黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ 作:Arupaka55
午後のグラウンド。
今日はジュニアウマ娘たちによる模擬レースの日だった。
デビューを目指すウマ娘にとって、模擬レースはただの練習ではない。
実際のレースに近い環境で走り、教員たちが走力や適性を確認する。
ここでの走りは、これからの育成方針を決めるうえでも重要な材料になる。
グラウンドには、出走するウマ娘たちだけでなく、教員やトレーナー、同じ時期に入ったウマ娘たちの姿もあった。
ピエロにとっても、初めて多くの人に走りを見てもらう機会になる。
私は手元の資料を確認した。
父は三冠ウマ娘のオルフェーヴル。
母系にはダートで大きな実績を残したネームバリュー。
そして母父は芝で活躍したゼンノロブロイ。
芝か、ダートか。
まだ、はっきりとは決まっていない。
「ピエちゃん」
「ん?」
「今日はどっち走る?」
「どっちって?」
「芝とダート」
私は二つのコースを指差した。
ピエロは腕を組んだ。
「……」
しばらく考えている。
私は答えを待った。
やがて――。
「両方」
「……は?」
「両方走ったらええやん」
「いや、そういう話じゃなくて」
「走ったら分かるんやろ?」
私は額を押さえた。
また始まった。
「今日は模擬レースですよ」
「せやから走るんやろ?」
「そうですけど……」
「ほな、両方」
「……もう好きにしてください」
「おう!」
返事だけは元気だった。
私はため息をついた。
この子は、本当に自分のやりたいことを曲げない。
*
先にダートコースへ向かった。
出走するウマ娘たちがスタート地点へ集まっていく。
ピエロもその中に並んだ。
「緊張してないん?」
「なんで?」
「だって初めてのレースですよ」
「いつも走っとるやん」
「そうだけど、今日はみんなが見てるやん」
ピエロは周囲を見回した。
「ほんまやな」
「今さら!?」
「まあ、ええやん」
笑っている。
やっぱり緊張しているようには見えなかった。
やがて、スタートの合図が響く。
ゲートが開いた。
一斉にウマ娘たちが飛び出した。
ピエロも前へ出る。
砂を蹴り上げながら、力強く進んでいく。
大きな身体。
大きな跳び。
地面をしっかりと捉え、一歩ごとに前へ進んでいく。
「……力ありますね」
私は思わず呟いた。
隣にいたチーフも頷く。
「せやな」
ピエロは砂を苦にしている様子がない。
むしろ、しっかりと地面を押している。
周囲の教員たちからも声が聞こえてきた。
「パワーがあるな」
「ダートは問題なさそうですね」
「母系の影響もあるんでしょう」
私は走るピエロを目で追った。
ダートなら、かなりやれる。
そんな印象だった。
レースを終えたピエロが戻ってくる。
「どうやった?」
「良かったですよ」
「ほんま?」
「はい。力強かったです」
「ほな次やな」
「……次?」
「芝」
「もう行くの?」
「両方走るんやろ?」
「……そうでしたね」
私は苦笑した。
*
「ピエロちゃん、 さっきダート走ってなかったっけ?」
同期のウマ娘が、不思議そうに声をかけた。
「せやで」
「せやでって?」
「芝も走ってみたいんや」
「え、うそ。大丈夫? 疲れへん?」
「へーきへーき。まだまだ走れるで!」
ピエロは汗を拭いながら、いつもの調子で笑った。
「いや、そういう問題なんかな……」
同期のウマ娘は呆れたように首を傾げる。
その様子を見て、瀬那は小さく息をついた。
(ほんまに、元気やなあ……)
「スタート!」
合図とともに、ピエロが走り出した。
最初は、特に変わったようには見えなかった。
「……ん?」
私は目を細めた。
なんだろう。
ダートを走っていたときより、少し軽い。
身体の大きさを感じさせない。
一歩一歩が、すっと前へ伸びている。
「……」
直線に入る。
ピエロが少しだけ速度を上げた。
ダートのときとは違う。
砂を蹴り飛ばすような力強さではなく、地面を滑るように前へ進んでいく。
私は思わず呟いた。
「なんか……軽やかですね」
「ん?」
チーフが振り向く。
「ダートのときより、跳びが大きく見えません?」
「そうか?」
「はい」
チーフもコースへ目を向けた。
しばらくピエロを見つめる。
「……言われてみれば、そうかもしれんな」
「芝のほうが向いてるんでしょうか」
「ふむ」
ピエロはそのまま走り切った。
ダートのときほど周囲がざわつくような走りではない。
けれど、私は妙に印象に残った。
――軽い。
それだけだった。
*
レースを終えたピエロが戻ってきた。
もちろん汗だくだ。
「ピエちゃん、お疲れさま」
「どうやった?」
「芝も悪くなかったですよ」
「そうなん?」
「はい」
「どっちがええ?」
「それを今、考えてるところです」
ピエロは首を傾げた。
「うちには分からんな」
「自分で走ってても分からないんですか?」
「よう分からん」
ピエロは笑った。
「ダートも嫌いやない」
「芝は?」
「芝も嫌いやない」
「じゃあ、どっちなんです?」
ピエロは少し考えた。
そして、いつものようにあっさりと言った。
「走るんが好きなだけや」
「……」
私は言葉に詰まった。
芝か、ダートか。
それを確かめるために、今日ここへ来たはずだった。
でも、この子自身はそんなことを気にしていない。
ただ走る。それが楽しい。
それだけなのだ。
少し離れたところで、チーフがこちらを見ていた。
「まあ、今日はこんなところやな」
「ダートでも十分走れる。芝も悪くない」
「まだ決めなくていいですよね」
「ああ」
チーフは頷いた。
「実際のレースを走れば、また見えてくるものもある」
私はもう一度、ピエロを見る。
汗だくで、楽しそうに笑っている。
さっきまでコースを走っていたとは思えないほど元気だった。
私はふと、芝を走っていたときの姿を思い出した。
大きな跳び。
軽やかな動き。
ほんの少しだけ、気になる。
もしかしたら――。
芝のほうが向いているのかもしれない。
でも、それはまだ私の感覚でしかない。
ダートでも、十分に走れている。
答えを出すには、まだ早かった。
模擬レースが終わり、グラウンドから人が少しずつ引いていく。
ピエロはスポーツバッグを肩にかけた。
「瀬那、帰ろうや」
「はいはい」
「腹減ったわ」
「まず汗を拭いてください」
「もう乾いとるで」
「全然乾いてません!」
私はため息をついた。
芝か、ダートか。
まだ答えは出ていない。
けれど――。
これから実際のレースを経験すれば、きっと何か分かるはずだ。