ランバージャックプロジェクト   作:百合ロボSFコメディ風味

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4.友人

 巨大ロボで町を救った日の夜。

 

 いつもより遅めに帰ってきたリンと、テレビを見ながら夕食を食べる。

 

「お、おいしぃ~!」

「ふはは、泣くほどおいしいか。どんどん食べろ」

 

 献立は牛肉コロッケだ。サクサクに揚がった香ばしい衣は我ながらいい出来。付け合わせのキャベツは冷たいレモン水に晒して、さっぱりしたシャキシャキ食感に仕上がっている。

 

 料理は素晴らしい。レシピ通りにするだけでそこそこおいしくできるし、手間をかけるほど報われる。やってもやっても報われない勉強なんかよりずっと好きだ。

 

 リンは町の格納避難時によほど慌てたのか、頭に絆創膏を貼っている。金星獣が町にやってきたのが怖くて、きっと今まで友だちと一緒に震えていたんだろう。

 

『昨日午後五時頃、○○県楔野市にレベル4金星獣「セータス」が出現しました。同市の防衛隊が迎撃に出たところ、未確認兵器が介入し、セータスを撃破したとのことです。同市はこの兵器について「まったく何も知らない」としており──』

 

「わー、全国ニュースだ!」

 

 テレビでは数時間前の戦闘の映像が流れていた。今にも撃墜されそうな防衛隊のJAと、斧を二度振るだけで怪物を両断するランバージャック。

 

 ふふん。不本意とはいえ地上波デビューしちゃった。町を救って食べるごはんはおいしいぜ。

 

「見て見てお姉ちゃん、私映ってる!」

「うん? いやいや、リンは地下でしょ?」

 

 はしゃいで画面を指さすリン。でも、映像には防衛隊とランバージャックしか映っていない。

 

「違うよ、ここ!」

 

 リンはさっとテレビに近づいて、どこか誇らしげに画面の一点を指さした。

 

 それは、ミサイルに追い回され、体勢を崩して墜落したJAである。

 

「え、は?」

「結構危なかったんだよー。もうダメ、って思ったら白い機体が助けてくれてさ。かっこよかったなー」

 

 そうだ。ランバージャックが青白いバリアみたいなのでミサイルを受け止め、助けた。

 

 ゼロコンマ数秒でも遅れたら、リンは死んでいたのだ。

 

「な、なんで? この前パイロットになれるって言ってたばかりなのに、なんで実戦に?」

「実機訓練してたら避難し損ねて、ノリで!」

 

 ノリで死にかけてんじゃねえよ。

 

 怒鳴ろうとしたけど、気づいた。いつにもまして不自然に陽気な声音。小さく震える肩。頭の絆創膏。普通のコロッケで涙を流したこと。

 

 私は箸を置き、テレビの前で俯くリンを、背中から抱きしめた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 リンがもぞもぞ体を動かして、私の胸に顔を埋める。震える背中をさすり、頭を撫でてやる。

 

 細かい経緯は後でいい。リンが落ち着くまで、私はずっとそうしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 金星獣襲来の翌日。

 

 元気になったリンを送り出して家事を済ませたすぐ後、呼び出しを受け、ラムの部屋にやってきた。

 

 いつまでも床の上に直座りだと落ち着かない。座布団を二つ持ち込んで、お互いに腰を下ろす。

 

「貴女は知性が低い」

「ぶん殴るぞ貴様」

 

 初手罵倒とは豪気なことだ。計画崩壊ポンコツAIのくせに。

 

「プロジェクトに関する情報をすべて共有しても、理解より混乱を招くだけでしょう。たとえば昨日送信したフローチャートには目を通しましたか?」

「字が多くて読めなかった!」

 

 知ってた、と言いたげに頷くラム。

 

「そうした貴女のレベルに鑑み、情報共有を極力控え、適宜こちらから指示を出す形でプロジェクトを進行したいと考えます」

「ふむ」

 

 暗に私がアホって言ってるように聞こえるけど、きっと考えすぎだろう。

 

 実際、昨日一日で詰め込まれた新情報だけで私は溺れそうになっていた。人類の救済とか並行世界で最強パイロットだった私とか、実は昨日で楔野市が壊滅するとか。頭の回転がそんなに良くない私に合わせてくれるならありがたい。

