ランバージャックプロジェクト 作:百合ロボSFコメディ風味
あと四か月で強くならないと世界が滅ぶ。そう判明して一層の気合が入ったけど、進展はない。
『総合機動訓練:上級』が難しすぎるのだ。激しく動き回りながら射撃するのは前の訓練と同じでも、今度はただの的じゃなくて仮想の金星獣を撃たなきゃいけない。当然反撃もしてくるし、それをどう躱して次の動きを繋げるのとか、囲まれないように視野を広く保ちつつ立ち回りを意識するとか、金星獣の種別ごとの特徴とかその他色々──考えることに手と頭が追いつかない。
「急に難易度上がりすぎなんですけど! ゲームなら星一評価と怒りのレビュー投稿してるレベルだよ!」
「ゲームではありません。真面目にやりなさい。もう一度」
「ひええ!?」
悲鳴を上げてもラムはどこ吹く風でムリゲー訓練を再開。目まぐるしく変わる戦況に私は目が回り、気づけば最低評価Fを叩きつけられ、訓練後はラムの助言を半ば放心状態で聞く。内容を呑み込めないまま「え? え?」と戸惑っている間に次が始まり、同じ失敗を繰り返す。
地獄だった。肉体的な負荷よりも、全力全開、混じりっ気のない本気で取り組んでいるのにいい結果が出ないストレスの方が辛い。私の無能さという現実を容赦なく突きつけられているようで。
そんな毎日だからこそ、休日は全霊を込めてダラダラするのだと決めていた。
「げへへ……SNSたのちい……」
日曜の朝。冷房の効いた自宅のソファに寝そべり、スマホをいじくる。
いつもはお昼までに終わらせる家事も今日は後回し。友だちと遊ぶらしいリンに朝ご飯だけ作って送り出し、私はお昼まで怠ける予定だ。
ぐでーっとソファの上であおむけになり、スマホ画面をスクロール。SNSのタイムラインが流れ、刺激的な情報が無限に流れ込んでくる。猫、女の子、なんかよくわかんないコラ画像、大喜利、台所まわりのライフハック──何一つ頭に残んないけど、楽しい、たのちい! やっぱ休日はこうじゃないとな。
「おっ」
SNSを脳みそにキメていると、見覚えのある動画が流れてきた。
JAの戦闘動画だ。この前のルプス戦の動画が「地方都市、楔野市での防衛戦」とのコメント付きでアップされている。
いいねは万単位、リプライも数百ある。内容は、
『地方にしては動きが良すぎるだろ』
『今すぐ東京に引き抜け』
『さすがに過大評価。こんな動きじゃ東京では雑兵』
『地方民だけど、東京魔境過ぎない?』
『パイロットのうち一人は中二らしい。間違いなくエースの器だわ』
と、好意的だ。
特にうちの妹、リンがまだ中二なのに驚きの声が上がっている。ふふん、すごいだろう。お姉ちゃんは鼻が高い。
妹の評価に気持ち良くなりつつタイムラインを貪る。おっ、このレシピは良さそうだな。覚えてたら今度試そ。
すると、またもJAの動画を見つけた。灰色の大地の上で青いバリアを纏う、白を基調とした巨人。ランバージャックだ。
二か月前のセータス襲撃時の映像を加工、編集したものらしい。小さな斧を一振りするだけで、空に浮かぶ小島めいたセータスを両断するシーン。
こうして引いた視点で見るとすごい迫力だ。リプも盛り上がってる。
『ク ソ 強 チ ー ト 木 こ り』
『もう全部こいつ一人でいいじゃん』
『斧持ってるから木こりは安直』
『楔野市はさっさと情報開示しろ』
『どこ県だかも分からん田舎町が何か知ってる訳ないだろ。ただの野生の木こりだよ』
その下にも延々とランバージャックの正体について意見が交わされてる。
いいねの数は……三五万!?
「どろぼーじゃん!」
乗ってるの私とラムなのに! なんでこんなどこの誰が運営してるとも知れない変なニュースサイトがいいねされてんのよ! 人の大活躍を盗みやがって!
