黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ   作:Arupaka55

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第3話 模擬レース

 

 午後のグラウンド。

 今日はジュニアウマ娘たちによる模擬レースの日だった。

 

 デビューを目指すウマ娘にとって、模擬レースはただの練習ではない。

 

 実際のレースに近い環境で走り、教員たちが走力や適性を確認する。

 ここでの走りは、これからの育成方針を決めるうえでも重要な材料になる。

 

 グラウンドには、出走するウマ娘たちだけでなく、教員やトレーナー、同じ時期に入ったウマ娘たちの姿もあった。

 

 ピエロにとっても、初めて多くの人に走りを見てもらう機会になる。

 

 私は手元の資料を確認した。

 

 父は三冠ウマ娘のオルフェーヴル。

 

 母系にはダートで大きな実績を残したネームバリュー。

 

 そして母父は芝で活躍したゼンノロブロイ。

 

 芝か、ダートか。

 

 まだ、はっきりとは決まっていない。

 

「ピエちゃん」

 

「ん?」

 

「今日はどっち走る?」

 

「どっちって?」

 

「芝とダート」

 

 私は二つのコースを指差した。

 

 ピエロは腕を組んだ。

 

「……」

 

 しばらく考えている。

 

 私は答えを待った。

 

 やがて――。

 

「両方」

 

「……は?」

 

「両方走ったらええやん」

 

「いや、そういう話じゃなくて」

 

「走ったら分かるんやろ?」

 

 私は額を押さえた。

 

 また始まった。

 

「今日は模擬レースですよ」

 

「せやから走るんやろ?」

 

「そうですけど……」

 

「ほな、両方」

 

「……もう好きにしてください」

 

「おう!」

 

 返事だけは元気だった。

 

 私はため息をついた。

 

 この子は、本当に自分のやりたいことを曲げない。

 

     *

 

 先にダートコースへ向かった。

 

 出走するウマ娘たちがスタート地点へ集まっていく。

 

 ピエロもその中に並んだ。

 

「緊張してないん?」

 

「なんで?」

 

「だって初めてのレースですよ」

 

「いつも走っとるやん」

 

「そうだけど、今日はみんなが見てるやん」

 

 ピエロは周囲を見回した。

 

「ほんまやな」

 

「今さら!?」

 

「まあ、ええやん」

 

 笑っている。

 

 やっぱり緊張しているようには見えなかった。

 

 やがて、スタートの合図が響く。

 

 ゲートが開いた。

 

 一斉にウマ娘たちが飛び出した。

 

 ピエロも前へ出る。

 

 砂を蹴り上げながら、力強く進んでいく。

 

 大きな身体。

 

 大きな跳び。

 

 地面をしっかりと捉え、一歩ごとに前へ進んでいく。

 

「……力ありますね」

 

 私は思わず呟いた。

 

 隣にいたチーフも頷く。

 

「せやな」

 

 ピエロは砂を苦にしている様子がない。

 

 むしろ、しっかりと地面を押している。

 

 周囲の教員たちからも声が聞こえてきた。

 

「パワーがあるな」

 

「ダートは問題なさそうですね」

 

「母系の影響もあるんでしょう」

 

 私は走るピエロを目で追った。

 

 ダートなら、かなりやれる。

 

 そんな印象だった。

 

 レースを終えたピエロが戻ってくる。

 

「どうやった?」

 

「良かったですよ」

 

「ほんま?」

 

「はい。力強かったです」

 

「ほな次やな」

 

「……次?」

 

「芝」

 

「もう行くの?」

 

「両方走るんやろ?」

 

「……そうでしたね」

 

 私は苦笑した。

 

     *

 

 

「ピエロちゃん、 さっきダート走ってなかったっけ?」

 

同期のウマ娘が、不思議そうに声をかけた。

 

「せやで」

 

「せやでって?」

 

「芝も走ってみたいんや」

 

「え、うそ。大丈夫? 疲れへん?」

 

「へーきへーき。まだまだ走れるで!」

 

