黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ   作:Arupaka55

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第10話 クラシックティアラ オークス

東京レース場、芝2400メートル。

クラシックティアラの頂点を争う舞台、オークス。

 

5万人の観客。響き渡る歓声。

東京開催GIの熱気。

 

ジュウリョクピエロは、初めて見る景色に目を丸くした。

 

「広いなぁ……」

 

それが最初の感想だった。

 

瀬那は苦笑する。

 

「感想それ?」

 

「だって広いやん」

 

実際、広かった。

 

阪神とも京都とも違う。

直線が長く、コースも大きい。

 

何もかもが大舞台だった。

 

そして、パドック。

 

ピエロは――当然のように汗だくだった。

 

「ジュウリョクピエロ。うーん……これはちょっと気になりますね」

 

放送席から声が漏れる。

 

「かなり入れ込んでますね」

 

「汗の量が多い。いつも通りと言えばそうなんですが……今日は特に目立ちます」

 

画面越しでも分かるほどの発汗。

 

耳も落ち着かず、視線も定まらない。

 

「能力は間違いないんですが、この気性面がどう出るか……」

 

不安とも期待ともつかない声が混じる。

 

瀬那は隣を歩くピエロを見る。

 

「ピエちゃん、凄い汗ね」

 

「たぶん暑い」

 

「今日は涼しいです」

 

「ほな緊張やな」

 

本人も認める。

 

忘れな草賞までは、挑戦者だった。

 

だが今日は違う。

 

オークスの有力候補。

 

その言葉が耳に入るたび、少しだけ居心地が悪くなる。

 

「向いてへんなぁ」

 

「何が?」

 

「期待されるん」

 

瀬那は少し笑う。

 

「今さら?」

 

「今さらや」

 

そのときだった。

 

「ピエロちゃん!」

 

聞き覚えのある声。

 

振り向く。

 

青に星を散りばめた勝負服。

 

「……あれ?」

 

ピエロが目を丸くした。

 

「ルミナスやん」

 

リアライズルミナスが笑った。

 

「なんでおるん?」

 

「なんでって……」

 

ルミナスが少し驚いた顔をする。

 

「私もオークス出るから」

 

「……出るん?」

 

「出るよ」

 

ピエロは目をぱちぱちさせた。

 

「知らんかった」

 

「え?」

 

「フローラステークス、3着やったやろ?」

 

「うん……」

 

ルミナスの表情が少し曇る。

 

「あのとき、かなり落ち込んでたから。出られへんと思ってた」

 

「私も、正直そう思ってた」

 

ルミナスは苦笑する。

 

「でも、なんとか出られることになったの」

 

「へぇ……」

 

ピエロは改めてルミナスを見る。

 

青に白の星、銀の飾りが施されたミニドレス風の勝負服。

 

本当に、ここにいる。

それが嬉しかった。

 

ルミナスがピエロの顔を見る。

 

そして――

 

「……それより、ピエロ」

 

「ん?」

 

「めっちゃ汗かいてるけど、大丈夫?」

 

ピエロは一瞬固まった。

 

「これ?」

 

「うん」

 

「暑いんや」

 

即答。

 

ルミナスは周囲を見る。

 

「今日、そんな暑くないよ?」

 

「ほな……めっちゃ暑いねん」

 

「無理してない?」

 

「してへん」

 

胸を張るピエロ。

 

その額から、また汗が流れる。

 

ルミナスが思わず笑った。

 

「やっぱり緊張してるんじゃん」

 

「してへんって」

 

「顔に出てるよ」

 

ルミナスが自分の頬を指差す。

 

「『緊張してます』って」

 

「書いてへんわ!」

 

ピエロも吹き出した。

 

「ははっ!」

 

瀬那も思わず笑う。

 

さっきまで強張っていたピエロの顔が、少し緩んだ。

 

東京の大観衆。

クラシックの頂点。

有力候補として向けられる視線。

 

頭の中を占めていたものが、ほんの少しだけ遠くなる。

 

「ルミナス」

 

「ん?」

 

「出られて、よかったな」

 

「……うん」

 

ルミナスは嬉しそうに笑った。

 

「だから、今日は一緒に走ろう」

 

「せやな」

 

ピエロも笑う。

 

さっきまでの汗は、まだ止まっていない。

 

けれど――

 

少なくとも、顔はもう強張っていなかった。

 

 

ゲートに入る。

じっと前を見る。

前に広がる広い直線と第1コーナー。

 

2400メートル。走ったことのない距離。

だが不思議と不安はない。

 

「行くで」

 

ゲートが開いた。スタート。

 

好スタートからやや後ろ。

無理をせず、後方のいつもの位置。

 

最初のコーナーを回る。2400メートルは長い。

誰も急がない。淡々と流れるゆっくりとしたペース。

 

向こう正面

瀬那は双眼鏡を握る。

 

「落ち着いてる」

 

チーフも頷く。

 

「距離は問題なさそうだな」

 

むしろ余裕すらある。

2000メートルの時より、さらに自然に見えた。

 

第3コーナー手前

ルミナスがスッと上がっていく。

「えっ。早い」

瀬那が驚いて、声を上げる。

 

「リアライズルミナスが上がっていく!」

実況が叫ぶ。

 

ルミナスは、そのまま先頭から少し離れた2番手を確保した。

 

「イチかバチかの勝負にでたな」

 

チーフに呟く。

 

「ピエちゃんは動いてないです」

 

「ああ。まだ早い」

 

「東京の直線は長い。これでいい」

 

第4コーナーを回る。

 

レースが動いた。

後方集団のペースを上げ、先頭への距離を詰めていく。

 

