て言えば……」

 

 同期で入った親友と、中等部の妹にはまだ何も伝えていない。

 

 二人とも最近は忙しそうだ。妹のリンは「養成校始まって以来の天才」とかって噂になってるし、親友の秀子は巨大ロボの研究開発をやりたいからって、難しい論文を書きまくってる。出来の悪い私が退学になったなんて知ったら余計な心配をかけるし、もう言わなくていいや。

 

「ん、地震……?」

 

 ほんのわずか、地面が揺れた。震度3くらいだろうか。

 

 日本じゃ日常茶飯事だ。ていうか災害があろうがなかろうが私の無能が変わるわけじゃない。心底どうでもいい。

 

 それからどれだけ放心していたのだろう。少しだけ気力が戻ってきた。

 

 旅に出よう。ため込んだお年玉貯金全部使って遠くに行こう。リンと秀子への言い分はもう知らん。思考停止。

 

 北と南どっちがいいかな。一人で飛行機に乗れるかな。色々調べないと。

 

 そうして、雨に打たれるスマホに手を伸ばすと。

 

「えっ」

 

 手首を掴まれた。

 

 私よりも小さく、細い手。白魚のような指からゆっくりと視線を上に滑らせれば、大粒の瞳と目が合う。

 

 真っ白な少女だった。私の頭一つ分小さな体。浮き出る鎖骨と肋骨が華奢な印象だけど、ほのかなくびれと丸みのある腰つきがどこかなまめかしい。新雪色の長髪が矮躯のあちこちに貼りついて、わずかなふくらみの頂点や足の付け根を隠している。

 

 何より、その顔つきから目が離せない。無垢な琥珀色の瞳と整った目鼻立ちは、恐ろしいくらいに私の好みと合致していた。

 

「……はっ!? いやいや、裸じゃん! なんで、風邪ひくよ!?」

 

 きれいな顔に数秒ほど見とれ、正気に返る。

 

 この世のものとは思えない美少女が、全裸で雨に濡れている。手首を掴まれる感覚がなければ現実とは信じられない。

 

「とりあえずこれ着て……あの、放してくれない?」

 

 裸よりはマシだろう、と濡れたブレザーを着せようとするけど、謎の全裸美少女は私の腕を掴んだまま動かない。じー、っと穴の開くほど見つめてくる。

 

 負けるものか。こっちも見つめ返す。

 

 きらめく琥珀の瞳。髪と同じ新雪色の長いまつ毛とくっきりした二重瞼。白く薄い顔色の中にあでやかな唇の朱色が咲いている。

 

 本当に好みドンピシャだ。幼女と少女の中間くらいの体型も含め、少女は私の性癖をそのまま具現化したみたいな完璧な外見だった。

 

 どうせもう失うものとかないし、チューくらいしても許されるのでは。

 

「ターゲット確認」

 

 などと邪念を抱き始めていると、幼い声。

 

 甘く、脳みその奥までしびれる声だった。声まで私の好みど真ん中だ。

 

「あの、あなた……うひゃあ!?」

 

 突如、手首を強く引かれる。

 

 浮遊感の後、私の体は少女の腕にすっぽり収まっていた。お姫様抱っこの態勢だ。

 

 妹によく「ムチムチ~」とからかわれるこの発育良好な体を抱き上げるなんて、見た目よりずっと力強い。

 

 戦慄する私を少女はじっと見つめ、淡々と告げる。

 

「ランバージャックプロジェクト、始動。フェーズ1に移行します」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 目を開ける。

 

 澄んだ橙の瞳がすぐそこにあった。

 

「ひぃっ!?」

 

 反射的に胸を隠し、足を閉じて後ずさる。ベッドのシーツに腕が引っかかり、後ろへ倒れ込む。

 

「どうかしましたか、一木(いちぎ)ヒノ」

「ど、どうしたもこうしたもあるか! ここどこ!?」

「ラムが活動拠点として借用した賃貸物件です」

「ラムって誰!?」

「当機の呼称です。昨夜の出来事について、記録を参照しますか?」

 