足をバタバタさせて怒りを表現していると、気づく。
ランバージャック計画。簡単に言えば未来知識とスーパーロボで金星獣のラスボスをぶっ飛ばす計画のこと。成功すれば人類が救われる。
この計画が成功した後で私の頑張りを公開すれば、途方もないいいねがもらえるのでは? なんたって人類救ってるんだし。
証拠はいくらでも用意できる。エクリプスは金星獣の親玉だから、倒せば金星獣の襲来が止む。状況証拠だ。ランバージャックの現物は動かぬ物証だし、私が衆人環視で乗りこなしてみせればセータス撃破の功績は私のものになる。
そうなると、私は世界を救った英雄として各種ニュースサイトと新聞の一面に掲載され、テレビには私の美少女フェイスが二四時間流れ、なんらかの雑誌の表紙やら有名なブランドの宣伝広告やらに起用されたりして。リンは「お姉ちゃんが救世主になっちゃってさー」と学校で自慢し、じいじとばあばは孫の活躍をご近所さんに褒められて──
「ぐへへ……」
見えてきたぞ。私のバラ色の将来が。よだれが止まんない。
さっそく準備を始めよう。
アカウントはもうあるとして、何か投稿しておくのだ。普段投稿しないのに計画成功後に投稿を始めれば、「チヤホヤされるためだけに投稿を始めた承認欲求娘」との誹りを受けてしまう。布石が必要だ。
内容はなんでもいい。「妹がかわいすぎて辛い」にして投稿、と。よし。英雄への道のりの第一歩だ。
「くく、ふはは!」
聞いたことないくらい悪い笑みが出た。
安っぽい悪役みたいでウケる。いけない、私は英雄になるんだから、もっとそれっぽい綺麗でかわいい笑い方じゃなきゃ──
『呆れた時間の使い方ですね』
「うわっ、いだぁ!?」
突如現れる美少女の顔。ラムだ。スマホ画面がラムの顔面に制圧された。
思わずスマホを取り落とし、角が眉間に直撃。鋭い激痛と共に、視界に星が散った。
『けがはありませんか?』
「た、たぶん大丈夫……急に何!? せっかくいい気分になってたのに!」
『休日の過ごし方を確認しに来ました』
ラムは少しの間目を閉じ、程なくジト目になってこちらを睨む。
『朝から動画サイトとSNSを梯子していますね。フリータイム三時間をフルに使っています』
「だから何よ! 今日休日だよ!」
『休暇とはいえ、時間はもっと有効に使ってください。さもないと──』
「やだ! 普段あんなに頑張ってるんだから、休みくらいは好きにするもん!」
『──強制措置を実行』
ラムが告げると同時、スマホ画面に『ダウンロード中』と表示され、ほどなくインストール中に変わった。
なんだなんだ、変な広告踏んだ?
目を白黒させる私に、ラムが続ける。
『スケジュール管理アプリ、「見守りラム」をインストールしました』
その意味はすぐに分かった。
スマホ画面にはやはりラムのジト目美少女フェイスが表示され、右上の方に『推奨行動:学習内容の復習、戦術の予習、家事』と文字列がある。
それだけならまだしも、見逃せない異常が一つ。
「画面動かないんだけど!」
ホームボタンが反応しない。電源ボタンも。画面がラムの顔と推奨行動の文字で固まってしまった。
『見守りラムの仕様です。プロジェクト遂行に際し、有用な時間の使途を提案します』
「提案ってか強制じゃないかな!?」
『重要な通知や連絡等はラムが自動処理するため、貴女は推奨行動を実行してください』
「話聞いてる!? わーっ、バッテリーが!」
右上のバッテリー残量が恐ろしい勢いで減っていく。ラムが来る前は八〇%あったのにもう六五%。およそ二秒で一%消費してる。スマホカバー越しにも異常発熱してるのが感じられた。
慌てて充電器につなぐと、ラムは悪びれずに、
『どうやら、高度な自律学習型AIであるラムを走らせるには少々スペックが足りないようです。高度な自律学習型AIであるラムを走らせるには』
「なんで二回言った!?」
心なしかドヤ顔になってるし。人んちの電力勝手に食べといてなんだその顔腹立つな。
「やめてよ! スマホなかったらやることないじゃん!」