 

「ではそのように。疑問や意見があればいつでもご遠慮なさらず。それではまず、昨日のデブリーフィングを行います」

「はい! デブなんとかって何ですか!?」

「反省会という意味です」

 

 だったら最初からそう言え。プロジェクトもそうだけど、いちいち横文字使うのはAI仕草か。

 

 一つ賢くなった私に、ラムが淡々と昨日の振り返りを語る。

 

「レベル4、セータスを撃破したことにより、楔野市の壊滅は回避されました。同市を守る防衛隊の戦力も併せて保全され、ランバージャックの潜伏拠点の安全は確保されたと言っていいでしょう」

「もう一回セータス来たら終わりじゃない?」

 

 雲を割る真っ赤な巨体が脳裏を過る。ベテランなら倒せる相手といっても、うちの防衛隊の人たちでは手も足も出なかった。安全が確保されたは言い過ぎな気がする。

 

「もしかして、ヤバそうな金星獣くるたびにランバージャック出すの?」

「いいえ。ランバージャックは修復中です。無理な稼働は修復の遅れにつながるため、介入は推奨できません」

「ダメじゃん!」

 

 頭を抱える。今この瞬間またセータスが来たら、ランバージャックが出て修復が止まり、その場では助かるけど計画が遅れる。そうしていつの間にか十年経って破滅するんだ。

 

 念仏でも唱えようかなと考え出した私に、ラムはどこかげんなりした風に息をつく。

 

「……セータスは金星獣警戒レベル4。都市壊滅級の脅威であり、この楔野市には滅多に現れません。少なくとも近日中に再来する可能性はないに等しいと言えます」

 

 レアモンスターだったらしい。言われてみれば、あんなのがほいほい空から降って来るなら人類とっくに絶滅してるか。

 

「レベル3以下の金星獣であれば、通常の戦力で対処可能。したがって当面の安全は確保されたと判断しました。理解できましたか?」

「したした。完璧」

「では次に、本日からの行動について──」

「はいはい! 意見ありまぁす!」

 

 話が進みそうな気配を察し、勢いよく挙手。

 

 無言で促すラムに、私は頭を下げた。

 

「みんなを助けてくれてありがとう!」

 

 現実離れした展開を一晩かけて呑み込み、まずしなきゃいけないのが感謝(これ)だった。

 

 昨日の戦いを思い返せば、あの赤い化け物を倒す方法はこの町にはないし、ラムがいなければ防衛隊が地下の町もろとも消し飛ばされていたのは明らかだ。プロジェクトがどうこう以前に、まずありがとうが先だろう。

 

 頭を下げたままちら、と見上げてみると、ラムは目をぱちぱちさせている。

 

「感謝は不要です。楔野市は拠点として、一木リンと優野秀子は防衛戦力の中核として、プロジェクトに不可欠な要素でした」

「だとしても!」

 

 目的ありきだとしても。未来から来たラムとランバージャックの力がなければ、リンを助けることはできなかった。黒煙を上げるJAの中で、迫りくるミサイルの群れに絶望するしかなかったはず。

 

「リンだけじゃないよ。私も助けられた。なんでパイロットに選ばれたのかは知らんけど、ラムがいなかったら、どうせ楔野市と一緒に死んでたでしょ? だからありがとう。助けてくれて」

 

 ラムはじー、っと。綺麗な二重と長いまつ毛で縁取られた目で、穴の開くほどこっちを見つめて。

 

 しばらくすると、面倒なことを言い出した。

 

「であるならば、ラムは貴女の命の恩人です」

「え、あ、うん。そだね」

「恩は返すのが道理。そうですね?」

「当然! できることならなんでもするよ!」

「『できることならなんでもするよ!』」

 

 突然、私の声が復唱された。

 

 下の方から聞こえた。まさかと思いスカートのポケットからスマホを取り出すと、勝手に録音機能が起動して私の声を録っていた。

 

「言質は取りました」

「ちょっ、これハッキングとかいうやつじゃない!? 犯罪だよ犯罪!」

「人類救済に資する犯罪は善行です」

「んなわけあるか!」

 