 かわいらしい女の子座りで尋ねる少女、ラム。

 

 けどもう騙されない。この女はおそろしい悪魔だ。

 

 自分の体を見下ろす。ラムと同じく全裸で、体中に赤い痕がついていて、お腹の奥の方を中心に甘い余韻が全身に残っている。手首には小さな手の形の痣。

 

 場所はとあるマンションの一室にある寝室だった。乱れたベッド、真新しい白い壁とフローリングに、まだ乾いていない何らかの液体の沁みがある。

 

「わ、わああ……!?」

 

 記憶が蘇ってきた。耳まで熱くなる顔を手で覆う。

 

 ラムはあの後、公園の近場にあったこのマンションの一室に私を連れ込み……乱暴狼藉を働いた。

 

 ラムの力は見た目よりもはるかに強く、私が泣いても叫んでもやめてくれず、ありとあらゆる初めてを奪われた末に失神し、今に至る。

 

 悪夢ではない現実だったのは、体に残る余韻や腰と背中の疲労感で分かる。

 

「警察! 警察に言うから!」

「どうぞ」

 

 強くにらみつけると、ラムは何かをこちらへ投げ渡す。

 

 私のスマホだ。白刃どりの要領でキャッチ、しようとするけど目測を間違えた。スマホの角がおでこにヒット。視界に星が散る。

 

「痛いぃー!」

「申し訳ありません」

 

 痛すぎて涙が出る。ラムはおろおろしながら頭を撫でてくれた。

 

 痛みが引くと、私は腕組みして言う。

 

「ナデナデごときで絆されないからね。通報はします」

「ええ、どうぞ」

「本当にするぞ!」

「どうぞ」

 

 110、と入力した画面を見せつけても、ラムは無表情のままだ。

 

 通話ボタンに指を添えたままにらみ合う。

 

「満足しましたか?」

 

 こてん、と首を傾げるラム。表情のないはずの顔に、嘲笑が混ざっているように見える。

 

「貴女の自尊心は、推定年下の相手に手籠めにされた事実を秘匿します。加えて、満更でもなかったでしょう」

「くっ……」

 

 その通りだった。幼女に乱暴されましたなんて誰かに言うのは恥ずかしいし、何より、滅茶苦茶気持ち良かった。性癖ど真ん中をぶち抜く薄細白髪美少女に抱かれ、恥ずかしさ以上にこの上なく幸せだったのだ。

 

 もちろん、これは私がチョロいとかえっち大好きとかではなく、ラムが美少女だから悪い。ラムの顔の作りが一ミクロンでも違ったなら、私は羞恥心を無視して通報していた。

 

 そんな乙女心まで見透かして事に及んだのだとすれば。

 

「あなた、何者?」

 

 目の前の美少女、ラムの目的は何なのか。何のためにあんなことを。

 

「当機は──」

 

 ラムが口を開くと同時、ピロリロ、と陽気な音楽が響く。

 

 洗濯機が仕事を終えたのを知らせる音だ。ラムは言葉を切って寝室を出ていくと、衣服を抱えて戻ってきた。

 

「着てください」

「お、おお。ありがと。ついでにシャワー浴びていい?」

 

 こくりと頷くラム。話の腰が折れてるけど、言ってみるもんだな。

 

 寝室からリビングを通り、洗面所へ。ユニットバスでシャワーを浴び、体中にこびりついた快楽の余韻を洗い流していく。熱いお湯で血の巡りがよくなったのか、現状の認識がはっきりしてきた。

 

 退学してふてくされていたら、美少女に手籠めにされた。

 

 はっきり認識しても訳が分からない。一体あの全裸白髪美少女の目的は──と、そこであることに思い至り、血の気が引く。

 

 シャワーを止め、洗面所から顔だけを出して叫ぶ。

 

「今何時!?」

「午前十一時。貴女と当機の対面から二十時間が経過しています」

「にじゅ……っ!?」

「一木リンへの連絡は済ませています。問題ありません」

 

 そう言って私のスマホを突きつけるラム。画面には『友だちの家に泊まる』旨のメッセージと、妹の返信があった。

 