無言で画面右上を両手の指で差すラム。そこには『推奨行動:学習内容の復習、戦術の予習、家事』の文字。消したくてもスマホが操作を受け付けない。
なるほど、これが見守りラムの仕様らしい。
「うわぁぁん!」
私はスマホをソファに放り出し、涙目で行動を始めた。まずは放置してた洗い物と洗濯から。
ーーー
「金星獣の生態……人類の集合無意識が金星獣外観に影響……うにゃうにゃ……」
家事を済ませ、読みたくもない教科書の続きを少しずつ読み進めていく。
めちゃくちゃつまんない。金星獣が地球の鳥獣や幻獣の外見をしている理由なんか知らないよ。倒すのに関係ないじゃん。
「つまんなーい……む?」
玄関から物音。軽やかな足音と共に、リンがリビングに顔を出す。
帰りは夕方のはずだったのに、まだ正午を回ったばかりだ。
「おかえりー。早かったね。お昼どうする? 冷麺とそうめんあるけど」
「ただいま。じゃあ冷麺食べるー」
教科書とスマホを片付け、お昼ごはんの用意にかかる。お湯を沸かしている間に錦糸卵を作り、きゅうりとハムを刻む。麺を鍋に投入し、さっきタイムラインで見たレシピの通りに冷麺のタレを作り、麺をざるにあげて水にさらして、器に全部盛ったら完成。冷蔵庫からバナナとマンゴーチャンクを取り出し、器に盛りつけてフルーツポンチ風にした。これでビタミンもいい感じだ。
お盆に乗せて運ぶ。
リンはテーブルに両肘をついて顎を両手に乗せ、物憂げな顔をしている。友だちとケンカでもしたのかな。
「できたよ。お箸とお茶出して」
「ん。お姉ちゃんは?」
「もう食べた」
リンは一人分のコップとお箸を出して、「いただきます」と食べ始める。私はその対面に座った。
ちゅるちゅる、と静かに麺をすする表情は、暗く沈んでいる。どう見ても元気がない。絶交レベルの壮大なケンカがあったに違いない。
私は一七、リンは一四歳。三年のアドバンテージを活かし、お姉ちゃんが華麗に人生相談をしてやろう。
無言で食べ終わったのを見計らい、声をかける。
「何があったの?」
「え?」
「いつもより帰りが早いし、暗い顔してる。困りごとがあるんでしょ? 無理に話せとは言わないけど、お姉ちゃんはいつでもリンの味方だよ」
リンは私の優しい言葉にハッとした様子で、目を丸くして──すさまじく胡散臭そうな目で私を睨んだ。
あれれ? 思ってた反応と違うぞ。
「ふーん……どの口が言ってるのかな」
「どの口が? どういう──」
「学校辞めたって本当?」
頭が真っ白になった。
学校辞めた。退学。意味を呑み込むに伴い、どっと冷や汗が流れ出す。心臓の音が嫌に大きく聞こえる。乾いた口から漏れ出る声は、とても言葉にならない。
「あ、え、なん」
「そっか、本当なんだ」
反応で察したのか、リンは視線を伏せる。
そしてすぐに顔を上げ、責めるように私を睨んだ。
「どうして隠してたの?」
「だ、だって」
「だって、何?」
「お、怒られるからぁ~!」
「はあああ?」
もうダメだ。何も考えられない。
口が勝手に動き、ぐちゃぐちゃの言葉と一緒に涙が流れ落ちる。
「お、お父さんとお母さんと、じいじとばあばのお金っ、使ってっ、やっと入学したのに……っ、退学して、全部無駄でっ、リンはちゃんとすごいのにぃ、私お姉ちゃんなのに、だからぁ!」
「もう、お姉ちゃんはバカだなぁ」
肩と頭に柔らかい感触。
リンに抱かれ、頭を撫でられている。
「さっきね、じいじから連絡があって。『ヒノは大丈夫か』って。それで退学のこと知ったんだよ。じいじとばあばが知ってるなら、お金のことで私が言うことはないよ」
「ほんと……?」
「うん。それにね、お姉ちゃんはいつもすっごく頑張ってる。あんなに一生懸命頑張って、それでも退学になっちゃったなら、仕方ないよ。頑張った結果を怒る人なんていない。だから大丈夫」
胸が苦しくて、涙に溺れそうな私の耳元で、リンの甘い声が響く。
「お姉ちゃんはずーっと、私の大好きなお姉ちゃんだよ」
