ランバージャックプロジェクト 作:百合ロボSFコメディ風味
あの日以降、リンが口をきいてくれない。
話しかけると部屋に引っ込むし、ご飯の時間もいただきますとごちそうさましかしゃべらない。
秀子も同じくだ。メッセージを送っても電話をかけても無視される。毛嫌いされるってこういうことなんだろうな。
仕方ないとは思う。今の私は、学校を辞めて年下の美少女と毎日やらしいことをしてるドスケベお姉ちゃんだ。計画のことを抜きにすれば、そんなお姉ちゃんは私だって軽蔑する。
仲直りするには全部誤解だと証明するしかない。計画を死んでも成功させ、世界中のチヤホヤを後ろ盾にして、実はお姉ちゃんはこんなに頑張ってたんだよ、何も悪くないよとアピールするんだ。
そのために、ケンカした翌日から本格的に最後の訓練を攻略しているのだけど。
「無理……マジで無理……こんなんクリアできるの天才だけじゃん……!」
何度やっても勝ち筋が見えない。最後に待ち構える仮想のエクリプスに消し飛ばされ、もう何十回目かも分からない『総合評価:F』がディスプレイ上に踊る。
せっかくラムが手作りしてくれたシミュレーターなのに。全部丸く収まる方法が目の前にあるのに。私の力じゃ何も成せない。
「辛いだるいしんどいめんどい死にたい……」
涙とぼやきが止まらない。それでもリトライを選択し、訓練をやり直す。
朝から晩まで理不尽訓練に打ちのめされ、帰りにスーパーまで行って食料品やらなんやらを買い込み、家でリンに冷たい目で見られながら過ごす。
心が折れそうな日々の中、支えてくれたのはラムだった。
「申し訳ありません、一木ヒノ。ラムは発言内容を誤ったようです」
「ううん……ぶっちゃけ私がムラムラしたのが六割くらい悪いし……ふふふ、ウケるよね。リンと秀子、ラムの体が光ってたのガンスルーだよ。光る美少女より私が嫌いって方が大きかったんだろうね、ふふ……」
訓練の合間、病む私の頭をラムは優しく撫でてくれた。
「貴女は頑張っています。立派です」
無表情のままの不器用な励ましに、どれだけ助けられただろう。ラムが後ろにいてくれるから、私は辛く不毛な努力を続けられる。
そうして時が経ち、九月半ば。
『総合評価:F』
二百数回目の失敗で私は悟った。
「ラム。これ、クリアできるように作ってないよね?」
「はい」
即答だった。
「当該訓練は、基底世界線におけるエクリプスの戦闘データを高度に再現したものです。起動済みのエクリプスに対し、ランバージャック単機での勝算はありません」
だったらなんのために、と怒鳴りたいのを呑み込んで、まずは自分で考えてみる。
意地悪でムリゲーやらせてたわけじゃない。ラムがそんなやつじゃないのは分かってるし、勝てないなら計画が最初から破綻してる。
「起動済みの、ってことは起動してないエクリプスなら?」
「現状の戦力で起動前の奇襲が成功した場合、勝率はおよそ三割です」
得心いった。計画における決戦は、まだ寝てるエクリプスへの不意打ちが前提になってる。今の私で勝率三割なら、最強世界線の私なら一〇〇〇割はあるんだろう。
つまりこの訓練は、エクリプスの寝込みを襲えなくなった最悪のケースを想定したものだ。道理で難しすぎると思った。
「じゃあやんなくてよくない、とはならんよね……」
計画は最初からイレギュラーの連続でボロボロだ。最悪のムリゲーに備えておくのはマストだろう。
でもこのままじゃいくらやっても総合評価Fのまま前に進めない。ランバージャックの化け物スペックと私の操縦技術、両方をいくら掛け算してもこの訓練は突破できない。そもそもクリアできるように作られていないから。
だったら発想の転換だ。
力と技の正攻法じゃない。高い壁を乗り越えるんじゃなくて下に穴を掘るような、狡い搦め手が正解なんだ。
「ふーむ……」
まあそんな一休さんめいた閃きが急に降りてくるわけないんだけども、方向性は見えた。期限いっぱいまでじっくり考えていけばいい。
まずは手札の確認から。ランバージャックの武器は腰のビームキャノンと
そもそもこの排伐者とかいう斧、どんな仕組みなんだろ。実は隠れた裏技みたいな機能あったりしないかな。
デジタル化された排伐者のマニュアルをディスプレイに呼び出し、じっくり目を通していく。空想科学めいた記述が多くて目が滑るったらない。
「むむ?」
辞めたい気持ちを我慢して熟読していると、けたたましいサイレンが鳴る。せっかく光明が見えてきたってのに、もう!
