ランバージャックプロジェクト 作:百合ロボSFコメディ風味
八月下旬。燦燦と降り注ぐ日差しの下、蝉の声が少しずつ鳴りを潜めていく夏の終わり際。
私は相も変わらず山中の穴にこもり、ランバージャックコックピットのシミュレーターで訓練に励む。
「ああああだるい辛いしんどいめんどいやめたーい!」
無意識に叫びながら、デイスプレイ上の仮想敵を斧、もとい
『機動訓練:上級(宇宙) 総合評価:S』
「ふぅ」
ほっと息をつく。八月頭から始まった宇宙を想定した訓練は、初級と中級をクリアし、たった今上級もクリアできた。最初は絶対無理と確信できる難易度だったけど、意外となんとかなるものだ。
私は地上だけでなく宇宙も制した。もはや無敵だ。向かうところ敵はない。エクリプスなんか一億体いたって怖くない、まとめてかかってこい。
と、今までの私なら調子に乗っているところだけど。
「ラム、次」
さすがにパターンが読めている。
ラムは返事の代わりに、画面に新たな訓練を表示する。
『総合機動訓練:上級(宇宙)』
だよね。地上訓練でもそうだったし、むしろなかったら寂しいまである。
「初級、中級、上級の訓練内容を踏襲しつつ、エクリプスとの戦闘データを精緻に再現した最高難易度の訓練です。これをクリアできれば、エクリプス撃破に十分な技量を習得したと言えるでしょう」
「これが最後の訓練ってこと?」
「ええ」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
ついにここまで来た。四月から始まった地獄の訓練を経て四か月と少し。本番の十月初旬まではまだ一か月強あるけど、のんびりなんてしてられない。
手足を操縦桿とペダルに添え、視線は前に。どんな不意打ちにも対応できる理想的な脱力状態を作る。
「やるよ。始めて」
「待ってください」
ラムは要求に応えず、眉を八の字にしている。
「どうしたのですか。幼児のように小躍りして喜び、泣いて称賛と休憩を求めるのが貴女でしょう」
「誰が幼児だっ!」
なんだよもう、人がやる気になってるのに。体を捻り、頬を膨らませてラムと向き合う。
「私だって真剣なの。八月に入ってから、マジでヤバイって実感したもん」
八月の初週、楔野市に金星獣がやってきた。次の週にも。どちらもレベル3、種別はカラス型の『コルウス』、蛇型の『ハイドラ』。リンと秀子、それともう一人の防衛隊からなる三機のJAがあっさりやっつけてくれたけど、全然安心できない。
「四月のセータスを入れたら四か月で四回。あり得ないよ」
楔野市は元々、金星獣が滅多にやってこない。にもかかわらずこの襲来頻度は異常だ。
朝のニュース番組だと、どこかの大学教授さんが『楔野市に金星獣を引き付ける何かがあるのかも。たとえばあの斧を持った所属不明機のことが、金星獣も気になっているのではないでしょうか』とか言って、根拠のないデマを言うんじゃないとSNSで大炎上してた。
だけど私とラムは知っている。デマじゃない、本当に金星獣は楔野市に目を付けているんだ。
自分たちを脅かす恐ろしいものが隠れていると信じて、楔野市に金星獣を送り付けてくる。
「そうでしょ、ラム?」
「はい。襲来の間隔が二か月から一週間と短くなっている点から、金星獣の強い疑念と焦慮を読み取れます」
「楔野市の防衛隊じゃ勝てない相手を送り込んでくることもあり得るよね?」
ラムは考え込むように口を噤んだ。
返答を待つまでもなく、あり得ると私は思っている。それを前提にして急がなきゃいけない。
だって、もしも。
もしもまたセータスのような個体がやってきたとき、矢面に立たされるのはリンと秀子だ。秀子はともかく、負けず嫌いのリンは相手がどれほど強くても逃げたりはしない。死ぬまで戦って責任を果たそうとする。
そんなこと、お姉ちゃんが許すもんか。
「落ち着いてください、一木ヒノ」
「落ち着いてなんて──」
「これを」
ラムが正面ディスプレイを指し示す。そこにはお昼のニュース番組が映されている。