ピエロは汗を拭いながら、いつもの調子で笑った。

 

「いや、そういう問題なんかな……」

 

同期のウマ娘は呆れたように首を傾げる。

 

その様子を見て、瀬那は小さく息をついた。

 

(ほんまに、元気やなあ……)

 

「スタート!」

 

 合図とともに、ピエロが走り出した。

 

 最初は、特に変わったようには見えなかった。

 

 

 

「……ん?」

 

 私は目を細めた。

 

 なんだろう。

 

 ダートを走っていたときより、少し軽い。

 

 身体の大きさを感じさせない。

 

 一歩一歩が、すっと前へ伸びている。

 

「……」

 

 直線に入る。

 

 ピエロが少しだけ速度を上げた。

 

 ダートのときとは違う。

 

 砂を蹴り飛ばすような力強さではなく、地面を滑るように前へ進んでいく。

 

 私は思わず呟いた。

 

「なんか……軽やかですね」

 

「ん?」

 

 チーフが振り向く。

 

「ダートのときより、跳びが大きく見えません?」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 チーフもコースへ目を向けた。

 

 しばらくピエロを見つめる。

 

「……言われてみれば、そうかもしれんな」

 

「芝のほうが向いてるんでしょうか」

 

「ふむ」

 

 ピエロはそのまま走り切った。

 

 ダートのときほど周囲がざわつくような走りではない。

 

 けれど、私は妙に印象に残った。

 

 ――軽い。

 

 それだけだった。

 

     *

 

 レースを終えたピエロが戻ってきた。

 

 もちろん汗だくだ。

 

「ピエちゃん、お疲れさま」

 

「どうやった?」

 

「芝も悪くなかったですよ」

 

「そうなん?」

 

「はい」

 

「どっちがええ?」

 

「それを今、考えてるところです」

 

 ピエロは首を傾げた。

 

「うちには分からんな」

 

「自分で走ってても分からないんですか?」

 

「よう分からん」

 

 ピエロは笑った。

 

「ダートも嫌いやない」

 

「芝は?」

 

「芝も嫌いやない」

 

「じゃあ、どっちなんです?」

 

 ピエロは少し考えた。

 

 そして、いつものようにあっさりと言った。

 

「走るんが好きなだけや」

 

「……」

 

 私は言葉に詰まった。

 

 芝か、ダートか。

 

 それを確かめるために、今日ここへ来たはずだった。

 でも、この子自身はそんなことを気にしていない。

 

 ただ走る。それが楽しい。

 

 それだけなのだ。

 

 少し離れたところで、チーフがこちらを見ていた。

 

「まあ、今日はこんなところやな」

 

「ダートでも十分走れる。芝も悪くない」

 

「まだ決めなくていいですよね」

 

「ああ」

 

 チーフは頷いた。

 

「実際のレースを走れば、また見えてくるものもある」

 

 私はもう一度、ピエロを見る。

 

 汗だくで、楽しそうに笑っている。

 

 さっきまでコースを走っていたとは思えないほど元気だった。

 

 私はふと、芝を走っていたときの姿を思い出した。

 

 大きな跳び。

 

 軽やかな動き。

 

 ほんの少しだけ、気になる。

 

 もしかしたら――。

 

 芝のほうが向いているのかもしれない。

 

 でも、それはまだ私の感覚でしかない。

 

 ダートでも、十分に走れている。

 

 答えを出すには、まだ早かった。

 

 模擬レースが終わり、グラウンドから人が少しずつ引いていく。

 

 ピエロはスポーツバッグを肩にかけた。

 

「瀬那、帰ろうや」

 

「はいはい」

 

「腹減ったわ」

 

「まず汗を拭いてください」

 

「もう乾いとるで」

 

「全然乾いてません!」

 

 私はため息をついた。

 

 芝か、ダートか。

 

 まだ答えは出ていない。

 

 けれど――。

 

 これから実際のレースを経験すれば、きっと何か分かるはずだ。

 

 

 

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