半年で五回目ともなるともう慣れたものだ。スマホで内容を確認。
おなじみの赤字に白抜きの警告表示にはそれまでにない情報があった。
『金星獣警報、レベル5と推定。即時格納避難開始』
「レベル5!?」
四月のセータスよりも一つ上。確認されている中で最高危険度の個体だ。
ランバージャックの潜伏する地下に振動が伝わってくる。もう格納避難が始まったんだ。
格納時の揺れに備えるため、避難開始にはいつも一分から五分の猶予がある。そんな余裕はないほど危険な相手らしい。
その危機感をあおるように、警告文は下に続いている。
『隔壁が破壊されます。地下深部シェルターに避難してください』
格納避難する都市を守る分厚い隔壁。JAと金星獣が切った張ったをしてもびくともしないあの隔壁が、破壊される。恐れがあるとかではなくされる、と断言している。今までの金星獣とは格が違う。
「ラム、これって……!」
「はい。金星獣の決め手です」
ラムは苦し気に眉根を寄せ、視線を落とす。
「訓練の時間はもう、残されていません」
ーーー
「残されとるわい!」
ラムのつまらない冗談を切って捨てる。冗談であってくれ。
状況を整理しよう。今回攻めてきたのはレベル5の金星獣。リンたち防衛隊では絶対に敵わない強敵だから、私がランバージャックで助太刀する必要がある。さもないとリンと秀子が死に、地下に避難した町も壊されちゃう。
だけどランバージャックを使えば金星獣を刺激して、最強最悪の金星獣『エクリプス』を起動させてしまう恐れがある。そうなると私の訓練は打ち切り、ランバージャックの修復も終わらないまま、正面からエクリプスと戦わないといけない。
これを避ける方法が一つだけある。
「そのような方法が……一体どのような?」
「応援よ! ポンポンを持て! 喉が枯れるまで声援を送れ! 私たちの応援がリンたちの力に変わるっ!」
「通信を傍受。映像、出します」
「スルーやめてよ!」
もう茶化さなきゃやってられないメンタルなのに、ラムはしれっと防衛隊の通信を盗み聞きして、町の映像を映しだす。金星獣がやってきたとき恒例ののぞき見スタイルだ。
格納避難はもう完了していて、町は灰色の隔壁の下に隠れている。リン、秀子、もう一人の乗る防衛隊のJA三機が滞空し、夕暮れの空を睨んでいた。
JAの肩にはそれぞれ1,2,3の数字がペイントされている。一番機がリン、二番機が秀子、三番機が高等部の知らない人だ。
『……こちら本部。衛星軌道迎撃システム、破壊された。金星獣、降下する』
『レベルと種別は?』
リンの声。仕事モードの一段低い声が、我が妹ながらかっこいい。
『レベル3、ルプス、ハイドラ、デルフィナス、リンクス、合計三十機以上。レベル4、フェニックス、ドラゴンが各一機。そして──』
息を呑むような音とともに、本部が告げる。
『レベル5、サジタリウス一機』
『了解。地上迎撃部隊、迎撃します』
リン、頑張れ。胸の前で手を組み、映像の中のJAに目いっぱいの祈りを送る。
戦いはリンたちからの攻撃で幕を開けた。
雲のはるか上に無数の光が灯る。徐々に大きくなるその光に向け、三機のJAがビームライフルを発射。
機械のように正確な射撃だ。光線が光の点を射抜き、一射ごとに数を減らす。
やがて光は雲に差し掛かり、断熱圧縮でいっそう輝く赤い体が見えてきた。およそ三十程に減った金星獣の群れが隔壁に衝突し、あるいは中空で体勢を整え、リンたちのJAと相対する。
『レベル5、サジタリウスに注意しつつ、各機応戦! 訓練通りに!』
三機のJAの動きは卓越していた。互いの死角を補い、攻撃後の隙をカバーし、赤の怪物たちを見る間に削っていく。
レベル3の群れ程度ではもう相手にならない。
金星獣もそう見たのか、ひと際大きな二つの個体。フェニックスとドラゴンが動く。
フェニックスがはばたけば、鋭利な羽の形をした金属塊が降り注ぐ。リンたちは散開して回避。
ドラゴンは超音速で飛び回りつつ、鋭い爪と牙を振るう。リンがブレードで応戦し、火花が散る。
その間にも片手間でレベル3の数を削っていて、互角どころか優勢だ。
「いけるいける! なーんだ、あのレベル5とかいうの全然働かないじゃん! ザコザコ、楽勝!」
レベル5、サジタリウス。弓を携えた半人半馬の金星獣は、上空で偉そうに戦いを見下ろしたまま動かない。さっきシミュレーターで戦ったときとは大違いの大人しさだ。
