黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ 作:Arupaka55
ピエちゃんがチームに加わってから、数日が経った。
朝から元気に走り回る彼女には、すっかり慣れてきた。
……いや。
正確には、振り回されることに慣れてきたと言った方がいい。
「瀬那ー! 今日の練習なんやけどな!」
「はいはい。まずは着替えてからですよ」
「もう着替えとるで」
「……早いですね」
「走ってきたからな!」
「練習前に走ってきたんですか?」
「身体あっためといた!」
そんなやり取りをしながら、私はチーフトレーナーのところへ向かった。
「瀬那、ちょうどええところに来たな」
「何ですか?」
「ピエロの資料を見といてくれ」
机の上には、一冊の資料が置かれていた。
私はそれを手に取る。
まず目に入ったのは、父親の名前だった。
――オルフェーヴル。
「……オルフェーヴル?」
「ああ。父親や」
「三冠ウマ娘の?」
「そうや」
私は思わず資料を見直した。
父、オルフェーヴル。
祖父、ステイゴールド。
母父、ゼンノロブロイ。
そして、母系をさらにたどったところに――
「ネームバリュー……」
「ああ。ダートの年度代表馬に輝いた名牝や」
チーフが頷いた。
「母系から考えれば、まずはダートやろうな」
「やっぱりですか?」
「ネームバリューの実績を考えればな。ダートで必要になるパワーは、かなり期待できる」
私は血統表を眺めた。
ダートで頂点に立った名牝。
そして、母父には芝で大きな実績を残したゼンノロブロイ。
「でも、母父はゼンノロブロイですよね」
「せや」
「だったら、芝の適性も……」
「もちろん考える」
チーフは資料を閉じることなく、続けた。
「それに父親がオルフェーヴルや」
「……ですよね」
オルフェーヴル。
三冠を成し遂げた、圧倒的な能力を持つウマ娘。
その産駒にも、芝で頂点に立ったラッキーライラックがいる。
一方で、マルシュロレーヌはダートで世界の頂点に立った。
「同じ父親でも、芝とダートで大きく分かれるんですね」
「せやな。血統だけで適性を決めつけることはできへん」
「じゃあ、ピエちゃんは……」
「まだ分からん」
チーフはきっぱりと言った。
「母系から見ればダートが第一候補。けど、芝の可能性も十分ある」
「実際に走ってみないと分からない、と」
「そういうことや」
私はもう一度、資料に目を落とした。
そして、ふと気づいた。
「そういえば……」
「ん?」
「ピエちゃん、オルフェーヴルにそっくりですよね」
チーフが笑った。
「やっぱり気づいたか」
「昨日、じっくり見てみたら本当にそっくりで」
「顔立ちはかなり似とるな」
「でも性格は……」
「まあ、それも含めてオルフェーヴルの血筋らしいんちゃうか」
「それで済ませていいんですか?」
「今のところはな」
私は苦笑した。
黄金の一族。
能力だけではなく、個性的な性格でも知られる血筋。
ピエちゃんが少々変わった行動をしても、これからは周囲から、
――ああ、なるほど。
そんな生暖かい目で見られることになるのかもしれない。
「で、どうするんです?」
「まずはダートを軸にトレーニングを組む」
「芝は?」
「もちろん見る。適性がありそうなら、そっちも伸ばす」
チーフは資料を机に置いた。
「ただ、まだデビュー前や。今の段階で答えを出す必要はない」
「分かりました」
「まずは普段の走りを見よう」
「模擬レースは?」
「まだ先や」
チーフは時計を確認した。
「今日は軽く走らせてみる」
*
私たちはダートコースへ向かった。
ピエちゃんは、すでに準備を終えていた。
「今日はどこ走るん?」
「ダートや。軽く流す程度でええ」
「なんや、レースちゃうんか」
「今日は練習です」
「ほな、行ってくるわ!」
ピエちゃんがコースへ入る。
スタートの合図もない。
誰かと競うわけでもない。
ただのトレーニングだ。
ピエちゃんは軽く身体をほぐすと、前を向いた。
そして――走り出した。
「……」
私は黙って、その姿を追った。
身体が大きい。
それなのに、走り出すと重さを感じさせない。
一歩が大きい。
地面を蹴るたびに、身体が前へ伸びていく。
「……速い」
思わず口から漏れた。
「まだ流しやで」
「え?」
隣でチーフが笑った。
「本気で走っとらん」
私はもう一度、コースへ目を向けた。
ピエちゃんは楽しそうに走っている。
まだ力を入れているようには見えない。
タイムを計ったわけでもない。
誰かと競ったわけでもない。
それでも――。
何かが引っかかった。
この子、普通じゃない。
そんな感覚だけが残った。
やがてピエちゃんが戻ってくる。
「どうやった?」
「良い感じ」
私は答えに迷った。
「でも、まだ分からない」
「なんや、それ」
「だって、今日は軽く走っただけでしょう?」
「せやな」
ピエちゃんは笑った。
「ほな、次は本気で走ったるわ」
「その前に、ちゃんと休んでください!」
「はーい」
そう返事をした直後――。
ピエちゃんはまた走り出した。
「……休む気ないやん」
私はため息をついた。
まだ何も分からない。
どれだけ速いのか。
どれだけ強いのか。
芝とダート、どちらが向いているのか。
今の私たちに分かるのは、ほんの一部だけだ。
そして、模擬レースはまだ先。
デビューを目指すウマ娘にとって、それは大きな関門の一つだ。
そこでは、教官や同期のウマ娘たちの前で走ることになる。
ピエちゃんの本当の力が、初めて人の目にさらされることになるだろう。
――翌月。
その日がやってくる。
私はまだ知らなかった。
ジュウリョクピエロというウマ娘が、一体どれほどの走りを見せるのかを。