 データを消そうとしてもスマホが反応しない。それどころか、勝手に見知らぬクラウドにアップロードしてバックアップを取りやがった。

 

 ただでさえエロ動画という弱みを握られてるのに、これ以上何をさせる気なのか。

 

 と考えたところで、昨日の別れ際に言われたことを思い出し、血の気が引く。

 

「ま、まさか私にやらせたいことって」

「繰り返しになりますが。ランバージャックが修復されるまでの間、死に物狂いで訓練に励んでください。ランバージャックのスペックをフルに引き出せる技量を身に着けるのです」

「いやぁああ!」

 

 一字一句同じ要求を突き付けられ、私は悲鳴を上げた。

 

 ラムの目的であるランバージャックプロジェクトは、機体とパイロットの両方が万全でないと実行できない。機体の方は自動修復できるからいいとして、パイロットの私には訓練が必要になる。

 

 でもイヤだ。

 

 私は頑張るのが嫌いだ。努力なんてしたくない。

 

「待って待って! 恩返しなら別の形でするから! ほら、体で払うってやつよ。クラスの子たちには『顔と体だけが取り柄』って言われてたの。どんなプレイでも──」

「黙りなさい」

「じゃあじゃあ、ごはんは? 料理には結構自信があるのよ、ねえ!」

 

 最大限腰を低くして憐れみを誘う目つきを意識し、ラムに抱き着いて体の良さをアピール。親からもらったムチムチボディの使いどころだ。

 

 しかしラムには血も涙もなかった。

 

 スマホが忌々しい声を流し始める。

 

『できることならなんでもするよ!』

『んっ、あんっ、いやっ、やめて! しぬ! ひんじゃう! 気持ち良くてひんじゃうううう! んっ、はぁあああん!』

「やーめーてーよー!」

 

 止めたいのに、スマホが操作を受け付けない。

 

 壁に叩きつけてやろうかと考えたけど、祖父母のお金で買ってもらったものだ。ぐっとこらえ、力なくその場に崩れ落ちる。

 

「分かったよぉ! やればいいんでしょ! さっさと最強パイロットになって、金星獣でもなんでもぶっ飛ばしてやるよぉ!」

「その言葉を待っていました」

 

 涙目でにじむ視界の中、ラムが満足そうにうなずくのが見える。

 

「訓練には主に、ランバージャック内のシミュレーターを使います。早速行きましょう」

「ひゃっ、ちょっと、もっと優しく!」

 

 ぐいっと乱暴に引っ立てられ、外へ向かう。

 

 扉を出ると温かい春の風が頬を撫でる。空は雲一つない快晴で、憂鬱な私の心情など知ったこっちゃないと言わんばかりだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山中の地下空間。

 

 ランバージャックの腕伝いにコックピットへ入り、ラムの指導の元でシミュレーター訓練を始めた。

 

 ディスプレイに映された仮想空間の中を、実際にレバーやペダルを操作して動き回る。ときどき現れる敵影に対処したり、攻撃を避けたり避けきれなかったりしていると、訓練が終わった。

 

 ぷわんぷわん、と人を馬鹿にするような効果音。画面には『総合評価:F』と表示される。

 

「ファンタスティック、ね。照れるぜ」

「いえ、最低評価です」

 

 なんだよ、ぬか喜びさせやがって。

 

 むすっとふてくされていると、後部座席のラムがどこか探るような口調で聞いてくる。

 

「今実施したのは、新人向けの最低難易度の仮想訓練です。平均的な新人でもC評価は取れる設定でした。一木ヒノ、貴女は四年間、パイロット養成校に通っていたのですよね?」

 

 首肯する。一三歳から一七歳になる今春まで、中等部に三年、高等部で一年過ごした。

 

「その間、遊び惚けていたのですか?」

「失礼だなぁ! 普通に勉強してたよ! 私なりにちゃんと頑張ってたけど、結果が出なかったの!」

 

 中一で入学した時点が成績のピークだった。一学期の中間から勉強についていけなくなり、補習に次ぐ補習でどうにか進学はさせてもらえた。でも中等部でさえ瀕死だった私が、高等部の難しい勉強についていけるはずもない。特にパイロット関連科目はちんぷんかんぷんで、卒業見込みなしってことで退学になった。

