ランバージャックプロジェクト 作:百合ロボSFコメディ風味
『楔野市に現れた所属不明のJAについて、楔野市民はどのように受け止めているのでしょうか──』
『番組の途中ですが、臨時ニュースです。日本時間午後六時ごろ、フィリピンのマニラにレベル5の金星獣、「スコルピウス」が現れたとのことです。現地との連絡が途絶えていましたが、先ほど映像が入ってまいりました』
夜の自宅にて。
とろっと濃厚激うまカルボナーラを作っていると、つけっぱなしのテレビの声色が変わった。
ゆで上がったパスタをざるに上げながらテレビを振り返ってみると、隕石が落ちた後のような大穴が映し出されている。
「ひどい……」
悲痛な声を絞り出したのはリンだった。お風呂上りの髪に当てていたドライヤーを止め、じっと画面に見入っている。
どこかの外国の都市が金星獣に消し飛ばされたらしい。あんなクレーターが出来てるってことは、格納避難した地下の都市部も消えちゃってるだろう。
数年に一度あるかないかの大惨事だ。防衛戦に失敗して文字通り町が消える。前はロンドン、その前はどこだったかな。
今までは対岸の火事だったけど、もうそんな風には思えない。この前のセータス戦で楔野市も同じようになってたかもしれないんだから。
『マニラ在住の自営業、○○さんは「友人と旅行に出ていたら、帰る場所がなくなった。どこに行けばいいのか」と途方に暮れ──』
「ごはんできたよー。お皿とフォークおねがい」
悲惨な現地の声を紹介し始めたテレビを消し、リンは配膳を手伝ってくれる。
若干重い空気の中、いただきますをして口に運ぶ。
おいしい。やはり料理はいい。理屈は全然分かんないけど、レシピの通りにやるだけでごほうびがある。難しいレシピはそもそも手を出さなきゃいいし。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「私、絶対この町を守るから」
あまりのおいしさとテレビの映像で情緒がどうかしてしまったらしい。リンはキリリとして気炎を上げている。
妹じゃなければ惚れてるキメ顔だけど、口の端に付いたクリームのせいでかわいいが勝ってる。
「クリーム付いてる」
「……もう!」
「おいしい?」
「おいしい!」
赤面してカルボナーラをパクつき始めるリンを前に、私も気を引き締める。
この町を金星獣のエサにさせるわけにはいかない。
リンと秀子のため、ついでに世のため人のため人類のため、そろそろ本気で頑張るか、と。
ーーー
本気を出す覚悟を決めた私に敵はなかった。
シミュレーターでの訓練を重ね、たった一日で最強パイロットに成長。気合と根性でランバージャックの修復も秒で終わり、さくっと金星獣の母艦をぶっ飛ばしてヒーローになり、彼女ができ、金持ちになり、人生全部最高にうまくいって天寿を全うした。
『総合評価:C』
「ダメです。もう一度」
「もうやだぁー!」
という夢を見た。
訓練が嫌すぎて始めた現実逃避を終え、意識を今に戻す。
宿題をこなして褒められた日から一か月。いつものランバージャックコックピット内で、私は悲鳴を上げる。
たった今終わらせた訓練は『中級射撃訓練』。動く的にこちらも動きながら照準を合わせて射撃するというものだけど、もう三日はここで詰まっている。
「こんなのやんなくていいじゃん! ランバージャックって斧一本しか使わないでしょ!?」
「主兵装は『
「やーだー! 無理ー!」
マジで嫌だ。同じ訓練ずっとやらされて気が狂いそう。こんなの適当にぱぱっと済ませて次行きたい。
一か月みっちり訓練したおかげで、一応跳んだり走ったり、少しだけなら飛ぶこともできるようになった。ペダルとレバー、トリガーボタンのややこしい複合操作も覚えてきた。うまくできないのは後回しにして、できることだけ訓練したい。
「一木ヒノ。聞きなさい」
まずい。平坦で感情ないのに、微妙な苛立ちが混じってるこの声色は──お説教モードだ。