「ごはんは!? あの子、私が作らないと全部菓子パンで済ませるんだよ!」

「貴女との対面前に、昨日の夕飯、本日の朝食、お弁当を作り置きしておきました。献立はこちらです」

 

 彩り豊かな三食分の画像が表示される。ぱっと見だけでなく、それぞれ栄養バランスも整っていて私が作るより出来がいい。

 

 リンの心配はなくなったけど、謎が増えた。

 

 あまりにも準備が良すぎる。リンのことも知られている。ラムは最初から私を抱くために接触してきたんだ。昨日退学した中卒女のために、なぜそこまで。

 

「スマホのロックは!?」

「それも含めて話をするので、早く準備を」

 

 手早く体を拭き、ホカホカに乾燥した制服一式を身に着け、寝室ではなくリビングに戻る。寝室は色々な痕跡が多くて気が散る。

 

 椅子もテーブルもないフローリングの中央で向かい合って座るけど、膨らみかけの乳房やら柔らかそうなお腹やらがちらちら見えて気が散る。ブレザーを着せてやった。

 

「? ありがとうざいます」

「ふひぇっ」

 

 萌え袖裸ブレザー美少女。かわいすぎて変な声出た。ついでにムラムラしてきた。

 

 が、これ以上脱線してるとキリがない。鋼の自制心で話を進める。

 

「で! あなたは何者! 何が目的!?」

「当機はラム。UDR式次世代汎用JA『ランバージャック』付属の自律学習AI搭載アンドロイド型インターフェースです。ランバージャックプロジェクトの実行及び進捗管理を担当しています」

「何の何が何だって?」

 

 この美少女がラムってことしか分からんかった。

 

「ええと、JAってのはあれ? 巨大ロボのこと?」

「はい。対金星獣用人型機動兵器、JA(ジュブナイルアーマー)、その次世代型の固有名称が『ランバージャック』となります」

 

 視線を窓へ向ける。南向きのベランダらしく、街の空で今日も巨大ロボ、もといJAが舞っている姿が見えた。日によってはビーム撃ったりチャンバラしたりもしている。

 

「で、ラムはその自律学習対人用なんたらかんたらと」

「自律学習AI搭載アンドロイド型対人用インターフェースです。換言すればアシスタントロボットでしょうか。今日(こんにち)のスマホにおけるAIアシスタントの対人機能を先鋭化させたもの、という解釈も可能です」

「ははあ」

 

 AI機能なら、スマホのサジェストや対話型アプリで馴染みがある。スマホが巨大ロボ、AIがラムと考えれば分かりやすいか。

 

「AI付きのすごい巨大ロボさんが、なんかプロジェクトをしたいんだっけ?」

「ランバージャックプロジェクトです。一木ヒノ。貴女は当プロジェクトにおける唯一の現地協力者として、ラムと協力しなければりません」

「はぁ!?」

 

 やだよ。

 

 行きずりの美少女に抱かれてうやむやになってたけど、こちとら退学になって傷心中なんだ。傷心旅行の準備しなきゃだし、リンに退学のことをどう説明するかも考えなきゃだし。うさんくさい計画になんて付き合ってられるか。

 

 思いっきりそっぽを向いてやった。

 

「ふん!」

「そのように、貴女が協力を拒むことは予期されていました。だからこそ、『説得』の工程が必要だったのです」

「ふん?」

 

 どういうことだ。

 

 訝しげに睨んでいると、スマホが振動。短い動画データの添付されたメールが入っている。

 

 送り主は『LUM』となっている。目線で促され、おそるおそるデータを開くと──

 

『んっ、あんっ、いやっ、やめて! しぬ! ひんじゃう! 気持ち良くてひんじゃうううう! んっ、はぁあああん!』

「うおおおおお!?」

 

 デカい乳をアホみたいに振り乱し、ハート目で色々な液体をまき散らして絶頂している少女の動画だった。涙と涎で蕩けた顔は、誰よりも見覚えがある。

 

 思わず絶叫してスマホを取り落とすと、ラムは冷酷に言う。

 