 

 ヤケクソで在学中の四年を語ると、ラムはきっぱり言った。

 

「一木ヒノの能力評価を大幅に下方修正。これに伴い、育成スケジュールを修正します」

「今私のことバカって言った?」

「ふざけている場合ではありません。時間と体力の許す限り、訓練に励んでください」

「なんだよぉ!」

 

 ディスプレイに光が灯り、新たな訓練が始まる。釈然としないまま、私はペダルを踏み込んだ。

 

 訓練の難易度は大幅に下がっていた。ただまっすぐ歩くだけとか、腕を上下させるとか。左右に歩く敵に近づいて、斧を振るのが一番難しかった。

 

 基本的な操作を覚えたら、次は計器の読み方だ。高度計、速度計、それから一番しつこく教えられたエネルギー目盛り。

 

「ランバージャックのエネルギー残量を示すインジケーターです。確実に記憶し、常に気を配ってください」

「はいはい……」

 

 そう言われても、目盛りは満タンのまま動かない。適当に聞き流した。

 

 一連の訓練メニューを何度も何度も繰り返す。

 

 簡単といっても慣れない動作を反復するのはしんどくて、日が暮れる頃には手足の筋肉がぱんぱんに張り、全身汗ぐっしょりだった。

 

 もう何度目になるかも分からない訓練を終えたところで、ブザーが鳴る。

 

 スマホを見ると、午後五時四十五分。やっと終わった。最後の一時間は時が止まったのかってくらい時間が進まず、早く帰りたいとしか考えてなかった。

 

「規定時刻になりました。帰宅し、一木リンの不信を招かないようにしてください」

「へいへい……って、ん?」

 

 不信を招く。

 

 その言い回しに違和感を覚え、連鎖的に疑問が生じていく。

 

「もしかして、私たちのことは秘密にするの?」

「はい。ランバージャックプロジェクト修正版の存在は秘匿しなければなりません」

 

 今まで流した汗とは違う、冷たいものが背筋に走る。

 

「先に言ってよ! うっかりリンに言っちゃってたらどうすんのよ!」

「申し訳ありません」

「お、おお。分かればいいのよ」

 

 ラムがしょんぼりうつむいた。素直になられると調子が狂う。AIとはいえ、あれもこれも考えなきゃでいっぱいいっぱいなんだろうな。

 

 幸い、昨晩と今朝の会話で「あれに乗ってたのお姉ちゃんなの、すごいっしょ」とかは言ってない。セーフ。

 

「でも、どうして? 事情を話したら、こんなところでコソコソしてなくていいじゃない」

 

 計画の目的は、十年後にやってくるラスボス金星獣、エクリプスの撃破だ。セータスを倒した功績と、素人目にも強すぎるランバージャックの性能があれば、信ぴょう性は十分のはず。こんな薄暗い地下に隠れている必要はないはずなのに。

 

 その疑問を予期していたのか、ラムは間を置かず答える。

 

「第三者に計画が露見すれば、人類が即座に滅びるためです」

「……えっ?」

 

 意味を理解するのに少しかかり、絶句した。

 

 ランバージャックのことが誰かに知られると人類滅亡、だから誰にも秘密、とラムは言ったのだ。

 

「なんで!?」

「貴女の前提知識が不足しているため、説明が困難です。そこで宿題を出します」

 

 先生みたいなこと言い出したぞ。補習授業で渡された山のような課題の紙束を思い出し、うんざりする。

 

 私の気分に構わず、ラムは指を一本立てた。

 

「金星獣の詳細を可能な限り調べてきてください。期限は一週間後」

 

 めんどくせえ~。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 宿題を出されてから四日経った。

 

 もちろんやってない。金星獣の詳細なんて興味ないし、私が生まれる前からずっと人類を攻めてくる大迷惑宇宙人って認識でいいでしょ。

 

 幸い、秘密にするだけなら簡単だ。リンはパイロット業務が忙しいのか、日曜以外はずっと学校に行ってる。リンが登校してから下校するまでの間にランバージャックのところに行き、訓練を終えて戻ってくれば、計画のことも私の退学のこともバレることはない。

 

