ランバージャックプロジェクト   作:百合ロボSFコメディ風味

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3.修正

 我が家の朝は早い。

 

 私と違って成績優秀なリンは、毎朝六時には学校に着いてJAの操縦訓練や関連座学の勉学に励む。さながら部活動の朝練だ。四時半には二人で起きて、リンが身支度している間に私は朝ご飯とお弁当を作る。

 

「いってらっしゃい。頑張ってね」

「うんっ、行ってきます!」

 

 そうしていつも通り、五時半ごろにはリンを送り出した。

 

 玄関先で手を振り合い、私は中へ。洗い物と掃除を済ませた頃に洗濯機が止まり、ベランダに干せばちょうどいい時間だ。玄関の姿見で身だしなみチェック。

 

 リンいわくムチムチお姉さんらしいが、私の目にはスレンダーな黒髪お姉さんにしか見えない。見えないったら見えない。ブラウスを突き破らんばかりに発達した双丘なんて目の錯覚だ。

 

 というかなんでトップスがブラウスとベストだけなのか。四月の朝はまだ肌寒い。ブレザーはどこにやったっけ──

 

「あ、退学」

 

 そこでやっと昨日のことを思い出した。

 

 退学になったこと。バチバチにかわいい超絶美少女に抱かれたこと。山の中で変な巨大ロボに乗せられ、自爆させられそうになったこと。

 

「はぁ……」

 

 情報量の多さで頭が痛くなってきた。ローファーを脱いで部屋に戻り、リビングのソファに身を投げ出す。スカートにしわが出来るけど知るもんか。

 

 退学のことはリンに言わなくていいだろう。少なくとも今は。異例の早さでパイロットデビューしたらしいリンにとって、今は一番忙しい時期だから。

 

 幸い、中等部と高等部で校舎が別だし、登下校の時間も違う。バレることはない。

 

「じいじとばあばには言わなきゃかな……」

 

 物心つく前に両親は死んだ。JAと金星獣の戦いに巻き込まれたらしい。それ以来、祖父母にはすごくお世話になっている。パイロット養成校に私とリンが入学できたのも、こうして住みよいマンションで二人暮らしできるのも、祖父母が老後の資産と両親の遺産をやりくりしてくれたからだ。

 

 退学になるかもと相談してはいたし、書類にもサインしてもらった。それはそれとして連絡しないといけない。

 

 スマホを取り出し、通話をかける。

 

 すぐに祖母が出てくれて、色々あいさつしてから退学したことを言うと。

 

『お疲れ様。ちゃんと言えてえらいねえ。ひーちゃんはどうする? 東京戻ってくる?』

「ううん。リンを一人にはしたくないから、もう少しここにいたい」

『そうよねぇ。姉妹は一緒じゃなきゃねえ。分かった、じいじにもそう伝えとくね。リンちゃんの方は元気してる?』

「うん──」

 

 一番重たい話題はあっさり流され、近況報告を小一時間した後、通話を終えた。

 

 怒られなくてほっとした反面、怒ってくれた方が楽だったという非難が心に蟠っている。情けなさで涙が出てきた。

 

 滲む視界の中、青い炎がちらつく。ベランダから見える空だ。小さな雑居ビルほどもある巨人が、青い噴射炎の尾を引いて飛び回っている。

 

 カーテンを閉め、テレビをつけた。

 

『速報です。本日未明、東京に飛来した金星獣レベル3、種別「ルプス」の群体は、防衛隊によって全機撃破されました。在来線は始発から定刻通りに──』

『東京への金星獣襲来は今年に入って二八回になり、都民からはいい加減にしてほしいとの声も──』

 

 いい加減にしてほしいのはこっちだ。どこを見ても巨大ロボと宇宙人の話ばかりして、退学した私にもっと配慮しろ。

 

 テレビを消すと、間を置かずスマホが振動。

 

 何の通知かと見てみれば、画面が美少女になっていた。

 

「……うわぁ!?」

『何を驚いているのです?』

 