「その動画を全世界へ拡散するのに、ラムは一切の身体的動作を必要としません。また、データは万全のバックアップにより保全されています」

「こっ、この悪魔……っ」

 

 涙目で睨みつけるも、ラムは涼しい顔だ。

 

「現時点をもって、プロジェクトフェーズ1、『説得』を完了とします。よろしいですね?」

 

 よろしくない場合、私の高画質無修正の痴態が世界に晒されてしまう。

 

 私は怒りと羞恥で震えながら、力なく頷くしかなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『「金星獣」との開戦から今年で九十年を迎えました。政府は各都市の全域格納避難システムの維持と、JAによる防衛体制の一層の強化を──』

 

 動画サイトのニュースチャンネルをぼうっと眺める。この時期は巨大ロボと悪い宇宙人の話ばかりだ。

 

 九十年前、金星の方からヤバイ兵器が攻めてきた。これに対抗するため、人類は巨大ロボことJAを開発し、各都市に防衛隊を置いている。

 

 この防衛隊の花形、パイロットになりたかった。ロボにも宇宙人にも戦いにも興味ないけど、チヤホヤされるし給料もいいから。

 

 そのために頑張って、パイロット養成校に入ったけど。

 

「お待たせしました。お召し上がりください」

「おお……!」

 

 私は今、退学して初対面の美少女に抱かれ。

 

 十時間以上元気に喘いだ空腹を癒すため、手料理を振る舞われている。

 

「おいっしぃー!」

「当然です」

 

 惨めなのか嬉しいのか、ぐちゃぐちゃになった気持ちを分からないまま、温かいおうどんと一緒に呑み込むのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 昼下がりの住宅街を、ラムの後ろについて歩く。

 

「サイズは大丈夫?」

「大丈夫です。感謝します」

 

 とある場所に案内するというので部屋を出たのだけど、裸ブレザーのラムを外に出すのは憚られた。視界の端に生足がちらちら見えていると気が散って仕方ない。

 

 そこで私と妹が暮らす部屋に立ち寄り、妹のお下がり一式を着てもらった。

 

「まさか二つ隣の部屋だったなんてね」

「拠点を協力者のそれと近接させることは、プロジェクト実行に有用です」

「だからってさぁ」

 

 妹と壁三枚程度挟んだ部屋で、初対面の美少女に抱かれてた姉の気持ちを考えてほしい。

 

 なんて言っても通じないか。煩悩を振り払い、話を変える。

 

「ブレザーはそのままでいいの?」

「構いません」

 

 妹のリンが小四の頃愛用していた、フリル付きスカートとソックス、下着類をラムは身に着けている。だけど上だけは私があげた萌え袖ブレザーのままだ。気に入ったのかな。

 

「で、どこにあんの? そのクソデカスマホは」

「スマホではありません」

 

 次世代JA、『ランバージャック』。要は巨大ロボなわけだが、ラムはこれに付いているAIアシスタントのようなもの、らしい。

 

 このロボを使って私に何かさせたいみたいで、その隠し場所まで案内されているわけだ。

 

「ランバージャックは山中の地下空間に隠匿しています」

「山中? 登山ができる格好じゃないよ?」

「ご安心を。登山と呼べるほどの道程ではありません」

 

 ここ、楔野市は海と山に挟まれた小都市だ。私たちのいる住宅街はその中でも北の方、山の斜面にへばりつくように造成されている。住宅地の外縁部には登山道のほか、展望公園に通じる脇道がある。

 

 ラムはその脇道に踏み入っていく。昔は妹と一緒によく来ていたところだ。

 

「失礼」

「わわっ、力持ち!」

 

 細い脇道の途中、ラムに抱え上げられた。かと思うと、ラムが山の斜面に足を踏み出し、下へ下へと滑り降りていく。蜘蛛の巣が顔にかかった、ばっちい。

 

 谷底の細い沢でやっと止まった。見上げると、元居た道がはるか上にある。帰れるのか、これ。

 

「更に降下します。足元にご注意ください」

 

 言うや否や、またも浮遊感。落ち葉で覆われた地面が抜け、土や葉と共に暗闇へ落ちていく。

 