『四月から続いている楔野市への金星獣連続襲来について、政府は同市の防衛レベル引き上げを検討していく意向を示しました。○○防衛大臣は「今後の動向を踏まえ、適切に対処していく」としており──』
「楔野市の異常に気付いているのは我々だけではありません。場合によっては防衛戦力が拡充される望みもある。貴女一人が焦る必要はないのです」
「でも……!」
「ヒノ」
こういう偉い人たちの言う加速って、大体年単位でかかるじゃん。
反駁しようとする私の頭に、小さな手が乗せられた。優しい手つきが髪の上を滑る。
「大丈夫。貴女はよくやっています。一歩ずつ、確実に進んでいきましょう」
「う、うん」
焦りの代わりに、ときめきが胸を満たした。顔が耳まで熱く、胸が揺れるくらい鼓動が早くなる。バチバチに好みの美少女顔で、そんな優しい言葉は卑怯だ。
顔を両手で覆い、足をばたつかせて悶える。
それからややあって、気分を切り替えた。
「よっし、とりあえずやろう! 最後の訓練!」
私一人が背負ってるわけじゃないのは分かった。とはいえ、鉄は熱いうちに打っておきたい。
リアカメラのラムが頷き、ディスプレイのニュース番組が消え、最後の訓練の秒読みが始まる。
今の私はやる気に満ちている。急造で身に着けた実力もある。一発クリアして十月まで悠々と過ごしてやるもんね!
ーーー
「無ーーー理ーーー! クリアさせる気ある!? 意味わかんないんだけど誰が作ったのこの訓練!?」
「ラムです」
「お前かっ!」
ダメだった。ボコボコにされた。ディスプレイ上に踊る『総合評価:F』の文字が神経を逆なでする。
一発クリアが出来ないのはいつものことだけど、最後の訓練で待ち構える仮想のエクリプスは、これまでとは一味違う。
今までは失敗しても、「めちゃくちゃ難しいけどあそこをああすれば良くなった、あるいはクリアできた」と、薄い勝ち筋が見えた。でも今回のは勝ち筋がまるで見えない。最初から用意されてないと思えるくらいに難しい。
「んー、どうすれば……とりあえずリトライかな。ラム!」
「……」
返事がない。
それどころか、訓練内容の振り返りがない。歯に衣着せない物言いで改善点を言ってくれるはずなのに。
リアカメラを見てみると、ラムはうつむいて微動だにしていない。
振り向く。背もたれ越しに腕を伸ばし、ふわふわの白髪のつむじに指を突っ込んでやる。
「えいえい」
反応がない。汗が噴き出る。
冷や汗、ではない。集中して気づかなかったけど、いつの間にか、コックピット内が真夏の炎天下もかくやという高温になっている。汗で下着までぐっしょりだ。
コックピットの空調が壊れたのかな。エアコンの業者さんはこの時期忙しいし、そもそも巨大ロボのエアコンには対応してもらえるのか。
つらつら考えながら汗を拭い、なおも動かないラムを突っつく。
「あづーーーい! ラム、エアコン! 熱中症になるってば、ねえ!」
肩をゆすると、かくんとラムの頭が傾く。
「えっ!? 暑、いや熱い!?」
ラムを抱き寄せてみれば、体が異常な熱を発していた。使った後のトースターを思わせる熱さ。なのに汗一つかいていない。
「あわわわ……! しっかりして!」
いくら呼びかけてもラムは力なく座席に体を投げ出すばかりで、一切の反応がない。
救急車はダメだ。ラムは人の形をしたAI搭載のロボット。お医者さんも困るし、出自を疑われて騒ぎになるともっとまずい。私がなんとかしなきゃ。
コンソールを操作し、胸部装甲を解放。ラムの小さな体をおんぶして、自宅まで走った。
ーーー
軽いとはいえ、ランバージャックの潜む谷底からラムを運ぶのは一苦労だった。斜面に垂らしたロープを伝って住宅街まで上がり、自宅マンションへ駈け込む。
家に着いてすぐ、玄関先で服を剥いでいく。四月にあげたのと同じ、私の制服ブレザーとリンのお下がりコーデ。化繊の一部が焦げたそれをその辺に散らかし、お風呂場へ。
浴槽に水を張り、全裸のラムをぶち込んだ。冷蔵庫から氷と保冷剤をありったけ持ってきて投入。人間なら風邪不可避のはずなのに、氷水は一分足らずで煮え湯に変わり、白い蒸気が浴場に立ち込めた。
それでも他にどうすることもできない。シャワーで冷水を絶えず浴びせながら、腕の感覚がなくなるまでうちわで扇ぐ。