 ラムだ。ラムの精巧な美少女顔がドアップで画面を占領している。勝手にカメラ通話が始まっていた。

 

「応答してないんだけど!?」

『システムに干渉しました。そんなことより、プロジェクトを修正しました。情報共有するので今すぐ部屋に来てください』

「えー、だるぅ」

 

 自分の惨めさに感傷的になっているところだったのに。

 

 と、口ではごねながらも玄関へ向かう。どうせやることないし、逆らうと例のエロ動画流されるだけだもんね。人類救済の与太話で暇を潰すのも悪くないでしょう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「一木ヒノ、貴女はカスです」

「開口一番!?」

 

 昨日と同じく、何もないリビングの床上にて。

 

 対面で座ったとたん罵倒された。

 

「優しくされるとかえって辛いなーとか思ってたけど! だからって悪口言われたいわけじゃあないのよ!」

「失礼、少々結論を急ぎすぎました。順を追って説明します」

「結論が『カス』の説明は聞きたくないなぁ……」

 

 私の苦笑いに構わず、ラムは続ける。

 

「前提として、既定のランバージャックプロジェクトは頓挫しました。原因は二つの大きなイレギュラーにあります」

「イレギュラー?」

 

 細っこい指を二本立てるラム。

 

「一つは、時空転移時の衝撃によるランバージャックの損傷です。プロジェクト完遂に不可欠な中枢機能が破損しており、自動修復にはおよそ半年の時間を要します」

「ふむふむ」

 

 プロジェクトの内容は、十年後にラスボスを差し向けてくる金星獣を、未来の技術で今の内に消し飛ばしましょう、というもの。そのための武器が使えないらしい。

 

「え、自動で直るの? 業者さんに頼んだ方がよくない?」

「自動修復ナノマシンが作動しているため、人の手は不要です。また、未来の技術をこの時代の人間に開示することは推奨されません」

 

 ナノマシン。時間遡行と同じく、たまにSFで見かける超技術だ。たしか目に見えないくらい小さい機械だったかな。たった十年ですごい発達するなぁ。

 

「ふーん。じゃあ直ったら私が乗って金星獣ぶっ飛ばしに行けばいいわけ?」

「その通りです。しかし、二つ目のイレギュラーを解決せねばなりません」

 

 ラムはジト目で私を見上げ、もったいぶったように間を空けて、ついに言った。

 

「一木ヒノ、貴女がカスであることです」

「また言った! 何、どういうこと!?」

「世界線、あるいは並行世界についてご存じですか?」

 

 質問に質問で返すとはふてえ野郎だ。

 

 そのくらいは知っている。『もしも』の数だけ分岐する世界のことだ。たとえば私が退学になった世界線がここだとすれば、もう少し頑張って退学を免れ、パイロットデビューした世界線だってあり得る。あるいは、もしも私のお父さんとお母さんが出会わない世界があったなら、私は存在しないこともあり得る。物理学だか量子力学だかの教科書でちらっと見た知識だと、大体そんな感じだった。

 

「──というわけ! どう!? 正解でしょ!」

「正解です。勉強しててえらいですね」

「ふふん!」

 

 胸を張る。赤点続きでも、中等部を卒業するまではできたのだ。このくらい楽勝なのだ。

 

「ですが、我々が目指した世界線の貴女とは雲泥の差です」

 

 なのだなのだと威張っている私を、今度は泥扱いするラム。

 

 罵倒されすぎてげんなりしてきた。目線で続きを促す。

 

「我々はランバージャックのスペックを十全に引き出せる、最強のパイロットを近現代から選出しました。それが滅殺の女神、一木ヒノです。史上最も多くの金星獣を撃破し、人類に貢献した偉人として、末永く語り継がれる伝説のエースです。彼女の技量とランバージャックの性能が合わされば、失敗の確率はないに等しい」

 

 もはや誰だよ。もしもの世界の私は、物騒な異名と共に伝説になるほどの腕前だったらしい。

 

「……だけど、実際会ってみたらこんなでしたと」

「はい」

「はいって言うな」

 