 そんなことよりずっと重大なのは、訓練がきつい。

 

「だるい~しんどい~帰りたい~……休憩しよ?」

「本日分の目標が達成されていません。このままでは半年後の決戦までに目標練度に到達できません」

「だーいじょうぶだってぇ、ちょっとくらい怠けても大差は──」

「『できることならなんでもするよ!』」

「はいはい、やりますよーだ!」

 

 ちょっとでも怠けようとすると、スマホが私の弱みを垂れ流して逃げ道を塞ぐ。朝から日が暮れるまで、トイレ休憩以外は休みなくずっとしごかれる毎日だ。

 

 そうして迎えた五日目、土曜日。

 

「やめたい……」

 

 地下空間を出て、少し山を登ったところにある展望公園。

 

 公衆トイレで手洗いを済ませた私は、公園の手すりに寄りかかってため息をついた。

 

 手がしびれてる。操縦桿とスロットルレバーを握る疲れと、ロープを握って斜面を登ってきた疲れのせいだ。毎回お姫様抱っこは非効率的だからって、ラムが谷底と行き来できるロープをかけてくれた。手洗いのたびに登攀するのマジめんどい。

 

 ラムのは命の恩人だし、人類を救うのも賛成だ。

 

 けどそれはそれとして、しんどい。どうしてこんな苦労を私がしないといけないの、と思っちゃう。

 

 展望公園からは、楔野市の景色が一望できる。海と山に挟まれた小都市。中心街には摩天楼がぎっしり身を寄せ合い、大きな高速道路や線路があちこちに走り、豆粒みたいな人や車が行き来している。

 

 この平和な景色を私が守ったのだ。これからも守り続けるのだ。私こそ救世主なのだ。

 

 なのだなのだと威張ってみたけど、気分が乗らない。そんなことより実りのない努力を強制されるのがしんどい。楔野市もこの世界も、こんな私に救われることなんて望んでないだろう。勝手に救ったら失礼まである。

 

 いっそもう滅んでいいんじゃない、人類。

 

「ヒノ、やっぱりここにいたんだ」

「む?」

 

 魔王めいたネガり方をしていると、後ろから声。

 

 振り向いてみれば、少し懐かしい顔がいた。

 

「秀子! 久しぶり」

 

 優野秀子。前髪で片目を隠すメカクレ美少女、中等部の三年間同じクラスだった親友だ。

 

 たまたま席が近くておしゃべりをしていたら、自然とそんな仲になった。折れそうに細い手足と小さな体がかわいい。前髪のかかったぱっちり二重と丸い瞳、すっきりした鼻筋が私の好みど真ん中で──あれ、なんか既視感あるな。こんなバチバチの美少女他にいたっけ。

 

 いたわ。ラムだ。

 

 秀子とラムの顔が酷似している。

 

「秀子って電波系で白髪金目で怪力な妹いる?」

「一人っ子だよ。あと、そんな属性モリモリの女の子現実にいないからね?」

「だよね」

 

 ってことは偶然か。

 

 秀子は私の隣に並び、同じく手すりに体を預ける。真新しい白衣が春の風に揺れた。

 

「ヒノ、パイロットにはなれそう?」

「ま、まあ、おいおいかな……秀子は? 研究開発科はたいへん?」

「んー……」

 

 物憂げに言葉を濁す秀子。少なくとも楽勝ではなさそう。

 

 秀子は高等部に進学してから、パイロット科から研究開発科に転科した。巨大ロボ、JAを作ったり改良したりする学科だ。クラスも校舎も違うから、退学がバレてない。

 

「中一からずっと、しんどいときはここで愚痴ってたよね。宿題多すぎとか詰め込みすぎとか」

「だねぇ」

「あんまり遅くまで話して、怒られたこともあったっけ」

「お母さんとリンちゃんにね」

 

 帰りが遅くなった私たちを、なぜか秀子の母と肩を並べたリンがお説教したんだ。

 

 それにも懲りず、私たちは気分が落ち込むたびここに来て、たまに鉢合わせてまた暗くなるまでおしゃべりをした。中学時代はずっとそうだった。

 

 多分、今もだろう。

 

「秀子、何かあった?」

 

 景色に目を向けたまま、尋ねる。

 