そうして一時間ほどすると、ようやく発熱が落ち着いた。湯気が換気扇で外に追いやられ、お湯の沸騰が止まる。ラムの体に触れば人肌の温度に戻っている。
「なんだったんだろ?」
目を覚ましたら聞いてみよう。
体を拭き、裸のまま私への部屋に運び、布団に寝かせた。
私も汗みずくだ。せっかくお湯があるし、汗を流そう。
そうして服に手をかけると、背中に激痛。
「痛いよぉ……」
鏡で見てみる。火傷だ。ラムをおんぶしたとき、発熱する体に触れていた背中と肩、前腕の一部が赤く腫れていた。熱したヤカンめいた熱に触れたんだから当然こうなる。
「ラム、平気かな……」
触っただけで火傷するような熱を発していたラムは、どうしてしまったのか。心配と痛みで気分が沈む。
汗を流し、慎重に体を拭いて、埃を被ってた救急箱を引っ張り出してくる。手当てしてたら軟膏と包帯が切れちゃった。後で替えを買いに行こう。
もしラムが壊れて、二度と動かなくなったら。私はランバージャックプロジェクトを一人でやり遂げないといけない。
操縦技術は一通り習っているし、母艦まで飛んでいく方法もあらかじめセットしてあるらしい。訓練を最後まで終わらせさえすれば、私一人でも戦えるはず。
けれど、なぜだろう。一人でやると考えたとき、どうしようもなく心細い。
一刻も早く目を覚まして、またあのジト目で睨んでほしい。
薄手の長袖を身に着け、ラムの元へ戻ると。
「おはようございます」
「思ったより復活早いなぁ!?」
ラムが上体を起こしていた。ぱっちりした二重瞼の下からきらめく琥珀の瞳が覗く。
最悪もう二度と目覚めない覚悟してたんですけど。嬉しさ九割、拍子抜け一割の感覚。
「はぁ……おはよう。で、調子は? AIにも夏風邪あるの?」
「稼働状態は平常に復帰しました。夏風邪ではなく、中央演算装置への長期的な過負荷による異常発熱だったようです」
回りくどい言い回しにもずいぶん慣れた。程なく意味を呑み込んで、首を傾げる。
「長期的な過負荷? 何か無理してたの?」
「当機は速やかな計画完遂を前提として設計された、ランバージャック付属の対人用インターフェースです。およそ五カ月もの連続稼働は想定されていません」
予定より仕事が長引いて体力に限界が来た、と言いたいらしい。
無理もない。ランバージャックプロジェクトは元々、私を抱いた翌日には完遂されているはずだった。長くて二、三日の計画を半年に延長して実行してるのが今の状況だ。未来のスーパーAIだって疲れもたまるだろう。
「……んふふ」
「何かおかしいですか?」
「いや、違うの。ただね、未来のAIロボット様のくせに、調子の崩し方がレトロだなーって」
異常発熱して電源落ちるとか、まるっきりヤバいアプリ入れたスマホじゃんね。
「いたたっ、バカにしてるんじゃないって!」
ラムはいつものジト目になり、私の膝に爪を立ててきた。チクチクする。
その小さな手を両手で包み、そっと握る。健康的な人肌の温度だ。
この頼りない手で、細くて折れそうな体で、ずっと頑張ってきたのだろう。思えば、私がだるい眠いとぼやきながらランバージャックの元に行くと必ずラムの姿があった。修復中のランバージャックを見張り、管理していた──だけではない。
「私がいつもやってる、鬼畜難易度のシミュレーター。あれも作ってくれたの?」
「はい。本来の計画には必要のない機能でしたので、蓄積された金星獣およびJAの戦術情報を元に、急遽構築しました」
私を強くする手はずを一から用意してくれていた。経験ゼロ、根性もない私を強くするための道のりを整えてくれたんだ。弱音も文句もなく、ただ黙々と尽くしてくれた。
「ありがとう」
「感謝の対象が不明瞭です」
ラムはぷい、と顔を逸らした。照れ隠しの機能まで付いているらしい。
ぽろっとこぼれ出た感謝はまだ早かった。ラムに恩を返し、ありがとうを伝えるには、計画をやり遂げるのが一番だ。
思考をこれからの行動に切り替える。
「ラムはもう大丈夫なの?」