涙が止まらなかった。爆発した感情と心の動きが自分でもよく分からず、ただただ妹に抱かれて泣きじゃくるしかできなかった。
そうして小一時間ほど後。
ようやく落ち着いた私は、リンと再び向き合う。私とよく似た顔立ちが目と鼻の先から、優しいまなざしを送ってくる。
その視線でまた涙腺が刺激され、癇癪が起こりそうになった直前、リンはむっと顔を険しくした。
「お姉ちゃん。退学になったことはいいけど、隠してたことには怒ってるからね」
「ごめんなさい!」
「はい、許します。でも約束して」
身を乗り出し、互いの吐息を感じるような距離で、リンの煌めく瞳に射抜かれる。
「私は、いつどんなときだってお姉ちゃんの味方をする。だから、大事なことを隠さないで」
大事なこと──ランバージャックプロジェクト。
大事も大事、人類の未来に関わる重大なそれに思い至り、すべて打ち明けたい衝動に駆られる。
実は、と喉元まで出かかったところで、情報漏洩すなわち滅亡の理屈を思い出し、口を噤んだ。
かろうじて出来たのは、リンの視線を逃げずに受け止めながら、
「分かった。約束する」
と頷くことだけだった。
リンはふわりと微笑んで、私を強く、強く抱きしめてくれた。
ーーー
「あーあ。じゃあ私もやめよっかな、パイロット」
「えっ!?」
涙と鼻水だらけの顔を洗い、洗い物を二人で済ませ、ソファに腰を落ち着けてしばらくすると。
私の膝の上に座るリンが、恐ろしいことを言い出した。
「だってさぁ、めんどくさいもん。JAパイロット。訓練ばっかりでお姉ちゃんと一緒にいられないし」
「そ、そりゃそうだけど」
確かに、JAパイロットは片手間でやるには重たい役割だ。訓練漬けで朝も早いし夜も遅い。金星獣が来たときには町の防衛の重責を担うことになるし、戦闘だって命がけ。高い給料と名誉は得られるけど、割に合っているかと言えば難しいところだ。
「決めた。私も辞めよ。お姉ちゃんと一緒にやりたいからなっただけだもん。もういいや」
「待って待って! お願い待って!」
こいつどんだけお姉ちゃんのこと好きなんだよかわいいな。
などと胸キュンしてる場合じゃない。
今リンがパイロットを辞めると、楔野市を防衛するJA戦力は秀子と、もう一人の先輩の二機だけになる。この前のルプスのようなザコならまだしも、あれよりも強力な個体がやってくる場合に備え、戦力を落とすわけにはいかない。計画実行前にこの町が壊滅したら元も子もないんだから。
「わ、私、リンがパイロットやってるの、かっこいいと思う」
「へ?」
引き留めないと。
大丈夫、リンなら立派なパイロットになれる。
「中二でパイロットデビューなんて、東京や大阪でも中々ないらしいし……それに、リンが操縦してるJA、めちゃくちゃかっこいい動きしてる。こんなに才能あるのに、辞めるなんてもったいないよ」
「そーお? お姉ちゃん、私がパイロットだと嬉しい?」
「うれしい! もちろん、ほんとに辞めたいなら全然いいけど」
良くない。全然よくないけど、無理強いしたらダメだ。内心と言葉のギャップで心が軋む。
私の苦悩は知らず、リンは満更でもなさそうだ。「え~」と照れた風に笑いながら、私の膝の上で体を捻り、対面で座り直す。
「お姉ちゃんがそんなに言うなら、もうちょっと続けようかな」
「うんうん、それがいいよ!」
ふう、町の平和は守られた。胸を撫でおろす。
「あ、そうだ。お姉ちゃんさあ」
リンはお尻の位置を調整し、体を前傾にして私の胸に顔を埋める。
「秀子さんにもちゃんと言った方がいいよ。退学のこと」
「う……」
秀子。私の四年の在学中で、唯一出来た親友。
いつか言わないといけないとは思う。校舎と学科が違うとはいえ、ずっと隠しておけるはずはない。
でも、秀子はいつも忙しそうなのだ。やりたいことが常にはっきりしていて、好きなものにとことん打ち込んでいる。その上今は断り切れずにJAパイロットにされてしまい、一層忙しいはず。そんな秀子に私が退学したなんてしょうもない情報を吹き込むのは、良くないと思う。