それならそれで都合がいい。うちのリンと秀子ともう一人が後でボコボコにするからそのまま行儀よくしてろ。
その祈りが通じたのか、二十分ほどすると、金星獣はサジタリウスを除いて全滅した。
『な、なんという動きだ……東京の精鋭にも引けを取らんぞ』
本部の人が強すぎて引いてる。さすがリンと秀子、たった半年弱でこんなに強くなるなんて。ひいき目なしに、今ならセータスが来たって怖くない。
「勝ち確ぅ! さっさとあのレベルだけのニートザコ倒しちゃえ! 今日の晩ごはんは焼肉よぉ!」
リンたちのおかげで、私の訓練期間は無事延長。万全の準備をする時間が確保できた。
祝勝会のお肉はスーパーじゃなく、商店街のお肉屋さんで上等なのを買っちゃうぞ。妹と友だちが最強すぎて辛い。
そうして私が腕をばたつかせ、喜びの舞を披露していると。
サジタリウスが動く。
弓を上空に向け、矢を放つ。その矢は無数に分裂し、ホーミングレーザーとなってリンたちに襲い掛かった。
「芸がないなぁ! そんなもんリンと秀子に今更効くかっ!」
セータスのミサイルよりも濃密な光の弾幕。
だけど成長したリンたちに効くわけがない。三機それぞれが自在に宙を駆け、光の糸の隙間を縫うようにして、サジタリウスとの距離を詰める。
そして最初にサジタリウスの元へたどり着いたのは、三番機。名前を知らないもう一人だった。
ビームブレードを構え、背後から斬りかかる。
光の刃が閃き、サジタリウスを真っ二つに──
「あれ?」
して、いない。
ビームブレードは確かにサジタリウスに当たったように見えた。けれど刃がするりと真っ赤な胴体をすり抜け、サジタリウスは無傷だ。
高速で飛び去るそのJAに、サジタリウスが弓を向ける。大丈夫、さっきと同じように避けるだけ──
「えっ」
矢は、あっさりとJAを貫いた。
回避できなかったんだ。矢の弾速は先ほどとは比較にならない高速だった。予備動作を見てからでは間に合わないほどに。
光線がJAの下半身を呑み込む。JAはバランスと推力を失い、墜落。黒煙を上げて動きを止めた。
コックピットのある胴体は残っているけど、とても無事とは思えない。機体と同じようにパイロットも下半身がなくなっているかも──
「あれがレベル5です」
後ろからラムの声。変わらない冷静な声で、不吉な想像に歯止めがかかる。
「次元歪曲バリア。レベル5共通のこの機能により、物理破壊手段のすべてが無効化されます。そして何より、人の心理を理解し、利用する性質があります」
「人の心理……?」
「勝った、と思いませんでしたか? レベル5といえど大したことはない、と希望を持ちませんでしたか? 期待を悪い方向へ裏切り、絶望させることで、効率的なエネルギー回収を図るのです」
金星獣は、人の心から生まれるエネルギーを得るために攻めてくる。その気になれば絶滅させられるけど、人類を食料資源として扱っている、と教科書にあった。
レベル5は、その性質を煮詰めたような個体なんだ。
悪質すぎる。理不尽な無敵バリアに守られた安全地帯から、一方的に人の心を弄ぶなんて。さっきまでのホーミングレーザーも、希望を持たせるために手加減してたんだ。
「あの……赤さび野郎……!」
ムカつく私の前で、映像の中のサジタリウスが弓を下へ向けた。
あ、と思う間もなく矢が射られる。極太の光線はあっさりと隔壁を貫き、下の町に突き刺さった。
『三八番隔壁破損! 二一番シェルターとの連絡、途絶しました!』
『被害確認を急げ! 地上迎撃部隊、時間を稼いでくれ!』
『こちら二一番シェルター、被弾した! 避難民が瓦礫の下敷きになっている、救援を! くそっ、回線が切れたのか!?』
本部と格納避難した町との通信が錯綜している。
私はコンソールを叩き、本部に通信を入れる。
「本部、二一番シェルターから連絡。避難民が瓦礫の下敷きになっています。救援を急いで」
『了解!』
よほど切羽詰まっているのか、所属を問われることもない。どうか一人でも多く助かるように。
サジタリウスが再び下方へ矢を放つ。狙いは撃墜されたJA。下の町もろともとどめを刺す狙いが透けて見える。
けれど、二体のJAが割って入った。
交差させたビームブレードで矢を受け止め、思い切り振り抜いて軌道を逸らす。矢は水平線に飛んでいき、はるか彼方でキノコ型の爆炎が上がった。