東京の長い直線。残り400メートル。

 

ルミナスは、先頭を捉えに行った。

 

ピエロの前は壁。

右はぴったりマークされ、左も塞がれる。逃げ場がない。

 

「出せない!」

 

瀬那は思わず立ち上がる。

 

先頭との差もまだある。

 

だがジュウリョクピエロは慌てない。

 

スッと目を細める。

 

世界から音が消える。

 

歓声も足音も。何も聞こえない。

 

ただ前だけを見る。

 

青に白星の勝負服が見えた。

 

「ルミナス。ええ、目印やん」

 

ピエロの口元が僅かに上がる。

 

「逃さへんで」

 

そして見つけた。一本の道。

 

先頭を走るルミナスまで、ほんのわずかな隙間。

 

他の誰にも見えない道。

だがピエロには見えた。

 

「ここだ!」

 

次の瞬間、加速。

 

バ群の中に飛び込む。

 

前を塞ぐ影。その間を抜ける。さらに抜ける。

 

紫の勝負服、黄金の装飾が煌めく。

 

雷光がバ群を裂くように、空気が割れる。

 

残り100メートル。

ルミナスが先頭を捉えた。先頭に立つ。

 

「なんと、先頭はリアライズルミナス!」

 

「リアライズルミナス先頭!」

 

ルミナスは歯を食いしばる。

 

「勝てる……。あと、もう少し……!」

 

早めに動いた分、もう余力は少ない。

それでも最後の力を振り絞る。

 

が、次の瞬間。

 

「バ群の中を紫の勝負服が突っ込んでくる!」

 

「ものすごい脚だ!」

 

「ジュウリョクピエロ!?」

 

「ジュウリョクピエロだ!!」

 

1頭、2頭、3頭。

まとめて抜いていく。

 

黄金の霹靂

それは忘れな草賞で見せた閃光

 

東京2400メートル。オークスの大舞台。

その中心を真っ二つに裂く!

 

「届くか!!」

 

先頭はすぐ目の前、さらにその前へ。

 

「待ちな、ルミナス!」

 

実況が叫ぶ。

 

「ジュウリョクピエロ!リアライズルミナス!ドリームコア!」

 

ついに先頭2頭の間、ルミナスの右に並ぶ。

 

「えっ!?」

 

ルミナスは驚いて横を見る。

 

金色の光が、

ルミナスの横を一気に突き抜けた。

 

「ああっ...待って」

ルミナスは食い下がるが。

 

「ジュウリョクピエロ、一気に前に出た!!」

 

そして

 

「今、ゴール!!」

 

一瞬の静寂

次の瞬間、東京レース場が揺れた。

 

「勝ったのは...、ジュウリョクピエロ!!」

 

「クラシック最高峰オークス制覇!!」

 

「ものすごい歓声だ!大歓声!」

 

「なんということだ!ダートから芝に転向してわずか3戦!

後方からバ群を突き抜け、勝利を掴みました!!」

 

「2着にはドリームコア、リアライズルミナスは、最後に交わされ4着!」

 

ひと息ついて。

解説者がため息を吐くように言う。

 

「凄かったですね……」

 

もう一度、言葉を選ぶように続ける。

 

「レース前はあれだけ入れ込んでいましたし、パドックでも正直厳しいかもしれないと見えたのですが……」

 

「それでも、見事に勝ち切りましたね。いやあ、恐れ入りました」

 

見つめるコースには、紫の勝負服が戻ってくる。夕日を浴びて黄金に輝いていた。

まるでステイゴールドから続く黄金の血が、東京の直線に光を落としたかのように。

 

 

ウイナーズサークル

歓声はまだ止まない。

優勝したジュウリョクピエロにはティアラとレイが掛けられ、表彰式、トレセン学園の代表者達との記念撮影、トレーナーのインタビューと続く。

 

当のピエロは困っていた。

 

「なんやこれ」

 

「オークスの勝者に贈られるティアラとレイよ」

 

「重い」

 

「ちょっと我慢して」

 

「暑い」

 

「我慢して」

 

「早く帰りたい」

 

いつも通りだった。

 

だが瀬那は笑わなかった。ただ見ていた。

 

東京レース場。満員の観客。鳴り止まない拍手。

そのすべてが、一人に向いている。

 

「ピエちゃん」

 

「うん」

 

「すごい」

 

「うん」

 

「……あんた、一番カッコいいよ」

 

一瞬、止まる。

 

「は?」

 

「だから」

 

瀬那は笑う。

 

涙を堪えながら。

 

「一番カッコいい」

 

そしてスタンドを見上げる。

 

「みんなが」

 

「みんなが、あんたを見てるよ」

 

ピエロが沈黙する。

 

ピエロは観客席を見た。

本当に、全員が見ていた。

 

オークスの新女王を。黄金の霹靂を。自分を。

 

しばらく黙ってから。

照れ隠しのように笑う。

 

「そら困るな」

 

「なんで」

 

「緊張するやん」

 

瀬那は吹き出した。

 

変わらない。

オークスを勝っても、女王になっても。

 

ピエちゃんは、ピエちゃんのままだ。

 

けれど瀬那は知っている。

この日、東京レース場で一番輝いていたのは間違いなくピエちゃんだった。

 

 

「さあ、これからピエちゃんのウイニングライブよ」

 

「えっ、やんの」

 

「当たり前じゃない。1年に3人だけのクラシックティアラのウイニングライブよ。ファンがみんな楽しみしてるわ」

 

「だるぅ」

 

「ちょっと!あんた、それ絶対言っちゃダメよ」

 

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