「分かってる。言うよ。親友だもん」
今すぐじゃない。きちんとタイミングを見計らって伝える。
「じゃあいいけど。あんまり先延ばしにしちゃダメだよ? こういうの、誰かの口から聞かされると結構ショックなんだから」
「ご、ごめんて」
「いいよー、許す許す」
リンが私の胸に顔を擦り付けている。かわいい。
大丈夫、秀子はリンと違って友だちが少ない。私が直接伝える前に噂で知る、なんてことは絶対ないはずだ。
急ぐ必要はない。計画が完遂して私が英雄になった後でも大丈夫だろう、きっと。
ーーー
なんて考えた数時間後。
久しぶりにリンとのイチャイチャタイムを満喫していると、秀子から連絡があった。
『退学したってどういうこと』
「お姉ちゃんさぁ……」
ショックで硬直する私の横で、リンが画面を眺め呆れた声を出す。だから言ったのにと言わんばかりだ。
あの友だちの少なさに定評のある秀子がどうやって。
思案を打ち切って、とにかく例の場所で会って話をしたい旨を伝え、私は家を出た。
ーーー
私と秀子の間で例の場所といえば、裏山の展望公園だ。ランバージャックの隠し場所から少し山を登ったところにある、見晴らしのいい公園。
急階段を上り切って公園に入ると、秀子の姿はもうそこにあった。いつも通りの白衣姿で手すりに突っ伏して、暮れなずむ町並みを見下ろしている。
「秀子! お待たせ!」
「……小山先生から聞いた」
隣に並ぶと、秀子は前置きなしに口を開く。
「『転科して忙しいだろうに、パイロットの役目も引き受けて、大丈夫か。一木もあんなことになってしまって、お前も辛いだろうに』……何のことか分からなくて、そしたら先生が口を滑らせたんだ。退学したって」
そのルートだったか。
小山先生は中一の頃の担任の先生だ。毎日居残り補習授業に付き合ってくれた優しい人で、学年が変わってもずっと親身になってくれた。その優しさで秀子を気にかけ、流れで私のことをしゃべってしまったらしい。
秀子は体を起こして、私の方を向いた。前髪の間から、怒気のこもったタレ目が覗く。
「なんで言ってくれなかったの。僕なら勉強も操縦実技も教えられたのに」
「……ごめん」
「いいよ。友だちだと思ってたの、僕だけだったんだね」
ぷい、と顔を背ける秀子。頬を膨らませ、いかにも怒ってますと言いたげだ。
その芝居がかった仕草で直感する。
こいつ、そこまで怒ってない。ちょっとムカついてる程度だ。そもそも秀子の性格的に、本当に怒ったなら呼び出しに応じず、縁を切っている。秀子はそういうやつだ。
となると、土下座する勢いで謝るのは逆効果。
「ごめんて。でも勉強教えられるはウソじゃん。秀子教えるの下手だし」
「はあ? ヒノの頭がスカスカなのが悪いんでしょ。やーい万年赤点退学女」
「てめえ……」
涙出てきた。ちょっと小突いただけでこの反撃かよ。
秀子は白衣の袖で口元を隠す。だけど目元が笑っているのは隠せていない。今ので溜飲は下がったっぽいな。
どちらともなく、手すりに体を預ける。緊迫した空気は霧散して、いつもの友だちの空気感が戻ってくる。
「真面目な話、さ」
隣り合って町を見下ろし、私が口火を切る。
「秀子って中一からずっと、やりたいことはっきりしてんじゃん? 非実体……エナジーなんとか?」
「非実体エネルギー工学」
「そうそれ」
中一の春、授業初日。
周りが友達作りや授業への期待と不安を話し合うのに精を出す中、秀子は一人だけ難しい本を読んでいた。話しかけると「あっち行け」と言われたのは死ぬほどムカついた。
「で、図書室で同じ本探して、三日後くらいにもっかい話しかけたんだよね。そしてディベートバトルで私が完全勝利を収め、秀子は私の軍門に下ったのだった……」
「捏造やめい」
「バレたか」
実際は、目次だけでお腹いっぱいになった私が「あんな難しい本読めるなんてすごい! 何が面白いの?」と再び声をかけた。変わらず塩対応だった秀子はやがて根負けし、おしゃべりしてる間に友だちになったんだ。