 ラムはふわりと闇の中へ着地し、私はふらつきながらどうにか地面を踏みしめる。硬い岩の感触が足の裏に返ってきた。

 

「こちらがランバージャック、当プロジェクトの核心にして、当機ラムの本体です」

「ふぅん?」

 

 ラムが萌え袖を振るって指し示す先には、巨大ロボがあった。

 

 全長は大体二〇メートル。学校や町の空でよく見る角ばった鉄板の塊みたいなそれと違い、継ぎ目のない滑らかな曲線の装甲で覆われている。ぼんやりした光の中に、白を基調とした細い四肢のパーツが浮かび上がっている。

 

 足元をぐるりと回ってみる。張りぼてじゃない。よく見ると装甲の表面が淡い光を放ち、地下を照らしている。触るとひんやりした金属の質感。

 

「はぇー……」

 

 このロボ、ガチだ。学校の格納庫で何回か見たことあるから分かる。この秘密基地めいた地下空間も含め、どう考えても個人のイタズラで用意できるものじゃない。ラムが自認アンドロイドの怪力美少女な線は消えたかな。

 

「で、このロボ使って何かやりましょうってワケね。言っとくけど、テロなんて絶対イヤだから」

「そのようなことはあり得ません。それでは、プロジェクトの概要を説明します」

 

 一拍の間。考えをまとめるような数秒を置いて、ラムが琥珀色の瞳をきらりと光らせる。

 

「十年後、人類は滅亡します。これの阻止が、ランバージャックプロジェクトの目的です」

「へー、壮大」

 

 ピンと来ない。こちとら中卒フリーターになった現実と向き合うのと忙しいのに、人類滅亡て。

 

「疑問はおありでしょうが、貴女に求めることはただ一つ。今すぐランバージャックに搭乗し、金星の衛星軌道上へ出立。金星獣の母艦を撃墜してください」

「無茶苦茶言いよる!?」

 

 恐れおののく私に、ラムは畳みかける。

 

「十年後、金星獣は最終兵器『エクリプス』を起動させ、人類を抹殺します。当機ランバージャックは十年後に建造され、エクリプスと刺し違えた機体の同型機になります。スペックを十分に引き出し、起動前のエクリプスを擁する母艦に奇襲をかければ、勝利は可能でしょう」

「えっ、じゃあラムは未来から来たの?」

「はい」

 

 言葉を失った。話が大きすぎてついていけない。

 

 金星獣は、九十年前から地球に攻めてくる無人兵器のこと。これを迎え撃ち人類を守るのがJAパイロットで、私がなりたかったやつ。

 

 でもJAと金星獣の対立構図はもう九十年続いている。十年後にいきなり滅ぶと言われても信じきれないし、未来から来たスーパーロボと言われたらもっと信じられない。

 

 ラムは訳知り顔でうなずいた。

 

「貴女は現実を受け入れられず、当機ラムを信用しない。徹底的にごねてごねてごね倒す。プロジェクト初期に予想される困難です」

「うん、その通り……待って、まさか!」

「そのまさかです。ぽちっとな」

『んっ、あんっ、いやっ、やめて! しぬ! ひんじゃう! 気持ち良くてひんじゃうううう! んっ、はぁあああん!』

 

 スマホから勝手に淫らな声が響く。地下空間に反響してわずかな水音まで聞こえる。誰の声なのかなんて考えたくもない。

 

 電源を落とそうとしても消えない。悪質な広告みたいだ。

 

「こっ、このアマ……!」

「求められる役割を実行してください」

 

 静かにたたずむ巨人、ランバージャックの胸部装甲がぱかりと開いた。さっさと乗れ、と言っているようだ。

 

 たしかに、私の性格上いきなり「人類救え」とか言われてもだるくてなんもしないけど! ラムを信用するまで何カ月もかかるだろうけど! だからってこんな説得の仕方ないじゃん!