 傷つくだろうが。フォローしてくれ。

 

「まさか一七歳の春の時点でまだパイロットデビューをしていないとは。世界線移動を時間遡行と並列実行する際の技術的課題を、開発者は解決できなかったと思われます」

 

 ラムが話を切った。沈黙の中、私は情報を整理していく。

 

 ラムは未来のスーパーロボット、ランバージャックと共に時間遡行してきた。十年後にやってくる『エクリプス』というラスボスを、今の内に倒して人類を救うために。

 

 だけどタイムスリップと世界線移動時にやらかして、巨大ロボは壊れ、パイロットは使い物にならない。さて困ったどうしようってわけだ。

 

「ランバージャックの修理ができたら、別の世界線に行けば?」

「不可能です。世界線移動と時空転移機構は、ナノマシンによる修復対象外です」

 

 まあそれができるなら、パニックになって自爆しようとはしないか。

 

 あれ、でも一番簡単な方法が残ってるぞ。ランバージャックが半年で修復され、パイロットだけいないのなら。

 

「誰か他のパイロットに乗ってもらえばいいじゃん」

「絶対に不可能です」

 

 食い気味の否定。

 

 強く強く、私の言葉を押しつぶすような強い声音による拒絶だった。金の瞳が爛々と輝き、絶対に認めない意志を示している。

 

「ランバージャックのパイロットは、一木ヒノ。貴女だけです。貴女以外には絶対に乗らせてはいけない、と開発者から厳命を受けています」

「はぁあ!? あれだけ人のことカスカスカスカス言っといて、結局乗れって!? 意味わかんないんだけど!」

 

 さすがにカチンと来た。

 

「十年後にラスボス来るんでしょ? 変なことに拘ってる場合じゃないじゃん!」

「いいえ。ランバージャックには貴女が乗るのです」

「なんで!?」

「現時点では明かせません」

 

 平行線だ。美少女の外見をしたAIアシスタントのくせに、意地になっている。

 

「……じゃあどうすんの? 余命十年だと思って人生エンジョイすんの?」

「プロジェクトの修正版を実行します」

 

 頭痛をこらえていると、スマホが震える。

 

 ラムから画像データが送られてきていた。

 

 開いてみると、辞書並みに細かい文字がびっしり詰まったフローチャートが現れる。複雑に枝分かれする樹形図めいたそれのてっぺんには、『Lumberjack Project_revised』とある。

 

「取り急ぎ、フローチャートの最上部の内容を実行してください。詳細はその後で」

「何なのもう……」

 

 ざっと見た感じ、枝のところどころに丸があり、そこに日付と時間、指示の内容が書かれていて、結果によって分岐するみたい。このチャートに従っていけば、最下段の『ターゲット抹消』にたどり着くようだ。

 

 ラムを見る。フローリングにぺたんと腰を下ろし、じっとこちらを見上げる瞳には少しの揺らぎもない。自爆しかけた昨日から一晩かけて、必死でこのチャートを考えたのだろう。

 

 美少女のガワに絆されたわけではないけれど。もう少し付き合ってやるのも悪くない。

 

 そうしてチャートの最上段の内容に目を走らせる。

 

『一木リン、および優野(ゆの)秀子(しゅうこ)の死の回避』

 

「は?」

 

 思考が止まった。

 

 リン。私のたった一人の妹。そして同期の親友──優野秀子。

 

 その二人が、死ぬ。いつ?