「最初の一年は、なんだこのアホさっさとどっか行けって思ってたよ」
「そのせいで私以外友だちいないんだよね」
「うるさいな」
げし、と肘で小突かれる。横顔から覗く耳が少し赤い。
「そんな秀子のこと、ずっとかっこいいって思ってた」
「え」
振り向く秀子と目を合わせ、正面から言う。
「巨大ロボ、JAが動く仕組みを研究したい、金星獣の技術を解析したい。やりたいことに一直線で、だけど周りの声を無視できない優しいところもある。かっこよくて、まぶしくて、邪魔したくないって思った。だから言えなかったの」
姿勢を正して向き合い、頭を下げる。
「退学のこと、黙っててごめん」
秀子は、かっこよくてかわいくて頭のいい、最高の親友だと思ってる。だからこそ私のことで心配をかけたくなかった。
その気持ちが伝わるように、頭を下げ続ける。
十秒、二十秒。
長いな。だっる。もういいや、謝罪会見じゃあるまいし。
顔を上げようとすると、
「まだ!」
「ぎゃあ!?」
後頭部を抑えられた。バランスを崩して膝をつく。
「何すんの、って、あれ?」
腕を振り払って見上げてみると、秀子の顔が赤い。白衣の袖で顔を隠しているけど、髪の間から覗く形のいい耳が紅潮しているのが見える。
どこか照れる要素あったかな。出会った頃からめちゃくちゃかっこいい秀子を尊敬してるし大事な親友だって伝えただけなのに。
「よくもまああんな素直に言えるよね……! どんな神経してんだか……!」
「え、怒ってる?」
「怒ってない! こっち見んな!」
「じー」
「見るなってばぁ!」
無視してガン見する。照れてたじたじになる秀子かわいい。抑えつけようと伸ばしてきた両手を掴み、立ち上がって正面からじっと見る。ぱっちりした二重瞼が大きく見開かれ、色白の頬が朱に染まっている。
「な、なんだよぉ……」
見れば見るほど、ラムにそっくりだ。髪型と髪色、瞳の色を調整すればほぼラムになる。
ラムを一目見た途端、私の好みど真ん中だと思った。それは私に言うことを聞かせるために作られたからだ。
でも、まさか同じような天然由来美少女がこんな間近にいたとは。友だちとしてしか見てなかったから気づかなかった。
涙目で私を睨む秀子がおそろしくかわいい。ちゅーしていいかな。幸いこの公園に人気はないし、秀子のフィジカルは弱い。無理やりやっちゃっても──
「……ふぅ」
秀子の腕を離し、一歩距離をとる。
危ないところだった。ラムに無理やり抱かれたせいか、倫理観のラインが緩くなってる。
秀子は親友だ。邪念を抱くなんてもってのほか。ぶんぶん頭を振って煩悩を払う。
「あ……」
秀子が漏らした声が名残惜しそうに聞こえたのも、きっと邪念のせいだ。気のせい気のせい。
落ち着かない空気の中、向き合ったまま数分。
やがて、秀子が変に明るい声で切り出した。
「ま、まあ、退学の件はもういいよ。ヒノがヒノなりに頑張って、悩んだ結果だと思うから。あ、リンちゃんは知ってる?」
「もちろんだよ」
知らせたのはついさっきだけどね。
「じゃあ言うことはないかな。でもヒノ、学校辞めてどうするの? 転校?」
「うんにゃ、ちょっとやりたいことあるから。しばらくはそっちかな」
秀子の顔に驚きの色が浮かぶ。
「へえ。あんなにパイロットになりたいって言ってた君に、他にやりたいことが。興味あるなぁ」
「ふふふ、今は言えないよ。でも直に……大体四か月後くらいに分かると思う。きっと驚くぞー」
「えー、なんだろ。犯罪?」
「ちゃうわい」
やりたいこととは言わずもがな、世界中の都市を九十年にわたって襲い続けている金星獣、その親玉をぶっ飛ばして人類を救うことだ。
この場では絶対に明かせないけど、いずれ秀子だけでなく、リンも、世界も知ることになる。世界を救った英雄、一木ヒノとラムの名を。
「ま、そんなわけだから。お互いがんばろー! じゃ」
「あっ」
本題は終わったし、ボロを出すといけない。踵を返して解散しようとすると、シャツの裾を掴まれた。