「いえ。現在、修正版ランバージャックプロジェクトを前提とした、大幅なOSのアップデートを実行中です。完了までのおよそ十五時間、シミュレーターを起動できません」
「あ、シミュレーターってラムが動かしてたんだ」
「はい。ランバージャックの演算資源とディスプレイを利用していますが、外付け機能と理解して構いません」
作るだけじゃなくて動かすのもラムがしてくれてた。まだアプデが済んでないから練習できない。
やっぱりスマホだ。時々勝手に始まってスマホが使えなくなる『システムをアップデートしています、電源を切らないでください』ってやつだ。
そんなの事前にやっといてよ、とは思えない。きっとこうして倒れるまで休みなく働いてて暇がなかったんだ。
「アップデート完了は明日十八時ごろ見込みとなります。それまで貴女は、イメージトレーニングと基礎知識の学習を──」
「ううん」
首を横に振り、再びラムの手を取る。
「それよりずっといい時間の使い方があるよ。もちろん計画の成功につながる、ね」
「それは何ですか」
淡々と尋ねるラムに、私はドヤ顔で告げる。
「デートしよっ!」
ーーー
楔野市は海と山に挟まれた小都市で、私とリンの暮らすマンションは山の上にある。市の中央には摩天楼が立ち並び、足元には大型ショッピングモールを初めとした娯楽施設がひしめく。
私はラムを連れ、そのショッピングモールへ足を運んだ。
「うひょー! さすが白髪金目美少女! 何着ても絵になるなぁ!」
「一木ヒノ。なぜデートなのですか」
「よっしゃ撮影完了! 次行こう次!」
「聞いてください」
まずは服屋巡りだ。モール内の体感九割を占める色々な服屋を回り、ラムに試着させては激写する。ゴスロリ、森ガール、チャイナ服、なんかフリルのついたスカートがかわいい謎コーデまでは撮影できた。
残すはメインディッシュ、水着だ。
「ぎえええ! エっっっ! 激写激写ァ!」
「これは水着の定義を満たしていません。被覆範囲が過小です。試着するまでもなく明白なのに、どうして試着を?」
「ラムううう! ラムかわいいよぉ、世界一エロい美少女だよぉ! はあはあ!」
頼めば何でも着てくれるラムは絶好の着せ替え人形だった。自分で来たら恥ずかしさで二度と表を歩けないレベルの、もはやプレイの一環としか思えない際どい水着姿を想う様激写。
「黙れ」
「いっっったああ!?」
ついにはラムの反撃に遭い、スネにトーキックを食らった。店のフロアを転げ回っていると店員さんに睨まれたので、頭を下げて退散する。
結局何も買わず、ラムは妹のお下がりと私のブレザー姿。一番しっくりくる。
満足したので次は映画だ。最上階のシネコンで今すぐ見れる時間のチケットを買う。
作品タイトルは『カンフーシャークVSナチスニンジャ』。タイトルで察せられるとおりの凄まじい内容で、乗り気じゃなかったラムも目を見開いていた。
「これにどうして商品価値が……? 文化レベルの崩壊が発生している恐れがあります」
「そうだねえ」
「一木ヒノ、貴女はなぜ画面ではなくラムを注視するのです?」
唖然とするラムの横顔見てた方が百倍面白いって気づいたからだよ。地雷級映画はもう二度と見ない。
映画館を出ると午後五時。どこかでごはんを食べたいところだけど、
「ラムってごはん食べれる?」
「可能です。疑似的な摂食、味覚の機能があります」
さすが未来のAI搭載のロボット、高性能だ。ときどきスマホみたいだけど。
せっかくだし高級なフレンチかイタリアンにしようかしら。フロアの案内板を見ていると、ラムが壁面のチラシを見つめているのに気づく。
それは少し歩いたところにある神社の、夏祭りのチラシだった。去年はリン、秀子と三人で屋台巡りしたっけ、と懐かしい気持ちになる。
「行きたい?」
「いえ。自律思考ルーチンは、経験記憶に存在しないものに注意を向ける傾向があり、センサー類がそれに準拠した振る舞いをしたに過ぎません」
「じゃあ行こう! 私が行きたい!」
新しいものに目がない、と言いたいらしい。ラムの手を引き、会場の神社へ向かう。
モールを出て徒歩五分ほどすると、大通りの奥に大きな鳥居が見えてきた。埃っぽい雑踏の空気の中に、ソースの焼ける香ばしい匂いが混じる。綿菓子の甘い匂いもする。