リンと秀子の機体だ。身を挺して庇った代償に、ビームブレードごと腕が吹き飛んでいる。
もう猶予はない。
「ラム。やるよ」
「はい。指示は必要ですか?」
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。操縦桿とスロットルレバー、ペダルに手足を添え、心を落ち着けていく。
「いるわけない。任せて」
操縦桿を押し込み、ペダルを踏み込みながら、宣言。
「一木ヒノ、ランバージャック。発進する」
ーーー
半年前と同じように、穴を飛び出して上空へ。何回も訓練で繰り返した通りに機体を加速させると、周囲の景色がかっ飛ぶ。
一瞬で戦場に飛び込んだ。位置はサジタリウスの正面。
驚いたのか、サジタリウスの弓が弾かれたようにこちらを向いた。迷わず放たれる光線。
「バリア展開、と」
避けるまでもない。青く光る障壁の表面を滑り、光は散り散りになった。
ランバージャックの主戦場は宇宙だ。音速の数十倍ものスピードでうっかり小さな塵や石にぶつかっても平気なように、バリアはめちゃめちゃに固い。次元歪曲バリアなんかより強いぞ、たぶん。
『あ、あのときの……!?』
『どこから現れた!』
リンと本部の人たちの声。混乱させる前に、さっさと済ませてしまおう。
「ラム、敵のバリアを破る方法は?」
「『
それしかないか、と肩を落とす。エネルギー消費がえぐいから、あんまり使いたくないけど。
右手の斧を構え、刃をサジタリウスに向ける。威力を察したのか、サジタリウスは半狂乱で矢を乱射しながら宙を駆けてくる。
だけどもう遅い。
斧を振る。
ばつん、と音を立て、サジタリウスの姿が消えた。最初からそこには何もなかったみたいに。
『サジタリウス、消滅、しました……?』
本部の人が唖然としていた。分かる、私も何回説明されても意味分からんもの。
メタフィジックスウェポン『排伐者』。小ぶりな斧の形をしたそれは、対象が存在する世界線そのものを伐り、存在ごと抹消する。次元歪曲バリアを無視できる最強の武器にして、ランバージャックの象徴でもあるらしい。
訓練だと何度も使ってるけど、実戦だと初めてだった。あんなにあっけなく消えちゃうんだ。ちょっと怖い。
「お疲れさまでした。帰投してください」
「ん」
『待っ──』
呼びかけには応じず、おなじみの地下空間へ帰投。
天井の穴に手を伸ばした状態で駐機させ、座席に体を沈める。傍受していた音声と映像が止み、コックピット内は水を打ったような静けさに包まれた。
しばらくぼうっとコックピットの天面を見上げて、ぽつりとこぼす。
「エクリプス、起きちゃったかなぁ」
「はい、確実に。排伐者の世界線干渉技術は、十年後の金星獣でさえ解析できない超技術です。直になんらかの形で起動が証明されるでしょう」
じゃあ訓練は終わりだ。今は九月下旬。ランバージャックも私の準備も完全ではない状態で、戦いに行くことが確定した。
別にいい(よくはない)。半年前よりかは戦えるし、一週間二週間なら誤差だし。
そんなことより、ずっと大事なのは。
「人、死んじゃったかな」
防衛隊の人が撃墜された。
リンと秀子じゃないのは分かってる。最初に四人いて、三人が辞めて残った一人が撃たれた。あの損傷具合なら死んでいてもおかしくない。あの人だけじゃなくて、貫かれた隔壁の下の人たちも無事じゃないはず。
私が、リンと秀子ならどうにかしてくれるって、甘い判断をしたから──
「いいえ貴女の責任ではありません。ラムも同じ判断をしました。ランバージャックの今しばらくの隠匿のため見殺しにすることさえ検討していました。貴女は最善の判断をしました」
「すごい早口で言うじゃん」
ラムの優しさに甘え、くつくつと笑う。病んでいるよりずっといいはずだ。
私は人の命を背負っている。最終決戦直前になって、やっとそんな当たり前のことを実感した。
ーーー
その日の夜、テレビで被害の全容が報道された。
民間人の重軽傷者四九名。死者は──ゼロ。格納避難の隔壁が破られる事例は各地で相次いでいて、被害を少しでも減らそうと地下シェルターに避難していたのが幸いしたらしい。
防衛隊の被害はというと、パイロットが一人意識不明の重体。あの撃墜されたパイロットだろう。
安心してる場合じゃないのに。たくさんの人がケガしているのに。
「は、はは……」
私は腰が抜けて、テレビの前からしばらく動けなかった。