「貴女は逃げ癖がついています。自身の不足から目をそらし、楽な方へと逃げ込もうとする。易きに流れてばかりでは何一つ身に付きません。自身の至らなさと真摯に向き合い、苦心して徐々に前進する。それが努力というものです」
「うう……」
「うう、ではありません。泣いている場合ですか。そのように甘え、怠けてばかりいるから退学になったのでしょう」
ぐさ、と心に刺さった音がした。
ラムのやつ、一か月でやらしい方向に饒舌になりやがって。私が突かれたくないところを的確に突いてくる。
分かってるんだ。私が情けないやつだって。友だちのために、恩人のために頑張るって決めたのに、もう逃げ出したくなっている。でもそういう性格なんだから仕方ないじゃん。
そう怒鳴りつけてやりたいけれど、そしたらもっと情けなくて最低な女になるのも分かってて。
「う、ううううっぅぅ!!」
「そうです。前を向いて。中級射撃訓練、開始します。」
逃げたいのも投げ出したいのも我慢して、泣きながら訓練を続けるのだ。
ーーー
七月初旬。
地下空間の上の山でセミがみんみん泣く中、私は死んだ目でコックピットに収まっていた。
「辛い辞めたいしんどいだるい死にたい辛い辞めたいしんどいだるい死にたい……」
無意識の鳴き声を口から漏らしながら、仮想空間を駆け抜ける。
機体の姿勢制御を気にしながら、現在位置を三次元的に把握しつつ、不規則に動く的の移動先を予想し、偏差射撃。地形や的の位置によってはブーストを吹かして撃ちやすい位置に移動。腰に懸架されたビームキャノンの射角はY軸方向にしか動けないから、X軸照準は姿勢制御が大事。残弾数とリロード時間、射程にも気を配って──ゴール。
『総合評価:S』
「辛いしんど……いよっしゃあああぁぁ! 見たかオラぁ!」
「おめでとうございます」
命中率一〇〇%達成。やったぜ。
「私が本気出せばこんなもんじゃい! 並行世界の最強パイロット様やぞ!」
「ほぼ別人ですが。なんにせよ、本当にお疲れさまでした。報酬です」
「んっ……」
唇に柔らかい感触。
苦節二か月強、毎日が地獄だった。こんなに辛いならいっそ殺せと何度願ったか知れない。やっぱり努力は悪だ。
この労力に見合うごほうびとなると、今回は抱いてもらえるかも。
「はい、終わり」
「……は?」
期待が裏切られた。軽く唇をついばむだけで離れて行くラム。
「次に行きます」
唖然とする私の頭を両手でつかみ、無理やり前を向かせる。
正面のディスプレイには、『総合機動訓練:上級』とあった。
「現時点で習得した技術を総合的に試す訓練です。ランバージャックの修復完了まであと四か月しかありません。教育を加速していきますので、ご了承ください」
「ウソでしょぉ!? もっとごほうび! それが無理ならせめて休憩!」
なんのために二か月も、毎日毎日こんな狭苦しい部屋に通って何の面白みもない訓練に励んだと思ってるんだ。抱かれるためだよ。あ、もちろん恩と友と世のため人のためもあるけど。
精一杯あざとさを意識した上目遣いでおねだりしてみるけど、ラムはにべもなく首を横に振る。
「時間がないのです」
「マージで……? でもさあ、それは変じゃない?」
この機会を逃してたまるか。必死で食い下がる。
「エクリプスが起動するの、十年後なんでしょ? だったらランバージャックが直るのと同時に攻め込む必要ないじゃん。じっくり十年訓練しようよ」
そう、ラムはなぜか機体の修復と訓練完了の時期を一致させようとしている。でも人類がヤバイ技術を発明してエクリプスを起動させるのは十年後だし、ランバージャックもここでじっとしてれば見つかることはない。機体が直った後も訓練を続けることができるはずだ。こんなに急いで詰め込む意味が分からない。
「それは──」
ラムが口を開くのと同時。
けたたましいサイレンが鳴った。
私のスマホだ。スカートのポケットから取り出してみると、真っ赤な画面に白地でこうある。
『金星獣襲来警報。全域格納避難まで00:00:58』