 

 涙目になっていると、ラムがじりじりと距離を詰めてくる。

 

「求められる役割を実行してください。それとも、説得材料を増やしますか?」

「わ、分かった! 乗るから!」

 

 昨夜の嬌声がぴたりと止まる。甘い声の残響が途絶え、静けさが戻った。

 

 開いた胸部装甲の横からラダーが垂れ、ラムが手で指し示す。

 

「ご協力に感謝します。行きましょう」

 

 盛大にため息をつく。リン、お姉ちゃんちょっと人類救ってくるわ。

 

 ラムと一緒にラダーに手をかけると、自動で巻き取られて上へ。開いた装甲におっかなびっくり足を掛け、座席に体を沈めた。

 

 自動で装甲が閉じ、左右と正面にディスプレイが灯る。手元にはタブレットサイズの操作盤(コンソール)、操縦桿、スロットルレバー。足元には左右合わせて五つのペダル。レバーには無数のトグルとトリガーボタン。授業で乗ったことのあるJAのシミュレーターと似ている。

 

「どうぞ。出発してください」

 後部座席に収まったラムが言う。

 

 いや、どうやってよ。

 

「出発って、どうするの?」

「垂直上昇後、ガイドビーコンに従って加速してください。金星獣母艦への最短ルートに乗れます」

「垂直上昇って。昨日中退したばっかの落ちこぼれにできるわけないじゃん。歩き方も分かんないのに」

「……は?」

 

 コックピットに沈黙が落ちる。

 

 ものすごく静かだ。わずかな振動さえない。エンジンどうなってるんだろう。

 

 たしか歩くにはレバーを前に倒して……動かない。このトリガー押しながらだったかな。シミュレーター乗ったの一回だけだし覚えてないや。

 

「確認します」

 

 レバーとペダルをガチャガチャして遊んでいると、ラムがかすれ声を出す。

 

「貴女は一木ヒノですか?」

「そうだよ」

「最強のJAパイロット、滅殺の女神と呼ばれ、日々金星獣を殲滅していますか?」

「誰だよ。そんな怖い異名の人聞いたことないよ」

 

 ラムが再び黙る。

 

 今度の静けさは長く続かなかった。ぶぶっ、と効果音が鳴り、ディスプレイにエラーが表示される。

 

『深刻な損傷を検出。箇所:亜光速航行システム、メタフィジックスウェポン「排伐者(プルーナー)」、時空間転移機能、フレームパーツ内装多数 自動修復完了までの時間を計算中……』

 

「んん? 壊れてるの?」

 

 未来から来た割に大したことないな。

 

 皮肉に笑い、ラムを振り返ろうとしたところで。

 

 コックピットが真っ赤に染まった。ディスプレイが赤地に白抜きの警告表示で覆い尽くされている。

 

『自爆まで00:00:30』

 

「自爆かぁ……自爆ぅ!?」

 

 なんで!? 変なボタン触った!?

 

 カウントは二九、二八とみるみる減っていく。

 

 慌てて後部座席を振り返ると、ラムは虚空を睨んで呆けている。

 

「イレギュラーが発生しました。ランバージャックプロジェクトを実行できません。自爆します」

「はぁああ!?」

 

 ポンコツかよこのガキ。

 

 自爆するなら私のいないところで勝手に……いやラムは美少女でもったいないから、ランバージャックだけ勝手に爆発してればいいのに。

 

 慌ててる間にもカウントは減り続ける。

 

 身を乗り出してラムの肩を掴み、揺さぶる。

 

「落ち着け! イレギュラー!? 多少の想定外でヤケになるな! 修正して実行しなさい!」

「修正……」

 

 ラムの虚ろな目に光が戻る。コックピットを覆う不吉なカウントが姿を消し、静寂が戻った。

 

 ラムは俯いて目を眇めたまま動かない。おそるおそる声をかける。

 

「ラム?」

「プロジェクトを修正しています」

「結構時間かかるやつ?」

「およそ十時間ほど」

「帰らせろや!」

 

 好みの美少女と密閉空間で二人きりというのはロマンだけど、限度がある。リンにも心配をかけちゃう。今すぐやることがないなら帰らせてほしい。

 

 ラムは大粒の目をぱちぱちさせてから、こくんと頷いた。

 