 

『二〇xx年 四月一五日 午前一一時二〇分』

 

 日付は今日。今の時間は一一時ちょうど。

 

「これ、どういう──」

 

 けたたましいサイレンが言葉をかき消す。

 

 音は外とスマホの両方からだ。フローチャートの画像が消え、赤地に白抜きの画面に強制遷移される。

 

『金星獣襲来。間もなく居住区の全域格納避難が開始されます。衝撃に備えてください』

 

 

 

ーー

 

 

 

 金星獣は空からやってくる。頻度は毎日だったり年に数回だったり、場所によってまちまち。台風より気まぐれな襲来のたびに避難して、壊された町を直すのは面倒くさい。

 

 そこで先人たちが考えたのが、全域格納避難だ。

 

「おー、すごーい! 町が沈んでくよ!」

 

 ランバージャックのコックピット内。ディスプレイには楔野市の遠景が映し出されている。町の北に聳える楔大山の山頂ライブカメラをハッキングしているらしい。

 

 見慣れた町並みがみるみる地面に吸い込まれ、分厚い隔壁が重たい音を立てて閉じられていく。後に残ったのは灰色の隔壁で平坦になった足場だけだ。

 

「昔の人は思い切ったこと考えるねえ」

 

 人、居住施設、インフラ設備。暮らしに必要な全部を丸ごと避難させる仕組み。動くところは初めて見た。

 

「感心している場合ではありません。さっさと迎撃に向かいなさい」

 

 後部座席から叱責が飛んでくる。普通に感動して気が抜けてた。

 

 今回やってくる金星獣によって、リンと秀子が死ぬ。

 

「補足します。今回の金星獣は、両名のみならず、格納避難済みの人員と居住施設もろとも消滅させます」

「ウソぉ!?」

「ラムはウソを言えません」

 

 思ったより被害規模が大きかった。

 

「この楔野市は金星獣の襲来頻度が低く、ランバージャックが潜伏するには最適です。活動拠点を防衛してください」

 

 話は分かった。

 

 ランバージャックは修復中で、いい感じのパイロットも不在。準備ができるまで隠れる場所として楔野市を守らなきゃいけない。

 

 もちろん、街を守るのは本来、JAで構成される防衛隊の役目だ。未来から来た謎の巨大ロボが出る幕じゃない。

 

 でも、

 

「防衛隊に任せたら、みんな死んじゃうんだ?」

「肯定します。今回の金星獣は、この町の防衛力をはるかに上回っています」

 

 なら、やるしかないか。腹を括る。

 

「じゃあ行こう! どうすればいい?」

「敵金星獣は現在高度二〇〇〇〇メートルから降下中。同高度まで上昇し、『排伐者(プルーナー)』を物理破壊限定モードで使用してください」

「だからぁ! それをどうすればいいのかっつってんの!」

 

 剣呑な異名持ちの最強パイロットじゃないんだよ。一昨日退学になったばかりの一七歳中卒女に無茶な指示をしないでほしい。

 

「まず歩くのってどうすんだっけ? この操縦桿? それともペダル、ボタン?」

 

 下手な鉄砲数うちゃ当たる。目についたレバーやボタンを適当にがちゃがちゃやってみた。

 

 どごん、と音。左のディスプレイを見ると、思い切り振り上げた左腕が地下空間の壁を削っていた。

 

「惜しい!」

「何も惜しくありません一旦落ち着いてくださいお願いですから」

 

 感情のこもっていない三倍速の早口が後ろから飛んできた。うん、私もその方がいいと思う。

 

 数秒程の間を置いて、ラムは慎重な口ぶりで、

 

「……まず、左の第二ペダルを踏みながら、操縦桿をまっすぐ、ゆっくりと前に」

「こう?」

 

 動いた! 左右のディスプレイの風景が少しだけ後ろに行った。一歩を踏み出したんだ。シミュレーターに一度しか乗らせてもらえなかった身としては感無量だ。揺れが全然ないのはサスがいいのかな。

 

「そのまま右の第二ペダルを踏み、ゆっくりと左旋回を」

「第二ってどっち? これか!」

 

 適当に踏んづけると、少し揺れを感じた。ディスプレイの風景が斜めに傾いている。こけちゃったっぽい。

 

「分からないなら一度止まりなさいどうして不用意に強行するのです」

「ごめんて」

「そのまま何もせず待機を。操縦システムをプロ仕様から簡易版に組み替えます」

 

 最初からそうしてよと言いたいが、ラムは私をパイロット暦数年のエースと見込んでたわけだから、大きすぎるズレについていけないのだろう。

 