「えっ」
金星獣がやってきた。あと一分で、二か月前と同じように格納避難が始まる。
だけど何かおかしい。
「ラム。この町、楔野市って元々、金星獣が滅多に来ないよね?」
「はい。効率的なエネルギー回収のため、高度に発展した人口密集地のみが狙われます。日本においては東京、大阪が激戦区です」
二か月前に読み返した教科書にもそうあった。だから激戦区にJAの最高戦力が集中し、楔野市みたいな小さな都市には経験の浅い防衛隊しかいない。数十年に一度、レベルの低い金星獣がやってくる程度の町だからこそ、パイロット養成校がある。
「私、この町に越してきて四年経つけど、この前のセータスが初めてだよ。たった二か月で次が来るなんて……」
「ありえません。だからこそ、時間がないのです」
どういうことかと問おうとして、口を噤む。
ディスプレイに山頂からのライブカメラ映像が映し出された。海と山に挟まれた楔野市の町並みが、地下に格納されていく。さっきまでの見慣れた町が、平坦な金属の隔壁に覆われるまで五分とかからなかった。
すると、隔壁の一部が口を開け、三体の巨人が出てくる。防衛隊のJAだ。青い炎を背から噴き出して滞空し、夕暮れに染まる空を睨む三体。
あの中の二体に、秀子とリンが乗っているんだ。
「続きは後で話します。今はもしもに備えて待機を」
「もしも、って」
セータスのような、対処不能の金星獣が現れた場合のことだ。
私の緊張を見て取ったのか、ラムが付け足す。
「通常のレベル3個体であれば問題ありません。あくまでも念のためです」
だといいのだけど。思わず胸に両手を当て、祈るように画面を見守る。
戦いの始まりは、無数の流星から始まった。
雲よりもずっと上で強い光が瞬き、その光が落ちてきたのだ。
ミサイルではないようだった。十数個ほどもある光は炎の尾を引いて、はるか海の彼方へ消えて行った。
『衛星軌道迎撃システム、レベル1、2を撃墜。レベル3、命中するも効果を認めず。降下します』
「誰!?」
突如、知らない男の人の声。
「防衛隊の通信を傍受しました。戦況が掴めるでしょう」
「ああ、そなんだ。ありがと」
ラムが気を利かせてくれたらしい。
おかげで何が起きたか分かった。金星獣のレベル1、2の個体が、空の上で撃墜されたんだ。これで落とせないレベル3以上を倒すのがJAの仕事だと教科書にあった。
『地上迎撃部隊。聞いた通りだ。レベル3、種別「ルプス」、数は3、降下する。後は任せた』
『了解です! 頑張りますよ、秀子さん、先輩!』
リンの声がした。頑張れ。
両手を強く握りしめていると、空の彼方に強い光が三つ灯る。それらは徐々に大きくなり、楔野市を覆う隔壁に墜落した。
ものすごい轟音と共に水蒸気が弾ける。断熱圧縮の熱で生じたものだ。
その水蒸気が晴れると、中から現れたのは機械の狼だった。色はすべての金星獣に共通の赤のみ。装甲から覗く関節部に至るまで全部赤だ。
全高は二〇メートル、頭から尾までは四〇メートルくらい。尻尾の先端と前足がビームクローになってる。
教科書で見た通りの外見のそれは、ルプス。素早い動きが特徴的な狼型の金星獣だ。
『散開!』
リンの指示で三機が散るや否や、ルプスも動く。足元の隔壁を蹴り、垂直に百メートルほど跳んで、ビームクローを振るう。
けど三機のJAはひらひらと斬撃を躱し、中空のルプスたちを狙い撃つ。
忌々し気に唸って堕ちるルプスたち。めげずに立ち上がるけど、自在に空を飛ぶJAと、跳ねて斬るしかできないルプスでは勝負にならなかった。
苦し紛れの跳躍を難なくいなし、時にはカウンターでビームブレードを叩き込む防衛隊のJA。ルプスたちはなすすべもなく、やがて赤い塵と化して消滅していった。
『えー、本部! こちら地上迎撃部隊、ルプス三体撃破しました』
『了解。よくやった、帰投せよ』
隔壁の一部が開き、三機のJAが吸い込まれていく。程なく隔壁が開いて、町が元の姿を取り戻していった。