 雲が太陽にかかり、影が落ちた。

 

 静けさが満ちる公園の中、秀子が声を絞り出す。

 

「僕、パイロットにされちゃった」

「えっ?」

 

 思わず、秀子の纏う白衣を見やる。研究開発科の証であるそれを。

 

「防衛隊の人手が足りなくなったから、やってほしいって。中等部の成績がいいからって」

「人手が? 先輩のパイロットたちがいるはずでしょ?」

 

 ランバージャックで助けに入る前、五機のJAがセータスと交戦していた。一機はリンが乗ってた訓練機だとして、あと四人の先輩がいたはずだ。

 

「辞めちゃったの。初めての実戦でトラウマになって、三人辞めちゃった」

「とっ、トラウマぁ!? そんなのアリ!?」

 

 秀子は首を振る。

 

「仕方ないよ。楔野市に金星獣が出たの、三十年ぶりだもん。しかも初めての実戦がレベル4なんて、怖くなるのが普通だよ」

「そうなの……? いやいや、だとしても秀子がパイロットやらなくても。研究開発科やりたいんでしょ?」

 

 秀子は俯いていた顔を上げ、私の肩を掴んで詰め寄る。

 

 丸い瞳が涙で潤み、ぽろぽろと雫が零れる。

 

「断りきれなかったのっ! 僕以外乗れる人、今いないからって! 戦力不足だからって!」

「増員とかは……?」

「できたらやってるよ!」

 

 そりゃそうか。

 

 楔野市は元々、金星獣が滅多に来ない町だった。だからパイロット養成校がある。襲撃のリスクが低いここに、わざわざ別の町から応援をよこしてくれる親切は期待できないだろう。

 

 秀子は私の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。

 

「ぐすっ、やだよぉ……JAのPEエンジン改良と量子力学と形而上学と金星獣生体研究がやりたいよぉ……非実体エネルギー工学の論文もあとちょっとで完成なのにぃ……」

「ああ、あの訳わかんないやつ……」

 

 秀子は中一で初めて会ったときから、理解不能な「研究」に没頭している。小学生時代から書いているという論文を見せてもらったことがあるけど、全部英語かつ変な計算式満載で何も分からなかった。

 

 苦い思い出を回想していると、秀子はくわっと目を見開いた。

 

「訳分かんなくないよ! 非実体エネルギー工学は金星獣研究の極致といってもいい技術で、物理的実体のない概念や事象からエネルギーを取り出す──」

「うんうん」

 

 体を離し、白衣の袖をぶんぶん振りながら力説する秀子。内容は一つとして理解できないけど、打ち込んでいることを夢中で語る秀子のキラキラした顔が私は好きだ。

 

 こんなに好きなことがあるのに、秀子は無理やりパイロットにされた。希望の進路を捻じ曲げて、周囲の都合を押し付けられている。知ったことかと言えずに受け入れてしまったのも秀子らしい。

 

 私にやりたいことなんてない。退学して、時間が出来てもすることがなくて、行きずりの美少女に抱かれただけ。仮にランバージャックから解放されても、他にやることはない。

 

 だったら。

 

「大丈夫」

 

 私が頑張ってみようか。

 

「今すぐは無理だけど、きっと何とかなるよ。少しの間、半年くらい我慢して。辛いときはこうやって、いくらでも話聞くから」

 

 白衣をばたつかせる秀子を抱きしめる。頭を撫で、さらりとした黒髪を梳く。小さな子供をあやすみたいに、薄い背中をゆっくり叩く。

 

「ありがと……」

 

 私の胸に半ば顔を埋めたまま、つぶらな瞳で見上げてくる秀子。

 

 人類の未来がどうこうは知らんけど、この子のためならもうひと踏ん張りしたっていいと思えた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 六日目は日曜日。リンは友人と遊ぶと言って朝から出かけたけれど、帰宅時間が読めないからとラムが判断して、訓練はお休みになった。

 

 私は捨てるに捨てられなかった高等部の教科書を引っ張り出して、悪い宇宙人、もとい金星獣について調べていく。不思議なことに、在学中は眠くなるだけだった教科書の文字列がするする頭に入ってきた。

 

