黄金の血を継ぐ霹靂 ジュウリョクピエロ 作:Arupaka55
「桜花賞はないな」
瀬那も頷いた。
「ですよね」
「なんで?」
ピエロは首を傾げる。
「まず1600は短い。それに――」
チーフが資料を見る。
「賞金も足りん」
「あ……」
「出るならトライアルを使って、そこで結果を出さんといかん」
瀬那は黙る。
「そうなると、休む時間もなくなる」
「そういうことだ」
「だったら……」
「無理に桜花賞を目指す必要はない」
「じゃあ、オークスですか?」
瀬那が言った。
2400メートル。
チーフは腕を組む。
「分からん」
「またそれですか」
瀬那が呆れる。
「実際のところはな。やってみんと分からん」
2000メートルを楽にこなしたからといって、2400メートルを最後まで走り切れる保証はない。
まして、ピエロはまだ一度しか芝を走っていない。
たった一戦の結果だけで、適性を決めてしまうには早すぎる。
チーフは資料を閉じた。
「焦る必要はない」
「今決めるのは、クラシックじゃない」
「え?」
「まずは、次のレースだ」
瀬那は少し黙った。
確かにまだ、ピエロは走り始めたばかりだった。
ダートか芝か。
距離はどこまで行けるのか。
何も確定していない。
ピエロは少し考えた。
「出られるなら、出たいな」
「理由は?」
「2400メートルやろ?」
「うん」
「なんか走れそうや」
瀬那は吹き出した。
「それだけ?」
「今までも、だいたいそれで走ってきた」
「……確かに」
そう言われると、何も言い返せない。
ピエロはいつもそうだった。
理屈より先に、自分の感覚で走る。
だからこそ、このウマ娘はまだ未知だった。
瀬那は窓の外を見る。
クラシックの舞台。
東京レース場。
まだ遠いようで、もうすぐそこにある気がした。
「オークス」
それは初めて、はっきりとした目標だった。
---
冬の間、ピエロはレースから離れていた。
京都での勝利した後に、しばらく実戦から遠ざかる。
最初の頃は、
「3 か月も走らへんの?」
と、ピエロは不満そうだった。
「休むのも練習のうち」
瀬那はそう言った。
合宿先では、軽い運動をする。
走り込むわけでもない。
身体を動かし、疲労を抜き、成長を待つ。
デビューしてから、まだそれほど時間は経っていない。
身体もまだ成長の途中だった。
だからこそ、無理にレースを使わない。
桜花賞を目指すなら、2月、3月のレースを使って賞金を積む必要がある。
だが、1600メートルはピエロの適性から外れている可能性が高い。
それに、今の賞金では出走するための余裕もない。
無理にトライアルへ出て、身体を休ませる時間を削る必要はなかった。
「桜花賞は狙わない」
チーフの判断だった。
その代わり――。
「オークスを目指す」
2400メートル。
まだ走ったことのない距離。
けれど、芝2000メートルを楽に走ったピエロなら、可能性はある。
その可能性を確かめるためにも、今は休む。
冬の間、ピエロは焦らず身体を作った。
---
そして、三月に入った。
春の気配が少しずつ感じられるようになった頃。
トレセン学園に戻ったピエロは再び本格的な練習を始めていた。
「久しぶりやな」
「何が?」
「こうやってちゃんと走るの」
瀬那が笑う。
「三か月休んでたからね」
「長かったわ」
「でも、身体は良くなってるわよ」
「ほんま?」
「うん」
ピエロは自分の身体を軽く見下ろした。
「変わらんと思うけど」
「本人が分からんかいな」
瀬那が笑う。
「ピエロちゃん、やっと帰って来たんだね」
同期のウマ娘が声を掛けてきた。
「誰なの?この娘」
「ルミナス。 仲良くしてる娘や」
ピエロがそっけなく答える。
「私、リアライズルミナス」
「私は、サブトレーナーの瀬那。よろしくね」
リアライズルミナスは、デビュー後の怪我もありジュニア期には勝てず、年明けの初戦でも敗退。芝3戦で未勝利だったのだ。
「ピエロちゃん。私、この前やっと勝てたよ」
「おお、そうか。やったな」
ピエロが、嬉しいそうに頷く。
「おめでとう。4戦目で初勝利。凄いじゃない」
瀬那も軽く拍手した。
実は、トゥインクルシリーズで勝ち上がれるウマ娘は、一握りにすぎない。
「やっと、ピエロちゃんに追いつけたよ」
ルミナスは、友達に言えて嬉しいそうだった。
「ねえ、次はどこを走るの?」
ピエロが、瀬那を見る。
「まだ決まってないのよ。チーフと相談してるところなの」
瀬那が代わりに答えた。
「だって。うちは、走れるところを走るだけ」
「もう、いっつも、そんなんなんだから」
ルミナスは、呆れながら笑っていた。
そんなある日。
チーフは番組表を机の上に置いた。
「次はこれだ」
瀬那が資料を手に取る。
そこに書かれていたのは――。
忘れな草賞
阪神レース場 芝2000メートル
ピエロの耳が、ぴくりと動いた。
「阪神やん」
「知ってるコースだな」
ダートだったが、デビュー勝ちした場所でもある。
そして、苦い敗戦も経験した。
ピエロにとって、記憶の多いレース場だった。
「桜花賞の日やな」
「そうだ」
同じ阪神開催。
だが、主役は桜花賞。
忘れな草賞は、同じ日にある特別レースだった。
「桜花賞じゃないんやな」
ピエロは少し笑った。
チーフも軽く頷く。
「お前はマイラーじゃない」
その言葉を、もう誰も否定しなかった。
1600メートルより1800メートル。
1800メートルより2000メートル。
これまでの走りを見る限り、その方が自然に走れている。
「忘れな草賞を勝てば、オークスが見えてくる」
瀬那が資料を指でなぞる。
部屋の空気が、少しだけ変わった。
オークス。
クラシック級ティアラの頂点。
つい最近まで、遠い言葉だった。
それが今は、現実の線の上にある。
「勝てるかな」
珍しく、弱気な声だった。
瀬那はすぐには答えなかった。
「分からない」
「またそれか」
「でも」
瀬那は少し間を置いた。
「京都の時も、分からなかったやろ?」
ピエロは黙った。
確かにそうだった。
芝で勝てる保証なんて、どこにもなかった。
それでも結果は出た。
なら今回も――。
「……せやな」
ピエロは立ち上がる。
そして、いつものように軽く笑った。
「ほな、また走って確かめるか」
それが、このウマ娘の答えだった。
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数日後。
学園の掲示板に、4月のレース登録一覧が貼り出された。
その中に――。
忘れな草賞
阪神レース場 芝2000メートル。
そして、その出走予定欄には、
ジュウリョクピエロ
「ピエロちゃん、忘れな草賞に出るんだね」
ルミナスが掲示板を見上げて言った。
「そう決まったよ。ルミナス」
「そっか。じゃあ、勝ったらオークス?」
「ああ、チーフが言ってたな。走れるなら、走りたいな」
「じゃあ、私もオークス目指してトライアルに出る!」
「おっ、おう。ええやん」
ピエロはひき気味に頷く。
「トレーナー室に急ぐから!じゃあね」
ルミナスは、ピエロを置いて走って行った。
「なんやねん、あいつ」