その瞬間、私はたまらず手を打ち鳴らす。
「リン、秀子、あともう一人! よくがんばった、えらい! 最強!」
妹と友だちが強すぎる。
リンもそうだけど、秀子ってつい最近JAに乗らされたばっかだよね。あんな手馴れた動きできるのおかしいじゃん。絶対私より上手だよ。
「あ、だから計画に必要だったのか」
ラムが最初に指示した、リンと秀子の生存。その目的は活動拠点の楔野市を守る主戦力を確保することだった。
今の戦いぶりからして、ラムの判断は正しかったんだろう。二人とも簡単そうにJAを乗りこなして……いいな、才能のある人たちは。
いやいや、嫉妬はやめようみっともない。今日は勝利記念にかつ丼にでもしようかな、卵あったっけ。
「先ほどの続きですが」
なんて考えていると、ラムが言った。
先ほどと言われても、いつだろう。戦いが始まる前か。たしか話の内容は。
「時間がない、って話だったっけ」
「はい。加えて、今の金星獣についても」
一拍の間を開け、ラムは結論から入る。
「金星獣の注意を引いてしまいました。おそらく、今回のルプスは斥候です」
「せっこう……てーさつってこと?」
あのルプスは何かを調べるためにやってきた。セータスの襲撃から二か月しか空いていないのはそのせいだ。
「何調べに来たの? って、一つしかないじゃんね」
「ランバージャックです。前回の戦闘では機能を大幅に制限していましたが、それでも未知の脅威と認識したのでしょう。探りを入れている段階と推測されます」
無理もない。セータスを一撃で両断したあの戦いは、素人目にも刺激が強かった。テレビでも何かにつけて『正体不明の鬼神』『楔野の荒ぶる守り神』とかって映像流れてる。金星獣はおっかなびっくり藪の中を覗き込んできているんだ。
「今回はレベル1、2、3の襲撃程度で済みましたが、金星獣の戦略は読み切れません。レベル4、あるいはレベル5の個体による強行偵察が実施された場合、修復中のランバージャックが出撃せざるを得ない」
そうなると修復が長引いて、ずるずると戦ううちにランバージャックのヤバさがバレる。ビビった金星獣はエクリプスを送り出し、私とランバージャックは準備不足のまま負けちゃう。
だから時間がない。
可能な限り早く私が強くなる。ランバージャックの修復が終わり次第金星獣のラスボスを母艦ごとブチ墜としに行く。十年も訓練するなんて論外ってことだ。
私は頭を抱えた。
「やだああああ! がけっぷちじゃん! ヤバいじゃん! ぎえええ!」
「落ち着いてください」
道理でセータス戦の後、「少なくとも近日中の再来は」とか、「当面の安全は」とか、微妙に含みのある言い方をしてると思った。金星獣の気分次第で明日にでもレベル4や5が出てくるかもしれない。綱渡りにも程がある。
「待って待って待って! 本来の計画だとどうなってたの? こんながけっぷち状況想定できてたの?」
「この状況は想定にありません。時間遡行と世界線移動に成功していた場合、貴女を味方につけた時点で戦いが終わっています」
「そうだったぁあああ……!」
金星獣にバレないよう潜伏する今の状況は、私がクソザコの世界線だから発生している。本当なら最強パイロットの私が、ラムに抱かれたすぐ後金星獣をぶっ潰しているはずだったんだ。
つまり。
逃げ道はない。
あと四カ月で、エクリプスを倒せる最強パイロットの実力を身に着けるしかない。さもないとみんな死ぬ。
「やだやだやだ無理無理無理ぃー!」
「泣き言は終わりましたか? それでは、『総合機動訓練:上級』を開始します」
問答無用とばかり、ディスプレイに仮想空間が表示され、開始までの秒読みが始まった。この美少女AIあまりにも容赦がない。
重責とプレッシャーで吐きそうだけど、二か月の訓練漬けで体が覚えてしまっていた。
開始直前の秒読みに反応し、手足がコックピットの最適な位置に収まる。
「やりたくないよぉー! 誰か他の人に頼んでよおー!」
結局日が暮れるまで、泣きわめきながら訓練に励んだ。