「承知しました。プロジェクトの修正後、連絡します。お疲れさまでした」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 地下空間からラムに抱えられて地上に戻り、元居たマンションへ。

 

 ラムが部屋に入ったのを確認すると、大きなため息が漏れた。

 

「ひどい目にあった……」

 

 超タイプの美少女とくんずほぐれつ出来たのは、ぶっちゃけ幸運だ。苦しいくらい気持ち良くされて癖になりそう。

 

 でもその後、乱暴な『説得』を経て人類を救えだの未来から来ただのと言われたストレスで、収支は大きなマイナスだ。手料理まで振る舞ってもらったのを入れてもめっちゃ疲れた。

 

 スマホを見る。午後五時ちょうど。あと一時間で妹が帰ってくるから、それまでにご飯作ってお風呂沸かして、洗濯ものはどうしてたっけ……。

 

 肩を落として共用部の廊下を進み、自室の扉を開けると。

 

「お姉ちゃんお帰り!」

 

 胸に元気な人影が飛びついてきた。ポニーテールがぶんぶん揺れている。

 

「ただいま、リン」

 

 一木リン。大切な妹だ。

 

 私の胸に顔を埋め、じっとしている。

 

「すううう……」

「吸うな吸うな」

「だって寂しかった!」

 

 がばっと顔を離して睨みつけてくるリン。ほっぺたを膨らませて、まるで小学生だ。

 

「急に友だちの家に泊まるなんて初めてじゃん! お姉ちゃん、秀子さん以外に友だちいないのに!」

「あのねぇ、一番仲いいのが秀子ってだけで、友だちはいるからね?」

 

 まあ退学したら縁切れるくらいの仲だったけど。

 

「ほんと? 顔と名前知ってるだけの人は友だちじゃないよ?」

「じゃあ……いないかも」

「やっぱり! 本当はどこでお泊りしたの!?」

「新しい友だちの家、かな」

 

 これなら嘘じゃない。未来美少女ラムが友だちかは知らんけど。

 

 リンは訝し気に目を細め、じとっとした目を向けてくる。

 

「ふぅん。その割には仲良しさんなんだね。知らない人の匂いがべったりついてるよ」

「んんっ」

 

 半日間ぶっ通しで抱かれたら匂いくらいはつくだろう。シャワーを浴びても。

 

 浮気を追求されてるみたいで気分が悪くなってきた。リンはどうしてこんな、と考えてすぐに思い至る。

 

「ごめんごめん。寂しかったね。もう急に外泊はしないから、許して」

「……許す!」

 

 不満げな顔から一転、太陽みたいな笑顔を浮かべるリン。

 

 と、そこで気づく。この時間にリンが家にいるのは珍しい。

 

「ところで今日は早いけど、学校は?」

「お姉ちゃんに会いたくて早引けした! あとね、報告したいことがあるの!」

 

 玄関先でいつまでも話し込むのは落ち着かない。靴を脱いで上がる。

 

 でもリンは待ち切れないのか、私の手を引きながら、その場で言った。

 

「パイロット試験合格した! 来月からJAのパイロットだよ!」

「……マジで!?」

 

 力強く頷くリン。マジかぁ。

 

 パイロット試験自体は、一年の養成課程を経れば誰でも受けられる。でも合格基準が鬼のように高くて、合格できるのは訓練を積み重ねた高校生になってからが大半だ。

 

 リンは今年から中二だから、最短ルートでの一発合格になる。さすがうちの妹。途中でドロップアウトした私とはえらい違いだ。

 

「おめでとう! 今日はお祝いだぁ! 冷蔵庫の中身全部使ってごちそう作るよ!」

「わーい! 私も手伝う!」

 

 多少の嫉妬には蓋をして、闇鍋という名のごちそうを作り、妹の躍進を盛大にお祝いしたのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 なお、鍋をつついている最中。

 

「半年後の試験でお姉ちゃんが合格したら、一緒にパイロットだね! 楽しみだなー!」

「そうねぇ、あはは」

 

 退学した件を言い出せず、冷や汗を流した。

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