鳥居をくぐると、色とりどりの屋台が参道の横に連なっている。ラムはきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回して、私はその視線の先にあるものに突撃して行った。
くじ引き、輪投げ、お面屋さん、ヨーヨー釣り。カラフルな戦果を両手に下げたラムを連れ、たこ焼き、焼きそば、イカ焼きを巡って晩ごはんを調達する。うっかり忘れた飲み物は、自販機でサイダーを二本買う。
行き交う人々から少し離れた、暗がりのベンチに腰を下ろす。二人でいただきますをして、屋台グルメを堪能する。
「おいしい?」
「口腔内化学センサーから定義づけされていない電気信号が出力されており、中央電算装置が処理を保留しています」
「なんて?」
「おそらく、おいしいです」
焼きそばを口いっぱいに頬張ってリスみたいになっているラム。真顔の中に困惑と嬉しさが見えた気がして、私も口の中のたこ焼きの味が数倍よくなった気がした。
しばらく夢中で屋台ごはんをがっつき、サイダーで流し込む。甘い刺激が喉元を通り過ぎる快感に悶えた。
そうして一息つくと、ラムが口を開く。
「理解できません」
私を見上げる琥珀の瞳が、屋台の光を映してきらめいている。
「事態の深刻さは貴女も理解しているはずです。シミュレーターがなくとも研鑽は積める。どうして今、このような時間を?」
「ラムのことを知りたいから」
ラムはこてん、と首を傾げた。
「当機のことを?」
「そうだよ。春からずっと一緒なのに、ラムのこと何にも知らないじゃん」
シミュレーターを後から用意したと知らなかった。そのために色々な無理を通していたことも、私は私のことに精一杯で、察することもできなかった。ラムのことをよく知らないことすら、今になってやっと気づいたんだ。
「ラムはこの世界に来る前、どうしていたの?」
「ランバージャックの開発者と共に、プロジェクト実行の準備をしていました」
手ごわいな。どうあがいても計画に結び付けてくる。
だったらいっそ、その方面から話を広げていくか。
「えーと……そういえば、エクリプスが人類を滅亡させたって行ってたじゃん。でも開発者さんは生きてたんでしょ? だったら滅亡は早とちりだったんじゃない?」
前から気になってたんだ。少なくともランバージャックを過去に送る余裕があったなら、滅亡判定はまだ早いんじゃないか。
ラムは両手でペットボトルを支えてくぴくぴやると、考えるように視線を宙に向ける。
「いえ、滅亡でしょう。基底世界線の末路は、共有できていませんでしたね」
基底世界線。ラムが作られた十年後の世界のことだ。滅亡したのは聞いたけど、具体的な流れは知らない。
「エクリプスは起動後間もなく、地球上の主要都市すべてを焼き払いました」
「初手から飛ばすねぇ!?」
「防衛戦力のJA、および衛星軌道上の迎撃システムなど、人類が百年を費やした強固な防壁は数分で無に帰しました。残されたわずかな生き残りを、金星獣が狩る段階に入ります。この時点で、人類に抵抗の手立ては残っていません」
それは、たしかに滅亡だ。
JAだけでなく、強力な武器を使うには多くの人々が集まって力を合わせなきゃいけない。そのための体制を物理的に吹っ飛ばされたら、もうどうしようもない。
「ランバージャック開発者は、わずかな生き残りのうちの一人でした。開発中だったランバージャック二機を稼働させ、エクリプスと交戦。ランバージャック一番機の大破と引き換えに撃破しましたが、地球はすでに人の住める環境ではなくなっていました。最後の希望としてプロジェクトを立案し、二番機をラムと共に過去に送ったというのが、ラムの知る滅亡の経緯です」
「……」
絶句した。
重い。ラムってどんな人に作られたの、とか、十年後はどんな世界だったの、とか。そんな話ができる空気じゃなくなってしまった。
二の句が継げないでいると、明るい光に照らされる。
花火でも上がったのかな。空を見るけど墨色の空しかない。
だったらこの光は一体。ラムの意見を聞こうとして、気づく。