「何?」
「いや、えっと、何でもなくて……ううん」
秀子は一度俯き、意を決した風に顔を上げて、
「もう少しお話したいな、って」
秀子はやりたいことがはっきりしている。ことあるごとに時間がない、忙しいと中一の頃からぼやいている。
だからこんな風に引き留めるのはいつも私の役目で、秀子の方から言ってきたのは初めてだ。
それが嬉しくて嬉しくて。
肩をくっつけ合う距離で並び、日が暮れるまで雑談に興じた。
遅くなってリンに怒られたのは、言うまでもない。
ーーー
翌日、月曜日。
久しぶりになんの負い目もなくリンを学校に送り出し、少し早めにランバージャックの元へ向かう。
変わらず後部座席にいるラムに、私は昨日の出来事を語った。
「──と、いうことがあったんだよね」
「知っています。見守りラムが起動していました」
さよなら私のプライバシー。あとスマホの寿命も。あの発熱は絶対寿命縮めてるもん。
「規定時刻より早いですが、本日の訓練を──」
「私さ、ずっとみじめだったんだ」
せっかちなラムの声を遮り、私は語る。
昨日のリンと秀子とのやりとりで、見えてくるものがあったんだ。それを共有したい。けっしてサボりたいとかではなく。
「リンは要領が良くてさ、昔からなんでもすぐ上手くなるの」
小一の頃から、私は目のついたことを片っ端から始めた。習字、サッカー、空手、そろばん、英会話、卓球、水泳。色んな習い事に手を出して、ある程度できるようになったところでリンも同じことを始める。そうしてリンは、私よりずっとすごい結果を出すんだ。
リンはそれを誇るでもなく、褒めて褒めてと私にじゃれついてくる。それがみじめだった。あんなに一生懸命、長い時間取り組んだのに、それよりずっと短い時間しか使っていないリンの方が上手い。自分の無能を突きつけられているようだった。
「だからパイロットになりたくて、この町に来たんだ」
巨大ロボ、JAのパイロット。養成校でパイロット課程を修了し、試験に合格すればなれる英雄的職業。パイロットになれさえすれば、社会に認められ、チヤホヤされ、妹の下位互換でしかない私を卒業できると思った。祖父母に無理を言って東京を離れ、楔野市で一人暮らしをさせてもらえるようになった。
「でも、思ったより現実厳しくてさ。退学になっちゃうし、後から来たリンは余裕でパイロットになっちゃうし。もうダメダメすぎて笑っちゃうよ。だけど──」
「一木リンと優野秀子にとって、それは些事でしかなかった」
振り向く。
ラムは表情を変えず、淡々と私の気持ちを言い当てる。
「立場、能力、功績に関係なく、あの二人にとって貴女は、どうしようもなく姉であり、友なのです。貴女がどれほど自身を惨めに感じようと、彼女らが貴女を想う気持ちは変わりません。一木ヒノ。貴女は、貴女であるからこそ価値がある」
「お、おっふ……」
訂正、私の気持ちというか、口説き文句だ。
たとえ惨めで情けなくっても、リンと秀子は私を大切にしてくれる。そこまでは私の気づきだけど、価値があるとまで言われるとは思わなかった。
「いやぁ、へへ、照れちゃうなぁ」
「事実です」
「やめろよぉ、もう~!」
「規定時刻になりました。本日の訓練を開始します」
「容赦ねえな!?」
褒め殺しかと思ったらこれだよ。もっと余韻に浸らせてほしいな!
「良いのですか。一木リンと優野秀子の将来は、貴女の働きにかかっているのですよ」
「くっ……」
分かってはいたつもりだった。
けれどこうしてはっきり言葉にされると、物理的な重圧が肩に乗ってるような重みを感じる。
私を大切にしてくれる妹、気の置けない親友。二人が幸せに生きられるかは、私次第。
「はいはい! やりますよ! どんな鬼畜難易度でもどんと来いだ!」
一層の決意と共に、今日の訓練を始めるのだった。
ーーー
一時間後。
「うえぇぇん! 無理だよお~ムズすぎだよぉ~」
「はぁ……」
私の心はいつも通りに折られ、後部座席のラムが嘆息するのだった。