 ラムが黙り込んでしまったので、正面ディスプレイの映像を眺める。戦況が少し進んでいた。

 

 灰色の隔壁の上に、五体の巨人。楔野市を守る防衛隊のJAだ。

 

 彼らが見上げる空には、雲間に真っ赤な塊が浮かび上がっている。原色の赤ペンキを凝縮したような色合いのそれは、雲を割って少しずつ姿を露わにする。

 

 クジラだった。毒々しいほどに赤い大きなクジラ。

 

 ちょっと、いやかなり、ううん、あり得ないほど大きい。紡錘形の体が空を埋めている。楔野市の総面積よりも大きな巨体は、陸地がそのまま降ってきたよう。全長二〇メートルのJAとランバージャックと比べても、サイズ比は象とノミだ。

 

「ら、ラム? 想像の五百倍ヤバそうな敵来たんだけど、何アレ?」

「金星獣脅威度レベル4、種別『セータス』です。熟練パイロットが手順を踏めば容易に撃破可能ですが、経験の少ないこの町の防衛隊では手に負えません」

 

 でしょうね。熟練ならどうにかできるのが信じられないくらいだよ。

 

 絶句していると、クジラの腹がチカチカと明滅する。光は白い糸を引き、無数の筋となって地上のJAに降り注ぐ。

 

『MIDDLE SIZE MISSILE:1024』

 

 ディスプレイの表示で正体が分かった。

 

 ミサイルの群れだ。一〇二四発もの爆弾が、防衛隊に殺到する。

 

 五体のJAは青い炎を背から吐き出し、飛翔。散開してそれぞれに回避機動を始める。

 

 ミサイルをギリギリまで引き付け、急速に切り返し旋回半径内に潜り込む。密集したミサイル群が誘爆し、数を減らす。更に手持ちのビームライフルで迫りくるミサイルを撃ち落としていく。

 

 楔野市上空に無数の光の花が咲く。

 

「がんばれ……!」

 

 だけど、ミサイルはどれだけ撃っても避けても減る気配がない。

 

 定期的にセータスが新しく発射しているからだ。防衛隊のJAがお手本のような動きで迎撃しているのに、次から次へと追加するからキリがない。

 

「ズルじゃん! あんなのどうしたらいいの!」

「回避しつつ距離を詰め、弱点である口腔内、または腹部ミサイル発射口を攻撃するのがセオリーです。経験がなれけば不可能でしょう」

 

 ラムが冷淡に予告する通り、防衛隊のJAは防戦一方。ミサイルへの対処で手一杯だ。

 

 当然だ。ほんの少しでも機動を間違えれば、一発でも被弾すれば。後続のミサイルが連鎖的に命中して消し炭になってしまう。この弾幕をいなして攻撃に転じるなんて一握りの達人しかできないだろう。

 

「あっ!」

 

 JAの一体が態勢を崩した。撃ち落としたミサイルの爆風に煽られたんだ。

 

 ぐらついたところにミサイルが食らいつく。

 

 するとそのJAの背中が爆発的に光った。ブーストの噴射炎だ。

 

 崩れた態勢を無視した急速降下。ミサイルの下を潜り抜け、どうにかやり過ごす。

 

 けど代償は大きかった。真下へ加速した勢いを殺しきれず、地面となった隔壁に叩きつけられる。火花を散らして滑ると、黒煙を上げて動かなくなる。

 

 ミサイルは弧を描き、墜落したJAへ容赦なく回頭した。

 

「ら、ラムラムラム!? まだ!? 死ぬ、死んじゃうぅぅぅう!?」

「……システム、完成しました」

 

 どこか疲れたようなラムの声。

 

 それと共に映像が途切れ、ディスプレイに文字列が表示される。

 

『AMATEUR MODE ACTIVATED』

 

「──これより、ランバージャックプロジェクト改訂版を始動。拠点確保に向け、介入行動を開始します」

「開始ったってどうやって!?」

「発進の宣言を。ラムがアシストします」

 