「ラム、なんで光ってんの?」
ラムがぼんやり光ってる。さっき目がきらめいているように見えたのは光の反射じゃなかった。体全体が常夜灯くらいのぼうっとした光を放ってる。
「ラムには消化器官の代わりに、エネルギー変換炉が搭載されています。体内に取り込んだ質量のうち、余剰分を熱と光に換え放散するのです」
「謎機能過ぎる……」
美少女デザインと言いこの機能といい、ランバージャック本体並みにラムの作りが凝っているのは何なんだろう。
一つ思いついて、ラムの首筋に手を伸ばし、顎の下をくすぐってみる。
ラムの肩がびくりと跳ねた。
「ひゃう!?」
「どんな感触?」
「て、定義づけ、されっ、ていない、信号が出力されっ、ひゃんっ」
手を引っ込める。ラムは首筋に手を添え、真顔で頭の上に疑問符を浮かべている。
触った感触も、触られた感触も人間と変わらない。
対人用インターフェースで片付けるには明らかに過剰な美少女AIロボ、ラムを見ていると考えてしまう。
ラムを作るのに使った労力を別のところに向ければ、もっとどうにかなったんじゃない? ラムのデザインにここまでこだわる必要あった?
非難というか疑問だ。開発者の人は何考えてたんだろ。
まあ頭のいい人の考えることなんて私に分かるはずもない。ましてや時間遡行技術を考える人の脳内なんて想像もできないや。
今の私に分かるのは、そう。
「あっ、一木ヒノ、何を」
「学習を手伝ってあげたくてー」
くすぐられて悶えるラムがかわいいことだけ。
膝の上に乗せて腰に手を回し、首筋や脇をくすぐる。聞いたことのないかわいい声を漏らすラム。
計画絶対やり遂げるマシンかと思ってたら、やっぱり見た目通りかわいいところがある。これが分かっただけでもデートの価値があった。
「いやっ、やめてっ!」
「ぐへへ嬢ちゃん、ここか? ここがええのんか?」
興奮してきた。初対面であんなに激しく私を抱いたラムが、指先一つでこうも弱弱しく甘い声をなんて。私、実はタチだったのかもしれない。
大通りはすぐそこだけどここは暗いし、少しくらい羽目外しても大丈夫だよね。
ラムのほっそりした太ももに指を滑らせ、付け根のほうへ──
「ひ、ヒノ……?」
「お姉ちゃん?」
ぴた、と手が止まる。さーっと音が聞こえるほどの速さで血の気が引いていく。
聞こえちゃダメな声が聞こえた。私の大切な、二人の女の子の声だった。
ゆっくりと声の方を見る。
「何、してるのかな?」
笑顔で青筋を浮かべる少女、一木リン。
「そ、その子、誰……?」
今にも泣きそうなほど目を潤ませ、膝上のラムを指さす白衣の少女、優野秀子。
できれば会いたくない二人に、絶対見られたくないところを見られてしまった。
もうどうとでもなれ。
ーーー
四人で私とリンの部屋に移動した。
そこそこ長い道程の間、空気は地獄、私の気分は囚人だった。
部屋のど真ん中で私だけ正座させられ、ラムは隣で足を崩している。
「びっくりしたなぁー。未読スルーされて秀子さんと二人でお祭りに行ったら、お姉ちゃんが薄暗いところで光る女の子に痴漢してるんだもん。ねー、秀子さん」
「うん……」
「え、未読スルー?」
スマホを取り出す。たしかに『秀子さんと三人で中央区のお祭り行かない?』とリンからメッセージがあった。時間は発熱したラムを冷やすためてんやわんやしていた頃だ。
「ごめん、リン! ちょっとバタバタしてて!」
「それはいいよ。お姉ちゃん、最近忙しそうだもんね。だけどもう一つの方は許せないかな」
「もう一つ?」
「痴漢」
「違う違う違う!」
断じて痴漢ではない。私は胸に手を当て、迫真の表情で潔白を主張する。
「私は! いたずら心で手を出してみたら、思いのほかかわいい反応だったから、このままいけるところまでイっちゃおうと思ってただけで! 断じていやらしい気持ちなんてなかった!」
「……」
「秀子ぉ!? どうして無言で110番しようとするの!?」
「すみません、話しかけないでもらえますか」
「距離感!」
秀子の目に光がない。痴漢ではないけど、仮に友だちが痴漢したところでここまで絶望するの大げさじゃない?