 そうして迎えた七日目。リンを見送り、地下のランバージャックコックピットでラムと合流する。

 

 シートにお尻を付けるのと同時、後ろのラムに言ってのけた。

 

「宿題、やったよ。金星獣のことを調べた」

「お疲れさまでした。では答え合わせを行います」

 

 答え合わせ。小テストの答え合わせで全問不正解だった過去を思い出す。

 

 身構える私に、ラムは続けた。

 

「プロジェクトの露見は、人類の即時滅亡に繋がる。なぜかというと、エクリプスが起動してしまうためです」

「ええっと?」

 

 エクリプスは、十年後に人類を滅ぼす金星獣のラスボスのことだ。

 

 計画がバレれば、今すぐそれが動き出して滅ぼされる、ということらしい。でも何か変だ。

 

「そんなに強い兵器があるなら、今すぐ使えばよくない? なんでそうしないの?」

「金星獣は何のために人類と戦っていますか?」

 

 教科書の内容を一から思い出していく。

 

 金星獣は、金星の衛星軌道上に母艦を浮かべる異星体だ。金星の質量を金星獣という無人兵器に加工し、地球に送りつけてくる。

 

 目的は人類の心から生まれるエネルギーのため。恐怖、憎悪、絶望といった強い感情からエネルギーを取り出し、母艦の金星獣たちはそれを糧に生きている。ある程度の知性のある種族を見つけるたび、こうしてエネルギーを搾り取っているらしい。

 

「迷惑にも程があるだろぉ!」

 

 思わずツッコミを入れる私に構わず、ラムが満足げに頷く。

 

「正解です。続けてください」

 

 最初に金星獣が現れたのは九十年前。それ以来、人類は金星獣に怯えながら防衛戦を展開していく。

 

「その間、そして今この瞬間にも、金星獣はエクリプスを保有している。起動しないのはなぜでしょうか?」

「人類はエネルギー資源だから?」

「正解。だから戦力をほどほどに調整し、戦いを長引かせています」

 

 ですが、と続けるラムの言葉を、私が引き継ぐ。

 

「十年後、エクリプスが戦いを終わらせる」

 

 人々を襲い、壊し、殺すことでエネルギーを得ていた金星獣が、十年後に戦いを強制終了させる。

 

 その理由は教科書のどこにも書かれていなかった。

 

 おそらく、それこそ核心──エクリプスを起動させる鍵なんだ。

 

「なぜそうしたのか。人類の技術的発展速度を、金星獣が脅威と見なしたからです」

「技術的、はってん……?」

 

 いまいちピンと来ない。スマホとかインターネットのことかな。

 

「たとえばJA。動力機関であるPE(Potentiality Energy)エンジンは、金星獣の残骸を解析して開発された技術です。少年少女にしか起動できない欠点はありますが、これにより人類は無尽蔵のエネルギーを手に入れました。都市全域格納避難システム、衛星軌道迎撃システムも同様に、金星獣との戦いで急速に発展した技術がもたらした産物です」

「ふ、ふむふむ」

 

 宿題にない範囲だったけど、ぎりぎり理解できたぞ。

 

 金星獣と戦うために、色んな技術が生まれた、と。

 

「そして、十年後。開戦から百年間の発展とは比較にならない、極めて危険かつ革新的な技術が開発されます。金星獣はそれを契機に、人類を『種の存続を脅かす脅威』と見なし──」

「エクリプスでちゃぶ台返し、と」

 

 ヤバイ、今の私はめちゃくちゃ賢いかもしれない。

 

 すべての真実が分かってしまったぞ。

 

 後ろを振り向き、完璧なドヤ顔で言ってやる。

 

「分かった! そのヤバイ技術って、タイムスリップでしょ! ランバージャックが未来から来たってバレたら今すぐエクリプスが起動するから、秘密にしなきゃいけないんだ!」

「半分は正解です」

 

 意外な返答に鼻白む。

 

 半分? 完璧な推理だと思ったのに。

 

「エクリプスを起動させた技術は、時間遡行だけではありません」

「何それ?」

「今は回答不能です」

 

 まあこれ以上小難しい話されても覚えきれないだろうし、いいや。

 