 儀礼なのか手順なのか知らないけど、ラムにとっては大事なことらしい。いつにもまして険しい無表情で要求してきた。

 

 言われた通り、なんとなく操縦桿を前に倒しつつ、宣言。

 

「ランバージャック、発進!」

 

 視界が開けた。

 

 真っ暗な地下空間から、空の上へ。瞬間移動でもしたみたいに、ランバージャックの機体は上空にあった。

 

「推進系上限速度、光速の〇.〇三%に固定。慣性制御有効、座標指定完了。前へ」

 

 レバーを前に倒す。

 

 視界が暗転し、目の前にミサイルの群れ。リアカメラの映像には黒煙を上げるJA。

 

 先ほど墜落したJAとミサイルの間に移動したらしい。

 

 このままだと消し飛ぶのは私だ。

 

「バリア機能、出力二〇%。トリガーを」

 

 トリガーボタンを押す。

 

 半透明の青い壁が機体を覆った。ミサイルが次々に着弾するも、爆風も破片の一つすら通さない。

 

「『排伐者(プルーナー)』、物理破壊限定モードで起動。照準完了。左スロットルレバーを後ろに引き、第一トリガーを押下してください」

 

 左スロットルとトリガーボタン……これかな。言われた通り操作する。

 

 機体はどこかから小さな斧のような武器を取り出し、振り上げる。レバーを引いてトリガーボタンを押すと同時、斧を振り下ろした。

 

 次の瞬間、楔野市上空が爆炎で赤く染まった。防衛隊を追い回していたミサイルのすべてが爆発したらしい。

 

「……なんで!?」

 

 驚いたのは私だけじゃなく、防衛隊も、真っ赤なクジラ『セータス』も同じだった。

 

 セータスは巨体をくねらせ、ゆっくりと頭をこちらへ向ける。町を丸ごと呑み込めそうな大口を開けると、真っ暗な口腔が太陽のように光り、徐々に光が強くなっていく。

 

 冷や汗が噴き出す。本能的に分かった。

 

 あの光が解放された瞬間、地下に避難した町もろとも全部消し飛ぶ。

 

「セータス、主砲発射します。対処を」

「え、ええと、こう!?」

 

 ラムも焦っているのか、指示が雑だった。

 

 とりあえずさっきやったのと同じように、レバーを後ろに入れてトリガー。斧を振り下ろす。

 

 セータスの巨体が二つに割れた。

 

「はぇ?」

 

 薪を真っ二つにしたように。頭から尻尾までを縦に両断されている。

 

 巨体は声を上げる間もなく、赤い塵と化して中空へ散っていった。

 

「脅威の排除を確認しました。戦闘終了、ステルスモードへ移行。帰投してください」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 数分後。

 

 出て行ったときと同じ要領で、私とラムは山中の地下空間に戻ってきていた。

 

 コックピットの正面ディスプレイには、隔壁が開き、街が下からせり上がって来て元の姿を取り戻す様子が映されている。

 

 どこか現実感の薄い光景だ。

 

 夢見心地のまま先ほど起こった出来事を思い返す。ラムに言われた通りにするだけで、防衛隊のエリートたちが手も足も出ない金星獣を倒せた。

 

「わっ、私強すぎぃ! もうこんなん無敵じゃん! 今すぐ金星行って金星獣根絶やしにしちゃおうぜ!」

「殺されたいのですか?」

「ひえぇ!?」

 

 ちょっと調子に乗っただけなのに、期待の五倍は辛らつな声が後ろから返ってきた。

 

 怯えていると、「ああ」と思い出した風にラムが付け足す。

 

「ラムに、ではなく金星獣に、という意味です。現状の戦力で金星獣母艦に向かった場合、三秒足らずで殲滅されるでしょう」

「ほんとー? ランバージャック、こんなに強いのに!」

「ラムの補助ありきの半自動操縦では、本来のスペックの一割すら発揮できません」

 

 ラムに任せきりだとランバージャックは全力が出せないらしい。

 