ともあれ、ピンチだ。もうすぐ世界を救おうってところまで来てるのに、冤罪なんかで捕まってたまるか。
とっておきの切り札、ラムの出番だ。
「ラム、何か言ってやって」
「ラムは性的意図のある接触を受けました」
あ、終わった。体の力が抜け、私はその場に倒れる。
「しかしラムに拒絶の意志はありません。あのような身体的接触は、相互理解を深めるのに有用と判断します」
「ラム、信じてたよ……!」
私は無視してリン、秀子と見つめ合うラム。
空気が張り詰めている。金星獣襲来の警報が鳴ったときくらいの緊張感。私は口を閉じて三人のやり取りを見守る。
「ラムさん、だっけ。あなたはお姉ちゃんとどういう関係?」
「パートナーです。大きな目的を共有し、協力しています」
「目的って?」
「回答できません」
二度の即答。リンが怯んだように言葉を止める。
それに続いたのは秀子だ。床に膝をつき、ラムに詰め寄っている。
「ヒノと付き合ってるの!?」
「いいえ。恋愛関係ではありません」
「ほっ……」
「ただし性交は経験しているため、個人の定義によっては恋愛関係と解釈できる可能性があります」
空気が凍った。
言葉選びが悪いよ。えっちと言った方がいい。性交は角が立っちゃう。
秀子が驚きで固まっちゃった。
「い、いつ?」
「四月十五日、出会いと同時に」
「出会いと同時っ!?」
秀子とリンの声がそろった。
事実ではあるけど人聞きが悪いな。そもそも力づくで私を捕まえて一晩中抱いたのはラムだから、私に負い目はない。満更でもなかったけどね。
「お姉ちゃんが珍しく外泊した、あの日か……」
「ううっ、うわあああ! 君がそんなやつとは思わなかった! バーカバーカ、ドスケベガチレズロリコン女ぁー!」
「ロリコンではないよっ!」
秀子は失礼な捨て台詞を吐いて、部屋を出て行ってしまった。私は年下の華奢な子が好きってだけでロリコンじゃないのに。
追いかけようと立ち上がると、リンに手で制される。
「今お姉ちゃんが追っかけても傷つけるだけだよ。それより──」
きっ、とリンが敵意のこもった目で睨みつけてくる。こんな目をリンに向けられるの、生まれて初めてだ。
「退学してやりたいことがあるって言ってたよね。それがこれ? 年下の女の子といやらしいことしたいから学校辞めたの?」
「ち、ちがうよぉ……」
「じゃあ何? 目的って何なの?」
世界を救うため、世のため人のため、リンと秀子のため、小山先生のため。
そんなことを言ったって、この場では白々しいだけだ。何も言えずに俯くしかできない。
「忙しそうにしてたのも、この子とイチャイチャしてただけ?」
「え、えっと……」
「秀子さん、お姉ちゃんのことずっと気にしてた。学校辞めてから忙しそうだけど、何してるんだろう、何か手伝えないかなって。なのにお姉ちゃん──」
唇を噛み、涙を浮かべてわなわな震えるリン。
私は何も言えない。ラムと会っていたのは事実だから。
リンはやがてくるりと踵を返し、自分の部屋に姿を消した。ばん、と爆発するような音を立てて扉が閉まる。
「さいってー!」
リンの口から聞く本気の罵倒で、私は体がすくんでしばらく動けなかった。