 教科書読んでても思ったけど、金星獣は勝手なやつらだ。自分たちの都合で人類にちょっかいを出して、思ったよりヤバイ種族だと知ったとたんに絶滅させに来るなんて。

 

 ヤバイと思ったならどっかに逃げちゃえばいいのに、そうしないのは恨まれてる自覚があるんだろうな。何しろ九十年も惑星規模のカツアゲをしてきたんだ。力を付けた人類に仕返しされるのが怖いんだろう。

 

「要は藪蛇じゃんね」

 

 突けば突くほどおいしいエネルギーを吐き出してくれる藪があった。私たち蛇はそこに隠れて牙を磨いている。バレたら藪ごと焼き払われるから、コソコソしましょうねってわけだな。

 

 事情は分かったけど誰にも言うなってのは神経質な気がする。リンや秀子くらいには共有しておいても金星獣にバレないんじゃないか。

 

「いいえ。情報漏洩のリスクは可能な限り低くするべきです。それとも、万が一が起きた際、貴女に責任が取れるのですか?」

「分かったよう……」

 

 心を読んだ上にすごい大人っぽい圧をかけてきた。学年主任が教育実習の先生を叱るときこんな言い方してたっけな。

 

 重い空気を変えようと、さっきから気になっていたことを指摘する。

 

「ラム! この巨大ロボ、ウルトラ藪蛇デラックスに改名しよう!」

「却下です」

「その方がかっこいいよ!」

「その名を選ぶくらいなら自爆します」

「冗談だってば!」

 

 自爆まで十秒、の警告表示が視界の隅に見えた気がする。もちろん冗談だよ。ランバージャックもいい名前だもんね。

 

 ともあれ、ランバージャックを秘密にする理由は分かった。人の口には戸が立てられない。金星獣がどうやってこっちの情報を得てるのかも分からないし、出来るだけお口チャックの方針が一番堅実だ。

 

 ついでに雑な理解しかなかった金星獣のことも勉強できた。私にしてはかなり頑張った方だ。

 

 もう今日は解散して、家で二度寝でもしたいな。

 

「んむっ」

 

 なんて考えていると、頭を引き寄せられ。

 

 ラムに唇を奪われていた。

 

 前よりも強引で、初めて会ったあの日のよう。舌で唇をこじ開けられ、口内を隅から隅まで蹂躙される。誰にも触られないはずの粘膜を撫でられるたび、体の奥が熱くなっていく。

 

 頭の中がぼうっとして、呼吸もままならない。苦しいのに、体は快感をもっともっとと求めている、

 

 私の方から、ラムの舌を絡め取ろうとすると。

 

「ぷはっ」

 

 ラムの熱が離れていった。銀の糸が垂れ、ラムのスカートから覗く太ももを濡らす。

 

「宿題の報酬です。よくできました」

「はふぇ……」

 

 ラムのたおやかな手が、私の頭に伸ばされる。優しい手つきに体が火照り、私はその手を取って頬ずりした。

 

 こんな程度じゃ足りない。あの夜みたいに、もっと触ってほしい。

 

 じっと見つめ合い、私は座席の背もたれを乗り越えて後部座席へ──

 

「さあ、今日の訓練です」

「いっったぁ!?」

 

 乗り込もうとすると、思い切りデコピンされた。

 

 体がのけぞり、コックピットのディスプレイで頭を軽く打つ。鋭い痛みで甘く切ない気持ちが吹き飛ぶ。

 

「超痛いんだけど!? ってかラムってロボットだよね!? 人傷つけない三原則とかあるでしょ!?」

「三原則は組み込まれていますが、プロジェクトの進行が最優先です。過剰な報酬はプロジェクトを阻害すると判断しました」

 

 このプロジェクト絶対やり切るロボ、人の心が分かってない。私が抱かれたいってんだから抱けよちくしょー。

 

 痛みで涙を滲ませながら睨みつけるけど、ラムは鉄面皮のまま無慈悲に告げる。

 

「訓練開始。飛行および空中姿勢制御プログラム」

「待て待て分かったよ、やるからぁ!」

 

 ディスプレイに仮想空間が表示され、私は慌てて座席に腰を下ろした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 秀子のため。

 

 あとラムに抱かれるため。頑張って人類救済するぞ!

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