 理屈は分からないでもない。スマホを動かすのに便利なAIはたくさんいても、最終的にスマホを操作するのは人の指や声だ。あくまで補助してくれるだけのラムに、人の代わりはできない。

 

「そうは言っても、どうすんの? 私は退学済みの落ちこぼれだし、他の人に頼むわけにもいかないんでしょ?」

 

 ランバージャックに乗るのは私、一木ヒノでなくてはならない。ラムはそう言っていた。でも乗ったところで全力が出せないんじゃ意味がない。

 

「人類救いたいんだったら、変なこだわりは捨てちゃいなよ」

「それは貴女です、一木ヒノ」

「どれ?」

 

 首を傾げると、ラムは恐ろしいことを言ってのけた。

 

「訓練です。ランバージャックが修復されるまでの間、死に物狂いで訓練に励んでください。ランバージャックのスペックをフルに引き出せる技量を身に着けるのです」

「はぁ!?」

 

 訓練。この私に頑張れと、努力をしろというのか。

 

 思わず振り向くと、後部座席のラムは鋭く目を細め、じっとこちらを見つめる。

 

「貴女は、貴女自身が力を尽くす選択肢を最初から除外している。そのように惰弱な拘りは捨てなさい。それが人類のためです」

 

 イヤだ。私は頑張るのが大嫌いだ。

 

 だってずっとずっと頑張ってきたのに、結局は退学になった。どんなに努力したって無駄だ。頑張ったところで自分と世界に失望するだけなんだ。

 

「イヤに──」

 

 決まってるだろと続けようとした口が、柔らかいものに塞がれる。

 

 整った目鼻立ちと澄んだ琥珀の瞳が、すぐそこに迫っている。長い純白のまつげが頬に触れてくすぐったい。

 

 ラムが私の唇を奪っていた。一昨日の熱い夜が脳裏に蘇り、体の奥が甘く火照る。

 

「んむ……っ」

 

 唇の間にから熱いものが入り込んできた。ラムの舌だ。

 

 驚いているはずなのに、私の舌も勝手に動く。あの夜と同じように、ラムのそれと熱く絡み合おうとして──舌先が軽く触れただけで、その甘い熱は逃げて行ってしまった。

 

「ぷはっ」

 

 身を乗り出していたラムが姿勢を戻す。

 

「ひとまず今日は解散です。今のは頑張った報酬です。明日からの頑張りによっては、更なる報酬を約束しましょう」

「こ、こんなのが報酬になるわけ……」

「開発者は言っていました」

 

 ラムは無表情のまま、いたずらっぽく唇に指を当てて、

 

「『一木ヒノは年下の女の子に無理やりされるのが大好きなガチレズロリコンなので、一度ヤってしまえばどうとでもなる』と」

「……っの変態科学者がぁ!」

 

 思わず叫んだ。あくまで補助用AIロボらしいラムが、私の好みドンピシャの美少女なのはそれが理由かよ。誰がガチレズロリコンだこの野郎。

 

 羞恥と怒りで震えていると、うぃん、と軽い機械音。

 

 ランバージャックの胸部装甲が開いていた。機体の腕は上方に伸ばされた状態で固定され、地下空間の天井の穴に添えられている。

 

「ラムは機体の状態を確認しておきます。また明日連絡します。お疲れさまでした」

 

 話は終わりだとばかり、ラムは目を閉じて動かなくなった。さながら機体と一体化したように。

 

 寝てるのかな。スカートめくってやろ。

 

「いっって!?」

「お・つ・か・れ・さ・ま、でした」

「分かった分かった、帰ります!」

 

 目を閉じたまま正確に手の甲をつねってきた。帰ればいいんでしょ帰れば!

 

 新情報とイベントの量が多すぎて、ちょっと自分でも頭がごちゃごちゃしてテンションが分からない。ごはん食べてお風呂入って、色々整理してみよう。

 

 そうして私は機体の腕伝いに穴をよじ登り、逃げるように帰宅したのだった。

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